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[tog]17:魂の繊維最後の一本まで

「…………………」
 迎えに来た、と口上を述べたカズマは一目周子を見るなり、顔をそむけた。
 よーくよく見れば、口の端が微かに歪んでいる。
 自分の格好を笑われたことよりも、この冷淡なカズマがウケたらしいことの方が、周子としては面白かった。してやったり、といった気分で。
 カズマの冷淡な無表情を崩すのはなかなかの快感だと知った。
 やはり内心、笑ったのであろう、それを打ち消すかのように、先ずは一番不機嫌そうな話題から、カズマは切り出してきた。メガネの奥から、ムッとしたような強い光を向けてくる。
「ラインハルト殿に馬と金を無心したそうですね」
「ええ」
「グランツ家の正嫡である私がついていながら、ラインハルト殿に金を無心するとは、一体どういった了見ですか」
 どうもカズマはこの件が一番気に障ったらしい。
「グランツ家だろうがカズマ家だろうが知らん。あなたがあっさり五千万ゴールドの小切手とやらを切るほど金持ちだってのはまあ分かるけどね?でも、だから何だって言うのよ?関係ないでしょう、あんたなんか」
「あなたを庇護している我がグランツ家は、この国で、いえ世界で一番の財力を誇る貴族です、何がご不満か」
「ひやあ、財産なんか自慢して!自分で言ってて恥ずかしくないの。誘拐とかしてくださいってもんじゃないの?」
 カズマはふん、と鼻を鳴らした。さげすむような眼差しで、じとっ、と周子を見下ろす。
「恥ずかしいですよ。仮にも当家の庇護下にある者が、イーズリー卿ラインハルトに金を無心するなど!」
「だってミアムに帰らせてもらえなそうだから」
「ミアムですと?」
 驚いたようにラインハルトが口をはさむ。
「ミングラム、です」
 カズマはさりげなくガーナ国内の地名とすり替えた。

