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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第10話:「凄腕刑事泣かし」
―――そしてひょっとするとそれこそがギャラン刑事の思惑?
相手はガーナ署きっての凄腕刑事である、こうバカな振りをしてその実あちらこちらに巧妙にトラップを仕掛けているのかもしれない。
シーカーの件についても、なぜカズマ特別補佐官はそれを知っていて、彼の家にシーカーが出たのか、そしてなぜあんなに取り乱していたのか、ギャラン刑事もシーカーについて知っているようだし、それより何より父さんの残した言葉、インサニティ・レッド、ラジカル・ブルー、この言葉をギャラン刑事が口にするだなんて。一体それがなにであって、またなにがどう関係があるのか、サッパリわからないのだが、なにやら妙な手応えがある。釣りでいえばヒットした、強く引きがある感じ、今まで掴み得なかったほどに確固としたツテ、そんな印象だ。
それこそ問いただすべきことは多々あるが、そう迫るとこちらの事情も話さざるを得なくなるのだろう、やはりそうそう迂闊にハナシを切り出すべきことでは断じてない筈だ、と周子は言った端からたちまち後悔した。
「カズマか?」
そう真顔で問うてくるギャランの声が掠れている。
それはひどく緊張している表情である。
周子はそんなギャランの表情がどうにも怖くて真顔で一度喉を鳴らした。ガーナ署きっての凄腕刑事、どんなハードな追及がくるのか、正直怖かった。
「カズマにひょっとして口説かれたか?」
「へ?」
その言葉は覚悟していた類のものではない。
周子は驚いてギャランの顔をまじまじと見た。その顔はおそろしく真剣である。
―――たしかに、このギャラン刑事とまっとうに渡り合えるとすれば……。
カズマ特別補佐官の冷徹な表情が脳裏に浮かんだ。
ギャラン刑事とはまた別な強さで、きっと一歩も引けを取らないに違いない。比較し得る要素すらないが、それこそ全く別な強さであって、だがそのバランスはまさに絶妙、まさに親友というに相応しい、まるで対等な感じに思われた。
―――でも。さすがに、あの性格はちょっと難あり、っていうか、あの人のあの容赦ない感じ、口説くのも口説かれるのも、時間の無駄とか、人生の無駄、とか言って斬り捨てそうな……そもそもああいう冷徹なタイプに恋愛なんてまるで似合わない。最初から最期までドコまでも理性で片付けてしまうような、欲得づくの政略結婚が似合いこそすれ、あんな感じの人間はまるで恋愛には縁が無いだろう、ギャラン刑事のほうがよほど人間的だ。
そしてギャラン刑事は、そのカズマ特別補佐官と何かあったかと聞いているのだろうか。ずいぶんヘンなことを聞いてくるものだ、と周子は思った。
「むり。絶対無理です」
慌ててそう呟いてその思い付きを却下して。
だが、目の前のギャランの表情はまだ凍りついたままである。再び震える声で聞いてくる。
「カズマがお前にラブ?」
「あ・り・え・ま・せん!」
大きな声ではっきりと答えると、まるで金縛りでも解けたかのように、ギャランは途端にほっとした表情をした。
はー、と肩の力を抜いて大きく息を吐いて。
つくづく安心したように軽く天井を仰いだ。
「あっそ!ならいいや!他の男はみんな雑魚だからな!おれがおれに匹敵するくらいいい男だと認めるのはカズマだけだからな、カズマ以外は全然怖くないぞ。で?誰?おれがけっちょんけっちょんにのしてやる、二度とお前に近づかないように、手を出さないようにな!こう、コテンパンにな」
「ちょ!ちょっと待ってください!?」
いよっし、と拳を握るギャランの手を、思わず周子は掴んで握った。
どうやらまだ、ギャランとしては口説いている最中であるようだった。これではまるで昨日の騒動は果たしてその記憶に残っているのかどうか、むしろそれさえも疑問に思えるような態度である。
「ひょっとしてギャラン刑事……」
「お前に群れ寄る余計な虫は全部ちぎっては投げちぎっては投げ」
にっこりとギャランは満足げに笑う。艶めいた男の色気が存分に滲んだ笑みである。
よく澄んだ青い瞳で真正面からじっと周子を見つめる。
周子の手を握り返すと、その手に、ちゅっ、と口づけを落とした。
「まさにオスの論理だろ?」
「そういうの、ヤクザな論理って言うんです!」
あなたそれで刑事ですかー!と周子は手を振り解くと、拳でテーブルを叩いた。
「それに、大体こんな!こんな給与明細アリですか!?基本給よりも危険手当の方が高い人となんて絶対結婚したくないです!いつ危ない目にあうか分からないじゃないですか!そんな人が旦那さんだなんて、こっちの身が細りますって!」
ギャランは嬉しそうに笑った。
「おれの身を案じてくれるとは!実はかなり脈アリだったり?女心ってやつはつくづくわっかんねぇな?」
周子は慌てて首を振る。
「案じてません!却下!なにが女心ですか。とにかく、私はどなたともお付き合いも結婚もしません!私には待ってる人がいるんです、だからギャラン刑事とは絶対に絶対にお付き合いしませんし、まして、結婚も、ラブも、ナシです、ナシ!これ以上ヘンな言いがかりつけないで下さい!」
そう叫んで、周子はキッパリと首を横に振った。
え?とギャランは周子の言葉を理解できないかのように一度固まった。
数拍あけてギャランの表情がみるみるうちに険しくなった。
まるで、獰猛な肉食獣のような険しさだった。
捉えた獲物を組み敷いて、群れ寄る他の肉食獣を牽制するような、容赦ない感じだった。
「おう、遠距離恋愛か何かか?居所を言え、おれがきっちり仕留めてやる……」
