コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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「……お呼びですか?」
涼やかなささやきが耳元に触れた、と同時にひたり、と冷たい小柄の怜悧な刃の感覚が首筋に落とされる。
「なかなか、よい光景ですが。いささかやりすぎでしょうね」
「……お、おーけー」
周子は軽く両手を上げてギブを表明しつつ、ギャランの上から体を退けた。
「まっさかこうも見事に背後をとられるとはね、気配も無く。あんたが強いってホントなのね、きっと」
と周子は呟いて。
「いたっ!」
「失礼」
「……わざとでしょう!」
「は?いえほんの皮一枚です、数日もすれば綺麗に治りますよ、大丈夫です」
「……ホントに底意地の悪い人だな」
カズマはそんな周子の言葉に微笑みを返し、小柄の血を絹のハンカチで拭うと、腰におさめた。
「た、助かった、ああ?助かったのか?ああ?あああん?あー?いやいやいや、くそー、お前、カズマ、おめえは一体何だってんだ!!せっかくイイトコロだったのに邪魔しやがって!おれは周子とこれからぐわっつりメイククラブ、すんげーいいとこだったのになんで邪魔しやが、る……?はっ、カズマ、お前何してんだ?」
ギャランはギョッとしてベッドから飛び起きた。
カズマがぞっとするような冷たい表情で周子を後手に縛り上げているところである。しかも縛り上げているのはカズマが自身の腰から外した革ベルトである。ギャランは肩を震わせものすごい勢いで抗議した。
「おおおおい、まて、待てって、待てよ!縛ってヤろうったって、おれがゆるさねェゾ!……がはっ!」
周子の蹴りが顔面にキマった。軽く鼻血を噴いてギャランがベッドに再び仰向けになった。
「何言ってんのよ、こんのすけべ!」
「おふざけにもほどがあります、ギャラン様!」
周子とカズマが怒りに肩を震わせ大きく息を吸った。
「私はあなたの為に!」
全く同じ言葉が、周子とカズマの口から出て。
次の瞬間、二人ははっとしたように顔を見合わせ、たっぷりと長い間見詰め合った。
ギャランが鼻血を拭いつつ、そんな二人を交互に指差して、叫んだ。
「なんだよ!おれは前座かよ!みみみ認めねぇぞ、チックショー!!おめぇらそんなに見詰め合いやがって!ラブラブなのか!ああ!畜生!変に期待もたせやがって!さんざん誘いやがって!てめー、さそってたろうが!あんなにえっちに誘って……周子のバカヤロー!」
その取り乱した言葉に、ほとほとあきれたかのようにカズマが小さく息を吐いた。
「……失礼」
ギャランの耳元にささやくようにそう言ったかと思うと、とカズマの手刀が鋭くギャランの後頭部に落ちた。
どさり、とくず折れる体を抱え、そっとベッドに横たえる。
「わぉ!手刀、今日もキマッテル!」
周子のからかうような軽い口笛にカズマは思いっきりしかめっ面をして。
「………あなたは、一体、何だ?」
「……それはこっちのセリフだわ」
すっと、黒目を細く引いて周子が挑戦的に、婉然と微笑んだ。
「国王にかける呪って、どういうことよ?あんた一枚噛んでるね?」
「馬車を呼びます、お帰りなさい」
「うわ、容赦ないね!」
周子は軽くのけぞった。
カズマにとって一番過酷であると思われることを口にしてみる。
「話をしないと、あの金髪を、殺すわよ?」
「……あなたなら、やりかねないな」
カズマはふう、と深く一つ息を吐いて。
「ですが、タトゥーの主を殺せますかな?……私、少々調べさせていただきましたよ?隷属のタトゥーについて。その呪の拘束の強さは相当にキツイのでしょう?」
