Entries

[tog]40:襲撃

「……全くご当人のことは無視ですな」
 遠ざかっていく馬車を見遣って、エンギワルーが低く呟く。
 周子は周りを見回し……気が付けばあたりにはもう誰もおらず、馬を二頭引いたエンギワルーの姿があるのみで。
「ああ、もうすっかりお開き、ってワケね」
「これはあとで人をやって片付けさせますから。死骸というのは何かと物騒ですからな」
 カズマの斬り捨てた獣の死骸が、乾いた地に大きく血の模様を描いている。
 午後の暑い陽射しにさらされ、あたりにぼんやりと立ちのぼりゆく血の匂いは確かに不穏だ。
 周子は先ほど蘇生させた灰色の馬に近寄ると、頭をなで、ごめんねぇ、とかなんとか声をかけて。その手をカブリとやられなかったので少しほっとすると、えへへ、と笑った。馬がそれに答えるように、べろん、と周子の頬を舐めた。
「ありがとうございました」
「はい?」
「この馬は息子の愛馬だったもので……亡くすとさぞや悲しむかと思っておりました」
「あ、ああ、いやいや、元はといえば私が悪いんだし。緑癒石という魔石があれば蘇生率ももっと上がるんだけどね、でも若いコドモの馬はもともと生命力が強いから、大丈夫だと思った。お礼なんて……って、エンギワルー、あなた、息子って!?ああ、そっか、前にギャランが言ってた、あの、なんかすごい反面教師な名前の子?ああ、あなた子持ちだったのよね、意外というかなんというか……」
「当年六歳になります」
「うっそー、かわ……」
 周子の彷徨う視線を察知して、エンギワルーはピクリと眉を動かした。
「……かわいい、ですよ」
 いい、か、いそう、か、そこでとめるのおやめなさい、と目で言う。
「そう、それでその、か……」
「髪は生えてます。褐色の。私譲りです」
「あ、ああ、そうなの、良かったぁ……。私譲りって、エンギワルーって、実は茶パツ……その眉の毛は茶色だものね?」
 どうでもいい話だな、とでもいいたげに顔をそむけると、エンギワルーは自分の葦毛の馬の頭をなで、ひらりとまたがった。帰りますよ?と周子を促す。
 ふいに。
 荒ぶる獣の気配のようなぞっとする感覚が周子の背筋を貫いた。
 息を呑み振り返り見た、蔓草の覆う道無き森奥は不穏な気配に満ち満ちている。叢が、ざわりと不穏に揺れた。
 エンギワルーも敏感にその気配を察知したのか、すぐさま馬から飛び下り、周子のそばにぴたりと寄り立った。
 ぎらつく幾対もの眼がその奥からはっきりと自分達を捕らえているのが分かる。
 ―――下手に動けない。
 樹陰を伝い走る黒い影。険悪な気配がひしひしと伝わってくる。押し殺した唸りが聞こえ、不穏な風がざわざわと吹きすぎる。周子とエンギワルーは一度ちら、と目線を交わした。
 木の葉が揺れ動き、下生えの草がざばりざばりと音を立てた。踏みしだかれた小枝が派手にパシリ!と鋭い音を立てた、その瞬間。
「来る!」
「キラン!」
 詠唱を終えた周子が一気に意識を放つと、強烈な冷気が吹きすさび、その影を複数捉え、瞬時に凍りつくなり、地に落ちこなごなに砕け散った。
「これはッ……!」
 エンギワルーは初めて見るその魔物の姿に息を呑んだ。
 不穏な唸り声を上げつつ叢から姿を現して取り囲んでくる幾体ものその姿は、確かに狼ではあるが、並みの狼より二周りほど大きく、しなやかで頑丈な体をした四ツ足の獰猛な獣である。キラーウルフと呼ばれる魔物だ。
 エンギワルーは素早く周囲を見回した。
「四、……いや、五!女じゃ無理だ!とにかくあなたは逃げろ!」
 そう言って周子の前に立つ。
「馬に乗れ、私が引き付ける間に駆け抜けろ!」
 その姿めがけて異形の狼が襲い掛かるのを、エンギワルーはすんでのところでかわす。
「そうそうそうやってひきつけておいてくれれば。すぐに片付けるわ」
「なんですと?」
 周子の言葉にエンギワルーが眉根を引き寄せた。
「丸腰でどうしろと」
 周子は意識を集中し、詠唱を唱え、印を結びゆく。