ギャランは押し殺した声でそう言って、ひたり、と腰の銃に指を這わせた。
「わあ!銃は駄目です!あなた刑事でしょ!」
突然仏間を吹き荒れたその不穏な風に、思わず周子は座卓を飛び越えギャランに飛び掛り、ギャランはおっと、と低く声を漏らして、だが周子をがっしりと抱き止めると、好きだ、と何度も何度も繰り返し囁いた。
「そんな男はやめておれにしろ、絶対後悔させないから」
それは周子が今まで聞いたことのないほどに真摯で熱い言葉で。
びっくりするようなそんな言葉を真っ向から吐かれ、周子はついつい赤面してしまう自分を不覚だと思いつつ、だが不可抗力だと自分に言い聞かせると何とかその腕を振り解いた。こんなに強引に口説かれたことは今までにない。下手をすると押し倒されそうな勢いだった。ギャラン刑事には多分にそんな男臭さがある、と周子は不安になった。
がっしりした、男らしい腕だった。
その腕は確かに、頼りになる腕だと、昨日の今日で既に身体に知ってしまっている。
周子は慌てて首を振った。
「父ですよ、父。この写真の。行方不明なんです。私は父の帰りを待っているんです、だからだれとも恋愛なんぞしてるヒマはありません、それどころじゃないんです。ちょっと人より見た目がいいからってそんな強引に引っ掻き回さないで下さい。ええ、確かにギャラン刑事はカッコイイとは思いますよ?でも、みんながみんなギャラン刑事に口説かれてオチると思ったら大間違い、っていうかあまり間違ってないような気もするんですけど、とにかく、私は駄目です、駄目、他所を当たってください、他所を!私はもう父のことで手が一杯なんです」
と、これで断るのも何度目になるだろうか、と思いつつ、周子はまたもキッパリと断った。
「……?死人じゃねぇか」
ギャランは仏壇の修三の遺影を指差した。
「位牌の中には死人の魂が入ってるんだろ?つまりはお前の親父は坊さんによってこのへんてこな木の札の中に魂を封印されたってワケだ、そんな男、全然怖くないぞ、生きていてこその恋愛だ」
「全然、全然違います!封印ってそんなこと、誰に聞いたんですか!いや、とにかく、父は死んでません!ただの行方不明なんです」
周子の言葉に、なんか、いやあな感じ、とギャランは低くうめいた。
「死んだ恋人ってのは一番始末に負えねェって、ドラマで言ってたぞ?ああ、なんか今はじめてそれがわかるような気がするなァおい」
ん?恋人?親父?やけに若い美麗な親父だな?これでほんとのほんとにまじで親父か?と、ギャランは仏壇から修三の遺影を取り上げ、まじまじと覗き込んでは疑問符だらけといった感じで、しきりに首を捻った。
「ホントにこれで父親か?黒目黒髪はそっくりだがな?……大体、お前こんな美麗な男と二人暮しだったのか?よくそれで何ともなかったな?」
「父ですから!血のつながった、実の!」
そんなタブーな出来事があってたまりますか、と周子はギャランの手から修三の遺影を取り上げた。
「五年前の航空機爆破事故で行方不明なんです。私は父は死んでないと思うんです。ただ近所のおばちゃん方が、慰謝料が出るから葬式をあげといたほうがいいと口々に言ってあれよあれよという間に……町内会であっという間にお葬式を挙げてしまって……。私、慰謝料なんて要らないのに。こんなお位牌、これじゃあまるで父さんが死んだみたいです、私は断固としてそのことを事実として認めません。現に死体だって見つかってないですもん、父さんは絶対生きてるんです」
あのときほど、町内会というものを怨んだことはありません、とどこか的外れなことまで言いながら、周子はしょんぼりとうなだれた。
「五年前?」
ギャランの表情が、ふと厳しくなった。
ちょっと考えるように逡巡して、それからいつもどおりのぞんざいな口調で周子に言った。
「五年前ね。民間の航空機が高度一万五千メートルの空の上で原因不明の大爆発ってあれか?大破して、かろうじて海上で墜落したバラバラの機体がちょびっと見つかった、乗員乗客453名全員死亡の、アレか。ありゃー、どえらく大事故だったな。確かに遺体が回収出来たのはごく一部だが、あれほどのひどい事故だ、無論、誰一人助かってないぞ」
「ええ、その飛行機に父が乗っていたんです」
「そいつはとんだ不幸だったな」
あれで生きてるはずはない、事故なんだから死んだと思ってとっととあきらめるんだな、とギャランの声は不意に冷たくなった。
態度の急変したギャランを前にいぶかしく思いながらも、周子ははっきりと言った。
「あれは事故ではありません。事件です。あの航空機は爆破されたんです」
「おいおいおい……」
ギャランがまいったな、といった表情をした。
「滅多なことを言うな。あれは機体の整備不良が原因だと、航空会社が全面的に認めて補償に応じたじゃないか、回収したブラックボックスからもそんなデータが」
「おかしいです。なんか出来すぎな感じで」
周子はきっぱりとギャランの言葉を否定した。
「事故当時、あまりに解決が早すぎました。航空会社があんなにあっさり自社の責任だと全面的に認めるものですか?補償金額は遺族へのものだけでも数兆円だって聞いてます。そんなのすぐに認めるわけがない、だいたい、どっからそんなお金が出るんですか。なにが保険ですか、嘘です、あれは絶対、国家から拠出しているはずです、遺族側からすれば筋は通ってますが、ちょっと調べればなんだかえらく不明瞭な感じです。それに当時の内閣総理大臣も早々に事態の収束を宣言したし、なんか整いすぎな感じでした、なにか、隠してるんだと私は思っています」
と周子は断言して、そして、ん?と首を傾げた。なんだか胸の内で引っかかるものを感じた。
―――当時……つまり、先の内閣総理大臣?
