Entries

[tog_p2_22]「自嘲」/タトパラ2

「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第22話:「自嘲」



「彼はうちのハウスキーパーでね」
「それは既に伺いました、こちらの男性から」
 カズマの説明に、ぶすっとして周子が返す。
「イレイザーがハウスキーパーってまったくもう、どういうお家ですか」
 一瞬カズマはピクリと硬直して、すぐに、ばか滅多なことを言うな、と素早く周子をたしなめた。
 スキンヘッドの大男が慣れた手つきで紅茶を淹れる様子をちらちらと視界の端に入れつつ、キッチンのテーブルの端の椅子にちょこんと大人しく褐色の巻き毛の愛らしい少年が座っているのを見詰めて。この可愛い男の子があのおっさんの子供であるということに少なからず周子は動揺したのだが。カズマが手づからオレンジジュースを入れてやっているところもこれまた意外で。どうやらカズマはとても可愛がっているらしかった。
 身内とそうでない者との扱いの差がはっきりしている男だと思った。
 周子は時計とカズマとを交互に見比べて。
「とにかく早く帰してください。もういい加減、署に行かないと」
 途端にカズマが、なんだ私を責める気か、と表情を苦くした。少年に向けていた先程までの優しい表情とはまるで別人だった。
「はん、さんざん人のベッドで寝こけていたそうじゃないか。そんなに眠っておいて今更職務に戻るだと?ふざけるな」
「出られなくしたのはダレデスカ!」
「なんだ被害者ぶって!勝手にセーブルームに入って寝こけたのは君のほうじゃないか、そんな風に私を責める位なら窓でもドアでも打ち破って勝手に帰るんだったな!」
「冗談!無理に決まってるじゃないですか!こんな堅牢な家!防弾ガラスだってギャラン刑事くらいしか破れませんよ!……あっ、そうだ、ギャラン刑事に来てもらえばよかったんだ、そうでしたそうでした!」
 周子の顔がぱっと華やいだ。
 バッグから携帯を取り出すと、うわ、と目を丸くして。
「着信三十件!?……ギャラン刑事だ……マナーモードにして寝てたから全然気付かなかったんですね。うっわー、めっちゃ怒ってるだろうな」
 どうしよう怒られるだろうなとか言いながらリダイヤルしかけた周子の手から、カズマは携帯を取り上げるやエンギワルーに渡した。
 エンギワルーは困惑しつつも、キッパリとした有無を言わせぬカズマの態度に気落とされ、ひとまず周子の携帯を胸のポケットに納めた。
 カズマは冷ややかな眼差しでくすりと笑った。
「ギャラン刑事は頼りになるな?」
「そりゃ装甲車並みのパワーの主ですからね!こんなお家、ぶち壊しですよ!」
 カズマの意図が読めぬ一方で、噛み付かんばかりの周子の勢いにもエンギワルーは目を丸くした。
「きみには衛星携帯電話を。用意出来次第、渡す」
「要りません、返してください」
 周子の言葉を無視して。カズマはルシウスが、と言うなりなんとも嫌そうな表情をした。嫌な記憶でも蘇ったらしい。
「ルシウスがこれをきみにと。アカデミーでの成績を調べさせてもらったが、射撃の成績は結構いいみたいだな、ちょっと練習すればすぐに使えるようになるはずだ」
 カズマは真顔でテーブルの上に銀色に輝く流線型のそれを置いた。
「ギャラン刑事と同じ物だ、レーザーガン、実験段階のちゃちなSFオモチャではないぞ、この私が設計した実用段階の品だ」
 途端に胸がぎゅっと痛んで周子は拳をにぎった。
 カズマにもそれはすぐに伝わった。
「……悪かったな。きみがあのバカを好きだとは全く知らなかったから」
 カズマの声が不意にトーンダウンした。

 昨日の事だったか、周子とギャランが帰って後、しばしソファで転寝をしていたらしい。ふと人の気配に気付いて起きれば、従兄弟のルシウスが、ソファのすぐ側でまるでしなだれかかるように人の寝顔を覗き込んでいた。
「まあ、原稿の締め切り?玄関のカギなんて開きっぱなし。いくら疲れていても無用心すぎるわよ?そんなに精も根も使い果たすようなお馬鹿な仕事しなくたって、って、だから作家なんて辞めろと言ってるでしょうに」
「またその話ですか、兄上」
 余計なお世話です、とカズマは身体を起こすと掛けっぱなしだったメガネのズレを直した。
「ルドルフが戻ってらっしゃいって」
「ルドルフが死ねば家督を継ぐと言っているでしょう、それまでは私の自由にさせてもらうと言ってあるはずだ、用がないならお帰り願いたい、私が会いたいのは父の、ルドルフの死体、それ以外に無い」
 まっ、相変わらず手厳しい、とルシウスは苦笑して。
「ちょっと寄っただけで、取り立てて用はなかったんだけどね?」
 銀色の長い髪を揺すって、ルシウスはカズマの憮然とした表情を覗き込んだ。にんまりと、まるで猫のような笑みを浮かべる。
「用が、できちゃったみたい」
「は?」
 有無を言わさぬ強い声色で、寝室にいらっしゃい、と言われて。
 嫌な予感がした。