「キッツイわよ。ほぉん?で、なんだったの?何が分かったの?」
「は?」
カズマが目をぱちくりさせる。
「実は私、よく知らないのよね、だから、教えて。何が分かったの?」
「は?いやしかし」
「父さんってば、お前には関係が無い、万一好きな相手が出来たらおのずと分かるだろう、って。そんなことを繰り返すばかりで、挙句には、お前は誰にも隷属しない、もしするとすれば、って言って、私をじっと見て、沈黙。後は黙っちゃうの」
そんな周子の言葉に、たっぷり沈黙して、カズマは大真面目な顔で言った。
「しつけどころか、教育すらなっていないということですか?」
「それって!めっちゃくちゃ失礼だと思わない!」
カズマのあまりな言葉に、周子が軽く飛び上がった。
「おれ抜きで話すんな」
その声に振り返ると、ギャランが頭を振り振り、身を起こすところだった。あっさりと手刀の衝撃から目覚めたらしい。真面目な顔をしている。
「カズマ、やるんなら手加減すんな。ああ、その前にだな、ちったあ、おれのこと、信用しろよ」
この一言でカズマは胸を突かれたように黙ってしまった。
ギャランは、はーやれやれ、と言った風にあでやかな金髪をばさばさと振り、ソファにどっかと座ると、びっ、と自分の向かいを指差しカズマと周子の二人を座らせた。
「まずは隷属のタトゥーについて知っていることを二人とも、話せ」
命令することにも報告を受けることにも存分に慣れた態度である。
「私の情報は既に言ったとおり。あんたと私、お互いに肌で感じる、この焼けるような恋情、あんたもわかってるんでしょう?」
「おれはそれがタトゥーの所為だとは思わんがな?」
「そう思うのもまたタトゥーの仕業なんだって」
「たく話になんねぇな。で?カズマ、お前は?」
ギャランはうんざりと半目を伏せ、カズマに話を振った。
「私が知り得たのは、その呪のキツさです。文献によれば気が、狂いそうなほどだそうです。ですから、この周子の不遜な態度が信じられません」
「どーユー文献よ!ナニソレ!」
周子が鋭く突っ込んだ。
心底バカにしたように肩を竦め、軽く首を突き出した。まるでアヒルのように口を突き出し威勢良くなじる。
「はっ?なによさっきはえらそうに”少々調べさせていただきましたよ”なんて事情通なこと言っておいて!とんだザル調査だわね!結局私とおんなじことを言ってるだけじゃん!ただのハッタリじゃん!」
「ぐ」
カズマは口惜しそうに口の端を下げた。
「五百年も前に、大地もろとも消し飛んだ一族に伝わるカルトな呪ですよ?そうそう資料など、あるわけがないではないですか!」
「だったら調べただなんてえらそうな口きくんじゃないわよ!そのキザったらしいところがエロいのよ!こんのむっつり助平!そんなチャチなハッタリがこの私に通じるとでも?ふんっ、ずいぶんナメめられたもんだわね!」
「自分のステータスについてろくに教育を受けていない者が偉そうに私のことを非難出来る立場ですか!大体あなたが最初ッから自分の素性を明かし、自分の能力やそのタトゥーのことや一族のこと等々を素直に私に話していれば、私はこうもやきもきしなくて済むというのに!」
「知らないものは知らないんだもの!」
「とんだ世間知らずだ!」
「あっ!言ったわね!クルとおんなじ!むかつく!」
罵り合いを始めた二人を、ギャランはあきれたように見比べて。
「……たく。何のハナシか、おれにはさっぱりだな。ああ、互いに引け。おまえらまるでフィーリングバッチリだな」
「ドコがですかっ!」
だんっ!とカズマが拳でテーブルを叩いた。
「なんだよ、おまえら最初っから仲良しだろ?あーなんだ、肉、肉をめぐって言い争いをしただろ?」
