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[tog]48:深い眠りに

 荘厳な朝日が空を次第に明かしゆく。
 夜が明けたのを知った時には、服は既に存分に夜気を吸い、朝靄の中でただじっと庭石に腰掛けていた体はひどく冷え切っていた。
 深く沈みこんだ思考から戻るべく頭を振ると、朝露に濡れた草木のように自分の金髪がいくつもの冷たい滴を放つのが見えた。
 その滴は、氷のように冷たくて。
 ―――こんな冷たいものが髪に、肌の上にあるというのに、一向に冷める気配の無い、この胸の焼けるような熱さは何だ?

 部屋に戻り、とりあえず熱い湯を浴びて。
 ようやく人心地がつくと、ギャランはタオルで髪を拭き拭き、ベッドサイドまで歩を寄せた。
 ベッドの上を見る。
 シーツにくるまりくうくう寝息を立てる女がそこには居る。
 どうしようもなく惚れ込んだ女が、まるで無防備に。

 抱くには勿体無い女だ、心底惚れているのだ、身体を抱く快楽よりも何よりも、差し伸べるおれのこの手を取って欲しい、周子が望めばどんなことでもする、いま周子を側で守っているのはロレンスではなくこのおれだと、どうすれば解ってもらえるのか。
 ―――この女の信頼こそが欲しい、
 ギャランは目を逸らせた。
 着替えのシャツを取る、それをさっさと羽織って部屋を出て行こうと思うのだが、どうにも体が思うようには動かない。
 しばらく逡巡して。
 そしてそっと、周子の枕もとに腰掛け、その寝息を確かめる。
 酒に強い体質なのか、あれほどひどく飲んだはずなのに、一夜明けてすやすやと立てる寝息にはまるで二日酔いの気配は無い。ぐっすりと眠り込んだその気持ち良さげな寝顔は、まるで天使のようで。
 邪気の欠片もない幸せそうな寝顔は、昨夜見た、夜の闇と酒の匂いに包まれたその顔よりも、はるかに、どういうわけか、色っぽくて。
 ああきれいだなぁ、とギャランはしみじみ思った。
 シャツを羽織ることも忘れてただただじっと眺めているうちに、つい先ほど熱い湯を浴びたばかりの肌が、窓際から入り込む朝の寒さにしんしんと冷えてくるのを感じた。
 ―――ちょ、ちょっとぐらい、とかって
 ついつい、というかなんとなく、というか、なんだか子供めいた悪戯心のようなものが生まれて、ギャランはするりと周子の隣に滑り込んだ。
 ―――あったけぇ。
 その身体を抱きしめて、ぴったりと周子にくっついてみた。
 特段、セックスそのものがしたいわけではない。ただこうして周子を抱きしめていたい。口を開けば喧嘩になる女、だがその愛しい女を抱き寄せたいだけなのだと、身体を密着させてギャランは不思議な充足を感じた。結局こうするなら何も夕べはひとり星を見ずとも、と苦笑して。
 肌に触れる温もりが、なんとも心地よく。
 ゆっくりと周子の温かさを染み込ませゆくこの体が、なにかとてもありがたいもののようにすら、思えた。
 顔を近づけると、周子が小さく喉を鳴らした。うっすらと目を開ける。
「ん? なんかよう?」
 そう言って邪魔くさそうに首を避ける。その隙間にギャランは頭を埋め、首筋の甘い肌の匂いをかぐ。相当に眠いのだろう、周子は抗うこと無く再びやすやすと眠りに落ちて。いつもなら平手の一つでも飛んで来るタイミングなのだが、その手ごたえの無さがギャランの無性の安堵を誘った。どうにも幸せな気分になってただ静かに周子を眺め……。

 周子の人肌に温まっているうちにいつしか、うとうとと眠ったようだった。
 目を覚ますとすぐ隣に周子の寝顔があって、ギャランは自分でも驚くほど唐突に胸が強く大きく鳴ったのを聞いた。しまった、と思ったがもう遅い、不意に自分の中の男っぽい何かが燻りだしたのを感じた。
「周子?」
 その名を呼ぶ。
 応えは返って来ない。周子の眠りが深いことは知っている。眠りの欲求にとりわけ弱いのも知っている、呪文の行使は精神力を消耗させるのだ。
 目を落とせば、くっきりと彫り込まれた鎖骨は細く、喉下から胸元にかけて青く血管が透けていた。それはまるで、宙から地を俯瞰する、美しい川の幾筋もの流れに似て、まこと美しい文様だった。見詰めれば世界を手にしたような不思議な超越感さえある。

