Entries

[tog_p2_17]「トンで火に入る締切前日」/タトパラ2

「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第17話:「トンで火に入る締切前日」



「……なに?」
 カズマ宅。玄関の呼び鈴を鳴らすと、ものすごく不機嫌そうな表情のカズマが玄関に出てきた。
「あ、あれ?あのう、監視カメラとかがあるとか仰ってました……よ、ね?」
 あまりに不機嫌そうなカズマの表情が怖くて、周子は直視できずに目を泳がせつつ、しどろもどろにそう言ってしまう。
「……だから、何?」
 ―――そんなに機嫌が悪いならわざわざ自分で玄関まで出てこなければいいのにーッ!
 そう思いつつ、そんな言葉を吐ける雰囲気では到底ない。言えば殺される、むしろそんな雰囲気だった。
「は、ええーと。これを返しに伺ったんですが」
 なんで来てしまったんだろう、と早速後悔することしきりで、周子はたじろぎながらも手にした紙袋の中からカズマの白シャツを取り出し、差し出した。
「先日お借りしたシャツです、ありがとうございました」
 カズマはちら、とそれを見、ああ、とつまらなそうにうなずいた。
「捜査資料かと思った。そんなシャツならクリーニング屋の方から直接配達させればよいだろうに。現場の刑事は無駄足踏んでるヒマがあるんだな、全くいいご身分だな」
 いいご身分とはどっちだよ、負傷リタイヤ刑事、年金生活者のクセにー、とツッコみたい気持ちを抑えに抑えて、周子はとにもかくにもシャツをカズマに押し付けた。
「ち、ちゃんと洗っときましたから!ありがとうございました、じゃっ!」
「借りた衣類を洗って返すのはあたりまえの礼儀だろ」
 ―――えっ?でも、返さなくていいって……。
 周子は反論も出来ずに困惑してカズマを見た。
 偉そうに言うな、と一際冷たい口調でカズマは言い捨て、ふと、手の中のシャツに目を落とした。意外そうに周子を見上げる。
「自分で洗ったのか?」
「え?ええ、自宅で洗ってきました、が?アイロンもきっちりかけてありますし、ももも、文句ないですよね!?」
「……私は出入りのクリーニング屋しか使わないと知らないのか、仕上がりにはうるさいんだ」
「知るわけないじゃないですか!なんですか!変な金持ちぶったこと言わないで下さい」
 私が洗濯して悪かったですね!と、思わずカチンときた周子はそう叫んで。
「ああ、そうかギャラン刑事はそんなことをいちいち細かく教えてやれるほど気の利いた男ではなかったな」
 奴なら川で洗濯して持ってきそうだ、とカズマは一人うなずいて。目の前の周子をまるで無視するかのように、ほんのりと楽しそうに微笑んだ。
「またギャラン刑事のハナシですか」
「おっと、ヤキモチ?」
「ダレが!それはあなたでしょ!うわ、気持ち悪っ!」
 ぴく、とカズマは表情を歪めた。
「言うに事かいて言ってくれるな、きみは。だからそれは誤解だし、大体ホモだなんだとなんて口の悪い女なんだ。まあいい、今日は忙しいんだ、きみになぞ関わっているひまはない」
 ―――だったら玄関まで出てこなけりゃいいのに!
 カズマのあまりの言葉に周子は目を丸くして。
 そしたら借りたシャツだって、ポストにでも玄関先にでも置いてさっさと帰るのに、こんな嫌味を言われたりわけの分からない問答をする必要もないのに、と周子はぶつぶつ呟いた。
「コーヒーでも入れよう」
 不穏な申し出に、ひぃ、と周子が掠れた悲鳴を上げたときには、カズマはさっさと車椅子の向きを変え、玄関を離れている。
 ―――なんでコーヒーなんか!
「ドアを閉めろ、虫が入るだろ」
 拒むタイミングすら与えられず、周子は仕方なく玄関のドアを閉めた。

