コハリトりみっと
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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第9話:「職場の同僚がお迎えに」
なんだかとても暖かくていい気持ちだった。
障子越しに白い光が差し込んでいるのを周子はぼんやりと見つめ……
―――障子?畳……
ああ、仏間だ、と思った。ほのかに線香の匂いがした。
昨夜遅くに自宅に帰ってきて、仏間で父修三の遺影を眺めているうちにそのまま畳の上で寝入ってしまったのだろうとぼんやりと思い出す。
身を捩ると、体の上に毛布が掛かっているのに気が付いた。
暖かいのはこの所為だったかと思いもして、いや、とすぐに思い直した。暖かいのは、毛布の所為だけではない、すぐ隣に人間の身体があるからだ。隣で、後ろから自分の背中を抱きかかえるようにして眠っている男の、その人肌のぬくもりだったのだろう、と周子は思った。
なんだかすごくいい匂いだった。周子は身体の向きを変えるとその胸に顔をうずめ、しがみつくように頬を摺り寄せてその匂いを嗅いだ。眠る父に、いつもやっていたように。
「父さん……」
そう呟いて。
その自分の言葉に唐突に違和感を覚えた。
馴染んだ父の匂いでは、ない。
「……だれ?」
周子は身を起こすとぼんやりとその男を見た。周子の声が聞こえたのか、輝かんばかりの金髪が揺れて、顔を上げると、青い瞳がぱちくりと開いた。
「あ、ギャラン刑事……」
そうつぶやいて。一拍置いて周子は飛び上がった。
「ええーっ?ギャラン刑事?」
「おう」
ギャラン刑事は眠ってはいなかったのか、あるいは寝起きが異様にいいのか、一言そう応えるとすっくと立ち上がり、しっかりした足取りでキッチンへ行くとグラスに水を一杯汲んで戻ってきた。
「飲め」
簡潔なその言葉に周子はコクリとうなづいて。確かに喉が渇いていた。一口飲むとぼんやりした頭が少しすっきりした。
喉の渇きと身体のだるさ、ひどい頭痛とで、自分がかなり疲れているのだと周子は知った。昨日の騒動も騒動だが、畳の上でごろ寝すればそりゃ身体も痛くなる、と思って、首を回してみる。
「あのう、なんでギャラン刑事がここに?」
そして周子は座卓の上にグラスを置くと、まじまじと上から下までギャランを見、その足元に目をクギ付けにして、あー!と一声叫んだ。
「ギャラン刑事!」
「のわっ!だ、抱き、抱きつくな!いや、抱きついてくれ!」
周子に突然タックルされてびっくりしたのか、思わずギャランはそう叫び、だがすぐに訂正した。上機嫌に笑って周子をぎゅむぎゅむと抱きしめる。
「カマンベイビー!」
「違いますってば!くつ!靴です!うちは土足禁止です」
きゃー、やめてくださいーと周子はギャランの抱きしめてくる手を解きながら、それでもその足にすがって靴を脱がせた。
「なんで土足なんですか、畳が傷みます。ここは仏間ですよ」
周子はギャランの靴を奪い取り玄関まで走っていって叩きに置くと、振り返って仏間を見た。ふすま、畳、障子、床の間、そして仏壇。完璧な和室が備わっている。そしてそこにいるのはギャラン刑事、和室に金髪、その取り合わせは奇妙というよりなんだか妙にめでたいような感じだった。
「……金閣?」
思わずそう呟きつつ、ぶつまってなんだ?とでも言いたそうなギャランの表情に、うちは父の趣味で典型的な日本家屋なんです、と周子は言った。
「日本家屋、ねぇ。わさびとか言うやつだな?そのわさびな感じってのは、オカシナもんだな、ずいぶんと美形なポートレートだが、そいつをこれまた変なところに飾ってるんだな」
「遺影です!そしてこれはお仏壇にお位牌です!それからわさびでなくて、わびさびです」
不思議そうに仏壇を指差すギャランに周子はそう説明して、お仏壇は指差しちゃいけません、とまるで子供に注意するかのような言葉を付け加えた。
「これが位牌か!初めて見たな。にしても、死人の魂を封印するとかいうアイテムがこれか!」
「大間違いです!なんかいきなし喧嘩売ってますか?で、一体なんですか、ギャラン刑事。なんで私の自宅にいるんですか、なんで私を抱いて寝てるんですか?」
「無線も携帯もつながらなかったから?」
そう素朴に返されて、えっ!?遅刻ですか!と周子は慌てて時計を見、そしてたちまちうんざりと頭を振った。
「まだ朝の四時じゃないですか」
周子は携帯を取り出し、うわ、着信ギャラン刑事だらけ、とうめいた。
「あーいや、連絡つかないから心配になってだな?なにせ昨日のアレだし?」
ギャランを撃とうとベレッタを構えたものの、結局ギャランの変な勢いに流されて。どういうわけかそのまま銃も取り上げられて、自宅まで送ってもらったんだった、と周子は昨日の記憶をたどる。そして父さんの写真眺めながらいろいろ考えてるうちに眠ったみたいだ、と理解する。なぜシーカーがいたのかだとか、いろいろ考えて……ギャラン刑事は昨日の帰り際、カズマにはおれが話をつけておくから心配するな、と言っていたが、そういえばカズマ特別補佐官にはどのようにハナシをつけたのか、気になるところでは、ある。
気になるところ、というより、激しく気になるのだが。
ギャランのその表情を見れば、一言でノープロブレム、と返ってきそうな感じなのだが、なにがどうなって結果どうノープロブレムなのか、激しく疑問だ。
だが、ギャランを相手にどのあたりから説明を求めれば、納得いく答えが得られるのかサッパリ見当がつかない。
言葉は拙いが、勘は異様に鋭いギャランのことだ、答えを求めて下手に突付けばこちらの肚を探られる、と思い、周子はひとまずその件には触れずに様子を見ようと思った。
周子はギャランをちら、と斜めに見上げた。
ギャランはいつもと全く同じ感じで、周子のコップから水を飲んでいる。
えらく整った顔立ちの男だが、そこにどんな色も浮かんでいない。そのそっけない態度が、果たして計算なのかとなると、そこも著しく疑問だ。
「それで来て見たらさぁ、なんか寒そうにして縮こまって転がっていたから、抱っこしてなでなでしておれもいっしょに寝てた」
―――抱っこしてなでなで……?
