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[tog]8:洗礼

 不思議な男だった。
 万人の心を蕩かすようなその美貌、あでやかな金髪と青い瞳の上等なつくりはただの見せかけで、ぞっとする程の厳しさと凍るような憂い、威厳とも言うべき不可侵な神々しさ、この男の存在はそれで出来ている。邸内の他の多くの従者を前にしても、ギャランは微塵たりとも表情を変えなかった。全く以って近寄り難い印象だった。だがそれが、どういうわけか、ふとした拍子に驚くほど幼くあどけない、屈託ないものに変わる、そのとても不思議な瞬間を周子は見た。その表情が、カズマにしか見せぬものであろうことも、同時に周子は知った。

 エンヴィと呼ばれた男を冷徹に退けたギャランに強引に抱きかかえられ、周子は先ほどの書斎とはまた違う部屋に連れ込まれた。
 がっ、と椅子を引いたギャランに肩を押され、周子はよろけた拍子に腰を付けた。
 勝手知ったる様子で部屋の奥へと歩いてゆくその雰囲気で、どうやらここはこの男の部屋らしいと分かった、脱ぎ捨てたままの服、転がった酒のボトル、皿の上に残ったつまみ、破られた何かの包み紙、散らかってはいたが、何か、すごく……清潔だった。シャツを一枚手にして戻ってきて、ぞんざいにがばりと頭を通すその様子、乱れる金髪と形好い耳から続く太い首と喉、肩と胸、腰に掛けての均整の取れたライン、何か、とても……健康的な好い匂いがした。
 トン、
 グラスの底が好い音を立て目の前のテーブルに置かれた。ギャランが手づから傾ける銀の水差しの瀟洒な注ぎ口から注がれる素晴らしく透明な一条の水が、グラスの中に注ぎ込まれるのを周子は注視した。
 喉が渇いていた。
 水を受けるなりグラスがたちまち結露する、冷えた水のその強烈な存在感、纏った水滴の煌めく美しさは手を伸ばすのが惜しいほどで、周子はしばしの間見惚れた。
 とてつもなく美味そうな水に見えた。
 暑い夏の日に、これほど冷えた透明な好い水が居室に供されているのは、一体どれほどの身分の男だというのだろう、ふと見せる凍るような威厳、それは、まさに……
 ―――私の主人として相応しい
 いい表情をして見詰めてくる、とギャランが青い目を半目を伏せ、照れたように小さく笑った。そして、目の前の椅子を引いて座った。見詰めていたのを知られた、自分自身ですら今の今この瞬間まで気付かなかったその事実を突きつけられ、周子はかあっと頬に血が上るのを感じた。
 見惚れていた、そう思うなり耳鳴りにも似た激しさで羞恥が押し寄せた。目の前のグラスを掴むなり、その水をギャランの顔面目掛けぱしゃりと掛けた。
 思ってもみなかった周子の所業に虚を衝かれたギャランは真正面から見事に水を引っかぶり。
 青い目がぱちくりと見開かれる、濡れた金の前髪から滴り落ちる無数の豪奢な水の滴、長く濃い金色の睫毛の上に乗って輝く可憐な水粒を見て、周子は泣きたくなった、なんと勿体無いことをしたのかと。飲みたかったのだ。それをどうして……
「泣くな、水が飲みたいんだろ」
 もう一度グラスに水を注いだギャランは十分辛抱強かった、それをもう一度、ギャランの顔に勢い良く引っ掛けた。
 攣れる様な気配が一瞬走って、白いドレスシャツが目の前に割って入り、平手を振りかぶるのが見えた、叩かれる、そう思って身を竦め……そのカズマの手を、ギャランが素早く遮った。
「止せ」
 その声のなんと好い声か。
 甘い何かが胸の奥から滲む心地がした。
 ギャランの手が不意に伸びて、断りもなく頬に触れてくる。その指先の不躾さに周子は顔を強張らせたが、己の頬の上でギャランの指が濡れるのが、涙を拭うその指の腹がひんやりしていて心地良かった。ああ、熱があるんだ、傷の所為だ、と周子は思った。