「ああ、美味しいです」
 思わずそう呟いてしまうほど、それは美味いコーヒーだった。たった一杯のコーヒーで先ほどの苛立ちは嘘のようにおさまった。
 美味しいもののもたらす効果は大きい、と周子は大仰にため息を吐いた。なんか騙されているような感じは否めないが、とにかく美味しいコーヒーだった。
 このメガネはこんな美味いコーヒーを毎日飲んでいるのだろうか、と思いつつ目の前のカズマを見れば、彼もまた先程までの不機嫌そうな表情を少しは緩めている。
「ちょうど原稿を書いているところでね」
 話は出来上がっているんだが、書くのが、面倒くさいんだよ、とカズマは車椅子の肘掛に肘をつくとふう、と深いため息をついた。
「そういえばカズマ特別補佐官はミステリー作家だと仰ってましたね」
 刑事をリタイヤすると私立探偵になるとか聞くが、ミステリー作家というのもあながちアリだな、と思いつつ、それにしてもソレを地で行くだなんて、なんだかまるで冗談みたい、と周子は、カズマの話を聞きながら何度か大人しく相槌を打った。
 ニ、三、話を聞くにつれ、どうやら、気晴らしというか息抜きというか、愚痴のひとつでもこぼす相手が欲しかったようである。大変に気難しくまた極端に人を選り好みする、と課長をはじめガーナ署の人間全員に言われているカズマ特別補佐官でもそんな相手が欲しいものなのか、と周子は意外に思った。案外可愛らしいところもあるのかもしれない。
「キーボードを打つだけでしょうに」
「だからそれが面倒でならないんだよ、分からない女だな」
 ―――前言撤回。この人、一言余計だ。全然可愛くない。
 周子はぶすっとする。
 カズマはそんな周子の表情は全く気にしないようで。
「ハナシも筋もトリックも完璧だ、百万部売る自信もある、だが、文字にするのが面倒なんだよ」
 周子はちょっと首を捻って。
「それは文才がないんじゃないんですか」
 カズマはびっくりしたように目をまん丸に見開いて周子を見た。
「よくそんな口が利けるな。あの書類を、内閣府に提出するぞ?」
「わぁ、まった、タンマ!」
 慌てて周子は立ち上がる。
「……っていうか、百万部って凄い強気ですね。ミステリーでそんなに売る作家いないですよ?……あ、一人、いるか。すごい有名なミステリー作家、私あの人のトリック好きなんですよねぇ、ハッとするっていうか、きっとすっごい頭がいいですよね。あ、いやいや、そんなことよりカズマ特別補佐官、あなたなんか全然売れてないんじゃないですか、カズマ・フォン・グランツなんて名前、聞いたことないし!あー、そだそだ!自称作家ってやつ!だっさー!」
「きみはそれでも刑事か。予断を許すな、先入観で物を語るな。私がその、このジャンルで唯一売れまくっている作家だよ。おそらくきみの頭の中のその作家が私だ」
 と、カズマは吐息まじりでそのベストセラー作家の名前を告げた。
「筆名だよ、私の」
「うえぇぇぇぇっ!?」
 思わずぽろりとコーヒーカップを取り落として。
「わあっ、あつ、熱い!」
 咄嗟にカズマが放って寄越したタオルで太もものあたりを押さえ、涙目でカズマを見下ろした。
「すすすいません、床、いま片付けます」
 片付けるヒマがあったらさっさとスカートを脱げ、とカズマは冷たく言う。
「早く冷やさないと痛むぞ」
「は、いや、大丈夫そうです、ちょっと赤くはなってますけど」
 カズマは周子の言葉にキッチンの方から何かを取り出して持ってくると、だん、とテーブルの上でそれを拳で叩いた。軽く振って。薬剤を混ぜると急速に冷えるタイプの冷却剤だったようだ。周子が大人しく受け取るとカズマは軽くうなずいて。少しは心配してくれたらしい、気の利く男だなと、周子が知れず微笑んだとき、
「ギャラン刑事ばりのナイスリアクションだな」
 と、カズマは感心したように呟いた。
 あくまでもギャランを引きずってくるその執着ぶりに周子は目を丸くした。
「またギャラン刑事ですか。ホントにお好きなんですね」
 思わず周子は口の端を下げたものの、一拍間を空けて、不敵に笑った。
