コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第13話:「昼食はみんなでカツ丼を」
ガーナ署捜査一課課長アシューは日毎に心労が増し行くのをひしひしと我が身に感じていた。
「あれはセクハラなんじゃないですか?」
「ウ……うむむ?」
アシューは唸る。
確かに、いくら相手が新人刑事で右も左もわからないヒヨコだからとて、相棒という立場だからとて、ギャラン刑事はあきらかに職務を超えた密着ぶりである。巡回も捜査も昼食も一緒。片時も側を離れない。離れるとすれば周子刑事がトイレに立つ時ぐらいである。
周子刑事は困ったようにしてはいるものの、文句のひとつも言わずに耐えている。
そう、まさに耐えている、といった表現が正しかった。
ギャランは堂々と、お付き合いをしてます!と胸を張って周囲に報告した。周子の浮かない表情を見れば、そうではないことは一目瞭然なのだが、ギャランのその勢いに気落されて、誰一人とて正面切って異議を唱えるものはいない。
周子刑事にアプローチを試みた者は、すでに病院送りにされている。このところガーナ署の各部署で人手が足りずにみなひいひい言っているのは、ひとえにこの男の所為である。
そして、これ以上は人手を薄くするわけには行かぬ、とみな沈黙をせざるを得ないのであり、そのかわり、良識ある刑事はみな、捜査一課課長、アシューの下へ苦言を呈しに来るのである。アシューの渋面は日を追うごとにますます渋みを増していった。
「いや、でも周子刑事からの苦情はないし?つまりは本人はそう嫌がっていないようだし?セクハラというのは当人が訴えて初めて成り立つというか……」
と、極力当り障りのない言葉を選んで答えれば、
「黙認ですか?」
と疑惑に満ちた声で返される。見てみぬふりが一番いけない、コレは全く青少年犯罪の予防と同じですよ、愛の反対は無関心です、と返される。水面下でそんなやり取りが増えつづけていた。
周子刑事が日増しにやつれて行く様子を見て、さすがに事なかれ主義のアシューも何かしらの手を打たねばなるまい、と思った。
「ギャラン刑事」
そんなある日、アシューはギャランを呼ぶと、無言でゼロハリバートンのケースを差し出した。怪我のため引退はしたものの、その抜群の頭脳明晰さで以って捜査協力を乞われているリタイヤ刑事カズマのもとへ届ける捜査資料である。ギャランはこのときばかりは無言で一人でカズマのもとへ向かうことになっているのだと、最近になってようやく周子は知った。
「カズマ特別補佐官は大変に気難しく、また極端に人を選り好みするからね」
とアシューがもっともらしく他の刑事に話しているのを聞いて周子はむっとした。じゃあなんでそんな取扱注意人物の下へ新人の自分をお遣いにやらせたのか、首根っこ掴んで聞きたいものだ、と思った。
むしろ、特にリタイヤして以来、いっそうの気難しさを増したというカズマ特別補佐官がギャラン刑事以外の人間を側に寄せ付けないことは、署の誰もが知っている常識だという。あの日、いくらギャラン刑事の姿が見えなくたって、そんなに急ぐ資料だったのか、もう少し待ってやはりギャラン刑事に向かわせれば良かったのに、と周子は思うのである。
―――そうでなければ、あんな、あんなわけの分からない男に引っ掻き回されずに済んだものを。何が結婚よ。
そんなわけで、カズマに対する周子の心証はもはやこれ以下は無いというほど、最悪である。そしてギャランは、また別の危機感を抱いて以前よりいっそう熱心に、つまりは自分の不在時に相棒である周子刑事が駆り出されてしまわぬよう、注意を払って自らカズマの下へ資料を運んでいる。もちろん、周子はそんなことまでは知らないのだが、ギャランがカズマの下へ向かう、そこに、公私混同密着相棒刑事としてのたったひとつの隙が生じるのである。
