コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
初めての方へ | 絵板 | RSS![]()
Entries
「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第19話:「ルチン万歳」
「おれは粗茶でいい、気を使うな、気を」
「お呼ばれする側の人が粗茶なんて言っちゃもうすでになんだかお呼ばれ失格です」
もしもしっぽがあれば、ちぎれんばかりにぶんぶんと振りまくっているだろう、ギャランは周子のすぐ後ろに立ってこの上なく上機嫌だ。
「おれは課長にがっつりと怒られて以来、お前が招いてくれないとお家に入れてもらえないと心に決めた」
「……普通はそうです」
心に決めるも何も、と周子はさっそく後悔しつつ、ハンドバッグの中からキーケースを探り当てた。
「さっきは周子ちゃんが誘ってくれたんだ、おれは聞き間違えちゃいねぇ、武士に二言はないだろ?」
「……武士じゃないですから」
―――ああもう、なんでお茶なんて言っちゃったんだろ
まったくいつもの調子のギャランの珍妙な言葉の数々に周子は深くため息を吐いた。
―――黙ってさえいれば、この男……
周子はトゲのある文句のひとつでも言おうかとくるりと振り返り、ギャランを見上げた。
ん?と悪気の欠片も無いその上機嫌な眼差しに周子はたちまち毒気を抜かれて。なんと飾り気のない素直でよい男なんだろう、と思った途端、また胸がどきんと鳴った。
この数ヶ月で毎日毎日ギャランに繰り返し言われつづけた言葉の数々が急に現実味を帯びて感じられた気がした。
たちまちに赤面して周子は慌ててギャランに背を向けると、鍵穴にキーを差し込む。
「ととと、とにかくお茶ですから。何茶がいいですか、そうでした、だったん蕎麦茶なんていうレアなのもありますよ……えええっと、そう、お向かいのおばちゃんにいただいたんでした、おばちゃん、ルチンにはまって……血圧にいいとかなんとかで。去年旦那さんが脳梗塞で倒れて……ええ軽く済んでよかったんですが、もともと高血圧で、だからだったん蕎麦がいいんだって、それ以来ずっと、だったん蕎麦って苦蕎麦っていって普通のお蕎麦の四百だか五百倍だかルチンを含んでいて、とかってええとそのおばちゃんが……中国の内モンゴル地方に住むタタール人が……」
―――って、いったい何言ってんだか、私。
周子は、自分の明らかな動揺ぶりを、どこか奇妙な高みからやけに冷静な気持ちで眺めているようで。幽体離脱かこれは、と一人内心ツッコんで、はあ、と肩を落とした。
「お茶を飲んだらどうか気をつけて帰ってくださいね……って、え?」
玄関ドアの鍵を開けたところで、不意に後ろから抱きすくめられて。
―――え?
と思ったときには身体を反転させられ、口づけられている。
「ちょっ……!?ギャラン刑事っ?」
「好き」
「え?えええっ!?」
驚きの声を上げるトコロをまたふさがれて。
玄関のドアに背中を押し付けられて逃げ場もないままに何度もキスをされる。
「ふわあ、待って待ってください、ご近所さんに見られたらどうするんですかーっ!私ここには赤ちゃんのときから住んでるんです、口さがないご近所のおばちゃん方に周子ちゃんも大人になったのねとか言われて笑われるこっちの身にもなってください、冗談は勘弁してください」
「どえらく本気だ」
矢継ぎ早に文句を言ってキスを拒む周子の手をあっさりと押さえてギャランは青い瞳でぐっと踏み込むように周子の目を覗き込んだ。素早くまたその唇を奪って。
ギャランは玄関のドアを開けると、周子ともども自分の身体もドアの向こうに押し込んだ。
「あっ、えっ?ちょ、ちょっと待ってください」
慌てふためく周子のすれていない感じがこれまた可愛くて、ギャランはたちまちのうちに何度もキスをする。
抱きしめられ熱い言葉で囁かれあまつさえ耳元や首筋に口づけを落とされて周子は身を硬くする。
「ここここれって俗に言う送り狼ですか」
はじめてみました、とでも続きそうなそんな子供みたいな言葉に思わずギャランは笑って。
ギャランはそのまま周子の腕を掴んで勝手に家の中に上がりこむ。
「ちょ、ちょちょちょっと!?」
居間に入るやじゅうたんの上に押し倒されて。
「だめです、やめてください、ギャラン刑事っ!」
「だめ?」
「ダメですダメ!」
周子のキッパリした拒絶にううーん、とギャランが子犬のように唸った。
「反省なさってるんですよね?無理矢理とかナシだって、約束してますよね?」
「ああ」
バツの悪そうにギャランが金髪を掻いて身を起こした。
ああ、びっくりした、と頭を振り振り周子も身体を起こす。
「そうだ、おれは約束してる、お前を抱くときはお前がおれにがっつり惚れてからだって」
「ええそうです、御自身でそう仰ってました」
「じゃ、エンリョナク……」
「怒りますよ?」
どすの利いた声で返されて、ギャランはビクリと身を竦めると、たちまちしゅんとした。
「課長にも約束した。勝手にお前の家には上がらないって」
「ええそうです」
課長は自分の部下にストーカー規制法適用ですか、と内心思いつつ、周子はキッパリとうなずいた。ギャランもうなずいて。
「そんなわけでいまおれはお前のお家にお邪魔してる。お前が入っていいって言ったからだ」
その言葉に、周子は、ん?と首を傾げて。少し態度を和らげた。
「え、ええ、それはまあ……お茶でも……せっかくですから」
「せっかくだからお前の中にも入りたい……あたっ!」
「出てってください!こんのエロ刑事!」
「うわあ、ごめ、ごめんて!悪かった!」
たちまち周子にぼかすかと蹴られて殴られて、ギャランは悲鳴を上げた。
まったく油断も隙もない、とぷりぷり怒りながら周子はお茶を淹れて。
ギャランは和室の畳の上に足を投げ出し、座卓に肘をついてふてくされたようなカオをしている。
「だってお前隙だらけ、誘ってんのかと思うくらい……」
「黙ってお茶を飲む、飲んだら帰る!」
「……だからごめんて。そんなに怒るなよ。周子ちゃんがダメって言うなら、そりゃあもうおれは絶対、ぜーったい、なんもしないから」
「………………」
周子はお茶をすすって、じろりとギャランを睨んだ。
「なんだか私、肉食獣に睨まれてる気分です」
「睨んでんのはお前なのになあ」
ギャランは困ったように笑ってお茶をすすった。
「全くお前、なんでそんな感じなの?さっきからさ?じーっと人のこと見つめてるかと思いきや、赤くなってみたり。そらちったあ気があるんじゃないかと、今日なんか電波飛びまくりで?おれはけっこーそー踏んでるんだけど」
「ありません」
そうきっぱりと言いながら、周子はお茶受けの羊羹が上手く摘めずにざくざくと幾度も幾度も竹楊枝を突き刺した。
―――だめだ、動揺してる。っていうかなんでそんなにカンが鋭いのーっ。
「手でつかんで喰えば?」
「ううっ」
もう要らない、と言って周子はぱちん、と音を立てて竹楊枝を置いた。
なんだかギャランは妙に余裕たっぷりな雰囲気で微笑んで、そんな周子の様子を眺めている。
―――どうしよう、なんだかこう、奇妙な力場のような……?