「じゃ、それは、好評価って事ですね、ギャラン刑事を引き合いに出すとは」
「ほう」
 カズマは面白そうに目を細め周子を真正面から見る。
 ふ、ふふふふ、と二人顔を合わせて不敵に笑いあった。
 火花が散るとはこんな瞬間だろうか、と周子は思った。
 だが、カズマはおもむろに気分でも変えるかのように、周子のぐっしょりとコーヒーの染みをつけたスカートに目を落として言った。
「まあそれでは何だから、何か選んで着替えるといい。こないだの寝室、勝手に行ってクローゼットからなにか適当なのを見繕うといい。スラックス、適当に切っても構わないよ。私は足長いしな」
 だから一言多いです、と周子は内心思いつつ首を横に振る。
「結構です。お借りしたらまた洗って返さないといけませんし。洗濯の事でまた文句言われるくらいなら、このままこれを着ていたほうがまだマシです。まして、切ったりしたらあとで何言われるか!」
「切っていいと言っているのに」
「切った後が怖いんです、ご自分の発言けろりと反古になさいますから。すごい額の請求書とか、来そうです」
「火傷は本当に大丈夫か?」
 不意に話が逸れて。きょとんとしながらも周子はうなづいた。
「だったら好きにしろ」
 大人しく座って冷やしておけ、とカズマは言って、車椅子に座ったままで身を屈めると手づから床を拭いた。器用なものだった。
 これでもやっぱり案外優しいのかもしれない、と思いつつ、感謝の言葉を述べようとしたのだが、つい、
「綺麗好きなんですね、うわーほんと几帳面」
 そんな言葉が口からこぼれて。
 あ、しまった、と周子は思った。決してそんなことを言いたかったわけではないのだが、どこか持って回ったような、カズマ特有のヘンな言い回しが伝染ったかもしれない。
 カズマが信じられん、といったふうなうんざりした眼差しを返してきた。
「なんだか息抜きのつもりが却って疲れたな」
 片付けを済ませると、カズマは車椅子の肘掛に肘を立て、ふー、とこれ見よがしに息を吐いて。身体を傾げた姿勢で、まったりとした雰囲気をまといゆくその姿はなかなか色気のあるものだった。
 だがカズマが疲れたと言う真の理由はそれではない、気がかりなことに囚われているからだ。
「もう出来上がっているのに、まだ頭の中にあるんだ。毎回原稿を書くたびに思うのだが、これを文字に移植するのが実に面倒くさい。頭に思ったままに外部の媒体に出力されればどれほどいいことかと、正直思うよ」
 周子は唇を尖らせた。
「だったら電極差せばいいじゃないですか、脳みそに、ざくって!そしたら考えてること、だーって出せるんじゃないですか?頭いいんですからそのくらいの装置作れるんじゃないですか?」
「本当にそうしたいところだな」
 カズマは面白そうに微笑んで。
「試作機を作るから、テスターになるかい?」
「いやです」
「だったら自分の手に負えない提案はするな」
 ―――手厳しい。
 この口、ああいえばこういう。こんなのを相手にしていると、まるでこちらの神経がささくれ立つというか擦り切れるというか。いっそ、言葉はぞんざいだがまるで裏表のないギャラン刑事の方との会話のほうが恋しくなる、と周子は思った。
 ―――恋しくなる!?
 キラッキラの金髪が脳裏に浮かんだ。
 ―――あのギャラン刑事とは、いろいろと面倒な感じのことがあるとはいえ、少なくとも、こんなにとげとげした会話をしなくて済むのだ。そうだ、署に行こう。こんなところで油を売るわけには行かない。そもそも出勤途中だったのだ。
「ごちそう様でした」
 唐突に会話を切り上げようとする周子に、ん?とカズマが心外そうに目線を上げた。
「今日は朝から現場検証で……ギャラン刑事が、あ。まずい……」
 周子はまずいと思ったが、先程からちらちらと脳裏をうろついていたギャランの、その名がついうっかり口をついて出てしまった以上誤魔化すわけにはいかないと知る。周子にしてみれば、目の前のこのメガネの男は、こと、ギャランについては異様に執着を示す筋金入りの変態なのだ。それ以上でもそれ以下でもない。カズマの紫の目に無言で促され、周子は渋々言葉を続けた。
