コハリトりみっと
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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第12話:「火と警視総監」
そして、ああ、疲れた、と言って周子は畳に座り込んだ。
ギャランが、朝目を覚ましたときと同様、キッチンからグラスに水を一杯注いで持ってきてくれた。それを飲み干して時計を見る。そろそろ署に出勤する時間になろうとしていた。
周子はようやく日常の感覚が戻ってきたようで、ふっと安心して。ちょっと笑って、それから口を尖らせた。
「んもう、だったらさっさとそう打ち明けて、なんだか知らないですけどとにかくその仲間みたいなのに入れてくれればよかったんですよ。私があきらめるわけないんですから。なにもギャラン刑事も、そんな、好きだとか惚れただとか結婚だとか、そんなわけのわからない回りくどい誤魔化し方しないでさ!」
こちらもリラックスした表情で、あらためてタバコに火を点けかけたギャランだったが、周子の言葉に、え?と驚いたように顔を上げた。
おいおいかんべんしてくれよ、と呟いて。
「ひょっとしてお前、どえらい恋愛音痴か」
意図がわからず周子は首を捻った。
「さっき口説いてたのは嘘でもごまかしでもないぞ、お前に惚れたというのはホントのハナシだ、ぞっこんだ」
周子は肩を竦め、冷めた笑みを浮かべると首を横に振った。
「ああもういいですから。そんな余計なことごちゃごちゃ言わないで。私は父さんのことだけで精一杯なんです、シーカーだろうが牙の教徒だろうが、とにかくついて行きます、どんな危険なことでも、何でも、何だってやりますから、もう、結婚というのは勘弁してください。もちろんお付き合いもですよ、悪い冗談ですほんとに」
だから冗談じゃないって、とギャランは火を点けるのをやめ、再びタバコを放り捨てた。タバコどころじゃない、といった焦った表情である。
「なんで急にそんな肩透かしするんだ?惚れた女を守るのがおれの夢だって、さっきお前もそう言ったじゃねぇか」
「言っただけです、私は別にそれを自分だと認めたわけではありません」
ひでぇ!とギャランは短く叫んだ。
目を丸くして周子を見つめる。そんなギャランに対し、周子は非常に冷静な表情でギャランを見上げる。
「ひとつ気になるんですけど、バインドってなんですか?」
「拘束。ま、今と大して変わらん、相棒とかそんな感じ。ずっと一緒に行動を」
「ずっと一緒に……まあ見張ってるとか、そんな感じ?」
よほど機密に関してシビアなのだろう、まあいいや、と周子はそっけなくうなずいた。
「私だってこの五年、ずっと父さんの行方を探してきたんです、そして、ギャラン刑事がなんだか手掛かりに近い。ええもちろん、ついていきますよ、ドコドコまでも!父さんを探すまで」
ああ、とギャランが鬱陶しそうに金髪を掻き毟った。
「父さん父さん言うな、うざ。お前さっき、自分がなんて言ったか覚えているか?助けて、だなんて、生まれて初めておれの魂に火が点いた感じだ。魂が痺れるようなこの感じ、おれは猛烈に熱い気分だ、お前にこれがわかんねぇのか?」
ギャランは唸るように呟いた。
そして、恐ろしく真剣な表情で周子を見据え、自分のシャツの胸元のボタンを次々と外すと、バッ、と脱ぎ捨てた。引き締まった男の上半身が周子の目に飛び込む。
「ギャ……?えっ?えええっ?」
抱きしめられ、押し倒されて、あまつさえキスされて。
「好きだ」
唇を外すとそう熱く囁いてくる。
「ちょ、ちょちょちょ、なにするんですか」
「ヤろう、もう無理、絶対無理、どえらく火が点いた」
お前がなんと言ってもお前はもう絶対におれの女だ、とギャランはキッパリと言った。
「親父だかなんだか知らんがもうその名は出すな。お前の男はおれだ」
がちゃり、と鈍い音がして、武装兵の一人が身を起こす気配がした。
「ギャラン刑事、命令違反です」