周子は眉を寄せた。
「で?それで結局なんですか?なにか緊急の用でも?事件ですか?」
だがしかし、一緒に畳の上で寝るくらいだから緊急ではあるまいと思って周子は小さく息を吐いた。
「普通、仕事の同僚であれば、夜は連絡つけません、ふつうは」
「いや普通恋人同士ならふつうは」
「いつ、誰が、だれと恋人同士ですか!」
ストレートにキッパリと切り返し否定した周子に、手厳しい、とギャランは涙目になって言った。
「おれの気持ちはもうバレバレだろ?」
カズマの奴、あっさりばらしやがって、とギャランは口を尖らせ、しばらく困ったように照れたように頭を掻いた。そして周子を正面から見据えると、ばれた以上は真正面から口説くしかねぇ、かくなるうえはお前をマイハニーに据えなくては筋が通らん、とギャランは真顔で言う。
「何の筋のハナシですか!」
「恋人の筋。いっそ妻の筋でも。実は一目ぼれ?ドストライク。ぐわっつーん、と。もうどうしようもなくべた惚れだったり。もうばれちゃったから言っちゃうけどな?おれも男だ、キメる時はキメたいと、ほんとはもっとこうがつんとカッコよく告白とかしたかったんだが、まあ、もう、そんなのはどうでもいい。どうでもいいから、あー、お前と結婚したい。昼も夜も手離さずお前を独り占めにィ。おれだけの周子ちゃん、考えただけで腰にぐぐっと来る!」
「腰ってナンデスカ!」
なんで腰なの!と周子は思いっきり疑惑の声を上げた。
「そりゃ抱きたいと思って当然だろ」
ギャランの言葉は簡潔なものだ。
「まっとうな成人男子が恋に落ちりゃそりゃ日がな一日」
いやです、と周子は首を横に振った。
「それに、どうして結婚なんてハナシがそんなすぐ!いきなり出るんですか」
昨日に引き続きまたまた結婚だなんて。そんな単語、もう耳にするだけでゾッとしてしまう。カズマ特別補佐官にしろギャラン刑事にしろ、すぐに結婚という単語が出てくる理由がサッパリ分からない。
「流行語ですか?新人いじめですか?あっ!女性差別?寿的早期退職制度?勘弁してください、この春の辞令で配属されたばっかなんですよ!警察ってそういうところなんですか?えー信じられないですー公僕のクセに」
ギャランは周子を見据えキッパリという。
「おれは無駄足を踏まない男だ。お前はおれの運命の女だ、そうと分かっていてみすみす手離すようなバカな真似はしない」
え、待って?と周子は思いきり眉を寄せた。
「ものすごい思い込みと何かストーカーちっくな口ぶりではないですか?」
「他の男に取られる前におれがガッチリキープだ!」
「いやです!」
周子はキッパリと首を横に振った。
「確かに、ギャラン刑事にはお世話になっています。でも仕事の同僚以上には到底考えられません。そのへんてこな論理に混ぜ込まないで下さい。職権濫用とまでは言いませんが、もしこれ以上変な言いがかりをつけるようであれば、然るべきところにセクハラとして訴えますよ?」
ギャランの青い目がショックを受けたように軽く見開いた。
「玉砕?」
「玉砕です」
「考え直して?な?」
「考え直すのはあなたです」
ギャランはがっくりとうなだれてしばらく押し黙った。
「むりぃー。もう決めちゃったもん」
「何子供みたいなこと言い出してるんですか!大体ギャラン刑事、めちゃくちゃもてるじゃないですか、巡回に出れば会う女の人みんなに今夜どう?とかいっつもいっつも聞かれてるじゃないですか。なんでよりによって私に突っかかってくるんですか?嫌がらせですね?こりゃほんとにセクハラか、新人いじめかとしか思えませんが」
ギャランはまるで聞いていないのか、そうか!と手を打って、ぴっ、と人差し指を立てた。周子の顔を覗き込む。
「分かった!他に好きな男がいるとかっ?」
「はいいます」
即答してから周子はうーん、と唸って視線を宙に泳がせた。
誰かと付き合っていると言ってしまえばハナシは早いのだろうが、それは勿論、いればのハナシである。ガーナ署捜査一課に配属されて以来、最初の頃には食事でも、なんて気安く声を掛けてきてくれた他の独身刑事もなぜか最近はビクビクと当り障りのない挨拶を交わす程度だし。好きな男として名を挙げるには、あまりにどれも親しくなさすぎである。
―――どうしてだろう……なんだか最近急に男の人に縁遠くなった気がする。
アカデミーの時みたいにやたらと告白されることもなく、それはそれでとっても楽なんだけど、それって、例えば刑事が彼女としては向いていないだとか、そんなあたりだろうか、などとも思って。確かに時間は不規則だし、ハードだし、と思うと、一般的に言ってまっとうな交際相手として世の男に見てもらえるとは到底思えない、と周子は思った。
「あー、めっちゃくちゃ頭が痛いや……」
周子は先ほどからずっと感じていた頭痛に耐え切れず畳から立ち上がると、居間へ行き薬箱から頭痛薬を取り出した。頭痛薬を手にしたものの軽く首を捻って。
「はー、でもなんか食べといた方がいいかも……昨日のお昼から何も食べてないんだった」
そう呟いて周子はおもむろにキッチンに立つと冷蔵庫を覗き込み、エプロンをしめるとネギを刻みだし、朝食の支度に取り掛かった。
仏間の方から声が掛かる。
「人が口説いてるさなかにメシの支度たあ、いい度胸だな」
「だから、イヤですって。さなかもなにも、終わりです。議論の余地もありません」
それが用事なら、帰ってください、と周子は言った。
「大体ギャラン刑事、どっから入ってきたんですか?不法侵入ですよ?」
周子はギャランの指差す方を見て小さく悲鳴を上げた。居間のガラスはカギのところだけが割られている。これはまるで空き巣や強盗の手法である。
「恋人なら入ってきたって構わんだろ、大体おれはお前のことが心配で様子を見に来たんだし」
「恋人ではありませんから。恋人だと言い張るのなら玄関から入ってきてください」
「窓ガラスと玄関ドア、修理するなら安い方がいいと思ったんだが……」
「壊すのが前提ですか!」
勘弁してください、私はご覧の通り元気です、食欲もあります、用が済んだのでしたらそれではどうぞお帰りください、と周子はギャランに言った。
冷たい、とギャランは唸って。座卓に突っ伏した。
「朝飯ー。食わせてー。帰るのめんどくせーし。このまま一緒に出勤しよう?周子ちゃん」
「それは構いませんけど。二人分も三人分も大して変わりませんから」