ギャランの姿が署から完全に消えたのを確認してから、アシューはひとつ深く深呼吸して、思い切って声を掛けた。
「周子刑事、お昼でも一緒にどうですか?」
驚いたような、少し戸惑ったような表情でこちらを見返した周子に笑顔で返すと、周子はたちまちほっとしたような淡い笑顔を見せた。
思えば、この一ヶ月、彼女が昼食を取るとなると必ず隣にギャラン刑事が陣取っていたものだ、とアシューは思った。
「でもでも!なんでみなさん御揃いで取調室でカツ丼なんですかー!」
周子は思わず取調室のドアの入り口でヒタリ、と立ち尽くし、叫んだ。
「あー、そのー、なんだか、みんなに聞かれちゃったみたいで?」
アシューは両脇をごつい体格の男に挟まれて、取調室のデスクの中央に座っている。つまりは拉致されてそこに据えられたようだった。いつもの渋面にすまなそうに眉を寄せて、まあとにかく、と手を招いて周子の入室を促した。
周子はびくびくと周囲を見回して。
狭い取調室に、なぜか、総勢十五名ほどの人間が集まっている。取り調べ用のデスクを挟んで正面に向き合うカタチのアシューと空席のパイス椅子。どうみても自分のために設けられた席である。そのデスクの回りに、数名はパイプ椅子に座り手にカツ丼を、そして座るところのない刑事たちはカツ丼片手に狭そうに立っている。揃いも揃って皆カツ丼で。
アシューは自分の向かいの空席を指差した。その前にはやはりカツ丼が載っている。
「きみの分もあるよ」
「や、そーじゃなくて!」
周子はふるふると取調室の入り口で首を横に振るものの、だがしかし、あれよあれよと言う間に複数の無骨な男の手によって取調室の中へと連れ込まれ、空席のパイプ椅子に座らされた。アシューに割り箸を渡され、すぐ隣から大きくて無骨な男の手が伸びたかと思うと、周子の湯のみになみなみと番茶を注ぐ。
捜査一課は周子を含め総勢八名だが、ギャラン以外の全員が揃っている上に、なぜか。
「なんで警察機動隊の方までいらっしゃるんですかー!」
「やあどうも!」
周子の湯飲みに番茶を注いだ無骨な手の主、この男の襟元には警視庁警察機動隊の徽章が付いている。男は落ち着いた太い声で挨拶すると、周子のすぐ隣にパイプ椅子を引き寄せ、腰を下ろした。まじまじと周子はその男の顔を見、ああ、ひょっとして?と呟いた。
「アカデミーに柔道の講師でいらっしゃいませんでしたか?」
「いかにも!」
ごつい男だが、周子の言葉にぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「きみをガーナ署へ推薦したのが私なのだが、どういうわけか警備部ではなく捜査部へ、しかも捜査一課へ回ってしまってね?痛恨のミスを……」
「ミス?」
いいえ、私は確かに捜査一課を希望しましたが?と周子は真面目に答えた。
「うん、私も機動隊はさすがに無理だと思うよ?彼女、線細いし」
アシューがとりなすようにそう割って入って、適性ってものもあるだろうし、もういい加減あきらめてくれません?と言った。
「そうはいかん。アカデミーで見かけたときから彼女は抜群に光っていた」
ふん、と面白くなさそうにその男は鼻を鳴らして。
「私はこの春、ガーナ署警備部への配属だと内々に内示があったのに、だからこそ周子刑事をガーナ署に推薦したのに、いざフタを開けてみれば、私はSATだと。ガーナ署ですらない、警視庁だと。なんともバカな話だ」
「SATの方ですか」
SATといえば、特殊急襲部隊と呼ばれる対テロ特殊部隊、いわば警官のエリートコースである。
「ガーナ署でこそ、周子刑事と共にあってこそ、私の真価は発揮される。警視庁なんてくそくらえだ!」
