コハリトりみっと
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「ああ、顔色もすっかり良くなりましたね!」 カズマ回復の知らせを聞いてその居室を訪れたルシウスは、上機嫌でカズマの腹をぺろりとめくった。ブルーピクシーに噛まれた痕が薄くなっているのを、指先で触れて確認する。 カズマは、不愉快極まりない、といった表情で、早速その不躾な手を払った。 シャツの裾を引きながら、「三日も眠っていたと侍女に聞きましたが」「ええ」 ルシウスはにっこりと微笑んだ。「おかげで伺候す...
- 2008-03-13 13:15
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洞窟の魔物退治、といっても、それが領内三つの洞窟すべて、それも最後の洞窟となるとさすがに疲れを、いや、なにより面倒くささを感じてくる。 やれやれ、と周子は強く頭を振った。「ブルーピクシーなんてまだ可愛いもんだったじゃないの―――って、」 放った強い火気が洞窟の闇をなぎ払う、その瞬間に炭化するいくつもの魔物の姿が見えた。そして、それを逃れて前に進み出る魔物も、見えた。 続けざまに呪文を放つ、仕留め損...
- 2008-02-07 11:11
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そこは広い謁見の間ではなく、ごく限られた国賓しか通さぬ、狭いが豪奢な設えの応接室である。 アシューがドアを開けると、入室を察した隣国セリアの宰相、シュルツ・ゲッターフィールドが掛けていたソファから立ち上がりかける、それをギャランは遮った。「ご無理なされるな」 短くそう制し、そのまま掛けているよう、改めて促した。「恐縮でございます」 シュルツ・ゲッターフィールドは、ソファに掛けたまま上体を折り一礼...
- 2007-12-06 14:23
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「……ったく。どいつもこいつも」 ギャランは苛立ちを露わに部屋の中を幾度かぐるぐると回り、踏みつけた書類をざばりと蹴り上げた。「ですから、王が机でお仕事なんて。似合いません。後宮においでませ」 イヴの誘いに、ギャランはぶすりと鼻をひとつ鳴らした。「もともと後宮はお前のためのものだ、イーヴ。おれはそんなもん、はなっから興味はない」「まあひどい。でもずいぶんと熱心にお通いになられました」「お前のためだ...
- 2007-07-31 01:24
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堂々とした男らしい勢い、いつもの大振りな仕草で執務室のドアを開けるなり、ギャランは足下床一面に散らばった大量の書類を視認、次いで大きく踏み込んだ一歩を無難に降ろすために奇妙なステップを踏む破目になった。 ―――いや、アシューはこんな嫌がらせの出来る性質では無い かすかに鼻腔をくすぐる香気のほうへと視線を向ける。 その華やかな香気の主は、ギャランの視線を迎えると、彼と同じ鮮やかな青色の瞳に微笑を浮か...
- 2007-07-11 09:55
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ルシウスの屋敷に戻り、やがて夕食に呼ばれたもののカズマはその席には現れなかった。「せっかく周子殿とご一緒しようと思ったのに。カズマは一人でボイコットかね? やあ、ですが、なんですね、二人きりで食事をとったとなると、それはそれでさぞやきもちを焼くのでしょうねぇ」 ルシウスはこう言って、まいったなあ、と長髪をかきあげる。そうはぼやきつつも、全く困った表情をしていない、むしろ楽しそうである。 ちらりち...
- 2007-04-04 21:37
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洞窟の闇は息が詰まるが、これはこれで強烈だな、と思わずカズマはうめいた。分かってはいたが、明るいところで改めて煤やら土くれやらブルーピクシーの体液とおぼしきものやらでどっぷりと汚れているのを見て。 外のその明るさに顔をしかめつつあたりを見回し、そして、洞窟から少し離れた木陰に幾つかの人影を認めた。「ルシウス、大丈夫でしたか?」 足早に駆け寄りそう声を掛けると、ルシウスは右手を上げ、ひらひらと振っ...
- 2007-03-21 05:08
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「……ずいぶんと、気味の悪い洞窟ですね」 一歩入るなり、温室に踏み込んだかのようなムッとした暖気が体を包んだ。 急な暖気と高い湿気の所為で視界が嫌な具合に歪んだ。カズマは一度メガネを外すとそれを几帳面に絹のハンカチで拭いて。 グラスを磨きつつ、背後にルシウスの気配を待つ。「以前はもっと、ほの涼しくて静やかな、居心地の良い洞窟だったんですがね? うぷっ」 こんなとこ、私もごめんです、と、顔を突っ込んで...