銃口をギャランに向けつつ、ひどい頭痛でもするかのようにその兵士は耳のあたりを押さえた。耳に仕込んだ通信機からカズマの尖った声が、こちらへも存分に漏れ聞こえている。相当な勢いで罵倒しているらしかった。兵士が意識を取り戻したのは、明らかに、耳元で響くその罵倒のすさまじい勢いの所為である。
「三秒以内に身体を起こしその女から離れ、壁に手をつけろ」
兵士が低い声で命じた。
「おれを撃てるか」
「離れろ、命令だ、その女は我々が拘束する」
ギャランは向けられる銃口に全く怯まず、自分の腰のホルスターから銃を抜くと、目は周子の黒瞳を覗き込んだまま、手だけ、あやまたず兵士にぴたりと銃口を向け、低く押し殺した声で言った。
「邪魔をするな」
まるで血に餓えた狼の唸り声のような、ぞっとするほど低く押し殺した声だ。
「これはおれの女だ、覚えておけ、手を出す奴がいたら容赦なく殺す、指一本動かしてみろ、あやまたずその脳天撃ち抜くぞ」
その物騒で容赦ない声に、ひっ、と怯んだ声が上がった。
「ギャ、ギャラン刑事ちょ、ちょっとやめてくださ……」
周子はその銃を下ろさせようと手をかけ力を込めるものの、兵士の頭に銃口を定めたその腕はピクリとも動かない。
「おれは本気だ、こんな気持ちになったのは初めてだ」
欲しい、と一言低く唸って。身を震わせ、ギャランは何度も周子に口づける。唇は耳元に首筋に鎖骨に、と何度も繰り返し奔放に落ちる。
今日はなんでこんなことばかりしているのだろうと周子は泣きたくなった。
そして、今度はどうやら本気であるらしい、押さえられる腕が、ものすごく、折れそうなほどに痛い。どれほど足掻いてもその身体の下からは抜け出せなかった。男の力というのは本当に怖い、と知ったときにはもうすでに遅い。
ギャランが、低く掠れた声で問うてくる。
「お前、カズマと何かあったか?」
「えっ?」
「カズマがお前を抱いたって嘘か?」
「嘘です大嘘です」
周子は真顔でぶんぶんと首を横に振った。ギャランの両眉がきゅっといぶかしげに寄る。
「じゃ取引って何だ?」
周子は慌てて顔を背けた。ドコまで話していいか分からない、というよりギャランにさえ秘密にしているカズマの足のことであれば、もう絶対に言ってはいけないだろうと思う。
「それは……なんでもありません」
「ちくしょ!」
不意に喉元を押さえつけられた。
「おれがどんだけ焦っているか、お前分かるか?カズマといつの間にあんなに親しくなった」
「した……親しいですって!?ドコがですか!」
周子は咽ぶ。ギャランの手は緩まない。
「さっきのやり取りだ!あいつにあんな口を聞ける人間を、おれは知らん!」
「なんなのそのおかしな思い込み!やめてこのエロ刑事!」
「責任はとる、結婚する、別に浮ついた気持ちで抱こうとしているわけじゃない、とにかくお前が欲しい、カズマにもだれにもやらん」
いますぐにだ、と言ってギャランはようやく銃を下ろすと、周子の胸に唇を落とし、当然のごとくその胸の小さな先を口に含むと、片手で性急に太ももをなで上げスカートの奥に指を滑り込ませる。
「はいそこまで」
明るく清んだ、鈴を転がすような軽やかな声が響いた。
見ればギャランの金髪に銃口がぴたりと押し付けられている。
「邪魔をするなといったはずだ!」
「私はそこいらの輩と違って容赦なく引き金を引くよ?今きみが死ねば彼女は間違いなく公安に殺されるけど、いいの?何が守るだ、この状況でその言葉、まさにおバカですよ」
ギャランの熱い怒声に涼やかな声がクールに応える。
余裕たっぷりの、まるでバカにしきった感じの声だった。
「…………ルシウスか。厄介なのが出張ってきたな」
「オーイエース!呼んだのはあなたです。たまたまカズマのところにいたものでね?面白そうな感じだったから、ふふ、見学に来たの。飛んできちゃった!」
「……じゃあ百歩譲ってその面白いもんを見せてやる、おれが一発ヤルまで黙ってそこで突っ立ってろ」