と応えて周子は手早く朝食の支度をする。手馴れたものである。
ギャランは不思議そうにあたりを見回す。
「なんで三人分?」
「父さんの分です」
周子は視線を仏壇にやって。
「お仏壇に供えるんですよ」
あたりまえのようにさらりと言う周子がギャランには分からないようで。
「死人にメシを食わすのか?あーなんだ?アレじゃないのか、ちっこいエッグスタンドに白いご飯を山盛りに盛り付けて水と一緒に並べて……」
エッグスタンド……まあ、確かに、と周子は苦笑した。
この、飾り気のない言葉こそ、ギャランのいいところといってもいいだろうとは周子も思う。このおかしなテンポはなんだかとても気が楽だった。
「そんなのがご飯だなんて。私、それが忍びなくて……朝夕は二人分作って一緒にごはんを食べてるんですよ。大体、父さん死んでないですし。お葬式もお仏壇も、近所のおばちゃん方が勝手に仕切ってやってくださったわけですから。こういうの、陰膳っていうんですって」
「これで死んでないんだ?位牌なのに?どう見ても死人だろ」
うるさいですギャラン刑事、ごたごた言うとごはん抜きです、と周子はギャランをキッパリと切り捨てた。
「それからちゃん付けはやめてください」
「じゃあ、周子!おおおー!ますます恋人同士っぽい!ラブラブだな!しかも同伴出勤!」
「絶対違います」
周子刑事とかタチバナさんとか、もっと他に言い様があるじゃないですか、と周子はうんざりと首を振った。
「同伴出勤だなんて、ドコに出勤する気ですか。ギャラン刑事、ちょっとアソビが過ぎるんじゃないですか、キャバクラですかなんですか。んもうごはんを食べるときぐらい静かにしていてください、私猛烈頭が痛いんですから。これ食べてお薬飲みたいんです」
頭痛か、とギャランの表情が心配そうに曇った。
この素朴な感じ、と思うとどうにもやはり周子はギャランを無下には出来ない気がした。昨日引き金を引けなかったのもその所為だと既に知っている。
もちろん、ギャランの言うような恋人などといった次元とはまるで違うが、現にこうして一緒に食事をとろうとしているのである。どうにも妙に馴染む感じだった。
周子は膳を仏壇に据えると両手を合わせ、父修三の遺影に向かって話し掛ける。
「じゃ、はい、父さん、頂きます。今朝は”職場の同僚ギャラン刑事”がお迎えに来てくださいました。お友達がおうちに迎えに来てくれるだなんて高校の時だってそうなかった気がするよね?小学校のときはあったけどさ?わーこんなの久しぶりだよね、父さん」
「”職場の同僚”ってトコにやけに力をいれて紹介するな!しかもなに会話してやがる、そんな位牌と!っていうか、紹介するな!」
そういってから、ああ、いや、違う!とギャランは金髪をぶるぶると振った。
「御義父さん、娘さんはボクガイタダキマシタ。よしもらった!オッケーだな。はっはー!死んでんだから、死人に口なし、文句もナシ!これで周子ちゃんはおれがゲットだ!」
「あっ、おトイレ行ってこよーと」
一人陽気で強引なギャランをまるで無視して周子は席を外した。
そうして再び戻ってきて、周子は短く悲鳴を上げた。
「ギャラン刑事!なにやってるんですか!」
あでやかな金髪に、香炉灰をごっそりとかぶってギャランは仏壇の前に正座している。
「ぶわあ!って」
ギャランの目はテンになっている。不思議そうに、そしてどこかおののきつつ仏壇を指差し、周子に訴える。
「へ?」
「このへんてこな灰が、ぶわあって急におれに襲い掛かってきた」
「は?なに言ってるんですか」
いたずらしたならちゃんと謝ってください、と周子はギャランの金髪をばさばさと振り払った。まるで犬の子のように大人しく頭を預けてくるギャランのその様子に周子は苦笑して。
「香炉灰を頭からかぶるだなんて、子供だってそんないたずらやりませんよ?全くもう」
「いやホントだって」
「香炉が勝手にひっくり返ってギャラン刑事を襲ったんですか?それで灰まみれに?やだなあ、そんなポルターガイストみたいなことあるわけないじゃないですか」
さ、あったかいうちに頂きましょう、と周子はまるで子供を相手にするかのようにあっさりとあしらい、仏間の座卓に二人分の食事を並べるとさっさと座って、いただきます、と合掌した。
ギャランは目の前に並んだ朝食を見て。その青い目は再び二つの点になった。
自分の前に並んだ食事を指差して。
「ずいぶんけったいな代物を食うんだな?これもわさびだからか?」
「立派な和食ですが、わびさびは関係ありません。私、おかゆ好きなんです、朝。胃にやさしいしすぐエネルギーになるし。朝から走っても堪えないですから」
「こんなもん食って走れるのか?」
ギャランは不思議そうである。じゃあこの男の日頃の食事はなんなのだろうと思って周子はすぐにその想像を止めた。
―――肉とか肉とか肉とか!?きっとオール肉だ!
「じゃあ食べなくていいですから。ギャラン刑事は途中でコンビにでも寄ってください」
ギャランは、取り上げようとした周子の手から慌てておかゆをガードする。
「いや!食う、食うぞ!おれの周子ちゃんがはじめて作ってくれた料理だ、ともに朝を迎えて初めて口にするメシだぞ、食うに決まってるだろ!」
「……なんかそこはかとなく語弊満載の言葉に聞こえます、その調子で署内にふれ回る感じですか、ともに朝、ってもう、なに」
「あれだろ?最初は流動食からはじめて、徐々に様子を見ながら慣らしていくって、アレだろ?入院すると食わされるよな?」
「…………だから何のハナシですか?」
どうしてこう、奇妙なところにいきなりハナシが接続するのかさっぱりである。ギャランは上機嫌でおかゆを口に運び、お、うまいじゃん、と微笑んだ。
「昨日はチーズバーガーだったなァ。あーいや、違うか、朝はなんでか知らんが肉パテ入れてくれなくてソーセージみたいなの挟まってるよな?朝は肉は肉屋が閉まってるからなんだろうな。マクドナルボも大変だな。署の向かいにあるだろ?あそこ」
「…………それは法律で決まっ……(ああもういいや)」
「その前はシリアルに牛乳をかけて食ったような気がする」
最近ドコにも行ってないからなァ、と言うギャランによくよく話を聞けば、どうやらまともな朝食にありつくのは、すなわち女の所に泊まって食べさせてもらうということなのらしい。そんなことをあっさり白状しながら、当人は少しも悪びれずおかゆを口に運ぶのを周子は見て。