「こ、この人も公私混同組ですか?」
思わず周子は目をテンにした。
「どこかのバカ刑事と同じにしないでもらいたい。私はきみの才能をかってるんだ。かくなる上は周子刑事を警視庁へスカウトに出張ってきたと言うわけだ」
「つまりは公私混同組ということですね」
周子はうめいた。
「捜査一課に女性刑事が、そんなに珍しいですか?そりゃこちらガーナ署では初めてとか聞きますけど。でもそれこそ警視庁には優秀な女性刑事さんが沢山活躍なさっているでしょう?それに、ガーナ署だって、署全体のバランスで見たら、生活安全部とか交通部とか、ほかにもいっぱい、女性の方はいらっしゃるじゃないですか、勘弁してください」
うん、とアシューはうなずいて。
アシューはまさにそのとおりだ、と周子の言葉に同意するが、SATの男は首を縦に振らない。アシューはそんな様子を見てほとほと困り果てたように首を振った。
「私は久しぶりに周子刑事とゆっくり食事でもと思ってさっき誘ったんだがね?まあなんというか、近況でも聞きながら。ところが、なんとまあ、みながみな、こぞってきみに聞きたいことがあるそうなんだよ」
取調室に詰めていた刑事たちがいっせいに口を開いた。
「ギャラン刑事とはどういう関係かね?」
―――それかー。
そうくるのではないかとうすうすと気付いてはいたものの、周子は唐突に頭痛と眩暈を感じ、デスクに突っ伏した。アシューが気の毒そうに眉を寄せた。
「ああ、いや、別にそれが悪いとかじゃなくてね?」
「悪いですよ」
アシューのとりなしに、無骨なSATの男がすかさず反論する。
「もう最悪。絶対悪、諸悪の根源」
ものすごい断定の仕方である。がくっとアシューは肩を落としつつ、少し黙ってて、と呟いた。そのぞんざいなやりとり、どうやら同期であるらしい。
「なんだか最近、周子刑事の顔色が優れないようで、みな心配してるんだよ」
上官二人の応酬の間隙を突いて、捜査一課の年配の刑事が口を挟んだ。
「ひょっとして夜もろくに寝てないんじゃないかと思ってね?」
「え、ええまあ」
自分の状態を気に掛けてくれる人がいるのだと思うと、ありがたくて周子はなんだか泣きたくなった。確かにここしばらくろくに寝ていないし、自宅へも帰っていない。非常に疲れている、疲弊している、と言ってしまっても良いくらいに身体的精神的にふらふらしていると自分でも思うのだ。
「ギャラン刑事の所為かね?」
年配の刑事が穏やかに聞いてくるので、周子は素直にこくりとうなづいた。
途端、おおおおーまじでー?と動揺の声が上がった。
狭い取調室を揺らさんばかりのその動揺の声に背中を押されるかのように、年配の刑事は身を乗り出して問い詰めてきた。
「いや!そんなに激しいのかね?」
「は?」
「眠らせてもらえないのか?」
「へ?」
すぐ隣では、おれはアカデミーで見た時からもう一年もずっとずっと狙ってたのにーあんな若造にィとSATの男が机を叩いてうめいている。
「あのう……なにか激しく誤解が……」
周子はそう言ったものの、全くその声は届かないようで。
アシューだけがかろうじて一人、冷静にうなずいた。
この冷静さ、さすがはギャラン刑事の上司だと周子は思った。日頃相当に驚くような事態に直面しているのだろう、この程度ではびくともしない。
「みんな、きみがひどいセクハラにあってるんじゃないかと心配してたんだよ。それで、ギャラン刑事のいない隙にきみに真実のほどを問おうじゃないかということだったらしいよ?……うーん、じゃあ、まあ、ギャラン刑事の言うとおり結婚を前提としたラブラブカップルということで、それならそれでセクハラではないということだね」