- 2007-02-21 05:42
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「イビサ、来い、どうせいるんだろ」 部屋の隅に、すうと修三の気配が濃くなったのを感じ、やっぱりいやがったか、とクレリック・リザートは力なく笑うと、短く言い訳した。「剥いただけだ、拝むぐらいは駄賃だろ、お前の女に手ぇ出して生きて帰れる気がしねぇ」「ラッシュがお前を望んだのならば私は口出ししない」 暗闇の中に浮かんだ修三の表情は杳として知れぬ。些かも動じる気配の無い雰囲気のみが凛と伝わった。 思いも...
- 2007-01-06 06:57
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その日の夜、あれから一度も顔を見せぬ修三を他所に、クレリック・リザートはいつもの調子で周子の作った夕食を喰らい、離れに寝床を陣取った。だがその内心は、全く落ち着かなかった。胸に湧くのは、かねてより狙っていた女を抱けるということへの熱烈な期待、というよりもむしろ、己が丹精こめて育て上げた無垢な娘が、心無い助平な男に抱かれることへの理不尽さと憤りだった。 きつめの酒をそのままきゅっと呷って、おれは...
- 2006-12-10 06:03
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「あたたたた……」「弱っちいもんだなァ」 周子をあっさり組み敷いて、クレリック・リザートは余裕たっぷりに笑った。「……おっと。組んだ後は三秒以内に身を起こせ、とね」 クレリック・リザートは苦笑いしつつ周子の身体の上から素早く身を起こす。周子の手を引くと、ぐいっとその身体を起こしてやり、ついた土ぼこりをほろってやる。「体術教えてんだから多少の触れあい、っつーのは仕方ないと思うんだがな? どうもお前の親父...
- 2006-11-16 22:26
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「青いピクシー?」「そうです、恐ろしく凶暴で、いたずら好きの」 途端カズマは顔をしかめた。馬を全速力で駆りながらの会話に舌を噛んだのである。 口中でじんわりと血の味が広がってくる。思いっきり舌を噛んだ痛みのせいか、舞い上がる土埃のせいか、目の端に浮いた涙がなかなか引かない。 不覚にもあふれる涙に目をしばたたせながら、カズマは隣を駆けるルシウスを見た。 銀の長い髪が、馬の地を蹴るのにあわせて激しく上...
- 2006-11-13 11:37
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窓から差しこむ朝の白い光を浴びて、ルシウスの銀の長髪がキラキラと輝いている。 細身のグレーのパンツにあわせ白いシルクのシャツを一枚羽織っただけのひょろりとした長身のルシウスは、呼び付けたカズマが来室したのを見るや、待ちかねたようにいそいそと書斎のデスクの前に立ち、大仰に両手を広げてその入室を促した。「おはよう! 良い朝ですね、昨夜はゆっくり休みましたか?」 この上なく上機嫌な声。 そんなルシウス...
- 2006-11-07 04:06
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通された広間の上座の一角には、毛足の長い上等な獣の敷物が贅沢に重ねて敷き詰められ、すでに領主ルシウスがゆるりと腰を下ろし、酒盃を手に、くつろいでいる。 姿を見せたカズマに、おいで、といった具合に軽く手を上げて。 銀髪の流れるその優美な様といったら、女よりもはるかに色気がある。 歩を進めるたび、かつん、かつん、と、とても澄んだ心地良い音が足下で響くのを聞き留めて、カズマはやれやれ、と感嘆半分、呆...
- 2006-08-27 05:20
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ルシウスの屋敷にて通された客室は、従者に与えられるものとしては破格に広く、上等な設えの、美しい部屋だった。すごい、と部屋に入るや周子とコンジョナシは感嘆の声を上げ、窓辺に駆け寄って開け放つ。「きれい!」 窓のその先には、美しい湖が陽の光にきらめいている。 風が木立を抜け、湖面を撫でる、その美しい漣を眺めて。「ルシウス様のご領地は、緑と湖とに恵まれた、この国でも最も美しい景勝地だそうです、確かにこ...