「なんだか、刑事としてどうかと思いますが。巡回にしろ聞き込みにしろ行く先々で夜の誘いを受けるのは」
ギャランは、ん?と首を傾げた。
「うん。断ってるぞ?」
そういえば確かに、巡回や聞き込みに行く先々でギャランはどの誘いも断っているようだった、と周子は思い出して。
「おれはもういいや、とあっさり笑って、もうおしまいね、なんて言ってましたけど、アレは何?別れ言葉かなにかなんですか?」
「別れるも何も別段付き合ってるとかどうというわけでもないし?」
「わあ、軽薄!」
周子はつくづく嫌そうに呟いたものの、確かに、こんなサッパリした気質の男ならば、アソビだ何だという概念すらなく、誘われれば受け、求められれば与え、そんな感じなのだろうとか思いもして。むしろこんな男なら却って恨みも買わないのかもしれない、と周子は思った。
ずいぶんといい男ではあるんだけどな、と周子はまるで他人事のように思いながら。自分との関係にはそのあたりはやはりどうにもピンとこなかった。
―――正直、父さんよりもいい男なんていない気がする。
「でもずいぶん詰め寄られていたんじゃないんですか?問い詰められていたっていうか」
「ん?あーあれはだなー見つかったってホントかどうかってしつこくて。ホントなのに。ホントだって言ったらこんどはお祝いだって、なんか人集めるとかなんだかうるせーことずいぶん言ってたけどな?」
「あ、なんかそうそう、そうでした。ギャラン刑事は皆さんに見つかったの?って言われてましたね。なにか探してたんですか?お祝いですか。なんだか知りませんが良かったですね?」
ギャランはぴた、と手を止めると周子をじっと見つめた。
「いつにする?式」
「何の式ですか?」
きょとんと返す周子にギャランは大真面目なカオで。
「おれはこう、ハートをがつん、と射抜かれるような女を捜していた。おれが強いのもこんなヤクザな仕事してるのもおれが生きてる理由はただそれだけだ」
周子はピクリとほおを引き攣らせ、たっぷり数秒間を空けてから、ようやく気を取り直したように、あーはいはい、と冷たく呟くとスプーンを置いて水を一口飲んだ。漬物を一切れつまんで口にほおりこむ。
こり、と小気味良い音が周子の口の中で鳴った。
「やはり刑事の名を騙ったヤクザなんですね?これですべて説明がつく気がします。そしてこの会話はこれでおしまいにします。なんだか非常に不穏な気配がします」
どうして結局ヒトの事を口説くようなところに会話の先が落ちるんですか、まったくワケが分かりませんね、と周子は不快感をあらわに口を尖らせた。
「私は好きな人としか結婚しません」
「おれもだ。おれも絶対に妥協しない」
ギャランは毅然と返した。
「おれの存在理由、命をかけて守る存在をおれはずっと探していた、おれのヒロインを。なんてったっておれはヒーローだからな」
「………………なんか却って妙な風に聞こえます。鳥肌が。ドンビケですよ」
「妙って?おれは本気だぞ」
「ギャラン刑事はひょっとして、宇宙刑事なんたら、とか、世に言う子供向けヒーローにあこがれて刑事になったクチですか?ああ、なんか名前も似てませんか!似てます!わー、なんか寒っ!イマドキそんな人いないっていうか、いっそハリウッドとかに行って来ればいいんじゃないですか?ヒーローもヒロインも盛りだくさんですよ。アクションとかばりばりできそうですし。ヒーロー刑事殿。ギャラン刑事は子供にもなんか妙に人気ありますから特撮ヒーロー戦隊シリーズも十分にいけると思いますよ」
「そりゃ確かに当たってるがな?おれの夢はヒーロー刑事だし、理想は惚れた女を命がけで守ることだ。おれの生きてる証、みたいな?生きてる実感みたいなものが欲しいわけだ、おれはそれが欲しくていままでずっとこんな乾いたような餓えたような気持ちを抱えて生きてきたんだ」
と言って、ギャランは困り果てたように一度唸った。
「だけど、見事にかわされたか?」
「かわすも何も、絶対にイヤです。なんでみんなしてすぐに結婚結婚って言うんですか」
「みんな?」
ギャランの眉がきゅっ、といぶかしげに寄った。
あ、しまった、と周子は思う。こんな表情をするときのギャラン刑事の追求はそれは手厳しい。ギャランに睨まれて余罪を吐かずにいられた容疑者はいない。ギャラン刑事が敏腕刑事と名高い所以である。
「最近誰かに口説かれた?」
「いいえ」
周子は即否定したが、ギャランはすでに確信めいたものを感じている。そんな命知らずなやつがまだいたか、とギャランはむっとしたように唇を引いた。しつけーな、と低い声で唸った。唐突に機嫌が悪くなったようだった。
「まだ、って何のことですか」
いやこっちのハナシ、と言ってギャランはかぶりを振って残りのおかゆをかっ込むと、座卓の端に食器を押しのけ、財布から一枚の紙とカードを取り出すと、テーブルの上に並べた。
「?なんですか?」
「給与明細と、クレジットカード」
「だから、何?」
「え?」
首を傾げる周子を前に、むしろギャランの方が驚いたようだった。青い目を見開いて数秒たっぷり硬直して。
「カズマが言ったぞ?結婚する女を決めたら、まずは給与明細とカードを見せろ、って。おまえのそれならまず間違いなくオチルから、って」
そう言って、あれは嘘?とまるで子供のように首を捻る。
「……失礼します」
周子はそう一言断って給与明細とカードを手にとり、目を落とす。
「確かに、高給取りですね。刑事って、こんなにお給料良かったでしたっけ?それに、ブラックカード……これが噂に聞く、限度額ナシ、戦車も買えるカードってやつですか?私、初めて見ました、すごいですね。ひょっとしてお金持ちだったりするんですか」
「いよし!じゃ、式はいつにする?」
周子は身を乗り出してきたギャランの鼻先にその二つを突き返した。
「その論理の飛躍が理解できません、ギャラン刑事。別に、お給料がいいからとかで人を好きになるわけじゃないでしょうし。え?生活?夫婦生活には金が掛かる?金の切れ目が縁の切れ目?カズマ特別補佐官がそう仰ったんですか?…………そうか、そうですね、そんな感じですね……あの人、そういう感じのこと言いそうな人ですよね……ああなんだかとてもリアルにカズマ特別補佐官の存在を感じます、まるで背後霊みたい」
―――カズマ特別補佐官め、なんだか世間にスレたことをギャラン刑事に吹き込んで!
