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[tog]25:剣と国王

 かの伝説の聖剣も、抜いたという噂だけでは噂に過ぎない。
 それを腰に下げ、その主として周囲にアピールしなければ、剣の効果も半減する。
 剣の効果……単に敵を、仇なすものを倒す武器、刀剣としてではなく、王たる証としての、剣の効果。

 それは絶大だった。

「いや、よくやりましたな!見事である!」
「王を追って落籍なさったときは、グランツの貴公子も血迷うたかと思ったが。まさかギャラン王にあの伝説の聖剣を持たせることが出来るとは!」
 カズマは赴く先々で称えられた。
「すべてはかの若き王の資質でございます」
 理知的な、穏やかで優しい微笑みを涼やかな美声に添えて、カズマは返す。
 カズマは自分に向けられた賛美さえもいつのまにか王へのものにすり替え、皆々に王を称えさせた。
 なにしろ、前王陛下が幾たびと挑戦してもびくともしなかった、と既に世に広く知られている、いわくつきの伝説の聖剣なのだ。
 人心に篤く、また、在任中に執り行ったさまざまな政治施策において王としての評価が歴代ガーナ国王の中で最も高かった前王陛下でさえ抜けなかった、かの伝説の聖剣をあっさりと引き抜いて王宮に帰参した若き新国王は、では、前王陛下をも凌ぐ資質を備えた、まさに王の中の王である、と、やがては世界を統べる王になるに違いない、と称えられる。
 
 称えられる論法に、いささかの無理も無い。
 この点に、カズマは大満足であった。

 伝説の聖剣は白く輝く白刃で、柄には青い輝石がはめ込まれ、はっとするほどに美しい。前王陛下が幾度となく欲したのも、単なる武器刀剣としての剣というよりも、王たる者の威厳の象徴として、王としての己を誇示する装飾の一部として、欲したというのが実際である。
 カズマには、嫌だ要らない、とひまさえあればこぼしているが。
 さすがに数多控える王宮の臣下の前では、ギャランもカシナルトの時のようにごねるわけにも行かず……案外大人しく、いや、むしろ堂々と腰に下げている。気に入ってはいるのだ、とカズマは知っている、ただそれが伝説の、世界を統べる王の中の王の剣、と言われることをギャランは疎んじているだけで。
 長身で広い肩幅、締まった腰、すらりと伸びた長い脚。適度な筋肉のついたまさに美丈夫な体つきのギャランに、伝説の聖剣は実に良く映える。
 その姿は、多少の無知も、尊大さも、補って余りあるほどの神々しさで。
 口をつぐみ、大人しくしさえしていれば、まさに立派な王に見える。
 口をつぐみさえすれば。この点に少々引っかかりはするものの、カズマは満足だった。 王が、王宮にいる、そのことだけで、士気は高まる。
 そもそも、ギャランは臣下に対して、自分以外の者にはろくろく口をきかぬのだから、同じことだとも思いもして、カズマは開き直ることにした。

 真っ二つの洞窟の件から一ヶ月は軽く過ぎた頃、再三にわたる要求に折れ、ようやくカズマは周子を伴いギャランの下へ参上した。
 周子を連れて来い、というギャランのその言葉、それをのらりくらりとかわすのも、さすがにもういい加減限界であった、ともいえる。

「で?あれは?」
 顔を見るなり、ギャランはムッとした表情でカズマを問いただした。
「は?……おや?先ほどまでこちらに居たはずですが」
 カズマが目をしばたかせて周囲をきょろきょろと見回し、しまったという表情をした。
「!ダカラ目を離すなと言ったろう!」