「ニクッ?肉って何のことですか!いまさらそんな昔の話を持ち出して誤魔化そうったって、そうはいきませんよ!私と周子はホントに気が合わないんです!こんな粗野な女!……よりによってなぜこんな女に執着するんです!女ならばそれこそ他にももっともっとイイのがいるでしょうに!ああもうとにかく!人がわざわざお探し申し上げておりましたのに、こんなところで二人あああんなふしだらな真似を!」
「あはは、長いな、セリフ」
動揺しきってまくし立てるカズマに周子が茶々を入れる。
ギャランは少し驚いたように目を見開いて。
「ふしだら?あれが?」
クッ、とギャランが笑う。むしろその笑みは自嘲的なそれに近いが、カズマにはそれを察するだけの余裕も無い。
「あれがふしだら、ね、ははあ、ならばおれはこの上なく日々ふしだらだな」
「まさかあなた方いつの間にそんな!?」
「カズマ様、私をそこで一緒くたに括らないで。このエロ国王様にはね、それこそ美女の群れが付いてるんだって。美人なお姉さま満載の後宮をお持ちだと、イブに聞いたわ。いいご身分ですこと!」
周子の棘のある言葉にふっと、カズマは冷静さを取り戻す。
ギャランもその思いもよらぬ棘に軽く目を見張って。
「大体カズマ、お前がそうおれにさせてんだろ、そんなカーワイー大人しい顔してさ、おれに子作りを勧めただろ?いまさらエロも何もねぇじゃねぇか、もう何年になるかな、おれは抱きたくも無い女を、諸侯から差し出された女共をだな、順番に抱いてるってわけだ、おれはえらく公平だぞ、権力調整のためだっけか?お前はそう言ったな?」
途端に、カズマはがっつりと落ち込んだ表情をした。
挑戦的なギャランの眼差しがホントに辛そうに、カズマはたっぷりと長い間沈黙して。
「……十年前、王にはならぬと宣言なさったあの時にはあれが、王にとって最も負担が少ない選択肢だと……ああとでも確約しなければ回りの諸侯が黙っておりませんでした、ギャラン様は前王陛下の一粒胤、それが廃嫡王子ともなれば、事はそれだけではすみません、あなたの王位継承の問題ばかりでなく、お世継ぎを失った前王陛下のお立場さえ危うくなる、無論あなたはそれは望まなかったでしょうに」
「お、逃げるな。何よりお前はオンナ遊びこそがおれにぴったりだと言ったろうが」
「い、いえなにもそこまでは……王の子孫を残すためとでも言わなくては、引っ込みがつきませんで」
カズマが自分の胸のあたりをぎゅっと押さえた、服の下の何かを握ったようだった。
「はん、律儀に下げやがって。周子に見せてやれよ、案外あっさりぶち壊してくれるかも知れんぞ?さっきは周子に犯されそうになって、もうソッチばっか気になって、タチそうで、ああ、違う、違うってば、あー、なんだ?呪だナンダト言われてもさっぱり分からんかったが、それが呪いのアイテムだろ」
周子は身を乗り出した。
「呪いのアイテム?」
「このおれを国王にするための呪いだ」
周子は軽く自分の耳穴をほじった。聞き間違いかと思う。
「はい?国王にするため、って?あれ?それっていいことなんじゃ?」
「魔除け、とか呼ばれてるがな?」
「王!」
カズマが冷たい声で遮る。
「……別にいいだろ、周子に話したって。この女が知ろうと知るまいと、おれは国王にはならん」
「却下」
カズマはキッパリとかたくなに拒否した。
「私には王を御護りする責務がございます」
「だっからさくっと女抱いてそれこそ世継ぎでも生まれりゃそれでいい。万々歳だ、廃帝のサーデュラス万歳、それこそお前の望みどおりだろうが。お前は王としてのおれが欲しい。アシューもラインハルトもその他臣下諸共みながみなそうだ、だがおれは王にはならん、だからお前らは、せめてもとおれの血を引く子種を求めた、ただそれだけだろう」
