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[tog]34:男同士腹を割って

 玄関に一歩足を踏み入れるなり、いつものように出迎えたエンギワルーの姿に周子はギョッとして。
 エンギワルーは、頭に包帯を巻き、ギプスで固めた利き腕を、肩から吊っている。
 そうして表情一つ変えずに、周子のすぐ後ろに立つギャランから革ジャンを受け取ろうとし、慌てて周子がそれを阻止、ギャランからむんずと革ジャンを取り上げた。するとムッとしたように、一層仏頂面になってエンギワルーが、改めて周子の手からギャランの革ジャンを取り上げた。
「これくらいのことは支障なく出来ますから。プロの従者ですし。お気遣いなく」
 むしろ周子に気遣われては侍従長の沽券に関わるといった口調である。
「骨折?」
 周子の問いに、エンギワルーはさほど興味がなさそうに頷いた。
「突然、宙から机が降って来ましてね?古いものですが、その分、どっしりとしたつくりの頑丈な重厚なデスクがね、こう、いきなり宙に現れたかと思うと、どしーん、と私の上に」
 周子とギャランは顔を見合わせた。
 廊下の向こうに見覚えのある、古ぼけたデスクが放置されている。かなり勢い良く落ちたのであろう、床がガッツリとへこんでいる。例の地下資料室にあったデスクだ。
 これが、エンギワルーの上に落ちてきたと言うのだ。むしろこの程度の怪我で済んだ方が奇跡だったかも知れぬ。
 ギャランの青い目とたっぷり見詰め合った後、周子はおたおたと、エンギワルーの手をとった。
「そそそそ、そんな体じゃ、何も出来ないでしょ、ゆっくりどうぞ休んでいて。えええっと、なにか、何か私、お手伝いするからさッ!」
 たちまち胡散臭そうにエンギワルーが眉を顰めた。
「……。いえ、人手でしたら、間に合っていますし、若様のご客人であるあなたにお手伝いいただくわけには参りません」
 周子はそれでもふるふると頭を振って。
「そそそそ、そろそろ食事の支度の時間でしょう?手伝わせて、ねっ、お願いだから!……ギャラン!厨房に行くわよ!」
「おれもかっ!?」
「ナニイッテンノー!アナタモキョウハンヨー!?」

「!!」
 テーブルについたカズマは、食事を運んできた給仕の姿を見、口をつけていた食前酒をぶう、と噴いた。
「グランツの若様ともあろうお方が」
 さっ、とすばやくその口元を丁寧にナフキンで拭ってくれる、手の主。
「ななななななななな、なんの真似ですかっ!」
「どうだ、似合うだろ」
 ギャランは前菜を盛り付けた皿をカズマの前にスッ、と置くと、にんまりとあでやかに笑った。
 ギャルソンエプロンをまとったその姿は、実にきりりとしていて。
 給仕係の制服姿は、色っぽいくらいに、よく似合っていて。
 カズマが慌てて立ち上がると、
「座れよ、せっかくおれが給仕してんだ」
「………………………」
 有無を言わさず、むんずとカズマをつかむと椅子に押し付ける。
「食え」
「……いえ、その、無理です」
 ふるふるとカズマは頭を振る。
 王に給仕されて食事がとれるほど豪胆ではない。
 その、頃合を見計らったように、エンギワルーが入ってきて。こちらは、メイド姿の周子を伴っている。エンギワルーはすっかり諦観に達した表情を、つまりは、仏はホトケでも、いつもの仏頂面ではなく、それをぐっと仏様寄りな表情にして、押し黙っている。もうとうにあきらめているのである。
 カズマはそんなエンギワルーの表情を見て、事態を飲み込むと、がっくりと肩を落とした。ギャランを見上げて。
「周子と、何をしました?」
「ん?社会体験?密着従者二十四時!従者は見た!グランツ家若様の秘められた深夜の一人遊戯……エンギワルーがこれでは使えぬだろう?おれと周子がピンチヒッターだ!」
 ギャランはいたって上機嫌で。トレイを小脇に抱え、腰に手を当てて、ニコニコとしている。
「……深夜の……」
 カズマは不快そうにうめく。
「な、カッコイイダロ!」
「国王やるよりカフェで給仕してるほうがよっぽど似合うわよ」
「それもいいな!」
 グッ!とギャランが振り返り上機嫌に親指を立てる。