たしかに、と周子は思う、かなりギャランの存在を身近に感じると。
でもそれは物理的な……例えばひとつのゲージの中にオスとメスのハムスターを入れておけばそのうち赤ちゃんハムスターが沢山転がり出てくるようなもので……ああいや、さすがに赤ちゃんハムスターは喩えが違うか、それにしても知り合って数ヶ月、好きだ何だと繰り返し繰り返ししつこく口説かれれば、そして、直球な彼の性格の良さを知れば知るほど、そりゃ多少はこう、ぐっとこないわけでもないような感じで……。
ただ、まだ自分でもそうはっきりとは分からないそのドキドキする感覚を、一気に押し流されてしまうようで周子は怖かった。
ギャランの声は上機嫌である。
「だったん蕎麦茶?案外うまいなー」
「おかわりはありませんから」
「出がらしでいい、でがらしで」
周子の牽制も全く効かないようである。
「い、居座る気ですか」
たちまち不安そうに周子が呟いた。
ばーっか、泣くなよ、おれはお前の嫌がることはしない、お茶を飲んだら帰るから、とギャランが柔らかい声を出した。
ギャランがそう言うのならそうなのだろうと、周子は素直にうなずいて。
気を落ち着けようと、再びお茶をすすった。
そこへ何を思ったか、ギャランが身を乗り出して聞いてくる。
「で?ルチンって何のチン?」
「ぶーっ!!」
思わず周子はお茶を噴き出して。
「なななな!何言ってるんデスカー!」
タンッ!と見事な音を響かせて湯のみの糸尻を座卓に叩き付けて。だが、ギャランは大真面目な表情である。
「ルチンって、胃に効く?」
「へ?」
周子は振り下ろそうとして握った拳を空中でぴたりと止めて、何度も目をしばたたせた。
「健康にイインダロ?蕎麦のルチンって。胃に効く?」
「は、ええーと。動脈硬化やガン予防、血液サラサラにいいって向かいのおばちゃんが言ってましたけど……?」
ああ、そう、とギャランは真面目な表情でうなづいた。そして自分の胃のあたりを撫でさすって。じゃあだめじゃん、と苦笑した。
「ゆうべは胃に穴があくかと思った」
「うええっ!?」
「なんだその声は」
「は、いや、まず絶対ありえない言葉が出てきたと思って、胃?胃ですか?ギャラン刑事、ギャラン刑事、嘘は良くないですよいくらなんでもあなたそりゃ」
「お前はおれを誤解している」
ギャランはキッパリと言った。
「おれはお前がカズマと二人きりになると思うと、そりゃあもう胃がキリキリして」
「ええっと、そりゃ確かに、胃っていうのはストレスとか心配とかがかさむと痛むものですが。なんか落ちてるものとか食べたんじゃないですか?もう夏ですからねぇ、食中毒だとか、ええ、心配ですね?」
「おう、そうだ、心配、どのつく心配。心配って、そりゃお前がカズマにヤラれるんじゃないかと思うとおれは心配で、おれはもう昨夜はそればっか……あべしっ!」
「結局そんな話ばっかですか!んもう、いやです!エッチ!」
鋭いパンチを顔面に一発喰らって。
それでもギャランは食い下がってくる。
「おれはお前が好きで心配で」
「なにもご心配は無用ですから。ですから、昨夜は執筆のお手伝いを。うわあ、どうしよう、また昨夜の恐ろしいひと時を思い出してきました。ほ、北斗の拳よりも激しいストロークを要求されたんです、ああ、もう、死ぬかと思いました、あんな速さで口から小説を吐くだなんて、あ、アノ人の頭の中は一体どうなってるんですかね……あ、でも、たしかにラストのトリック解きはすごく面白かったですけど……いや、いやいやいや、そんなのに騙されちゃだめだ、今度はビルの工事現場に身売りさせられちゃう!」
身売り……ギャランはショックを受けたように口元を押さえた。
「お前だけは、誰がなんと言っても、たとえカズマが欲しいって言っても、やらん」
「なんか絶妙に前提が間違ってる気がしますよ?よりによってカズマ特別補佐官ですか」
はー、ないない、と周子は軽薄に手をヒラヒラと振った。
ギャランがきゅん、と小さく鳴いて眉を寄せた。
「お前のそのまるで気のない様子がおれには何よりのカンフル剤だ」
「カンフル?カンフル剤と言うのは用法がまるで違います!」
元気付けてどうするのよ、となんだかまた下ネタに走りそうなその言葉の印象に警戒しつつ、周子は即座に否定した。
「ギャラン刑事はなんでいつもそんなにストレートなんですか。そんな勢いでいつも女の人を口説いて回ってるんですか、んもう、ほんと、誰もかれもがオチると思ったら大間違いですよ」
「だからお前はおれを誤解してる」
ギャランはそう言って羊羹を一切れ、周子の口の前に差し出した。周子がぱくりと食べると、やっぱし喰いたかったんだろ、とでも言いたげに満足げに微笑んだ。
「後にも先にもお前一人だ」
んんっ!と周子は思わず羊羹を喉に詰まらせた。慌ててお茶を飲む。
「おれはお前が欲しいし、もしお前が手に入らないんなら、んもうほかに女なんていらん」
