コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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「―――王……」
馬を直接玄関に乗り付けたエンギワルーは、そこにギャランの姿を見、息を呑んだ。
腕組みをし、玄関の支柱に背を預けているギャランが、苛立ちを隠し切れぬ陰鬱な光を湛え、青い目を鋭くエンギワルーに向けてくる。
「少し前に従者を四、五人やった。会わなかったか」
「……間道から横道へと抜けましたので……」
「よくぞ戻ったものだな、ケスリングの鷹」
「心外」
ギャランの冷たい青い不躾な眼差しにちらともひるまぬ落ち着いた眼差しで返すと、エンギワルーは馬上の周子の手をとった。
周子は先ほどの動揺と、呪文を封じられた所為で体に強く残る疲労感とを気取られぬよう、ひらりと軽くエンギワルーに体を預けたのだが。
やはり案の定、ギャランは周子の調子の悪さを見抜いたようで。
「……何かあったな?」
「何も!」
周子がすかさず答えた。
その目の勝気な色が何を問うても吐かないであろう事を察して、ギャランは矛先をエンギワルーに向ける。
「前から思ってはいたが、ずいぶんと念入りに取り入ったな?カズマが、お前と一緒なら周子は安心だろうと抜かしたぞ。自ら探しに行こうともしないほど、カズマはお前が周子を連れ帰ると信じているらしい」
「お連れしましたが?」
渋みのある低い声で冷静に返す。眉の一つも動かない。
「今回はな?」
ギャランの腕が伸びて周子の手を掴んだのを見て、エンギワルーは黙って一礼すると、玄関先に直接乗りつけた二頭の馬を引いて厩の方へ向かった。
その後姿にふん、と鼻を鳴らすと、ギャランは周子を見下ろして。
そして、おもむろにしゃがみこみ、周子を抱き上げた。
「自分で歩けるってば!」
「ひでぇ顔色してやがる、黙っておれに身体を任せろ」
おかしい、と思いながらも、自分を抱きかかえ歩くギャランの胸に、腕に、周子は無性の安堵を覚えて。はは、と身体は正直だ、と思って力なく笑った。長老の口にしたロレンスの名にひどく動揺したのもあったが、何より長老の静寂の呪文がこれほど堪えるとは思わなかった。
「何があったかは、後で聞く。先ずは、寝ろ」
簡潔にそう言うと、周子をベッドにのせシーツを引き、念を押すようにぐい、とその頭を枕に押し付ける。そしておもむろに椅子を引きずり寄せると、ベッドのすぐ横にどっかと座った。
憮然と足を組み、腕を組んで。
まるで、番人のように。
「……あいつには気を許すな、ケスリングというのは、セリアの地名だ」
ベッドに横になった途端、奇妙なほどに身体から力が抜けた。相当気を張り詰めていたのか、やすやすと意識を手離してゆきながら周子は、ギャランのそんな言葉を聞いたと思った。
ケスリング……そこが何処だろうかとぼんやりと思いはするが、もちろん、五百年前のミアムしか知らぬ周子には、そんな地名など思い当たるはずもない。
ケスリングがセリアの地名だからそれがなんだというのだろう、体の芯から何かが解け出すように、だるく甘く体が眠ってゆく。
こんな風に眠りに落ちる瞬間は異様に切なく……周子はロレンスの名を呟いた。
途端に腕に響いた、つねるようなちくりとする痛みに、思わず一度目を開け、そこにギャランの怒ったようなキツイ青い瞳を見たと思った。だが、もう、遅い。重いまぶたはすぐに落ちる。
―――ロレンス、あなたがここにいてくれればいいのに。
かつて、でっかい蜘蛛を退治しに行く、とクレリック・リザートはそう言って父さんを連れ出したことがある。だが、出かけたかと思う間もなくあっさりと帰ってきて。
数が多くて面倒だから封じてきた、あんなものは飼えぬな、なんて言いながら、どさり、と”封印の書”を机上にほおって。父さんは涼しいカオをして、肩に一筋残っていた蜘蛛の巣を払った。