「……今日はずいぶんと手厳しい」
カズマが深いため息を吐いた。
「!あたりまえだ!おれと周子のラブラブメイククラブをよくも邪魔してくれたな!」
「はあっ?」
カズマがびっくりした声を上げた。
「は、話がソコへ戻りますか?」
「ふん、ほかにドコへ戻そうというのだ」
このハナシはもうこれで終わりだ、と、ギャランは首を大きく回して、ソファの背もたれにのけぞり天井を仰いだ。
ああ、と周子は納得して目を細めた。
話自体はかなり飛躍していてよく読めないが。その不遜な笑みになんだかやはりギャランの優しさを感じて。ギャランもまた、カズマに付き合ってやっているに違いない。
きっと、この王宮には二人でやり過ごさねばならなかったようなことが山積していたのだろう。この深い依存関係もなんとなく理解できる。
左腕のタトゥーがまたずきりと痛んだ。
「分かった、あんた達の間には立ち入らない。仮にこのバカに呪がかかっていて、その解呪を私に依頼するなら、お金を払って。オプションで。どえらく高いけど」
ギャランがおもむろに不機嫌になった周子の様子にほんのちょっと目を細めて。
「何もカズマに嫉妬するこたないだろう」
「うるさい。首洗って出直しといで」
「顔だろ?それ言うなら、それくらいおれだって知って……」
「首よ。私が何したいか、カズマ様なら分かるでしょう」
「ええ。ではその前に私と一戦ですね」
不意に不穏な、張り詰めた空気が漂い出し。
ソレをギャランはうっとうしそうに祓う。
「カズマと一戦交”わ”るなど、おれが赦すはずがないだろ、バカかお前ら、仲が良いにもほどがある」
「一戦の、戦い方が違う。あんたはイブとヤってろ、ばーか」
周子はそれこそ本当にむっとして。
カズマとの臨戦体制を無下に乱されてそれこそ不機嫌に腕を組んでどさりとソファに背を深く埋めた。
ギャランはふと、おかしなことを耳にした、とでも言うかのように軽く首をひねった。
「イブ?」
ふん、と周子は顔を背ける。こう、なんだかやけに腹が立つのもタトゥーの所為だと周子は思う。
「お前のその怒ったカオが嫉妬だったらおれもまんざらじゃあねぇがな?」
「もともとこういうカオなのよ!」
「イーヴに妬く方が間違ってる、あれはちょっと特別だ、お?またいい表情を」
ギャランがゴキゲンに目を細めた。見透かされてカッ、と周子は赤面して。
「あああんたはあの美人なイブと仲良くイチャついてるんでしょ、おなか一杯じゃないの、オンナに不自由してないのに、私に手を出そうって方が間違ってる」
「お前は誤解してる。それに、問題はハラじゃぁない、ここだ」
そう言ってぴっ、と親指で自分の胸を指す。
その仕草に。
周子はギャランの向こうに修三を見た気がした。
不意に、ぽろぽろっ、と涙があふれた。
ギャランははた、と固まって。動揺した声をかけた。
「わ、悪い、……ってなんかおれ悪いことしたっけか、だ、大丈夫か」
「この世で一番大切な人を喪ったのよ、泣いてドコが悪いの」
一度あふれた涙は容易には止まらない。
なんでこんなタイミングで父さんのことを強烈に思い出したのか。
なんでこんな涙が出るときにそばにこんな奴がいるのか。
なぜとにもかくにもその胸に抱きしめられてしまうのか。
どういうわけか抱きしめるその腕にその胸に初めて会ったあの日感じたような無償の安堵を覚えて。名を刻まれたときにしっかりと力強く抱いてくれたその感触をはっきりと思い出して。恋に落ちたと思ったあの瞬間を思いだ……
「……勘弁してくれよ、おれはまだ死んじゃあいねぇぞ?」
その胸をばっ!と突き放すや、周子はその首に思いっきり回し蹴りを食らわせた。
「ダレガアンタダト!」
―――そうだ、この男は口を開けばとんだお粗末なヤローだった!
