コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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「座りなさい」
周子を伴って自室に戻ると、カズマは周子をソファに座らせ、窓際の執務デスクの引出しを開け、その中を探った。そしてソファのところに戻ってくる。
カズマは周子の所までくると、立ったままそのケースを開け、中から針と糸とを取り出した。程よい長さで切り、結び目を作る。
「明日も雨です、下着はまだしも、衣類はおそらく乾かぬでしょう、であれば少なくとも明日はそのスカートを穿かねばなるまい、短さは気になりますが仕方が無い、ひとまずはその切り放しの裾を縫って少しは見られる姿にしないと」
真顔のカズマに、周子は慌ててぶんぶんと両手を振った。
「い、いいよ! そんなん自分でできるしっ? 面倒くさくなったらエンギワルーに縫ってもらえばいいだけだし」
カズマの目がわずかに険を含んで細くなる。
「人の好意はありがたく受けるものです」
「好意? これって好意なの? 天下のグランツ家の跡取がスカートの裾を縫ってくれるのが?」
好意、と聞き返されて、カズマはひとつコホンと乾いた咳をした。
「厚意と言うほうが正しいな、見苦しいからです。こんな切りっぱなしのみすぼらしい格好で邸内をうろつかれては我がグランツ家の品位が下がる」
たちまち周子はうんざりしたように黒目を半開きに伏せた。
「私はあんたのその口を縫ってやりたい気がするよ」
カズマは糸を通した針をちょっと口にくわえると、上着を脱いだ。長袖のワイシャツのカフスを外すと、両袖を軽く捲り上げて。ふと、周子を見下ろす。
「……なにか?」
「……いや、べつになんでも」
針を唇に含むカズマというのはなんだか妙な色気がある、周子は思わずまじまじとそんなカズマを見詰めた。
「そんなに珍しいですか? 私が針を使うのが?」
「いや、携帯用のお裁縫セットを持ってるだなんてカズマ様らしいなぁと思って」
携帯用のこのようなセットなど、ほんの身だしなみです、とキッパリと返すカズマの几帳面そうな表情がなんともいい味で。
「たとえボタンが取れようがかぎ裂きをつくろうがなんだろうが、あんたの繕い物を断る女なんていやしないと思うけど?」
「その代償に食事を誘わねばならぬのが億劫なんです、その上、誘った翌日には深い仲だと公言されるから図々しいにも程がある。たまったものではない」
「あんたがそんなに手の早い男だったなんて」
「無論デマですよ、バカらしい」
そんな噂の一つ二つを先行させたところで本当に抱くとでも思っているのか、女というのはまこと愚かなものだ、とカズマは冷たく言い捨てると、ソファに座った周子の足元に跪き、そのスカートの裾を手にとると、ちくちくと縫いだした。
どこまでも器用なカズマの手つきだが、ふとした拍子にその長くて繊細な指先が太股に触れるたび、周子はなんだか恥ずかしくなってきた。
「あー、なんかさ、こうじっとしているのもなんかなんかだよね?」
「動くな」
カズマの言葉はそっけなく、集中しているその手は止まらない。
「脚を組むな。組換えるな。私の意図に反して刺してしまいますよ」
「落ち着かないのよ」
「じっとしていればすぐに済みます」
だが、そのうちしばらくして、なにか物思いにでも更けるかのようにだんだんとカズマの縫うペースが落ち、やがてすっかりその手が止まってしまったのを察して、周子は声を掛けた。
「いや、さすがに疲れたでしょう? もともと超お疲れなご様子で王宮から帰ってきてたんだし。悪かったって、こんなことさせて、もういいよもういいから、さ」
「あなた、どんな気分です?」
「へ? あー、ありがとうありがとうありがとうございます、ははーっ、グランツ家の若様にこのようなことをしていただきましてワタクシ感謝の気持ちで一杯でございます」
別に縫って欲しいなどとは一言も言っていないのだが。
勝手に縫い始めたのはカズマなのだが、礼を言うべきところで言っておかねばあとで何を言われるかたまったものじゃない、と周子は思った。