「あいにく、同意のない性交渉を見て楽しむほど無粋じゃないんで」
ハイ身体起こしてー、とまるで体育教師のような号令をかけて、ルシウスは容赦なくギャランの肩を掴み、周子から引き剥がした。
「落ち着けよギャラン。どうせ抱くならラブラブな方が楽しいだろ?まずは口説けよ、そのぐらい待てないのか、このケダモノ」
周子から引き剥がされて、ギャランは低く、ぐう、と唸った。
乱れた金髪で陰になり、その表情は杳として知れない。
「肌に触れれば怯えてるのぐらい分かるはずだ。お前のやろうとしているのは強姦、さすがに警視総監殿は黙って見てられないってワケ」
周子はおずおずと身体を起こし、ようやくその声の主を見た。
長いまっすぐな銀髪がキラキラと輝く、猫のようにあでやかな微笑を湛えた美形の男だった。
どこかで見たことがある、と思った。
安心した途端に溢れてきた涙を手の甲でごしごしと拭うと、絹のハンカチが差し出され、優しく拭われた。とてもいい匂いがして、その匂いにまるで救われたように周子はいっそう安堵した。周子は間近にその男の顔を見つめる。
「ルシウス・フォン・ソルティス、よろしく。うちの若いのがとんだ失礼をしたね?」
「若いの……ってヤクザみたいです」
思わずそう返して、周子は涙を拭った。それから改めてルシウスを見、はた、と手を打った。
「……内閣総理大臣?」
「うん、ちょっと前に辞任させられちゃったけど。内閣不信任決議案がうっかり通っちゃってさ」
もうちょっと務めるつもりだったのに迂闊だったなぁ、ま、いずれにせよ年金ガッツリ入るからいいけどね、と言ってルシウスはにっこりと笑ってみせた。
―――年金?
なんかその論理、どこかで耳にしたような気がする、と周子は思った。
確か昨日、シーカーが出てごたごたする前に、セーブ・ルームかどこかでカズマ特別補佐官と話をしていて、彼も年金暮らしだって言っていなかったか?殉職はもちろん、事件で怪我を負っても非常に手厚い年金が出るから、だとか、むしろそれだけで十分食っていけるのだとか……歩けるって知ってる立場からすれば、どう聞いても、公金詐欺なんですが!って、ツッコんだ覚えがある。
そんなことをぼんやりと思い出しつつ。
―――なんかこの人、あのメガネに似てる気がするなァ。
ルシウスの笑顔はとても柔らかく上品である。
その笑顔で周子の顔を覗き込んで。
「そして今は警視総監やってたり?私のカオ、見たことない?今年のアカデミーの卒業式には確か出席したはずだったんだけどなァ?」
「ああっ!そういえば!」
失礼しましたッ、警視総監殿ッ!とまるでドラマの一シーンのごとく周子はすたっ、と立ち上がると毅然と敬礼をした。
長身で細身、人目を引く流れるような長い銀髪、ゆったりとした雰囲気、こんな男はそうそうそこいらにいる筈はない。確かに、警視総監である。そして、内閣総理大臣として、少し前まではテレビや新聞でその不思議な美貌をよく見かけていたものだった。
「ははは!その可憐な乳房は大サービスだね。すごくいい眺め」
「!!」
ギャランにさんざん弄られた胸はシャツも肌蹴て、露わになっている。
周子は慌ててシャツの前を合わせ押さえると、ルシウスの隣に所在なさげに突っ立っているギャランに向き直り、その頬を思い切り拳で殴った。
周子の繰り出したその勢いが予想外だったのか、ギャランはもろにパンチを食らって、軽くよろけた。
「今度こんなことしたら、訴えますよ!このセクハラ刑事!」
ルシウスの目が丸くなった。
「こりゃ驚いた。グーで殴ったか!国家警察の若獅子、このギャラン刑事に一歩も怯まないとはきみ、すごく面白いな!」
ルシウスの言葉に周子は黒髪を逆立てた。
「面白いって、ナンデスカ!」
「このギャラン刑事にパンチ食らわす人間なんて初めてだよ!」
その目の丸くなる様子、その言葉、雰囲気というか思考回路というか、ますますカズマ特別補佐官に似ている気がして。
―――そもそも、カズマ特別補佐官が全部全部悪いような気がする!