初めて会ったあの時から、そうだった。
「タトゥーの呪はそら恐ろしい。こんな男に添えというのか。全く油断できない」
ソファからすっ飛び思いっきり床にたたきつけられたギャランを怒りに震える体で指差し、泣きじゃくりながら周子は言う。
「私!ちょっと隅っこで泣くから!一人にして!なんか適当にハナシでもしててよ!ほっといて!」
「……なんとまぁ。これでは話などできませんが。やりすぎ」
カズマは呆れたような冷たい目で床上でぴくぴくと震える無様なギャランを見遣って呟く。それから、静かな優しい目をしてそっと応えた。
「……王が、無作法を致しました。ええ、あなたの気持ちはよく分かります、しかも私より深そうだな……心配ですが、一人がよいというのなら、どうぞ隅へ」
カズマの落ち着きぶりがむしろありがたくて。
周子は言ってみた。
「よくない」
「……どうぞ?」
カズマが軽く腕を広げて。
周子はその胸にすがってひとしきり泣いた。
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涼やかなささやきが耳元に触れた、と同時にひたり、と冷たい小柄の怜悧な刃の感覚が首筋に落とされる。
「なかなか、よい光景ですが。いささかやりすぎでしょうね」
「……お、おーけー」
周子は軽く両手を上げてギブを表明しつつ、ギャランの上から体を退けた。
「まっさかこうも見事に背後をとられるとはね、気配も無く。あんたが強いってホントなのね、きっと」
と周子は呟いて。
「いたっ!」
「失礼」
「……わざとでしょう!」
「は?いえほんの皮一枚です、数日もすれば綺麗に治りますよ、大丈夫です」
「……ホントに底意地の悪い人だな」
カズマはそんな周子の言葉に微笑みを返し、小柄の血を絹のハンカチで拭うと、腰におさめた。
「た、助かった、ああ?助かったのか?ああ?あああん?あー?いやいやいや、くそー、お前、カズマ、おめえは一体何だってんだ!!せっかくイイトコロだったのに邪魔しやがって!おれは周子とこれからぐわっつりメイククラブ、すんげーいいとこだったのになんで邪魔しやが、る……?はっ、カズマ、お前何してんだ?」
ギャランはギョッとしてベッドから飛び起きた。
カズマがぞっとするような冷たい表情で周子を後手に縛り上げているところである。しかも縛り上げているのはカズマが自身の腰から外した革ベルトである。ギャランは肩を震わせものすごい勢いで抗議した。
「おおおおい、まて、待てって、待てよ!縛ってヤろうったって、おれがゆるさねェゾ!……がはっ!」
周子の蹴りが顔面にキマった。軽く鼻血を噴いてギャランがベッドに再び仰向けになった。
「何言ってんのよ、こんのすけべ!」
「おふざけにもほどがあります、ギャラン様!」
周子とカズマが怒りに肩を震わせ大きく息を吸った。
「私はあなたの為に!」
全く同じ言葉が、周子とカズマの口から出て。
次の瞬間、二人ははっとしたように顔を見合わせ、たっぷりと長い間見詰め合った。
ギャランが鼻血を拭いつつ、そんな二人を交互に指差して、叫んだ。
「なんだよ!おれは前座かよ!みみみ認めねぇぞ、チックショー!!おめぇらそんなに見詰め合いやがって!ラブラブなのか!ああ!畜生!変に期待もたせやがって!さんざん誘いやがって!てめー、さそってたろうが!あんなにえっちに誘って……周子のバカヤロー!」
その取り乱した言葉に、ほとほとあきれたかのようにカズマが小さく息を吐いた。
「……失礼」
ギャランの耳元にささやくようにそう言ったかと思うと、とカズマの手刀が鋭くギャランの後頭部に落ちた。
どさり、とくず折れる体を抱え、そっとベッドに横たえる。
「わぉ!手刀、今日もキマッテル!」
周子のからかうような軽い口笛にカズマは思いっきりしかめっ面をして。
「………あなたは、一体、何だ?」
「……それはこっちのセリフだわ」
すっと、黒目を細く引いて周子が挑戦的に、婉然と微笑んだ。
「国王にかける呪って、どういうことよ?あんた一枚噛んでるね?」
「馬車を呼びます、お帰りなさい」
「うわ、容赦ないね!」
周子は軽くのけぞった。
カズマにとって一番過酷であると思われることを口にしてみる。
「話をしないと、あの金髪を、殺すわよ?」
「……あなたなら、やりかねないな」
