コハリトりみっと
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「お帰りなさいませ、若」
「……」
カズマは停車した馬車から無言で降りると、ちら、とエンギワルーを見、それから軽く辺りを見回してすぐにあの姿がないと知るや、馬鹿馬鹿しいとでも自分に言い聞かせるかのように軽く一度緑髪を揺すった。
そして小さくリラックスしたため息をつくと、キッチリと留め上げていた襟元のボタンひとつ外し緩めて。
「ずいぶんとお疲れのようでございますな」
「ああ、私は少し仮眠をとろうと思……」
エンギワルーの言葉にぞんざいにそう答えたとき、じゃぶん! と裏庭の池の方で派手な水音が上がった。
「! なにかが池に落ちましたな」
すぐに向かおうとしたエンギワルーを制して。
「お前は身を包むバスタオルを持って来なさい……日も傾いてずいぶんと冷え込んできた。まったく、人の帰宅を狙いすましたかのように……嫌がらせにも程があるな」
カズマはそう呟いて裏庭の池の方へと向かった。
「今日は暑いですね?」
「寒いわよッ!」
じゃばじゃばと水音を立てながら周子は池の縁まで泳いでくると手を掛け、上がってくる。水から上がると、ずぶぬれになった身体をガクガクと震わせ、周子はへくしっ! とひとつ派手なくしゃみをした。
案の定、その上着を寄越せ、という鋭い眼差しをカズマは真正面から受けて。何せ王宮へ出向く際の正装である、そうそうずぶ濡れにするわけにはゆかぬとキッパリと断った。ケチ!と叫ぶ周子の罵声が面白い。グランツ家の自分をケチと罵る人間をカズマは他に知らない。
「もうすっかり秋よ秋、暑いわけないじゃない、うっへー、さぶー」
「暑さのあまりに気でも違ったのだと」
ぐわあー、嫌味ー、と周子は舌を出して顔をそむけた。
「ルシウスがさ、ここの池とアラカンサスモートの水竜の池が実はつながっている、って」
「またそんなデマを真に受けて?」
「だって水竜の穴といえば、そりゃ、気に入った水のところにならドコにでもつながる摩訶不思議な穴だって、この話はずいぶんと前に微に入り細に入り史実に照らし合わせて話して聞かせてくれたじゃないの、アラカンサスモートで水竜を見たじゃない、そのときルシウスが一晩かけて滔々と話してくれて、すごいワクワクするような話で……で……で、デマっ?」
「その話自体がデマだとは疑わないのですか?」
はう! と目を丸くした周子にカズマは冷笑した。
「とんだ世間知らずですね」
「い、いや、いやいやいや! だからってさ! 嘘八百の話を一晩もかけて話し倒すもんなの?」
「ルシウス・フォン・ソルティスとはそういう男です」
キッパリとカズマはそう言って踵を返そうとしたものの、池の中央に浮いている木の枝を見るなり、にわかに表情を厳しくした。
「あなた! あの池縁の木の枝を折りましたね! なんてこった」
「ゴメン、あの木の枝の上から覗けば丁度いいかと思って」
「何が」
何が丁度良いのだ、と再度問うたその紫の瞳は怒りに満ちたひどく物騒な色に見えた。
「この池の丁度中央から下を覗き込めば、その真下にその水竜の穴が見えるって聞いたから。丁度良く……池の中心のほうにこう、枝が伸びていて……ああ、実に見事な枝振りでございましたなぁ」
言葉の最後、急にエンギワルーの口調になってそろりそろりと後退し、その場を逃れようとした周子の首根っこをカズマはむんずと捕まえて。
「あの木は! あの木は特別に丹精こめて手入れをした木ですよ、あの枝ぶりはそうそうない見事な枝ぶりだったのに! これからの季節見事に紅葉し、池の中ほどまでに伸びた枝が水面に映えてなんと美しくすばらしく……この季節のこの鏡面の美を、私は毎年この上なく楽しみにしていたのに! ああも無残に折ってしまうとは!」
「なんか言ってることがじじむさい」
「素直に謝れないのか、貴様は!」
「ごめんなさい」
周子はすかさず謝った。
