コハリトりみっと
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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第16話:「帰宅」
「ギャラン、貴様なにをやっているんだ」
「なにもやってない!」
「じゃあなんで周子刑事がこんなに憔悴してるんだ、そんなに激しく夜毎に攻め立てているのか、ちょっと度が過ぎるんじゃないのか、絶倫を気取るのもたいがいにしろ、このバカ」
「だから、なにもやってないって!」
そんなやり取りをぼんやりとした意識の下で聞きながら、頭の上のタオルが取り替えられた、冷たく心地よい感触で周子はようやっとぱちりと目を覚ました。
目を覚まして、真っ先に目に入ったのが、緑色の髪とメガネ、その奥の理知的な紫の瞳。
静かな声が耳元に届いた。
「大丈夫か周子刑事?」
「補佐官の顔見ただけで血圧が上がります」
カズマの紫の瞳が丸くなった。
「…………それだけ言えれば上等だな」
全くとんだ減らず口だな、とあきれたように呟いて。憮然とした表情だが、口元にだけは隠し切れぬ笑みがのぞいた。
車椅子に腰掛けたカズマとの距離はなんだか妙に近い。
「とにかくひどい熱だ、先ほど入院の手続きをしたからニ、三日向こうでゆっくり養生するんだな、相当に疲れているんだろう」
「ええっ?病院に?入院ってやっぱ付き添いだとか……」
「もちろん、おれが付き添いに」
「面会謝絶だ」
間髪いれずにカズマはキッパリとギャランに言った。
「お前は少し周子刑事から離れろ。いい加減、度をわきまえろ、覚えたてのガキじゃあるまいし」
「だから、何もヤって無いって!」
ギャランが慌ててカズマの言葉を否定する。首をぶるぶると横に振って。
「おれと周子ちゃんはまだまだプラネットな純愛ラブだ!」
「プラトニックだ、バカ、とにかくお前は黙れ、ギャラン」
カズマの言葉は相変わらず容赦ない。だがその容赦の無さが、周子にはとにかくありがたかった。ギャラン刑事のあしらいは抜群に上手い。
この胸のもやもやした感じをすっぱり斬り捨ててくれそうな気がした。
「補佐官!その冷たさが、なんだか今日は補佐官が仏様のように見えます、まるで後光が!案外いい人なのかもしれません!」
「…………後光?」
カズマはたっぷり押し黙って周子とギャランを見比べた。
「ギャラン?」
「あ?」
「ちょっと聞くが。お前、周子刑事に嫌われてるんじゃないのか、ひょっとして?」
「!!」
わあっ!と号泣して医務室を飛び出したギャランの背に、カズマはビンゴか、と一人納得したようにうなずいた。
「どうしましょう、ホントに補佐官が仏様のように見えます。キャラ替えですか?」
「……キャラ替え……きみはホントによくもまあ言うものだな」
カズマはあきれたように呟いて。
「いっそ、きみのキャラを替えてやりたいね、生意気だし、情に疎いし。ギャランが振られるなぞ、いい気味だと大いにあざ笑いたいところだが、だがしかしこれではなんだかギャラン刑事の方がかわいそうな気さえしてくるよ。きみ、いっそ、私の管轄の研究所にしばらくの間入所するか?」
「研究所?」
「洗脳を専門にしている研究所さ」
ひぃっ、と周子は短く叫んだ。
「やっぱり悪のメガネ大王です!補佐官の鬼!」
「ああ、その判断は正しいと思うよ、それでいい」
カズマはあっさり微笑んで、じゃ、後で看護師が移送に来るから、それまで眠っているといい、と言ってさっさと医務室を出て行った。
結局周子はニ三日どころか一週間病院でのんびりと過ごした。
確かに面会謝絶で、課長アシューが一度様子を伺いに来た以外は、同僚の誰一人として訪れることもなく、日頃署内の同僚からなにやら妙なプレッシャーを感じていた周子にとっては、病院で過ごす日々はものすごく気が楽だった。
