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[tog_p2_23]「囮」/タトパラ2

「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第23話:「囮」



 政府要人の乗ったチャーター機が間もなく空港へ到着する、要人用のロビーは静かで穏やかだが、緊迫した空気が流れていた。周子は空港警備の武装警官の群れから少し離れたところに、見覚えのある顔を見かけたと思った。タイミング良く向こうも周子の方を向き、目が合うと、互いにこれまでまとっていた厳しい雰囲気を解いた。
「熊田さん、お久しぶりです!」
「……桜井、です。桜井征一郎」
 快活に会釈をした周子に、SAT隊長の桜井は、つかつかと歩み寄ると、ほとんど強引といってもいいほどにその手をとり、握り締めた。ギャラン刑事には困ったものだ、と苦笑して。熊田熊雄なぞというむさ苦しい渾名は本当に心外です、と丁重に訂正した。
「お怪我は大丈夫でしたか?」
 ためらいがちに上目遣いで見詰められ、桜井はうぐぐ、と軽く動揺して口の端を下げた。めろっ、と破顔してしまいそうになるのをなんとか抑えたのである。
 今日は厳重な空港警備体制の中、万一のためのテロ対策としてSATが出動しているのである、万一に備えたフル装備、そんな重装備でキッチリ身を固めたSATの隊長が若い女刑事を前にめろっとした表情をしているわけにはゆかぬのである。
「でも熊田さん、そんなに堂々と名乗っていいんですか?SATに配属されたら警察の名簿からも消されるって聞いてますけれど……」
「桜井です。いいんですよ、私の家系は代々国家治安に深くかかわりのある血筋ですからな、私個人ターゲットのテロだなんて幼少の頃から折込済みだ、いまさら隠す名でも血筋でもない」
「そういえば警察庁長官も桜井姓でしたか」
 周子はテレビで見たその顔がなんとなく似ていると思った。年の頃からすれば、桜井の父親といって丁度良いくらいの年である。そう尋ねるとあっさりうなずかれ肯定されて周子は目を丸くした。
「そりゃ、そんなサラブレッドな血筋さんでしたら、一介の警察署であるガーナ署の警備課になんか配属になるわけないじゃないですか!」
 あっさりと周子に笑われて、いやそれこそコネで何とかならんものかと、と言って桜井はますます苦笑した。コネで降格ですか、と軽く周子に胸板を小突かれ、頭を掻くとどこかまぶしそうに目を細めて周子を見詰めた。
「あとはあなたが私と同じSATに入るか、だな。どうだ?試験を受けないか?」
「いや、それはちょっと……私、もっと民間寄りの地道な捜査が好き、です」
 そうは言ってはみたものの、思わず周子はうーん?と首を捻った。
 最初は父、修三の行方を調査するのにガーナ署捜査一課を希望した、周子の住んでいる地域がガーナ署の管轄だったから、修三の行方を探すこともできるのではないかと、まずは身近な所から手をつけようと、そう思ったのだ。だが実際は、ガーナ署の捜査一課というのはどうも奇妙なところで、二枚岩というか、そこには警視総監ルシウスの直属部隊が隠されており、決して世の表に出ない類の事件を扱うらしかった。
 世の表に出ない事件……父は航空機事故で死んだのではないと信じてはいるが、だが単に行方不明になったわけでもなく、ひょっとすると自分が思っているよりもっとなにか複雑なところに絡んでいるのかもしれない、いや、カズマは真顔でまさしくそのとおりだと断言するから困る。
 ―――ドコが民間寄りの地道な捜査、なんだか。
 思わず周子は、はーっと深いため息をついたが、すぐに気を取り直したように桜井を見上げ、にっこりと明るく笑った。
「でも今日なんて、SAT隊員と共に空港の警備に配置されるとは思いも寄りませんでした、一介のガーナ署の捜査一課の刑事なのにですよ?私たち」
 ははあ、ひょっとしてお試し?体験入隊?新手の勧誘ですか、と冗談を言いながら周子は自分の重装備を軽く揺すって笑った。SATと同じ装備である。髪をきりりとひとつにポニーテールに結い上げたその姿はなかなか凛々しくそして可憐で。そんな周子を前に、桜井は少し目のやり場に困って再び後頭部を掻いた。
「それにしても……」
 本当に結婚したんですか、周子刑事、と言いかけた言葉を飲み込んで。ギャラン刑事にコテンパンにのされて三週間入院しているうちに、周子刑事が結婚、しかも相手はよりによってギャラン刑事の元相棒、リタイヤ刑事のカズマ特別補佐官と聞いて桜井は眩暈がしたのである。
 ―――あの馬鹿は一体何をやってたんだ……
 あれほど周子刑事が好きだと公言していたのに。ややもすれば、むしろ擁護にすら回ってしまいたくなる、桜井はちらと沸いたギャラン刑事へのそんな気持ちをねじ伏せて、装備の無線機器を手にとった。滑走路の方で待機している部下と無線で数度やりとりを交わして、それから周子を見た。
「間もなく国防長長官が乗ったチャーター機が当空港に到着する、して、ギャラン刑事は何処へ?」
「煙草でも吸いに行ってるんじゃないですか、ついさっきまでいましたから」
 ―――何をのんきな!