- 2006-08-26 06:25
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うっそうと草木が茂った細い山道を抜け、ルシウス・フォン・ソルティスの屋敷に着いてみれば、領主ルシウス自らがわざわざ玄関先で出迎えている。「よくぞこられた、カズマ殿」「…………………………」 細身でひょろりとした長身、さらさらとした銀に輝く長くまっすぐな髪と、面長の柔和な顔立ちで、実際の年より軽く十は若く見える優男のルシウスが、にっこりと満面の笑みを浮かべ、軽く両手を広げて見せる。 好意を存分に示したその...
- 2006-08-26 06:19
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カズマは馬車を走らせている途中で、後続の馬車の中にエンギワルーの馬車が無いことに気づき、問い質すと周子もいないという。 すぐに馬車から飛び降り、己の四頭仕立ての馬車から一番手前の、筆頭馬を外すと、ひらりとまたがり、力強く蹴り上げた。 馬車に使う馬は複数立てで使われるため、瞬発力よりも持続力、他馬との協調性に優れ周囲の馬に合わせて一緒に走るという特性をもっているものではあるのだが。 カズマによっ...
- 2006-08-26 06:00
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「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!」 まだ夜も明けきらぬ早朝、外のざわつきに気づいた周子は、慌てて窓枠に足を掛けると外へと飛び出した。 見れば、既に出立の準備を整えた馬車がずらりと並んでいる。 「ずるい! 黙っておいてくつもりね!」 周子は駆け寄ると、勢い良くカズマの胸倉を掴んで己が目線に引き寄せた。「……なんて格好です」 小汚い、と、酷くむっとしたように呟いて、カズマは無下に周子の手首を捻り上げた...
- 2006-08-26 04:39
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エンギワルーは、書生に書盆を渡すと、二言三言短く指示し、厨房へ向かった。周子とコンジョナシがその後に続く。厨房で水をグラス一杯飲んで一息つくと、エンギワルーは周子を正面から見据えた。「騒ぎは起こさないように。コンジョナシの面倒を見てやっていただきたい。出先では私は若に付きっきりになることですし、その点、まあ正直な所を言えば、少々心配はしていたのでね」「おっけ!」 喜色満面で礼を述べる周子に、コン...
- 2006-08-25 04:40
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一仕事終えて、軽く伸びをしたカズマは窓を開けた。涼しく爽やかな夏の早朝の風と共に中庭から楽しそうな明るい声が聞こえてくるのを耳にして、目を細めた。「ほほほんとに大丈夫ですか〜」「ほら、ぐずぐず言わない! 動くな。男になるんでしょ!」 気弱な子供の声と、強気な周子の声、中庭に出て歩み寄って見れば、ケープを巻いたコンジョナシを椅子に座らせ、周子がその髪を切ってやっているところのようで。 周子がコンジ...
- 2006-08-21 13:01
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滾る欲情に任せさんざんに周子の身体を抱いて。 ようやく一息ついてギャランが身を起こすと、周子は掠れた声で唸った。「ちくしょー、タトゥーがなきゃあんたなんかに」「タトゥーは関係ないだろ、強情はんな、ハニー」 ギャランは軽く肩を竦めて浅く笑うと服を着、ぐったりと横たわる周子にキスを一つ。「ギャラン……?」 どっか行くの? と、ベッドの端から周子の手が伸びて不安そうにシャツの裾を掴んで。ギャランはたちま...
- 2006-08-02 03:22
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カズマは、はっと正気に返った。 開きかけた幾重もの心の扉が、ものすごい勢いで次々と閉まりゆく音を聞いた。「眩暈か?」 その腕を強く掴んで倒れかけた身体を支え、ギャランはカズマの顔を覗き込むと、心配そうにそう尋ねた。 カズマは冷静にギャランをすぐ傍に見た。その輝き、なんとも愛しい男である。 最後の扉を閉めるのは、自分だ。 一度開いたからには閉まるはずであろうに、しかしそれはとりわけ、重く、硬かった...