 カズマはそう話すと、ヤレヤレ、とテーブルに肘をついた。神経質そうなその指先で、つつつー、とテーブルの上をなぞる。
「こう、寝室のベッドを撫でさすってだな、髪の毛を一本摘み上げた。黒々とした艶やかな長髪だ、つまりはきみの髪の毛」
「それは、それはきっとあれです、補佐官の衣類に付着したか、そんな感じです、きっと。私補佐官のベッドになんて寄り付いていませんし。誤解です」
「ああ、私もそのとおりだと思う、思うのだが、ルシウスは引き下がらない。そしてきみを……すぐにきみの名を出してきた。きみはルシウスに会ったことがあるだろう?」
「え、ええ。補佐官が私を殺そうとしたときに」
 周子は苦い表情をした。
 カズマは深いため息をついて。
「どうして殺されそうになったか分かるか?」
「ギャラン刑事のいうところのNGワードを連発したから。まぁ、私はある意味わざと煽りはしましたけれど。牙の教徒とかインサニティレッド、ラジカルブルー……」
 だからそうそう口にするな!ぴしゃりとカズマは窘めて。
「そうだ。それが理由で、決して君が私の足の秘密を知ってしまったからという理由ではない。あれはあくまでも私と君との間で取り交わした密約であったはずだ、互いに黙っている、とね。婚姻届も、いざというときに君の身を守るための保険であって、私はそんなものを公的に提出するつもりは毛頭なかったんだ」
 ええ、と周子はうなずく。
「私も昨夜は油断していたんだ、原稿を送信して一安心していたのが大きな理由だろうね。うっかりルシウスの巧みな尋問に見事に嵌められたんだよ、足のことがきみにばれたことが知られてしまった、そして籍を入れざるを得なくなった」
「なんでそうやってぺらぺらと話すんですか!口、軽っ!信じらんない!!」
「違う!ルシウスの弁術はものすごく切れる。この世で最も物騒な武器だ、私が手玉に取られてもこれは仕方ないことだ」
「うえー!補佐官があっさり負けを認めるだなんて!」
「失礼な!負けを認めているわけじゃないぞ!ただ、ルシウスには敵わないと言っているだけだ」
「同じじゃないですか!」
 周子にツッコまれてカズマは両眉を引き寄せた。相当気分を害したらしい。
「だって!補佐官のこの悪舌を手玉に取るだなんて!ありえません!」
「彼は私の従兄弟だ」
「へ?」
「私に弁術を教えたのも彼だ」
「………………」
 ほう、沈黙したな、とカズマはかすかに笑った。
「ルシウスがきみをおもちゃに選んだんだよ。ルシウスは何より私を弄ぶのが生きがいみたいなものだからな」
 それって、ギャランに対するカズマの態度とよく似ているのではないかと周子はふと思った。
 周子はまっすぐにカズマを見た。
「そんなに、ギャラン刑事のことが好きなんですか?」
「え?」

 ―――どうするの?周子刑事を始末してギャラン刑事を敵に回すの?それとも少しは泣かしてしまっても、それでもお前はあのギャラン刑事が欲しいの?
 そう言って、こちらを値踏みするかのようなねっとりとした眼差しで微笑むルシウス、その面差しのなんと妖艶だったことだろう。