「……スミマセンが、この皆さんの関心どころとリアクションの方が、むしろ、より激しく痛烈なセクハラに感じられます」
周子は真顔でそう答えると、ばん、とデスクを手で打って、
「ギャラン刑事とはべつに何でもありませんから」
そうはっきりと言ってから、
「否定するのもなんだか難しそうなので、もういいです、好きに解釈なさってください、ただし、これ以上ヘンなこと言うといい加減怒りますよ」
周子はそう鋭く言って、椅子のすぐ横の床に下ろした自分のショルダーバッグを勢い良く引っつかむと席を立ち、途端にふらっ、とよろけた。
「大丈夫か、周子刑事」
アシューが慌てて腰を浮かせかける。
SATの男のほうが早かった。その無骨な腕で周子の身体を支えて、心配そうな大真面目な顔で周子の黒目を覗き込む。
「立ってられるか?」
周子は、はい、とはっきりした返事をしたものの、立ってはいられずに再び力なく椅子に座った。SATの男が唸った。
「なんだかずいぶんやつれているようだが、実際どうなんだ?」
「確かにギャラン刑事の所為ではありますが、みなさんのご想像なさるような理由ではありません。ちょっと疲れているだけです」
貧血です、と力なく答えて周子は机に突っ伏した。
「レバニラ炒めにすべきだったかな」
カツ丼じゃなくて、と、アシューの真面目な声を、周子はどこか遠くで聞いた。
レバーは嫌い、と力なく呟くと、おおお、周子刑事はレバーは嫌い、と手帳にメモをしたためる刑事が続出した。
「しかしいったいどういうことだ?周子刑事ファンクラブとしてはこのゆゆしき事態をどう打開すべきか」
SATの男が唸った。
―――なんですかそのクラブは
ツッコむ余裕もなく周子は机の上で一度首を横に振って。
「周子刑事、バッグが……えっ?位牌?」
周子がよろけた拍子に床に取り落としたバッグを拾い上げた、若い刑事が驚いた声を上げた。バッグの中から床の上に散らばった手帳やら化粧ポーチやらを拾い集めてやろうとし……彼が手にしたのは、なんと位牌だった。
「位牌だ!位牌だ」
刑事たちはどよめいた。
「おおおー、位牌だ!遺影もある。誰?」
「わあ、見ないで下さい、すいません!」
周子は慌てて父修三の位牌と遺影を取り上げて胸に抱えた。
アシューは目を丸くし、ためらいがちに声を掛ける。
「位牌を携行する人間ははじめてみたが?これはいったいどういう……」
周子は血の気のない表情ながらも、少し赤面して。
「最近自宅に帰ってないので……父を留守宅にひとり置いてけぼりにするのも気が引けて。それで、ずっと持ち歩いているんです」
「ずっと持ち歩いているのか!?」
並み居る刑事たちがどよめいた。
「位牌と遺影をバッグに入れて通勤だとよ!?」
「っていうか、いま昼休みだぞ?位牌と遺影をバッグに入れて上司とランチだとよ!?」
「位牌を片時も離さないのか!?」
そう口々に刑事たちは首を捻った。
持ち歩くのもアレだけど、とアシューはますます心配そうに周子の顔を覗き込んだ。
「自宅に帰ってないのか?じゃあきみはドコから出勤してるんだ?」
「友達の家を転々としてだとか、カプセルホテルだとか、昨日は……インターネット喫茶で一晩明かしました」
そう答えて、だからなんだか疲れちゃって、と、周子は深く息を吐いた。
あれからすでに一ヶ月近く経っている。さすがに一ヶ月もそんな住所不定生活が続くとなるとかなり身体にこたえているのは確かなことで。
「なんでだ」
刑事たちが口々に疑問の声を上げた。
周子はしょんぼりと答えた。
「ギャラン刑事が待ってるかと思うと、なんだか怖くて帰れないんです」
しん、と取調室は水を打ったように静まり返った。
(第14話へつづく)
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第13話:「昼食はみんなでカツ丼を」
