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[tog]14:イーヴ

 そんなときだった。
 ばったん!
 ドアを蹴り上げて、凄みのある美女が飛び込んできたのは。
「王が!」
 鋭く一言そう叫んで。
 あたりを見回すと、ぎろっと、ラインハルトを睨みつけた。
「いないじゃないのよ!」
「とうに帰られた」
 相変わらず地獄耳でいらっしゃるな、と冷や汗をたらし、ラインハルトが低くうめいた。周子はラインハルトの喉元を締め上げる美女の華やかな勢いを見た。
 深くスリットの入った真紅のドレスが、あでやかで。
 細い腰に緩やかにウェーブを描く流れるような豊かな金髪が、まぶしくて。
 周子はこんな美女をこれまで見たことがないと思った。
「この、役立たず!」
 毒づく姿も、いっそうあでやかで。
 目を、奪われたと言っても良かった。

 そんな周子の視線に気づいたのか、ラインハルトの襟首を締め上げていた手が、ぱっと離れた。
 たっぷり数秒、その美女は周子を凝視して。
「すてきっ!」
 ぱんっ、と両手を胸の前で打った。

 ラインハルトの制止など、耳に入らぬようだった。
 むろん、必死の懇願も、届いていないようだった。
 ラインハルトの悲鳴を背に、周子はその美女に半ば拉致されるように、ラインハルトの屋敷を連れ出された。
 どうも今日は拉致されて連れ出されることが続くなと思いつつ、まあとにかくさっきのちょび髭おやじの相手をするよりは、この絶世の美女のほうがはるかに良い、と周子はほっとした。

 ほっとした。

 だが、どういうわけか。
 あれよあれよという間に、王宮に引き込まれ。
 王宮が立派だとか、絢爛豪華であるとか、そんな感想を抱く間もなく、というより王宮の中を案内されることもろくに見ることもなく、ぐいぐいと強い力で腕を引っ張られ、なにやらいい匂いのする綺麗な部屋へと連れ込まれたかと思うと、そのさらに奥の部屋、馬鹿でかい、豪華な風呂場へと放りこまれたのだ。
「王宮ではまずお風呂に入るのが慣わしなの?……なーんて……ない、よねさすがに」
 ガーナに来てのち、粗野だ粗野だとカズマにはさんざん毎日言われているが、だがさすがにいくら王宮へ来たからとはいえ、真っ先に風呂に突っ込まれるほど小汚いなりをしているわけではないんだけれど、などと周子は首を捻りつつ。
 ひとまず豪華なその湯船に身を沈めたとき。

「や、やあ……」

 何が、どうなっているのかさっぱり分からぬまま、周子はひとまず軽く手を上げてみた。いや、見えない糸が手首についていて、ひょいと引き上げられたかのような感じだった。
 先ほどの美女が見るもはばかる素っ裸で、入ってきたのだ。
 なぜ王宮にある風呂で公衆浴場よろしく他人と一緒に入らねばならぬのか、でもまあともかく女同士だし、慌てて逃げ出すことも却って失礼だろうとそんなことを思いつつ、周子は湯船の中で硬直し、慌てて美女から目を背けた。
「あら、いやだ、そんなお顔なさらないで、さ、お背中でも御流ししますわ」
 間違いなく語尾には、ハートマークがごっそりとくっついている声で、その美女は満面の笑みを浮かべると、周子の腕を取った。
 ちくり、としびれるような痛みが、触れられた手のあたりに響く。
「?」
 ―――いや、いまは痛みどころではない。
「けけけけけけけけ、けっこうです」
 あたふたと両手を目の前でパタパタと振るが、
「遠慮なさらないで」
と、甘えたような拗ねたような声でそう言われると、なんだか周子の方が悪いことをしているような気さえしてしまい……周子は情けなく両眉を下げた。
「……えーと、お客様の背中を流すのが仕事とか、そんな感じ?」
 ―――王宮という所にはそんな係があるのかもしれない。
 ならばここで断っては、却ってこの美人のお姉さまが困るに違いなかろうだろうとか、そんなことまでもを思いつつ。でもこの美女は女王様の貫禄がありこそすれ、風呂場で客人の垢を落とすような役目を務めるような雰囲気ではない。周子は両の眉根が寄ってゆくのをどうしても止められない。