羊羹で死ぬなよー?と笑ってギャランは優しく周子の背をさすった。
「早いもん勝ち、って言うか。なーんか、お前のその素な感じがすっげー心もとない。おれ以外の男に口説かれてあっさりオチちまうようで」
「って、もうダレも口説きませんから。そんな命知らず、いたらそれこそ顔を拝みたいものですね!こないだのSATの方だって、なにもあんなにコテンパンにやっつけなくても。ガーナ署の刑事ばかりか機動隊員まで、なんでもかんでも片っ端から伸してしまって、んもうだーれも怖くて手出しできませんから」
周子は白々とそう切返すも、ギャラン刑事はとにかく圧倒的に強かった、と思うと、なんだかまたドキドキしてきてしまって。
周子は頬が紅潮してしまうようで、わたわたとうつむいた。
「だから今のうちに、なんとかお前をオトそうと、おれは躍起になってる」
ふと視線を上げればギャランの青い瞳がすぐ間近で。
優しくキスされて周子はびくりと身体を小さく震わせた。
「だからお前のどんな小さな変化でもすっかりお見通し」
なんだかものすごく甘い囁きが耳に吹き込まれたかと思うと、頬に耳元に首筋に鎖骨に、あっという間にあちこちにキスを落とされて。
「あ、あのっ、ちょ、ちょとちょとちょと!」
「お前がこう、ぐらりと揺れる瞬間を今日何度も見た」
「ゆゆゆ、揺れっ!?」
「強情さんだな、白状しろよ、ちったあおれにラブだろ」
「へ?いや、ちょ、ちょっとまってー!んんっ」
真っ赤になってその胸板を押すも、たちまちに強く腕を引かれて深く口づけられて。
そのまま畳に押し倒された。
何度も何度もキスをされて熱い言葉で囁かれて。いつの間にか脱がされて。
「これは同意だよな?同意以外の何物でもないな?そんなとろんとした目ぇしちゃって」
「た、ただの酸欠です」
そうは言ってはみるものの、ただひたすらに好きだとかき口説かれて、その真摯な眼差しに周子は正直、すっかりまいってしまった。
ギャランがシャツを脱いだ。覆い被さるようにして抱きしめてくるギャランの素肌に触れる、触れたとたんにしっとりと馴染むようで、肌を合わせたその不思議な感覚に周子は酔った。
声にならぬ深い吐息をギャランは吐いた。
最後のショーツすら下ろされかけて。ためらいなく引き下ろそうとするギャランの指をどうにかこうにか周子は拒む。
ギャランの青い瞳がせがむように周子を責める。
「おれは本気だ、お前と結婚する」
「何言ってるんですか!」
「こんなことする責任もとる」
「だから何言い出して……け、結婚なんて早すぎです……っていうかこここんな、こんな事だってなんでこんな急にこんな展開に」
ギャランはその黒目をしっかりと捉えて覗き込む。
「おれのこと、嫌い?」
さっ、と走ったためらいの色をギャランは見逃さない。嫌いじゃないときた、とギャランは真顔で呟いた。すんげードキドキする、とギャランは痺れるような甘い深い吐息を吐いて金髪を周子に擦り付ける。
「おれは一目見たときからお前にぞっこんだったぞ、大撃墜だ」
触れるその肌のなんと滑らかなことか。
いまだ知らぬ他人の肌に、周子は不思議とぞくぞくするような、なんとも抗い難い魅力を感じて。周子の戸惑いを一気に押し流すかのように、ギャランは熱い言葉で何度も好きだとかき口説いた。
―――ああ、もう、好きかも!
そう認めてしまえばあとはもう、流されるがままだった。
肌のあちこちにくまなくキスを落とされて、力が抜けていく。あまつさえ、上にのしかかるギャラン刑事の背中に腕を回して。
でも、と周子は強く思った。
「は、初めてがこんなんじゃ嫌なんですー!」
「は?」
ギャランが目を丸くした。
「ばかおまえ幾つになったと思ってるんだ、セックスぐらいするだろうが」
「だ、だって!そんなーっ、ギャラン刑事、なんだかすっごく失礼です!」
ギャランはそれでも執拗に周子のショーツを下げようとする。
「まってまってまってってば!」
「んなもん、ヤればわかる、それにダレだって最初はハジメテ……」
そう言いかけてギャランは、んんう?と奇妙な声を上げた。
「お前、まじでおれが初めてか」
「わー、なんてこと言い出すんですかー!」
真っ赤になって周子はがばりと身を起こす。
ぶんぶんと頭を振って。
「むむむむむりですできませんやっぱこんなこんなこんな強引に無理です」
ギャランはしばしびっくりしたように周子を見ていたが、大慌てで身を翻して部屋を出て行こうとするその腕を掴んで再び押し倒した。
「おれだって初めてだ」
「へ?」
「周子ちゃんとするのは初めてだ」
そ、そりゃそうでしょうよ!と周子はぱちん、とその金髪を叩いた。
「すげぇ大事にするから」
優しく優しく口づけされ。
何度も何度も優しくキスしてくる、むしろ必至ですがりついてくるようなまっすぐなその情熱に、周子はちらとも抗える気がしなかった。こんな深い情を示されてそれでもなお振りほどくことができるとすれば、それはもう本当に、人としてありえない、そんな気さえしてしまった。
