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[tog]19:カシナルト行

 饅頭を握りしめ、真っ二つの剣を見たい!と騒ぐ周子に、ラインハルトは快諾して。
 そもそも王の命令で周子を連れ戻しに来ていたカズマは、帰りましょう、と根気強く説得を続けていたものの、結局はラインハルトに押し切られ、同行することになり…… 。

「真っ二つの剣、かのクレリック・リザート王の残した聖剣についてご存知ないとは、なんとも珍しいお方だな」
 ラインハルトの直轄領、カシナルトへ向かう上等な馬車に揺られることかれこれ1時間が経つ。その道すがらラインハルトは周子を相手に話をしては返って来るその応えにふむふむとしきりに頷いている。カズマは一人面白くなさそうな表情をして。ラインハルトの親切そうでいて、だがまるで周子のことを探るかのようなその言葉の端々にカズマは神経を尖らせているようだった。

 かつて、世界を制覇した、クレリック・リザート王が死ぬ間際に岩に剣を突き刺し、これを抜いた者が次の世界の王だと言ったという。
 その剣こそが真っ二つの剣。
 それは単なる伝記伝承の類のはずだった。クレリック・リザートとはこの国、ガーナの建国の王、その強さその功績は後代まで語り継がれているのだが、だが、つまりは伝記伝承、それだけの話であったはずだった。かの剣を手に入れれば世界を統べることが出来る、というのもまあそういった話にハクをつける類の、良くある話である、と。
 だが、ある日突然、その剣は現れた。
 輝かんばかりの白刃、柄に大きな青い輝石、伝記伝承にあるそのままの姿で。
 ラインハルトの領地、カシナルトはもともとクレリック・リザートの所縁の地、その東には何人とたりとも入ることの出来ぬ、いわば封印された洞窟がある、長い間、沓として行方の知れぬ伝説の真っ二つの剣であったのだが、十年程前にどういうわけか突然、洞窟の封印が解け、その奥にそれが突き立っていたのだと言う。
 洞窟の封印が解けてはや十年。
 我こそは、と思う者が入れ替わり立ち替わり訪れては剣を引き抜こうとするが、びくともしないという。

「抜けないどころか、いわくつきの剣でしてな。どれほどの力で引こうとも、びくともしないばかりか、引き抜こうとした者には帰路、事故に遭ったり家族が死んだりと、あれこれと災いが生じたり……あるいはむしろその場で、剣に触れた途端、電流が走っただとか、全身の血管から血を噴出して倒れたとか、見る見るうちに溶けたとか、オカルトめいた言い伝えまで残っているのですぞ?」
 ラインハルトの説明を聞き流し、カズマがちら、と周子を見る。その眼差しに周子は不穏なものを感じて。
「さ、触るなと言っている?あるいはいっそのこと触って、溶けて欲しいと思ってる?」
「……溶けるのはちょっと始末が大変そうですね」
 こいつ結構本気だろう、と周子はカズマの目と軽く火花を散らした。
「大体さ、そんなオカルトな剣、ちっとも聖剣じゃないじゃん……って、あれ?クレリック・リザートの剣、っていえばそら、あれでしょ?ひょっとして、白くて、柄に綺麗な青い輝石がはめ込まれている?大振りの、スラーッ!とした長剣。そうだった、あの剣の名は真っ二つの剣とかいってたっけな。魔物を倒してゲットしたって。ああ、そうそう、そうよ、真っ二つの剣、まさにそれじゃん!」
 周子の言葉に、ラインハルトは大きく頷いて。
「なんだ、ご存知ではないか。まあ、前王陛下も執拗に欲した、有名な剣であるからの!」
 肯定されて周子はうなずいたものの、まるで腑に落ちぬ表情で首をひねり、そのまま押し黙った。

 ラインハルトは上機嫌である。
「まあ、まずは洞窟の番人の所へ挨拶にでも行こうかの。せっかくカズマ殿が足を向けてくださっているのだ、洞窟の番人、エロック殿も喜ぶであろう、あのマッチョな強面が破顔するのも、なかなかの見ものであろうよ」