そんな様子が今でも鮮やかに脳裏によぎる。
かの書を”召喚の書”と呼ぶガーナの輩は、ましてそれを王宮に大切に保管していた王宮の人間とは、まさにその効力を、少なくともその書から魔物を召喚できるということを知っているわけで。
行使するには相当の魔力を必要としていて。
長老がまさかそれほどの魔力を持っているとは思わなかったが、召喚された魔物のレベルは高いし、周子の知らぬ気味の悪い高位呪文を操る。禁忌の呪文か何かだろうか、長老という老婆の本性がますますわからなくなってきた。いずれにせよ、敵に回して悠然と構えていられるレベルの者では到底ない。
どのようにしてその書が、父の手からガーナに渡ったのか、そしてガーナの前王陛下とやらが失踪する際に持ち出したとは、どういうことか。
父さんの所管していた”封印の書”を”召喚の書”と呼ぶあたり、相当に不穏である。
真っ二つの剣の洞窟で感じたこの違和感。
ギャランは、焚く、なんて言っていたが。そもそも、かの書を”召喚の書”呼ばわりする連中なんて信用できるわけがない。
―――ギャランもカズマも、信用できるわけがない。
どれほどベースに責め立てられようと、どれほど男共にかき口説かれようと女友達から恨みを買おうと、父さんだけはどんなときも黙ってそばにいてくれた。誰にも隷属したくない、するのなら中途半端な相手ではなく、真にこの命を捧げたいような相手が良いと、そう言ってのけても些かも動じることのない人だった。父さんだけが味方で父さんだけが理解してくれた。だが今は。
誰一人味方がいないという絶望的な気分である。
今思えば、父さんこそが自分のタトゥーの主に相応しい、その人だったのではなかったろうか、とすら思えてくる。父さんほどに大切な人をなぜもっと強く求めなかったのだろうか、この世に一人ぼっちに取り残されたという焦燥感は日を追うごとにシビアに肌を攻める。どちらを向いてもあの馴染んだ沈香の匂いが無い。
ギャランやカズマを前にどれほど強気でいても、この肌には誤魔化しきれない喪失感がある。いつも側にあった修三のあの存在感を失った今、どのように呼吸をすればよいのかも分からない。日々息苦しくなってくるその感覚に身体は既に悲鳴を上げている。
―――いっそこのまま憑り殺してくれれば。
ふっと、脳裏を過ぎる修三の幻影、だが、それが周子をあちらの世界へいざなうものではないことも分かっている。
父さんがいない喪失感だとか、好いてもいないギャランへの、タトゥーの呪のもたらすこの恋情だとか。
例えば、気が狂って死ぬのならまだいい。
万一、ロレンスが敵で、私を手にかけるというのなら、それならそれで、納得がいく。ロレンスの下にはどこか父さんの気配がある筈だ。五百年の時を越え、父さんがそばにいないと思い知って、とにかくどうにもこうにも、一人きりでいるのには耐えられそうに無い。殺されてもいい、とにかく父さんの面影の残る所へ行きたい。
たとえロレンスに討たれるとしても、最後のその瞬間、ロレンスだけがこの穴を埋めてくれる気がする。
私はそもそも、召喚に失敗しているのだ。
本来行くべきところを探さなくては、自分の魂が落ち着かない。
父さんがいない今、私の本当の意味での味方はロレンスだけだ。ロレンスが長老に手を貸せというのなら、ひょっとしたら自分はそれを飲むかもしれない。ロレンスは父さんが選んだ婚約者だ。ロレンスが私を殺すのなら、それは父さんはもとよりそのつもりということだ。
ロレンスに会いたい。
とにもかくにも、ロレンスの下へ行かなくては。
ロレンスでなくては開かない扉がある。
「ロレンス……」
その名を呟き、周子は深い眠りに落ちた。
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馬を直接玄関に乗り付けたエンギワルーは、そこにギャランの姿を見、息を呑んだ。