「も、申し訳ございません、私、少々探してまいります」
 カズマが一礼し再び頭を上げたときにはもう既に王の姿はない。廊下の向こうから、周子の名を呼ぶギャランの声が聞こえる。ここ王宮で新国王ギャランの声がこだまする、これはまさにありえないことだった。カズマは己の額に冷や汗が浮くのを知った。
 ただの手駒、と思いながらも、周子の存在をずっと軽く見ていたのかもしれなかった。

 執務室のデスクに頬杖をついて、宰相アシューは一人吐息をついていた。
 デスクの向こうのソファにくつろいでいる金髪の主にすがるように言葉をかける。
「なァ、イーヴ、何とか王にこちらへいらしていただく術は無いものであろうか」
 この一ヶ月、王は確かに王宮には居るものの、公式な謁見のひと時以外は自室にこもり、相変わらずカズマ以外の臣下の者には視線すら合わせることも無い有様。
 国王であるギャランは、自国の宰相アシューの存在をもまるで無視し、当然執務室に立ち入ることも無かったのである。かろうじてカズマが外部とのパイプ役を果たし、王のご様子、その気配を知ることは可能であったが。
 ソファの背もたれのあたりに金髪が揺れる。
「王は意思がお強いですから、嫌なものはイヤだと仰るでしょうね」
とイブはそう言って、ソファに腰掛けたまま軽く振り返ると、執務室の机の上に頬をつくアシューの渋面をしばらくの間じっくりと見詰め、堪能してから、にっこりと微笑んだ。
「アシュー、あたくし、あなたのそんなしかめっ面が好きよ、とってもハンサムですもの。この国で一番しかめっ面が似合う男よ、もっと困らせたいわ」
「……王がこちらにいらっしゃる以上、やはり私はもっとこう、公式に政務を執り行って欲しいのだよ。昔はあんなふうに頑なお方ではなかったのだがなァ……」
 アシューは遠い昔を思い出すかのような、やるせない深いため息を吐いた。
 イブは軽く微笑んで。
「とりわけ政務に関しては、あたくしの意見は王は聞いてはくださいませんもの、アシュー、あたくしに仰っても無駄ですわよ?」
 アシューはまたため息を吐く。
「……そうであろうか、イーヴ相手であれば王はおやさしく扱ってくださるであろう?それこそどんな無茶な望みでも叶えてくださるはずだ」
「うふ。そもそもそんな、あの方に政務を取れなどと、あたくし、奏上する気は毛ほどにもございませんもの、うふふ」
 むしろ夜のお勤めにこそ励んでいただきたいわ、と妖艶に微笑むイブに、アシューはますます悩みを深くして眉間に皺を刻むと再び息を吐いた。
 さっきからこんなやり取りばかりが続く。
 これが続いているのは何も今日のこの時ばかりではない、ここ一ヶ月近く、王が王宮にとどまってからこっちのことである。
「……居なければ居ないでまだあきらめもつくのだろうが、こうもお近くにいらっしゃるとなると、気が騒ぐばかりでなぁ。決して手に入らぬ花を見上げては望むような、なんとも苦しい心持ちばかりして。なんとかあのお方に振り向いてはいただけぬものだろうか、なあ、イーヴ、どうしたらよいであろうなぁ……」
「うふふ、まるで恋の繰言ね」
 イブは上機嫌に微笑んで、薄い陶器の瀟洒な紅茶のカップに真っ赤な唇をつける。
「王への唯一のパイプ、カズマ・フォン・グランツを篭絡しようにも、なかなかあの男は食えぬからな。あんな人当たりの良さげな微笑で、のらりくらりと、なんとも老練な手管で周囲を掻き乱す。あの若さであれほどの手腕、グランツ家も安泰だとかなんだとか、感心している場合ではないな、私もこれまでにどれほど痛い目にあってきたことか。王が、ちらとでも私を、カズマ・フォン・グランツ以外の臣下の者を見ていただければ、我々が新国王に寄せる想いを、汲んでいただければ……はぁ、どれほどよいだろうかなぁ」