「私、イブ。イブ・プロフェンス・アンジェリシティ、よ・ろ・し・くー」
 イブは、よろしく、の言葉にヘンな間をあけてそこに色香を押し込めて。ウインク。
「はあ、周子です、よ・ろ・し・くー」
 色香の微塵もない声でぼそりと、とりあえず名を名乗ってみる。ウインクなんてそんな余裕は微塵も無い。
「みんな私のことはイブと呼ぶわ、とりわけ親しい人はイーヴ、って呼んでくださるの。周子様は、ぜひイーヴ、とお呼びになって」
「……。はあ、では私のことは、ラッシュサマーと」
 はつらつとした美女の声に、ぼぞぼそ、と応えてみる。いまさらコードネームを名乗ってもしょうがないと思いつつ、なんとなくさらに一歩引いてみた感じで。
 イブと名乗る、立つ込める湯気の中でもはっきり分かるこの美女は、見つめられるとくらくらするような薔薇色の瞳に、口角の上がった形の良い真っ赤な唇、顔の個々のパーツの大きめな、垢抜けていて派手な、美しく整った顔立ちをしている。
 とりわけ目を引くのはギャランのものと同じあでやかな、ド金髪。
「えーと、あのー、あのバカ……おっといやいや、誰かさんとそっくりな髪ですが、血かなにかのおつながりが?」
 ギャランの金髪は初めて会ったときから実に印象深い、見事なまでに美しい金髪である。まさに、輝かんばかりの金の髪、刈り取って売りに行けばきっと良い値がつくに違いない、そんな位に見事に美しい髪である。
 こんな髪をした人間がこの世に二人といるとは全く思わなかった。
 ギャランのあの金髪を、こうも髪を長く伸ばせばこれほどまでに美しいのか、と周子は思わず感激すらしてしまった。長い金髪がたっぷりと、くるくると優雅なウェーブを描いてイブの背を流れていて。まるで後光でもさしているかのように神々しくも美しい。
 長い髪がなでるその体は、胸も豊かで、腰も細く、ウェストから太ももにかけてはとてつもなく甘美で優雅なラインを描いていて……その見事な肢体は、これまで周子が見たこともないような、まさに美女、それもお色気満点な大人の、超一流の美女だった。
 ―――この世にこんな綺麗な女の人がいるだなんて。
 まるで女神の降臨だ、とまで感心しつつ、だが、なぜ自分がこのようなところでこんな美人と風呂に一緒に入る事になっているのかが分からない。
 イブがにっこりと微笑んだ。
「周子様は金色ですのね」
「か、髪ですか?髪も目も、ついでにあっちの毛も黒ですが。金色ならあなたのその見事な髪やらナンやらではないかと……ええとあのうそのう、すごく綺麗な金髪ですよ?」
 ―――あっちの毛、って……ああもう私何言い出してんだか。
 動揺のあまりついつい余計なことまで言ってはいるとは思いつつ。
 再び満面の笑みを浮かべてイブは、するり、と周子のいる湯船の中に入ってくる。イブを隣に、周子は慌ててあらぬ方向へ目が泳がせるが、全く落ち着かない。
 イブが周子の顔を覗き込んでくる。魂を食まれるほどに美しい笑みだった。
「王とはいつ頃から?このごろちっとも王宮へお戻りになられないんですもの、こんな……こんな周子様のようなお方とご一緒だとは。まぁ、……妬けますわ」

 ―――ああ、この人、ギャランのオンナか!

 ようやっと周子は自分に理解可能な事態を掴んだような気になって、同時に意味不明に謝ってしまう。
「ごごごごごめんなさい、えとえとえとあんの金髪は要りませんから、ソレはキット何かの誤解でいいいいいのちだけは」
 ―――命だけは、って、ナニヨ?
 自分で自分に内心突っ込みつつ、だがどうにも、喰われそう、なぞと思った自分がいる。
 ―――いや、宮殿というところは物騒なのだ、王の寵愛を巡って女同士が殺しあう所だとかなんだとかッ!ソンナ話はヨクキクハナシ!
 周子は混乱をきたしかけた自分の頭をぶんぶんと振った。