自然と身体の力が抜けていく。
ギャランが甘えるように鼻を鳴らして掏りついてくる。
「優しくするから」
甘く甘く囁かれ。
頭の芯が痺れてしまうようなその感覚に周子はたちまちまいってしまった。ギャランと肌を合わせた途端、まるで自分の中のなにか知らないものが呼び覚まされたみたいで周子はそこに御しきれぬなにかがいるようで、不安になった。
「ほ、ほら、お風呂とか」
「風呂?」
「だって……っ」
周子は涙目になってギャランを睨んだ。
「だだだってはじめてなんですよ?こんなのいやですこんなこんな強引に畳の上とかお風呂ナシとか、私、汗だってかいてますし、な、なんかそんなのってひどいです、だってだって、き、汚いし?」
「汚いもんかセックスってのはこーゆーもんだ」
決して拒んでいるわけではないと、確かに感じる周子の身体の手応えにギャランはじりじりして。
「だって、お布団がいいですー。そそそれに電気、電気消してください」
「あー、いらんいらん、んなもん、なんもせんでいい!」
ギャランはきっぱりと首を横に振った。
キスを落とせば困ったように身をのけぞらせるその仕草が可愛くて愛しくて。
とにかくここで手を離すわけには行かないとギャランの男としての本性がシビアに周子を組み敷いた。
「ゆ、ゆめとかきぼうとか……」
ん?とギャランは口づけを落としながら自分の大好きなキーワードが周子の口から漏れるのを聞いて。
「こ、こんなのって、ないです」
「………………」
あこがれとかだってないワケじゃないですし、と呟く周子が、自分に組み敷かれたその下で、ますます涙ぐんできているのを見て。
ギャランはつい、あ、とずいぶんと間の抜けた声を出してしまった。胸の下で周子がたちまちぼろぼろと涙を溢れさせるのを見た。
「ギャラン刑事は私のゆめもきぼうもあこがれも踏みにじってます、それで正義のヒーローですか。私はお風呂も入らないでこんなのなんて嫌です、だってはじめてなんですよ!あんまりです!」
「……あ。あーそのー……あれか。ちょっとそのう、すごうく、怒ってた、り……」
ギャランはその涙にこれまでにないほどに強い衝撃を喰らって、う、と自分の胸を押さえてた。ものすごい罪の意識と、でもどうしても欲しい、今すぐ欲しいとそんな葛藤が胸を打つ。
「怒ってはいないですけど」
ギャランはぴっ、と人差し指を立てた。ああ良かったと笑って。
「じゃ、嬉し涙……」
「ああもう!本気で怒りますよ!ギャラン刑事っ!」
ぞんさいにごしごしと目を擦る周子のその仕草は、やはり明らかに泣いているんだと知ってギャランは激しく動揺した。
ギャランは跳ね起きて正座した。
「ととととにかく!」
おあずけを喰らった犬のように情けない顔をして。
「おおおおおおおまおまおまおまえを泣かせようと思ったことはこれっぽっちもない!」
「わかってますから」
「だだだだからだなおれはなにもそんなむりやりにだとは……へ?」
分かってるって何が?ときょとんと聞き返す。
「ギャラン刑事のお気持ちはもうようく分かりましたから」
周子は涙を手の甲でぐしぐしとぬぐって。
「だから、せめてシャワーぐらい、浴びさせてくださいって言ってるんです」
「しゅ、周子ちゃん?」
ギャランはしばらくそのままの姿勢で硬直して周子を見つめた。
「周子ちゃん?」
思わず声がかすれる。
「ひょ、ひょっとして、おれのこと、かなりがっつり好き?」
周子がぱっと赤くなった。ぷい、とカオを背けた。ギャランはずずいと膝を詰めると、その周子の顔を下から覗き込む。また周子は慌てて顔を背けた。
「好きになってくれたり?」
「……た、多分」
「好き?」
ギャランは何度も何度もしつこくその言葉をねだった。
「す、き、だと思います、その、イヤじゃないですしこうされるのも、ああんもう、ちょっとかなり好きかもですギャラン刑事、だだだってだってそんなふうにただひたすら押しに押してくるだなんて、そんなふうに好きだって言われたらわたし……」
「マジで!いやったー!」
ギャランはそう叫ぶと、もう一度がばっと周子を押し倒した。
「ヤろう!そうか!そうなんだな!いよおっし、キターっ!マジでキターっ!ずっとずっと待ってた甲斐があった!ルチン万歳!」
「ルチン!?」
思わず周子は目を丸くして。そして笑った。この、なんともいえぬ馬鹿らしさというか、まっすぐな性格の良さは何物にも代え難いギャランの魅力に思えて仕方が無かった。この男の情熱の芯の強さを、周子は好きだと思った。
「や、だから、駄目ですって」
真っ赤になりながら周子は覆い被さってくるギャランの胸板を押し戻す。
「駄目なもんかーっ!今すぐヤろう、やってやってやりまくり!」
―――!それはちょっとむり!