周子はぷちり、と頭の血管が切れる音でも聞いたような気がした。
「もう、みんな、大っ嫌いです!こんなエロ刑事に意地悪刑事!挙句に国家警察トップは年金を騙った公金横領の国家のゴミですかっ!警察なんて大嫌い!」
「おっと……」
ルシウスがしまった、と言った風にカオを顰めて。
「ごめんよ怒らせたね。辞めるなんていわないで、ね?春の新人さん」
そして、柔らかい言葉とは裏腹に、冷静に灰色の瞳をちらりと光らせた。
「実に辛辣な口を利くなぁ。私に向かって公金横領の国家のゴミかね。ま、エロ刑事と意地悪刑事は大いに心当たりがあるけどね?きみ、頭いいなぁ、周子ちゃん」
「周子ちゃん言うな!」
ギャランがムッとして割って入ったのを、じゃま、と一言呟いて扇子で振り払った。見事な扇子さばきだった。
ルシウスは改めて周子に向き直って。
「お父様の仇を討つつもりなんだろ?」
「まだ死んでません!」
思わずくすり、と笑いをこぼして。
「頑固だな。まあいい。じゃあ行方を探すんだろ?でね、私、そのためのいろんな方法をオファーしに来たんだけど?」
さてと、私のハナシ、聞いてくれる?さっきのギャラン刑事の説明じゃあまりに簡潔すぎるからね?とルシウスは長い銀髪を揺らして小首を傾げ周子に同意を求めた。
(第13話へつづく)
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第12話:「火と警視総監」
そして、ああ、疲れた、と言って周子は畳に座り込んだ。
ギャランが、朝目を覚ましたときと同様、キッチンからグラスに水を一杯注いで持ってきてくれた。それを飲み干して時計を見る。そろそろ署に出勤する時間になろうとしていた。
周子はようやく日常の感覚が戻ってきたようで、ふっと安心して。ちょっと笑って、それから口を尖らせた。
「んもう、だったらさっさとそう打ち明けて、なんだか知らないですけどとにかくその仲間みたいなのに入れてくれればよかったんですよ。私があきらめるわけないんですから。なにもギャラン刑事も、そんな、好きだとか惚れただとか結婚だとか、そんなわけのわからない回りくどい誤魔化し方しないでさ!」
こちらもリラックスした表情で、あらためてタバコに火を点けかけたギャランだったが、周子の言葉に、え?と驚いたように顔を上げた。
おいおいかんべんしてくれよ、と呟いて。
「ひょっとしてお前、どえらい恋愛音痴か」
意図がわからず周子は首を捻った。
「さっき口説いてたのは嘘でもごまかしでもないぞ、お前に惚れたというのはホントのハナシだ、ぞっこんだ」
周子は肩を竦め、冷めた笑みを浮かべると首を横に振った。
「ああもういいですから。そんな余計なことごちゃごちゃ言わないで。私は父さんのことだけで精一杯なんです、シーカーだろうが牙の教徒だろうが、とにかくついて行きます、どんな危険なことでも、何でも、何だってやりますから、もう、結婚というのは勘弁してください。もちろんお付き合いもですよ、悪い冗談ですほんとに」
だから冗談じゃないって、とギャランは火を点けるのをやめ、再びタバコを放り捨てた。タバコどころじゃない、といった焦った表情である。
「なんで急にそんな肩透かしするんだ?惚れた女を守るのがおれの夢だって、さっきお前もそう言ったじゃねぇか」
「言っただけです、私は別にそれを自分だと認めたわけではありません」
ひでぇ!とギャランは短く叫んだ。
目を丸くして周子を見つめる。そんなギャランに対し、周子は非常に冷静な表情でギャランを見上げる。
「ひとつ気になるんですけど、バインドってなんですか?」