ギャラン刑事のいいところは素直でまっすぐなところなのに、と思うと、なんだか余計に腹が立つというかうんざりするというか、日頃絶対ギャラン刑事はカズマ特別補佐官のおもちゃにされているに違いないと思うと、どうにも腹立たしい感じで気に食わない、と周子は思った。
きみの命の保全のためだと言って婚姻届を差し出してきたカズマ特別補佐官の冷徹な表情を思い出し、周子は、おそらくこれが頭痛の原因だろう、と思った。
―――結婚云々を言い出すあたりもかなりおかしかったが、だがそれ以上に……、
「ねぇ、ギャラン刑事。カズマ特別補佐官って、一体なんなんですか?」
ギャランの表情が一瞬凍った。
―――あ、しまった。
昨日の今日だ、相手が直球勝負のギャラン刑事であれ、さすがにこう切り出すのはまずかった。さっき自分で黙っていようと決めたばかりだったではないか、と周子は顔を顰めた。好きだ何だと繰り返す、ギャラン刑事の戯言に付き合ううちについつい気が緩んでしまっただろうと周子は思う。
(第10話へつづく)
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第9話:「職場の同僚がお迎えに」
なんだかとても暖かくていい気持ちだった。
障子越しに白い光が差し込んでいるのを周子はぼんやりと見つめ……
―――障子?畳……
ああ、仏間だ、と思った。ほのかに線香の匂いがした。
昨夜遅くに自宅に帰ってきて、仏間で父修三の遺影を眺めているうちにそのまま畳の上で寝入ってしまったのだろうとぼんやりと思い出す。
身を捩ると、体の上に毛布が掛かっているのに気が付いた。
暖かいのはこの所為だったかと思いもして、いや、とすぐに思い直した。暖かいのは、毛布の所為だけではない、すぐ隣に人間の身体があるからだ。隣で、後ろから自分の背中を抱きかかえるようにして眠っている男の、その人肌のぬくもりだったのだろう、と周子は思った。
なんだかすごくいい匂いだった。周子は身体の向きを変えるとその胸に顔をうずめ、しがみつくように頬を摺り寄せてその匂いを嗅いだ。眠る父に、いつもやっていたように。
「父さん……」
そう呟いて。
その自分の言葉に唐突に違和感を覚えた。
馴染んだ父の匂いでは、ない。
「……だれ?」
周子は身を起こすとぼんやりとその男を見た。周子の声が聞こえたのか、輝かんばかりの金髪が揺れて、顔を上げると、青い瞳がぱちくりと開いた。
「あ、ギャラン刑事……」
そうつぶやいて。一拍置いて周子は飛び上がった。
「ええーっ?ギャラン刑事?」
「おう」
ギャラン刑事は眠ってはいなかったのか、あるいは寝起きが異様にいいのか、一言そう応えるとすっくと立ち上がり、しっかりした足取りでキッチンへ行くとグラスに水を一杯汲んで戻ってきた。
「飲め」
簡潔なその言葉に周子はコクリとうなづいて。確かに喉が渇いていた。一口飲むとぼんやりした頭が少しすっきりした。
喉の渇きと身体のだるさ、ひどい頭痛とで、自分がかなり疲れているのだと周子は知った。昨日の騒動も騒動だが、畳の上でごろ寝すればそりゃ身体も痛くなる、と思って、首を回してみる。
「あのう、なんでギャラン刑事がここに?」
そして周子は座卓の上にグラスを置くと、まじまじと上から下までギャランを見、その足元に目をクギ付けにして、あー!と一声叫んだ。
「ギャラン刑事!」
「のわっ!だ、抱き、抱きつくな!いや、抱きついてくれ!」
周子に突然タックルされてびっくりしたのか、思わずギャランはそう叫び、だがすぐに訂正した。上機嫌に笑って周子をぎゅむぎゅむと抱きしめる。
「カマンベイビー!」
「違いますってば!くつ!靴です!うちは土足禁止です」
きゃー、やめてくださいーと周子はギャランの抱きしめてくる手を解きながら、それでもその足にすがって靴を脱がせた。
「なんで土足なんですか、畳が傷みます。ここは仏間ですよ」
周子はギャランの靴を奪い取り玄関まで走っていって叩きに置くと、振り返って仏間を見た。ふすま、畳、障子、床の間、そして仏壇。完璧な和室が備わっている。そしてそこにいるのはギャラン刑事、和室に金髪、その取り合わせは奇妙というよりなんだか妙にめでたいような感じだった。
「……金閣?」
思わずそう呟きつつ、ぶつまってなんだ?とでも言いたそうなギャランの表情に、うちは父の趣味で典型的な日本家屋なんです、と周子は言った。
「日本家屋、ねぇ。わさびとか言うやつだな?そのわさびな感じってのは、オカシナもんだな、ずいぶんと美形なポートレートだが、そいつをこれまた変なところに飾ってるんだな」
「遺影です!そしてこれはお仏壇にお位牌です!それからわさびでなくて、わびさびです」
不思議そうに仏壇を指差すギャランに周子はそう説明して、お仏壇は指差しちゃいけません、とまるで子供に注意するかのような言葉を付け加えた。
「これが位牌か!初めて見たな。にしても、死人の魂を封印するとかいうアイテムがこれか!」
「大間違いです!なんかいきなし喧嘩売ってますか?で、一体なんですか、ギャラン刑事。なんで私の自宅にいるんですか、なんで私を抱いて寝てるんですか?」
「無線も携帯もつながらなかったから?」
そう素朴に返されて、えっ!?遅刻ですか!と周子は慌てて時計を見、そしてたちまちうんざりと頭を振った。
「まだ朝の四時じゃないですか」
周子は携帯を取り出し、うわ、着信ギャラン刑事だらけ、とうめいた。
「あーいや、連絡つかないから心配になってだな?なにせ昨日のアレだし?」
ギャランを撃とうとベレッタを構えたものの、結局ギャランの変な勢いに流されて。どういうわけかそのまま銃も取り上げられて、自宅まで送ってもらったんだった、と周子は昨日の記憶をたどる。そして父さんの写真眺めながらいろいろ考えてるうちに眠ったみたいだ、と理解する。なぜシーカーがいたのかだとか、いろいろ考えて……ギャラン刑事は昨日の帰り際、カズマにはおれが話をつけておくから心配するな、と言っていたが、そういえばカズマ特別補佐官にはどのようにハナシをつけたのか、気になるところでは、ある。
気になるところ、というより、激しく気になるのだが。
ギャランのその表情を見れば、一言でノープロブレム、と返ってきそうな感じなのだが、なにがどうなって結果どうノープロブレムなのか、激しく疑問だ。
だが、ギャランを相手にどのあたりから説明を求めれば、納得いく答えが得られるのかサッパリ見当がつかない。
言葉は拙いが、勘は異様に鋭いギャランのことだ、答えを求めて下手に突付けばこちらの肚を探られる、と思い、周子はひとまずその件には触れずに様子を見ようと思った。
周子はギャランをちら、と斜めに見上げた。
ギャランはいつもと全く同じ感じで、周子のコップから水を飲んでいる。
えらく整った顔立ちの男だが、そこにどんな色も浮かんでいない。そのそっけない態度が、果たして計算なのかとなると、そこも著しく疑問だ。
「それで来て見たらさぁ、なんか寒そうにして縮こまって転がっていたから、抱っこしてなでなでしておれもいっしょに寝てた」
―――抱っこしてなでなで……?