 ―――いっそこのまま隷属して……
 周子はうっ、と息を詰めた。
 タトゥーの呪の凄まじい拘束力を、初めて、骨身に知った。
 既に呑まれかけている己をはっきりと知ったのだ、無性に怖かった。これほどに強烈なものだとはつゆ思わなかった。
 もう一度、目の前のグラスに水が注がれるのを見た。
「飲め。喉が渇いてんだろ」
 ―――飲め……
 ギャランの命令口調に、左腕にたちまち焼けるような痛みが走った。
 周子は無言でグラスに唇をつけた。
 そして、目を丸くする。
 その水のなんと口当たりの柔らかな、まろい好い味か。そして同時に、恐怖と怯えに心が硬直してゆく。怖かった、この男の迂闊な命令が怖い、この男はタトゥーの呪を知らないのだ、効力を知らずに口にする命令のなんと危ういことか。そうだこれは自分の意志で選んだ相手ではない、望んで刻んだタトゥーの主ではないのだ、事故だ、反古にして当然然るべき呪だ。心を強く持って、呪に飲まれぬように、必ず、解いて……自由にならないと。
「顔色が悪いぞ」
 気遣うギャランの声、さぞ真っ青な顔をしていることだろう、と周子は自分でもそう思った。
 大きな手が伸びて、腕を取られた。
 周子の腕の傷に、ギャランはあちゃー、と小さく呟いて。
「悪かったな……ずっとこのままでさぞ痛かったろう」
 カズマは傷を覗き込んですぐに眉を顰めた。目線だけちら、とギャランを見遣る、それは利害関係を即断するのに慣れた、鋭い眼差しだった。
「なぜあなたの名が彫られているのです?」
「おれの恋人だから」
「! ダレが!」
 たちまち目を三角にして怒って周子は叫んだ。上半身を屈め間近で覗き込んでいたために耳元で叫ばれた形になったカズマは、露骨に不愉快そうな表情になって上体を起こすと腕組みをした。
「断固拒否します」
 ギャランがくにゃりと眉を寄せた。カズマを見上げ、
「カズマ、おれはまだ何も言ってない」
「仰りたいことは分かります」
 じゃあ話は簡単だ、とギャランはにこっと笑った。
「しばらくこの女をここに置く」
「却下」
 取り付く島もないほどキッパリと、カズマは首を横に振って毅然と再度拒否を示した。
「何処で拾ったのか知りませんがこんな得体の知れぬ野良猫、物騒です」
「ここの庭に落ちて来た」
 落ちて来た? とカズマはたちまち訝しげな表情をした。が、ギャランのその美丈夫な外見よりもずっと幼いその内面、彼の言葉の拙さには慣れているのか、メガネのブリッジを一度押し上げただけで、ふむ、と冷静にひとつ頷いた。
「女が庭に落ちているものですか。イーズリー卿ラインハルトの差し金か? まあいずれにせよ、ここがそう簡単に侵入できる屋敷ではないのは王とてご存知のはず。いや、では王があえてそう仰るのならば、それでも結構です、それならばむしろ、この屋敷の主たる私にこそ利益又は不利益の与奪、もしくは、もっとはっきり申し上げて生奪与殺の権利があ……」
「何様のつもり、メガネ。どこの国の何の法律よ、いきなり私を殺すつもり?」
 カズマの言葉を遮り、周子は軽薄に笑った。
 グラスの水を飲み干してようやく、否、向けられた敵意にこそ、周子はようやく己の感情の揺れが収まるのを感じたのだ。人心地がついたと言ってもいい、敵意は簡単だ、あしらうか受けるか、いずれにせよそんなもの、慣れている。
 ―――そう、タトゥーのもたらす恋情よりも、はるかに、扱いやすい
「随分と粗野で無礼な女ですね」
「大否定ね」
 周子の失笑、それがまたカズマの神経に障ったらしかった。
 たちまち険しい表情になったカズマのピリピリとした気配に、
「まあそう心配しないでもすぐに出て行くから」
 さばさばと肩を竦めてそう言って。