ガーナ署捜査一課課長アシューは日毎に心労が増し行くのをひしひしと我が身に感じていた。
「あれはセクハラなんじゃないですか?」
「ウ……うむむ?」
アシューは唸る。
確かに、いくら相手が新人刑事で右も左もわからないヒヨコだからとて、相棒という立場だからとて、ギャラン刑事はあきらかに職務を超えた密着ぶりである。巡回も捜査も昼食も一緒。片時も側を離れない。離れるとすれば周子刑事がトイレに立つ時ぐらいである。
周子刑事は困ったようにしてはいるものの、文句のひとつも言わずに耐えている。
そう、まさに耐えている、といった表現が正しかった。
ギャランは堂々と、お付き合いをしてます!と胸を張って周囲に報告した。周子の浮かない表情を見れば、そうではないことは一目瞭然なのだが、ギャランのその勢いに気落されて、誰一人とて正面切って異議を唱えるものはいない。
周子刑事にアプローチを試みた者は、すでに病院送りにされている。このところガーナ署の各部署で人手が足りずにみなひいひい言っているのは、ひとえにこの男の所為である。
そして、これ以上は人手を薄くするわけには行かぬ、とみな沈黙をせざるを得ないのであり、そのかわり、良識ある刑事はみな、捜査一課課長、アシューの下へ苦言を呈しに来るのである。アシューの渋面は日を追うごとにますます渋みを増していった。
「いや、でも周子刑事からの苦情はないし?つまりは本人はそう嫌がっていないようだし?セクハラというのは当人が訴えて初めて成り立つというか……」
と、極力当り障りのない言葉を選んで答えれば、
「黙認ですか?」
と疑惑に満ちた声で返される。見てみぬふりが一番いけない、コレは全く青少年犯罪の予防と同じですよ、愛の反対は無関心です、と返される。水面下でそんなやり取りが増えつづけていた。
周子刑事が日増しにやつれて行く様子を見て、さすがに事なかれ主義のアシューも何かしらの手を打たねばなるまい、と思った。
「ギャラン刑事」
そんなある日、アシューはギャランを呼ぶと、無言でゼロハリバートンのケースを差し出した。怪我のため引退はしたものの、その抜群の頭脳明晰さで以って捜査協力を乞われているリタイヤ刑事カズマのもとへ届ける捜査資料である。ギャランはこのときばかりは無言で一人でカズマのもとへ向かうことになっているのだと、最近になってようやく周子は知った。
「カズマ特別補佐官は大変に気難しく、また極端に人を選り好みするからね」
とアシューがもっともらしく他の刑事に話しているのを聞いて周子はむっとした。じゃあなんでそんな取扱注意人物の下へ新人の自分をお遣いにやらせたのか、首根っこ掴んで聞きたいものだ、と思った。
むしろ、特にリタイヤして以来、いっそうの気難しさを増したというカズマ特別補佐官がギャラン刑事以外の人間を側に寄せ付けないことは、署の誰もが知っている常識だという。あの日、いくらギャラン刑事の姿が見えなくたって、そんなに急ぐ資料だったのか、もう少し待ってやはりギャラン刑事に向かわせれば良かったのに、と周子は思うのである。
―――そうでなければ、あんな、あんなわけの分からない男に引っ掻き回されずに済んだものを。何が結婚よ。
そんなわけで、カズマに対する周子の心証はもはやこれ以下は無いというほど、最悪である。そしてギャランは、また別の危機感を抱いて以前よりいっそう熱心に、つまりは自分の不在時に相棒である周子刑事が駆り出されてしまわぬよう、注意を払って自らカズマの下へ資料を運んでいる。もちろん、周子はそんなことまでは知らないのだが、ギャランがカズマの下へ向かう、そこに、公私混同密着相棒刑事としてのたったひとつの隙が生じるのである。