- 2006-07-22 14:43
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シャワーを浴びたとき、腹が減っているのを知った。空腹を覚えるまっとうな肉体的な疲労が、正直ありがたかった。 バスローブを羽織って、周子の眠るベッドの端に腰掛け、すっかり気の抜けた昨夜の酒を杯に注ぐ。ちょうど杯一つ分、残っていた。くっ、と呷ると、空いた腹によく染みた。痛かった。 小さなノック音がする。応じると、ドアを開けて入ろうとしたエンギワルーが「ちょ……」と言ったきり、ノブを掴んだまま目を見開き...
- 2006-07-10 03:32
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面倒なことはごめんだった。 別に情を求めるわけでもない、ただ久々に女の体を抱きたくなった、そんな時にしどけなく眠る女がたまたま腕の中にいただけのことだ、とカズマは思った。 抱きかかえると、いつもの彼女のその見かけよりもはるかにずっしりとした重さがあって、くたりとしていて心もとない。くたくたとした重い柔らかさ、その感触は扱いにくいというよりもむしろ、どういうわけかなんだかずっと……不思議と心地良か...
- 2006-07-10 03:26
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やはり案の定、周子は急ピッチで杯を空けると、くう、と倒れこんだ。「美味い酒があるとこいつは早いな、楽しむということを知らんのか」 この飲みっぷり、むしろ無駄遣いに近いな、とギャランはあきれて笑う。 ギャランと周子の、全く治まる気配の無い言い争い、それを、次々と破壊されゆく備品調度品の数々にとうとう見かねたエンギワルーが間に割って入って仲裁した。 仲裁と言っても、単に機転を利かせて、周子お気に入...
- 2006-06-29 11:43
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周子の姿を見るなり腕を引き、抱き寄せようとしたギャラン、みぞおちに思いっきり周子の膝をめり込ませ、うぐぐ、とうめいて身体を二つ折りにして頭を下げた。 その金髪の中からレフトとライトがひょこりと姿を現す。「な、なにやら、知らぬ間に良い物を借りたらしいな?」 うめきながら笑って、だがどこか神妙に、そして愛しげに、その胸の内に何かを探るように周子を見る。「すげー活躍してもらったぞ、おれの出る幕が無かっ...
- 2006-06-22 04:25
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にわかに外が騒がしくなった。馬が鼻を鳴らしぶるり馬体を震わす音、それから少し遅れて、どかどかと乱暴な、聞き慣れた足音が玄関のほうから響いてくる。 それは玄関から真っ直ぐ奥へと消えてゆき、また再び玄関のほうへと戻ってきたようだった。 腹が減った、いやそれよりも周子はどこだ、部屋にいないぞ、と出迎えた侍従長エンギワルーを問いただす大きな声がエントランスに響いた。「あなたをお探しのようですね」「寝た...
- 2006-06-22 04:13
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今すぐ、その顔が見たかった。 あの綺麗な青い瞳を間近で見つめて。さらさらとした眩い金髪に顔をうずめ、キスをして。この身にギャランの重みを感じて。ギャランに抱かれたかった。 ―――イヤ、チョット待て、私 周子は脳裏に浮かんだ金髪との妄想を必死で振り払うと、目の前のカズマとの会話へと意識を強引に引き戻した。必死な自分の目線が思いの外鋭かったのかもしれない、カズマはなぜ睨む、とでもいいたげな腑に落ちぬ表...
- 2006-06-22 04:10
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一通り話し終えて、カズマはにっこりと微笑んだ。「ねぇ周子、私はギャラン様に、この国の王になっていただきたいのです」「…………アー、この人あったまおかしいよ、父さん」 王にならぬと言わせた挙句に王に据えようとするなんざ、どえらく矛盾した男だな、と呆れ返った周子は、まるで神の名でも唱えるかのように修三の名を呟いた。 カズマは小さく吐息を吐いて。「私だけに、と……手折ってしまった花は私を楽しませてはくれま...
- 2006-06-21 06:03
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来い、と言ってギャランは部屋のドアを開け、堂々と総裁の私室から出て行こうとした。「お、王子、頭巾を」「要らぬ! ダレがかぶるかそんなへっぽこ帽!」 湿気った石の廊下にへっぽこ帽、という音が妙に音高く響いた。「なりませぬ、ここで下手に騒いでは御身が」「バカ言え!」 ギャランはくるりと振り向くとカズマを見上げた。「身が危ないのはお前の方だ! カズマ、お前は今日でこんなへんてこな集まりとはおさらばだ、...