もともと、入院の理由が病気ではなく精神的な気分転換、静養のためだからというわけだろうか、周子のいたフロアは病院といった雰囲気はまるでなく、あたかもホテルで暮らしているかのような待遇だった。料理も旨いし、看護師のお姉さん方は確かにものすごい美人揃いで、優しく優雅でサービスもいい。ほとんどこれは、白衣かメイド服かの違いしかないのでは?と思えるほどである。好きなだけゆっくりと過ごすためのツールをはじめ、まさに至れり尽くせりで、三日も滞在すると庶民気質の周子は却って飽きてしまうほどだった。
いつまで入院する予定なのかと、採血に来た看護師に訊ねれば、オーナーから一週間の入院を指定されています、という答えが返ってきた。
思わず周子は首を捻った。
「オーナー?警察病院にオーナーっているんですか?警察庁長官だとか、まさかですよね?」
看護師は大輪の花でも開くかのようににっこりとあでやかに微笑んで。
「こちらはたしかに警察病院ですが、少々特殊な事情がございまして、グランツ財閥からの寄付金で運営されていますから、まあつまりは私共は、当病院の筆頭理事であるグランツ家の若様をオーナーとお呼び申し上げておりまして」
―――ふうん、そんなこともあるんだ、警察病院に民間の寄付金が。
それにしても病院まるまるひとつだなんて、寄付の額もこれまた桁ハズレではなかろうか、世の中不思議、と周子は首を捻った。
グランツ財閥、といえば、誰もが知っている、ルドルフ・フォン・グランツという、海千山千の世界の金融王が君臨する大財閥である。節税対策のひとつであるにせよ、金のあるところにはあるもんだな、と周子は思いつつ、なぜその財閥の人間であるらしいオーナーとやらが、一刑事たる自分の入院日程を決めるのかがサッパリ分からなかった。
あまりにサービスが良かったので正直かなり覚悟はしていたものの、入院費用は掛からなかった。会計の担当者がわざわざ病室を訪れ、うやうやしく差し出してきた請求書の金額は、なんとゼロ円だったのである。
そして、なんとも不思議な説明を周子は受けた。ご丁寧にも、労働保険のほうから療養補償給付金と休業補償給付金が、そして警察の方から規定の医療給付金、見舞金とが支給されるのだという。
担当者はそれらを受領するための必要書類への周子のサインをもれなく確認し、にっこりと微笑んだ。
「もらえるものはもらっておくとよろしいかと存じます、年金でもなんでも、要は同じことでございます」
「…………は、はぁ」
―――なんなのこの根回し?
福利厚生だか法定制度だか、そんなものがあると聞かされてもいまいちピンとこない。制度的にも全く知らない仕組みであり、そこからお金がもらえるだなんて、思ってもみなかったのである。妙なお小遣いを握らされたようで、周子はどうにも腑に落ちない気分である。
まあなんとなく、当り障りなくうなずいて。
―――年金?
その言葉が妙に胸のどこかに引っかかりつつ、周子はその理由のわからぬままに礼を述べた。
一週間後に職場に復帰したときには、なんだかギャランが懐かしく思えるほど、精神的に回復している気がした。むしろ、よーし焼肉いくぞー!とかなんとか元気に張り切っているギャランが、ありがたいというか、側でどれほど騒いでいてもさほど気にならないというか、むしろ居ないとなんとなく物足りないというか、そんな感じで。
環境への順応性というのは恐ろしいものだと、ギャランから一週間ばかり離れてのち、初めて周子は知った。
課長アシューは、くれぐれも自宅から通勤するように、と周子に命じた。上司からのこの厳命、それはつまり、ギャランが周子の家から出て行ったことを意味しているのだと気付いたときには、なんともほっとしてありがたかった。
実際、署では相変わらずの”相棒”を主張してはいたが、勤務が終わるとサッパリしたもので、確かにギャランは周子の家には寄らなくなった。
周子は一人家に戻り、仏壇に位牌と遺影を据え。
ひとり静かに線香を手向けたものの……なんだか無性に、どういうわけかものすごく淋しく思った。ギャランを見るたび得体の知れぬ切なさが胸を締めるのに気付いたのは、それから数日後の事である。
(第17話へつづく)
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第16話:「帰宅」