 ふーふ、と小さくため息をつくと、カズマは不快そうに半目に伏せて周子をひと睨みした。
「あなたが使いたい金でも馬でも何でも、言っていただければお望みのままに叶えましょう。王のご命令ですから。ですが、あなたを勝手に何処かへやってしまうわけには行きません。常に王のそばにいるようにと、これも王のご命令ですから……」
 その後にくだくだと小言が続き、カズマは冷静な言葉の中に、やけに王の命令、という言葉を織り交ぜてゆく。
 それは言外に周子なんぞ嫌いだ、と言っているに他ならず。
 つくづく嫌な奴、と、周子は目をそらした。
 カズマから顔をそむけてべー、と舌を出すと、ちょうどそのまん前にラインハルトのちょび髭があって。周子と目が合うと、ラインハルトはまるで孫でも見るかのような、ほくほくと微笑ましい表情をした。
 周子は唐突にこの男に好感を持った。
 ラインハルトがふーむ、と唸った。
「王はそれほどにこの娘をお気に召しておいでか……カズマ殿、この娘、私に譲っては下さらぬか?先程、貴殿の下へと使いを遣ったはずでの。この件でじゃ」
 ああ、とカズマは冷めた表情でうなずき、懐から一通の書状を取り出した。ちら、と裏返し、イーズリー卿ラインハルトの凝った蝋印を確認する。
「失礼。確かに拝領いたしましたが、まだ目を通しておりません」
「今ご覧になられい、貴殿にも悪くない話じゃ」
「……ほう?」
 カズマはしたたかそうにメガネの奥をきらりと光らせた。封を切って書状の中身に目を通す。
「周子と引き換えに西ベルンシスの利権を譲渡する、とは……これまた無謀で大胆な。大きく出ましたな?果たしてこんな女にそれほどの価値があるかどうか。血迷うたかラインハルト殿」
 カズマはそう言ってふうん、と少し考えるように顎先に利き手を軽く掛けた。
 そこへ畳み掛けるようにラインハルトが申し出る。
「西ベルンシスと東ベルンシス、それにベッツヴァーラ河の利権を差し上げよう」
「……なんですと?」
 ぴくり、とカズマの眉が上がった。
 価値が上がったな、利権とやらがどのようなものかは知らないが、前にギャランに言って寄越したときには西ベルンシスだけだった、と周子は大人しくそのやり取りを眺めて。
「ベッツヴァーラ河……」
とカズマが静かに反唱した。
 キラリ、とメガネが光る。どうやらこの申し出にはひどく食指が動くらしい。
 ―――よし、キマリだ!
 周子は思わずにんまりとし……不意にカズマと目が合った。
 ―――あ、やべ。
 カズマの紫の瞳が、不意に険しく細められた。
「周子は、ひょっとして、ラインハルトの下に転がり込もうと思っていますね?」
「う」
 即座にカズマはラインハルトを見据えると、すばやく言った。
「この件は、お断りします。以後、どのような好条件を持ち出されても、承服いたしかねます」
 有無を言わさず鋭く切り込むような口調に、ラインハルトはぐうと唸った。
「これほどの利権をふいにする気か」
「周子は私の庇護下にありますゆえ」
 しばらく押し問答が続いた。それから、ラインハルトは長い間押し黙って。頑固だのう、とあきれたように息を吐いた。
「……ルドルフにますます似てきましたな」
 つ、とカズマの紫の瞳がメガネの奥で細められる。気に障ったとでもいう表情。
「ちっとも嬉しくないですが?はて、なにか私を怒らせるおつもりでも?」
 私と父とが不仲であることをご存知の上での発言ですね、と、カズマは一層冷ややかに切り返した。
「な、なんで?い、良い条件だったんでしょ、その、ベツバラ河とかって利権……」
「グランツ家の庇護下にある者が、他家を頼るなど、そもそも面子にかかわります!」
 カズマはぴしゃり!と周子に言い返した。
「そんな、面子なんてどうだっていいじゃない、実をとりなさいよ。あのバカが拾ってきたガラクタが、なんだかすごい利権に化けるって言うのよ!金目なものに化けるなら、とっとと換えちゃいなさいよ。あんたは私を嫌いなんだし!」
「嫌いも何も……これは、好悪の問題ではなく、グランツ家正嫡たる私の面子の問題です」
とカズマは断言した。そして、露骨に眉を顰めて。
「まして金の問題でもない。グランツ家次期宗主のこの私が、たかがそれしきの利権で動くとお思いか、見くびるな」
「食指は動いたくせに」
「なんとまあ口の減らぬ女だ」
 カズマはますます不快そうに口の端を歪めた。対する周子は蓮っ葉な笑みを浮かべて。
「やっぱ物には売り時、ってのがあって、今を逃すともう二度とこんな高値では売れないかもしれない、今がチャンスだと思うけど。あんたそういうの、下手そう。ねぇ、私のことが嫌いなら、とっととそうしてよ。こっちもあんた相手に余計な気を使わなくて済むし」
「余計な気、ですと!?幾度も脱走を試みて、どれほど私に迷惑をかけていると思うのです、王からあなたの世話をするようにと申し付かってしまった以上、あなたを無下に扱うことはできぬのです。ましてや勝手に譲渡など、ありえない。それこそ王に何を言われるか」
「じゃあ、もっと丁重にかしずく、って言いな?」
「なにッ?」
「えー?なにそのあからさまに文句ありますって表情。だって、そういうことになるじゃない。ギャランがあんたに命じたのなら。あんたがあのバカにへつらうって言う以上、あんたは私のどんなわがままだって聞いてくれるってことでしょう?王の命令ですからね?今、手離さないと、私、あなたにひどいことを沢山するわよ?脱走するし、お屋敷だって壊すわ。いいの?それこそ、身の内に巣食った災い、そんな感じに振舞うわよ?いっそあんたは、わけのわからぬものに呪われた、とでも後悔するがいいわ」
「ほう、真正面から私を脅す気か?」
「手離すなら今だと言っているのよ」
 周子はキッパリとそう言った。
 しばらく押し黙った後、カズマは、ぴたりと周子を見据え、やってみるがいい、と低い声で呟いた。
「周子、真正面からこの私に喧嘩を売る気ですね?いい度胸だ」
「ふん。ラインハルト、このメガネの有する資産であんたの欲しいものは?」
「欲しい?……ふむ、カズマ殿の手の内で今もっとも価値のあるものといえば、ニールセンの鉄鋼脈ですかな?」
 さっ、とカズマの顔色が変わった。
「無理を仰るな!」
 そう叫んでカズマは素早くラインハルトに向き直ると、短く鋭くたしなめた。
「ラインハルト殿、あなたほどの政界の重鎮が、よりによってこんな女の口車に乗せられるなど!この女の戯言に乗じてそのような振る舞い、恥ずかしいと思いませんか」
「あいにく、わしは名よりも実を取る男での。ニールセンの鉄鋼脈を押さえれば、貴殿など赤子の腕を捻るようなもの。良く出来た息子と評判高い貴殿をぺしゃりと潰され、わしはルドルフの青くなった顔が拝めるというものだ」
 周子は間髪入れずに叫んだ。
「カズマ・フォン・グランツ、そのニールセンの鉄鋼脈とやらをこのちょびヒゲに譲渡しな。紙!契約書作って持ってきて!」
 カズマが軽く腰を浮かせかける。
「周子!」
「どうすんの?私を手離すの?あんたの大事な鉄鋼脈とやらを手離すの?どっちを選ぶかはもう目に見えていると思うけど?」
 周子はカズマに言い切ると、ドレスの袖のレースを軽くもてあそんだ、完全に馬鹿にしている素振りである。
 ぐ、とカズマが喉の奥を鳴らした。ラインハルトは軽く笑みを漏らして、冗談だ、と言おうとした。ニールセンの鉄鋼脈がカズマにとってどれほどの価値があるものか、十二分に知っているのである。下手をすれば、グランツ家次期宗主の立場も危うくなってくる、それほど重要なものなのだ。ゆえに、寄越せというのもそもそも本気の言葉ではない、ちょっとからかってみただけの事である。なにせカズマはまだ若い、ラインハルトにしてみればまだまだ子供、からかい甲斐があるというものだ。
 だが、カズマは言った。
「面白い」
 ラインハルトは目を丸くした。
「よいでしょう、では、私はあなたを手離しませんよ?決して。この投資分を回収するまで。骨の髄まで。魂の繊維最後の一本まで」
 覚悟するが良い、その命知らずな口の代償は必ずや払ってもらうことになるだろう、とカズマは冷ややかな声でそう宣言した。

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