 がっくりと肩を落とし、書類を手にとるが、どうにも気が進まないといったようにアシューは、ぱさり、とその束を机上に放り出した。
「王はそんなにわれわれを嫌っておいでなのであろうかなぁ」
 またため息。
 アシューは、あの青い目でキッ、と見つめられると、竦んでしまう。
「それでも、われわれ臣下の者は王をお慕い申し上げているのに。もそっとおそばへ、行けぬものかなぁ、せめてまともな挨拶一つ、言葉の一つ、交わせぬものか……イーズリー卿ラインハルト殿もずいぶん思い悩んでおられたが……どれほど熱くかき口説こうともぴくりとも表情一つ動かさないのだから、まいったものよなァ……なぁなんとか良い方法はないものか、イーヴ……」
 まるで片思いの独白であるようなアシューの渋い深みのある声に、イブはゆっくりと頷いて。
「ええ、こちらのお方なれば、きっと可能でございましてよ?」
 イブはにっこりと大輪の笑みを浮かべた。
「ね!」
とイブにいきなり話を振られ、ドアの隙間から中の様子を窺っていた周子は思い切り飛び上がった。その勢いでずっこけるようにして、隠れて覗いていた扉から室内に転がり込んでしまう。
「ごきげんよう、周子様」
 にっこりとあでやかに微笑むイブの表情はまさに上機嫌で。凄みのある美女に笑顔で迎えられ、周子は全身の毛という毛がざわりと不穏に逆立った。
「ご、ごきげんよう……さ、さようならっ!」
と言って身を翻そうとしたときには、既にぐわしっ、と腕をつかまれている。
 優美なその姿からは想像もつかぬほどすばやく、また、しなやかにからんでくるその指の力はなかなかに強い。真っ赤に彩られた指先ははっとするほど綺麗だったが、補食する動物を捕らえた肉食獣の爪のようにがっしりと容赦なく食い込んでいる。
「お待ちあそばせ、周子様」
「ごごごごめんなさい、何も覗くつもりではなくって……ただあなたの鈴のような綺麗なお声が耳に届いたものですから……お元気そうで何より!あ、じゃなかった、ええっと……そしたらなんだかすんごいシブーイ男の人の声が聞こえて。それでそうっと除いてみたら、ものすごい色男さんと話込んでいたものでなにやら背徳の香りがゾクゾクと……わわわわ、違って、ちがうちがう、すごーく興味が、いやっ、そそそれも違うか、とにかくあの、あああああの、ごめんなさい」
「さ、どうぞこちらへ」
 周子の言葉など全く耳に入らぬかのように、イブは周子の手を引いて。イブは周子に絡みつくようにぴったりと寄り添い、周子を完全に捕らえると、宰相アシューのデスク際まで連れて来た。
「アシュー?王は、あたくしの望みなら何でも叶えてくださいますけれど、先日、たったひとつ、例外が。こちらの周子様には手を出すな、とそれはそれはもうひどくお怒りになられましたのよ?ほおら、こんな素敵な黒目黒髪……」
 美味しそう、とでもその後ろに続けそうなイブの不穏な色を多分に含んだ言葉に周子はひどくたじろいで。
 先ほどまで見事なまでに渋面であった宰相アシューは、ビックリしたように握っていた羽根ペンを取り落とし、硬直して目を見開いて周子を見ている。
「……黒髪黒目、この方はひょっとして、修三タチバナ」
 その言葉に周子は目を剥いた。
「違います!」
「そ、そうであるな、あの方はもっと冷たい無表情で、もっと妖艶な。これほど幼い印象ではないな」
 ―――なんですと?