ギャランの姿が署から完全に消えたのを確認してから、アシューはひとつ深く深呼吸して、思い切って声を掛けた。
「周子刑事、お昼でも一緒にどうですか?」
驚いたような、少し戸惑ったような表情でこちらを見返した周子に笑顔で返すと、周子はたちまちほっとしたような淡い笑顔を見せた。
思えば、この一ヶ月、彼女が昼食を取るとなると必ず隣にギャラン刑事が陣取っていたものだ、とアシューは思った。
「でもでも!なんでみなさん御揃いで取調室でカツ丼なんですかー!」
周子は思わず取調室のドアの入り口でヒタリ、と立ち尽くし、叫んだ。
「あー、そのー、なんだか、みんなに聞かれちゃったみたいで?」
アシューは両脇をごつい体格の男に挟まれて、取調室のデスクの中央に座っている。つまりは拉致されてそこに据えられたようだった。いつもの渋面にすまなそうに眉を寄せて、まあとにかく、と手を招いて周子の入室を促した。
周子はびくびくと周囲を見回して。
狭い取調室に、なぜか、総勢十五名ほどの人間が集まっている。取り調べ用のデスクを挟んで正面に向き合うカタチのアシューと空席のパイス椅子。どうみても自分のために設けられた席である。そのデスクの回りに、数名はパイプ椅子に座り手にカツ丼を、そして座るところのない刑事たちはカツ丼片手に狭そうに立っている。揃いも揃って皆カツ丼で。
アシューは自分の向かいの空席を指差した。その前にはやはりカツ丼が載っている。
「きみの分もあるよ」
「や、そーじゃなくて!」
周子はふるふると取調室の入り口で首を横に振るものの、だがしかし、あれよあれよと言う間に複数の無骨な男の手によって取調室の中へと連れ込まれ、空席のパイプ椅子に座らされた。アシューに割り箸を渡され、すぐ隣から大きくて無骨な男の手が伸びたかと思うと、周子の湯のみになみなみと番茶を注ぐ。
捜査一課は周子を含め総勢八名だが、ギャラン以外の全員が揃っている上に、なぜか。
「なんで警察機動隊の方までいらっしゃるんですかー!」
「やあどうも!」
周子の湯飲みに番茶を注いだ無骨な手の主、この男の襟元には警視庁警察機動隊の徽章が付いている。男は落ち着いた太い声で挨拶すると、周子のすぐ隣にパイプ椅子を引き寄せ、腰を下ろした。まじまじと周子はその男の顔を見、ああ、ひょっとして?と呟いた。
「アカデミーに柔道の講師でいらっしゃいませんでしたか?」
「いかにも!」
ごつい男だが、周子の言葉にぱっと明るい笑顔を浮かべた。
「きみをガーナ署へ推薦したのが私なのだが、どういうわけか警備部ではなく捜査部へ、しかも捜査一課へ回ってしまってね?痛恨のミスを……」
「ミス?」
いいえ、私は確かに捜査一課を希望しましたが?と周子は真面目に答えた。
「うん、私も機動隊はさすがに無理だと思うよ?彼女、線細いし」
アシューがとりなすようにそう割って入って、適性ってものもあるだろうし、もういい加減あきらめてくれません?と言った。
「そうはいかん。アカデミーで見かけたときから彼女は抜群に光っていた」
ふん、と面白くなさそうにその男は鼻を鳴らして。
「私はこの春、ガーナ署警備部への配属だと内々に内示があったのに、だからこそ周子刑事をガーナ署に推薦したのに、いざフタを開けてみれば、私はSATだと。ガーナ署ですらない、警視庁だと。なんともバカな話だ」
「SATの方ですか」
SATといえば、特殊急襲部隊と呼ばれる対テロ特殊部隊、いわば警官のエリートコースである。
「ガーナ署でこそ、周子刑事と共にあってこそ、私の真価は発揮される。警視庁なんてくそくらえだ!」
「こ、この人も公私混同組ですか?」
思わず周子は目をテンにした。