やってしまったことは直ぐに謝ったほうが良い、というのはもうすでに色々なことでこの男を怒らせた結果得た知恵みたいなものでもあるし、また、確かに枝を折ってしまったのは悪いと思う、その詫びの気持ちはある、周子はそれを素直に表明した。
カズマは、ことのほか殊勝な態度の周子に不意に怒気を挫かれ、しばし無言になって。
「…………う、うむ、ならばよろしい」
以後気をつけるように、とだけ言って掴んだ周子の襟首をパッ、と手離した。
「しかしあなたは、自分の専門ともいうべき魔物についての話すらもルシウスの言に惑わされるのか、情けない」
そんなことをぶつぶつ言いながらくるりと背を向けたカズマの前に回りこむと、周子は、かすかに上気したようなカズマの表情を見上げ、少し心配そうに表情を曇らせた。
「そんな疲れた顔してるときぐらい、お休みしたらいいのに」
んう? とカズマは意外そうな表情をして。
「ほう、私が疲れていると? 良くお分かりで。王宮での三日三晩の施策会議で私は大変に疲れています。他人を思いやる心が芽生えましたか、はは、まさかとは思いますが」
「そんな十も二十も老け込んだような顔してりゃ、そりゃ誰だって分かるよ」
「!老けッ……」
カズマがたちまちムッとした表情をした。丁度そこへエンギワルーが大きくて真っ白なバスタオルを抱えてやって来た。周子の有様を見るなり、これはひどい、と呟き、ずぶぬれでガタガタと震えっぱなしのその両肩にそれをかけてやった。そして暖かく包んでやる。柔らかく暖かく幸せな庇護、必要以上に優しくしているようにカズマには、見えた。
それを見てカズマは不愉快そうにメガネの奥の瞳を引き細めて。
「エンヴィ、そのバスタオルは使い方が違う。簀巻きにして池に放り込め」
キッパリとそう言い捨てるや、さっさと踵を返しその場を後にした。
[tog_p3_01]「カズマも相当な×××××」1/タトパラ3
Created: 2005-10-21 Modified: 2007-12-14
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「……」
カズマは停車した馬車から無言で降りると、ちら、とエンギワルーを見、それから軽く辺りを見回してすぐにあの姿がないと知るや、馬鹿馬鹿しいとでも自分に言い聞かせるかのように軽く一度緑髪を揺すった。
そして小さくリラックスしたため息をつくと、キッチリと留め上げていた襟元のボタンひとつ外し緩めて。
「ずいぶんとお疲れのようでございますな」
「ああ、私は少し仮眠をとろうと思……」
エンギワルーの言葉にぞんざいにそう答えたとき、じゃぶん! と裏庭の池の方で派手な水音が上がった。
「! なにかが池に落ちましたな」
すぐに向かおうとしたエンギワルーを制して。
「お前は身を包むバスタオルを持って来なさい……日も傾いてずいぶんと冷え込んできた。まったく、人の帰宅を狙いすましたかのように……嫌がらせにも程があるな」
カズマはそう呟いて裏庭の池の方へと向かった。
「今日は暑いですね?」
「寒いわよッ!」
じゃばじゃばと水音を立てながら周子は池の縁まで泳いでくると手を掛け、上がってくる。水から上がると、ずぶぬれになった身体をガクガクと震わせ、周子はへくしっ! とひとつ派手なくしゃみをした。
案の定、その上着を寄越せ、という鋭い眼差しをカズマは真正面から受けて。何せ王宮へ出向く際の正装である、そうそうずぶ濡れにするわけにはゆかぬとキッパリと断った。ケチ!と叫ぶ周子の罵声が面白い。グランツ家の自分をケチと罵る人間をカズマは他に知らない。
「もうすっかり秋よ秋、暑いわけないじゃない、うっへー、さぶー」
「暑さのあまりに気でも違ったのだと」
ぐわあー、嫌味ー、と周子は舌を出して顔をそむけた。
「ルシウスがさ、ここの池とアラカンサスモートの水竜の池が実はつながっている、って」
「またそんなデマを真に受けて?」
「だって水竜の穴といえば、そりゃ、気に入った水のところにならドコにでもつながる摩訶不思議な穴だって、この話はずいぶんと前に微に入り細に入り史実に照らし合わせて話して聞かせてくれたじゃないの、アラカンサスモートで水竜を見たじゃない、そのときルシウスが一晩かけて滔々と話してくれて、すごいワクワクするような話で……で……で、デマっ?」
