コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
初めての方へ | 絵板 | RSS![]()
Entries
翌朝、カツカツカツ!と鋭く険のある靴音が私室へ近づいてくるのを耳に留めて、エンギワルーは軽く目を細めた。
「おはようございます、若さ……」
ぱちん!と小気味良い音をたててエンギワルーの頬にカズマの平手が決まった。角度も良かったし、音も良かった。カンペキに美しい平手である。
その完璧さはまさにカズマの気位の高さを象徴しているかのようで。
カズマは言葉も思いつかないといった風にカオを怒りに真っ赤に染めてぷいと背を向けると出て行く。
「平手と来たか。キュートだな」
エンギワルーはふむ、と頬をさすって。
にわかに馬車が出立する音を聞いた。
ふふ、とエンギワルーは軽く息を吐いた。
「御年二十六、そろそろ、若い、だけでは済まされぬ年頃だ。周子は無理でもどこか適当な所で手を打って頂かなくてはな……」
カズマに受け取りを拒否された見合い写真が、行き場を失ってエンギワルーの私室に山と積まれている。
エンギワルーはそれを持ち込んだ主、ルドルフ、カズマの父、ルドルフ・フォン・グランツのことを思い、苦笑した。その脳裏に浮かぶのは、金融市場を思いのままに操る海千山千の熟練した経済王の不敵な金満笑顔ではなく、むしろ慌てたような切羽詰った表情ばかりで。
「また、あやつに馬鹿にされたぞ!」
グランツ家宗主ルドルフが、どかん、と見合い写真の束をテーブルに載せる。相変わらずの仏頂面でエンギワルーはルドルフのまくし立てる愚痴を聞く。極上の紅茶を淹れてやりながら。
「カズマは男を好むのではなかろうな?」
「いえ。ただの、女嫌いなだけかと。巷で噂されておりますような、王との妖しい関係もございません」
「まったく、それならそれでいっそ気が楽なのだがな!」
「……さようで?」
イーズリー卿ラインハルトが、女を寄せ付けぬカズマの気質を日頃から面白がり女嫌いだのなんだのとチクチクと言うものだから、ルドルフも神経過敏になって、結婚はせずともとにかく女を持てと、多少の遊びならいくらでも都合がつくだろう、とにかくヒマがあれば女を抱け、と迫ってくる。
「お前を信頼してカズマを預けているのだ、もっと、こう、いろいろと……」
「ならば口出しは無用かと」
仏頂面で低い声で返されてルドルフはぐう、と唸る。
「若はまだお若い。今はギャラン様と遊ぶほうが楽しいのでしょう」
「ふ、ふむ。お前がそう言うのならまあそうであろうか」
「さようでございます」
エンギワルーはキッパリ押し切って。
カズマもまだもっと若いときは「まぁそう拒むものでもないだろうか?」と首をひねりつつ、求められるがままに相手の要望に応じもしていたが。
「……エンヴィ、女はあまり楽しいものではないな」
首をひねりつつ、メガネを拭いているその背中がまだまだ子供で。
ある夜そう呟いて。それきりカズマは女には一切手を出さなくなってしまった。
何しろ一度でも抱けば、相手の女は手のひらを返したように、やれ妊娠しただの結婚しろだのうるさいのである。それをまたルドルフが金で握りつぶし……それが続けば嫌になるのもまた然りである。
今や”ガーナで最も身持ちのカタイ男”と、到底賞賛とは思えぬ言葉を冠し、それでも平然としているカズマと、それをはらはらしてあーでもないこーでもないと更に金にモノを言わせようとするルドルフ。
この両者の乖離はもはや歩み寄り得ぬほどに遠い。
ルドルフは両手を深刻そうに組み合わせ、テーブルに載せる。その左右の五指にもれなく嵌めた大ぶりの輝石の指輪が、指を組替えるたびにカチャリカチャリと音を立てる。
「カズマは王を追って落籍しておる。家督を継ぐ気はないのであろうか」
「とんでもない。マンマンですよ?」
エンギワルーは軽く首を振る。
「落籍って言いましても、単なる書類一枚のことですし。実際カズマ様は、相変わらず王宮に出入りしては数々の裏働きにいそしんでいらっしゃいますし。グランツ家を継ぐ気概も欲も十ニ分にお持ちですよ」
「……では、私の出した条件はあまりに過酷だと、お前は言うか?カズマの女嫌いは重症で、結婚そのものが無理だというか?」
「いえ」
エンギワルーは、つ、と軽く目を細めた。
「タイミングの問題かと」
普段は仏頂面の男がチラリと垣間見せるこの余裕の表情は、気が立っているルドルフをもピタリと鎮める力を持っている。
そう宥め続けてもう何年になることか。エンギワルーがルドルフに向けて、もう何度も繰り返したそのセリフもそろそろ通用しなくなってきている。
エンギワルーは、さてどうしてものかな、と喉を鳴らした。
一方カズマはあまりに腹が立ってそのまま朝食も摂らずに馬車に乗り込むと王宮へ向かった。取り立てて用があるわけでもないのだが。
朝、カズマが目を覚ましたときにはなぜか周子が隣で眠っていて。
いや、先にベッドを占有したのは周子である。そのあたりははっきりと記憶している、だからこそ、広いベッドとはいえ、よりによって周子の隣に自分がもぐりこむとはあって良いことではない。
他人の寝息が気に障る性質であるのに、昨夜はあっさりと眠りに落ちた自分がなんとも情けなく腹立たしく。
例え万一、周子が酔っ払ってもぐりこんでくることがあったとしても、その逆があってよいはずが無い。
―――グランツの、この私が。
カズマは乱れてもいない襟元をぴっと正すと、エンギワルーの無言の圧力に苦い吐息を洩らした。
<< [tog]35 Back | [tog] Top | Next [tog]37 >>