「だっから、せめてシャワーを!このままじゃいやです、あんまりです」
「おれはかまわねぇ!セックスってのはこーゆーもんだ!」
「私は構います!やだってのが聞こえないんですか!人の話を聞けーっ!それ以上強引な真似をしたら嫌いになります!」
「うっ」
ギャランは目を丸くして周子を見た。
「この上なく殺し文句だ、おれを殺す気かーっ!」
「ととととにかく、シャワーくらい浴びさせてください、初めての好きなヒトとするエッチがこんなのじゃイヤです、私が可哀相だと思いませんか」
ギャランは目をいっそう丸くしてぐっと拳を握った。
「は、はじめての、す、すきなひととするえっち……り、りぴーとあふたみ……」
あっ、は、鼻血がッ、とギャランは鼻の下を拭った。
「何がリピートですか!あーもう、いやっ、無神経過ぎます!嫌いっ!」
「お……おうし!んじゃ、ぜひ一緒にシャワーを!」
「無理です!恥ずかしいです!」
すかさず周子が身を捩って叫んだ。
号泣でもしてしまいそうな切羽詰ったその勢いに、さすがにギャランは生唾を飲み込んでぐぐう、と唸った。あああーッとひとしきり金髪を掻き毟って、そうしてようやく、ようやく折れた。がっくりと畳の上に手をついて。金髪を畳に擦り付けるように深くうなだれた。
「い……いよし、分かった!行って来い!おれは待ってる!」
(第20話へつづく)
(目次へ戻る)
第19話:「ルチン万歳」
「おれは粗茶でいい、気を使うな、気を」
「お呼ばれする側の人が粗茶なんて言っちゃもうすでになんだかお呼ばれ失格です」
もしもしっぽがあれば、ちぎれんばかりにぶんぶんと振りまくっているだろう、ギャランは周子のすぐ後ろに立ってこの上なく上機嫌だ。
「おれは課長にがっつりと怒られて以来、お前が招いてくれないとお家に入れてもらえないと心に決めた」
「……普通はそうです」
心に決めるも何も、と周子はさっそく後悔しつつ、ハンドバッグの中からキーケースを探り当てた。
「さっきは周子ちゃんが誘ってくれたんだ、おれは聞き間違えちゃいねぇ、武士に二言はないだろ?」
「……武士じゃないですから」
―――ああもう、なんでお茶なんて言っちゃったんだろ
まったくいつもの調子のギャランの珍妙な言葉の数々に周子は深くため息を吐いた。
―――黙ってさえいれば、この男……
周子はトゲのある文句のひとつでも言おうかとくるりと振り返り、ギャランを見上げた。
ん?と悪気の欠片も無いその上機嫌な眼差しに周子はたちまち毒気を抜かれて。なんと飾り気のない素直でよい男なんだろう、と思った途端、また胸がどきんと鳴った。
この数ヶ月で毎日毎日ギャランに繰り返し言われつづけた言葉の数々が急に現実味を帯びて感じられた気がした。
たちまちに赤面して周子は慌ててギャランに背を向けると、鍵穴にキーを差し込む。
「ととと、とにかくお茶ですから。何茶がいいですか、そうでした、だったん蕎麦茶なんていうレアなのもありますよ……えええっと、そう、お向かいのおばちゃんにいただいたんでした、おばちゃん、ルチンにはまって……血圧にいいとかなんとかで。去年旦那さんが脳梗塞で倒れて……ええ軽く済んでよかったんですが、もともと高血圧で、だからだったん蕎麦がいいんだって、それ以来ずっと、だったん蕎麦って苦蕎麦っていって普通のお蕎麦の四百だか五百倍だかルチンを含んでいて、とかってええとそのおばちゃんが……中国の内モンゴル地方に住むタタール人が……」
―――って、いったい何言ってんだか、私。
周子は、自分の明らかな動揺ぶりを、どこか奇妙な高みからやけに冷静な気持ちで眺めているようで。幽体離脱かこれは、と一人内心ツッコんで、はあ、と肩を落とした。
「お茶を飲んだらどうか気をつけて帰ってくださいね……って、え?」
玄関ドアの鍵を開けたところで、不意に後ろから抱きすくめられて。
―――え?
と思ったときには身体を反転させられ、口づけられている。
「ちょっ……!?ギャラン刑事っ?」
「好き」
「え?えええっ!?」
驚きの声を上げるトコロをまたふさがれて。
玄関のドアに背中を押し付けられて逃げ場もないままに何度もキスをされる。
「ふわあ、待って待ってください、ご近所さんに見られたらどうするんですかーっ!私ここには赤ちゃんのときから住んでるんです、口さがないご近所のおばちゃん方に周子ちゃんも大人になったのねとか言われて笑われるこっちの身にもなってください、冗談は勘弁してください」
「どえらく本気だ」
矢継ぎ早に文句を言ってキスを拒む周子の手をあっさりと押さえてギャランは青い瞳でぐっと踏み込むように周子の目を覗き込んだ。素早くまたその唇を奪って。
ギャランは玄関のドアを開けると、周子ともども自分の身体もドアの向こうに押し込んだ。
「あっ、えっ?ちょ、ちょっと待ってください」
慌てふためく周子のすれていない感じがこれまた可愛くて、ギャランはたちまちのうちに何度もキスをする。
抱きしめられ熱い言葉で囁かれあまつさえ耳元や首筋に口づけを落とされて周子は身を硬くする。
「ここここれって俗に言う送り狼ですか」
はじめてみました、とでも続きそうなそんな子供みたいな言葉に思わずギャランは笑って。
ギャランはそのまま周子の腕を掴んで勝手に家の中に上がりこむ。
「ちょ、ちょちょちょっと!?」
居間に入るやじゅうたんの上に押し倒されて。
「だめです、やめてください、ギャラン刑事っ!」
「だめ?」
「ダメですダメ!」
周子のキッパリした拒絶にううーん、とギャランが子犬のように唸った。
「反省なさってるんですよね?無理矢理とかナシだって、約束してますよね?」
「ああ」
バツの悪そうにギャランが金髪を掻いて身を起こした。
ああ、びっくりした、と頭を振り振り周子も身体を起こす。
「そうだ、おれは約束してる、お前を抱くときはお前がおれにがっつり惚れてからだって」
「ええそうです、御自身でそう仰ってました」
「じゃ、エンリョナク……」
「怒りますよ?」
どすの利いた声で返されて、ギャランはビクリと身を竦めると、たちまちしゅんとした。
「課長にも約束した。勝手にお前の家には上がらないって」
「ええそうです」
課長は自分の部下にストーカー規制法適用ですか、と内心思いつつ、周子はキッパリとうなずいた。ギャランもうなずいて。
「そんなわけでいまおれはお前のお家にお邪魔してる。お前が入っていいって言ったからだ」
その言葉に、周子は、ん?と首を傾げて。少し態度を和らげた。
「え、ええ、それはまあ……お茶でも……せっかくですから」
「せっかくだからお前の中にも入りたい……あたっ!」
「出てってください!こんのエロ刑事!」
「うわあ、ごめ、ごめんて!悪かった!」
たちまち周子にぼかすかと蹴られて殴られて、ギャランは悲鳴を上げた。
まったく油断も隙もない、とぷりぷり怒りながら周子はお茶を淹れて。
ギャランは和室の畳の上に足を投げ出し、座卓に肘をついてふてくされたようなカオをしている。
「だってお前隙だらけ、誘ってんのかと思うくらい……」
「黙ってお茶を飲む、飲んだら帰る!」
「……だからごめんて。そんなに怒るなよ。周子ちゃんがダメって言うなら、そりゃあもうおれは絶対、ぜーったい、なんもしないから」
「………………」
周子はお茶をすすって、じろりとギャランを睨んだ。
「なんだか私、肉食獣に睨まれてる気分です」
「睨んでんのはお前なのになあ」
ギャランは困ったように笑ってお茶をすすった。
「全くお前、なんでそんな感じなの?さっきからさ?じーっと人のこと見つめてるかと思いきや、赤くなってみたり。そらちったあ気があるんじゃないかと、今日なんか電波飛びまくりで?おれはけっこーそー踏んでるんだけど」
「ありません」
そうきっぱりと言いながら、周子はお茶受けの羊羹が上手く摘めずにざくざくと幾度も幾度も竹楊枝を突き刺した。
―――だめだ、動揺してる。っていうかなんでそんなにカンが鋭いのーっ。
「手でつかんで喰えば?」
「ううっ」
もう要らない、と言って周子はぱちん、と音を立てて竹楊枝を置いた。
なんだかギャランは妙に余裕たっぷりな雰囲気で微笑んで、そんな周子の様子を眺めている。
―――どうしよう、なんだかこう、奇妙な力場のような……?
