コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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グランツ家から出ろ、というアシューの言葉に、吝かではございません、王とは出来るだけ距離を置こうと実際考えております、と応えた周子の冷静な言葉をギャランは何度も何度も反芻する。
反芻すればするほど、焦燥感が胸を焼く。
「なあ、おれから離れるなんて言うなよな?」
壁一面に設えられた小引出しを端から順に、その中身を一つずつ吟味している周子の背中にギャランが声をかける。
周子からの返答は、ない。
ギャランは部屋の端のベッドにひとり腰掛け、じりじりして周子の背中を見ている。
今は資料室と呼んでいるが、もともとは前王陛下が地下に設けた特殊な書斎である。ただの書斎にしては度が過ぎた膨大な数の本とその内容の偏り……カルトな呪術ばかりを集めた書斎である。そして、壁一面に設えられた小引出しの所為で、非常に陰鬱な印象のある部屋だ。地下のためか、床は冷え冷えとしていて、光の取り込み口も小さく、薄暗い感じで、部屋の端には大きな古いデスクと、ソファ、清潔な真新しいシーツのかかったベッドが備えられていた。
そのシーツの真新しい白さが気になったが、まあ、どうせギャランのことだ、そのわけはたかが知れている、と周子は見なかったことにして、とっとと頭の中から追い出した。
「忘れんなよ、実際お前はおれの下に召喚されている」
「勘弁。事実を曲げないで、あれは事故よ。私はロレンス探しをするの。いちいちタトゥーに振り回されてるだなんてそんな暇ないのよ。離れていた方が、よほど気が楽」
「離れてた方が想いが募るって風にも言うぞ?だったらますますラブラブハートだろおれ達?お前にとっちゃあそりゃマズいんだろ?」
「よしおっけ、それで行きましょう!私はとにかくアンタから離れたい、そしてあんたは私をもっとぐっと好きでいられればいられるほど、離れて想いを募らせてるほうが、つまりはウェルカムなんでしょう?」
「うぐ。離れんのはイヤだ……いやいや、おれは物理的に距離を置かれるとすぐに忘れるタイプだぞ、で、近場のオンナに手ぇ出しちまうとかな?」
「おっけ。距離を置けば忘れるなんて、理想的じゃない!」
私たちは離れていた方がいいわ、と周子は華やかな笑みを浮かべた。
「ぐぐぐ」
ギャランのうめきに、周子はあきれたように肩で笑うと振り返った。手の中で魔石を軽く上に放って受けて、玩んで。
「……ねぇ、あんた、そんなんで私を説得する気、あるの?」
「ある!」
ギャランはぐっと拳を握ってそう断言した。そして数拍の後、情けない表情をする。
「だがなぁ、おれにはお前を言い負かせることが出来るとは思えんのだよ?」
まあ、そうでしょうねぇと思いながら、周子はギャランの青い目が、普段は威張ったように得意げで不遜な眼差しが、うるっと、緩んだのを見た。
「説得でもなんでも、するさ、お前が手に入るんなら」
「はは、泣き落としとは、これまた新手のワザだね!」
「畜生、きかねぇな、コンジョナシが、エンギワルーになんか買ってくれって、目ぇ潤ませて。ありゃあじゃあなんだ、すんげぇ、効果覿面だったのにな!あの仏頂面が、見事にでれでれに。おれ、見たのに!おれだってちったあ学習をすることだって……」
「自分の年、考えな!」
あほらしい、と周子は再び背を向け、壁一面の小引出しの中身を検分する作業に戻る。
あーあ、とギャランがじれたようにうめき声を上げた。
どさり、と身を投げ出した音と、うだうだとギャランがその上で転がる衣擦れの音、さやかなベッドのきしむ音がしばらく続いた。
「年相応、っつーと、おれにはこれくらいしか、出来そうにねぇな」