 周子を中心にその足下から突風が、強力な魔法を行使する時に生じる魔法風がぶわりと巻き起こる。
 青白い燐光が宙に浮かび、何処か次元の違うところから振動音に近い不快なこすれるような絞るような、膨大なエネルギーが集約してゆく音が微かに響く。
 なにか膨大な熱量が軋んでゆく、以前どこかで見知ったようなその不穏な感覚に、エンギワルーの肌が総毛立ち、次の瞬間、咄嗟に地に伏せた。
「エスカーダアルティス!」
 毅然とした周子の声に応じ、辺り一帯を吹き飛ばす派手な爆発が起こった。
 青白い超高熱火炎が爆心からすさまじい勢いで放射状に四散し、刃と化した火炎が殺傷範囲内の生物を粉砕し、焼き尽くす。周囲の木々をも派手に巻き込み、場にいたキラーウルフが一瞬にして吹き飛んだ。
 足下には大きく穴の開いた地面、ものすごい破壊威力のある、広範囲に爆発の衝撃波と炎を撒き散らす殺戮の攻撃系最上級レベルの呪文である。
「わ、私を殺す気だったか?」
 味方へのシールドは効いている。ダメージはないものの、降り注ぐ土くれやら、蒸発しかけた血しぶきやら肉塊やらすすやらなんやらをごっそりかぶって、咄嗟に身を伏せていたエンギワルーはうめいた。身体を起こしたものの、頑強なその肩がショックのあまりびくびくと痙攣している。
「いえまさか」
 周子は軽く笑って。
「前も使ったけれどこのレベルの呪文が本当に出るのかどうなのか、と思ってね。全然平気みたい。私強くなったかな?」
 周子はそう言ってちらと首を傾げたが、その瞬間、はっとして叢を睨みつけた、今まで無かった気配が急速に現れたからだ。
 叢の上方の宙の一点が異様に歪んだかと思うと、そこからゆらり、と鈍色のローブを着けた小人のような姿が浮かび上がる。空間を転移してきたのだ。
「よもや最上級呪文まで操るとは。……タチバナの血、さすがよの?枷はどうした」
 若いとも老人のものとも思えぬ、低く、じんわりと胸に響く、気味の悪い声が、周子をタチバナ、とはっきり呼んだ。ねっとりと、情念深い眼差しが、目深にかぶったローブの奥からねめつける。
 洞窟で見たあの姿……ただそのローブだけが印象深く。だがその粘着質な眼差しには覚えがある、と思った刹那、全身の肌という肌がざばりと粟立った。
「長老ッ!?」
「久しぶりよの、タチバナの娘、石はどうしたと聞いておる」
 ―――石っ!?あの黒い魔石?
「なんで長老がいるの!だってこっちはもう五百年も経ってるって!」
「イビサも小癪な真似をしてくれた」
 長老の口から漏れた修三を口汚く罵る言葉に、周子は言い知れぬ不安を感じ、じりじりと数歩あとじさる。日頃長老という立場で隠してはいても、周子はその本性を察している。不穏で物騒で傲慢な……召喚の種を道具としか見ていないのだ。一族を庇護するベースの長、一見親切そうなその態度が昔から嫌いだった。
「イビサを使えばお前が動くと踏んだのだがの。まあもう良いわ、もとよりあんな気違いを御そうなどと到底無理な話」
 周子が動揺している間に、鈍色のローブの前が小さく揺れ、皺だらけの節くれだった指がちらと見えた。体の前で印を結ぶと低く低く詠唱を始める。
「ワシと共に来るか、と聞いても……もとより答えは決まっておろうからの。お前はワシには少しも馴染まぬ、情の頑固な娘じゃ」
 詠唱は低く重く、寄せては返す漣のようにあたりに満ち、すすけた木の葉がざわざわと激しく不穏に鳴った。
「やば」
 周子は身を翻し、すぐに詠唱をはじめようとしたが、がはっ、と大きく喘いだ。
 ―――だめ、封じられた……
 声を出そうとすればするほど、全身の血が沸き立つような言い知れぬ不安が襲ってくる。相手の詠唱を封じる、静寂の呪文である。
 声が出ない。呪文を手繰り寄せるのに思うように思考が働かない。印を組む手が震える。
 自分の内で急速に膨れ上がりゆく底知れぬ強烈な不安に押しつぶされるかのように、周子は膝を折るとうずくまり、なんとか残った気力で以って体の震えを抑えようとするが、ままならない。
「……タチバナの血、なまじ呪文を行使せんとの欲求が強いと、ほうほう、てきめんじゃな……」