たしかに、と周子は思う、かなりギャランの存在を身近に感じると。
でもそれは物理的な……例えばひとつのゲージの中にオスとメスのハムスターを入れておけばそのうち赤ちゃんハムスターが沢山転がり出てくるようなもので……ああいや、さすがに赤ちゃんハムスターは喩えが違うか、それにしても知り合って数ヶ月、好きだ何だと繰り返し繰り返ししつこく口説かれれば、そして、直球な彼の性格の良さを知れば知るほど、そりゃ多少はこう、ぐっとこないわけでもないような感じで……。
ただ、まだ自分でもそうはっきりとは分からないそのドキドキする感覚を、一気に押し流されてしまうようで周子は怖かった。
ギャランの声は上機嫌である。
「だったん蕎麦茶?案外うまいなー」
「おかわりはありませんから」
「出がらしでいい、でがらしで」
周子の牽制も全く効かないようである。
「い、居座る気ですか」
たちまち不安そうに周子が呟いた。
ばーっか、泣くなよ、おれはお前の嫌がることはしない、お茶を飲んだら帰るから、とギャランが柔らかい声を出した。
ギャランがそう言うのならそうなのだろうと、周子は素直にうなずいて。
気を落ち着けようと、再びお茶をすすった。
そこへ何を思ったか、ギャランが身を乗り出して聞いてくる。
「で?ルチンって何のチン?」
「ぶーっ!!」
思わず周子はお茶を噴き出して。
「なななな!何言ってるんデスカー!」
タンッ!と見事な音を響かせて湯のみの糸尻を座卓に叩き付けて。だが、ギャランは大真面目な表情である。
「ルチンって、胃に効く?」
「へ?」
周子は振り下ろそうとして握った拳を空中でぴたりと止めて、何度も目をしばたたせた。
「健康にイインダロ?蕎麦のルチンって。胃に効く?」
「は、ええーと。動脈硬化やガン予防、血液サラサラにいいって向かいのおばちゃんが言ってましたけど……?」
ああ、そう、とギャランは真面目な表情でうなづいた。そして自分の胃のあたりを撫でさすって。じゃあだめじゃん、と苦笑した。
「ゆうべは胃に穴があくかと思った」
「うええっ!?」
「なんだその声は」
「は、いや、まず絶対ありえない言葉が出てきたと思って、胃?胃ですか?ギャラン刑事、ギャラン刑事、嘘は良くないですよいくらなんでもあなたそりゃ」
「お前はおれを誤解している」
ギャランはキッパリと言った。
「おれはお前がカズマと二人きりになると思うと、そりゃあもう胃がキリキリして」
「ええっと、そりゃ確かに、胃っていうのはストレスとか心配とかがかさむと痛むものですが。なんか落ちてるものとか食べたんじゃないですか?もう夏ですからねぇ、食中毒だとか、ええ、心配ですね?」
「おう、そうだ、心配、どのつく心配。心配って、そりゃお前がカズマにヤラれるんじゃないかと思うとおれは心配で、おれはもう昨夜はそればっか……あべしっ!」
「結局そんな話ばっかですか!んもう、いやです!エッチ!」
鋭いパンチを顔面に一発喰らって。
それでもギャランは食い下がってくる。
「おれはお前が好きで心配で」
「なにもご心配は無用ですから。ですから、昨夜は執筆のお手伝いを。うわあ、どうしよう、また昨夜の恐ろしいひと時を思い出してきました。ほ、北斗の拳よりも激しいストロークを要求されたんです、ああ、もう、死ぬかと思いました、あんな速さで口から小説を吐くだなんて、あ、アノ人の頭の中は一体どうなってるんですかね……あ、でも、たしかにラストのトリック解きはすごく面白かったですけど……いや、いやいやいや、そんなのに騙されちゃだめだ、今度はビルの工事現場に身売りさせられちゃう!」
身売り……ギャランはショックを受けたように口元を押さえた。
「お前だけは、誰がなんと言っても、たとえカズマが欲しいって言っても、やらん」
「なんか絶妙に前提が間違ってる気がしますよ?よりによってカズマ特別補佐官ですか」
はー、ないない、と周子は軽薄に手をヒラヒラと振った。
ギャランがきゅん、と小さく鳴いて眉を寄せた。
「お前のそのまるで気のない様子がおれには何よりのカンフル剤だ」
「カンフル?カンフル剤と言うのは用法がまるで違います!」
元気付けてどうするのよ、となんだかまた下ネタに走りそうなその言葉の印象に警戒しつつ、周子は即座に否定した。
「ギャラン刑事はなんでいつもそんなにストレートなんですか。そんな勢いでいつも女の人を口説いて回ってるんですか、んもう、ほんと、誰もかれもがオチると思ったら大間違いですよ」
「だからお前はおれを誤解してる」
ギャランはそう言って羊羹を一切れ、周子の口の前に差し出した。周子がぱくりと食べると、やっぱし喰いたかったんだろ、とでも言いたげに満足げに微笑んだ。
「後にも先にもお前一人だ」
んんっ!と周子は思わず羊羹を喉に詰まらせた。慌ててお茶を飲む。
「おれはお前が欲しいし、もしお前が手に入らないんなら、んもうほかに女なんていらん」
羊羹で死ぬなよー?と笑ってギャランは優しく周子の背をさすった。
「早いもん勝ち、って言うか。なーんか、お前のその素な感じがすっげー心もとない。おれ以外の男に口説かれてあっさりオチちまうようで」
「って、もうダレも口説きませんから。そんな命知らず、いたらそれこそ顔を拝みたいものですね!こないだのSATの方だって、なにもあんなにコテンパンにやっつけなくても。ガーナ署の刑事ばかりか機動隊員まで、なんでもかんでも片っ端から伸してしまって、んもうだーれも怖くて手出しできませんから」