最近どこかで聞いた事なかったか?その単語。
ギャランは腕組みをして一度唸った。
「周子刑事」
周子はギャランの呼びかけを無視して、胸の内の不安を打ち消すかのようにまくし立てる。
「父さんはみすみすそんな事故に巻き込まれるような人じゃないんです。あの日、父さんはひょっとしたらしばらく帰って来れないかもしれない、って。父さんは二度と帰れないとか帰らないとかとは言わなかった、父さんはあの人ちょっと変わっていて、まさに言葉どおりの人なんです、ああ言って出て行ったんだからきっとそのうち帰ってくる、きっと拉致か何かされたんです」
「周子刑事」
ギャランが苛立ったようにテーブルを一度打って周子の気を引いた。
「滅多なことを言うな。事故は事故だ、航空機は大破だ」
その声はいつになく厳しい。
周子はその厳しさにも一歩も引かない。
「私が刑事になったのはそれを調べるためです」
「死人の骨を探すんなら太平洋を漁るんだな、なるなら漁師だ」
「だから、死んでないんです!」
「拉致?バカ言え、空の上で拉致か?宇宙人みたいなことを言うな。あれは事故だ」
―――おかしい
なんともいえぬ直感めいたものが周子の身体を打った。
ギャランのカオが事件の捜査をするときのカオになっている。刑事の顔だ。つい先ほどまで、好きだのなんだのさんざん戯言をほざいていたくせに、と思うと、その急変振りはどうにも気になった。
「ギャラン刑事は何か知ってますね?」
「知らん」
ギャランは即答する。
「いいえ。私、勘は鋭いんです。ギャラン刑事は何か知っています」
周子は、ふい、と顔を背けたギャランの胸倉を掴むと、おもむろにカオを寄せ、口づけた。
「さっき、私のこと好きだって」
ギャランの目が丸くなる。そしてすかさずギャランは答えた。
「好きだ」
その言葉にうなずいてもう一度周子はキスをした。ギャランの手を掴んで自分の胸元に滑り込ませる。ギャランの大きな手はほんの一瞬ためらったが、だがすぐに周子の乳房を覆った。ブラジャーの上から不意にその先を抓まれて周子は思わず身を硬くした。
「抱きたい?」
「もちろん」
「五年前の航空機爆破事件の情報が欲しい。ギャラン刑事なら知ってるんでしょ?それにあなたの立場ならそれなりに突っ込んだ資料も手に入るでしょ」
「ずいぶんとあざといことを言うんだな」
「こっちも必死なのよ」
周子は寝室ならあっち、と冷たく言った。
ギャランは少し淋しそうに笑った。
「色仕掛けってのは、もっと気を持たせてするもんだ」
「そう言う割にはずいぶんと率直な反応ですけど?」
周子は抱きしめてくるギャランの身体に、とりわけ腰のあたりに熱いものを感じて。ギャランがしきりに胸をまさぐっては周子の首筋や鎖骨のあたりにキスを落としてくる。ただギャランのその仕草がやけに手馴れた感じなのが、あっさりとブラジャーのホックを外してくるその指先が、周子は非常に気に食わない。なんだかものすごく気に障った。
「だってお前。聞くだけ聞いたらなんかあの変な針でちくりとやるんだろ?まぁ、おれはそんなヘマはしないで、遠慮なくがっつり抱かせてもらうけどな?」
―――へんな針……。
いや、カズマに取り上げられたインジェクタ以外のものも、寝室にはある。確かにそんなつもりではあるのだが、見抜くにしてもなんにしてもあまりにサッパリした言葉である。
恋は駆け引き、お前のそれは取引、ビジネスライクなセックスなぞお前とする気はさらさらない、抱くならそんな取引はイヤだ、とギャランはキッパリと言い切った。
「おれが今こうしてるのは純粋にお前が好きだからだ」
口づけて、そして一度離して周子の瞳を覗き込む。
簡潔だ、簡潔すぎる、と周子は内心うめいた。
まったく動じないギャランの態度が、おそらく彼がこれまで刑事として踏んできたであろう修羅場の数に相当するだけの圧倒的な経験と度胸と力量の差を語っている。
無言の威圧感のようなものをまざまざと味わって、相手にするには手ごわすぎる、と周子は苦々しく思った。こんな男、上手く御せるだろうか。
だがギャランは唐突に、ああーすきだー、周子ちゃんー、と甘えきった声を上げた。
「カラダなんざ売らんでも、おれはお前のためならなんでもする」
そう告げてギャランは腕の中に周子を抱きしめて熱い吐息を吐いた。
手ごわい、と思った相手が唐突にオチたのを周子は知った。
そのギャップがさっぱり理解できぬまま、周子は一層抱きしめてくるギャランの胸の中に顔をうずめた。
「じゃあ、話して」
「何を?」
ギャランの声は深く甘い。好きだ、と深い息を吐く。
「五年前の航空機事故よ」
「事故だ。今お前もそう言った、以上」
ギャランはキッパリとそう言って首を振る。
「知ってはいるが、お前には言わん。一介の刑事が首を突っ込むハナシじゃない」
「じゃああなたは一介の刑事じゃないの?」