 周子は眉根を寄せた。
 なによりここで、父の名が出てきたことに眉根を寄せるべきなのだが、どうもその後に続いた言葉の方が気に障って。
 アシューは周子の黒目にきつくに睨まれて、うっ、とうめいた。気の弱いところのある男なのらしい。
「ああ、そうだ、そう、修三で思い出した、例の羊皮紙が資料室から失せてしまって、ああ、どうしよう、それこそ王にばれたら大変だ……あれは王が特別に気に入って大切に保管をしていた筈なのに」
 大きくため息をついて、頭を抱え、アシューは一人ごちた。
 どうもため息体質というか、悩み体質というか、愚痴り体質であるらしい。おそらく胃や腸に穴をあけたことも、一度や二度では無かろう、と周子は思った。
「羊皮紙、って、ああひょっとして、黒髪黒目な美形が描いてあって修三タチバナ、って書いてある奴?……それなら、あんのバカが燃やしちゃったですが」
「燃やしただとっ!?」
 がたっ!とアシューは慌てたように椅子から腰を浮かせた。
「ギャランが自分でやったのよ。私じゃないわよ。で?なんで修三タチバナの名が、こんなとこに出てくるの?あの羊皮紙は何?おたくら父さんとどんな関係?」
「イーヴ、こちらのお方は一体誰だ?」
 アシューは周子を無視し、取り乱し気味にイブを振り返る。
「ちょっと!目の前に当人が居るんだから、面と向かって聞きなさいよ、まどろっこしくてイラつくったらありゃしない」
 居丈高に腕組みをした周子にどかっと机の正面を蹴り上げられて、アシューが思わずびくりと身を竦めた。イブは楽しそうに青い目を細めて周子とアシューを交互に見やる。
 数瞬の後、アシューがまじまじと周子を見つめてくる。
 周子も目の前の男を見つめる。
 ビックリするほどの男前である。ギャランよりもずっと年上だが、渋みのある、苦みばしったハンサムな顔立ちとかいうものはまさにこんなものであろうと周子は思った。
 銀茶の髪をオールバックに撫で付け、きりりとした印象、理知的に光る濃い灰色の瞳が大人の男の渋味を際立たせている。彫りの深い、まるで彫刻のような均整の取れた顔立ち。割れたあご先が、なんとも言えぬ大人の男の色香を感じさせる。
「……ずいぶんと男前な。イーヴって呼んでるってことは、イブ、この人もあんたの特別な男な訳だ?」
「……あけすけな方であるな」
 アシューが苦笑した。
「イブ、この人失礼だよ!」
「うふふふ!ほんと周子様は面白いわ!」
 イブはアシューにしなだれかかり、その割れた顎先に真っ赤に染めた指先を這わせる。存分に官能的な仕草だったが、アシューはやはり渋面のままである。
「アシューを男前だなんて、周子様はやはりなるほど、かなりの面食いですわね?あたくし、見目良い男なら沢山取り揃えておりましてよ?今夜あたくしの所へ遊びにいらっしゃらない?」
 周子はヒク、と口の端を歪めた。一歩後退って。
「沢山、って何よ……イブ?」
「んまあ!あたくし、後宮のトップでございましてよ?」
「うわ、じゃあ、この国の後宮には男も揃ってるってわけ!」
「んまあ!」
 イブは一層上機嫌になってころころと笑った。
「後宮に男が居るわけ無かろう、からかうのもいいかげんにしろ、イーヴ、余計な誤解が宰相たる私の首を締める羽目になる、私を失脚させる気か」
 アシューが額に指を当ててうんざりと呟いた。その、低くかすれたような声には大人っぽい色がある。
「して、あなたは一体どなたであろうか、こちらのイーヴとは面識がおありのようだが?」
 アシューが悩み深げに周子に尋ね、再び、まじまじと視線が絡んだ。

「何を見詰め合っている、この浮気者!」
 突如背後から、ムッとした、語気の鋭い声が飛んだ。
「まったくお前は移り気だな、このおれを主と認めたのではなかったのか」
「は?」
「げっ!!は、ってなんだ、は、って。は?だってよ!」