「……この男がロレンスじゃない以上、この召喚は無効だもの」
 ギャランが唐突に不服そうな表情をした。
「せめてこの傷が癒えるまでここにいればよいと思うが」
 水を浸した真新しいガーゼで傷口を拭われ、周子はひゃっと短い悲鳴を上げた。
 抗議の意を込めたその手つき、子供っぽくも残酷なやり様のギャランをキッ、と睨みつけて。
 ―――召喚の仕組みとルールを、その重さを知らぬ者、無知たることのなんと無礼なことか。
 そう思うと腸が煮えくり立つ心地がした。
「その提案は受け入れない、私への口出しは一切許さない。召喚主たるロレンスで無い者にその権利は一切ない、身の程を知れ」
 身の程、と呟いて、ギャランとカズマは顔を見合わせた。
「身のほどって、お前、おれはさっき名乗ったろう、ガーナの王……」
「知るか」
 召喚主たるロレンス以外はみんな死ね、とでも言い出しそうなほどの、聞く耳すら持たぬ断固拒否たる態度で周子はギャランの言葉を遮った。だがカズマの気を引いたのは、周子のそんな傲慢で不遜な態度ではなかったようだ。
「王、この女に、ガーナの王と名乗ったのですか?」
「……このおれを知らぬと言うからな。あまつさえロレンスなどと三流な名で呼びやがった」
「ガーナの王、と?」
 真意を推し量るかのようにぐぐっとギャランの顔を間近に覗き込むカズマ、周子はこのとき初めて、カズマのメガネの奥の瞳が珍しい紫色であるのに気付いた。
 ギャランはうぐっ、とまるでカズマにやり込められたかの如く言葉に詰まり、それから、名乗って無ェ、と唐突に食中りでも起こしたかのような珍妙な声を喉から搾り出した。
「おれはこの国の王ではないし、今後も一切なる気は無ェ」
 たくお前はいちいち細かく人の揚げ足を取りやがって、とギャランはカズマから顔を背け……そんなギャランの様子に、カズマは、ほう、と感心したような声を出した。そして何か周子に利でも見出だしたのか、直接周子を見据え、声を掛けた。
「召喚主たるロレンス、とは一体何のことです?」
「……」
「契約で雇われたというのなら、やはり誰かの差し金か? どういう意図で。わざわざ見目良い女を選んで送り込んでくるとは、閨で寝首をかくつもりか」
「閨!? このバカと!?」
 周子はガタッ、と立ち上がるとギャランに指を突きつけ、眉を吊り上げた。
「私が寝る男はタトゥーの主ただ一人と昔ッから決めてる、何を言い出すんだ無礼者」
 そう言って、あれっ? と短く叫んで眉間に皺を寄せるなり、たちまち真っ青に青ざめた。
「かかかかか帰る」
 強く首を振って後退り、椅子を足に引っ掛けて派手に転んだ。その動揺ぶりはなかなかのものだった。
「こここここんな現実はあり得無い、承服し難い、理不尽だ、ひどい、私は恋人ってのに人一倍夢も希望も憧れもある、ほほ惚れた男のタトゥーを刻むんだ、冗談じゃない!」
「帰るって、何処にだ?」
「ミアムに決まってるでしょが! 父さんが待ってる!」
 こんのバカやろめ! と周子はギャランの問いに勢い良く怒鳴り返し、カズマはミアム、と呟いてギャランを見た。
 己が耳を疑うといった困惑の表情で視線を寄越したカズマに、
「ミアムの召喚の種だと言ってる、おれの許へ召喚された」
「まさか、いくらなんでも五ひゃ……」
「カズマ」
 ギャランがその言葉の先を遮った。
 おれの許へ召喚されたですって? ギャランの言葉にざばりと黒髪を逆立てた周子の表情は噛み付かんばかりの形相で凶暴な野獣そのものだ。
「召喚されてないから! あんたのトコになんか! 死んでも!」
 吼えた。
 死んでも、って、とカズマは突如ムキになった周子の子供臭い言い草に呆気に取られた。
「なんと粗野で凶暴な。まるで獣のような女ですね」
「座れ。その傷、そのままでは帰れまい」