周子は白々とそう切返すも、ギャラン刑事はとにかく圧倒的に強かった、と思うと、なんだかまたドキドキしてきてしまって。
周子は頬が紅潮してしまうようで、わたわたとうつむいた。
「だから今のうちに、なんとかお前をオトそうと、おれは躍起になってる」
ふと視線を上げればギャランの青い瞳がすぐ間近で。
優しくキスされて周子はびくりと身体を小さく震わせた。
「だからお前のどんな小さな変化でもすっかりお見通し」
なんだかものすごく甘い囁きが耳に吹き込まれたかと思うと、頬に耳元に首筋に鎖骨に、あっという間にあちこちにキスを落とされて。
「あ、あのっ、ちょ、ちょとちょとちょと!」
「お前がこう、ぐらりと揺れる瞬間を今日何度も見た」
「ゆゆゆ、揺れっ!?」
「強情さんだな、白状しろよ、ちったあおれにラブだろ」
「へ?いや、ちょ、ちょっとまってー!んんっ」
真っ赤になってその胸板を押すも、たちまちに強く腕を引かれて深く口づけられて。
そのまま畳に押し倒された。
何度も何度もキスをされて熱い言葉で囁かれて。いつの間にか脱がされて。
「これは同意だよな?同意以外の何物でもないな?そんなとろんとした目ぇしちゃって」
「た、ただの酸欠です」
そうは言ってはみるものの、ただひたすらに好きだとかき口説かれて、その真摯な眼差しに周子は正直、すっかりまいってしまった。
ギャランがシャツを脱いだ。覆い被さるようにして抱きしめてくるギャランの素肌に触れる、触れたとたんにしっとりと馴染むようで、肌を合わせたその不思議な感覚に周子は酔った。
声にならぬ深い吐息をギャランは吐いた。
最後のショーツすら下ろされかけて。ためらいなく引き下ろそうとするギャランの指をどうにかこうにか周子は拒む。
ギャランの青い瞳がせがむように周子を責める。
「おれは本気だ、お前と結婚する」
「何言ってるんですか!」
「こんなことする責任もとる」
「だから何言い出して……け、結婚なんて早すぎです……っていうかこここんな、こんな事だってなんでこんな急にこんな展開に」
ギャランはその黒目をしっかりと捉えて覗き込む。
「おれのこと、嫌い?」
さっ、と走ったためらいの色をギャランは見逃さない。嫌いじゃないときた、とギャランは真顔で呟いた。すんげードキドキする、とギャランは痺れるような甘い深い吐息を吐いて金髪を周子に擦り付ける。
「おれは一目見たときからお前にぞっこんだったぞ、大撃墜だ」
触れるその肌のなんと滑らかなことか。
いまだ知らぬ他人の肌に、周子は不思議とぞくぞくするような、なんとも抗い難い魅力を感じて。周子の戸惑いを一気に押し流すかのように、ギャランは熱い言葉で何度も好きだとかき口説いた。
―――ああ、もう、好きかも!
そう認めてしまえばあとはもう、流されるがままだった。
肌のあちこちにくまなくキスを落とされて、力が抜けていく。あまつさえ、上にのしかかるギャラン刑事の背中に腕を回して。
でも、と周子は強く思った。
「は、初めてがこんなんじゃ嫌なんですー!」
「は?」
ギャランが目を丸くした。
「ばかおまえ幾つになったと思ってるんだ、セックスぐらいするだろうが」
「だ、だって!そんなーっ、ギャラン刑事、なんだかすっごく失礼です!」
ギャランはそれでも執拗に周子のショーツを下げようとする。
「まってまってまってってば!」
「んなもん、ヤればわかる、それにダレだって最初はハジメテ……」
そう言いかけてギャランは、んんう?と奇妙な声を上げた。
「お前、まじでおれが初めてか」
「わー、なんてこと言い出すんですかー!」
真っ赤になって周子はがばりと身を起こす。
ぶんぶんと頭を振って。
「むむむむむりですできませんやっぱこんなこんなこんな強引に無理です」
ギャランはしばしびっくりしたように周子を見ていたが、大慌てで身を翻して部屋を出て行こうとするその腕を掴んで再び押し倒した。
「おれだって初めてだ」
「へ?」
「周子ちゃんとするのは初めてだ」
そ、そりゃそうでしょうよ!と周子はぱちん、とその金髪を叩いた。
「すげぇ大事にするから」
優しく優しく口づけされ。
何度も何度も優しくキスしてくる、むしろ必至ですがりついてくるようなまっすぐなその情熱に、周子はちらとも抗える気がしなかった。こんな深い情を示されてそれでもなお振りほどくことができるとすれば、それはもう本当に、人としてありえない、そんな気さえしてしまった。
自然と身体の力が抜けていく。
ギャランが甘えるように鼻を鳴らして掏りついてくる。
「優しくするから」
甘く甘く囁かれ。
頭の芯が痺れてしまうようなその感覚に周子はたちまちまいってしまった。ギャランと肌を合わせた途端、まるで自分の中のなにか知らないものが呼び覚まされたみたいで周子はそこに御しきれぬなにかがいるようで、不安になった。
「ほ、ほら、お風呂とか」
「風呂?」
「だって……っ」
周子は涙目になってギャランを睨んだ。
「だだだってはじめてなんですよ?こんなのいやですこんなこんな強引に畳の上とかお風呂ナシとか、私、汗だってかいてますし、な、なんかそんなのってひどいです、だってだって、き、汚いし?」
「汚いもんかセックスってのはこーゆーもんだ」
決して拒んでいるわけではないと、確かに感じる周子の身体の手応えにギャランはじりじりして。