「どこかのバカ刑事と同じにしないでもらいたい。私はきみの才能をかってるんだ。かくなる上は周子刑事を警視庁へスカウトに出張ってきたと言うわけだ」
「つまりは公私混同組ということですね」
周子はうめいた。
「捜査一課に女性刑事が、そんなに珍しいですか?そりゃこちらガーナ署では初めてとか聞きますけど。でもそれこそ警視庁には優秀な女性刑事さんが沢山活躍なさっているでしょう?それに、ガーナ署だって、署全体のバランスで見たら、生活安全部とか交通部とか、ほかにもいっぱい、女性の方はいらっしゃるじゃないですか、勘弁してください」
うん、とアシューはうなずいて。
アシューはまさにそのとおりだ、と周子の言葉に同意するが、SATの男は首を縦に振らない。アシューはそんな様子を見てほとほと困り果てたように首を振った。
「私は久しぶりに周子刑事とゆっくり食事でもと思ってさっき誘ったんだがね?まあなんというか、近況でも聞きながら。ところが、なんとまあ、みながみな、こぞってきみに聞きたいことがあるそうなんだよ」
取調室に詰めていた刑事たちがいっせいに口を開いた。
「ギャラン刑事とはどういう関係かね?」
―――それかー。
そうくるのではないかとうすうすと気付いてはいたものの、周子は唐突に頭痛と眩暈を感じ、デスクに突っ伏した。アシューが気の毒そうに眉を寄せた。
「ああ、いや、別にそれが悪いとかじゃなくてね?」
「悪いですよ」
アシューのとりなしに、無骨なSATの男がすかさず反論する。
「もう最悪。絶対悪、諸悪の根源」
ものすごい断定の仕方である。がくっとアシューは肩を落としつつ、少し黙ってて、と呟いた。そのぞんざいなやりとり、どうやら同期であるらしい。
「なんだか最近、周子刑事の顔色が優れないようで、みな心配してるんだよ」
上官二人の応酬の間隙を突いて、捜査一課の年配の刑事が口を挟んだ。
「ひょっとして夜もろくに寝てないんじゃないかと思ってね?」
「え、ええまあ」
自分の状態を気に掛けてくれる人がいるのだと思うと、ありがたくて周子はなんだか泣きたくなった。確かにここしばらくろくに寝ていないし、自宅へも帰っていない。非常に疲れている、疲弊している、と言ってしまっても良いくらいに身体的精神的にふらふらしていると自分でも思うのだ。
「ギャラン刑事の所為かね?」
年配の刑事が穏やかに聞いてくるので、周子は素直にこくりとうなづいた。
途端、おおおおーまじでー?と動揺の声が上がった。
狭い取調室を揺らさんばかりのその動揺の声に背中を押されるかのように、年配の刑事は身を乗り出して問い詰めてきた。
「いや!そんなに激しいのかね?」
「は?」
「眠らせてもらえないのか?」
「へ?」
すぐ隣では、おれはアカデミーで見た時からもう一年もずっとずっと狙ってたのにーあんな若造にィとSATの男が机を叩いてうめいている。
「あのう……なにか激しく誤解が……」
周子はそう言ったものの、全くその声は届かないようで。
アシューだけがかろうじて一人、冷静にうなずいた。
この冷静さ、さすがはギャラン刑事の上司だと周子は思った。日頃相当に驚くような事態に直面しているのだろう、この程度ではびくともしない。
「みんな、きみがひどいセクハラにあってるんじゃないかと心配してたんだよ。それで、ギャラン刑事のいない隙にきみに真実のほどを問おうじゃないかということだったらしいよ?……うーん、じゃあ、まあ、ギャラン刑事の言うとおり結婚を前提としたラブラブカップルということで、それならそれでセクハラではないということだね」
「……スミマセンが、この皆さんの関心どころとリアクションの方が、むしろ、より激しく痛烈なセクハラに感じられます」
周子は真顔でそう答えると、ばん、とデスクを手で打って、
「ギャラン刑事とはべつに何でもありませんから」