「違う。王に抱かれてどんな気分かと聞いている」
「はい?」
周子はその言葉の意味がわからずきょとんとした。肩を落とし俯いているカズマの表情は見て取れないがその声は低い。
「なぜそうやすやすと王に身を任せる?」
「愚問だわ」
周子はすぐにキッパリと答えた。
「タトゥーがあるからよ、いくら拒んでも結局男の力で抱きすくめられ身体を組み敷かれれば、抗うことは出来ない。タトゥーの効力ですぐにぽーっとなっちゃうもの、いくら私の意思が強くてもタトゥーの効力が勝ってしまえばもうすっかり身も心もギャランの言いなりよ、正気じゃいられないわ」
おかげさんでアノ最中はとっても楽しいんだからますます始末が悪い、と周子はさばさばと答えた。
「痛っ!」
周子が内腿に走った鋭い痛みにビクリと身体を竦めた。
「わざとやったわね、このヘンタイ!」
見れば、ざっくりと針の半分近くまでが内腿に深く突き刺さっている。本気で突こうとしなければ突けぬ深さである。
抗議しかけた途端、ふとこちらを見上げたカズマの眼差しが、思わず目を疑うほどに切なげで、思いつめたようなその紫の瞳に周子は息が詰まった。
「いや決してわざとでは……すみません」
そう謝るカズマの声が、どこか遠い。正気が抜けたような茫洋さである。
カズマは詫びの言葉を口にすると、その針を抜いた。運悪く静脈を貫いてしまったのか、内腿から抜かれたその針は真っ赤に染まっていて。
すぐに白肌に穿たれた針穴から、ふつり、と真っ赤な血の珠が白肌に浮かんだ。カズマは憑かれたようにそれを見詰めたかと思うと、やがて、つ、と珠が赤い筋を描いて流れ落ちようとしたのを、舌で掬った。
カズマはすぐに内股から顔を上げたが、深く突かれた針痕からはまたすぐに赤い血の珠が白肌に浮かんで。
―――この女は王の女だ、
「私には、何か理由がなければこのような真似は赦されませんから」
カズマはそう呟くと、周子の白い内腿に口づけた。
息が詰まるような長い沈黙が流れた。
「理由って?」
私のこんなところにキスする理由? とやがて周子はハッキリとそう尋ねた。
カズマが顔を上げた。
「……いえ、そうではなく。……むしろ、突き刺す理由ですね」
そう、こう言えばこう返ってくるのは分かっている。
周子はカズマの瞳に正気が戻るのを見た。カズマは一度メガネを押し上げると、ズボンのポケットから絹のハンカチを取り出しそれを広げ帯状に細長くたたんで、周子の太股に巻いた。
そして、おお、長さが足りない、とわざとらしく嘲笑した。
周子のゲンコツがカズマの緑髪を小突いて。
「じゃあ、刺した理由を聞こうじゃないの」
周子は軽く笑ってそう言った。
「憎らしいから、ですかね」
カズマは真顔でそう答えて。
しばし互いに見詰め合った後、カズマはすっかりいつもの冷静さを取り戻したのか、周子をソファの上に膝立ちに立たせ、背もたれに身体の前面を持たれ掛けるよう命じた。
「後ろ、縫いますから」
周子は大人しくソファの背もたれに腕をかけ、そこに顎を乗せるようにして身体を預けると、黙ってカズマが作業に没頭するのに任せた。
「周子?」
やがてスカートの裾を縫う作業を終えたカズマは、ふと、やけに大人しい周子の様子に気が付いて首をひねった。そして、寝たのか?と、小さく息をついた。
「全く、そんな珍妙な格好で。どこでもすぐに寝てしまうだなんてなんとはしたない」
周子はソファの背もたれに抱きつくように身体を任せ、くうくうと心地よい寝息を立てている。
やれやれ、とカズマはしばらくそんな周子を見詰めて。
周子の意識がないと分かると、カズマは唐突に疲れを感じて、手にしていたもはや用無しの縫い針を応接テーブルの上に転がした。元来非常に几帳面な男ではあるが、どうにも、裁縫セットの中に戻すのすら億劫に感じられた。忘れていた疲れが一気に襲ってきたような気がした。
カズマは跪いていた状態から一度立ち上がると、どさりとソファに腰を下ろし、深く背もたれに背を任せぼうっとしていたが、やがて、目が疲れたな、と呟いてメガネを外しテーブルの上に置いた。そしてカズマはすぐ隣で眠りこけている周子の腰に、とす、と己の頭を乗せた。