周子は眉を寄せた。
「で?それで結局なんですか?なにか緊急の用でも?事件ですか?」
だがしかし、一緒に畳の上で寝るくらいだから緊急ではあるまいと思って周子は小さく息を吐いた。
「普通、仕事の同僚であれば、夜は連絡つけません、ふつうは」
「いや普通恋人同士ならふつうは」
「いつ、誰が、だれと恋人同士ですか!」
ストレートにキッパリと切り返し否定した周子に、手厳しい、とギャランは涙目になって言った。
「おれの気持ちはもうバレバレだろ?」
カズマの奴、あっさりばらしやがって、とギャランは口を尖らせ、しばらく困ったように照れたように頭を掻いた。そして周子を正面から見据えると、ばれた以上は真正面から口説くしかねぇ、かくなるうえはお前をマイハニーに据えなくては筋が通らん、とギャランは真顔で言う。
「何の筋のハナシですか!」
「恋人の筋。いっそ妻の筋でも。実は一目ぼれ?ドストライク。ぐわっつーん、と。もうどうしようもなくべた惚れだったり。もうばれちゃったから言っちゃうけどな?おれも男だ、キメる時はキメたいと、ほんとはもっとこうがつんとカッコよく告白とかしたかったんだが、まあ、もう、そんなのはどうでもいい。どうでもいいから、あー、お前と結婚したい。昼も夜も手離さずお前を独り占めにィ。おれだけの周子ちゃん、考えただけで腰にぐぐっと来る!」
「腰ってナンデスカ!」
なんで腰なの!と周子は思いっきり疑惑の声を上げた。
「そりゃ抱きたいと思って当然だろ」
ギャランの言葉は簡潔なものだ。
「まっとうな成人男子が恋に落ちりゃそりゃ日がな一日」
いやです、と周子は首を横に振った。
「それに、どうして結婚なんてハナシがそんなすぐ!いきなり出るんですか」
昨日に引き続きまたまた結婚だなんて。そんな単語、もう耳にするだけでゾッとしてしまう。カズマ特別補佐官にしろギャラン刑事にしろ、すぐに結婚という単語が出てくる理由がサッパリ分からない。
「流行語ですか?新人いじめですか?あっ!女性差別?寿的早期退職制度?勘弁してください、この春の辞令で配属されたばっかなんですよ!警察ってそういうところなんですか?えー信じられないですー公僕のクセに」
ギャランは周子を見据えキッパリという。
「おれは無駄足を踏まない男だ。お前はおれの運命の女だ、そうと分かっていてみすみす手離すようなバカな真似はしない」
え、待って?と周子は思いきり眉を寄せた。
「ものすごい思い込みと何かストーカーちっくな口ぶりではないですか?」
「他の男に取られる前におれがガッチリキープだ!」
「いやです!」
周子はキッパリと首を横に振った。
「確かに、ギャラン刑事にはお世話になっています。でも仕事の同僚以上には到底考えられません。そのへんてこな論理に混ぜ込まないで下さい。職権濫用とまでは言いませんが、もしこれ以上変な言いがかりをつけるようであれば、然るべきところにセクハラとして訴えますよ?」
ギャランの青い目がショックを受けたように軽く見開いた。
「玉砕?」
「玉砕です」
「考え直して?な?」
「考え直すのはあなたです」
ギャランはがっくりとうなだれてしばらく押し黙った。
「むりぃー。もう決めちゃったもん」
「何子供みたいなこと言い出してるんですか!大体ギャラン刑事、めちゃくちゃもてるじゃないですか、巡回に出れば会う女の人みんなに今夜どう?とかいっつもいっつも聞かれてるじゃないですか。なんでよりによって私に突っかかってくるんですか?嫌がらせですね?こりゃほんとにセクハラか、新人いじめかとしか思えませんが」
ギャランはまるで聞いていないのか、そうか!と手を打って、ぴっ、と人差し指を立てた。周子の顔を覗き込む。
「分かった!他に好きな男がいるとかっ?」
「はいいます」
即答してから周子はうーん、と唸って視線を宙に泳がせた。
誰かと付き合っていると言ってしまえばハナシは早いのだろうが、それは勿論、いればのハナシである。ガーナ署捜査一課に配属されて以来、最初の頃には食事でも、なんて気安く声を掛けてきてくれた他の独身刑事もなぜか最近はビクビクと当り障りのない挨拶を交わす程度だし。好きな男として名を挙げるには、あまりにどれも親しくなさすぎである。
―――どうしてだろう……なんだか最近急に男の人に縁遠くなった気がする。
アカデミーの時みたいにやたらと告白されることもなく、それはそれでとっても楽なんだけど、それって、例えば刑事が彼女としては向いていないだとか、そんなあたりだろうか、などとも思って。確かに時間は不規則だし、ハードだし、と思うと、一般的に言ってまっとうな交際相手として世の男に見てもらえるとは到底思えない、と周子は思った。
「あー、めっちゃくちゃ頭が痛いや……」
周子は先ほどからずっと感じていた頭痛に耐え切れず畳から立ち上がると、居間へ行き薬箱から頭痛薬を取り出した。頭痛薬を手にしたものの軽く首を捻って。
「はー、でもなんか食べといた方がいいかも……昨日のお昼から何も食べてないんだった」
そう呟いて周子はおもむろにキッチンに立つと冷蔵庫を覗き込み、エプロンをしめるとネギを刻みだし、朝食の支度に取り掛かった。
仏間の方から声が掛かる。
「人が口説いてるさなかにメシの支度たあ、いい度胸だな」
「だから、イヤですって。さなかもなにも、終わりです。議論の余地もありません」
それが用事なら、帰ってください、と周子は言った。
「大体ギャラン刑事、どっから入ってきたんですか?不法侵入ですよ?」
周子はギャランの指差す方を見て小さく悲鳴を上げた。居間のガラスはカギのところだけが割られている。これはまるで空き巣や強盗の手法である。
「恋人なら入ってきたって構わんだろ、大体おれはお前のことが心配で様子を見に来たんだし」
「恋人ではありませんから。恋人だと言い張るのなら玄関から入ってきてください」
「窓ガラスと玄関ドア、修理するなら安い方がいいと思ったんだが……」
「壊すのが前提ですか!」
勘弁してください、私はご覧の通り元気です、食欲もあります、用が済んだのでしたらそれではどうぞお帰りください、と周子はギャランに言った。
冷たい、とギャランは唸って。座卓に突っ伏した。
「朝飯ー。食わせてー。帰るのめんどくせーし。このまま一緒に出勤しよう?周子ちゃん」
「それは構いませんけど。二人分も三人分も大して変わりませんから」
と応えて周子は手早く朝食の支度をする。手馴れたものである。
ギャランは不思議そうにあたりを見回す。
「なんで三人分?」
「父さんの分です」
周子は視線を仏壇にやって。
「お仏壇に供えるんですよ」
あたりまえのようにさらりと言う周子がギャランには分からないようで。
「死人にメシを食わすのか?あーなんだ?アレじゃないのか、ちっこいエッグスタンドに白いご飯を山盛りに盛り付けて水と一緒に並べて……」
