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[tog_p2_15]「ラジカル・ブルー」/タトパラ2

「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第15話:「ラジカル・ブルー」



 廊下の隅にしゃがみこんだままぼんやりとしていたのだが、ギャラン刑事の靴音が近づいてくるのを察して、周子は立ち上がった。
「ギャラン刑事、携帯なんですけど」
 ん?とギャランは胸ポケットやらジーンズの尻ポケットやら、自分の身体をぱふぱふ叩いて、無ぇ、と呟いた。
「カズマ特別補佐官のご自宅にあるそうですよ」
「何で?おれたしかここの胸のポケットに入れていたはずなのに」
 こんなとこ、落ちねぇだろうに、と呟いて首を捻る。
 カズマ特別補佐官のことだ、むしろきっと、掏ったのだろうと周子は思った。
「さっきカズマ特別補佐官から連絡がありました、取りに来るように、と」
 ああ、さっきの着信、と呟いて、さっ、とギャランの表情が険しくなった。
「お前の携帯に掛けてきたのか?」
「ギャラン刑事の携帯は、発歴、きっと私の電話番号だらけでしょうから、手っ取り早いと思ったんでしょうね」
 毎日毎日、朝昼晩夜中と掛けて寄越すのだ、周子は苦笑して肩を竦めた。
 と、不意に手の中から携帯を取り上げ、ギャランは思いっきり床に叩きつけた。甲高いプラスティックの割れる音が響いて、周子の携帯電話は見事に壊れた。
「ああっ!なんてことを!」
「おう、ショップ行くぞ。新しいの買ってやる、番号変えろ」
 ギャランの表情は厳しい。
 周子は床から壊れた携帯を拾い上げ、勢い良くギャランの胸元に叩き付けた。
「いきなり何するんですか!機種変はともかく!番号は変えません、番号変えたら父さんが困りますもん!もし父さんから電話があったら……」
「イマドキ五年も六年もずーっと同じ番号持つ奴なんてレアだぞ、親父だかなんだか知らんがどーだっていいだろ、さくっと変えちまえ!知ってるのはおれだけでいい」
 キッパリと断言したギャランを前に、周子は困り果てて首を横に振った。
「ギャラン刑事はその……ちょっと束縛が過ぎます」
 周子は廊下の七階の窓から、ガーナ署建屋裏手の駐車場を見下ろした。
 コテンパンにのされた機動隊の武装警官たちが山と積まれている。おそらくその一番下にはSATの男が埋まっているのだろうと思う。
「私は、こんなこと望みません」
 ギャランが気まずそうに小さく喉を鳴らして唸った。
「どうしたらおれのものになってくれる?」
「おれのもの、って……いつもおれの周子ちゃんて言ってるじゃないですか、人前であろうが街中であろうが、ホントに恥ずかしい。これ以上どうおれのものになるといいますか」
「ごまかすなよ」
 ギャランの声に不意に色気が濃く滲む。
「こないだのは……あぁそりゃ悪かったとものすごーく反省しているよ。だから実際この一ヶ月、指一本触れずにずっとイイコにしてるだろーが。おれだっていっぱしの青少年だ、惚れた女を抱きたいと思って当然だ、だがお前がおれを好きだと言ってくれない限り、手は出さん。おれは忠実に、いついつまでもずっとお前のハートがおれに傾くのを待ってる」
 周子は少し慌てて。
「署内でそういうこと言うの、やめてください、職務中ですよ」
 ―――どうしてこの男は、こうもやすやすと、キスを。
 キスされて、周子は間近にギャランの青い瞳を睨む。
 いくら廊下の隅の陰だからとて、昼間から公僕たる刑事が署内でキスをしていていいはずが無い。あまりにストレートなその言葉に、知れず頬が赤くなる。
「手を出さないって?これのどこがですか」
「こんな軽いキスぐらい、いいだろ。おれのハートにだってガソリンは必要だ」
 えらそうに、当然のように、ギャランは言って。そうは言ったものの、周子にきつく睨まれて、たちまちギャランは、おれはもうどうしたらいいか分からない、としょんぼりと言った。
「お前が家に帰ってこないのが淋しい」
「だってそれはギャラン刑事が!」
「おれは何もしない!お前がいいって言うまで、絶対にしない!おれはお前がおれに惚れてから抱きたいんだ、おれがはじめて惚れた女だからだ。おれはただお前の側にいたいだけだ、お前とメシ食ってテレビ見て夜中にコンビニ行ってだな。それでそのうち、そのうちだ、おれはそれくらいは待てる、だから勤務後手のひらを返したようにおれを避けるのはやめて欲しい」