腕組みをし、玄関の支柱に背を預けているギャランが、苛立ちを隠し切れぬ陰鬱な光を湛え、青い目を鋭くエンギワルーに向けてくる。
「少し前に従者を四、五人やった。会わなかったか」
「……間道から横道へと抜けましたので……」
「よくぞ戻ったものだな、ケスリングの鷹」
「心外」
ギャランの冷たい青い不躾な眼差しにちらともひるまぬ落ち着いた眼差しで返すと、エンギワルーは馬上の周子の手をとった。
周子は先ほどの動揺と、呪文を封じられた所為で体に強く残る疲労感とを気取られぬよう、ひらりと軽くエンギワルーに体を預けたのだが。
やはり案の定、ギャランは周子の調子の悪さを見抜いたようで。
「……何かあったな?」
「何も!」
周子がすかさず答えた。
その目の勝気な色が何を問うても吐かないであろう事を察して、ギャランは矛先をエンギワルーに向ける。
「前から思ってはいたが、ずいぶんと念入りに取り入ったな?カズマが、お前と一緒なら周子は安心だろうと抜かしたぞ。自ら探しに行こうともしないほど、カズマはお前が周子を連れ帰ると信じているらしい」
「お連れしましたが?」
渋みのある低い声で冷静に返す。眉の一つも動かない。
「今回はな?」
ギャランの腕が伸びて周子の手を掴んだのを見て、エンギワルーは黙って一礼すると、玄関先に直接乗りつけた二頭の馬を引いて厩の方へ向かった。
その後姿にふん、と鼻を鳴らすと、ギャランは周子を見下ろして。
そして、おもむろにしゃがみこみ、周子を抱き上げた。
「自分で歩けるってば!」
「ひでぇ顔色してやがる、黙っておれに身体を任せろ」
おかしい、と思いながらも、自分を抱きかかえ歩くギャランの胸に、腕に、周子は無性の安堵を覚えて。はは、と身体は正直だ、と思って力なく笑った。長老の口にしたロレンスの名にひどく動揺したのもあったが、何より長老の静寂の呪文がこれほど堪えるとは思わなかった。
「何があったかは、後で聞く。先ずは、寝ろ」
簡潔にそう言うと、周子をベッドにのせシーツを引き、念を押すようにぐい、とその頭を枕に押し付ける。そしておもむろに椅子を引きずり寄せると、ベッドのすぐ横にどっかと座った。
憮然と足を組み、腕を組んで。
まるで、番人のように。
「……あいつには気を許すな、ケスリングというのは、セリアの地名だ」
ベッドに横になった途端、奇妙なほどに身体から力が抜けた。相当気を張り詰めていたのか、やすやすと意識を手離してゆきながら周子は、ギャランのそんな言葉を聞いたと思った。
ケスリング……そこが何処だろうかとぼんやりと思いはするが、もちろん、五百年前のミアムしか知らぬ周子には、そんな地名など思い当たるはずもない。
ケスリングがセリアの地名だからそれがなんだというのだろう、体の芯から何かが解け出すように、だるく甘く体が眠ってゆく。
こんな風に眠りに落ちる瞬間は異様に切なく……周子はロレンスの名を呟いた。
途端に腕に響いた、つねるようなちくりとする痛みに、思わず一度目を開け、そこにギャランの怒ったようなキツイ青い瞳を見たと思った。だが、もう、遅い。重いまぶたはすぐに落ちる。
―――ロレンス、あなたがここにいてくれればいいのに。
かつて、でっかい蜘蛛を退治しに行く、とクレリック・リザートはそう言って父さんを連れ出したことがある。だが、出かけたかと思う間もなくあっさりと帰ってきて。
数が多くて面倒だから封じてきた、あんなものは飼えぬな、なんて言いながら、どさり、と”封印の書”を机上にほおって。父さんは涼しいカオをして、肩に一筋残っていた蜘蛛の巣を払った。
そんな様子が今でも鮮やかに脳裏によぎる。
かの書を”召喚の書”と呼ぶガーナの輩は、ましてそれを王宮に大切に保管していた王宮の人間とは、まさにその効力を、少なくともその書から魔物を召喚できるということを知っているわけで。