「拘束。ま、今と大して変わらん、相棒とかそんな感じ。ずっと一緒に行動を」
「ずっと一緒に……まあ見張ってるとか、そんな感じ?」
よほど機密に関してシビアなのだろう、まあいいや、と周子はそっけなくうなずいた。
「私だってこの五年、ずっと父さんの行方を探してきたんです、そして、ギャラン刑事がなんだか手掛かりに近い。ええもちろん、ついていきますよ、ドコドコまでも!父さんを探すまで」
ああ、とギャランが鬱陶しそうに金髪を掻き毟った。
「父さん父さん言うな、うざ。お前さっき、自分がなんて言ったか覚えているか?助けて、だなんて、生まれて初めておれの魂に火が点いた感じだ。魂が痺れるようなこの感じ、おれは猛烈に熱い気分だ、お前にこれがわかんねぇのか?」
ギャランは唸るように呟いた。
そして、恐ろしく真剣な表情で周子を見据え、自分のシャツの胸元のボタンを次々と外すと、バッ、と脱ぎ捨てた。引き締まった男の上半身が周子の目に飛び込む。
「ギャ……?えっ?えええっ?」
抱きしめられ、押し倒されて、あまつさえキスされて。
「好きだ」
唇を外すとそう熱く囁いてくる。
「ちょ、ちょちょちょ、なにするんですか」
「ヤろう、もう無理、絶対無理、どえらく火が点いた」
お前がなんと言ってもお前はもう絶対におれの女だ、とギャランはキッパリと言った。
「親父だかなんだか知らんがもうその名は出すな。お前の男はおれだ」
がちゃり、と鈍い音がして、武装兵の一人が身を起こす気配がした。
「ギャラン刑事、命令違反です」
銃口をギャランに向けつつ、ひどい頭痛でもするかのようにその兵士は耳のあたりを押さえた。耳に仕込んだ通信機からカズマの尖った声が、こちらへも存分に漏れ聞こえている。相当な勢いで罵倒しているらしかった。兵士が意識を取り戻したのは、明らかに、耳元で響くその罵倒のすさまじい勢いの所為である。
「三秒以内に身体を起こしその女から離れ、壁に手をつけろ」
兵士が低い声で命じた。
「おれを撃てるか」
「離れろ、命令だ、その女は我々が拘束する」
ギャランは向けられる銃口に全く怯まず、自分の腰のホルスターから銃を抜くと、目は周子の黒瞳を覗き込んだまま、手だけ、あやまたず兵士にぴたりと銃口を向け、低く押し殺した声で言った。
「邪魔をするな」
まるで血に餓えた狼の唸り声のような、ぞっとするほど低く押し殺した声だ。
「これはおれの女だ、覚えておけ、手を出す奴がいたら容赦なく殺す、指一本動かしてみろ、あやまたずその脳天撃ち抜くぞ」
その物騒で容赦ない声に、ひっ、と怯んだ声が上がった。
「ギャ、ギャラン刑事ちょ、ちょっとやめてくださ……」
周子はその銃を下ろさせようと手をかけ力を込めるものの、兵士の頭に銃口を定めたその腕はピクリとも動かない。
「おれは本気だ、こんな気持ちになったのは初めてだ」
欲しい、と一言低く唸って。身を震わせ、ギャランは何度も周子に口づける。唇は耳元に首筋に鎖骨に、と何度も繰り返し奔放に落ちる。
今日はなんでこんなことばかりしているのだろうと周子は泣きたくなった。
そして、今度はどうやら本気であるらしい、押さえられる腕が、ものすごく、折れそうなほどに痛い。どれほど足掻いてもその身体の下からは抜け出せなかった。男の力というのは本当に怖い、と知ったときにはもうすでに遅い。
ギャランが、低く掠れた声で問うてくる。
「お前、カズマと何かあったか?」
「えっ?」
「カズマがお前を抱いたって嘘か?」
「嘘です大嘘です」
周子は真顔でぶんぶんと首を横に振った。ギャランの両眉がきゅっといぶかしげに寄る。