「凄腕刑事?で、お前は新人刑事。力の差歴然ってやつ?」
にっこりとギャランは笑った。牽制するような、どこか剣呑な笑みが、たちまちいつもの笑顔になる。ビッ!と親指を立てて。
「それに危険手当もついてる、高給取りだ!結婚生活は安泰だぞ」
「私にだって付いてはいます!」
思わずムッとしてそう返してしまってから、どうにも力が抜けてしまい。
結婚生活……またそれか、と周子はうめいた。
ギャランの腕を振り解き、思わず畳に手をつき、くずおれて。
ギャラン刑事を相手にするとどうにもいつもこんな感じで。こっちが気を張ってもなんだか絶妙にテンポを崩されてばかりだ、と思う、
がっくりと落ち込んだ周子の肩のあたりに、ギャランはまるで甘えるかのように金髪を擦り付けてくる。
「もうキスしないのか?おっぱいは?触ってもいい?お前ー案外でかいなー」
「こんのエロ刑事!お、お……おっぱいですって?もう、いや!もうやめる!もうしないってば!エッチ!ギャラン刑事以外の筋から調べます。なんかガッツリつかまってしまいそうでイヤです!」
周子は伸びてくるギャランの手を振り払い、噛み付くように叫んだ。
「私は絶対にあきらめません!父の行方を探すまで!でも、でもですね、私だって、好きでもない男とセックスなんてしたくないです!私だっていやです!ごめんです!……って、うわっ!?なななな、なんでそんな涙目なんですか?」
周子はそう叫んだものの、たちまちがらっと雰囲気の変わったギャランを見上げ、ギョッとして一歩後ろに下がった。
ギャランが傷ついたように手の甲で目のあたりをごしごしと拭った。
「好きでもない、って……な、なんか、ぐさっ!って感じ?こっちはちったあ期待したのに、な、なんかひどいなお前。おれのハートを踏みにじりやがって」
「本気で泣いてるんですか?」
「おれは悲しい、すげえショックだ」
拭ったその手の甲が濡れている。
周子は情けなく両眉が下がった。
「ああもういいです、ギャラン刑事からは何も聞きたいとは思いません」
なんだか近所の子供か何かをいじめたような気がする、と周子は思った。
「お前、今まで好きでもない男とそんな目的のために寝てきたのか。なんて不毛な」
「え?いや、別にあのその?」
泣いていると知った矢先に力強く抱きしめられ、周子はきょとんとしてギャランを見上げた。
「大丈夫だ!」
「え?」
それはきらきらと輝くようなまぶしい笑顔だった。
「そんな親父、忘れちまえ!所詮親父だろ?オトコじゃないだろ!おれに乗り換えてさくっと忘れちまえ!もっと前向きなセックスをしよう。おれとの愛を育め!……ぐはっ!」
「絶対なにか間違ってます!」
周子はギャランの股間を遠慮なく蹴り上げた。
「明らかに人選を間違えました」
周子は股間を押さえてうずくまるギャランの肩のあたりをもう一度足蹴にした。
「いいですか、ギャラン刑事、私は絶対あきらめませんよ。父さんの行方がわかるまで。父さんが死ぬはずないんですから」
「……うぐぐ。頑固なやつだな。実際のところ、航空機は大破だぞ、誰だって助かりはしない、わあ、蹴るな!」
周子はもう一度ギャランの腹部を蹴り上げると腰に手をあて、ふん、と鼻を鳴らした。
「とにかく、事件の真相を知って、そして私が納得いくまで、絶対にあきらめません。わたしは五年前からもうずっと本気で調べてますし、刑事になったのもそれが理由です。手段は厭わず、目的を達成するまでです、欲しい情報が得られるのなら別に相手が誰だって構いません」
「それだけは勘弁してくれ!いやだ!おれがいやだ黙ってられるわけがない」
周子の言葉に、たちまちギャランがぶわっと泣いた。
「勘違いしないで下さい!いまこんな真似をしたのもギャラン刑事ならこういうほうが早いだろうと思っただけのことです!別に誰とでもするわけじゃないです!」
「おれを好きになればそんな無茶をしようとは思わないだろ!」
「無茶でもなんでもギャラン刑事には関係ないです。私の言うとおりに欲しい情報をくれますか?だったらお付き合いしてもいいです」
「イヤだ!そんな取引イヤダ!お前とはまっとうなラブをしたいんだ」
ギャランは頑なに首を振った。
周子はギャランの襟首を掴んで畳の上を引きずった。
「もうほんと、出て行ってください、ギャラン刑事なんて嫌いです!」
「わーひでぇ、鬼!待って待って!待てよまだ口説いてるんだから!」
「終わりです!……って、きゃー、畳を掻き毟らないで下さいー!」
引きずられまいとふんばるギャランの爪がバリバリと畳を引っ掻くのを見かねてその手を振り払い、周子は掻き毟られた畳に突っ伏した。
(第11話へつづく)
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第10話:「凄腕刑事泣かし」
―――そしてひょっとするとそれこそがギャラン刑事の思惑?