「ギャラン刑事が署で待っているはずです。今日は一緒に現場入りする予定でしたから」
「そこでだ」
「は?」
「私が口で言うからきみは書記、いいね、そういえばちょうどいいところへ来てくれたよ」
 ―――聞いてないし。
 周子は思わず両眉を下げた。
「駄目です。これから勤務ですから。出勤途中ですもん、あっ、そろそろ行かないと遅刻です、まずい。じゃっ!」
「補佐官の補佐も勤務のうちだ。課長には私から一本電話を入れておく」
「補佐官に補佐が必要だとは思いません、小説を書くのを手伝うだなんて、それこそまさに職権濫用じゃないですか。もうみんなして職権濫用、国家警察、天下の公僕の腐敗はここまで進んで……そ、そだ!出版社の方とかに来てもらえばいいじゃないですか!大体、警察の仕事と執筆の仕事と、混同させないで下さい、なんで私がそんなの手伝わなくちゃならないんです」
「そもそも混同させているのは警察の方だ、私はリタイヤした刑事だぞ、本業は作家だ、それをしつこくしつこく捜査協力といっては借り出してくるのは、警察側だ」
 文句なら警察に言え、とカズマは憮然とそう返して。そして、真顔で言った。
「気を遣わない相手のほうがいい」
「気?気ですか?あなたはそんなもの誰にもお遣いにならないと思いますが。むしろ補佐官は、相手の方のほうに気を使わせるのが仕事なくらいに思ってるんじゃないんですか」
 周子は思い切り眉を顰めてそう言い、対するカズマはそんな周子の言葉が珍しいのか、また一度紫の瞳を見開いた。
 まあいい、カズマはそう言い捨てるとおもむろに受話器を取り署への電話をかけた。コール音を聞きながら、捜査一課の課長へのホットラインだ、と周子に告げる。
「ああ、課長?…………それで、周子刑事だが……」
 特段挨拶も前振りもなくそう言いかけて、カズマは思いっきり顔を顰めて受話器を放した。
「周子刑事だと!てんめー、なにやってる!」
 耳から腕のリーチ一杯に引き離した受話器から、聞きなれた怒声がものすごい勢いでがなり立てた。
 ギャラン刑事の声である。
 どうやら力づくで課長の電話を奪い取ったらしい。
 わー、やめてくれギャラン刑事ィ〜、と課長アシューの悲鳴が受話器の向こうから聞こえてくる。きっとさぞ足蹴にされているのだろうと周子はその光景を思い浮かべた。
 さすがのカズマも、ギャラン刑事のその勢いまでは予想していなかったらしく、耳の穴を押さえると、待ち構えていたのか?と不快そうに呟いた。
「上司への直通電話を奪うとは何事だ、規則違反だぞ、ギャラン刑事」
「うるせー!こっちは周子刑事を探してあっちこっち走り回ってたんだぞ!お前が犯人か!誘拐か!」
 失礼な、とカズマは唸った。
 ―――あ。
 一瞬、不穏に輝いた紫の瞳を間近に見て、周子はまずい、と思ったが、もう既に遅い。
「周子刑事は、自分の意思で私の自宅へ来たんだよ?」
 周子はがっくりと肩を落とした。
 ―――あんまりだ。みもふたもない。わざわざギャラン刑事にそんなことを言わなくても。
 仕方なく、割って入る。
「語弊です、カズマ特別補佐官」
「いささかも事実を曲げた覚えはないが?」
 カズマはしれっとして微笑む。なかなか良い笑顔だった。
「捻り倒されてる気がしますよ、カズマ特別補佐官」
「やっぱそこにいるのかッ!周子ちゃん!拉致か!拉致されたんだな!カズマ、お前こないだからコッチ、えらくおっかしいぞ。よりによっておれの周子ちゃんにちょっかいかけるな!どーゆーつもりだ!お前も熊田熊雄とルイトモか!」
「ドコが!貴様の方がはるかに事実を曲解しているな」
「んなこたぁどうでもいい!迎えに行く!いよっし!五分で行く!」
「ここは署から車で四十分かかるぞ。時空を超える気か貴様」
 そう言ってから、カズマはいや、超えそうだな、とひとりぼそりと呟いた。そして、やはりちょっと微笑んだ。時計を見上げ、すぐさま時間の確認をしたらしい。十中八、九、カズマの内部ではカウントダウンが始まったに違いない。