「ですが」
「お前がそんな青い顔して調子悪そうにしてるのもおれの所為だって分かってる」
「分かってるんですか!?」
 周子は目を丸くした。
「だってお前は勤務が終わっても家に帰らねぇじゃねぇか、そんな生活続けてりゃそのうち疲れてダウンするだろ、おれはこれでもお前のことをえらく心配しているし……お前はおれがイヤで逃げ回っているんだろうが、だが、だがな、でもおれはお前の側にいたい。夜中にほっつき歩いて大丈夫だろうかだとかそんなこと考えながら一晩過ごして、そして次の日署内でお前を見ると、それでもとにかく無性にほっとする」
 そう言ってギャランはしばらく押し黙った。
 ―――あ。
 唐突に周子は、自分はひどいことをしたと思った。
「ほんとにずっとあの家で一人、夜じゅう待っているんですか」
 ひとり、家で誰かの帰りを待つ辛さは、もう五年も存分に味わってきたことではないか、と周子は我が身に思い起こしたのだ。
 修三を待ってどれほど眠れぬ夜を過ごしたことだろうか。
 なぜそんな思いを、今度は自分が、ギャラン刑事に味あわせているのだろう、と周子は痛烈に後悔した。あれは、辛い。
「そうですね……その件については、大変に申し訳ない気がしてきました」
 ギャランはピク、と反応した。周子の言葉が嬉しかったらしい。
 そして、ぱっと表情を輝かせて。
「ば、バラとか?薔薇の花束をどさりと?」
「結構ですから!」
 ギャラン刑事ならやりかねない、と、このただでさえ人目を引く金髪男が真っ赤なバラの花束を山と抱えてやって来る、そのど派手な様子を想像して、周子は慌てて首を振った。
「口説く、って一体どうやって口説けばいいんだかさっぱりなんだよ。いままで女口説いたことなんざねぇからな……ああ、カード?何でも買ってやれって、そういやカズマが言ってた、これって、こんなへんてこなカードでなんとびっくり、戦車が買えるんだって?周子ちゃん前にそう言ってたけど、戦車?戦車が欲しいのか?よし、ぜひ一台この魔法のカードで」
「違います!欲しくありませんから!」
 即座に却下して周子は大きく首を横に振った。
 この男はブラックカードの意味も価値も知らないらしい、と知って、周子はまじまじとギャランを見つめた。では一体なぜこの男がそんなカードを持っているのか、さっぱり不明である。
「ええ、まあとにかく、ギャラン刑事のお気持ちは分かりましたから!」
 とにかく、もう二度とこんな真似はしないで下さい、と周子は廊下の窓から武装警官の山を見下ろして顎をしゃくった。
「了解」
 ギャランはにこっと笑った。
「っていうか、さすがにもう立てないと思うしな?」
「きゅっ、救急車、救急車呼んだ方がっ!」
 慌てて身を翻そうとした周子の腕を掴んでギャランは真顔で制止する。
「医務室へ行こう、寝た方がいい。どうせ他の連中がなんかするだろ、所詮自分たちで撒いた種だ」
「撒いたのはギャラン刑事だと思いますが!」
 ごちゃごちゃ言うな、ますます顔色わるいぞ、とギャランは呟いて。
 周子は首を振る。
「そんなこと言って休んでる場合じゃ……!」
「ルシウスだって言ってたろ?当面の仕事は”待ち”だって。例の連中は地下に潜ったまま動きナシだ、動きが無い以上、こちらも思うようには動けねェ」
 カリカリすんな、焦りは禁物だ、とギャランは至極まっとうなことを言った。
「身体が基本だ。身体の調子が悪ければいざというとき虫も奴らも追えねぇぞ」
 正しい言葉だった。
 ギャラン刑事のこの枝葉を取り払った論理、その正しさは、どれほど気が立っていてもすんなりと受け入れられる不思議な力量を持っていて。
 周子は素直にうなずいた。
「いざというときの判断ミスでお前が危険にさらされる位なら、おれは勤務時間以外はお前に接触しない。お前の家からも出て行く。おれもそのあたりはちゃんと分かってる。まずは寝て、それから話し合おう、何より大切なのはお前の身体だ」
 きっぱりとした男らしいギャランの言葉に、周子は再びその本質を目の当たりにした気がした。
 医務室はこっちだ、と手を引かれて。
 唐突に、胸が一度強く鳴った。