 イブはとてもとても上機嫌で。
 震える周子の頬に長く白い、繊細そうな指を当てる。
 邪気は、ない。
 ないが、
 ―――獲物を狙うかのような眼差しだった。

「うふ。ゆっくりとこうしてお話でもしたいと思って。あたくし、周子様のお話、いろいろと伺いたいですわ」
 お話、といっても、お風呂に一緒に入ってまあ何はともあれいい湯ですねぇ、といった温泉宿な雰囲気では、到底、ない。
 周子はぶるりと震えた。
「おおおおおこってる?ああ怒ってる?まままま前に何でか知らんけどギャランが私に惚れたって言ってたから?私とヤりたいって言ったから?ああ、怒ってる?」
「まあ、王がそんなことを仰ったの」
「!言ってないのッ!?」
 凄みを増したイブの笑顔に、周子は撃沈された戦艦のごとく湯船にぶくぶくと沈みかけた。
「まあ、しっかりなさって!」
 細くて滑らかな、そしてまるで食虫植物のツルのような、しなやかで容赦のない腕が沈みかける周子を抱きしめる。
 たっぷんたっぷんと湯の中で揺れる大きな胸が、周子にぴったりと触れた。
 ―――って!すっごいお胸おっきいじゃん!
 ガーナに来て初めて会った女の人だ、バカなギャランと冷淡なカズマとに振り回される日々の中で、ようやくまともな相手を見つけられたかと思ったのだが、どうもそうでもないらしい。
 周子は慌てて絡みつくイブの腕を振り解く。
 ―――いくらどんなに親しい友人でも、こうも湯船でぴったり抱き合ったりはしないだろう? コレじゃまるで……ええっ?

「こんな綺麗な人を見つけて黙っているなんて、王もお人が悪い」
「は、はい?」

 沈みかけた周子は思わず身を起こすと、がはー、と湯を吐いた。
 絶世の美女に綺麗などと言われると、むしろ馬鹿にされている気さえする。
 少なくとも周子は”綺麗な人”という言葉でくくられるところにはいないはずだし、生意気だの小憎らしいだの言われたことはあっても外見を綺麗だと誉められることはそうはなかった。そう言われれば、外見についてとやかく言われたような覚えがない。
 生意気だの小憎らしいだの、あるいは近頃のカズマの口癖となりつつある粗野、といった修飾語は、顔の美醜ではなく性格につくものではあるが。
 少なくとも、不細工だとは自分でも思わないが、綺麗だとこんな美女に面と向かって言われるだけのものは無いはずだと自分なりには思っている。
 ―――まして金色、って何よ?
 父譲りの、どれほどに陽に透いてもまさに漆黒!の髪である。
「……っていうか、どこ見て言ってるんですか?目が飛んでますよ?えーと、少なくとも……綺麗、って、私の顔とかじゃあないですね?」
「金色ォ」
「ダカラ金色ッテナニヨ!」

「あ」
 周子は口元に軽く手を当てた。しまった、と思う。
 色盲なのではないか?と思ったのだ。
 何でだか知らないがなにやら妙に申し訳ない気持ちになりつつその薔薇色の瞳を覗き込む。
「あのぅ、ゴメンナサイ、スミマセ……」
「周子様の、気が!金色だって!申しておりますの!」
 その瞬間、がばっ!と再び勢い良くかき抱かれ、しなやかな腕に力がこもる。
「もうどうでもいいわ、もうどうでもいいから、あたくし、周子様のおそばにいるだけでなんだかとってもいい気持ちよ、もう、イッチャイソウ!」

「だめだこのひと変態だよ!」

 周子は短く叫んでざばりと湯船から雄雄しく立ち上がった。
 と、次の瞬間、足元を払われて、ざぶーん!と派手に湯船に沈んだ。
 ―――どこかで味わった容赦のない足払いと同じだ。

 思いっきり口から鼻から耳から湯を飲んで、あわてて身を起こす。
「し、しにゅ!」
 ―――だめだ、かんでる!
 ぼやけた視界で、それでも鮮やかな、形の良い薔薇色の唇が間近に迫るのがまるで他人事のように見えた。
 抱きしめられて。
 突然覆い被さるように、口付けられた、その瞬間……
 いたい、と思った。
 何が、かはわからない。
 頭の後ろで光がはじけたような、背筋を針で貫かれたような……
 痛みの所為で硬直した周子の唇に、柔らかな唇が何度も角度を変えて重なる。
「………ん、っ…」
 身体がぞわりと震える。
 断固拒否、と、懸命にイブの背に腕を廻して叩いた。
「なあに」
 ようやく唇を離して平然と聞いてくるイブに、周子は肩で息をしながら返す。
「―――」
 が、言葉にならない。
 えらく、屈辱的な気分だった。
 腕が、思うように上がらない。
 緩慢なしぐさで、ようやく腕を上げると、ゆっくりとこぶしで唇をぬぐった。
「まあ」
 満面の笑みで、イブが応える。
「まだ動けるの!」
 その笑みはいっそう凄みを増してゆく。
 ―――動けるの、ってのは、どういうことだ?