「じゃ取引って何だ?」
周子は慌てて顔を背けた。ドコまで話していいか分からない、というよりギャランにさえ秘密にしているカズマの足のことであれば、もう絶対に言ってはいけないだろうと思う。
「それは……なんでもありません」
「ちくしょ!」
不意に喉元を押さえつけられた。
「おれがどんだけ焦っているか、お前分かるか?カズマといつの間にあんなに親しくなった」
「した……親しいですって!?ドコがですか!」
周子は咽ぶ。ギャランの手は緩まない。
「さっきのやり取りだ!あいつにあんな口を聞ける人間を、おれは知らん!」
「なんなのそのおかしな思い込み!やめてこのエロ刑事!」
「責任はとる、結婚する、別に浮ついた気持ちで抱こうとしているわけじゃない、とにかくお前が欲しい、カズマにもだれにもやらん」
いますぐにだ、と言ってギャランはようやく銃を下ろすと、周子の胸に唇を落とし、当然のごとくその胸の小さな先を口に含むと、片手で性急に太ももをなで上げスカートの奥に指を滑り込ませる。
「はいそこまで」
明るく清んだ、鈴を転がすような軽やかな声が響いた。
見ればギャランの金髪に銃口がぴたりと押し付けられている。
「邪魔をするなといったはずだ!」
「私はそこいらの輩と違って容赦なく引き金を引くよ?今きみが死ねば彼女は間違いなく公安に殺されるけど、いいの?何が守るだ、この状況でその言葉、まさにおバカですよ」
ギャランの熱い怒声に涼やかな声がクールに応える。
余裕たっぷりの、まるでバカにしきった感じの声だった。
「…………ルシウスか。厄介なのが出張ってきたな」
「オーイエース!呼んだのはあなたです。たまたまカズマのところにいたものでね?面白そうな感じだったから、ふふ、見学に来たの。飛んできちゃった!」
「……じゃあ百歩譲ってその面白いもんを見せてやる、おれが一発ヤルまで黙ってそこで突っ立ってろ」
「あいにく、同意のない性交渉を見て楽しむほど無粋じゃないんで」
ハイ身体起こしてー、とまるで体育教師のような号令をかけて、ルシウスは容赦なくギャランの肩を掴み、周子から引き剥がした。
「落ち着けよギャラン。どうせ抱くならラブラブな方が楽しいだろ?まずは口説けよ、そのぐらい待てないのか、このケダモノ」
周子から引き剥がされて、ギャランは低く、ぐう、と唸った。
乱れた金髪で陰になり、その表情は杳として知れない。
「肌に触れれば怯えてるのぐらい分かるはずだ。お前のやろうとしているのは強姦、さすがに警視総監殿は黙って見てられないってワケ」
周子はおずおずと身体を起こし、ようやくその声の主を見た。
長いまっすぐな銀髪がキラキラと輝く、猫のようにあでやかな微笑を湛えた美形の男だった。
どこかで見たことがある、と思った。
安心した途端に溢れてきた涙を手の甲でごしごしと拭うと、絹のハンカチが差し出され、優しく拭われた。とてもいい匂いがして、その匂いにまるで救われたように周子はいっそう安堵した。周子は間近にその男の顔を見つめる。
「ルシウス・フォン・ソルティス、よろしく。うちの若いのがとんだ失礼をしたね?」
「若いの……ってヤクザみたいです」
思わずそう返して、周子は涙を拭った。それから改めてルシウスを見、はた、と手を打った。
「……内閣総理大臣?」
「うん、ちょっと前に辞任させられちゃったけど。内閣不信任決議案がうっかり通っちゃってさ」
もうちょっと務めるつもりだったのに迂闊だったなぁ、ま、いずれにせよ年金ガッツリ入るからいいけどね、と言ってルシウスはにっこりと笑ってみせた。
―――年金?