周子の寝息に合わせて、その身体が健やかに上下に揺れる。カズマはゆっくりと頭をその波にゆだねてぼうっと天井を眺めた。こんな風なまるで邪気の無い周子の寝息というのはずいぶんと眠気を誘うものだな、とぼんやりと考えて。他人の気配があれば眠ることの出来ぬ神経の細いカズマだが、周子だけはどうやら別であると気付いたのはいつだったか。
甘美な眠りの誘惑にカズマは身体の力を抜いた。自然と呼吸は周子と同じになり、カズマは深い安らぎを感じて。
目を伏せてカズマは、ずいぶんと細い腰、と思い、女らしいその体つきを愛しく思った。
ちょうど眠りに落ちかけたその瞬間、カズマはふと、思った。
―――ほんとうに、ちゃんと穿けているのだろうか、
カズマはそんな自分の思いつきに慌て、ガバリと頭を起こした。すぐにそんなことは自分に関係ない、と思ったのだが、穿き方がさっぱり分からない、と言っていた周子のまるで悪気のない真顔が思い出されて。
―――穿き方を間違えてはいないだろうか、
一度気になりだすと、気になって仕方が無い。色めいた他意など無いのだとカズマは本気で思う。ただ、誤った穿き方をしていればそれを指摘してやらねば、その過ちはずっと続くだろうとそんなことばかりが頭の中を巡って。とにかく、曲がったことの嫌いな気質なのである。これは厚意による指導だ、とカズマは思った。
―――見ても、かまわないだろうか
ちょうどそこへ、かちゃり、と音がして。ノックをすることもなく、そうっと静かにドアが開く。
「……あ……若」
「!!」
エンギワルーが見たのは、眠りこけている周子の短い可憐なスカートを捲し上げ、赤い紐パンをまじまじと見詰めているカズマの姿。
「いや! もうお休みになられているものとばかり、てっきり! お疲れのあまりに明かりを消すのもお忘れのまま、お休みになられてしまったのかと……まさかまさか若がまさか若がそんな!」
カズマの就寝中には、主を起こさぬようノックもなしにそっと入室するのがエンギワルーの気遣いであり、カズマもそれを赦していることなのであるが。
エンギワルーは弁明しつつ数歩後退去った。
「待て! エンヴィ! 違う、誤解だ!」
やや青ざめながらもついうっかり目撃してしまったその光景に肩をくつくつと笑いに震わせ、エンギワルーはその場を逃げ出した。それを追ってカズマは大慌てで自室を飛び出そうとし、勢い余ったその足で応接テーブルを引っ掛け、派手な音を立てて一切合財をひっくり返した。
その派手な物音に周子の背中がびくん、と動いて。
「いやっ! 違うぞ周子、それは誤解だ!」
私にはそのような下賎な他意なぞ無いぞ! とカズマは懸命に身を捩って、ガラスの応接テーブルの下敷きになった足を引きずり出すと、周子の背に必死の否定の声を上げた。
ひとしきり一方的に弁明を連ねに連ねてのち、ようやくカズマは周子の眠りの深さを思い出し、相も変わらず健やかな寝息を立て続けているその背中を改めて注視した。
そしてやはり眠ったままだと知ると、なんだかもうどうでもよくなったような気がしてどさりと床に座り込んだ。
カズマは深い吐息をひとつ吐いて、なぜこの女に関わるとこうも心も身体も落ち着かず忙しくなるのだろう、と思った。
それからしばらくして、周子に対する己の尋常とは言い難い言動の理由についてすっかり考えあぐねてしまったカズマは、邸内をうろついてエンギワルーの姿を探し出すなり、周子の衣類の乾燥の進捗具合を尋ねた。
カズマは思う、自分は今極めて冷静だと。そして、やはり周子にその真っ赤な紐結びのショーツを贈ったという事実は受け入れ難い、まして彼女がそれを穿くことなぞ到底我慢できない、と思ったのである。
「下着だけは明日の朝までに乾かすように」
極めて実務的に端的に述べたカズマだが、
「さすがに下着は預かってませんよ」
エンギワルーにきっぱりと真顔でそう返されて、確かにそうだろう、と思うなり、カズマは今度こそ羞恥のあまり床にくずれ落ちた。
おしまい。
[tog_p3_04]「カズマも相当な×××××」4/タトパラ3
Created: 2005-10-23 Modified: 2007-12-14