不意にすぐ後で声がしたと思うと、身体を反転させられ、だん、と背を壁に押し付けられる。びっくりして顔を上げると、謀ったようにキスされる。
「こういう方法で悦ばせるには、ちょいと自信がある」
強引にキスをして、ギャランが吐息を洩らした。
「あー、やっぱいいワ、お前。お前との間に重力みたいなものを感じる」
おまえもそう感じるだろう?と、耳元にささやいて、また何度もキスをして。青い目が、興味深げにキラキラと輝いて覗き込んでくる。
「ま、魔石、ここにはテレポ石、ないみたい……」
「おい、ひどい冷や汗だな?」
「あああああああんたがこんな不躾なことするからよ」
「不躾?不躾、ってなんだっけ?」
そう言いながらまたキスしてくる。
何度も角度を変えて唇を重ねて、ギャランは周子をぎゅっと抱きしめた。甘い匂いを胸に深く吸い込む。それはまるで酔ったような良い心地だ。
「なぁ、マジで、やらねぇか?」
「する」
即答する周子の焦点が既に合っていない。
「……おい?」
「は?ああ、わたし、またなんかなんかなんか言ったりなんかした?」
正気を取り戻し慌ててそう言ってくる周子の前髪は額に浮いた冷や汗でべったりと束になっている。
「タトゥーに任せるのは不本意か?」
「あたりまえでしょ!んじゃ、今夜から別居ということで!決定!私はアシューのお家に厄介になります。カズマ様にはそうよろしく言っといて。アア素敵、カズマ様はうはうはで喜ぶに違いないヨ!」
冷や汗をびっしりかきながら、わたわたと派手に取り乱してギャランの腕の中を抜けた周子をしみじみ眺めて。ギャランは苦いものでも喰ったみたいにぐ、と口の端を思いっきり下げた。
「わるかった、ギブ。おれが悪かった。もうしねぇ。さっきみたいにキスなんざしねぇ……」
ギャランの腕を抜けて、少しほっとして気が緩んだのか、再び周子の目の焦点がまた一瞬飛んだ。ふっ、とよどんだような黒目が、炎のように不安定に揺れる虹彩が、それはなんとも壮絶に色っぽく……
「いや、してぇ」
おもむろに抱き寄せると、再びキスをした。
軽く理性を飛ばしつつ、ギャランは周子にさんざん口付けを落とす。唇に頬にまぶたに睫に、耳に首筋に喉下に鎖骨に……
「……好き」
ありえない周子の言葉に今度こそギャランはハッ、と正気に戻って。
がばっ、と無理矢理に身を引き剥がすが、むしろ周子のほうから抱きしめられてキスをねだられて、ギャランはうめいた。
「わるかった、悪かったって、ギブ、ギブ、ギブ!ホントに、もう、ああ、もう、勘弁してくれ。ももも、もうしねぇ、おれはお前の、まっとうなハートが欲しい、畜生、タトゥーなんざクソくらえだ!」
ギャランはしょんぼりとベッドに腰掛けている。
再び作業に戻った周子はいいものを見つけた、とにこにこして、小引出しの一つから、緑色に輝く魔石を取り出した。
「緑癒石……ま、てっとりばやく魔力を回復できるわ」
そう言って一つ、口に含む。
石が、ふっと口中で解けて癒しの気に変わり、パッ、と周子の体が緑の光を放った。
「おっけー!バッチリ、ハンズにくれてやった分ももう大丈夫、フルチャージって感じ!最強呪文も出そうな感じ。もっちろん、ギャラン、あんたを見ても、愛しいともなんとも思わないわ!ヤリィー!」
「……ああそいつはありがてぇな、ありがたくないがな」
「なに浮かない顔してんのよ」
「晴れ晴れしてるお前の顔にケリいれてえぞ」
「まーまー、いま面白いもの見せてあげるからさ、機嫌直してよ!ほら!」
周子はギャランの目の前でぱっ、と手のひらを広げた。
「……」
「あーあー、そんな気の乗らない顔しちゃって」
周子は手のひらの上の赤く透いた石をきゅっ、と握る。
「トラポ石よ」
「?テレポ石だろう、前におれが壊した」
「使うわよ」
周子はおもむろにその石をつまむと、口元に寄せ、二言三言呟くと、古ぼけたデスクの上に置いた。
ぼこん!