 伝説の聖剣、真っ二つの剣を腰に下げたギャランが、苛立ちも露わにつかつかと執務室の中に入ってくると、周子とアシューの間に割って入り、キッと鋭くイブを睨みつけた。
「イーヴ、またお前か!おれの周子に手を出すな、ってあれほど言ったろう!」
 きゃん、と媚を含んだ悲鳴を上げてイブは周子の背に隠れたが、それがまたギャランの苛立ちを煽ったらしかった。
「周子にさわんな!ダッカラ離れやがれ、このっ……!」
 ギャランがイブの腕を掴んで周子の後ろからぐいぐいと容赦なく引っ張り、力づくで引き剥がした。乱暴にその手を離し振り払ったところを、アシューがキャッチしてイブは床に倒れこまずに済んだ。
「二度とおれの周子に手を……あたっ!」
 ぱちん、と見事な平手を頬に喰らって、ギャランは目をしばたかせて周子を見た。
「私は誰の物でもない。あんたのその態度は気に食わない、あんたはどうしてイブにそんな乱暴をするの、一体全体何様のつもり?……んっ!んんぅっ!?」
 いきなり力強く抱き寄せられ、唇を塞がれた。歯列を割って強引に舌が入り込んできて、たまらず周子は拳でギャランを殴った。
 ばきっ、と鼻っ柱を砕くような、いい音がした。
「お前にちょっかいを出すからだ!畜生、抱くぞ、来い」
 たたっ、とかすかな滴り落ちる音がして、ギャランの胸元が血で濡れた。お召し物がっ!と突然の王の出血の事態に、アシューが短い悲鳴を上げた。鼻から血を滴らせてそれでもギャランは周子の腕を掴んで離さない。
「離してってば!」
「うるせぇ、コッチは一ヶ月も溜め込んでんだ!」
 そう言って強く周子の腕を引き、執務室を後にしようとする。周子は力いっぱい身を捩って、その顎下を思いっきり蹴り上げ、己の身体を自由にした。
 おっ、と周子は思った。蹴り上げた瞬間、ギャランは驚くほど素早く身を翻し、直撃するのを避けたからだ。やはりあの洞窟で見せた身体の動きは本物だと知る。
「畜生、一体どんだけ大人しく辛抱してたと思ってやがる!おれが王宮にいたのはひとえにお前のためだぞ、周子!」
「なんと!」
 アシューが驚いた声を上げたのだが。
 ―――なんと、じゃないよ!冗談じゃないよ!
「ちょっと待ってよギャラン、なんでそうなるの!?」
「カズマがそう約束した、おれが王らしく装えば周子を自由にして良いと」
「なんですって?」
 目の前のギャランは見事に美麗な国王姿に仕立て上げられている。上背もあり、広い肩幅、締まった腰、足もすらりと長く、なんとも見目麗しい、若き美しき国王姿、キラキラと輝く白銀の刺繍の凝らされた美しい上着を羽織ったその姿は華美をはるかに通り越し、秀麗な額にこぼれかかるあでやかな金髪と相まって、まるで自身が宝石であるかのようにキラキラと輝きを放っている。
 それが、鼻血を滴らせながら、大真面目な表情で自分をどこかに引きずっていこうとしている、周子はなんとも奇妙な情けない気持ちになって周囲を見回した。途端にアシューと目が合った。
「ねえ渋い兄さん、あんたにも聞くけど、これでこの男がほんとに国王なの?」
「おれ以外の男に声を掛けるな!おれ以外の男を見るな!おれ以外の何者にも心惹かれるな!」
 独占欲全開で噛み付くように矢継ぎ早にそう言って寄越したギャランに、
「命令しないで、って言ったでしょう」
と、周子はキッパリと首を振った。この上なく冷静な表情である。
「おれ様以外の男、なんてそこらじゅうにごろごろいるじゃない、意識しようがしまいが視界に入ってくるの!一緒に暮らしてるカズマ様はどうするの、んまああの男はしょっちゅう出かけてるからどうでもいいけど、エンギワルーは?他の従者たちは?これで男というものを見るなと言うだなんて、私にさっそく死ねですって?殺す気?」

 うぐ、とギャランはたちまち言葉に詰まった。