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周子を伴って自室に戻ると、カズマは周子をソファに座らせ、窓際の執務デスクの引出しを開け、その中を探った。そしてソファのところに戻ってくる。
カズマは周子の所までくると、立ったままそのケースを開け、中から針と糸とを取り出した。程よい長さで切り、結び目を作る。
「明日も雨です、下着はまだしも、衣類はおそらく乾かぬでしょう、であれば少なくとも明日はそのスカートを穿かねばなるまい、短さは気になりますが仕方が無い、ひとまずはその切り放しの裾を縫って少しは見られる姿にしないと」
真顔のカズマに、周子は慌ててぶんぶんと両手を振った。
「い、いいよ! そんなん自分でできるしっ? 面倒くさくなったらエンギワルーに縫ってもらえばいいだけだし」
カズマの目がわずかに険を含んで細くなる。
「人の好意はありがたく受けるものです」
「好意? これって好意なの? 天下のグランツ家の跡取がスカートの裾を縫ってくれるのが?」
好意、と聞き返されて、カズマはひとつコホンと乾いた咳をした。
「厚意と言うほうが正しいな、見苦しいからです。こんな切りっぱなしのみすぼらしい格好で邸内をうろつかれては我がグランツ家の品位が下がる」
たちまち周子はうんざりしたように黒目を半開きに伏せた。
「私はあんたのその口を縫ってやりたい気がするよ」
カズマは糸を通した針をちょっと口にくわえると、上着を脱いだ。長袖のワイシャツのカフスを外すと、両袖を軽く捲り上げて。ふと、周子を見下ろす。
「……なにか?」
「……いや、べつになんでも」
針を唇に含むカズマというのはなんだか妙な色気がある、周子は思わずまじまじとそんなカズマを見詰めた。
「そんなに珍しいですか? 私が針を使うのが?」
「いや、携帯用のお裁縫セットを持ってるだなんてカズマ様らしいなぁと思って」
携帯用のこのようなセットなど、ほんの身だしなみです、とキッパリと返すカズマの几帳面そうな表情がなんともいい味で。
「たとえボタンが取れようがかぎ裂きをつくろうがなんだろうが、あんたの繕い物を断る女なんていやしないと思うけど?」
「その代償に食事を誘わねばならぬのが億劫なんです、その上、誘った翌日には深い仲だと公言されるから図々しいにも程がある。たまったものではない」
「あんたがそんなに手の早い男だったなんて」
「無論デマですよ、バカらしい」
そんな噂の一つ二つを先行させたところで本当に抱くとでも思っているのか、女というのはまこと愚かなものだ、とカズマは冷たく言い捨てると、ソファに座った周子の足元に跪き、そのスカートの裾を手にとると、ちくちくと縫いだした。
どこまでも器用なカズマの手つきだが、ふとした拍子にその長くて繊細な指先が太股に触れるたび、周子はなんだか恥ずかしくなってきた。
「あー、なんかさ、こうじっとしているのもなんかなんかだよね?」
「動くな」
カズマの言葉はそっけなく、集中しているその手は止まらない。
「脚を組むな。組換えるな。私の意図に反して刺してしまいますよ」
「落ち着かないのよ」
「じっとしていればすぐに済みます」
だが、そのうちしばらくして、なにか物思いにでも更けるかのようにだんだんとカズマの縫うペースが落ち、やがてすっかりその手が止まってしまったのを察して、周子は声を掛けた。
「いや、さすがに疲れたでしょう? もともと超お疲れなご様子で王宮から帰ってきてたんだし。悪かったって、こんなことさせて、もういいよもういいから、さ」
「あなた、どんな気分です?」
「へ? あー、ありがとうありがとうありがとうございます、ははーっ、グランツ家の若様にこのようなことをしていただきましてワタクシ感謝の気持ちで一杯でございます」
別に縫って欲しいなどとは一言も言っていないのだが。
勝手に縫い始めたのはカズマなのだが、礼を言うべきところで言っておかねばあとで何を言われるかたまったものじゃない、と周子は思った。
「違う。王に抱かれてどんな気分かと聞いている」
「はい?」
周子はその言葉の意味がわからずきょとんとした。肩を落とし俯いているカズマの表情は見て取れないがその声は低い。
「なぜそうやすやすと王に身を任せる?」
「愚問だわ」