と何処か気の抜けた爆発音がして、デスクは姿を消した。
「……さすがだな……おれははじめて見たぞ」
ようやく少し興味を示して腕組みをしギャランが唸る。
別の意味をこめて、周子が唸る。
「違いが分からない?」
「なにがちがうんだ?確かに消えただろう?テレポ……」
「消えたのは?」
「くそふるいデスク」
「そ。人じゃないのよ」
周子は静かに首を振る。
「これはトラポ石、モノを運ぶ効力しか持っていない。よく似ているけど……私のようなミアムの人間が見ればすぐわかるわ」
「これほどの数があってテレポ石は一つもないと言うか」
周子がうなずくとギャランの表情は暗くなったようだった。
「私としては、どうしてガーナの王宮にこんなに沢山の魔石が取り揃えられているのか気になるけど?これって普通なの?そりゃあんた確かに私に、テレポ石をやるって言ってたけど」
「前王陛下が興味を持っていてな。ずいぶんと熱心に収集してた。おかしな位に熱心に。皆が心配して諌めたが、まあ、あの男は折れぬ、この結果がコレだ」
ギャランは嫌なことを思い出した、とでもいった表情をした。
「……テレポ石はどういうときに使う?」
ぼそり、とギャランは聞いてくる。
「そうね、誰かに会いに行くときとか?任意の座標にテレポートする効力を持ってるから。召喚の種は、契約主の下に飛ぶときに。正規の召喚時に使うけど」
ギャランはゆっくりと、ため息をついた。
「王ともなると、そう気軽に逢瀬もできないのであろうな」
その呟きの意図に、周子はついていけない。
「あなたはずいぶん気軽に出歩いているようだけれど?」
―――しかもそんな格好で。
革のぴちっとしたズボンに胸のはだけた白いシャツ1枚。おれはだらしないですと、触れ回っているようなものだ。
「おれは、落籍したろくでなしだからな。おれはどうだって、なにしたって良いのだ。……だが、前王陛下は違う……代々のガーナ国王、歴代の王の中で最も優れた王だ、人心も篤い。なんで、失踪なんてしちまったんだろう、って、みんな言ってる、前王陛下さえ健在であればおれが王位につく必要も無かったんだ、まあ、それこそ前王陛下の狙いだろうがな?奴はとうとうおれを王位に据えやがった、国や数多の臣下を捨ててまでな」
―――?何の話?
「ま、別にテレポ石があったって、いまさらミアムに帰ったところで、なにもないというし。未開の地、とか言われてるんでしょ。大体、テレポ石が時も超えるなんてこと自体、私、聞いたことないし。んもうビックリ」
ギャランが目を見開いた。
「時って、お前……」
カズマが吐いたか、と呟く。
「あいつがおれの言葉を無視して、吐くなんて……」
「私が軽忽過ぎるから、事情を話せばそれなりに大人しくしているだろうと。それは当たり、いい読みだわ。私、事情が飲めないまま流されるのが一番イヤ。もうこりごり」
「……軽忽、って、ナンだ?」
「………………」
周子はうんざりと首を振った。
「そうだ、おれはばかだぞ。あいつとは違う」
ギャランは周子をまっすぐ見つめてくる。
「カズマはミアムが消失して、今は跡形もない、とでも言ったか?それでお前はそれを信じているのか?お前はそれを自分の目で確かめたのか?自分の国が失せたと言われて、はいそうですか、と頷けるのか?カズマはえらく頭が良いぞ、だまされたとは思わんのか?おまえは、あいつを信じられるのか?」
矢継ぎ早にそう言われて、周子は笑った。
「自分はがっちり信頼してるくせに、私には疑えですって?」
「あいつはおれを手玉にとるのなぞお手の物だぞ」
「どっちがどっちにどうつきあってやってんのか、私には分かるわよ」
あほらしい、とぴしゃりと言い捨てて。
周子を見つめるギャランの目がまん丸に見開かれている。
「お前は度胸があるな」
「度胸があるのはカズマ様の方だわ。グランツの貴公子と呼ばれ、輝く将来を約束された、サラブレッド中のサラブレッドが、あんたみたいなロクデナシの出奔にまで付き合って落籍してるんだって?親友は、ちゃんと大事にした方が良いわよ」