「ギャラン、貴様なにをやっているんだ」
「なにもやってない!」
「じゃあなんで周子刑事がこんなに憔悴してるんだ、そんなに激しく夜毎に攻め立てているのか、ちょっと度が過ぎるんじゃないのか、絶倫を気取るのもたいがいにしろ、このバカ」
「だから、なにもやってないって!」
そんなやり取りをぼんやりとした意識の下で聞きながら、頭の上のタオルが取り替えられた、冷たく心地よい感触で周子はようやっとぱちりと目を覚ました。
目を覚まして、真っ先に目に入ったのが、緑色の髪とメガネ、その奥の理知的な紫の瞳。
静かな声が耳元に届いた。
「大丈夫か周子刑事?」
「補佐官の顔見ただけで血圧が上がります」
カズマの紫の瞳が丸くなった。
「…………それだけ言えれば上等だな」
全くとんだ減らず口だな、とあきれたように呟いて。憮然とした表情だが、口元にだけは隠し切れぬ笑みがのぞいた。
車椅子に腰掛けたカズマとの距離はなんだか妙に近い。
「とにかくひどい熱だ、先ほど入院の手続きをしたからニ、三日向こうでゆっくり養生するんだな、相当に疲れているんだろう」
「ええっ?病院に?入院ってやっぱ付き添いだとか……」
「もちろん、おれが付き添いに」
「面会謝絶だ」
間髪いれずにカズマはキッパリとギャランに言った。
「お前は少し周子刑事から離れろ。いい加減、度をわきまえろ、覚えたてのガキじゃあるまいし」
「だから、何もヤって無いって!」
ギャランが慌ててカズマの言葉を否定する。首をぶるぶると横に振って。
「おれと周子ちゃんはまだまだプラネットな純愛ラブだ!」
「プラトニックだ、バカ、とにかくお前は黙れ、ギャラン」
カズマの言葉は相変わらず容赦ない。だがその容赦の無さが、周子にはとにかくありがたかった。ギャラン刑事のあしらいは抜群に上手い。
この胸のもやもやした感じをすっぱり斬り捨ててくれそうな気がした。
「補佐官!その冷たさが、なんだか今日は補佐官が仏様のように見えます、まるで後光が!案外いい人なのかもしれません!」
「…………後光?」
カズマはたっぷり押し黙って周子とギャランを見比べた。
「ギャラン?」
「あ?」
「ちょっと聞くが。お前、周子刑事に嫌われてるんじゃないのか、ひょっとして?」
「!!」
わあっ!と号泣して医務室を飛び出したギャランの背に、カズマはビンゴか、と一人納得したようにうなずいた。
「どうしましょう、ホントに補佐官が仏様のように見えます。キャラ替えですか?」
「……キャラ替え……きみはホントによくもまあ言うものだな」
カズマはあきれたように呟いて。
「いっそ、きみのキャラを替えてやりたいね、生意気だし、情に疎いし。ギャランが振られるなぞ、いい気味だと大いにあざ笑いたいところだが、だがしかしこれではなんだかギャラン刑事の方がかわいそうな気さえしてくるよ。きみ、いっそ、私の管轄の研究所にしばらくの間入所するか?」
「研究所?」
「洗脳を専門にしている研究所さ」
ひぃっ、と周子は短く叫んだ。
「やっぱり悪のメガネ大王です!補佐官の鬼!」
「ああ、その判断は正しいと思うよ、それでいい」
カズマはあっさり微笑んで、じゃ、後で看護師が移送に来るから、それまで眠っているといい、と言ってさっさと医務室を出て行った。
結局周子はニ三日どころか一週間病院でのんびりと過ごした。
確かに面会謝絶で、課長アシューが一度様子を伺いに来た以外は、同僚の誰一人として訪れることもなく、日頃署内の同僚からなにやら妙なプレッシャーを感じていた周子にとっては、病院で過ごす日々はものすごく気が楽だった。
もともと、入院の理由が病気ではなく精神的な気分転換、静養のためだからというわけだろうか、周子のいたフロアは病院といった雰囲気はまるでなく、あたかもホテルで暮らしているかのような待遇だった。料理も旨いし、看護師のお姉さん方は確かにものすごい美人揃いで、優しく優雅でサービスもいい。ほとんどこれは、白衣かメイド服かの違いしかないのでは?と思えるほどである。好きなだけゆっくりと過ごすためのツールをはじめ、まさに至れり尽くせりで、三日も滞在すると庶民気質の周子は却って飽きてしまうほどだった。