「!周子っ!」
 カズマはまたも腰を浮かせる。

 ギャランは自分の給仕姿がよほど気に入ったのか、たいそうなご機嫌で屋敷を飛び出していった。ちょっくらアシューに見せてくる、と、夕飯時を過ぎてのち新婚夫婦宅に乱入するということの迷惑さはちらとも思いつかないらしい。もっともアシューなら王が立ち寄ればそりゃアレな最中であったとしても大喜びするだろう。
「王宮にも食堂があるんでしょう?明日っからそこで働けばいいのにね。よっぽど似合うわよ、あのシャンデリア衣装より……ディオス、と。ごめんね、もっと早くに気づけばよかった、どう?動く?大丈夫?痛くない?」
 食後の居間で。
 後片付けをするという周子の申し出を、エンギワルーは仏頂面でなんとか断ろうと、押し切るように周子を居間に連れ込み、ソファに座らせ棒の付いた氷菓を口に突っ込んで大人しくさせた。ややして周子は、そういえば、といまさらながらに思い出し、そのアイスをエンギワルーに持たせると、自由になった両手で印を結びなにやら呪文を唱えたのだった。
 周子は腕を曲げたり手を握ってみたりするエンギワルーの太い腕に触れ、ためすがめつ吟味する。
「ありがとうございます。それにしても驚いたな、骨折が瞬時に治せるなんて。まことにすばらしい能力だ」
 感心しつつ、預けられていたアイスを再び周子の口の中に突っ込んで。
 周子はちょっと目を細めて笑って。
 なにやら和んでいる周子とエンギワルーにカズマが尖った声をかける。
「そんな切り傷の一つや二つで、王の庇護心を煽るとは、オンナとはまこと、油断のならぬ生き物でありますね……そんな傷、ぱぱっと呪文で癒せば良いでしょうに」
 そう、ぱぱっ!と、ぱぱっと、と、手をひらひらさせて繰り返す。
 どうもぱぱっと、の口当たりが気に入ったのか、何度もそんなことをぶつぶつ、恨みごとをカズマは口にする。
「男も女も関係ないよ……あんた根が暗いね。こんぐらいの傷でいちいち呪文使ってたら勿体無いというだけで。私、魔力は呪文は温存することに決めたのよ」
 カズマが片眉を上げた。
「ほう、王宮ではあっさり眠る呪文を唱えて?それで?」
「だから節約してるの!イ・マ!」
「あなたには貯金は不向きなようだ、使ってしまってから考えるんですね」
 尖った声でネチネチぶつぶつと食い下がってくる。なにやらずいぶん機嫌が悪いな、と周子はうんざりしつつ。
「エンギワルーは特別。侍従長にしてまさにプロの料理人。この人に何かあったら私、美味しいものも食べられないし!まったく、ギャランがジャガイモの皮もロクに剥けないあほうだっただなんて!どーゆー教育うけてんのかしら!まったく見てくれだけが極上で!ギャルソンエプロンで突っ立ってるのが一番有効な使い方だわ!この傷だって何もあのバカの気を引くためなんかじゃあ無いわよ、大体、傷つけたのはあんたでしょうに」
「あなた自身です!」
 間髪入れずにカズマが叫ぶ。
「それに王たる者ジャガイモは剥きません!」
「教育がなってないよねー」
「周子、あなたがソレを言いますか!」
 エンギワルーが塗り薬を持ってくる。
「戦に身を置くわが一族に代々伝わる秘薬です。骨折には無理ですが、切り傷にはよく効きますよ、どれ……」
「ちょっとまった、ぐわー痛いよ……」
 周子が涙目でうめいて。血は止まってはいるものの、傷は結構深い。
「よくこれで我慢していられるな、それよりもなによりも侍女達と一緒に楽しそうに立ち働いて……侍女達の迷惑を考えて欲しい。こんな手負いの状態で、ジャガイモを取り落とす王に鋭くケリを入れて……従者達がみな青ざめているのもつゆ気にかけず。皆が恐れ戦いているのが分からぬのか、その豪胆ぶりはなかなかにすばらしい」
 非難とも聞こえる言葉だが、エンギワルーはどうやら感心しているらしい。そして周子の傷に薬を塗ると神妙そうな表情をした。
「ああ、若、存外深く切れてますな、やはり医者を呼んでもよろしいか?」
「あああああたりまえだ!」
 カズマがすかさず返答した。
 周子はその声に動揺の色を読んで。エンギワルーを見上げると、いつもの仏頂面をほんの少し申し訳なさそうに緩めて、小声でささやいてくる。