「……親友」
怪訝そうに、呟く。
「あんたの辞書になけりゃ、追加しとくのね。あんたはいっつも、カズマ様の気を引こうとしてばかりで。だから夢中だって言ったのよ。二人っきりの世界に閉じこもって、何をやり過ごそうとしているのか分からないけど。持ちつ持たれつべったりで。自分たちがどれほどおかしな関係か。私に言わせりゃよほど変わってると思うけど」
二人しばらく黙って。
やがてギャランは周子の黒髪に手を伸ばすと、指先でくるくるともてあそんだ。気を取り直したのか、ギャランはいつものように、にかっと笑って。
「はははーん、妬いてんだな」
たっぷり間をあけて。
周子は嫌そうに目を半開きにして睨んだ。
「……なんだかな、なんだかちょっと、その、ねじが緩んでいるって言うか……いや、ねじの打ってある場所自体が違う、ってか、そんな感じ?」
ギャランはおもむろに真面目な顔をした。
「初めて会ったとき、おれはお前に夢中だったぞ?もしカズマがダメだといったら、お前を連れて宮中へ戻るつもりだった位だ」
「大嫌いな宮中へ?」
「……少なくとも、”王”の命令は聞く構造になっている」
腕が、ずきりとした。
「あんた、夢中という言葉、意味も使い方も、間違ってるわよ」
あんな、獲物を仕留めた満足顔で。
カズマの関心を引こうと、見せびらかして。
私の渇きにも気づかぬほど。
左腕の痛みが、どんなに辛かったか。
呪に囚われた胸が、どんなに辛かったか。
渇きは、のどばかりではなかったのだ。
ギャランは、小さく喉を鳴らした。つまんでいた周子の髪の一房を強く引く。
「おれはお前に一目ぼれだと言ったろう?本気だぞ」
「タトゥーがある限り、私はあなたとの間の情を一切信用しない」
「……なんとも、泣きたい気分だな」
まじで口説いてんのに、そう呟いてギャランはホントにぽろり、とひとつ、涙を流した。
不遜な態度の奥に隠されている、まるで子供のような、直接的で未熟な優しい心根の発露に周子は目を細めた。おれは国王じゃあねぇ!と日頃暴虐を働くこの男が、それでも国王として皆に慕われるのは、こんな深い優しさが、無償の愛を注ぎたくなるような不完全さがあるからではなかろうかと思う。
―――抱きしめて、その髪を撫でて慈しんでやりたい
周子は手を伸ばし、ギャランの涙をぴっ、と親指で拭った。
タトゥーの所為だ、と軽く首を振り、傾けたくなる体を離した。
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反芻すればするほど、焦燥感が胸を焼く。
「なあ、おれから離れるなんて言うなよな?」
壁一面に設えられた小引出しを端から順に、その中身を一つずつ吟味している周子の背中にギャランが声をかける。
周子からの返答は、ない。
ギャランは部屋の端のベッドにひとり腰掛け、じりじりして周子の背中を見ている。
今は資料室と呼んでいるが、もともとは前王陛下が地下に設けた特殊な書斎である。ただの書斎にしては度が過ぎた膨大な数の本とその内容の偏り……カルトな呪術ばかりを集めた書斎である。そして、壁一面に設えられた小引出しの所為で、非常に陰鬱な印象のある部屋だ。地下のためか、床は冷え冷えとしていて、光の取り込み口も小さく、薄暗い感じで、部屋の端には大きな古いデスクと、ソファ、清潔な真新しいシーツのかかったベッドが備えられていた。
そのシーツの真新しい白さが気になったが、まあ、どうせギャランのことだ、そのわけはたかが知れている、と周子は見なかったことにして、とっとと頭の中から追い出した。
「忘れんなよ、実際お前はおれの下に召喚されている」
「勘弁。事実を曲げないで、あれは事故よ。私はロレンス探しをするの。いちいちタトゥーに振り回されてるだなんてそんな暇ないのよ。離れていた方が、よほど気が楽」
「離れてた方が想いが募るって風にも言うぞ?だったらますますラブラブハートだろおれ達?お前にとっちゃあそりゃマズいんだろ?」