 桜井は唐突に苛立ちを感じたものの、ごほん、と咳払いをしてなんとか平静を装った。
「それでよくも相棒だと抜かしているものだな!」
「副流煙は健康に悪いからって、このごろは特に気を遣ってくださるようなんですけど。あ、いやダメですよ違いますよ!赤ちゃんなんてそんな!絶対違いますからねッ!」
 そう言って周子はたちまち真っ赤に赤面して両手をぶんぶんと振った。
 ―――赤ちゃん!?って、あのカズマ・フォン・グランツの子をか!
 桜井はまたまたくらり、と眩暈を感じた。
「いくらなんでもそりゃあんまりな、きょきょきょきょ極端な話ですな」
「でしょう?困ってるんですよ、あとで何か意見してやってくださいお願いします」
 確かに、夫婦であるならば周子刑事が妊娠することもあるだろうが、よりによってあのカズマ特別補佐官の子か、と思うと桜井はむしろぞっとして。あんな男の子を孕むつもりか、あの冷酷な性格の血を引く子供を?まさか、とそんな余計な想像でたちまち頭が一杯になってしまう。ざーっとものすごい音を立てて血の気が引くのが分かった。
「あの……だ、大丈夫ですか?」
 ハッ、と気付けば、桜井は床に両手両膝をつけて深く頭を垂れ、くずおれていた。
「イエッ!自分は大丈夫だ!」
 赤面して慌てて立ち上がると、そんな頭をぶんぶんと振って、桜井はびしっと襟元を正した。血が引いたり上ったりでバクバクする心臓を何とか御しつつ、真正面から周子を見詰めて胸を張った。
「自分は、何があっても、あなたを守りますから!」
 その毅然とした語気に周子はたっぷりと数秒の間きょとんとし、それから、何の冗談ですか?と言って苦笑した。
「やですよー!我々が守るのは、あちらの要人ですよ!?隊長?」
「え?」
 桜井は目を見開いて周子を見た。周子はピッ、と窓の向こう、滑走路の方を指差して。
 ジャンボジェットにのってやって来るぅー!と周子は今流行りのヒーロー戦隊モノの特撮アニメのオープニング曲のワンフレーズを歌った。指をくるくる回して、振り付け付きの、いかにものんびりとした明るい様子で。
「あなた、カズマ特別補佐官から聞いていないのか!?」
「?何をですか」
 きょとんと黒目をぱちくりさせた周子の表情に、桜井は、シット!と鋭く一言罵って、おもむろに腰の無線通信機を床に叩き付けた。
 折り目正しい桜井らしからぬその行為に周子は驚いて目を丸くした。
「それが新妻への仕打ちか!帰るぞ周子刑事!」
「エッ!?」
 桜井はそう言って周子の腕を強く掴んだものの、窓の外を見るなりそのタイミングの悪さに頭を抱えた。降下してくるチャーター機が窓ガラスの向こう、視界に入ったのだ。あやまたず部下からの報告が入る。桜井は渋々無線を拾い上げた。
「隊長!長官のチャーターが着きました」
 件の要人を乗せたチャーター機が所定の位置に停止したという連絡を受けて桜井はうなずいた。
「どうせただの要人警護だ、指示どおりに待機していればそれでいい。 いずれにしても我々SATが出動する時は重大な事件が発生した時、むしろ我々が出動する事なぞ無いくらいだ、私は一刻も早く彼女を安全な場所へ……」
「熊田さん!」
 周子が腕を引こうとする桜井に抗った。桜井は余裕の無い表情で周子を見て。
「桜井です、サクライ!」
「いくらSATがヒマだからって現場サボるのはいけませんよ!」
「ヒマッ!?」
 SATに向かって何を言う、と桜井は頬を引き攣らせた。
「職務放棄ですと?職務ってなんだ?これが、コレが職務だと言うのか!新妻の命を危険にさらすことがか!」
 あきれた世間知らずだ周子刑事、と忌々しげに桜井は舌打ちした。
 それに追い討ちをかけるようにすぐ側に控えていた隊員の一人が桜井に声を掛け、指示を仰いだ。
「チャーター機が所定の位置に停まりましたが、未だハッチが開かないと。一切の動きがなく……中で何かあった模様です、我々SATに出動要請が。早急に事態を把握せよとの命令が……」
「なんだと!……くっそギャラン刑事は何処で油を売っている。仕方ない、周子刑事、私と一緒に来い」