「だって、お布団がいいですー。そそそれに電気、電気消してください」
「あー、いらんいらん、んなもん、なんもせんでいい!」
ギャランはきっぱりと首を横に振った。
キスを落とせば困ったように身をのけぞらせるその仕草が可愛くて愛しくて。
とにかくここで手を離すわけには行かないとギャランの男としての本性がシビアに周子を組み敷いた。
「ゆ、ゆめとかきぼうとか……」
ん?とギャランは口づけを落としながら自分の大好きなキーワードが周子の口から漏れるのを聞いて。
「こ、こんなのって、ないです」
「………………」
あこがれとかだってないワケじゃないですし、と呟く周子が、自分に組み敷かれたその下で、ますます涙ぐんできているのを見て。
ギャランはつい、あ、とずいぶんと間の抜けた声を出してしまった。胸の下で周子がたちまちぼろぼろと涙を溢れさせるのを見た。
「ギャラン刑事は私のゆめもきぼうもあこがれも踏みにじってます、それで正義のヒーローですか。私はお風呂も入らないでこんなのなんて嫌です、だってはじめてなんですよ!あんまりです!」
「……あ。あーそのー……あれか。ちょっとそのう、すごうく、怒ってた、り……」
ギャランはその涙にこれまでにないほどに強い衝撃を喰らって、う、と自分の胸を押さえてた。ものすごい罪の意識と、でもどうしても欲しい、今すぐ欲しいとそんな葛藤が胸を打つ。
「怒ってはいないですけど」
ギャランはぴっ、と人差し指を立てた。ああ良かったと笑って。
「じゃ、嬉し涙……」
「ああもう!本気で怒りますよ!ギャラン刑事っ!」
ぞんさいにごしごしと目を擦る周子のその仕草は、やはり明らかに泣いているんだと知ってギャランは激しく動揺した。
ギャランは跳ね起きて正座した。
「ととととにかく!」
おあずけを喰らった犬のように情けない顔をして。
「おおおおおおおまおまおまおまえを泣かせようと思ったことはこれっぽっちもない!」
「わかってますから」
「だだだだからだなおれはなにもそんなむりやりにだとは……へ?」
分かってるって何が?ときょとんと聞き返す。
「ギャラン刑事のお気持ちはもうようく分かりましたから」
周子は涙を手の甲でぐしぐしとぬぐって。
「だから、せめてシャワーぐらい、浴びさせてくださいって言ってるんです」
「しゅ、周子ちゃん?」
ギャランはしばらくそのままの姿勢で硬直して周子を見つめた。
「周子ちゃん?」
思わず声がかすれる。
「ひょ、ひょっとして、おれのこと、かなりがっつり好き?」
周子がぱっと赤くなった。ぷい、とカオを背けた。ギャランはずずいと膝を詰めると、その周子の顔を下から覗き込む。また周子は慌てて顔を背けた。
「好きになってくれたり?」
「……た、多分」
「好き?」
ギャランは何度も何度もしつこくその言葉をねだった。
「す、き、だと思います、その、イヤじゃないですしこうされるのも、ああんもう、ちょっとかなり好きかもですギャラン刑事、だだだってだってそんなふうにただひたすら押しに押してくるだなんて、そんなふうに好きだって言われたらわたし……」
「マジで!いやったー!」
ギャランはそう叫ぶと、もう一度がばっと周子を押し倒した。
「ヤろう!そうか!そうなんだな!いよおっし、キターっ!マジでキターっ!ずっとずっと待ってた甲斐があった!ルチン万歳!」
「ルチン!?」
思わず周子は目を丸くして。そして笑った。この、なんともいえぬ馬鹿らしさというか、まっすぐな性格の良さは何物にも代え難いギャランの魅力に思えて仕方が無かった。この男の情熱の芯の強さを、周子は好きだと思った。
「や、だから、駄目ですって」
真っ赤になりながら周子は覆い被さってくるギャランの胸板を押し戻す。
「駄目なもんかーっ!今すぐヤろう、やってやってやりまくり!」
―――!それはちょっとむり!
「だっから、せめてシャワーを!このままじゃいやです、あんまりです」
「おれはかまわねぇ!セックスってのはこーゆーもんだ!」
「私は構います!やだってのが聞こえないんですか!人の話を聞けーっ!それ以上強引な真似をしたら嫌いになります!」
「うっ」
ギャランは目を丸くして周子を見た。
「この上なく殺し文句だ、おれを殺す気かーっ!」
「ととととにかく、シャワーくらい浴びさせてください、初めての好きなヒトとするエッチがこんなのじゃイヤです、私が可哀相だと思いませんか」
ギャランは目をいっそう丸くしてぐっと拳を握った。
「は、はじめての、す、すきなひととするえっち……り、りぴーとあふたみ……」
あっ、は、鼻血がッ、とギャランは鼻の下を拭った。
「何がリピートですか!あーもう、いやっ、無神経過ぎます!嫌いっ!」
「お……おうし!んじゃ、ぜひ一緒にシャワーを!」
「無理です!恥ずかしいです!」
すかさず周子が身を捩って叫んだ。
号泣でもしてしまいそうな切羽詰ったその勢いに、さすがにギャランは生唾を飲み込んでぐぐう、と唸った。あああーッとひとしきり金髪を掻き毟って、そうしてようやく、ようやく折れた。がっくりと畳の上に手をついて。金髪を畳に擦り付けるように深くうなだれた。
「い……いよし、分かった!行って来い!おれは待ってる!」
(第20話へつづく)
(目次へ戻る)
- 2005-06-15 07:06
- カテゴリ : タトパラ2/長編/連載中
- コメント : -
- トラックバック : -
-

-