行使するには相当の魔力を必要としていて。
長老がまさかそれほどの魔力を持っているとは思わなかったが、召喚された魔物のレベルは高いし、周子の知らぬ気味の悪い高位呪文を操る。禁忌の呪文か何かだろうか、長老という老婆の本性がますますわからなくなってきた。いずれにせよ、敵に回して悠然と構えていられるレベルの者では到底ない。
どのようにしてその書が、父の手からガーナに渡ったのか、そしてガーナの前王陛下とやらが失踪する際に持ち出したとは、どういうことか。
父さんの所管していた”封印の書”を”召喚の書”と呼ぶあたり、相当に不穏である。
真っ二つの剣の洞窟で感じたこの違和感。
ギャランは、焚く、なんて言っていたが。そもそも、かの書を”召喚の書”呼ばわりする連中なんて信用できるわけがない。
―――ギャランもカズマも、信用できるわけがない。
どれほどベースに責め立てられようと、どれほど男共にかき口説かれようと女友達から恨みを買おうと、父さんだけはどんなときも黙ってそばにいてくれた。誰にも隷属したくない、するのなら中途半端な相手ではなく、真にこの命を捧げたいような相手が良いと、そう言ってのけても些かも動じることのない人だった。父さんだけが味方で父さんだけが理解してくれた。だが今は。
誰一人味方がいないという絶望的な気分である。
今思えば、父さんこそが自分のタトゥーの主に相応しい、その人だったのではなかったろうか、とすら思えてくる。父さんほどに大切な人をなぜもっと強く求めなかったのだろうか、この世に一人ぼっちに取り残されたという焦燥感は日を追うごとにシビアに肌を攻める。どちらを向いてもあの馴染んだ沈香の匂いが無い。
ギャランやカズマを前にどれほど強気でいても、この肌には誤魔化しきれない喪失感がある。いつも側にあった修三のあの存在感を失った今、どのように呼吸をすればよいのかも分からない。日々息苦しくなってくるその感覚に身体は既に悲鳴を上げている。
―――いっそこのまま憑り殺してくれれば。
ふっと、脳裏を過ぎる修三の幻影、だが、それが周子をあちらの世界へいざなうものではないことも分かっている。
父さんがいない喪失感だとか、好いてもいないギャランへの、タトゥーの呪のもたらすこの恋情だとか。
例えば、気が狂って死ぬのならまだいい。
万一、ロレンスが敵で、私を手にかけるというのなら、それならそれで、納得がいく。ロレンスの下にはどこか父さんの気配がある筈だ。五百年の時を越え、父さんがそばにいないと思い知って、とにかくどうにもこうにも、一人きりでいるのには耐えられそうに無い。殺されてもいい、とにかく父さんの面影の残る所へ行きたい。
たとえロレンスに討たれるとしても、最後のその瞬間、ロレンスだけがこの穴を埋めてくれる気がする。
私はそもそも、召喚に失敗しているのだ。
本来行くべきところを探さなくては、自分の魂が落ち着かない。
父さんがいない今、私の本当の意味での味方はロレンスだけだ。ロレンスが長老に手を貸せというのなら、ひょっとしたら自分はそれを飲むかもしれない。ロレンスは父さんが選んだ婚約者だ。ロレンスが私を殺すのなら、それは父さんはもとよりそのつもりということだ。
ロレンスに会いたい。
とにもかくにも、ロレンスの下へ行かなくては。
ロレンスでなくては開かない扉がある。
「ロレンス……」
その名を呟き、周子は深い眠りに落ちた。
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- 2005-10-25 12:02
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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