「その話自体がデマだとは疑わないのですか?」
はう! と目を丸くした周子にカズマは冷笑した。
「とんだ世間知らずですね」
「い、いや、いやいやいや! だからってさ! 嘘八百の話を一晩もかけて話し倒すもんなの?」
「ルシウス・フォン・ソルティスとはそういう男です」
キッパリとカズマはそう言って踵を返そうとしたものの、池の中央に浮いている木の枝を見るなり、にわかに表情を厳しくした。
「あなた! あの池縁の木の枝を折りましたね! なんてこった」
「ゴメン、あの木の枝の上から覗けば丁度いいかと思って」
「何が」
何が丁度良いのだ、と再度問うたその紫の瞳は怒りに満ちたひどく物騒な色に見えた。
「この池の丁度中央から下を覗き込めば、その真下にその水竜の穴が見えるって聞いたから。丁度良く……池の中心のほうにこう、枝が伸びていて……ああ、実に見事な枝振りでございましたなぁ」
言葉の最後、急にエンギワルーの口調になってそろりそろりと後退し、その場を逃れようとした周子の首根っこをカズマはむんずと捕まえて。
「あの木は! あの木は特別に丹精こめて手入れをした木ですよ、あの枝ぶりはそうそうない見事な枝ぶりだったのに! これからの季節見事に紅葉し、池の中ほどまでに伸びた枝が水面に映えてなんと美しくすばらしく……この季節のこの鏡面の美を、私は毎年この上なく楽しみにしていたのに! ああも無残に折ってしまうとは!」
「なんか言ってることがじじむさい」
「素直に謝れないのか、貴様は!」
「ごめんなさい」
周子はすかさず謝った。
やってしまったことは直ぐに謝ったほうが良い、というのはもうすでに色々なことでこの男を怒らせた結果得た知恵みたいなものでもあるし、また、確かに枝を折ってしまったのは悪いと思う、その詫びの気持ちはある、周子はそれを素直に表明した。
カズマは、ことのほか殊勝な態度の周子に不意に怒気を挫かれ、しばし無言になって。
「…………う、うむ、ならばよろしい」
以後気をつけるように、とだけ言って掴んだ周子の襟首をパッ、と手離した。
「しかしあなたは、自分の専門ともいうべき魔物についての話すらもルシウスの言に惑わされるのか、情けない」
そんなことをぶつぶつ言いながらくるりと背を向けたカズマの前に回りこむと、周子は、かすかに上気したようなカズマの表情を見上げ、少し心配そうに表情を曇らせた。
「そんな疲れた顔してるときぐらい、お休みしたらいいのに」
んう? とカズマは意外そうな表情をして。
「ほう、私が疲れていると? 良くお分かりで。王宮での三日三晩の施策会議で私は大変に疲れています。他人を思いやる心が芽生えましたか、はは、まさかとは思いますが」
「そんな十も二十も老け込んだような顔してりゃ、そりゃ誰だって分かるよ」
「!老けッ……」
カズマがたちまちムッとした表情をした。丁度そこへエンギワルーが大きくて真っ白なバスタオルを抱えてやって来た。周子の有様を見るなり、これはひどい、と呟き、ずぶぬれでガタガタと震えっぱなしのその両肩にそれをかけてやった。そして暖かく包んでやる。柔らかく暖かく幸せな庇護、必要以上に優しくしているようにカズマには、見えた。
それを見てカズマは不愉快そうにメガネの奥の瞳を引き細めて。
「エンヴィ、そのバスタオルは使い方が違う。簀巻きにして池に放り込め」
キッパリとそう言い捨てるや、さっさと踵を返しその場を後にした。
[tog_p3_01]「カズマも相当な×××××」1/タトパラ3
Created: 2005-10-21 Modified: 2007-12-14
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- 2005-10-21 20:19
- カテゴリ : タトパラ3/中編/完結済
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