 真っ二つの洞窟には、洞窟の番人といわれる男がその警備につくよう命を受けているらしい。かつて、ガーナで最も強い男、と言われた、叩き上げの軍部のトップ、血盟砦の総司令官、エロック・スレルムである。軍を退いての名誉職である。
 洞窟の番人と言うのは、まあつまりは洞窟の番人であるからして、洞窟の入り口に小屋でも建てて暮らし、洞窟に来た人間の素性や理由を確認したり問い詰めたり、記録を残したり、時には不貞な輩を追い出したり、何か事故でもあったときなどに備えているものなのであるが……それは昔の事、今ではソウイウコト、になっているだけで実際は別段そうでもないらしい。
 洞窟の封印が解けてしばらくの間はそんなことをやっていたらしいが、封印が解けてはや十年、その間、誰一人として剣を抜くことが出来ず、もはや誰を以ってしてもかの剣は抜けぬであろうとすら言われている。
 洞窟で火急の事態が頻発しない限りは、いくら前王陛下の勅命とはいえ、伝説の聖剣を護る名誉職とはいえ、ただ、剣を見つめて日々を過ごすだけで。
 確かに白く輝き美しく、聖剣と奉られてはいるのだが、そう日がな一日眺めて暮らせるような、人の心をとりこにする類の妖刀、というわけでもなく。剣は剣である。
 どれほど優れた武人とはいえ、つまりは、暇なのだ。
 どんなに無骨な武人とはいえ、観光土産に饅頭の一つでも、なんて下らぬ洒落を考えるらしい。
 従って近年は、真っ二つの洞窟の警備というよりもむしろ、真っ二つ饅頭をはじめとする観光土産グッズの企画開発販売に手を染めたのだが。それが存外の引っ張りだこの人気を得、売り出したグッズが新たな誘因となり、真っ二つの洞窟はいまやいっぱしの観光地の様相さえ為しつつあるらしい。
 そして、洞窟の番人は現在はカシナルト都市部の一等地に居を構えているだとか。
 いわば、ひと山当てた、というやつだとか。カズマの好きそうな話だ、と周子は思った。

 そして、その、饅頭を真っ二つにする、愛嬌たっぷりの洞窟の番人は、カズマの剣の師匠だと言う。

 そんな話を聞いて周子は、カズマの腰に下げた長剣の立派さに初めて気が付いた。
 そういえば、前にギャランをぶっ飛ばしたとき、剣を下げていれば命はなかっただろうとかなんとか、にっこりと冷たく微笑まれ脅されたことがある。
 ギャランに盾突く者には容赦ないという一面を持ってはいるが。それさえ除けば……。
 カズマは、背が高く、すらりとした優男で。
 常に姿勢正しく、礼儀正しく、機嫌が多少悪くても、微笑むことの出来る、上品な貴公子然とした物腰で。
 メガネを光らせて、金融経済の話や政治の話が大好きな。
 おおよそ、武人とはほど遠い印象のある男だが、聞けばその身は、文人ではなく、軍属だという。

「さっすが!超お金持ちのご子息だと、剣の師匠も一流を雇ってハクをつけるって事ね!」
「…………………………」
 カズマは否定はしなかったが、ふい、と横を向いてしまった。
「カズマ殿、こういうモノには押しドコロ、というものがありますぞ?」
 ラインハルトが苦笑しながら口をはさむ。
「カズマ殿、貴殿はお強い。だがそのような押しの弱さでは、女子もつけあがりますぞ。やはりここは一つ、前々から私が申し上げておるように、当家から女子を迎えられては。妻といわず情婦といわず、如何様にも……ぜひ女の扱いを学ばれては……カズマ殿ほどの色男ならば、まさによりどりみどりですぞ!」

「結構です」
 いやにきっぱりと、カズマは断る。

 一分の隙を見せぬ断りぶりに、ふむむ、女嫌いにもほどがございますぞ、とラインハルトは低く唸った。
「周子殿、カズマ殿は、それはそれはお強いですぞ?ハクどころではない、一流の武人に師事してその腕を認められた、いわば剣豪であるぞ。文武両道とはまさにこのことぞ?」
 そのようなフォローは無用だといわんばかりにカズマは無言でラインハルトを睨みつける。
「またまた、控えめな」
とラインハルトは笑って手をひらひら振ってみせる。
 フォン・グランツ家とイーズリー卿、両家にはいさかいがあると、噂でも何でもなく、二人とも確かに、その口で言ってはいたが。
 だがその様子を見る限り、ラインハルトはカズマのことをまるで息子のように気に入っているようにも見えた。
 気に入って、世話を焼きたがるが、当人には受け入れられない、といった感じで。