「よしおっけ、それで行きましょう!私はとにかくアンタから離れたい、そしてあんたは私をもっとぐっと好きでいられればいられるほど、離れて想いを募らせてるほうが、つまりはウェルカムなんでしょう?」
「うぐ。離れんのはイヤだ……いやいや、おれは物理的に距離を置かれるとすぐに忘れるタイプだぞ、で、近場のオンナに手ぇ出しちまうとかな?」
「おっけ。距離を置けば忘れるなんて、理想的じゃない!」
私たちは離れていた方がいいわ、と周子は華やかな笑みを浮かべた。
「ぐぐぐ」
ギャランのうめきに、周子はあきれたように肩で笑うと振り返った。手の中で魔石を軽く上に放って受けて、玩んで。
「……ねぇ、あんた、そんなんで私を説得する気、あるの?」
「ある!」
ギャランはぐっと拳を握ってそう断言した。そして数拍の後、情けない表情をする。
「だがなぁ、おれにはお前を言い負かせることが出来るとは思えんのだよ?」
まあ、そうでしょうねぇと思いながら、周子はギャランの青い目が、普段は威張ったように得意げで不遜な眼差しが、うるっと、緩んだのを見た。
「説得でもなんでも、するさ、お前が手に入るんなら」
「はは、泣き落としとは、これまた新手のワザだね!」
「畜生、きかねぇな、コンジョナシが、エンギワルーになんか買ってくれって、目ぇ潤ませて。ありゃあじゃあなんだ、すんげぇ、効果覿面だったのにな!あの仏頂面が、見事にでれでれに。おれ、見たのに!おれだってちったあ学習をすることだって……」
「自分の年、考えな!」
あほらしい、と周子は再び背を向け、壁一面の小引出しの中身を検分する作業に戻る。
あーあ、とギャランがじれたようにうめき声を上げた。
どさり、と身を投げ出した音と、うだうだとギャランがその上で転がる衣擦れの音、さやかなベッドのきしむ音がしばらく続いた。
「年相応、っつーと、おれにはこれくらいしか、出来そうにねぇな」
不意にすぐ後で声がしたと思うと、身体を反転させられ、だん、と背を壁に押し付けられる。びっくりして顔を上げると、謀ったようにキスされる。
「こういう方法で悦ばせるには、ちょいと自信がある」
強引にキスをして、ギャランが吐息を洩らした。
「あー、やっぱいいワ、お前。お前との間に重力みたいなものを感じる」
おまえもそう感じるだろう?と、耳元にささやいて、また何度もキスをして。青い目が、興味深げにキラキラと輝いて覗き込んでくる。
「ま、魔石、ここにはテレポ石、ないみたい……」
「おい、ひどい冷や汗だな?」
「あああああああんたがこんな不躾なことするからよ」
「不躾?不躾、ってなんだっけ?」
そう言いながらまたキスしてくる。
何度も角度を変えて唇を重ねて、ギャランは周子をぎゅっと抱きしめた。甘い匂いを胸に深く吸い込む。それはまるで酔ったような良い心地だ。
「なぁ、マジで、やらねぇか?」
「する」
即答する周子の焦点が既に合っていない。
「……おい?」
「は?ああ、わたし、またなんかなんかなんか言ったりなんかした?」
正気を取り戻し慌ててそう言ってくる周子の前髪は額に浮いた冷や汗でべったりと束になっている。
「タトゥーに任せるのは不本意か?」
「あたりまえでしょ!んじゃ、今夜から別居ということで!決定!私はアシューのお家に厄介になります。カズマ様にはそうよろしく言っといて。アア素敵、カズマ様はうはうはで喜ぶに違いないヨ!」
冷や汗をびっしりかきながら、わたわたと派手に取り乱してギャランの腕の中を抜けた周子をしみじみ眺めて。ギャランは苦いものでも喰ったみたいにぐ、と口の端を思いっきり下げた。
「わるかった、ギブ。おれが悪かった。もうしねぇ。さっきみたいにキスなんざしねぇ……」
ギャランの腕を抜けて、少しほっとして気が緩んだのか、再び周子の目の焦点がまた一瞬飛んだ。ふっ、とよどんだような黒目が、炎のように不安定に揺れる虹彩が、それはなんとも壮絶に色っぽく……
「いや、してぇ」
おもむろに抱き寄せると、再びキスをした。
軽く理性を飛ばしつつ、ギャランは周子にさんざん口付けを落とす。唇に頬にまぶたに睫に、耳に首筋に喉下に鎖骨に……