周子はすぐにキッパリと答えた。
「タトゥーがあるからよ、いくら拒んでも結局男の力で抱きすくめられ身体を組み敷かれれば、抗うことは出来ない。タトゥーの効力ですぐにぽーっとなっちゃうもの、いくら私の意思が強くてもタトゥーの効力が勝ってしまえばもうすっかり身も心もギャランの言いなりよ、正気じゃいられないわ」
おかげさんでアノ最中はとっても楽しいんだからますます始末が悪い、と周子はさばさばと答えた。
「痛っ!」
周子が内腿に走った鋭い痛みにビクリと身体を竦めた。
「わざとやったわね、このヘンタイ!」
見れば、ざっくりと針の半分近くまでが内腿に深く突き刺さっている。本気で突こうとしなければ突けぬ深さである。
抗議しかけた途端、ふとこちらを見上げたカズマの眼差しが、思わず目を疑うほどに切なげで、思いつめたようなその紫の瞳に周子は息が詰まった。
「いや決してわざとでは……すみません」
そう謝るカズマの声が、どこか遠い。正気が抜けたような茫洋さである。
カズマは詫びの言葉を口にすると、その針を抜いた。運悪く静脈を貫いてしまったのか、内腿から抜かれたその針は真っ赤に染まっていて。
すぐに白肌に穿たれた針穴から、ふつり、と真っ赤な血の珠が白肌に浮かんだ。カズマは憑かれたようにそれを見詰めたかと思うと、やがて、つ、と珠が赤い筋を描いて流れ落ちようとしたのを、舌で掬った。
カズマはすぐに内股から顔を上げたが、深く突かれた針痕からはまたすぐに赤い血の珠が白肌に浮かんで。
―――この女は王の女だ、
「私には、何か理由がなければこのような真似は赦されませんから」
カズマはそう呟くと、周子の白い内腿に口づけた。
息が詰まるような長い沈黙が流れた。
「理由って?」
私のこんなところにキスする理由? とやがて周子はハッキリとそう尋ねた。
カズマが顔を上げた。
「……いえ、そうではなく。……むしろ、突き刺す理由ですね」
そう、こう言えばこう返ってくるのは分かっている。
周子はカズマの瞳に正気が戻るのを見た。カズマは一度メガネを押し上げると、ズボンのポケットから絹のハンカチを取り出しそれを広げ帯状に細長くたたんで、周子の太股に巻いた。
そして、おお、長さが足りない、とわざとらしく嘲笑した。
周子のゲンコツがカズマの緑髪を小突いて。
「じゃあ、刺した理由を聞こうじゃないの」
周子は軽く笑ってそう言った。
「憎らしいから、ですかね」
カズマは真顔でそう答えて。
しばし互いに見詰め合った後、カズマはすっかりいつもの冷静さを取り戻したのか、周子をソファの上に膝立ちに立たせ、背もたれに身体の前面を持たれ掛けるよう命じた。
「後ろ、縫いますから」
周子は大人しくソファの背もたれに腕をかけ、そこに顎を乗せるようにして身体を預けると、黙ってカズマが作業に没頭するのに任せた。
「周子?」
やがてスカートの裾を縫う作業を終えたカズマは、ふと、やけに大人しい周子の様子に気が付いて首をひねった。そして、寝たのか?と、小さく息をついた。
「全く、そんな珍妙な格好で。どこでもすぐに寝てしまうだなんてなんとはしたない」
周子はソファの背もたれに抱きつくように身体を任せ、くうくうと心地よい寝息を立てている。
やれやれ、とカズマはしばらくそんな周子を見詰めて。
周子の意識がないと分かると、カズマは唐突に疲れを感じて、手にしていたもはや用無しの縫い針を応接テーブルの上に転がした。元来非常に几帳面な男ではあるが、どうにも、裁縫セットの中に戻すのすら億劫に感じられた。忘れていた疲れが一気に襲ってきたような気がした。
カズマは跪いていた状態から一度立ち上がると、どさりとソファに腰を下ろし、深く背もたれに背を任せぼうっとしていたが、やがて、目が疲れたな、と呟いてメガネを外しテーブルの上に置いた。そしてカズマはすぐ隣で眠りこけている周子の腰に、とす、と己の頭を乗せた。
周子の寝息に合わせて、その身体が健やかに上下に揺れる。カズマはゆっくりと頭をその波にゆだねてぼうっと天井を眺めた。こんな風なまるで邪気の無い周子の寝息というのはずいぶんと眠気を誘うものだな、とぼんやりと考えて。他人の気配があれば眠ることの出来ぬ神経の細いカズマだが、周子だけはどうやら別であると気付いたのはいつだったか。