相手はガーナ署きっての凄腕刑事である、こうバカな振りをしてその実あちらこちらに巧妙にトラップを仕掛けているのかもしれない。
シーカーの件についても、なぜカズマ特別補佐官はそれを知っていて、彼の家にシーカーが出たのか、そしてなぜあんなに取り乱していたのか、ギャラン刑事もシーカーについて知っているようだし、それより何より父さんの残した言葉、インサニティ・レッド、ラジカル・ブルー、この言葉をギャラン刑事が口にするだなんて。一体それがなにであって、またなにがどう関係があるのか、サッパリわからないのだが、なにやら妙な手応えがある。釣りでいえばヒットした、強く引きがある感じ、今まで掴み得なかったほどに確固としたツテ、そんな印象だ。
それこそ問いただすべきことは多々あるが、そう迫るとこちらの事情も話さざるを得なくなるのだろう、やはりそうそう迂闊にハナシを切り出すべきことでは断じてない筈だ、と周子は言った端からたちまち後悔した。
「カズマか?」
そう真顔で問うてくるギャランの声が掠れている。
それはひどく緊張している表情である。
周子はそんなギャランの表情がどうにも怖くて真顔で一度喉を鳴らした。ガーナ署きっての凄腕刑事、どんなハードな追及がくるのか、正直怖かった。
「カズマにひょっとして口説かれたか?」
「へ?」
その言葉は覚悟していた類のものではない。
周子は驚いてギャランの顔をまじまじと見た。その顔はおそろしく真剣である。
―――たしかに、このギャラン刑事とまっとうに渡り合えるとすれば……。
カズマ特別補佐官の冷徹な表情が脳裏に浮かんだ。
ギャラン刑事とはまた別な強さで、きっと一歩も引けを取らないに違いない。比較し得る要素すらないが、それこそ全く別な強さであって、だがそのバランスはまさに絶妙、まさに親友というに相応しい、まるで対等な感じに思われた。
―――でも。さすがに、あの性格はちょっと難あり、っていうか、あの人のあの容赦ない感じ、口説くのも口説かれるのも、時間の無駄とか、人生の無駄、とか言って斬り捨てそうな……そもそもああいう冷徹なタイプに恋愛なんてまるで似合わない。最初から最期までドコまでも理性で片付けてしまうような、欲得づくの政略結婚が似合いこそすれ、あんな感じの人間はまるで恋愛には縁が無いだろう、ギャラン刑事のほうがよほど人間的だ。
そしてギャラン刑事は、そのカズマ特別補佐官と何かあったかと聞いているのだろうか。ずいぶんヘンなことを聞いてくるものだ、と周子は思った。
「むり。絶対無理です」
慌ててそう呟いてその思い付きを却下して。
だが、目の前のギャランの表情はまだ凍りついたままである。再び震える声で聞いてくる。
「カズマがお前にラブ?」
「あ・り・え・ま・せん!」
大きな声ではっきりと答えると、まるで金縛りでも解けたかのように、ギャランは途端にほっとした表情をした。
はー、と肩の力を抜いて大きく息を吐いて。
つくづく安心したように軽く天井を仰いだ。
「あっそ!ならいいや!他の男はみんな雑魚だからな!おれがおれに匹敵するくらいいい男だと認めるのはカズマだけだからな、カズマ以外は全然怖くないぞ。で?誰?おれがけっちょんけっちょんにのしてやる、二度とお前に近づかないように、手を出さないようにな!こう、コテンパンにな」
「ちょ!ちょっと待ってください!?」
いよっし、と拳を握るギャランの手を、思わず周子は掴んで握った。
どうやらまだ、ギャランとしては口説いている最中であるようだった。これではまるで昨日の騒動は果たしてその記憶に残っているのかどうか、むしろそれさえも疑問に思えるような態度である。
「ひょっとしてギャラン刑事……」
「お前に群れ寄る余計な虫は全部ちぎっては投げちぎっては投げ」
にっこりとギャランは満足げに笑う。艶めいた男の色気が存分に滲んだ笑みである。
よく澄んだ青い瞳で真正面からじっと周子を見つめる。
周子の手を握り返すと、その手に、ちゅっ、と口づけを落とした。
「まさにオスの論理だろ?」
「そういうの、ヤクザな論理って言うんです!」
あなたそれで刑事ですかー!と周子は手を振り解くと、拳でテーブルを叩いた。
「それに、大体こんな!こんな給与明細アリですか!?基本給よりも危険手当の方が高い人となんて絶対結婚したくないです!いつ危ない目にあうか分からないじゃないですか!そんな人が旦那さんだなんて、こっちの身が細りますって!」
ギャランは嬉しそうに笑った。
「おれの身を案じてくれるとは!実はかなり脈アリだったり?女心ってやつはつくづくわっかんねぇな?」
周子は慌てて首を振る。
「案じてません!却下!なにが女心ですか。とにかく、私はどなたともお付き合いも結婚もしません!私には待ってる人がいるんです、だからギャラン刑事とは絶対に絶対にお付き合いしませんし、まして、結婚も、ラブも、ナシです、ナシ!これ以上ヘンな言いがかりつけないで下さい!」
そう叫んで、周子はキッパリと首を横に振った。
え?とギャランは周子の言葉を理解できないかのように一度固まった。
数拍あけてギャランの表情がみるみるうちに険しくなった。
まるで、獰猛な肉食獣のような険しさだった。
捉えた獲物を組み敷いて、群れ寄る他の肉食獣を牽制するような、容赦ない感じだった。
「おう、遠距離恋愛か何かか?居所を言え、おれがきっちり仕留めてやる……」
ギャランは押し殺した声でそう言って、ひたり、と腰の銃に指を這わせた。
「わあ!銃は駄目です!あなた刑事でしょ!」