「周子、若はアア見えて、反省してるんですよ。あなたを傷つけるつもりは毛頭無かったのだろう、それがうっかりとはいえあなたを傷つけた、むしろ自分の胸の方がシクシクと痛むものだから、あなたのその傷をちゃちゃっと治せ、とそんな論理なんですよ」
「……」
 カズマは居間の隅で至極不機嫌そうに腕組みをして壁に寄りかかり、だが自室へ引き上げる様子もない、明らかにこちらの様子を気にしているその様をみると、どうやらエンギワルーの言っていることは合っているらしい。
「ぱぱっとだよ、エンギワルー」
 そう突っ込んで周子は笑った。
「医者は要らない。カズマ様、ええ、私もちょっとわるかったって思うわ。ね、仲直りしよう!」
「え?」
 ビックリしたように壁際のカズマが顔を上げた次の瞬間、周子はカズマのすぐ側まで駆け寄ると、その首っ玉に抱きつき……たかと思うと、さっと、例の魔除けを奪って身を離した。素早く部屋の反対側の隅に駆けて、勝ち誇ったように魔除けを掲げた。
「イタダキ!ヤリィー!」
「!!」
「周子!悪ふざけがすぎるぞ!」
 低くて鋭いエンギワルーの声が飛び、すかさず周子を諌める。
 エンギワルーはすばやくカズマと周子の直線上に割って入り、ギリギリのタイミングを計って周子を軽く横へ突き飛ばすや、腰の長剣を抜き放ちものすごい勢いで間合いを詰めてきたカズマの剣を、さっと軽く肩を引き、全く動じずに上から柄を捉えて握り押さえ、ぐっ、と一拍、力を溜め下げると、カズマの腹をどかっ!と思いっきり強く蹴り飛ばした。
 カズマのカラダが軽く飛んで、すさまじい音を立てて向こうの壁に激しく背を打ちつける。
 思いも寄らぬエンギワルーの力強さに周子は目を丸くした。
「……うそ」
「さ、それをお寄越しなさい」
 エンギワルー毅然とした態度で有無を言わさず周子の手から魔除けを取り上げる。周子はぽかんとして。
 がはっ、とようやく呼吸を取り戻したカズマの下にエンギワルーは歩み寄る。
「若、大丈夫ですか?」
「エンヴィ、少しは手加減しろ……」
 がはっ、とまた大きく喘いだ。
「だって本気だったでしょう」
「プツンと切れるほど硬直した神経の持ち主ってわけね!」
「周子!」
 茶化しかけた周子、エンギワルーにスゴまれてしゅんとして。頭を下げる。
「……ごめんなさい」
「……全く、あなた方は、お互いに悪いと思っていながらなぜ素直に謝れないのですか、子供ですか、全く」
「ごめんね、カズマ様、エンギワルー」
「若もです!」
「わ、私もか?」
 カズマが一層うめいた。ものすごく嫌そうに、自分は呼吸が苦しい、といった風に胸を押さえる。いや、確かにそうなのではあろうが。
 エンギワルーは眉を吊り上げた。
「こういうのは喧嘩両成敗、です!さ、若!」
「………すみません、でした、周子」
「ああっ?なに?いまの頭にあった軽い抵抗はっ!なんかちょっとむかつく」
 エンギワルーが周子の口を押さえた。
「勘弁してやってください、若がこんな風に人様に謝ったのは初めてですから」
 そう言ってこそっ、と周子の耳にささやく。
「なんてったって、大財閥グランツ家の一人息子、ボンボンですからね」
 周子はあきれたようにエンギワルーを見上げた。
「エンギワルー、あなたほんとにプロの従者ね。そんな風に主を貶めて私の心を、ああ、何割引させる気?」
「……ホントにあなたは頭が良いな」
 通用しなかったか、とエンギワルーが頭をつるりと撫でた。
「その仕草、それもわざとでしょう」
「いや愛しいな」
「うわ、案外しつこいな、エンギワルー。きりが無いわ、アア分かったから、もう全部水に流すから、ね、ヘンに気を使わないで頂戴」
 それから周子はまじまじとエンギワルーを見つめて。
「さっきはありがとう。私きっとカズマ様に真っ二つだったわね?」
「でしょうな。だが、そもそも私にはあなたの身を守る責務がある。礼など不要だ、当然のことだ」
 やはり、その表情は読めない。
 あっという間にいつもの仏頂面をまとっている。
 彼が日頃仏頂面なのは、きっと性格ではなく、職業上の理由からであろう。
 ―――私の身を守るのが責務?