- 2006-06-21 05:56
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「お前の顔を見て話をしたいのだ、お前も取れ、そのへんてこ帽」「へんてこ帽、はは」 カズマは軽く脱力して頭巾を取った。まるで子供の言い草である。子供にとっての歳の開きというのは実際のそれよりも大きい。ギャランはカズマよりも背は低く、肩幅も狭く、線の細い少年であり、対するカズマは既にグランツ家の正式な後継として各界および社交界に公式な挨拶を済ませてある。若いとはいえ、体つきも振舞いも、もう十分に立派...
- 2006-06-20 02:55
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月どころか、星一つ瞬かぬ墨色の天が、どこまでも深く広がっていた。深夜をとうに過ぎている、無論、子供の出歩く時間ではなかった。 カズマはギャランを目的の地まで連れ出すと、近くの木に馬をつなぎ、懐から取り出した頭巾をギャランに渡した。「王子、ではこれを被ってください」「マジで? ずいぶんへんてこな集まりなんだな」 ―――へんてこ…… 幼いその言葉を窘めるかのように、カズマはにっこりと一度微笑んで。「互い...
- 2006-06-20 02:52
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どのくらいの間そうしていたのか、ずいぶんと長く互いに沈黙していたような気がする、だが、テーブルに額をつけ伏せたままの周子のほうが先に沈黙を破った。「……あっちのカタはついたわ。もちろんギャランは無事」 その言い様は素っ気無い。やや間を開けてから、周子は血の気の引いた頬をテーブルに押し付けたままほんの少しだけ視線を上げ、反応の返らぬカズマの様子をうかがった。そして、カズマの無表情を見るなり唇が尖った...
- 2006-06-06 08:59
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もう結構長いこと、かれこれ二十分ほどカズマは考えこんでいた。 腕を組んで。あご先に軽く指をかけて。 盤面を睨んで。 ―――強い。おまけに定石を踏まない。 ルールは教えた。実にすんなりと飲み込んだ。一種のボードゲームである。白と黒の駒が十六個づつ、相手の主駒を詰めることを目的とする。 定石を踏まないのは、そうと言われるものをまだ教えていないからに他ならないが、時折ハッとするような攻めを見せてくる。カ...
- 2006-03-15 00:36
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正面の方で派手な爆発音が立て続けに轟いた。門はおろか、あの細い通路までもがこの一撃で吹き飛んだかも知れない、建屋自体を震撼させる物理的な衝撃だがハロックは真面目な表情のまま、顔色一つ変えぬ。この男は己の率いる精鋭部隊を信頼しているのだ。 ギャランはグラスに残った最後の一口を呷ると形良いその唇をちら、と舐めた。 「さーてと」「雑魚はすべて討ち伏せましょうぞ、ここにはわが国の精鋭が詰めておりますゆえ...
- 2006-03-01 17:08
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「やあ、ハリー」「や、やあ、って、やあ、って、……ギャラン様?」 いきなり打って変わった気さくな様子に、出迎えた西方の国境警備の要、血盟砦の総司令官ハロック・スレルムはすっかり言葉を失ってまじまじと目の前のギャランを見た。 軽く十年は遡ったような気がする。 ギャランがこんな風に気さくに声をかけてくるなぞ、かれこれ十年は無かったことである。「まあ、一杯付き合えヤ?」 ニッカリ、笑うと、ギャランは手に...
- 2006-01-27 14:15
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―――あれをタトゥーの所為だと、お前は言うのか。 声を押し殺すようにして肩を震わせる周子の背中を呆然と眺めて。 なんと言葉をかけようと、どれも取り繕うものにしか思えず。 ギャランは恐怖に震える体を起こすと、服を手繰り寄せ、とにかく身体を通して、まるで逃げるように慌てて部屋を出て行った。 それからというものずっと、ギャランは王宮で寝泊りしていた。 周子のことがふと脳裏がよぎった瞬間には、階段を踏み外...
- 2006-01-14 12:18
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―――ずいぶん気持ちのいい夢を見ているとばかり思っていた。 肩が震える。背が反る、それでも抗う腕をそっと、だがしっかりと押さえられて。とにかく一体なぜこの男にこうもやすやすと抱かれているのか。気付いたときにはもう遅い。 未だ知らぬ感覚に堪らず身体を反らせると、ギャランは何か堪えるかのように一度ぴたりと動きを止めた。唇を塞がれる、ギャランの舌が押し入ってきて激しく口中をまさぐる、切羽詰ったようなその...