「……あー、いや、そういう意味じゃなくて。死ぬな。そのー、なんつーか……お前がおれ以外の男に興味を持つのがイライラする。おれはお前の主だから、お前はおれだけを見てればいい。大体、お前はこの剣に誓っておれを主と認めたろうが!」
「いやぜんぜん?」
 即座に答えて周子はきょっとん、と首をひねった。
 たちまちギャランはひく、と頬を引きつらせる。
「もしおれがお前の主なら、お前を守るのが筋だろう、と言ったではないか」
「うん、言ったけど、筋だろう、とは言ったけど、あくまでも”だろう”と言ったけど?もしも、って。ギャランを私の主に認めるだなんて、そんなこと、私一言も言ってないよ?」
 肩を竦めて、耳おかしいんじゃない?と言った周子。
 途端、ギャランが目を剥いた。
「だーっ!畜生!おれをはめやがったな!」
 ギャランは腰の剣を鞘ごと抜くと、思いっきり床に叩きつけた。
「この一ヶ月、今の今まで、おれがどれほど我慢に我慢を重ねてこの王宮の奇妙奇天烈な輩どもに謁見をしてやったと思う?若き全能の王、と言われて気高き微笑とやらを浮かべてやったと思う?お前のためだ、お前が、その剣をおれに持たせたからだ!お前が、喜ぶから、って!カズマが言ったからだ!」
 なにが伝説の聖剣だー!と叩き付けた足下の剣を蹴り上げる。
「カッコいい王様!な姿を見せれば、さすがに周子もイチコロだろう、とカズマが言うから!!さすがの見てくれバツグンのおれでも、王らしく見せるには付け焼刃では駄目だ、少なくとも一週間は王宮で暮らして作法を学び王らしくあれ、と、一週間もすれば、周子を連れてくる、と、カズマは言ったのだぞ!一週間、といいながら、それがずるずるとまた一週間過ぎ、また一週間過ぎ、ああ!かれこれ一ヶ月、お前に会ってないんだぞ!」
「……じゃあ、はめたのはカズマ様でしょうに」
 真顔でそうさっぱりと周子に返されて。ギャランはしばらくの間、二の句が告げずに周子の前で立ち尽くしてしまった。
「お、おれは今まで生きてきた中で一番努力した気がする」
「一ヶ月王宮にいたのが?」
 うん、とうなずいてギャランは周子の顔を覗き込んでくる。
「おれに惚れた?かっこいい王様なこの姿に、だな?んもうメロメロ、抱いてくれってな具合でだな……」
「全然」
 確かに、真っ二つの剣の洞窟から帰ってきてこの一ヶ月、カズマの私邸にギャランの姿は無かった。
 この一ヶ月というもの、カズマは上機嫌で。時折周子と目が合うとなにやらほのかに微笑んで見せるので、きっとなにか企んでいるのだろうとは思っていたが。
 カズマがどうやら上手いことやってギャランを王宮に足止めさせていたのだろう。
 カズマの機嫌の良かった理由がやっと分かって。周子はあまりにバカらしくて苦笑した。
「おれがお前の興を買うためにどれほどの労力と忍耐を払ってきたのだと思うのだ!」
 ギャランが自分の上着の襟をびっ、と引っ張った。
「おれはこんな格好がカッコ良いとはちっとも思わねぇ!」
「大丈夫、とってもよく似合ってマス」
「おれの目を見て言えるか」
 つい、と顔を背けてたまらず周子は肩を震わせた。
「お、王様ちっく……」
「ちくしょー!」
 ギャランが肩を震わせた。
「だって、私は何にも頼んでないわよ、そんな高そうなお衣装着て欲しいだなんて。まして、王様っぽくなったらヤらせてあげるだなんて、一言も言った覚えがないわよ?そもそもそんな下品な約束をあの女嫌いで潔癖なカズマ様がするわけないじゃん。あんたの勘違いじゃないの?妄想大王め!」
 周子はざっくりととどめを刺した。
「馬子にも衣装とは言うけれど、あんたは生まれながらの王様ですってねぇ!髪も服も、こりゃあまたどえらくキラッキラ!キラキラ輝いて、ぷ、ぷぷぷっ、輝かんばかりの王様ップリよ!あはははは!しゃ、シャンデリア!歩くシャンデリア!」

 シャンデリアだよぉぉぉ〜!ギャラン!と周子は指差して笑い転げた。