エッグスタンド……まあ、確かに、と周子は苦笑した。
この、飾り気のない言葉こそ、ギャランのいいところといってもいいだろうとは周子も思う。このおかしなテンポはなんだかとても気が楽だった。
「そんなのがご飯だなんて。私、それが忍びなくて……朝夕は二人分作って一緒にごはんを食べてるんですよ。大体、父さん死んでないですし。お葬式もお仏壇も、近所のおばちゃん方が勝手に仕切ってやってくださったわけですから。こういうの、陰膳っていうんですって」
「これで死んでないんだ?位牌なのに?どう見ても死人だろ」
うるさいですギャラン刑事、ごたごた言うとごはん抜きです、と周子はギャランをキッパリと切り捨てた。
「それからちゃん付けはやめてください」
「じゃあ、周子!おおおー!ますます恋人同士っぽい!ラブラブだな!しかも同伴出勤!」
「絶対違います」
周子刑事とかタチバナさんとか、もっと他に言い様があるじゃないですか、と周子はうんざりと首を振った。
「同伴出勤だなんて、ドコに出勤する気ですか。ギャラン刑事、ちょっとアソビが過ぎるんじゃないですか、キャバクラですかなんですか。んもうごはんを食べるときぐらい静かにしていてください、私猛烈頭が痛いんですから。これ食べてお薬飲みたいんです」
頭痛か、とギャランの表情が心配そうに曇った。
この素朴な感じ、と思うとどうにもやはり周子はギャランを無下には出来ない気がした。昨日引き金を引けなかったのもその所為だと既に知っている。
もちろん、ギャランの言うような恋人などといった次元とはまるで違うが、現にこうして一緒に食事をとろうとしているのである。どうにも妙に馴染む感じだった。
周子は膳を仏壇に据えると両手を合わせ、父修三の遺影に向かって話し掛ける。
「じゃ、はい、父さん、頂きます。今朝は”職場の同僚ギャラン刑事”がお迎えに来てくださいました。お友達がおうちに迎えに来てくれるだなんて高校の時だってそうなかった気がするよね?小学校のときはあったけどさ?わーこんなの久しぶりだよね、父さん」
「”職場の同僚”ってトコにやけに力をいれて紹介するな!しかもなに会話してやがる、そんな位牌と!っていうか、紹介するな!」
そういってから、ああ、いや、違う!とギャランは金髪をぶるぶると振った。
「御義父さん、娘さんはボクガイタダキマシタ。よしもらった!オッケーだな。はっはー!死んでんだから、死人に口なし、文句もナシ!これで周子ちゃんはおれがゲットだ!」
「あっ、おトイレ行ってこよーと」
一人陽気で強引なギャランをまるで無視して周子は席を外した。
そうして再び戻ってきて、周子は短く悲鳴を上げた。
「ギャラン刑事!なにやってるんですか!」
あでやかな金髪に、香炉灰をごっそりとかぶってギャランは仏壇の前に正座している。
「ぶわあ!って」
ギャランの目はテンになっている。不思議そうに、そしてどこかおののきつつ仏壇を指差し、周子に訴える。
「へ?」
「このへんてこな灰が、ぶわあって急におれに襲い掛かってきた」
「は?なに言ってるんですか」
いたずらしたならちゃんと謝ってください、と周子はギャランの金髪をばさばさと振り払った。まるで犬の子のように大人しく頭を預けてくるギャランのその様子に周子は苦笑して。
「香炉灰を頭からかぶるだなんて、子供だってそんないたずらやりませんよ?全くもう」
「いやホントだって」
「香炉が勝手にひっくり返ってギャラン刑事を襲ったんですか?それで灰まみれに?やだなあ、そんなポルターガイストみたいなことあるわけないじゃないですか」
さ、あったかいうちに頂きましょう、と周子はまるで子供を相手にするかのようにあっさりとあしらい、仏間の座卓に二人分の食事を並べるとさっさと座って、いただきます、と合掌した。
ギャランは目の前に並んだ朝食を見て。その青い目は再び二つの点になった。
自分の前に並んだ食事を指差して。
「ずいぶんけったいな代物を食うんだな?これもわさびだからか?」
「立派な和食ですが、わびさびは関係ありません。私、おかゆ好きなんです、朝。胃にやさしいしすぐエネルギーになるし。朝から走っても堪えないですから」
「こんなもん食って走れるのか?」
ギャランは不思議そうである。じゃあこの男の日頃の食事はなんなのだろうと思って周子はすぐにその想像を止めた。
―――肉とか肉とか肉とか!?きっとオール肉だ!
「じゃあ食べなくていいですから。ギャラン刑事は途中でコンビにでも寄ってください」
ギャランは、取り上げようとした周子の手から慌てておかゆをガードする。
「いや!食う、食うぞ!おれの周子ちゃんがはじめて作ってくれた料理だ、ともに朝を迎えて初めて口にするメシだぞ、食うに決まってるだろ!」
「……なんかそこはかとなく語弊満載の言葉に聞こえます、その調子で署内にふれ回る感じですか、ともに朝、ってもう、なに」
「あれだろ?最初は流動食からはじめて、徐々に様子を見ながら慣らしていくって、アレだろ?入院すると食わされるよな?」
「…………だから何のハナシですか?」
どうしてこう、奇妙なところにいきなりハナシが接続するのかさっぱりである。ギャランは上機嫌でおかゆを口に運び、お、うまいじゃん、と微笑んだ。
「昨日はチーズバーガーだったなァ。あーいや、違うか、朝はなんでか知らんが肉パテ入れてくれなくてソーセージみたいなの挟まってるよな?朝は肉は肉屋が閉まってるからなんだろうな。マクドナルボも大変だな。署の向かいにあるだろ?あそこ」
「…………それは法律で決まっ……(ああもういいや)」
「その前はシリアルに牛乳をかけて食ったような気がする」
最近ドコにも行ってないからなァ、と言うギャランによくよく話を聞けば、どうやらまともな朝食にありつくのは、すなわち女の所に泊まって食べさせてもらうということなのらしい。そんなことをあっさり白状しながら、当人は少しも悪びれずおかゆを口に運ぶのを周子は見て。
「なんだか、刑事としてどうかと思いますが。巡回にしろ聞き込みにしろ行く先々で夜の誘いを受けるのは」
ギャランは、ん?と首を傾げた。
「うん。断ってるぞ?」
そういえば確かに、巡回や聞き込みに行く先々でギャランはどの誘いも断っているようだった、と周子は思い出して。
「おれはもういいや、とあっさり笑って、もうおしまいね、なんて言ってましたけど、アレは何?別れ言葉かなにかなんですか?」
「別れるも何も別段付き合ってるとかどうというわけでもないし?」
「わあ、軽薄!」
周子はつくづく嫌そうに呟いたものの、確かに、こんなサッパリした気質の男ならば、アソビだ何だという概念すらなく、誘われれば受け、求められれば与え、そんな感じなのだろうとか思いもして。むしろこんな男なら却って恨みも買わないのかもしれない、と周子は思った。