そうはっきりと言ってから、
「否定するのもなんだか難しそうなので、もういいです、好きに解釈なさってください、ただし、これ以上ヘンなこと言うといい加減怒りますよ」
周子はそう鋭く言って、椅子のすぐ横の床に下ろした自分のショルダーバッグを勢い良く引っつかむと席を立ち、途端にふらっ、とよろけた。
「大丈夫か、周子刑事」
アシューが慌てて腰を浮かせかける。
SATの男のほうが早かった。その無骨な腕で周子の身体を支えて、心配そうな大真面目な顔で周子の黒目を覗き込む。
「立ってられるか?」
周子は、はい、とはっきりした返事をしたものの、立ってはいられずに再び力なく椅子に座った。SATの男が唸った。
「なんだかずいぶんやつれているようだが、実際どうなんだ?」
「確かにギャラン刑事の所為ではありますが、みなさんのご想像なさるような理由ではありません。ちょっと疲れているだけです」
貧血です、と力なく答えて周子は机に突っ伏した。
「レバニラ炒めにすべきだったかな」
カツ丼じゃなくて、と、アシューの真面目な声を、周子はどこか遠くで聞いた。
レバーは嫌い、と力なく呟くと、おおお、周子刑事はレバーは嫌い、と手帳にメモをしたためる刑事が続出した。
「しかしいったいどういうことだ?周子刑事ファンクラブとしてはこのゆゆしき事態をどう打開すべきか」
SATの男が唸った。
―――なんですかそのクラブは
ツッコむ余裕もなく周子は机の上で一度首を横に振って。
「周子刑事、バッグが……えっ?位牌?」
周子がよろけた拍子に床に取り落としたバッグを拾い上げた、若い刑事が驚いた声を上げた。バッグの中から床の上に散らばった手帳やら化粧ポーチやらを拾い集めてやろうとし……彼が手にしたのは、なんと位牌だった。
「位牌だ!位牌だ」
刑事たちはどよめいた。
「おおおー、位牌だ!遺影もある。誰?」
「わあ、見ないで下さい、すいません!」
周子は慌てて父修三の位牌と遺影を取り上げて胸に抱えた。
アシューは目を丸くし、ためらいがちに声を掛ける。
「位牌を携行する人間ははじめてみたが?これはいったいどういう……」
周子は血の気のない表情ながらも、少し赤面して。
「最近自宅に帰ってないので……父を留守宅にひとり置いてけぼりにするのも気が引けて。それで、ずっと持ち歩いているんです」
「ずっと持ち歩いているのか!?」
並み居る刑事たちがどよめいた。
「位牌と遺影をバッグに入れて通勤だとよ!?」
「っていうか、いま昼休みだぞ?位牌と遺影をバッグに入れて上司とランチだとよ!?」
「位牌を片時も離さないのか!?」
そう口々に刑事たちは首を捻った。
持ち歩くのもアレだけど、とアシューはますます心配そうに周子の顔を覗き込んだ。
「自宅に帰ってないのか?じゃあきみはドコから出勤してるんだ?」
「友達の家を転々としてだとか、カプセルホテルだとか、昨日は……インターネット喫茶で一晩明かしました」
そう答えて、だからなんだか疲れちゃって、と、周子は深く息を吐いた。
あれからすでに一ヶ月近く経っている。さすがに一ヶ月もそんな住所不定生活が続くとなるとかなり身体にこたえているのは確かなことで。
「なんでだ」
刑事たちが口々に疑問の声を上げた。
周子はしょんぼりと答えた。
「ギャラン刑事が待ってるかと思うと、なんだか怖くて帰れないんです」
しん、と取調室は水を打ったように静まり返った。
(第14話へつづく)
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- 2005-05-31 05:30
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