なんかその論理、どこかで耳にしたような気がする、と周子は思った。
確か昨日、シーカーが出てごたごたする前に、セーブ・ルームかどこかでカズマ特別補佐官と話をしていて、彼も年金暮らしだって言っていなかったか?殉職はもちろん、事件で怪我を負っても非常に手厚い年金が出るから、だとか、むしろそれだけで十分食っていけるのだとか……歩けるって知ってる立場からすれば、どう聞いても、公金詐欺なんですが!って、ツッコんだ覚えがある。
そんなことをぼんやりと思い出しつつ。
―――なんかこの人、あのメガネに似てる気がするなァ。
ルシウスの笑顔はとても柔らかく上品である。
その笑顔で周子の顔を覗き込んで。
「そして今は警視総監やってたり?私のカオ、見たことない?今年のアカデミーの卒業式には確か出席したはずだったんだけどなァ?」
「ああっ!そういえば!」
失礼しましたッ、警視総監殿ッ!とまるでドラマの一シーンのごとく周子はすたっ、と立ち上がると毅然と敬礼をした。
長身で細身、人目を引く流れるような長い銀髪、ゆったりとした雰囲気、こんな男はそうそうそこいらにいる筈はない。確かに、警視総監である。そして、内閣総理大臣として、少し前まではテレビや新聞でその不思議な美貌をよく見かけていたものだった。
「ははは!その可憐な乳房は大サービスだね。すごくいい眺め」
「!!」
ギャランにさんざん弄られた胸はシャツも肌蹴て、露わになっている。
周子は慌ててシャツの前を合わせ押さえると、ルシウスの隣に所在なさげに突っ立っているギャランに向き直り、その頬を思い切り拳で殴った。
周子の繰り出したその勢いが予想外だったのか、ギャランはもろにパンチを食らって、軽くよろけた。
「今度こんなことしたら、訴えますよ!このセクハラ刑事!」
ルシウスの目が丸くなった。
「こりゃ驚いた。グーで殴ったか!国家警察の若獅子、このギャラン刑事に一歩も怯まないとはきみ、すごく面白いな!」
ルシウスの言葉に周子は黒髪を逆立てた。
「面白いって、ナンデスカ!」
「このギャラン刑事にパンチ食らわす人間なんて初めてだよ!」
その目の丸くなる様子、その言葉、雰囲気というか思考回路というか、ますますカズマ特別補佐官に似ている気がして。
―――そもそも、カズマ特別補佐官が全部全部悪いような気がする!
周子はぷちり、と頭の血管が切れる音でも聞いたような気がした。
「もう、みんな、大っ嫌いです!こんなエロ刑事に意地悪刑事!挙句に国家警察トップは年金を騙った公金横領の国家のゴミですかっ!警察なんて大嫌い!」
「おっと……」
ルシウスがしまった、と言った風にカオを顰めて。
「ごめんよ怒らせたね。辞めるなんていわないで、ね?春の新人さん」
そして、柔らかい言葉とは裏腹に、冷静に灰色の瞳をちらりと光らせた。
「実に辛辣な口を利くなぁ。私に向かって公金横領の国家のゴミかね。ま、エロ刑事と意地悪刑事は大いに心当たりがあるけどね?きみ、頭いいなぁ、周子ちゃん」
「周子ちゃん言うな!」
ギャランがムッとして割って入ったのを、じゃま、と一言呟いて扇子で振り払った。見事な扇子さばきだった。
ルシウスは改めて周子に向き直って。
「お父様の仇を討つつもりなんだろ?」
「まだ死んでません!」
思わずくすり、と笑いをこぼして。
「頑固だな。まあいい。じゃあ行方を探すんだろ?でね、私、そのためのいろんな方法をオファーしに来たんだけど?」
さてと、私のハナシ、聞いてくれる?さっきのギャラン刑事の説明じゃあまりに簡潔すぎるからね?とルシウスは長い銀髪を揺らして小首を傾げ周子に同意を求めた。
(第13話へつづく)
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- 2005-05-25 13:17
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