 カズマ特別補佐官はギャラン刑事という人間をいったい何だと思ってるんだろう、と周子は、カズマがギャランを装甲車並のパワーと評価しているその事実に、深いため息をひとつ吐いた。
 ―――そんなにギャラン刑事が好きなら、勝手にやって欲しい、私を巻き込んでナニが楽しいって言うの?
 落ち込んだような表情の周子をまるで無視して、ああ、しかしだな、とカズマはぶっきらぼうな声で畳み掛けるように言葉を切り出し、
「きょ……」
 今日は周子刑事はそっちへはやらない、そう言い掛けたものの、そのカズマの言葉をギャラン刑事が力づくでねじ伏せた。受話器から派手にこぼれ出るその声は、それは実に威勢のいい、男らしい声だった。
「これから現場検証だぞ!手が必要なんだ!」
 おれたちには現場の仕事がある、とギャランは断言した。スパッとした、いい言葉だった。その言葉に思わず周子はほっとして。
 そんな周子の表情をカズマは見逃さなかった。
「お前が緻密に現場検証するなど聞いたことないぞ?むしろ現場荒らしだと鑑識からクレームが入るじゃないか」
「うっせ!とにかく、現場の場数を踏むのは最大の教育だ、新人教育ってのもおれの仕事なんだよ!」
「ふうん、お前は相変わらず仕事熱心だな、それだけは本当にお前のとりえだな。だが……その新人とやらがひげのおっさんでもそうだろうかどうだろうか」
「だー!うるせー!おれは現場の人間だぞ!現場の事でお前に指図も邪魔もされる覚えはねぇ、口出しするな!」
 いつになくギャラン刑事の言葉はしっかりしている。
 勢い勝負なところはあるが、大変に筋の通ったサッパリした気性の男なのだ。問題も確かに多いものの、一緒にいて分かりやすい、過ごしやすい男なのだ。
 特に刑事としての仕事に関してはやりすぎなくらい、熱心で。一緒に働くには身体はハードだが、カズマを相手にするよりもはるかに精神的に楽だと周子は思う。
 なんだかそんなギャラン刑事の電話の向こうの威勢の良い口調がほほえましくて。ありがたくて。
 周子がそう思って微かに微笑んでいると。
 カズマの眼差しとぶつかった。こちらを注視していたらしい。
「うん。お前の言うことは正しいな、刑事たるもの確かに現場は大切だ」
 めずらしくカズマは折れた。
 周子はびっくりしてカズマを見る。
 ―――この人、ギャラン刑事には折れるの?絶対誰にも折れないと思っていたのに?
 じゃ、とにっこりと微笑んで、カズマは電話を切るでもなく、通話状態のままテーブルの上に置いた。
「おい、カズマ、おいなんだ?切ってないんだろ?おーい、いるのかー?聞いてるのかー?」
 受話器の向こうから、ギャラン刑事の声が聞こえた。目の前で腕組みをして沈黙しているカズマ、その名を呼ぶギャランの声がなんだかいたたまれず、思わず周子はその声に答えた。
「ギャラン刑事、あの、ご心配なさらず。とにかくこれから署に行きますから。ち、遅刻はそのう、ええっと課長に上手く言っといてください」
「ん?んああ、お、おうまかしとけ、生理痛にしとくか!気をつけてさっさと来い。赤色灯つけろ、ぶっ飛ばせ」
「普通の単車ですって。私物です。しかもセクハラ入ってます!」
「いよっし、今度整備課から赤色灯をもらってやる!つけてやるぞ!」
「それは違法改造です」
 あくまでも私物ですから、と周子は笑った。
 それより現場に直行した方がいいですか、とかなんとか刑事らしい先輩と後輩の会話をいくつか重ねて。
 ふうん、とカズマはつまらなそうに唸った。
 そして、周子に言った。わざと、受話器が拾うに十分な大きさの声で。
「では、夜に来てもらうよ。仕事が終わったらね」
「え?」
「なんだと!カズマ!」
「現場を優先してやるんだ、お前に文句はなかろう」
 ―――ああそうか、この人これがやりたかったんだ
 周子は目を点にして、目の前のカズマを見た。見れば、有無を言わせぬ不敵な笑みを浮かべている。
「周子刑事、今夜一晩たっぷり存分に付き合ってもらうよ、覚悟しておくんだな」