「素敵!王とはいつもこんなことしてるのね!」

 力を抜かれたような、強烈な脱力感に襲われる。くらぁ、という活字が上から降ってきてソレにあわせて倒れそうな感じだ。
 ―――幸い花畑も見える!あっちへ渡っちゃ駄目だ!
「いたい、しかもこんなのしてないよ」
 周子は、ようやく、言葉を吐いた。
「大体、素敵ってナニヨ?ステキデモナンデモナイダロ!」
 途端に、ぱあっ、とイブの顔が輝いた。
「まだ話せるの!すてき!」
 ―――なにが?
 そう思う、一瞬の間もなく……。
 もう一度深く口付けをされた。
 こういうのを、甘美な、口付けとでもいうのだろうか。
 周子は低くうめいた。
 ―――たしかに、気の遠くなるような……。
 気が、遠くなるような、痛みだった。

 突き放すように無理矢理に唇を離し、それでもなんとか意識を保とうとする周子に、興味深げなキラキラと輝くイブの眼差しが深く、深く瞳を覗き込んでくる。

 薔薇色をした瞳に射抜かれて。
 どこかで、見たことのあるような強い眼差しの力だと思った。
 どこだろう、朦朧とする意識の中で記憶をたどるが、たどり着けない。

 すり寄せられる滑らかな頬の感触。
 ざわりと、肌が、粟立った。
 あごに添えられていた、しなやかな指がいつのまにか、肩をなぞり、胸をなぞり、腰をなぞり……。内腿をやんわりと……なで上げてきた。
 深く口付けた唇が離れ、首筋に落とされる。
 首筋を吸われ、細く、白く浮き出た鎖骨を、ゆっくりと舌が這う感触……。
 周子の中で、ぷつり、と何かが切れる音がした。

「ふふふふふふふふざけるな!」

 周子が、イブを突き飛ばすのと、自分の名を叫ぶ声が聞こえて体が湯船から引き上げられ、力強い腕に抱きかかえられるのと、ほぼ同時だった。

「だいじょうぶか」
 聞きなれたその声に、心底安心して不覚にも周子は意識を失った。





 ゆらゆらと。

 ぼやけた視界に、ゆらゆらと揺れる黒く光るものがあって。
 その、揺れる具合が、なんとも気に障って。

 周子は、目を開けた。
 ―――くつ。黒光りする、高そうな、革靴。
 そいつが目の前をゆらゆらと。

「ひとの鼻先で貧乏ゆすりしないでくれる?」
「………………………」
 周子の不機嫌丸出しの声に、イライラとその様子を見守っていたギャランは軽く目を見開いたまま固まってしまった。
 周子は身を起こした。
 滑らかな、上等なシーツの敷かれたベッドの上で眠っていたらしい。自分の枕もとにはスツールに腰掛けたギャランがいて、腕組をし、組んだ足を落ち着かぬ心持のままにしきりに小さく揺すっていたようだった。
 高く組んだ長い足の先、黒い革靴は、ちょうど周子の鼻先をこするように往復していたようで。
 ―――これほど不快な目覚め方も珍しい。
 周子はうんざりと首を振った。