「おはようございます、若さ……」
ぱちん!と小気味良い音をたててエンギワルーの頬にカズマの平手が決まった。角度も良かったし、音も良かった。カンペキに美しい平手である。
その完璧さはまさにカズマの気位の高さを象徴しているかのようで。
カズマは言葉も思いつかないといった風にカオを怒りに真っ赤に染めてぷいと背を向けると出て行く。
「平手と来たか。キュートだな」
エンギワルーはふむ、と頬をさすって。
にわかに馬車が出立する音を聞いた。
ふふ、とエンギワルーは軽く息を吐いた。
「御年二十六、そろそろ、若い、だけでは済まされぬ年頃だ。周子は無理でもどこか適当な所で手を打って頂かなくてはな……」
カズマに受け取りを拒否された見合い写真が、行き場を失ってエンギワルーの私室に山と積まれている。
エンギワルーはそれを持ち込んだ主、ルドルフ、カズマの父、ルドルフ・フォン・グランツのことを思い、苦笑した。その脳裏に浮かぶのは、金融市場を思いのままに操る海千山千の熟練した経済王の不敵な金満笑顔ではなく、むしろ慌てたような切羽詰った表情ばかりで。
「また、あやつに馬鹿にされたぞ!」
グランツ家宗主ルドルフが、どかん、と見合い写真の束をテーブルに載せる。相変わらずの仏頂面でエンギワルーはルドルフのまくし立てる愚痴を聞く。極上の紅茶を淹れてやりながら。
「カズマは男を好むのではなかろうな?」
「いえ。ただの、女嫌いなだけかと。巷で噂されておりますような、王との妖しい関係もございません」
「まったく、それならそれでいっそ気が楽なのだがな!」
「……さようで?」
イーズリー卿ラインハルトが、女を寄せ付けぬカズマの気質を日頃から面白がり女嫌いだのなんだのとチクチクと言うものだから、ルドルフも神経過敏になって、結婚はせずともとにかく女を持てと、多少の遊びならいくらでも都合がつくだろう、とにかくヒマがあれば女を抱け、と迫ってくる。
「お前を信頼してカズマを預けているのだ、もっと、こう、いろいろと……」
「ならば口出しは無用かと」
仏頂面で低い声で返されてルドルフはぐう、と唸る。
「若はまだお若い。今はギャラン様と遊ぶほうが楽しいのでしょう」
「ふ、ふむ。お前がそう言うのならまあそうであろうか」
「さようでございます」
エンギワルーはキッパリ押し切って。
カズマもまだもっと若いときは「まぁそう拒むものでもないだろうか?」と首をひねりつつ、求められるがままに相手の要望に応じもしていたが。
「……エンヴィ、女はあまり楽しいものではないな」
首をひねりつつ、メガネを拭いているその背中がまだまだ子供で。
ある夜そう呟いて。それきりカズマは女には一切手を出さなくなってしまった。
何しろ一度でも抱けば、相手の女は手のひらを返したように、やれ妊娠しただの結婚しろだのうるさいのである。それをまたルドルフが金で握りつぶし……それが続けば嫌になるのもまた然りである。
今や”ガーナで最も身持ちのカタイ男”と、到底賞賛とは思えぬ言葉を冠し、それでも平然としているカズマと、それをはらはらしてあーでもないこーでもないと更に金にモノを言わせようとするルドルフ。
この両者の乖離はもはや歩み寄り得ぬほどに遠い。
ルドルフは両手を深刻そうに組み合わせ、テーブルに載せる。その左右の五指にもれなく嵌めた大ぶりの輝石の指輪が、指を組替えるたびにカチャリカチャリと音を立てる。
「カズマは王を追って落籍しておる。家督を継ぐ気はないのであろうか」
「とんでもない。マンマンですよ?」
エンギワルーは軽く首を振る。
「落籍って言いましても、単なる書類一枚のことですし。実際カズマ様は、相変わらず王宮に出入りしては数々の裏働きにいそしんでいらっしゃいますし。グランツ家を継ぐ気概も欲も十ニ分にお持ちですよ」
「……では、私の出した条件はあまりに過酷だと、お前は言うか?カズマの女嫌いは重症で、結婚そのものが無理だというか?」
「いえ」
エンギワルーは、つ、と軽く目を細めた。
「タイミングの問題かと」
普段は仏頂面の男がチラリと垣間見せるこの余裕の表情は、気が立っているルドルフをもピタリと鎮める力を持っている。
そう宥め続けてもう何年になることか。エンギワルーがルドルフに向けて、もう何度も繰り返したそのセリフもそろそろ通用しなくなってきている。
エンギワルーは、さてどうしてものかな、と喉を鳴らした。
一方カズマはあまりに腹が立ってそのまま朝食も摂らずに馬車に乗り込むと王宮へ向かった。取り立てて用があるわけでもないのだが。
朝、カズマが目を覚ましたときにはなぜか周子が隣で眠っていて。
いや、先にベッドを占有したのは周子である。そのあたりははっきりと記憶している、だからこそ、広いベッドとはいえ、よりによって周子の隣に自分がもぐりこむとはあって良いことではない。
他人の寝息が気に障る性質であるのに、昨夜はあっさりと眠りに落ちた自分がなんとも情けなく腹立たしく。
例え万一、周子が酔っ払ってもぐりこんでくることがあったとしても、その逆があってよいはずが無い。
―――グランツの、この私が。
カズマは乱れてもいない襟元をぴっと正すと、エンギワルーの無言の圧力に苦い吐息を洩らした。
<< [tog]35 Back | [tog] Top | Next [tog]37 >>
- 2005-09-25 03:32
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
- コメント : -
- トラックバック : -
-

-