 ギャランと対等な口を利く周子の大笑いの様をアシューは信じられないような表情で見て。
「イーヴ、こちらのこのお方は一体……」
「おれのオンナだ!てめぇ、間違っても手ぇ出すんじゃあねぇぞ!!!」
 ギャランが鋭く噛み付かんばかりに言い切った。
「じ、冗談やめて……くはははっ」
 周子の肩がまだ笑いで震えている。
「冗談じゃあねェゾ!畜生、こんなのもうおしまいだ!おれは帰る!帰るぞ!」
 ギャランは周子の腕をつかんで部屋を出て行こうとする。周子はその腕に抗って。
「ああ、待って、この人、この人ギャランといろいろ話をしたいって、さっきからずううっと愚痴ってばっかしだったよ?なんか可哀相なくらいだったけど……?」
「何ッ?」
 ギャランが意外そうに振り返った。
 周子の言葉受けて素直に振り返った王を、アシューがその目の前の光景を信じられないといった表情をして見つめた。
「王……………」
 たちまちギャランの表情が凍てついた。
 ああ、と短くギャランは応えて。
 それ以上は何も言わず目線をそらして……。
 ギャランは自分を守るかのように体の前でしっかりと腕組みをした。
 この国へ来て、もうこの光景を何度見たことだろう、と周子は、王宮の臣下を前にいつもの、ひとり次元が違うような冷たい雰囲気をまとうギャラン、冷たい壁を築くギャランに、なんだか砂を噛んだような気持ちになる。
 ツキリ、と何かが痛む。
 息苦しさを覚えた胸を押さえ、喉に突っかかる棘を飲み込むように、一つ息を飲んだ。
 冷ややかな眼差しでギャランは一度アシューを睨んだ。
「……アシュー、貴様、年はいくつだ?」
「さ……三十九です」
 かすれた声でアシューは応えた。
「ほら、イイおっさんの年だぞ?おれのほうがぐっと若くてゼツリ……ん?」
「アシュー、ギャランに話があるんでしょ、私がイヤとは言わせないから、ハナシをしなよ」
 周子のキッパリとした言葉に、アシューはすぐに冷静な表情に戻るとつかつかと先ほどまで座っていたデスクに寄り、机上の書類の山の中から一束取り上げる。
「王、東ベルーナモアの統治に関する決済ですが……」
 アシューが淡々と話を進め、決裁を仰いだ。
 ちっ、とギャランはいかにも嫌そうに舌打ちをして。だが周子に睨まれて。
 それでも、二言三言、言葉を返した。
 言葉数は少なかったが、王の決裁には十分なやり取りだったようだ、アシューは安堵したかのような、満足したかのような表情をして。
 そして、アシューはちょっと周子に目を移すと、わずかに微笑んだ。びっくりするほど魅力的な微笑だった。
「なんて間の抜けた面をしている」
 周子はごちん、と頭を叩かれるが、アシューが喜んだのが嬉しくて。
 ギャランは傷ついたような、複雑そうな表情をした。
 ふむ、とあご先に手をかけて。
「なあ、アシュー、だがお前は結婚していたよな?」
 ―――そう、その口調!普通に話せるじゃないか、カズマ様以外とも。
「アシューは売切れ。はーん、残念だったな」
 にやり、と笑うが、周子にはその意地悪は全く響かない。
 表情ひとつ変えぬ周子にギャランが悔しそうな表情をする。
「……ちっくしょ、既婚者がいいのか?」
 およそ筋違いな、だが真剣なギャランの言葉が、何処か愛しくて。
 周子は黙ってギャランの大きな手の平をとった。
「……………」
 ギャランはしばらくまじまじと周子につながれた己の手を見ていたが、やがて、ふん、と小さく鼻を鳴らした。
「……帰るぞ、王宮なぞ、長居は無用だ」
 そのまま周子の手を握って引いていく。それに少し抗って周子はギャランの気を引いた。
「なんだ、まだ用か!?」
「ねぇ、ギャラン、あんたひょっとして大量の決裁案件を溜め込んでるでしょう?」
「知るか、決裁権限はアシューに与えてある、勝手にしろ!」
「でも現にこうしてあなたの指示を待っている案件もあるんだって。王としてのあなたが必要なんでしょう?」