 果たして、彼のような男は、二主に仕えることも可能であろうか、と、周子はふと感じた体の震えをねじ伏せた。
 ようやくカズマが身を起こした。
 肩が震えている。よほど激しく、それこそ手加減なしでやられたのであろう。
「カズマ様、ホントにごめんね。確かにとても大事にしてるとは思っていたけど。ちょっと鼻を明かしてやりたいって言うか、意地悪したいって言うか、あーそのー、その無効化の効力とか、いろいろ聞きたいこともあるしで。そもそもギャランの呪って、ナニ?ね?私も悪かったって思ってるし、水に流して、いろいろ話してよ、気になって眠れないもの」
 カズマは魔除けをまた襟元から滑り込ませると、ばっと埃を払い、むしろさっぱりしたように周子を見た。
「ええ、いいですよ、この魔除けについて話しましょう。このまま一人で自室へ戻ってもなんだか嫌な気がするばかりでしょうし。まああなたがこの魔除けに興味を示すのも仕方が無いことです。無理に秘匿しようとした私が間違っていたのでしょう、もうさっきのようなのはゴメンです。エンヴィ、本日はもう王はお戻りになられないのだな?」
「は」
「ではゆるりとしよう。酒と肴を、私の部屋へ。周子、たまには二人で一杯やりませんか」
 周子は快諾するが。
「なんでそこにあのバカが出てくるの?」
「王がいらっしゃると、例え私とあなたが男らしく腹を割ってハナシをしていただけだとしてもうだうだとくだらぬ嫉妬をなさいますから。面倒で」
 カズマは少しうんざりしたように小さく息をついた。
「面倒、あはは、面倒ね、そうね、えらく面倒だわ」
 周子も同意する。カズマの口から、ギャランのあしらいが面倒だと出るとは思わなかった。
「なんだかあれはちょっとその、過敏ですよね?あなたの方がよほど男らしい」
「ちょっとうざいよね」
「……うざい?……まったくあれほど惚れたとかき口説かれて、あなたは全く他人事だな。王ほどの色男を相手に全くなびかず、情が薄いというか、オンナとはおよそ思えませんね」
 カズマは軽く眉をひそめて肩を竦めた後、周子を促した。
 カズマのすぐ隣を歩くと紫丁香花の良い香りがほのかに鼻腔をくすぐる。
 周子は唐突に自分の機嫌が良くなるのを感じた。
 にこりとカズマを見上げる。
「気が楽でしょう?」
「楽ですね……非常に。私としては、助かります。ですが普通ならばここで気分を害するのでは?私はあなたを女ではないと言っている」
「全然?男同士腹を割ってハナシをしたほうがよほど嬉しいわ」
「男同士、ね、ホントにそんな感じですね」
「ああ、別に女同士でもいいわよ、あんた結構ネチッコイし」
 カズマはちょっと目を細めた。
「私、貯金も細かい金の計算も大好きですしね。ですが、仮に百歩譲って私が女に近いとしても、やはり女同士にはなれませんね、周子あなたこそがどうにもおよそ女とは遠いから。明日から男装なさってはいかがですか、少しは王の気も削げるでしょう」
「あはは、ダメよ、結局剥いたらこの体が出てくるんだもん、余計に燃えるわよ」
「……剥いたら、ってそんなあけすけな。ほんと女とは思えませんね」
 まあそういえば確かに、女らしい、綺麗に整った体つきをしている、とカズマは冷静に目測した。
「私ね、ギャランに言ったのよ、カズマ様はオンナよりも金塊を抱いてる方がよほど幸せだろうって」
「はは、そのとおりです。あなたは察しがいいな、やはり頭がいい。金塊ね、あたたかくてやわらかい、抱いて気持ち良い金塊があればなお良いですよね?」
 周子は微笑むカズマを見上げたっぷり数瞬押し黙って、うめいた。
「……ねぇそれって気持ち悪いよ、あんたやっぱヘンタイ……いたっ」
「そこは軽く笑い流すところです!私が本気でそんなことを言いますか!」
 周子の頭をすぱん、と叩きながらカズマも笑っている。

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