Entries

[tog]20:五百年越え

 静かに睨み合うラインハルトとカズマとを少々持て余し、周子は今度は自分で話を元に戻した。
「でさあ?いつの間に、クレリック・リザートは死んだことになっているの?殺しても死なないようなあのおっさん、こないだ会ったときにはすごくぴんぴんしてたのに」
 カズマとラインハルトの驚いたような眼差しが突き刺さったが、構わず周子は言葉を続けた。
「クレリック・リザート王の伝説というより、あのおっさん、当人を知っているんだけど?なんで伝説だなんて言われちゃうのかさっぱりだわ。しかも、真っ二つの剣、あれは聖剣ではなく、れっきとした、魔剣だし」

 ラインハルトが心底驚いたように息を呑む気配があった。

 どっ、と鈍い音がした、と思ったその瞬間、カズマはラインハルトの首筋に手刀を決めていた。崩れ落ちるラインハルトの身体を支えて、カズマは周子を睨んだ。
「ですから、べらべらとしゃべるな!」
「え?……って、なんでそこで手刀を」
「……あなたの世話をするよう、仰せつかっておりますので」
 ―――世話ッ?これガッ?
 周子が目の前で気を失っているラインハルトを指差すと、さようです、と顔色一つ変えずにカズマは答えた。

 カズマは抱えたラインハルトの体を馬車のシートに横倒しにした。鬱陶しそうに、馬車の揺れにあわせてぐでぐでとしどけなく揺れるその身体をしばし見下ろして。そして自分は、短く断ると、ラインハルトの対面側にあたる周子の隣に腰を下ろした。
 カズマが隣に座ってすぐに周子は軽く目を伏せた。
「あのさぁ?前から何気にずっと思っていたんだけど」
 周子の言葉に、カズマは小首を傾げて促す。
「あんたって、なんだかとってもいい匂いがする」
「は?」
 あからさまに迷惑そうにカズマは腰をずらし、周子から距離を置いた。
「代々、グランツ家宗主には香を嗜む慣習があります、その匂いがあることでそこに宗主がいるのがすぐに分かるように。権力者たるものの言外のアピールのひとつですね。私はグランツ家ただ一人の正嫡ですから、次期宗主となるべき男、このような慣習に従うのもただそれだけの理由です。あなたにいい匂いなどと言われる所以は微塵もありませんが」
「変なの。匂いでその人がそこにいるって、そう言いたいわけ?そう強烈に匂うわけでもないのに?」
「ええ。ですが、寄れば分かる」
「へぇ、じゃ、簡単じゃん、匂いで当人かどうかを判断するなら、替え玉だってなんだって。あ。これって暗殺対策のひとつだったり!」
 カズマはたっぷりと沈黙した。
「まったく鋭いな……だからといってそう公言するな」
 そしてカズマはちょっと意地悪そうに笑って。
「さてこれは王の好きな香り。あなたはよほど王を嫌っているらしいから、あなたに差し上げましょうか、ふん、これはある意味、いい気味だ、王がますます寄ってきますよ?」
「うげ。意地が悪い。それに、王の好きな匂い、ですってー?知っててわざとつけてんの?きもーい、しかもそのセリフ、まるでオンナの人みたい、やーらしー、お変態」
「失礼ですね!」
 カズマがキッと睨んで寄越す。
「ですが、私は王の関心を引くためでしたらなんでもしますよ?」
「ギャランがそんなに好きなの?どうしてそこまであのギャランに肩入れをしているのか私にはサッパリなんだけど?ギャランのこと、バカだって思ってるんでしょ」
「思ってませんよ。そんな、畏れ多い」
「じゃあんたも相当なおバカ……」
「うるさいな。それにあなたのいぶかしんでいるような関係では一切ないですよ」
「女嫌いだって?男ならいいの?」
 興味津々といった表情でしつこく食い下がる周子に、
「下世話な詮索をするな、無礼者」
 ぴしゃり、冷たく切り返すと、それ以上は一切口を利きません、といった冷たい表情で顔を背けた。
「誉めてんじゃん、いい匂いだって。なんでこう喧嘩腰になるんだろ!」
 周子はムッとして、嫌がらせの意味もこめてカズマににじり寄ると、首筋に不躾に顔を近づける。確かに、紫丁香花(りら)のような、高貴で甘い匂いがする。ずいぶんといい匂いである。
「香を焚き染めてるかと思ったら、肌が、匂いたつ、って言うの?父さんもいい匂いのする男だったんだけど、ねぇ、どうやったらこうなるの?ちょうどいいや教えてよ、ねぇってば!」
「よよよよよ、よせ」
 馬車の揺れで周子の唇がカズマの首筋に落ちる。カズマはギョッとしたように慌てて周子の顎下を押し上げた。うぷ、と周子がうめく。
「やだなぁ、今のはわざとじゃあないわよ?ホントに女が嫌いなのね」
 周子は少しあきれたように、言う。
 カズマは首筋に手をやり、その痕すら不快であるというように擦ると、うんざりと呟く。
「あなたはそれでホントに自分を女だと言うのか?今のはまるで、イヌの鼻つらをこすりつけたようなものでしょう。……ほんとに。あなたはまるで動物のようだ、私、人間もさほど好きではないですが、動物も嫌いです。不躾で、礼儀を知らない。……おっと」
 対面側の座席に横たえたラインハルトの身体が馬車の揺れの所為でぐらりと転げ落ちそうになるのを長い足で、ぐい、と押しやって。親ほどに年の離れた男を存分に足蹴にしている。