 ―――触れない方がいいに決まってる。
 頭の中で警鐘が、だがずいぶんと遠くに聞こえた。

 ギャランは利き手でそっとその文様をなぞってみた。鎖骨の先と交差するなだらかな首筋から肩にかけての円いライン、肩に触れればその湾曲ぶりが手のひらにぴたりと馴染んだ。不思議と、面白いほどによく馴染んだ。まるで自分の為に誂たかのような身体だとすら思える、というのは傲慢だろうか。
 周子の眠りは深い。
 ギャランはその唇に触れた、指で。次いで唇を寄せてみた。そのまま強引に唇を割ると、舌を滑り込ませて周子の舌を探った。ちら、となにかの生き物のように舌が逃げようとするのを、ギャランは強く吸った。
「……は、んっ……」
 ―――いい声、
 触れれば驚くほどたやすく周子の身体は反応した。周子の眠りのなんと恐ろしくも魅惑的なものか。微かに漏らした吐息のなんと甘やかなことか。止めなければ、と思うと同時に引っ込みがつかなくなった、
「これは、お前が、悪い」
 吐いた溜息で思わず詰る。
 ―――おれの仕舞っておいたボトルを一人で空けたから。
 ―――酔いつぶれておれのベッドに眠りこけているから。
 ―――どれほど肌をなぶられても、気づかぬほどに深く寝こけているから。
 ―――それでいて、気持ちよさそうな、そんな天然な微笑を浮かべるから。
 彼女独特の深い眠りをよいことにその身体を組み敷き、指先で唇で肌で周子の熱を煽ってみる、寝息にほんのりと熱い吐息が混じる、白い肌が震え、かすかに甘い吐息が洩れる、その手応えの確かさにギャランはもはや抑え難い己の滾るような熱を覚えてしまっている。近くに寄りたい、しばし一緒にまどろみたい、そんな子供めいた悪戯心が瞬く間に男の欲望に化けたのをはっきりと知って。おれは馬鹿だとギャランはつくづく思った。

 ―――それもこれも、妙に感度のいいこの身体の所為だ、

 そう思うなり、
 はた、とギャランは手を止めた。

 ―――誰に仕込まれた?

 むしろ成熟した周子の反応は、既に男を知っている、とギャランは思った。
 触れれば触れるほどますます離れ難くなる、しっとりとよく馴染む肌には、強烈な女の色香が宿っている、男を知る女の肌だ。
 誰がそうさせた? この女がそうやすやすと男を寄せるわけがない。

 ―――ロレンスか、

 妬けた。
 父が選んだというその男、父親の言葉だから、ただそれだけの理由で周子は奴の言うことを聞くのか、と思うなり、もはや御し難く激しく嫉妬した。
「誰の夢を見ている、周子?」
 ロレンスの夢を見てた、あっさりとそう言われてしまいそうで。

 ―――おれを無視すんな、

 これほど欲しているのになぜ周子が求めるのが自分ではないのか、なぜロレンスばかりを追おうとするのか、理不尽にすら思える周子の頑なな態度を思うと、ギャランは愛しいのか憎いのか胸の中がぐちゃぐちゃになって、ただただ覆い被さるようにぎゅっと抱きしめた。
 やわらかくおとなしい女の身体。
 夢だとでも思っていなければ、おれを殺しにかかるだろう、とギャランは思った。
 周子がおれ相手にこのような真似を許すはずが無い、と理性が警鐘を鳴らすが、もはやギャランは先程から周子の肌をなぶり続けている己の指先のたどり着く先を既に知っている、止められないのだ、ロレンスに妬けば妬くほど、いっそう制止難くなった。
 執拗に撫でさすっていた内腿から、さらにその奥へ指を這わせた。
 どれほど深く眠り込んでいようと。
 ギャランの手のひらに指に唇に舌に、既に存分に肌をなぶられたその身体はとうに素直過ぎる反応で。触れた、あふれるような濡れた感触に最後の理性も完全に吹き飛んだ。
 周子の中の熱を掻き出すようにゆっくりと押し開くように撫で上げ、指先を埋めた。熱かった。周子の身体の奥は滾るように熱く、既に存分に濡れている。
「んっ、あっ……」
 感じたのか、周子が不意に高くひと鳴きして。
 さらに奥へともぐりこませようとした指先が、その拍子に、きゅん、と鋭く噛み付かれた。
 刹那、かっ、と何かが火花のように指先から一気に駆け巡りギャランの頭の奥を焼いた。
 女の身体は、締まる。そんなことは存分に知っている筈なのに、殊のほか強い周子のその反応にむしろ痛みすら覚えるほどの激しい情欲を感じ、肚の底を焼く強い衝動にギャランは己の肌が粟立つのを知った。

 とうとう、ギャランは焦れた。
 周子の寝顔をぺちぺちと数回打った。その耳元で強い声で周子の名を呼ぶ。
「……ったく周子、こんなに感じて、お前いつまで寝てる気だよ、まじでヤるぞコラ!」


[tog]48:深い眠りに[2007/12/07]
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