ずいぶんといい男ではあるんだけどな、と周子はまるで他人事のように思いながら。自分との関係にはそのあたりはやはりどうにもピンとこなかった。
―――正直、父さんよりもいい男なんていない気がする。
「でもずいぶん詰め寄られていたんじゃないんですか?問い詰められていたっていうか」
「ん?あーあれはだなー見つかったってホントかどうかってしつこくて。ホントなのに。ホントだって言ったらこんどはお祝いだって、なんか人集めるとかなんだかうるせーことずいぶん言ってたけどな?」
「あ、なんかそうそう、そうでした。ギャラン刑事は皆さんに見つかったの?って言われてましたね。なにか探してたんですか?お祝いですか。なんだか知りませんが良かったですね?」
ギャランはぴた、と手を止めると周子をじっと見つめた。
「いつにする?式」
「何の式ですか?」
きょとんと返す周子にギャランは大真面目なカオで。
「おれはこう、ハートをがつん、と射抜かれるような女を捜していた。おれが強いのもこんなヤクザな仕事してるのもおれが生きてる理由はただそれだけだ」
周子はピクリとほおを引き攣らせ、たっぷり数秒間を空けてから、ようやく気を取り直したように、あーはいはい、と冷たく呟くとスプーンを置いて水を一口飲んだ。漬物を一切れつまんで口にほおりこむ。
こり、と小気味良い音が周子の口の中で鳴った。
「やはり刑事の名を騙ったヤクザなんですね?これですべて説明がつく気がします。そしてこの会話はこれでおしまいにします。なんだか非常に不穏な気配がします」
どうして結局ヒトの事を口説くようなところに会話の先が落ちるんですか、まったくワケが分かりませんね、と周子は不快感をあらわに口を尖らせた。
「私は好きな人としか結婚しません」
「おれもだ。おれも絶対に妥協しない」
ギャランは毅然と返した。
「おれの存在理由、命をかけて守る存在をおれはずっと探していた、おれのヒロインを。なんてったっておれはヒーローだからな」
「………………なんか却って妙な風に聞こえます。鳥肌が。ドンビケですよ」
「妙って?おれは本気だぞ」
「ギャラン刑事はひょっとして、宇宙刑事なんたら、とか、世に言う子供向けヒーローにあこがれて刑事になったクチですか?ああ、なんか名前も似てませんか!似てます!わー、なんか寒っ!イマドキそんな人いないっていうか、いっそハリウッドとかに行って来ればいいんじゃないですか?ヒーローもヒロインも盛りだくさんですよ。アクションとかばりばりできそうですし。ヒーロー刑事殿。ギャラン刑事は子供にもなんか妙に人気ありますから特撮ヒーロー戦隊シリーズも十分にいけると思いますよ」
「そりゃ確かに当たってるがな?おれの夢はヒーロー刑事だし、理想は惚れた女を命がけで守ることだ。おれの生きてる証、みたいな?生きてる実感みたいなものが欲しいわけだ、おれはそれが欲しくていままでずっとこんな乾いたような餓えたような気持ちを抱えて生きてきたんだ」
と言って、ギャランは困り果てたように一度唸った。
「だけど、見事にかわされたか?」
「かわすも何も、絶対にイヤです。なんでみんなしてすぐに結婚結婚って言うんですか」
「みんな?」
ギャランの眉がきゅっ、といぶかしげに寄った。
あ、しまった、と周子は思う。こんな表情をするときのギャラン刑事の追求はそれは手厳しい。ギャランに睨まれて余罪を吐かずにいられた容疑者はいない。ギャラン刑事が敏腕刑事と名高い所以である。
「最近誰かに口説かれた?」
「いいえ」
周子は即否定したが、ギャランはすでに確信めいたものを感じている。そんな命知らずなやつがまだいたか、とギャランはむっとしたように唇を引いた。しつけーな、と低い声で唸った。唐突に機嫌が悪くなったようだった。
「まだ、って何のことですか」
いやこっちのハナシ、と言ってギャランはかぶりを振って残りのおかゆをかっ込むと、座卓の端に食器を押しのけ、財布から一枚の紙とカードを取り出すと、テーブルの上に並べた。
「?なんですか?」
「給与明細と、クレジットカード」
「だから、何?」
「え?」
首を傾げる周子を前に、むしろギャランの方が驚いたようだった。青い目を見開いて数秒たっぷり硬直して。
「カズマが言ったぞ?結婚する女を決めたら、まずは給与明細とカードを見せろ、って。おまえのそれならまず間違いなくオチルから、って」
そう言って、あれは嘘?とまるで子供のように首を捻る。
「……失礼します」
周子はそう一言断って給与明細とカードを手にとり、目を落とす。
「確かに、高給取りですね。刑事って、こんなにお給料良かったでしたっけ?それに、ブラックカード……これが噂に聞く、限度額ナシ、戦車も買えるカードってやつですか?私、初めて見ました、すごいですね。ひょっとしてお金持ちだったりするんですか」
「いよし!じゃ、式はいつにする?」
周子は身を乗り出してきたギャランの鼻先にその二つを突き返した。
「その論理の飛躍が理解できません、ギャラン刑事。別に、お給料がいいからとかで人を好きになるわけじゃないでしょうし。え?生活?夫婦生活には金が掛かる?金の切れ目が縁の切れ目?カズマ特別補佐官がそう仰ったんですか?…………そうか、そうですね、そんな感じですね……あの人、そういう感じのこと言いそうな人ですよね……ああなんだかとてもリアルにカズマ特別補佐官の存在を感じます、まるで背後霊みたい」
―――カズマ特別補佐官め、なんだか世間にスレたことをギャラン刑事に吹き込んで!
ギャラン刑事のいいところは素直でまっすぐなところなのに、と思うと、なんだか余計に腹が立つというかうんざりするというか、日頃絶対ギャラン刑事はカズマ特別補佐官のおもちゃにされているに違いないと思うと、どうにも腹立たしい感じで気に食わない、と周子は思った。
きみの命の保全のためだと言って婚姻届を差し出してきたカズマ特別補佐官の冷徹な表情を思い出し、周子は、おそらくこれが頭痛の原因だろう、と思った。
―――結婚云々を言い出すあたりもかなりおかしかったが、だがそれ以上に……、
「ねぇ、ギャラン刑事。カズマ特別補佐官って、一体なんなんですか?」
ギャランの表情が一瞬凍った。
―――あ、しまった。
昨日の今日だ、相手が直球勝負のギャラン刑事であれ、さすがにこう切り出すのはまずかった。さっき自分で黙っていようと決めたばかりだったではないか、と周子は顔を顰めた。好きだ何だと繰り返す、ギャラン刑事の戯言に付き合ううちについつい気が緩んでしまっただろうと周子は思う。
(第10話へつづく)
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- 2005-05-24 12:55
- カテゴリ : タトパラ2/長編/連載中
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