「起き上がれるのか」
 驚いたような表情で、ギャランは壁の時計を見る。
 ほんの十分……ギャランは信じ難いものでも見るかのように低く唸った。
 周子は拳を額に当ててうめいた。
「頭が痛い」
「大丈夫そうだな」
「大丈夫じゃないよう」
 まだ頭のあちこちに強く残る痛みの所為で、涙がはらはらと零れ落ちてくる。
「いたいよ、しぬかとおもったよ」
 ―――シヌッテナンダヨ、
とまたカタコトで自分にツッコミつつ、周子ははらはらと泣いた。
 ギャランの指が周子の涙を拭う。
「悪かった、お前から眼を離すのでなかった」
 ギャランの声が深い。
 タトゥーを刻んだときに聞いたのと同じ、深く心に染みるような優しい声だった。
「だからいったいぜんたいなんなんのよ……?ねぇ金色ってなんなのよ?あの人なんだかいろいろ誤解しているよ?ギャランと私がきっとなにやらイイ仲だとかって思ってるよ?」
 その声になんだか深く安心して周子はまたはらはらと泣く。
「私にキスして、王とはいつもこんなことしてるんでしょう、って」
「あいつがそう言ったのか」
 ふう、と息をつき、肩の力を抜くと、ギャランは立ち上がった。

「まだ休んでいろ」

 ギャランは短くそう言い残すと、まるで、かちりとスイッチが入れ替わったかのように、その秀麗な面持ちに激しい怒りの表情を見せた。
 明らかに、その体の周囲の温度は数度上昇している。
 怒られる、と周子はベッドの上で咄嗟に身を竦めたのだが、そんな周子には全く目もくれず、ギャランはくるりと踵を返すと部屋の出口へと向かおうとする。
 ―――いやいや!そうだよ!私が怒られる理由なんぞどこにもない。
 そう思って安心し、まだ止まらぬ涙を拭い……周子ははたり、と手を止めた。

 ―――自分がその対象でないとすれば、だれだ?……想像に難くない。

 周子は慌てて顔を上げた。部屋を出ようとしたところで、ギャランがぴたり、と足を止めたのが目に入った。

「イーヴ……」
 真紅のドレスに身を包んだ長い金髪の美女が部屋の中へと入ってきた、イブである。
 まあ、王、と言って、婉然たる笑みを浮かべイブは斜にギャランを見上げた。
「周子様の具合はどうかしらと思って」
「……よく言えたもんだな、二度とあれには近づくな」
 ラインハルトに向けたものよりもはるかに厳しい、冷たく押し殺したぞっとするようなギャランの声の色だが、イブは慣れてでもいるのだろうか、全くひるまない。ひるむどころか、厳しい眼差しのギャランを前に、挑戦的な眼差しで睨み上げ、扇情的な凄みのある笑顔を浮かべた。
「周子様はあたくしがいただくの。もう決めたんですもの。こんなお方がいらっしゃるだなんて、それをあたくしに黙っているなんて。その上、このあたくしから取り上げるなんていくら王でも許しがたいわ」
 イブは婉然と腕組をして微笑む。凄みを帯びた、まるで憑り殺そうとでもするかのような、絡みつくような情念に満ちた眼差しである。
「ねえちょっと一体どういうことなのよ?」
 どういうわけか当然のごとく自分の所有権を主張するイブに、周子は激しく疑問を感じ割って入らずにはいられない。
 イブがギャランに向かって一体全体何を言っているのか、周子にはさっぱりわけが分からないが、イブのその扇情的な表情といい、一歩も引かぬ眼差しの強さといい、これほど迫力と貫禄があってあでやかで美しいのは、むしろ一人の女として尊敬に値する気さえして。
 それに、カズマ以外にギャランと正面切ってまともに会話をする人間を見たのは初めてだった。しかもイブはカズマよりももっとずっと直接的で感情的、カズマの重んじる、王に対して示すべき礼節、の類ともまるで無縁であるかのようである。
「周子様はあたくしがいただくの!」
 ギャランに詰め寄って、イブはそう断言する。

 うす暗い部屋で輝く金髪の美男美女がにらみ合っているのはなんとも壮絶な美しさがある。

「周子には手を出すな」
「い・や・よ!……きゃっ!」
 いきなりギャランの平手がイブのほおに飛んだ。ばちん、といい音が鳴ってイブがよろめくなりばたりと床に倒れこんだ。かなり勢いのある、容赦ない平手だ。
「ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっ、」
 慌てて周子がベッドから飛び降りた。
「いくらなんでもこんな美人相手に手を上げるなんてどうかしてるよ!ギャラン」
「お前には関係ない、口出しするな、命令だ、周子、おれの命に逆らえば死ぬぞ!」
 間髪入れずにギャランが怒鳴り返す。有無を言わせぬど迫力だ。
 ずきり、と左腕が痛む。
 イブはビックリした表情で、涙を滲ませた薔薇色の瞳で左頬を押さえて床上からギャランを見上げている。
「まあ、あたくし王にぶたれたのは初めてよ!どうしてそんなに怒るのかしら、あたくしはただちょっと周子様と仲良くしたいだけですのに?」
「そうだよ!仲良くしたいだけだよ!」
 一体、仲良くとはどういうことなのか、激しく齟齬を感じつつ、周子はイブの言葉を受けて間髪入れずにそう叫んだ。
「周子に何をした?」
「あらやだそんなのきまっているじゃな……」
 ギャランは床上のイブの胸倉をつかむとおもむろに引き上げ、そのままがしん、と壁に背中を押し付けた。挑むような眼差しで間近に睨みつける。