「もとよりそのつもりです、万一の際のSAT出動時の現場確保と場合によっては援護、そのように指示を受けています!」
 指示だと!と桜井は再び怒りに肩を震わせたが、場合が場合である、怒りを腹のそこに押し込めると、そのまま周子を伴い、手早く指示を周囲に飛ばすや、待機していた空港ビルの搭乗出入り口を飛び出し、到着したチャーター機に添えられたタラップの方へと向かった。桜井が足早に歩きながらしきりに無線で指示を飛ばしている。
 周子がひたと足を止めた。
 どこからか、野性的な、鋭く甘いハッカのような匂いがした。
 ―――ギャラン刑事
 ギャラン刑事がここにいる、と察した刹那、周子の本能が鋭く鳴いた。
「桜井さん、伏せてッ!」
 周子がそう叫び様、桜井の足元をなぎ払った。どう!と重い音を立てて倒れたその身体を周子が押さえつけるようにして上に乗った。機体の尾翼の先が、チカッ、と光った、と思ったのだ。
 ―――シーカー!
 周子にとっては見慣れた金属の反射だった。
 その勘あやまたず、次の瞬間、チャーター機の尾翼がぼん、と小炎を噴いた。チャーター機そのものの爆発炎上には至らぬ小さな爆発だった。予想したよりはるかに小さなその規模、その異様さに周子は一瞬イヤな予感がしたが、爆発と同時に開いたハッチの口から、煙から逃れるように飛び出してくる複数の人影にすぐさま気を取られた。桜井は真っ先に炎上の煙立ち込める機体の中に飛び込んでいく。要人を避難させろ、と桜井の怒号が周囲に飛んだ。狭いタラップの中ほどで、SAT隊員に混じって周子も、中から飛び出してくる幾人もの要人とその付き人たちを素早く非難させる。
「周子刑事!彼を!」
 グレーのコートを羽織った要人の肩を抱きかかえるようにして、桜井が機体の中から出て来た。
「こちらです、さ、おはやく」
 桜井に渡された人間の腕を取って周子は強く引いた。
「そいつから離れろ、周子!」
 耳に馴染んだギャランの鋭く厳しい声が飛んだ。
 その声に弾かれたように振り返ろうとすると、周子が掴んでいたはずの腕が、今度は周子をがっしりとものすごい強さで掴んできた、身体ごと引き寄せられ、こめかみに銃口が当たるのを感じた。
 刹那、鋭い風を切るような音を、頬で聞いて。どう、とその額に風穴をあけて、撃たれた勢いでその身体が後方へ、すなわちタラップの数段上へと吹き飛んで倒れゆくのを見た。わずかに散った返り血を浴びながら、周子は眼下にギャランの姿を見た。下方タラップの裏側の隙間から、狭いタラップにSAT隊員のひしめく中、ためらいなく銃弾を撃ち込んだのである。素早い判断力とすさまじい集中力、グレーのコートの主、国防長官が撃たれるといった不測の事態にその場にいたSATの連中は凍りついた。一拍ののち、状況を飲み込めず判断を誤った隊員の数名がすぐさま下方のギャランへと銃口を向けた。
「飛べ!」
「でも桜井さんがまだ中に!」
「サクライってダレダそりゃ!いいから飛べ!」
 タラップの上から手すりを乗り越え周子は飛んだ。ギャランのその胸へためらいなく飛び込んでゆく。しっかりと抱きとめられて地に足をつけると、すぐさま、走れ、と言われて周子は全力疾走して機体から離れゆく。すぐさま足下で滑走路のコンクリート表面を砕くすさまじい被弾音が派手に響いた。数瞬遅れて、タラップ上方から撃つな!と制止する桜井の怒号が聞こえた。
「ギャラン刑事、国防長官を撃つだなんて!」
「ばっか、はなっから狙われてんのはお前だ!」
 次の瞬間、ギャランの撃った長官の死体が爆発した、先程とは比べ物にならぬ大きな爆発、今度こそ引火してチャーター機が派手に爆発炎上するであろうことはすぐに分かった。ぐっとギャランに腕を引かれたかと思うと、その胸に強く抱きしめられて。
「頭、引っ込めろ!」
 次の瞬間、爆風の衝撃でギャランもろとも宙に勢い良く飛ばされた。


(第24話へつづく)
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