突然仏間を吹き荒れたその不穏な風に、思わず周子は座卓を飛び越えギャランに飛び掛り、ギャランはおっと、と低く声を漏らして、だが周子をがっしりと抱き止めると、好きだ、と何度も何度も繰り返し囁いた。
「そんな男はやめておれにしろ、絶対後悔させないから」
それは周子が今まで聞いたことのないほどに真摯で熱い言葉で。
びっくりするようなそんな言葉を真っ向から吐かれ、周子はついつい赤面してしまう自分を不覚だと思いつつ、だが不可抗力だと自分に言い聞かせると何とかその腕を振り解いた。こんなに強引に口説かれたことは今までにない。下手をすると押し倒されそうな勢いだった。ギャラン刑事には多分にそんな男臭さがある、と周子は不安になった。
がっしりした、男らしい腕だった。
その腕は確かに、頼りになる腕だと、昨日の今日で既に身体に知ってしまっている。
周子は慌てて首を振った。
「父ですよ、父。この写真の。行方不明なんです。私は父の帰りを待っているんです、だからだれとも恋愛なんぞしてるヒマはありません、それどころじゃないんです。ちょっと人より見た目がいいからってそんな強引に引っ掻き回さないで下さい。ええ、確かにギャラン刑事はカッコイイとは思いますよ?でも、みんながみんなギャラン刑事に口説かれてオチると思ったら大間違い、っていうかあまり間違ってないような気もするんですけど、とにかく、私は駄目です、駄目、他所を当たってください、他所を!私はもう父のことで手が一杯なんです」
と、これで断るのも何度目になるだろうか、と思いつつ、周子はまたもキッパリと断った。
「……?死人じゃねぇか」
ギャランは仏壇の修三の遺影を指差した。
「位牌の中には死人の魂が入ってるんだろ?つまりはお前の親父は坊さんによってこのへんてこな木の札の中に魂を封印されたってワケだ、そんな男、全然怖くないぞ、生きていてこその恋愛だ」
「全然、全然違います!封印ってそんなこと、誰に聞いたんですか!いや、とにかく、父は死んでません!ただの行方不明なんです」
周子の言葉に、なんか、いやあな感じ、とギャランは低くうめいた。
「死んだ恋人ってのは一番始末に負えねェって、ドラマで言ってたぞ?ああ、なんか今はじめてそれがわかるような気がするなァおい」
ん?恋人?親父?やけに若い美麗な親父だな?これでほんとのほんとにまじで親父か?と、ギャランは仏壇から修三の遺影を取り上げ、まじまじと覗き込んでは疑問符だらけといった感じで、しきりに首を捻った。
「ホントにこれで父親か?黒目黒髪はそっくりだがな?……大体、お前こんな美麗な男と二人暮しだったのか?よくそれで何ともなかったな?」
「父ですから!血のつながった、実の!」
そんなタブーな出来事があってたまりますか、と周子はギャランの手から修三の遺影を取り上げた。
「五年前の航空機爆破事故で行方不明なんです。私は父は死んでないと思うんです。ただ近所のおばちゃん方が、慰謝料が出るから葬式をあげといたほうがいいと口々に言ってあれよあれよという間に……町内会であっという間にお葬式を挙げてしまって……。私、慰謝料なんて要らないのに。こんなお位牌、これじゃあまるで父さんが死んだみたいです、私は断固としてそのことを事実として認めません。現に死体だって見つかってないですもん、父さんは絶対生きてるんです」
あのときほど、町内会というものを怨んだことはありません、とどこか的外れなことまで言いながら、周子はしょんぼりとうなだれた。
「五年前?」
ギャランの表情が、ふと厳しくなった。
ちょっと考えるように逡巡して、それからいつもどおりのぞんざいな口調で周子に言った。
「五年前ね。民間の航空機が高度一万五千メートルの空の上で原因不明の大爆発ってあれか?大破して、かろうじて海上で墜落したバラバラの機体がちょびっと見つかった、乗員乗客453名全員死亡の、アレか。ありゃー、どえらく大事故だったな。確かに遺体が回収出来たのはごく一部だが、あれほどのひどい事故だ、無論、誰一人助かってないぞ」
「ええ、その飛行機に父が乗っていたんです」
「そいつはとんだ不幸だったな」
あれで生きてるはずはない、事故なんだから死んだと思ってとっととあきらめるんだな、とギャランの声は不意に冷たくなった。
態度の急変したギャランを前にいぶかしく思いながらも、周子ははっきりと言った。
「あれは事故ではありません。事件です。あの航空機は爆破されたんです」
「おいおいおい……」
ギャランがまいったな、といった表情をした。
「滅多なことを言うな。あれは機体の整備不良が原因だと、航空会社が全面的に認めて補償に応じたじゃないか、回収したブラックボックスからもそんなデータが」
「おかしいです。なんか出来すぎな感じで」
周子はきっぱりとギャランの言葉を否定した。
「事故当時、あまりに解決が早すぎました。航空会社があんなにあっさり自社の責任だと全面的に認めるものですか?補償金額は遺族へのものだけでも数兆円だって聞いてます。そんなのすぐに認めるわけがない、だいたい、どっからそんなお金が出るんですか。なにが保険ですか、嘘です、あれは絶対、国家から拠出しているはずです、遺族側からすれば筋は通ってますが、ちょっと調べればなんだかえらく不明瞭な感じです。それに当時の内閣総理大臣も早々に事態の収束を宣言したし、なんか整いすぎな感じでした、なにか、隠してるんだと私は思っています」
と周子は断言して、そして、ん?と首を傾げた。なんだか胸の内で引っかかるものを感じた。
―――当時……つまり、先の内閣総理大臣?