 周子の呪文を封じた手応えを感じたのであろう、鈍色のローブの奥でにやっと笑ったように見えた。
「その資質、ミアム最強と言われど所詮は経験の足らぬ小娘じゃ。イビサも馬鹿よのう、本気で庇護しとおせると思うていたか、懐にしまいこんで、挙句とんだ世間知らずに仕立てたままに世に放ちおって。愚かな。かほどに価値のある娘を、ただの娘として育ておってからに……のう、百代目よ」
 すぐに別の詠唱が始まる。
 ―――やばい、なにか来る……いや違う、これは?
 攻撃の呪文ではないと察し、周子は震える自分の体を両手で抱きしめ、頭の中でなんとかその詠唱をたどる。
 知っている。転移の呪文だ。
 知ってはいるが……魔石を使わぬ転移は、並みのレベルでは使えぬ高位呪文である。
 ―――長老は何をしようと?百代目?だから何?
 相手の実力を知ればむしろ怖くなる。
 いくら一族最強の魔力を誇るタチバナの血、とはいえ、呪文を封じられればその身は赤子同然だ。剣が使えるわけでもない。
「ワシとともに来るよのう?断るとは言わせぬ」
「ダレが!」
「ロレンスが待っておるぞ」
「!!」
 その言葉に周子が目を見開いたその瞬間、背後から素早く疾る気配があった。
 震える首を支えなんとか目線を上げると、強く地を蹴り、馬に駆け寄るや鞍に備え付けた短剣を抜き、神業に近い速さで標的めがけて放つエンギワルーの姿が映った。
 まるで従者とは思えぬ、慣れた、しなやかで無駄のない動きだった。
 ひゅっ!と鋭く空気を切り裂く音をたて、放たれた短剣は違わず鈍色のローブの主の喉元に刺った。
 もとよりおよそ生者とも思えぬ気味の悪いぐしゃりとした音が飛ぶ。
 断末魔のうめきとともに、周子に向かって手が伸びた。その手ははっとするほどどす黒い。
「タチバナの娘。早く、来い……ロレ、ン、スが」
 伸びた節くれだったどす黒い手が、びくびくっと震えるや、土くれのようにぼろぼろと崩れ落ちた。生者どころか実体ですらなかったらしい。一体どんな術であろう、遠隔でこのような所業をするなど、周子の全く知らぬ術である。そう思うといっそうの恐怖が身体を打った。ミアム最強といわれる周子の行使するものとは全く方向の違う、なにやら気味の悪い呪術である気がした。
 周子を連れ去るつもりだったのか、途中まで唱えられた転移呪文が虚しく宙をかき乱す。
「ロレンス、って……」
 長老の口から出た思いも寄らぬその名に、地面にうずくまった周子は血の気がみるみるうちに引いてゆくのを感じた。
 ―――まさか長老がロレンスとつながってる、って?
 エンギワルーは膝まづき、がくがくと震える周子の身体を押さえつけるように強く抱き寄せた。
「落ち着け、周子」
 ロレンスの名を出すなどあの老婆め小賢しい横槍を、とエンギワルーが憤りの濃く滲んだ低く忌々しげな声で罵ったのが耳に触れた。
 周子ははっとしてエンギワルーの顔を見上げるが、そこにはいつもどおりの仏頂面があるばかりで何も読み取れない。ただ、落ち着けとだけ繰り返されて。矢継ぎ早の周子の問いに、今は話せぬと言ったきりエンギワルーは無言を貫いた。
 ややしばらくして、ようやく少し周子の震えが落ち着くと、エンギワルーはそっとその肩を支え立たせた。
 エンギワルーは周子を馬に乗せると、もと来た路を辿る。そのうちセリアとの国境へと続く間道に出た、エンギワルーは数秒の間そこで立ち止まったが、すぐに気を取り直したように軽く頭を振って、もと来た道へと馬の首を向けた。

<< [tog]39 Back | [tog] Top | Next [tog]41 >>

Appendix

最近のエントリ

過去の記事タイトル一覧 はこちらから

ブログ内検索

QRコード

QRコード

小説「タトゥー・オブ・ギャラン」も読めるよ!
http://klimit.blog7.fc2.com/

最近のブクマ byコハ

    Read more...on koharitoのブックマーク