 ―――この人、これが言いたかったんだ、しかも、ギャラン刑事に、わざと思わせぶりに!たっぷり一晩だなんて、わざとそんな意味深な言葉を選択するあたり、多分にギャラン刑事を刺激している。つまりはギャラン刑事の反応を楽しんで……ギャラン刑事を弄ぶのに一体ドコまで情熱を注ぐというのだろうか、この男。
 さすがに周子は目を半開きにしてうめいた。
「とんだ変態ですね、カズマ特別補佐官」
「聞いたかギャラン刑事、彼女は少々アブノーマルなのがお好みだそうだ」
「わあっ、何てこと言うんですか、カズマ特別補佐官!」
 カズマは周子の平手をひょいとかわして。
「というわけだから、彼女はこれからすぐ向かわせる。単車で来ているそうだから迎えは要らない、さすがに五分では無理だがな!それからもっとまっとうな言い訳を考えてやれ、新人さんだぞ、セクハラは禁止だ、市民オンブズマンがうるさいからな!」
「あっ、おい、おい待て、カズマっ……カ」
 こう一方的に言ってカズマは受話器の通話ボタンを切った。
「嫌です」
 周子は真顔で首を横に振った。
「ほう、言ったな。私が原稿を落としてもいいんだな?」
「だからそれはあなたの問題でしょうに!」
 カズマは微笑んでいる。
「ギャラン刑事の事だ、仕事は終わらんとか何とか理由をこじつけては絶対にきみを手離そうとしないだろう。だが、その残業も、夜九時になったら署に電話を入れる、署からの無線連絡を無視すればまた始末書だぞ。上層部からの無線で新人を過労死させる気かと一言言わせれば、ギャラン刑事はともかく、周囲は黙っていられないだろう。きみは晴れてこちらへ向かうことができるということだ。言っておくが逃げても無駄だ、衛星で追跡する」
「ななな、何でそんなことまでするんですか!」
 カズマは目を剥いた。
 驚いたように周子を見る。
「まさかきみは本気で私に原稿を落とさせようというのか?締め切りは明日だぞ?」
 まじで原稿のハナシですか!?と思わず周子はのけぞった。
「ど、ドコまで本気なんですか?」
「どこもだよ」
「ギャラン刑事に来て貰えばいいじゃないですか、大好きなギャラン刑事に」
「きみもバカか?奴に書記がつとまるはずがないだろう、あんな筋肉バカ。少しは考えろ」
 うぐ、と周子は言葉に詰まった。
「しゅっ、出版社の方に〜……あっちはプロですし!そうだそうだ、そーゆーのだってきっと上手いはずです」
「また話をぐるりと戻すつもりか、時間の無駄だ。気を遣うのはいやだと、何度も同じ事を言わせるな」
 カズマはキッパリと言い捨てた。
「原稿が上がるかどうかは私の問題ではない。私の中では作品は出来上がっているんだ。書記のきみがまっとうに務め上げるかどうか、原稿が上がるか否かはただそれだけにかかっている、きみの責任は重大だ」
 周子はぶんぶんと大きく頭を振った。
「文字にしてこそ作家の仕事です!そこまでが仕事です!遠足行ったことないんですか!おうちに帰るまでですよ!最後まで気を抜かずにやるのがプロです!何が頭の中ですか!偉そうに!じゃあいい加減、一文字も書きあがってないと認めたらどうです!」
「ほほう、ものすごい勢いだな。職業作家と遠足とどういうつながりがあるのか聞かせて欲しいところだ、きみの論理は支離滅裂だ、稚拙極まりない」
 カズマは柳に風、といったふうで。
 その表情はいたって涼しげである。
 周子は思わず拳を握って身を震わせた。
「とんだ屁理屈です!カズマ特別補佐官!」
 叩き付けるようにそうは言ってみるものの、帰れ、さもないとギャラン刑事に襲撃される、屋敷の修理代だってバカにならんのだぞ、きみが修理代を持つか?と一方的な論理でねじ伏せられ。
 カズマに腕をつかまれ、存外の力でぐいぐいと車椅子に引きずられて。
「なんて力ですか、痛いです!鬼!くくく、車椅子のくせにィー!なにこの力!」
 そう叫んで激しく抵抗するものの。
 玄関からぽい、と投げ出されて。
「こ、この無能作家ーっ!」
 思わず周子は玄関ドアを叩いて怒鳴ったが、聞こえたのはカチャリ、というサッパリしたドアの施錠音だけだった。