最近どこかで聞いた事なかったか?その単語。
ギャランは腕組みをして一度唸った。
「周子刑事」
周子はギャランの呼びかけを無視して、胸の内の不安を打ち消すかのようにまくし立てる。
「父さんはみすみすそんな事故に巻き込まれるような人じゃないんです。あの日、父さんはひょっとしたらしばらく帰って来れないかもしれない、って。父さんは二度と帰れないとか帰らないとかとは言わなかった、父さんはあの人ちょっと変わっていて、まさに言葉どおりの人なんです、ああ言って出て行ったんだからきっとそのうち帰ってくる、きっと拉致か何かされたんです」
「周子刑事」
ギャランが苛立ったようにテーブルを一度打って周子の気を引いた。
「滅多なことを言うな。事故は事故だ、航空機は大破だ」
その声はいつになく厳しい。
周子はその厳しさにも一歩も引かない。
「私が刑事になったのはそれを調べるためです」
「死人の骨を探すんなら太平洋を漁るんだな、なるなら漁師だ」
「だから、死んでないんです!」
「拉致?バカ言え、空の上で拉致か?宇宙人みたいなことを言うな。あれは事故だ」
―――おかしい
なんともいえぬ直感めいたものが周子の身体を打った。
ギャランのカオが事件の捜査をするときのカオになっている。刑事の顔だ。つい先ほどまで、好きだのなんだのさんざん戯言をほざいていたくせに、と思うと、その急変振りはどうにも気になった。
「ギャラン刑事は何か知ってますね?」
「知らん」
ギャランは即答する。
「いいえ。私、勘は鋭いんです。ギャラン刑事は何か知っています」
周子は、ふい、と顔を背けたギャランの胸倉を掴むと、おもむろにカオを寄せ、口づけた。
「さっき、私のこと好きだって」
ギャランの目が丸くなる。そしてすかさずギャランは答えた。
「好きだ」
その言葉にうなずいてもう一度周子はキスをした。ギャランの手を掴んで自分の胸元に滑り込ませる。ギャランの大きな手はほんの一瞬ためらったが、だがすぐに周子の乳房を覆った。ブラジャーの上から不意にその先を抓まれて周子は思わず身を硬くした。
「抱きたい?」
「もちろん」
「五年前の航空機爆破事件の情報が欲しい。ギャラン刑事なら知ってるんでしょ?それにあなたの立場ならそれなりに突っ込んだ資料も手に入るでしょ」
「ずいぶんとあざといことを言うんだな」
「こっちも必死なのよ」
周子は寝室ならあっち、と冷たく言った。
ギャランは少し淋しそうに笑った。
「色仕掛けってのは、もっと気を持たせてするもんだ」
「そう言う割にはずいぶんと率直な反応ですけど?」
周子は抱きしめてくるギャランの身体に、とりわけ腰のあたりに熱いものを感じて。ギャランがしきりに胸をまさぐっては周子の首筋や鎖骨のあたりにキスを落としてくる。ただギャランのその仕草がやけに手馴れた感じなのが、あっさりとブラジャーのホックを外してくるその指先が、周子は非常に気に食わない。なんだかものすごく気に障った。
「だってお前。聞くだけ聞いたらなんかあの変な針でちくりとやるんだろ?まぁ、おれはそんなヘマはしないで、遠慮なくがっつり抱かせてもらうけどな?」
―――へんな針……。
いや、カズマに取り上げられたインジェクタ以外のものも、寝室にはある。確かにそんなつもりではあるのだが、見抜くにしてもなんにしてもあまりにサッパリした言葉である。
恋は駆け引き、お前のそれは取引、ビジネスライクなセックスなぞお前とする気はさらさらない、抱くならそんな取引はイヤだ、とギャランはキッパリと言い切った。
「おれが今こうしてるのは純粋にお前が好きだからだ」
口づけて、そして一度離して周子の瞳を覗き込む。
簡潔だ、簡潔すぎる、と周子は内心うめいた。
まったく動じないギャランの態度が、おそらく彼がこれまで刑事として踏んできたであろう修羅場の数に相当するだけの圧倒的な経験と度胸と力量の差を語っている。
無言の威圧感のようなものをまざまざと味わって、相手にするには手ごわすぎる、と周子は苦々しく思った。こんな男、上手く御せるだろうか。
だがギャランは唐突に、ああーすきだー、周子ちゃんー、と甘えきった声を上げた。
「カラダなんざ売らんでも、おれはお前のためならなんでもする」
そう告げてギャランは腕の中に周子を抱きしめて熱い吐息を吐いた。
手ごわい、と思った相手が唐突にオチたのを周子は知った。
そのギャップがさっぱり理解できぬまま、周子は一層抱きしめてくるギャランの胸の中に顔をうずめた。
「じゃあ、話して」
「何を?」
ギャランの声は深く甘い。好きだ、と深い息を吐く。
「五年前の航空機事故よ」
「事故だ。今お前もそう言った、以上」
ギャランはキッパリとそう言って首を振る。
「知ってはいるが、お前には言わん。一介の刑事が首を突っ込むハナシじゃない」
「じゃああなたは一介の刑事じゃないの?」
「凄腕刑事?で、お前は新人刑事。力の差歴然ってやつ?」