「強いといえば、あの金髪男は自分で強いって言ってたわね?」
「王か?王は、それはもう、もうもう、お強いですぞ。王になられる前は、かの洞窟の番人、エロック・スレルムを後ろ盾に血盟砦を完全な指揮下におさめ、軍部を思うがままに翻弄した。ずいぶんなやんちゃもやらかしたほどの、血気盛んなお強さじゃ」
「……それってただの迷惑じゃぁ?」
「まあ、話の腰を折るでない。王となられた今はさすがに、かのエロックの息子、ハロック・スレルムが血盟砦を指揮しているがの。王はとにかくお強いということじゃ!その強さ、まさに荒ぶる気高き獣の如く……王は物言いに率直だが、カズマ殿は賢く控えめ。お二方はガーナの若獅子と並び称されておってな。実際のところ、その力量の差はさほどありますまい」

「王と比べるなど、畏れ多いことを口にしないで頂きたい」

 ぴしゃり、とカズマはラインハルトを制するが。
 制された当人は全くかまわず流し目で周子を見、カズマ殿は本当に強いぞ、と念を押す。

「カズマ・フォン・グランツ、若くして絶対的な財力と権力とを備えた、ガーナで最高位の貴族。政財界で重用され、また王の寵愛も深い。惜しむらくは、オンナ嫌いというところなのだな、まっこと、つまらぬのう!王宮中の女という女、皆が狙っておるのに髪の毛一筋ほどの情もかけぬとは。女ならば、強い男に抱かれたいものよのう?」
「……なれば、王が、存分に堪能なさってますでしょう?私に気をかけるくらいならば王に献上なさった方が、よほど良い」
 ふん、と冷たく切り捨てる。
「グランツの貴公子の興を買いたいと思うのは本心だ。貴殿はいつも私につれぬのう。ルドルフ……お父上と仲が悪ければすなわち敵の敵は味方。貴殿にはわしの娘を差し出すといっているのだぞ」
「お断りいたします、何度も申し上げているはずです」
 カズマの言葉はいささかも揺らぎが無い。女に関してはずいぶんと潔癖な男のようである。
 だが、女、と一括りにしてくるラインハルトの言葉にこそ周子はムッとして。そしてまた、カズマの言葉にも、夜の花、とやらを公然と要求するギャランを思い出して。
 イブへのあまりなアレにも、正直腹が立つ。

 周子は自分の左二の腕に手を当てた。
 タトゥーの呪が発動しているからとはいえ、それが時折切なさにも似た強い渇きをもたらすとはいえ、この抗い難い恋情は何だ。
 タトゥー、これは好きな男のそれであるべきはずなのに。いっそロレンスの名だったら良かったのに。
 ギャランは庇護する、とか言っているらしいが。
 思えば、自分は未隷属の召喚の種ということもあり、父にはずいぶんと過保護にされてきたのかもしれない。
 ―――いまさら、他の誰かの下でなど、魂が落ち着くものか。ああ苛々する。
 タトゥーを刻むことに関して、いままでどれほど周囲と揉めようと、父さんだけは黙って側に居てくれた。父さん以外の人間なぞ信頼に足らぬし、ましてミアムの外の人間などまるで話にもならぬ。
 ―――むしろ、父さんがいるだけで十分だ。帰らなければ。

 周子は何処か投げやりにラインハルトを睨んだ。
「ラインハルト、あなたちょっと画一的に女ってもんを考えてる?ふりっふりのドレスが一番だとか、女は強い男が好きだとか、あまつさえ抱かれたがる、とか。わたし、ギャランなんかごめんだわ。あんなバカ」
「なんと。王ほどの男を無下にするつもりか」
「あんたのものさしで勝手に私を計らないで、って言ってんのよ!」
「……周子は、普通の女性からは少々外れているようですからね」