「イーヴ……」

 ギャランは険しい表情のまま、おもむろにイブに深く口づけた。
「おれ以外の者に手を出すなとあれほど言っているだろう」
「だって、物足りないのですもの」

「ナナナナナニヤッテ!」

 たちまちのうちに何度も深く唇を重ね、思う存分口中をまさぐりあった後、イブは喜悦に満ちた様子でギャランの首に腕を回す。艶っぽく微笑んで、満足そうに鼻を鳴らした。イブはあっさりとターゲットを変えたのだろう、目の前のギャランをなんとも色っぽい眼差しで捉えたまま、繰り返し繰り返し何度もキスをねだっている。
「王が、あたくしをほうっておくからですわ。もうずいぶんと長らく王宮をお空けになって。後宮にも全然いらしてくださらないし。王を辞めても後宮にはいらしてくださるって、約束したじゃあありませんか!約束が違うわ、あたくし、他の者では物足りないの。やっぱりあなたが一番、そうでなければ……」
 イブは不意に言葉を切るや、くるりと首を回し、ぴたりと周子を見据えた。
「えっ!?」
 情欲を露わにした強い眼差しで見据えられ、思わず目を点にして周子がその場に凍りつく。ギャランがイブの頤に手をかけると自分の方へ向かせまた深くキスをして、イブの射殺すかのような視線と言葉とを遮った。
「……おれでいいんだろ」
「ええ!よろしくってよ」
 ギャランはふん、と鼻を鳴らす。そしてイブの甘いささやきに応じ、乞われるままに何度もキスをする。時折イブが満足そうに熱のこもった吐息を漏らした。

 ギャランの空いている方の手が、イブの太ももをまさぐり、ドレスのすそをたくし上げるようにしてなで上げる。イブの白く滑らかな美しい足が露になり、周子はそのすらりとした姿態の美しさに唖然と見つめるばかりだった。
 暗い部屋に白い足ばかりが妙に浮いて、それは壮絶な色っぽさである。
 周子は目のやり場に困りながらもその光景から眼が離せない。
 イブのひときわ甘い喘ぎ声が漏れた。
 やがてイブが恍惚とした表情で、腕を回したギャランの首にしがみつくようにギャランに身を任せた。ひどく悩ましげな表情をしてギャランをじっとりと見つめる。
「欲しいわ、王……」
 角度的にギャランの表情は見えなかった、だがギャランはその言葉に応ずるかのようにイブを力強く抱き寄せる。
「ちょ、ちょっと!ふ、風紀委員!じゃなくて、衛兵?えええ、えへえへ」
 目の前のアラレもない光景に激しく動揺しつつ、周子は衛兵となかなか言えずになにやら、えへえへとばかり言ってしまい……。却ってなんだかそんな自分の方が変態みたいだと動揺することしきりで、かなりの恐慌状態をきたしながら、えへえへなぞと先の続かぬ言葉を吐きつつ周子は頭をかかえたが、そんな周子には目もくれず、ギャランはイブを横抱きに抱え上げると部屋を出て行く。

 その腕は、先ほど自分を湯船から抱き上げ救い上げてくれた腕ではなかったかと思うと、タトゥーがまたずきりと痛んで、周子は顔をしかめた。

 周子は呆然と、イブを抱きかかえたギャランのその広い背中を見送るが、その背中はなにやら赤く滲むような殺伐としたオーラが漂っているようにも見え、先ほど感じたようにやはりギャランはなにか激しく怒っているように思えた。それは少なくとも、恋人に愛しさをこめて口づけるような時にまとう雰囲気ではない。

 その異様さに周子はぞくりとした。

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