 予想以上に聡い周子の言葉に、カズマはただただ言葉を失って。
 しばらく周子は押し黙って。そしてはっきりと言った。
「こんのど変態!」
 ひとまず署に行ってきます、と周子が部屋を出てゆく。玄関のドアが勢い良く閉まる音がして。
 エンギワルーが掠れた声で小さく笑った。
「いい度胸してますな」
 そう言ってカズマを見れば、カズマは口元に手を当てたままショックを受けたような表情をしている。
「若?」
「あ、ああ、いや、なんでもない」
 唐突に喰らった胸の痛みをカズマは無理矢理ねじ伏せ、いつもどおりの冷静な表情で返すが、いつもとは違うカズマのその感じをエンギワルーが見逃すはずは無かった。
 エンギワルーは真顔でカズマの顔を覗き込んだ。
「私がちょっと商用で出かけている間に、一体何が?」
「べつに。今話をしただろう?ただあれを妻にしただけだ」
 返すカズマの言葉は低く冷たい。
 棚から茶封筒に入った書類を取り出すとエンギワルーに押し付ける。その戸籍謄本に目を通して、エンギワルーはやれやれ、と深くため息をついた。腰に軽く手をあてて、カズマを見下ろし、なだめるように諭すように言葉を選んだ。
「同意の上での事でしたら私は喜びますがね?どうやら違うようですな?」
「状況は同じだ」
「無理矢理に入籍させるだなんて、おかしいですよ」
 そう穏やかにたしなめるが。
 カズマはキッパリと首を横に振った。
「なにせ、ギャラン刑事が本気の女だ、だから妻にしたのだ」
 エンギワルーはちら、と眉根を寄せ、理解不能なカズマのその言葉に、無言で先を促した。
「そこいらに転がっているような普通の女なら、仮に死んだとしてもまだ、事故だった、で済むかも知れん。公安は抜け目無く上手くやるだろうし、あるいはお前が上手く始末するだろう……だが、相手が悪いんだよ」
 カズマは頭痛がするとでもいった表情で人差し指で自分のこめかみをグリグリと押した。
「あのギャラン刑事が周子刑事に一目惚れだそうだ、いや、日が経って、いまは一目ぼれどころじゃないひどいはまり様だ、ぞっこん、夢中といってもいいくらいだ。実際こう、彼女を目の前に置いて会話をしてみるとものすごく気が強く、頭がいい、何かとても強い手応えがある、ギャラン刑事はさすが、ものの本質を見抜く良い目をしていると思うよ、今回改めて感心したと言っても良いくらいだ」
「いやしかし」
「彼女が万一、不慮の死を遂げたとき、ギャラン刑事は絶対に動く、彼の直感は実に優れている、彼が何か齟齬を感じるようなことがあれば、それはそれは徹底的に戦うだろう。私は彼とは決して争いたくないし、こちらの肚を探られれば、結果的に国家がダメージを喰らうことになる、危険過ぎる」
 エンギワルーもギャランの気質を知らぬわけではない。
 しばらく唸ってそして深くうなずいた。
「しかし。そのような女性を、若は妻に?それこそギャラン刑事が黙っていないでしょう、いくらなんでもそんな……そんな、そんな奇妙なハナシがあってたまりますか」
「仕方ないだろ、バレたんだから。こうと決めた時の兄上の容赦の無さはお前も十二分に知っているだろう」
 カズマはうんざりと呟く。
「私だって、別に彼女と結婚したくてそうしたわけじゃない。おまけに周子刑事がギャラン刑事を好きだと白状する始末。呆れたことに私はとんだ邪魔者でしかないときた」
 カズマは、ふーっと深くため息をついた。
 それは周子にもギャランにも見せぬ色である。
「おまけに、あんなに好きだ好きだと言っておいて、私が彼女の籍を入れたと知ると、手の平を返したように身を引くと言い出しやがって。さっき、ギャランに会ってきたんだ、珍しく深刻な声で話がある、というものだから仕方なく出向いたのだが。何の話かと思ったら、私のためになら身を引けるなどと言い出した、ありえないじゃないか」
と、カズマはうめいた。
「まるで私が彼から周子を取り上げたようで、実に後味が悪い」
「……若?」
「ギャランはだな、私に幸せになって欲しいのだそうだよ、彼は私の……」
 カズマはエンギワルーを仰ぎ見て。
「私の足を駄目にした張本人だからな」
 まったく馬鹿馬鹿しい、とカズマは自嘲した。


(第23話へつづく)
(目次へ戻る)
 あとがき、というほどでもないですが。
 久々のタトパラ2です。オフでお会いしたときに夜野さんに催促されて(笑)なんとか引っ張り出してきましたが、あいにく補強めいた話に終わってしまいました。カズマはなんだかババ抜きのババを掴まされでもした気分というか、一番面倒な感じに。奇妙なこの構図はぱっと読んで読み込み可能でしょうか、大丈夫でしょうか。えーっと。
 ぎゃー、ギャランが出てこない、ごめんなさい、でも次からはいけいけどんどんのにぎやかなハナシ?になりますよ、ギャラン。なんかいまちょっと裏でトチ狂ってるようですけど、ギャラン、強い子ですので(何?)。

Appendix

最近のエントリ

過去の記事タイトル一覧 はこちらから

ブログ内検索

QRコード

QRコード

小説「タトゥー・オブ・ギャラン」も読めるよ!
http://klimit.blog7.fc2.com/

最近のブクマ byコハ

    Read more...on koharitoのブックマーク