「知るか!」
 ギャランには彼に王としての指示を仰ぐ臣下がいて。
 事情は良くは分からないが、ただ、ギャランはその愛され方を知らないのだ、と周子は知った。
「あなたじゃなきゃ、駄目なのよ?」
「……ナンダソレ。まるで口説かれてる気分だな、そうか、ならばベッドの中でハナシをつけようか、ベッドの中でならどんな無理だって聞いてやる」
 周子はギャランの手を払った。
「むむむりだって!」
「おれだって無理だ!国王なんてごめんだ!お前のそれと同じぐらいにな!」
 ギャランは周子の両肩をつかんでがくがくと揺さぶった。
「大体お前はナゼこんなところで、他人の世話を焼かねばならん!こんなやつ、ほっとけ!おれは国王なんてごめんだ!おれは、酒飲んで女抱いて、そんな人生で十分だって言うんだ!国王だと?国民やらなんやらかんやら一切合財、このおれが愛せるとでも言うのか!大体だな、愛してもいない女を抱けるかってんだ」
 そう言ってギャランは、ん?と首を捻った。
「……んん?待てよ?んあー、あああ?……おれ、抱けるなァ……」
 言いながら、さすがに自分でも話が破綻していると思ったのだろう、そして、自分なりに呆れたのだろう、ギャランはバリバリと頭を掻いて。
「まーいーや、帰ってお前と風呂入って酒飲んで寝よう、っと」
 くるりと踵を返す。まるであっけらかんとして。
「なんか……お前と、いうのが、余計なのがなんか入ってるみたいなんだけど!」
「だーうるせ、おれは珍しくここんとこヤってない、ずいぶん溜まって……へぶし!」
 また周子に鼻っ柱にパンチを食らって。それからギャランは奇妙な表情をした。
「あの、まだ結婚はしていません」
と、困惑することしきりのアシューの声が掛かったからである。
 え?とギャランがアシューを見る。いぶかしげにその眉を寄せて。
「結婚したと聞いたぞ、もうずいぶん前だろうが」
「結婚するとは申し上げましたが」
「が?」
「宰相たるわたくしの結婚は王の祝福なしではありえません」
「は……?」
 たっぷり間があいて。
「王が、王宮を出てしまわれたため、それもかなわぬ状態であります」
 さすがにギャランは動揺した。
「おおおおおれになどかまわずことを進めればよかろう」
「そうは参りません」
 毅然とアシューは言い返す。
「宰相職にて代々国王にお仕えして参りました我がヒラルテック家の者が、王に無断で妻を娶るなど、言語道断、王に祝福されない限り、私、どれほど彼女を愛していたとしても、結婚するわけには参りません!」
「よし、ゆるす、さっさと好きにすればよい」
 すかさず逃げるようにそう返したギャランの言葉に、アシューがなんとも悲しげな表情をした。
 周子はギャランの手を引いた。
「ギャラン、この人は、あなたに祝福されたいのよ」
「祝福……って、なんだそれ……ぐはっ!」
 みぞおちに拳を食らってギャランは体を折った。鳩尾を抑えてぐぐう、と苦しげにうめく。
「お前、パンチ重くなったな……」
「ええ、来るべき戦いの日に備えて鍛錬を」
「戦いの日っ?」
 幾分低くなって手の届くようになったギャランの頭を、周子はぐいっと、下に押し下げた。
「ご結婚、おめでとうございます、えええっと、式とか披露宴とか、んーまあ、よくは分からないけど、とにかく、ガーナ国王として公式なもの、必要なもの、ガーナ国王ギャラン・クラウン、すべて謹んで臨ませていただきます。んもう、何でも言って!ギャラン、お祝いソングとか歌ってやんなさいよ!」
「なにィっ!?」
 思わず身を起こしかけたギャランの後頭部に鋭い肘鉄を落とし、今度はその美丈夫な身体を完全に冷たい床の上に沈めると、周子はにっこりとアシューに笑いかけた。

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