 不意に機嫌を直したのか、カズマがくっ、と声を漏らして笑った。
 ラインハルトは、そんなカズマの珍しい表情に、ほう、ほう、と奇妙な動物のように唸った。
「おもしろい。周子殿は面白いな。私は長年宮中の人事をつかさどってきたが、このようなタイプのお方は、これまで見たことは無いですな。特に女ならば、貴族の姫であれ、商家の侍女であれ、みなこぞって王の寵愛を得んとしのぎを削るというのに。あの王の色香に当てられぬ女子がいるとは、しかもそのうえ、その周子殿を王がやけに執心しているとは、まっこと面白い!面白いぞ!それこそグランツ家なぞではなく、私のもとに身をお寄せ頂ければ、どんなことでも尽力致しますぞ?」
「ええ、ぜひ」
 周子は腕組みをすると婉然と微笑んだ。
「この国一だか世界一だかの絶対的な財力も権力も身分も私には無用。ただちょっとのお金と馬とを貸してくれればいいのよ、ミアムに帰るだけのね。ここはぜひ私に恩を売って欲しいわね!やっぱちょびは話が早い!」
「いやしかしちょびとは少々キツ……」

「周子」

 油断も隙もない、とでも言いたげにカズマは無言の抗議の意をこめて低く咳払いをすると、強引に話を転じた。カズマは淡々と、かつて世界を統一しおさめた伝説の王、クレリック・リザートの伝記伝承を語リ始める。
 それは、馬車の中の空気が軽く五度は下がったような、ぞっとするようなカズマの無言の抗議だった。この男は一見温和そうに見えて、その実他人に容赦の無い。
 ―――大体、女の私相手に拳で殴ってくるのだ、まあ、殺されなかっただけマシだけど。
 ギャランとカズマだったら、同じタトゥーを刻むにしても、ギャランの名の方がまだマシな気がする。カズマのような男はためらい無くこちらを手駒として扱うに違いないのだ。
 なんとなくギャランに会いたいような気がして、そこに周子はどうにも抗い難いタトゥーの効力を感じ、恐怖した。

 クレリック・リザートの剣、真っ二つの剣には所以がある。いかにして岩に突き刺さるに至ったか、またそれを抜こうとした数々の勇者や名士たちの話。

 ―――世界の王、クレリック・リザート、ねぇ……
 クレリック・リザートといえば、いつも父さんに付きまとっていた男だ、普段目にするのとはまた違った面からの話が聞けて、それはそれで、まあ、まんざら面白くないわけでもないんだけど、と思いつつ。

「あー、じゃあさぁ?」
 周子がカズマの話を遮った。
「いいわ、じゃあ百歩譲って、ロレンスを探して頂戴!いまいますぐにミアムに帰せなんて駄々こねないからさ?」
「ロレンスですか、例の?……というより、今の私の、クレリック・リザートの話を聞いてませんでしたね?」
 かちーん、と来たようにカズマが眉根を寄せる。
「ほう!ロレンスといいますと、周子殿のいいなづけですな?」
「周子、そんな話までラインハルト殿にしたのですか!」
 それこそ本当に頭に来たようにカズマが声を荒げた。気色ばんだ、と言っても良いかもしれない。
「自分の身について一切余計な話をするな!」
 珍しくカズマは、ギャランさながら、がつん、と怒鳴って。
 ポケットをまさぐると、絹のハンカチを取り出して、なにやらたたんでヒモ状に引き伸ばす。
「なに?」
「これ以上余計な口を利かぬよう、さるぐつわでも……」
 そう言ってキッ、と睨んでくる当人は大真面目である。
「ほう!女嫌いとは聞いているが、そうか、こっちの嗜好がおありか!」
「な、なんのプレイ?」
「!!」
 カズマは、肩を震わせハンカチを思いっきり周子に叩きつけた。
 ラインハルトが上機嫌な表情で、親切そうに微笑んだ。
「馬車を降りますかな?」
「まさか!私を言い様にあしらって周子をさらおうとしてもそうは行きませんよ」
「ほう、案外しっかりしているの!」

 本気だったのだろう、ぐう、と今度はラインハルトが唸った。

 あれ?実は裏で微妙に高度な折衝が行われてたりなんかして?などといまさらながらに気づくと、周子は背筋に寒いものを感じた。
 先程交渉は決裂したものの、ラインハルトは、カズマの下から自分を取り上げようとしているらしい。まだあきらめていない、そんな意図を感じた。
 ずいぶんと気に入られたものである。カズマがニールセンの鉄鋼脈を手離してまでムキになったところにも、またいっそう興味を持ったのかもしれなかった。

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