「綺麗な顔をして、他人にはずいぶん、厳しいヒトみたいね?」
「綺麗?」

 初めて聞く言葉のように、カズマは眉を顰めるが、自分自身のことにはまるで興味がないタイプなのらしく、すぐに話を周子の方へと戻した。

「うかつにご自身の素性を他言するな。それから、これから私の申し上げる歴史認識以外のことは決して他人に漏らすな、これは王からの命令でもあります。私はこれからあなたにお話し申し上げることが事実であると飲み込みなさい」
「?」
「あなたは記憶が曖昧だと、王から聞いていますが、滅多なことは口にしない方がいい。さて…………申し上げますが、クレリック・リザート王は既に死んで久しい」
 少なからず周子は動揺した素振りを見せた。
「へぇ?嘘?ええ?いったいいつの間に。殺しても死ななそうなあのおっさんが?クルは父の常連さんだったのよ。召喚の種の父さんの。どっから調達してくるのか、いつも袋に一杯の金貨と紙幣を担いでベースにやってきてた、父さんをご指名でね。さすがに仕事の依頼となると父さんもクルを無下にはできないし。で、召喚にかこつけていつも父さんにまとわりついてて……酒好きの、冗談とハッタリだけで生きているような破滅的なおっさんだったけど、そもそもあれで、あんなエロ親父で、ほんとに偉かったのかしら?王、ねぇ?」

 それこそ、カズマが息を飲むような気配があった。

 クル、とその愛称で呼んだことか、伝説の世界の王が酒好きのおっさんだったと暴露したことか、軽くけなしたことか、そのどれに息を飲んだかは知れない。

 カズマの額にうっすらと汗が滲んでいる。冷や汗のようだ。何か逡巡するようにその紫の瞳が揺れた。カズマはしばらく押し黙って。
 きり、と口元を引き締めて、カズマは周子を見据え、言う。
「誓ってください。滅多なことは口にしないと。でなければどんな厄介なことに巻き込まれるか知れぬ。王は珍しくあなたが気に入っている、下手な横槍は嫌うでしょう」
 カズマは一瞬冷たく目を伏せた。
「特にこの、ラインハルトには気をつけてください。あまり気を許すと、煮え湯を飲まされますよ。彼は、宮中での人事を牛耳っていますが、裏を返せば、宮中の人間はそうそう彼には逆らえない構造になっているということです。おまけに、女を使って有望な人間を篭絡する……わがグランツ家が後見となって輩出した、優秀な男達が過去どれほど痛い目に遭ってきたか。女は政治的社会的失脚の誘因に他ならぬ」
 カズマの目の鋭さが増す。
 メガネの向こうから、鋭く、踏み込むように見つめてくる。

「周子、私以外は、誰も信用しない方がいい」
「あんたが一番剣呑だろう」

 すかさず周子が切り返した。
 一瞬の後、はた、と驚いたようにカズマが目を丸くして周子を見詰めてきた。

「面白いな、私を剣呑だと言いますか」
「トウヘンボクだとでも言って欲しい?」

 たっぷり数瞬言葉を失って。
 くっ、とカズマが軽く笑った。
 メガネの奥の、この神秘的で深い紫色の瞳は……こうして笑っている方が、柔らかく優しく緩んだ方がよほど似合うのに、と周子は思った。