- 2005-11-07 06:57
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唐突に大きなボリュームで耳元で名前を呼ばれ、周子はようやく目を開けた。 いい加減目を覚ませよ、と苛立ちのこもった、深く痺れるような甘い声が耳元で聞こえたかと思うと、身体の奥で何かが不意に激しく揺さぶられて。「あっ、嘘っ……」 身体の芯に響く熱い痛みに周子は短く声を上げた。 と、同時に、身体の芯から指先やつま先に甘い痺れが疾って。痛みとはまた何か違うその衝撃に今度こそ本当に目がさめた周子は、勢いよ...
- 2005-10-28 12:45
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荘厳な朝日が空を次第に明かしゆく。 夜が明けたのを知った時には、服は既に存分に夜気を吸い、朝靄の中でただじっと庭石に腰掛けていた体はひどく冷え切っていた。 深く沈みこんだ思考から戻るべく頭を振ると、朝露に濡れた草木のように自分の金髪がいくつもの冷たい滴を放つのが見えた。 その滴は、氷のように冷たくて。 ―――こんな冷たいものが髪に、肌の上にあるというのに、一向に冷める気配の無い、この胸の焼けるよう...
- 2005-10-26 12:07
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とっぷりと、月が中天を過ぎる頃、ようやくギャランは屋敷に戻ってきて。 部屋のドアを開けるなり鼻についた酒の匂いに不審げに眉を寄せた。 「ダレだ……って、あー。あー、なんだこりゃ」 見れば棚が荒らされていて。 先日しまっておいた極上のバーボンが封切られていて。 あまつさえ、もう既に半分以上、空いていて。 グラスが横倒しに。床にバーボンがこぼれている、グラスが一個あるだけのところ見ると、どうにも一人で...
- 2005-10-26 12:03
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エンギワルーから一通りの事情を改めて聞き、カズマは頷いた。「キラーウルフが……それに先ほどの大蜘蛛の大群。ルドルフ一行を襲った狼は囮という可能性もありますね。もっと私も気を付けるべきでした……しかし、なぜ、この私の屋敷に、魔物が襲撃を仕掛けてくるのか」「この周子が居るからだろう」とギャランが唸る。激しく立腹しているが既に存分にカズマの無用心振りを責めているので、もはやカズマに対しては言葉は無い。そ...
- 2005-10-26 12:01
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周子はおもむろにベッドから起き上がると、裸のままシャワーを浴びにふらふらと部屋を横切って歩いて行ってしまった。「……………………」 その後姿を唖然と見遣って。 いや、今は素っ裸でうろうろするなと注意する場合ではない、とエンギワルーは軽く頭を振った。 周子はほんの一時間ほどしか眠っていない。先ほどの焦燥ぶりを思うともっと眠るべきだとエンギワルーは思ったのだが、シャワーを浴びて幾分正気を戻した彼女が空腹を訴...
- 2005-10-26 04:41
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「疲れた」 周子はぽつりとそう言うと、ソファに身を沈めた。 背に、腕に、はっきりと残るギャランの感触が、自分を抱きしめるギャランの力強い感触が、痛い。おれを頼れと言ったその言葉が、胸に刺さったように、痛い。 タトゥーさえなければこんな気持ちにはならぬはずだと思うからこそ、一層、痛い。 ロレンスに助けて欲しい、と思う。 ―――それにしても性質の悪い呪だ。 周子は自分でも御しがたいギャランへの恋情に、目...
- 2005-10-26 04:37
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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少し先で立って待っていた少女のところまで来ると、少女は涙目で見上げ、大丈夫ですかと話し掛けてくる。心細げに手を伸ばして、自分の手をきゅっと握ってくるのが可愛くて、周子はにっこりと微笑んだ。「うん、大丈夫よ、ありがとう」 ギャランは呆けたように腕の中の周子のそんな微笑を見つめていた。 ごくり、と喉を鳴らした。「おう、こいつはそう簡単にはくたばらん。ソレよりだな、これからおれはコイツをちょっと本気で...
- 2005-10-25 12:08
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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