カズマはふう、と深く一つ息を吐いて。
「ですが、タトゥーの主を殺せますかな?……私、少々調べさせていただきましたよ?隷属のタトゥーについて。その呪の拘束の強さは相当にキツイのでしょう?」
「キッツイわよ。ほぉん?で、なんだったの?何が分かったの?」
「は?」
カズマが目をぱちくりさせる。
「実は私、よく知らないのよね、だから、教えて。何が分かったの?」
「は?いやしかし」
「父さんってば、お前には関係が無い、万一好きな相手が出来たらおのずと分かるだろう、って。そんなことを繰り返すばかりで、挙句には、お前は誰にも隷属しない、もしするとすれば、って言って、私をじっと見て、沈黙。後は黙っちゃうの」
そんな周子の言葉に、たっぷり沈黙して、カズマは大真面目な顔で言った。
「しつけどころか、教育すらなっていないということですか?」
「それって!めっちゃくちゃ失礼だと思わない!」
カズマのあまりな言葉に、周子が軽く飛び上がった。
「おれ抜きで話すんな」
その声に振り返ると、ギャランが頭を振り振り、身を起こすところだった。あっさりと手刀の衝撃から目覚めたらしい。真面目な顔をしている。
「カズマ、やるんなら手加減すんな。ああ、その前にだな、ちったあ、おれのこと、信用しろよ」
この一言でカズマは胸を突かれたように黙ってしまった。
ギャランは、はーやれやれ、と言った風にあでやかな金髪をばさばさと振り、ソファにどっかと座ると、びっ、と自分の向かいを指差しカズマと周子の二人を座らせた。
「まずは隷属のタトゥーについて知っていることを二人とも、話せ」
命令することにも報告を受けることにも存分に慣れた態度である。
「私の情報は既に言ったとおり。あんたと私、お互いに肌で感じる、この焼けるような恋情、あんたもわかってるんでしょう?」
「おれはそれがタトゥーの所為だとは思わんがな?」
「そう思うのもまたタトゥーの仕業なんだって」
「たく話になんねぇな。で?カズマ、お前は?」
ギャランはうんざりと半目を伏せ、カズマに話を振った。
「私が知り得たのは、その呪のキツさです。文献によれば気が、狂いそうなほどだそうです。ですから、この周子の不遜な態度が信じられません」
「どーユー文献よ!ナニソレ!」
周子が鋭く突っ込んだ。
心底バカにしたように肩を竦め、軽く首を突き出した。まるでアヒルのように口を突き出し威勢良くなじる。
「はっ?なによさっきはえらそうに”少々調べさせていただきましたよ”なんて事情通なこと言っておいて!とんだザル調査だわね!結局私とおんなじことを言ってるだけじゃん!ただのハッタリじゃん!」
「ぐ」
カズマは口惜しそうに口の端を下げた。
「五百年も前に、大地もろとも消し飛んだ一族に伝わるカルトな呪ですよ?そうそう資料など、あるわけがないではないですか!」
「だったら調べただなんてえらそうな口きくんじゃないわよ!そのキザったらしいところがエロいのよ!こんのむっつり助平!そんなチャチなハッタリがこの私に通じるとでも?ふんっ、ずいぶんナメめられたもんだわね!」
「自分のステータスについてろくに教育を受けていない者が偉そうに私のことを非難出来る立場ですか!大体あなたが最初ッから自分の素性を明かし、自分の能力やそのタトゥーのことや一族のこと等々を素直に私に話していれば、私はこうもやきもきしなくて済むというのに!」
「知らないものは知らないんだもの!」
「とんだ世間知らずだ!」
「あっ!言ったわね!クルとおんなじ!むかつく!」
罵り合いを始めた二人を、ギャランはあきれたように見比べて。
「……たく。何のハナシか、おれにはさっぱりだな。ああ、互いに引け。おまえらまるでフィーリングバッチリだな」
「ドコがですかっ!」
だんっ!とカズマが拳でテーブルを叩いた。
「なんだよ、おまえら最初っから仲良しだろ?あーなんだ、肉、肉をめぐって言い争いをしただろ?」
「ニクッ?肉って何のことですか!いまさらそんな昔の話を持ち出して誤魔化そうったって、そうはいきませんよ!私と周子はホントに気が合わないんです!こんな粗野な女!……よりによってなぜこんな女に執着するんです!女ならばそれこそ他にももっともっとイイのがいるでしょうに!ああもうとにかく!人がわざわざお探し申し上げておりましたのに、こんなところで二人あああんなふしだらな真似を!」