「構わない、ほっといて」
 ギャランの言葉にぷいっ、と顔を背けた周子だったが、
「座れっつってんだろ」
「なんてこと言うのっ!」
「……なんてことって、座れとしか言って無ぇぞ?」
 悪気のないギャランの言葉に、周子は、ッ、と明らかに反抗的な舌打ちをして。
 殺気をみなぎらせながら、だがそれでも周子は再び椅子に尻をつけた。
 反抗と従順のせめぎ合う、どこか奇妙な周子の様子を、一歩引いて冷静に無言で見ていたカズマだったが、周子の傷口に手づから消毒液をかけたギャランが、顔を顰めるなり瓶を取り落としかけたのにハッとした。
「王?」
 ギャランのその指に深い噛み傷があるのを見、カズマはたちまち表情を強張らせた。
 あれこれと仔細を問い質しかけたその勢いをかろうじて己が喉奥に飲み込むと、カズマはギャランから消毒薬を取り上げ、横から代わろうとしたのだが。
 その手を邪険に払って、
「おれがやる、触ンな」
 これまでに無いギャランのそんな態度に目を丸くした。
「しかし……どうなさいましたその、手……」
「私が噛んだ」
 周子の言葉に、何だと!? とカズマがたちまちその秀麗な眉を般若の如く吊り上げた。
「この男から引き離さないと、殺すわよ、必ず。私、逆上してるもの、すっごくね」
「逆上、ね。つまりはおれが何かしたか?」
 ぐ、と周子は唇を噛んだ。
「殺す、絶対殺す」
「滅多なことを言うな」
 お前が殺されっぞ、とギャランは、ムッとしたように再び間に割って入ったカズマの腰を一度ばしんと強く払って。カズマを斜めに睨み上げた。
 その眼差しに、カズマは露骨に不可解な表情をした。
「一体全体どうなさったのです? 王がそのように気安く他人を寄せるなんて。この十年、一切無かったことではないですか。血に塗れた奇ッ怪な女を拾ってきたかと思えば、その世話につきっきり、まるでらしくない」
「縫った方が良いか?」
 ギャランはカズマを無視した。
「無理。刻んだ名に手を加えることは許されない。この傷は特別。治癒呪文も無効。ほっとけバカ」
「バカ!?」
 無礼者、とカズマが横で凄んだ。
「手を出すなと言っている、カズマ。口もだ」
「しかし! 王が手づからこのように処置を為さるなど。あまつさえ王に対する数々の暴言、これ以上の不敬を許すわけには参りません」
「いいっつってんだろが! 耳ついてねえのかその耳は飾りかただの穴か!」
 突如苛立ちを露わに怒鳴りつけたギャランの迫力は相当なものだったが、粘土詰めっぞ、とそのあとに続いたセリフには、周子は思わずががく、と脱力した。
 ひどく珍妙だった。
 少し頭が弱いのかもしれない、手づから巻く包帯の丁度良い強さには感心するけど、と周子は思った。
 周子は再び席を立つと、スカートのポケットに手を突っ込んだ。
 先ほどからポケットの中でごつごつした存在感を訴えている魔石を探って。
 お気に入りだったレザーのミニタイトを汚した血が、すっかり乾いて赤黒くこびりついているのをもう一方の指先で軽く擦り、少し唇を尖らせた。
「とにかく。この召喚が事故である以上、私は帰る。召喚も知らん貧乏人相手にしても話にならんって思ったけど、ひょっとしてあんた達はこの、テレポ石っていう魔石も知らないの?」
「貧乏人?」
 カズマの訝しげな復唱にギャランもおや、という表情をした。
「周子、お前はおればかりか、この男も知らんのか」
「呼ぶな」
 気安く私の名を呼ぶな、と周子はギャランを睨んだ。
「そもそもあんたが名乗ったのがいけないのよ、百歩譲って私の真の名を知り得たとて、なぜそう迂闊に己が名を明かす、通り名があるだろが。なんと思慮の浅はかな男か、ああそうよ、ほんっとにバカ者、馬鹿だわ。返す返すも腹立たしい、こんのばか者が!」