 医務室に周子を連れてくると、ギャランは保健医に、裏の駐車場に行け、と告げて医療器具の詰まったバッグを押し付けて医務室を追い出した。
「大忙しで今日はもうこっちには戻ってこれんだろ、ちょうどいい、たっぷり寝とけ。課長にはおれが言っとくし」
 上着は脱げ、と簡潔に言うや、するするとジャケットの胸のボタンを外し行くその指先に周子は息苦しいほどの動悸を感じた。
「あ、あの、自分で出来ますから」
 思わず赤面してそう言うと、ぱっ!とその手は離れたものの、その青い瞳に隠し切れぬ男の熱を見てしまう。
「だー、そんな泣きそうな顔すんな!下心なんざねェってばよ!」
 ギャランが慌てて首を振った。その拍子に、はたり、と赤いものが床にひとつ落ちて。
「ギャラン刑事、鼻血!」
「お、おう」
 ギャランはちょっと赤面してティッシュで鼻を押さえた。
「聞いていいですか?」
 ギャランはうなずいて。周子は言った。
「男の人ってエッチなこと考えると鼻血出るんですか?溜まってる、ってこういうことですか?」
「……寝てろやお前」
 周子の、まるで子供のような素朴な疑問の声に、ギャランはぶすっと口を尖らせると、ティッシュを鼻の穴に突っ込んだまま周子をベッドに押し倒し、薄手の掛布団を周子の首下まで引いた。
 周子は身体の温度が急に高くなった気がした。
「なんか、こんなにしつこくしつこくねだられたら、もういっそ、するだけしちゃったほうが楽な気がします」
「ねだってねぇって!」
 鼻血はすぐに止まったものの、まるで説得力はない。
 どう控えめに見てもギャラン刑事はかなりの男だ、と周子は思う。性的な欲求はかなり強いのだろうと思うし、来るもの拒まず、といったそんな話も実際耳にしている。そして、もうすっかりそんなハナシを聞かなくなったことも、周子は知っている。
「ギャラン刑事が私に、そんなにそんなにしつこいのも、きっとまだ一度もエッチしてないからなんでしょう?お預け喰らった犬とおんなじで。どんなに美味しそうに見えても一度食べちゃえば味が分かって納得するでしょう?もう、だったらいっそ、しちゃえばきっとすっきりしてもっとあっさり……」
「ばか、ちっげーよ!」
 ギャランがざばり、と金髪を逆立てた。
 びっくりするほどわっかんねー女だな、おれのこの、どのつくほどに誠実な言動を見やがれ、と呟いて、困り果てたように金髪をわしわしと掻いた。
「べっつにヤらしてもらいたくて付きまとってるわけじゃねぇぞ!たしかにおれはお前を抱きたいが、お前が、お・ま・え・が!おまえがおれを欲しいと思ってくれなきゃ絶対やだね、おれのことを好きでもない女を抱いたって嬉しいもんか、それはおれがどえらく本気の本気の本気だからだ」
 その言葉に周子は唸って頭の上まで掛布団を引いた。
 ギャランが自分を好きだと言うたびにどうにも胸が苦しくて。さっき手を引かれたあの瞬間、何がどうなったのか、自分の感覚がサッパリわからない。
「別におれは強要してないし?微塵も」
「なんかひしひしと圧力を感じるんです」
 周子は泣きそうな声を上げた。
 そりゃ気のせいだ、とギャランはキッパリという。
「おれはお前の側に居たいから居るだけ、側に居るのは別に、ヤるタイミングを計ってんじゃねぇぞ?おまえがこう、おれのイイトコロを知ってだな?ギャラン刑事すきーって言ってくれるのを待ってるだけだ。口説いて口説いて口説いて、お前がオチるのを待って、それから、抱く、それだけだ」
 ガッツリおれにほれてから、抱くんだ!いつもがっつりラブって抱きたい、とギャランは言う。
 ―――ギャラン刑事すきー、ですって?
 ガーナ署に配属されて一ヶ月、公私混同と同僚に指摘されつつも、相棒であるギャラン刑事のイイトコロは、すでに存分に知っている。その言葉に、なんだか自分が妙にはまりそうな気がして、ありえない、ありえたくない、と周子は布団の中で頭を振った。振ると、眩暈がするようで、相当に調子が悪いのを知った。横になった途端、気が緩んだのか、一気にだるさと熱が身体を支配し始めた感じだった。
「……理想論はもういいですから」
 周子は一際冷めた声でそう言うと、身を起こした。ギャランの腕を引き、ベッドに押し倒すとその身体の上に馬乗りになってキスをした。
 周子は自分の胸の息苦しさを消すので精一杯だ。
 いまだ知らぬ感覚に気分が悪くなった。
「いっそ抱いてください。なんだかもう疲れちゃったというか、もう、これじゃあノイローゼとかになりそうです」
「それっておれのこと好きってこと?」
 周子は答えない。
 頭を引き寄せられ、ギャランに深く口づけられる。ギャランの舌が口中をまさぐってくる。身体の芯が熱くなる感じで、確かにすごくいい気持ちだ、と周子は思った。

 おもむろに医務室のドアが開いた。
「おいギャラン刑事はこっちにいる、か……って、ええ?」
 ドアノブに手をかけたまま、カズマが固まった。
 たっぷり数秒あけてから、カズマは利き手の中指でメガネのブリッジを押し上げた。
「周子刑事、きみは全く大胆だな?医務室で男に騎乗位か」
 SATだの位牌だの、なんだか面白そうだったからわざわざ携帯を届けに来たんだが、と言ってカズマは、ストラップを指に掛けてギャランの携帯を目の高さで軽く揺らした。
「あ。……悪のメガネ大王……」
 声の主を確認しそう呟くなり、周子はふっと意識を失ってギャランの上に倒れた。


(第16話へつづく)
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