「ふむ、認識を改めましょう、あなたは存外、頭がいい」
 なんだか嬉しくない言い方だな、と周子は真顔で呟いて。
「ついさっきまで、ラインハルトとなんだか仲良さげにしてたのに。ころっと手の平返しちゃって。信用するな、ですって?王宮って所は権謀術数渦巻く物騒な所だと、世間一般の話として聞いてはいたけど、つくづくそんな感じ?これじゃあ、あのロクデナシど金髪エロノータリン男が帰りたくない、ってごねてもしょうがないんじゃないの?」
「ですからその言葉を慎めと……」
 王に向かって何と言うのだ、とカズマは唸った。
「ま、いざというときは、あんたが何とか助けてくれるんでしょ?」
 周子の言葉に、カズマはまるで腐ったぶどうをうっかり食べてしまったかのように、くにゃりとその表情を歪ませた。
「……そう安易に他人の懐に飛び込まぬよう」
「世話をするの、しないの、どっちなの!」
「王が、望まれる限りは」
「イヤに引っかかる言い方ね」
 周子は肩を竦めると話を打ち切って窓の外を眺めた。
 しばらく沈黙して。やがて、カズマは決心したように、実は、と口を開いた。
「……王には、決して言うなと言われてはいるのですが」
 あなたがこちらへ来て王に最初に会ったとき、王の名を知らなかったことと同様、どうやら、軽忽に過ぎるあなたにとっては、知らないということは、時として物騒なこともありますから……、
 などなど云々かんぬん、カズマは長々と思慮深げに前置きを残して。それからようやく、だがあなたは知っているべきでしょう、と言わんとしていた言葉を続けた。

「あなたがいたと思われる時代から、ゆうに五百年は経っています。ミアムという国は、今は無く、かつてかの国が栄えた大地は未開の地となって久しい」

「へっ?」

 わだちを乗り越えかけた馬車が大きく一度、弾んだ。



 カズマは言葉少なに、だが端的に語った。
 語るその言葉にはいささかの無駄も無く淡々としていて、言葉も平易で理解しやすかった。そして、それらのどの言葉も、周子が空間ばかりではなく、時までもを越え、ギャランのもとに召喚されたことを示唆するものだった。

 ミアムに還りたい、と言った時のギャランの妙な表情を、周子はいまさらながら思い出す。
「じゃあ、ミアムの召喚の種、私の一族は?」
「五百年前の、突然のミアムの大爆発。その大地もろともの消滅とともに一切の情報は消失しています……ほんのわずかなりとも希望をもたせるのであれば、不明、とも言い換えることは出来るでしょうが」
 カズマはそう言いつつも、希望というニュアンスも良くないと思ったのであろう、ちょっと困ったように首を傾げ、口の端をわずかに下げた。
「王にあなたがミアムの者だとの話を聞き、過日、私も古い資料をさらって一通りの史実は調べてはみたのですが……」
 まあ、国ごと跡形もなく消し飛んでいるということですから、と付け加えて言葉を切った。
 周子は切られた言葉の意味をじっくり噛み締めて。
 かなりの間をあけてから、軽く頭を掻いた。
「誰もいない、何も残ってない、ってことか」
 周子はうめいた。それからははは、と乾いた声で笑って。
「私はホントに一人きりなわけね。……やあ、まー、変だとは思っていたのよね。こんな見事な整った国を見たのは初めてだったし。ギャランもあんたも、召喚の種だとか契約だとか魔石や魔法についてもまるで知らない……そうか、五百年か、五百年は、大きいなァ」

 ―――しかも国王があんなちゃらんぽらんのバカ殿様でも成り立つんだから、安定も安定、ど平和な時代、であろう。

「ミアムも召喚の種も無いのか。ましてタチバナも……とくりゃ、どーしょっかなー……」
 周子はそういうと、あーあ、と頭の後ろで腕を組んだ。
「…………何よ?」
 カズマの神妙そうな表情に、周子はちらりと眉を顰めた。
 フリフリドレスへの反応といい、こうして付き合ってみると、この男は案外正直な反応をする時がある、と思って。
 ―――どっちが本当なのか、さっぱり分からないけど。この、正直なまあるい紫の瞳の方が、はるかに似合っている。
 カズマは言う。
「いえ、もっと取り乱すかと思っていました」
「……十分取り乱しているわよ」
 周子はあとは黙って馬車の外を眺めた。
 窓ガラスに、カズマの、心配そうな表情が映りこんでいる。
 周子は目をつぶった。

<< [tog]19 Back | [tog] Top | Next [tog]21 >>

Appendix

最近のエントリ

過去の記事タイトル一覧 はこちらから

ブログ内検索

QRコード

QRコード

小説「タトゥー・オブ・ギャラン」も読めるよ!
http://klimit.blog7.fc2.com/

最近のブクマ byコハ

    Read more...on koharitoのブックマーク