 怒りに任せてスロットルを全開にする、周子のバイクが勢いよく上げる爆炎を窓の向こうに見送って。
 カズマは抵抗する周子につかまれてしわくちゃになった自分のシャツに目を落とし、たちまちうんざりした。見れば胸元のボタンまで引きちぎられている。
「力なら、向こうもなかなかじゃないか」
 全く、と呟いて。
 おもむろにそのシャツを脱ぎ捨てると、ふと目に入った、居間のテーブルに放ったままの白シャツ、周子が先ほど持ってきたその白シャツを手にとった。まあこれでもいいか、と呟いて何の気なしに着替えようとしたのだが。
「ん?」
 ふと、なんともいえぬいい香りがして。
 それは、いつものクリーニング屋から戻ってくる自分の衣類にはない匂いで。
 ああそこらへんのドラッグストアで売っている安い洗剤の匂いだな、とすぐに納得はしたものの。
 カズマはそのシャツに袖を通して、ややしばらくしてからどうにも腑に落ちぬ様子で首を捻った。
「……落ち着かないな?」
 その、胸をちくりと揺さぶる感覚がなんなのか、カズマには知る由もない。なんとなく息苦しいような気がして、自分を抱きしめるかのようにきゅっと一度、腕組みをした。


(第18話へつづく)
(目次へ戻る)

Appendix

最近のエントリ

過去の記事タイトル一覧 はこちらから

ブログ内検索

QRコード

QRコード

小説「タトゥー・オブ・ギャラン」も読めるよ!
http://klimit.blog7.fc2.com/

最近のブクマ byコハ

    Read more...on koharitoのブックマーク