いつまで入院する予定なのかと、採血に来た看護師に訊ねれば、オーナーから一週間の入院を指定されています、という答えが返ってきた。
思わず周子は首を捻った。
「オーナー?警察病院にオーナーっているんですか?警察庁長官だとか、まさかですよね?」
看護師は大輪の花でも開くかのようににっこりとあでやかに微笑んで。
「こちらはたしかに警察病院ですが、少々特殊な事情がございまして、グランツ財閥からの寄付金で運営されていますから、まあつまりは私共は、当病院の筆頭理事であるグランツ家の若様をオーナーとお呼び申し上げておりまして」
―――ふうん、そんなこともあるんだ、警察病院に民間の寄付金が。
それにしても病院まるまるひとつだなんて、寄付の額もこれまた桁ハズレではなかろうか、世の中不思議、と周子は首を捻った。
グランツ財閥、といえば、誰もが知っている、ルドルフ・フォン・グランツという、海千山千の世界の金融王が君臨する大財閥である。節税対策のひとつであるにせよ、金のあるところにはあるもんだな、と周子は思いつつ、なぜその財閥の人間であるらしいオーナーとやらが、一刑事たる自分の入院日程を決めるのかがサッパリ分からなかった。
あまりにサービスが良かったので正直かなり覚悟はしていたものの、入院費用は掛からなかった。会計の担当者がわざわざ病室を訪れ、うやうやしく差し出してきた請求書の金額は、なんとゼロ円だったのである。
そして、なんとも不思議な説明を周子は受けた。ご丁寧にも、労働保険のほうから療養補償給付金と休業補償給付金が、そして警察の方から規定の医療給付金、見舞金とが支給されるのだという。
担当者はそれらを受領するための必要書類への周子のサインをもれなく確認し、にっこりと微笑んだ。
「もらえるものはもらっておくとよろしいかと存じます、年金でもなんでも、要は同じことでございます」
「…………は、はぁ」
―――なんなのこの根回し?
福利厚生だか法定制度だか、そんなものがあると聞かされてもいまいちピンとこない。制度的にも全く知らない仕組みであり、そこからお金がもらえるだなんて、思ってもみなかったのである。妙なお小遣いを握らされたようで、周子はどうにも腑に落ちない気分である。
まあなんとなく、当り障りなくうなずいて。
―――年金?
その言葉が妙に胸のどこかに引っかかりつつ、周子はその理由のわからぬままに礼を述べた。
一週間後に職場に復帰したときには、なんだかギャランが懐かしく思えるほど、精神的に回復している気がした。むしろ、よーし焼肉いくぞー!とかなんとか元気に張り切っているギャランが、ありがたいというか、側でどれほど騒いでいてもさほど気にならないというか、むしろ居ないとなんとなく物足りないというか、そんな感じで。
環境への順応性というのは恐ろしいものだと、ギャランから一週間ばかり離れてのち、初めて周子は知った。
課長アシューは、くれぐれも自宅から通勤するように、と周子に命じた。上司からのこの厳命、それはつまり、ギャランが周子の家から出て行ったことを意味しているのだと気付いたときには、なんともほっとしてありがたかった。
実際、署では相変わらずの”相棒”を主張してはいたが、勤務が終わるとサッパリしたもので、確かにギャランは周子の家には寄らなくなった。
周子は一人家に戻り、仏壇に位牌と遺影を据え。
ひとり静かに線香を手向けたものの……なんだか無性に、どういうわけかものすごく淋しく思った。ギャランを見るたび得体の知れぬ切なさが胸を締めるのに気付いたのは、それから数日後の事である。
(第17話へつづく)
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- 2005-05-31 07:01
- カテゴリ : タトパラ2/長編/連載中
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