「……好き」
ありえない周子の言葉に今度こそギャランはハッ、と正気に戻って。
がばっ、と無理矢理に身を引き剥がすが、むしろ周子のほうから抱きしめられてキスをねだられて、ギャランはうめいた。
「わるかった、悪かったって、ギブ、ギブ、ギブ!ホントに、もう、ああ、もう、勘弁してくれ。ももも、もうしねぇ、おれはお前の、まっとうなハートが欲しい、畜生、タトゥーなんざクソくらえだ!」
ギャランはしょんぼりとベッドに腰掛けている。
再び作業に戻った周子はいいものを見つけた、とにこにこして、小引出しの一つから、緑色に輝く魔石を取り出した。
「緑癒石……ま、てっとりばやく魔力を回復できるわ」
そう言って一つ、口に含む。
石が、ふっと口中で解けて癒しの気に変わり、パッ、と周子の体が緑の光を放った。
「おっけー!バッチリ、ハンズにくれてやった分ももう大丈夫、フルチャージって感じ!最強呪文も出そうな感じ。もっちろん、ギャラン、あんたを見ても、愛しいともなんとも思わないわ!ヤリィー!」
「……ああそいつはありがてぇな、ありがたくないがな」
「なに浮かない顔してんのよ」
「晴れ晴れしてるお前の顔にケリいれてえぞ」
「まーまー、いま面白いもの見せてあげるからさ、機嫌直してよ!ほら!」
周子はギャランの目の前でぱっ、と手のひらを広げた。
「……」
「あーあー、そんな気の乗らない顔しちゃって」
周子は手のひらの上の赤く透いた石をきゅっ、と握る。
「トラポ石よ」
「?テレポ石だろう、前におれが壊した」
「使うわよ」
周子はおもむろにその石をつまむと、口元に寄せ、二言三言呟くと、古ぼけたデスクの上に置いた。
ぼこん!
と何処か気の抜けた爆発音がして、デスクは姿を消した。
「……さすがだな……おれははじめて見たぞ」
ようやく少し興味を示して腕組みをしギャランが唸る。
別の意味をこめて、周子が唸る。
「違いが分からない?」
「なにがちがうんだ?確かに消えただろう?テレポ……」
「消えたのは?」
「くそふるいデスク」
「そ。人じゃないのよ」
周子は静かに首を振る。
「これはトラポ石、モノを運ぶ効力しか持っていない。よく似ているけど……私のようなミアムの人間が見ればすぐわかるわ」
「これほどの数があってテレポ石は一つもないと言うか」
周子がうなずくとギャランの表情は暗くなったようだった。
「私としては、どうしてガーナの王宮にこんなに沢山の魔石が取り揃えられているのか気になるけど?これって普通なの?そりゃあんた確かに私に、テレポ石をやるって言ってたけど」
「前王陛下が興味を持っていてな。ずいぶんと熱心に収集してた。おかしな位に熱心に。皆が心配して諌めたが、まあ、あの男は折れぬ、この結果がコレだ」
ギャランは嫌なことを思い出した、とでもいった表情をした。
「……テレポ石はどういうときに使う?」
ぼそり、とギャランは聞いてくる。
「そうね、誰かに会いに行くときとか?任意の座標にテレポートする効力を持ってるから。召喚の種は、契約主の下に飛ぶときに。正規の召喚時に使うけど」
ギャランはゆっくりと、ため息をついた。
「王ともなると、そう気軽に逢瀬もできないのであろうな」
その呟きの意図に、周子はついていけない。
「あなたはずいぶん気軽に出歩いているようだけれど?」
―――しかもそんな格好で。
革のぴちっとしたズボンに胸のはだけた白いシャツ1枚。おれはだらしないですと、触れ回っているようなものだ。
「おれは、落籍したろくでなしだからな。おれはどうだって、なにしたって良いのだ。……だが、前王陛下は違う……代々のガーナ国王、歴代の王の中で最も優れた王だ、人心も篤い。なんで、失踪なんてしちまったんだろう、って、みんな言ってる、前王陛下さえ健在であればおれが王位につく必要も無かったんだ、まあ、それこそ前王陛下の狙いだろうがな?奴はとうとうおれを王位に据えやがった、国や数多の臣下を捨ててまでな」
―――?何の話?