甘美な眠りの誘惑にカズマは身体の力を抜いた。自然と呼吸は周子と同じになり、カズマは深い安らぎを感じて。
目を伏せてカズマは、ずいぶんと細い腰、と思い、女らしいその体つきを愛しく思った。
ちょうど眠りに落ちかけたその瞬間、カズマはふと、思った。
―――ほんとうに、ちゃんと穿けているのだろうか、
カズマはそんな自分の思いつきに慌て、ガバリと頭を起こした。すぐにそんなことは自分に関係ない、と思ったのだが、穿き方がさっぱり分からない、と言っていた周子のまるで悪気のない真顔が思い出されて。
―――穿き方を間違えてはいないだろうか、
一度気になりだすと、気になって仕方が無い。色めいた他意など無いのだとカズマは本気で思う。ただ、誤った穿き方をしていればそれを指摘してやらねば、その過ちはずっと続くだろうとそんなことばかりが頭の中を巡って。とにかく、曲がったことの嫌いな気質なのである。これは厚意による指導だ、とカズマは思った。
―――見ても、かまわないだろうか
ちょうどそこへ、かちゃり、と音がして。ノックをすることもなく、そうっと静かにドアが開く。
「……あ……若」
「!!」
エンギワルーが見たのは、眠りこけている周子の短い可憐なスカートを捲し上げ、赤い紐パンをまじまじと見詰めているカズマの姿。
「いや! もうお休みになられているものとばかり、てっきり! お疲れのあまりに明かりを消すのもお忘れのまま、お休みになられてしまったのかと……まさかまさか若がまさか若がそんな!」
カズマの就寝中には、主を起こさぬようノックもなしにそっと入室するのがエンギワルーの気遣いであり、カズマもそれを赦していることなのであるが。
エンギワルーは弁明しつつ数歩後退去った。
「待て! エンヴィ! 違う、誤解だ!」
やや青ざめながらもついうっかり目撃してしまったその光景に肩をくつくつと笑いに震わせ、エンギワルーはその場を逃げ出した。それを追ってカズマは大慌てで自室を飛び出そうとし、勢い余ったその足で応接テーブルを引っ掛け、派手な音を立てて一切合財をひっくり返した。
その派手な物音に周子の背中がびくん、と動いて。
「いやっ! 違うぞ周子、それは誤解だ!」
私にはそのような下賎な他意なぞ無いぞ! とカズマは懸命に身を捩って、ガラスの応接テーブルの下敷きになった足を引きずり出すと、周子の背に必死の否定の声を上げた。
ひとしきり一方的に弁明を連ねに連ねてのち、ようやくカズマは周子の眠りの深さを思い出し、相も変わらず健やかな寝息を立て続けているその背中を改めて注視した。
そしてやはり眠ったままだと知ると、なんだかもうどうでもよくなったような気がしてどさりと床に座り込んだ。
カズマは深い吐息をひとつ吐いて、なぜこの女に関わるとこうも心も身体も落ち着かず忙しくなるのだろう、と思った。
それからしばらくして、周子に対する己の尋常とは言い難い言動の理由についてすっかり考えあぐねてしまったカズマは、邸内をうろついてエンギワルーの姿を探し出すなり、周子の衣類の乾燥の進捗具合を尋ねた。
カズマは思う、自分は今極めて冷静だと。そして、やはり周子にその真っ赤な紐結びのショーツを贈ったという事実は受け入れ難い、まして彼女がそれを穿くことなぞ到底我慢できない、と思ったのである。
「下着だけは明日の朝までに乾かすように」
極めて実務的に端的に述べたカズマだが、
「さすがに下着は預かってませんよ」
エンギワルーにきっぱりと真顔でそう返されて、確かにそうだろう、と思うなり、カズマは今度こそ羞恥のあまり床にくずれ落ちた。
おしまい。
[tog_p3_04]「カズマも相当な×××××」4/タトパラ3
Created: 2005-10-23 Modified: 2007-12-14
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- 2005-10-24 16:25
- カテゴリ : タトパラ3/中編/完結済
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