 カズマが怒りに息を詰めた。
「女、貴様いい加減に……」
「バカをバカと言って何が悪い」
 スカートのポケットに突っ込んだ手を引き出して、周子はぎょっと小さく飛び上がった。
「テレポ石じゃ、ない……」
 周子がポケットの中から取り出したのは、空間を移動する効力をもつ赤く透いた魔石、召喚時に利用するテレポ石ではなく。
 真っ黒な大振りの石を嵌めた、呪いの指輪、だった。
「い、いつの間に……どういうこと?」
 何もはまっていない左手、その薬指に残るかすかに白い環の痕と、今利き手に握っている指輪とを交互に見比べ、周子は震える声で問うた。
「ギャラン……私、あんたに会ったときから、ずっと、こんな手だった?」
「手?」
「指輪をしてたかしてなかったか……」
 ギャランは、していなかったが、と端的に答えた。
「じゃあ、ロレンスって、誰!」
「え?」
 召喚じゃないの? と周子は叫んだ。
「召喚ならテレポ石があるはずだもの、私はロレンスに召喚されたんじゃないの?」
「じゃないの、って言われてもだな……」
 混乱の色濃く周子の狼狽する様子を前に、ギャランは困惑したまましばしの間沈黙していたが、やがて、理解した、と言ってその青い目を細く引いた。
「じゃあ、おれがロレンスだ、確かに、おれは召喚とやらを頼んじゃいない、だが、お前がおれのもとに飛んで来たってこた、おれがお前の召喚主ロレンスとやらだ、ロレンスってのは通り名なんだろ、なるほどそれなら辻褄が合う。丁度いい」
 得心がいったように笑顔で、ぽん、と手を打った。
「丁度いい!?」
 周子は怒りを露わにした。
「貴様召喚の種をバカにしてんのか! あまつさえ召喚主の通り名を騙るとはおこがましいにも程がある、貴様の命令を受ける理由なぞ微塵も……」
 ―――タトゥーの呪は召喚契約よりも上位。命を賭す絶対命令。
「召喚、どころじゃないわ……」
 タトゥーを刻まれたというその事実に、改めて周子は魂の芯から震え上がった。
「なんであんたは私の名を知った、ギャラン?」
「なんで、って……」
 青い瞳が困ったな、とでもいう風に素朴に、子供っぽく揺れた。
 ―――だめだ、怖い、めちゃくちゃ怖い。聞くのも怖い、何より一秒たりともここに居たくない、この男を前にするのが怖い、
「とにかく帰って呪を解かなきゃ!」
 くるっと踵を返しドアの方へ向かった周子に、ギャランはおいおい待てよ、と慌てて声を掛けた。
「待て、ですって!」
 飛び上がる周子に対し、ギャランはやはり親切な、悪気の無い表情で。
「大体お前、そんなひどい傷で、熱が出るぞ、癒えるまでおれの許にいたほうがいい」
 ―――この男はタトゥーを知らない
 その効力を明かす気もない。冷静な、商業的視点で以って周子は自分の価値を知っている。ミアムのタチバナ、若い女の身なりではあるが、ミアム一の実力者たる父親修三タチバナが確かにその素質を一族最強と認めた、特別な娘なのだ、そんな最強の魔法使いを、なんでも命令を聞く奴隷として得たと知って、みすみすそっとしておいてくれる人間なぞ此の世にいるものか。
 ―――タトゥーの主の命令は絶対。この男の迂闊な命令ほど怖いものは無い
「ミアムに……」
 ―――なんとか誤魔化して、とにかくミアムに帰らなくては
「帰るな」
「死ねっ!」
 ギャランのその一言に、何かを考える間もなく、一気に血流が逆流した気がした。
 攻撃系最上級呪文による青白い超高熱火炎が爆心からすさまじい勢いで放射状に四散し、すさまじい地響きとともに轟音をたて屋敷が吹っ飛んだ。


[tog]8:洗礼 [2005/06/30][2007/03/20]
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