「ま、別にテレポ石があったって、いまさらミアムに帰ったところで、なにもないというし。未開の地、とか言われてるんでしょ。大体、テレポ石が時も超えるなんてこと自体、私、聞いたことないし。んもうビックリ」
ギャランが目を見開いた。
「時って、お前……」
カズマが吐いたか、と呟く。
「あいつがおれの言葉を無視して、吐くなんて……」
「私が軽忽過ぎるから、事情を話せばそれなりに大人しくしているだろうと。それは当たり、いい読みだわ。私、事情が飲めないまま流されるのが一番イヤ。もうこりごり」
「……軽忽、って、ナンだ?」
「………………」
周子はうんざりと首を振った。
「そうだ、おれはばかだぞ。あいつとは違う」
ギャランは周子をまっすぐ見つめてくる。
「カズマはミアムが消失して、今は跡形もない、とでも言ったか?それでお前はそれを信じているのか?お前はそれを自分の目で確かめたのか?自分の国が失せたと言われて、はいそうですか、と頷けるのか?カズマはえらく頭が良いぞ、だまされたとは思わんのか?おまえは、あいつを信じられるのか?」
矢継ぎ早にそう言われて、周子は笑った。
「自分はがっちり信頼してるくせに、私には疑えですって?」
「あいつはおれを手玉にとるのなぞお手の物だぞ」
「どっちがどっちにどうつきあってやってんのか、私には分かるわよ」
あほらしい、とぴしゃりと言い捨てて。
周子を見つめるギャランの目がまん丸に見開かれている。
「お前は度胸があるな」
「度胸があるのはカズマ様の方だわ。グランツの貴公子と呼ばれ、輝く将来を約束された、サラブレッド中のサラブレッドが、あんたみたいなロクデナシの出奔にまで付き合って落籍してるんだって?親友は、ちゃんと大事にした方が良いわよ」
「……親友」
怪訝そうに、呟く。
「あんたの辞書になけりゃ、追加しとくのね。あんたはいっつも、カズマ様の気を引こうとしてばかりで。だから夢中だって言ったのよ。二人っきりの世界に閉じこもって、何をやり過ごそうとしているのか分からないけど。持ちつ持たれつべったりで。自分たちがどれほどおかしな関係か。私に言わせりゃよほど変わってると思うけど」
二人しばらく黙って。
やがてギャランは周子の黒髪に手を伸ばすと、指先でくるくるともてあそんだ。気を取り直したのか、ギャランはいつものように、にかっと笑って。
「はははーん、妬いてんだな」
たっぷり間をあけて。
周子は嫌そうに目を半開きにして睨んだ。
「……なんだかな、なんだかちょっと、その、ねじが緩んでいるって言うか……いや、ねじの打ってある場所自体が違う、ってか、そんな感じ?」
ギャランはおもむろに真面目な顔をした。
「初めて会ったとき、おれはお前に夢中だったぞ?もしカズマがダメだといったら、お前を連れて宮中へ戻るつもりだった位だ」
「大嫌いな宮中へ?」
「……少なくとも、”王”の命令は聞く構造になっている」
腕が、ずきりとした。
「あんた、夢中という言葉、意味も使い方も、間違ってるわよ」
あんな、獲物を仕留めた満足顔で。
カズマの関心を引こうと、見せびらかして。
私の渇きにも気づかぬほど。
左腕の痛みが、どんなに辛かったか。
呪に囚われた胸が、どんなに辛かったか。
渇きは、のどばかりではなかったのだ。
ギャランは、小さく喉を鳴らした。つまんでいた周子の髪の一房を強く引く。
「おれはお前に一目ぼれだと言ったろう?本気だぞ」
「タトゥーがある限り、私はあなたとの間の情を一切信用しない」
「……なんとも、泣きたい気分だな」
まじで口説いてんのに、そう呟いてギャランはホントにぽろり、とひとつ、涙を流した。
不遜な態度の奥に隠されている、まるで子供のような、直接的で未熟な優しい心根の発露に周子は目を細めた。おれは国王じゃあねぇ!と日頃暴虐を働くこの男が、それでも国王として皆に慕われるのは、こんな深い優しさが、無償の愛を注ぎたくなるような不完全さがあるからではなかろうかと思う。
―――抱きしめて、その髪を撫でて慈しんでやりたい
周子は手を伸ばし、ギャランの涙をぴっ、と親指で拭った。
タトゥーの所為だ、と軽く首を振り、傾けたくなる体を離した。
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- 2005-09-23 08:13
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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