「あはは、長いな、セリフ」
動揺しきってまくし立てるカズマに周子が茶々を入れる。
ギャランは少し驚いたように目を見開いて。
「ふしだら?あれが?」
クッ、とギャランが笑う。むしろその笑みは自嘲的なそれに近いが、カズマにはそれを察するだけの余裕も無い。
「あれがふしだら、ね、ははあ、ならばおれはこの上なく日々ふしだらだな」
「まさかあなた方いつの間にそんな!?」
「カズマ様、私をそこで一緒くたに括らないで。このエロ国王様にはね、それこそ美女の群れが付いてるんだって。美人なお姉さま満載の後宮をお持ちだと、イブに聞いたわ。いいご身分ですこと!」
周子の棘のある言葉にふっと、カズマは冷静さを取り戻す。
ギャランもその思いもよらぬ棘に軽く目を見張って。
「大体カズマ、お前がそうおれにさせてんだろ、そんなカーワイー大人しい顔してさ、おれに子作りを勧めただろ?いまさらエロも何もねぇじゃねぇか、もう何年になるかな、おれは抱きたくも無い女を、諸侯から差し出された女共をだな、順番に抱いてるってわけだ、おれはえらく公平だぞ、権力調整のためだっけか?お前はそう言ったな?」
途端に、カズマはがっつりと落ち込んだ表情をした。
挑戦的なギャランの眼差しがホントに辛そうに、カズマはたっぷりと長い間沈黙して。
「……十年前、王にはならぬと宣言なさったあの時にはあれが、王にとって最も負担が少ない選択肢だと……ああとでも確約しなければ回りの諸侯が黙っておりませんでした、ギャラン様は前王陛下の一粒胤、それが廃嫡王子ともなれば、事はそれだけではすみません、あなたの王位継承の問題ばかりでなく、お世継ぎを失った前王陛下のお立場さえ危うくなる、無論あなたはそれは望まなかったでしょうに」
「お、逃げるな。何よりお前はオンナ遊びこそがおれにぴったりだと言ったろうが」
「い、いえなにもそこまでは……王の子孫を残すためとでも言わなくては、引っ込みがつきませんで」
カズマが自分の胸のあたりをぎゅっと押さえた、服の下の何かを握ったようだった。
「はん、律儀に下げやがって。周子に見せてやれよ、案外あっさりぶち壊してくれるかも知れんぞ?さっきは周子に犯されそうになって、もうソッチばっか気になって、タチそうで、ああ、違う、違うってば、あー、なんだ?呪だナンダト言われてもさっぱり分からんかったが、それが呪いのアイテムだろ」
周子は身を乗り出した。
「呪いのアイテム?」
「このおれを国王にするための呪いだ」
周子は軽く自分の耳穴をほじった。聞き間違いかと思う。
「はい?国王にするため、って?あれ?それっていいことなんじゃ?」
「魔除け、とか呼ばれてるがな?」
「王!」
カズマが冷たい声で遮る。
「……別にいいだろ、周子に話したって。この女が知ろうと知るまいと、おれは国王にはならん」
「却下」
カズマはキッパリとかたくなに拒否した。
「私には王を御護りする責務がございます」
「だっからさくっと女抱いてそれこそ世継ぎでも生まれりゃそれでいい。万々歳だ、廃帝のサーデュラス万歳、それこそお前の望みどおりだろうが。お前は王としてのおれが欲しい。アシューもラインハルトもその他臣下諸共みながみなそうだ、だがおれは王にはならん、だからお前らは、せめてもとおれの血を引く子種を求めた、ただそれだけだろう」
「……今日はずいぶんと手厳しい」
カズマが深いため息を吐いた。
「!あたりまえだ!おれと周子のラブラブメイククラブをよくも邪魔してくれたな!」
「はあっ?」
カズマがびっくりした声を上げた。
「は、話がソコへ戻りますか?」
「ふん、ほかにドコへ戻そうというのだ」
このハナシはもうこれで終わりだ、と、ギャランは首を大きく回して、ソファの背もたれにのけぞり天井を仰いだ。
ああ、と周子は納得して目を細めた。
話自体はかなり飛躍していてよく読めないが。その不遜な笑みになんだかやはりギャランの優しさを感じて。ギャランもまた、カズマに付き合ってやっているに違いない。
きっと、この王宮には二人でやり過ごさねばならなかったようなことが山積していたのだろう。この深い依存関係もなんとなく理解できる。
左腕のタトゥーがまたずきりと痛んだ。