にっこりとギャランは笑った。牽制するような、どこか剣呑な笑みが、たちまちいつもの笑顔になる。ビッ!と親指を立てて。
「それに危険手当もついてる、高給取りだ!結婚生活は安泰だぞ」
「私にだって付いてはいます!」
思わずムッとしてそう返してしまってから、どうにも力が抜けてしまい。
結婚生活……またそれか、と周子はうめいた。
ギャランの腕を振り解き、思わず畳に手をつき、くずおれて。
ギャラン刑事を相手にするとどうにもいつもこんな感じで。こっちが気を張ってもなんだか絶妙にテンポを崩されてばかりだ、と思う、
がっくりと落ち込んだ周子の肩のあたりに、ギャランはまるで甘えるかのように金髪を擦り付けてくる。
「もうキスしないのか?おっぱいは?触ってもいい?お前ー案外でかいなー」
「こんのエロ刑事!お、お……おっぱいですって?もう、いや!もうやめる!もうしないってば!エッチ!ギャラン刑事以外の筋から調べます。なんかガッツリつかまってしまいそうでイヤです!」
周子は伸びてくるギャランの手を振り払い、噛み付くように叫んだ。
「私は絶対にあきらめません!父の行方を探すまで!でも、でもですね、私だって、好きでもない男とセックスなんてしたくないです!私だっていやです!ごめんです!……って、うわっ!?なななな、なんでそんな涙目なんですか?」
周子はそう叫んだものの、たちまちがらっと雰囲気の変わったギャランを見上げ、ギョッとして一歩後ろに下がった。
ギャランが傷ついたように手の甲で目のあたりをごしごしと拭った。
「好きでもない、って……な、なんか、ぐさっ!って感じ?こっちはちったあ期待したのに、な、なんかひどいなお前。おれのハートを踏みにじりやがって」
「本気で泣いてるんですか?」
「おれは悲しい、すげえショックだ」
拭ったその手の甲が濡れている。
周子は情けなく両眉が下がった。
「ああもういいです、ギャラン刑事からは何も聞きたいとは思いません」
なんだか近所の子供か何かをいじめたような気がする、と周子は思った。
「お前、今まで好きでもない男とそんな目的のために寝てきたのか。なんて不毛な」
「え?いや、別にあのその?」
泣いていると知った矢先に力強く抱きしめられ、周子はきょとんとしてギャランを見上げた。
「大丈夫だ!」
「え?」
それはきらきらと輝くようなまぶしい笑顔だった。
「そんな親父、忘れちまえ!所詮親父だろ?オトコじゃないだろ!おれに乗り換えてさくっと忘れちまえ!もっと前向きなセックスをしよう。おれとの愛を育め!……ぐはっ!」
「絶対なにか間違ってます!」
周子はギャランの股間を遠慮なく蹴り上げた。
「明らかに人選を間違えました」
周子は股間を押さえてうずくまるギャランの肩のあたりをもう一度足蹴にした。
「いいですか、ギャラン刑事、私は絶対あきらめませんよ。父さんの行方がわかるまで。父さんが死ぬはずないんですから」
「……うぐぐ。頑固なやつだな。実際のところ、航空機は大破だぞ、誰だって助かりはしない、わあ、蹴るな!」
周子はもう一度ギャランの腹部を蹴り上げると腰に手をあて、ふん、と鼻を鳴らした。
「とにかく、事件の真相を知って、そして私が納得いくまで、絶対にあきらめません。わたしは五年前からもうずっと本気で調べてますし、刑事になったのもそれが理由です。手段は厭わず、目的を達成するまでです、欲しい情報が得られるのなら別に相手が誰だって構いません」
「それだけは勘弁してくれ!いやだ!おれがいやだ黙ってられるわけがない」
周子の言葉に、たちまちギャランがぶわっと泣いた。
「勘違いしないで下さい!いまこんな真似をしたのもギャラン刑事ならこういうほうが早いだろうと思っただけのことです!別に誰とでもするわけじゃないです!」
「おれを好きになればそんな無茶をしようとは思わないだろ!」
「無茶でもなんでもギャラン刑事には関係ないです。私の言うとおりに欲しい情報をくれますか?だったらお付き合いしてもいいです」
「イヤだ!そんな取引イヤダ!お前とはまっとうなラブをしたいんだ」
ギャランは頑なに首を振った。
周子はギャランの襟首を掴んで畳の上を引きずった。
「もうほんと、出て行ってください、ギャラン刑事なんて嫌いです!」
「わーひでぇ、鬼!待って待って!待てよまだ口説いてるんだから!」
「終わりです!……って、きゃー、畳を掻き毟らないで下さいー!」
引きずられまいとふんばるギャランの爪がバリバリと畳を引っ掻くのを見かねてその手を振り払い、周子は掻き毟られた畳に突っ伏した。
(第11話へつづく)
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- 2005-05-25 10:05
- カテゴリ : タトパラ2/長編/連載中
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