「分かった、あんた達の間には立ち入らない。仮にこのバカに呪がかかっていて、その解呪を私に依頼するなら、お金を払って。オプションで。どえらく高いけど」
ギャランがおもむろに不機嫌になった周子の様子にほんのちょっと目を細めて。
「何もカズマに嫉妬するこたないだろう」
「うるさい。首洗って出直しといで」
「顔だろ?それ言うなら、それくらいおれだって知って……」
「首よ。私が何したいか、カズマ様なら分かるでしょう」
「ええ。ではその前に私と一戦ですね」
不意に不穏な、張り詰めた空気が漂い出し。
ソレをギャランはうっとうしそうに祓う。
「カズマと一戦交”わ”るなど、おれが赦すはずがないだろ、バカかお前ら、仲が良いにもほどがある」
「一戦の、戦い方が違う。あんたはイブとヤってろ、ばーか」
周子はそれこそ本当にむっとして。
カズマとの臨戦体制を無下に乱されてそれこそ不機嫌に腕を組んでどさりとソファに背を深く埋めた。
ギャランはふと、おかしなことを耳にした、とでも言うかのように軽く首をひねった。
「イブ?」
ふん、と周子は顔を背ける。こう、なんだかやけに腹が立つのもタトゥーの所為だと周子は思う。
「お前のその怒ったカオが嫉妬だったらおれもまんざらじゃあねぇがな?」
「もともとこういうカオなのよ!」
「イーヴに妬く方が間違ってる、あれはちょっと特別だ、お?またいい表情を」
ギャランがゴキゲンに目を細めた。見透かされてカッ、と周子は赤面して。
「あああんたはあの美人なイブと仲良くイチャついてるんでしょ、おなか一杯じゃないの、オンナに不自由してないのに、私に手を出そうって方が間違ってる」
「お前は誤解してる。それに、問題はハラじゃぁない、ここだ」
そう言ってぴっ、と親指で自分の胸を指す。
その仕草に。
周子はギャランの向こうに修三を見た気がした。
不意に、ぽろぽろっ、と涙があふれた。
ギャランははた、と固まって。動揺した声をかけた。
「わ、悪い、……ってなんかおれ悪いことしたっけか、だ、大丈夫か」
「この世で一番大切な人を喪ったのよ、泣いてドコが悪いの」
一度あふれた涙は容易には止まらない。
なんでこんなタイミングで父さんのことを強烈に思い出したのか。
なんでこんな涙が出るときにそばにこんな奴がいるのか。
なぜとにもかくにもその胸に抱きしめられてしまうのか。
どういうわけか抱きしめるその腕にその胸に初めて会ったあの日感じたような無償の安堵を覚えて。名を刻まれたときにしっかりと力強く抱いてくれたその感触をはっきりと思い出して。恋に落ちたと思ったあの瞬間を思いだ……
「……勘弁してくれよ、おれはまだ死んじゃあいねぇぞ?」
その胸をばっ!と突き放すや、周子はその首に思いっきり回し蹴りを食らわせた。
「ダレガアンタダト!」
―――そうだ、この男は口を開けばとんだお粗末なヤローだった!
初めて会ったあの時から、そうだった。
「タトゥーの呪はそら恐ろしい。こんな男に添えというのか。全く油断できない」
ソファからすっ飛び思いっきり床にたたきつけられたギャランを怒りに震える体で指差し、泣きじゃくりながら周子は言う。
「私!ちょっと隅っこで泣くから!一人にして!なんか適当にハナシでもしててよ!ほっといて!」
「……なんとまぁ。これでは話などできませんが。やりすぎ」
カズマは呆れたような冷たい目で床上でぴくぴくと震える無様なギャランを見遣って呟く。それから、静かな優しい目をしてそっと応えた。
「……王が、無作法を致しました。ええ、あなたの気持ちはよく分かります、しかも私より深そうだな……心配ですが、一人がよいというのなら、どうぞ隅へ」
カズマの落ち着きぶりがむしろありがたくて。
周子は言ってみた。
「よくない」
「……どうぞ?」
カズマが軽く腕を広げて。
周子はその胸にすがってひとしきり泣いた。
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- 2005-09-25 02:36
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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