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[tog]50:その肌に刻むべきものはタトゥーではない

 ―――ずいぶん気持ちのいい夢を見ているとばかり思っていた。

 肩が震える。背が反る、それでも抗う腕をそっと、だがしっかりと押さえられて。とにかく一体なぜこの男にこうもやすやすと抱かれているのか。気付いたときにはもう遅い。
 未だ知らぬ感覚に堪らず身体を反らせると、ギャランは何か堪えるかのように一度ぴたりと動きを止めた。唇を塞がれる、ギャランの舌が押し入ってきて激しく口中をまさぐる、切羽詰ったようなその仕草でそれでギャランの昂ぶりが手にとるように分かった。唇が外れてギャランの湿気った吐息が唇に掛かる、ようやく息を吐く隙を与えられて、周子はたちまち高く鳴いた。
「は、あっ、ギャラン、」
 名を呼んだ途端、噛み付くようにキスをされた。
 たまんね、とかなんとか、余裕の無い声が耳に届いた、肚の底から搾り出すような熱のこもった声だった、ギャランの男らしい太い喉の奥から洩れる気持ち良さげな悦に入った声、それがこれほど己の情欲を呼び覚ますものだとは知らなかった。
 強く突かれてしがみつくと、締めんな、おれをオトす気か! と切羽詰ったような声で熱く囁かれた。初めて見るギャランのそんな素直な余裕のない反応が、肌と肌とを合わせるその感覚が、不思議なほど嫌ではなくて。その息が荒い、間近に見る青い瞳が、くらり、と快楽に揺れるその様はとてもとても色めいていて綺麗だった。

 このままぐずぐずと眠りに落ちたい、力なく身体をベッドにゆだねたまま意識を手離そうとした、そんなこちらの様子を量るかのように、瞳を覗き込んで乱れた髪を指で梳いてくれる、この男、こんな風にさも愛しそうに微笑んで、おれを好きかと何度も言葉をねだってくる。その熱さにすっかり胸が焼けて。喉が焼けたように言葉が上がってこない。
 ギャランがまた身体を引き寄せてくる。その腕を拒んで喉の渇きを告げる自分の声が、驚くほどか細く頼りない。ギャランは身を起こすと水差しを取り寄せ口移しに水を含ませてくれた。
「アノ最中はさんざん好きって言ったくせに」
 ためらうように青い瞳を泳がせたのはほんの数瞬、青いその瞳が何かを御しきれぬかのように一際強く揺れてギャランはまた首筋にキスを落としてきた。強く吸われたその痛み、また赤い痕が増えたに違いないと思う。
「も、むり……」
 そう言うと、ギャランの瞳が泣き出しそうに切なげに揺れて、周子は観念した。これほど深い情愛を示されて無下に拒むことの出来る人間などいようものか、これほど己の身体を望まれて、これほどじっくりと情熱的に抱かれて、今更拒む理由など微塵もない。
 くたりとしたこの身体に、まるで生気を吹き込むかのようにギャランはあちこちにキスを落とす、と、疲れきったはずの体が不思議とまた動いた。ギャランの唇に手のひらに、指先に、不思議と身体は素直に反応した、不思議だった、自分の身体をこんなふうにしてしまうギャラン、こういうのを上手い、とでもいうのだろうか。
 自分でも知らぬ身体の奥の深いところ、変に切なく感じる箇所を探り当てられ思わず声を上げると、ギャランは悦んだ。突き上げて弾む胸の先を咥えて、えろい、と満足そうに唸って。
「その身体に教えてやる、おれがどんだけお前に惚れてるか、お前がその肌に刻むべきものはタトゥーなんかじゃねぇぞ」
「……は、あっ、んっ」
「言えよ。おれを好きだって。おれの名を、呼べよ」
 ギャランの甘い言葉に時折混じる強い口調、他人に命じ慣れている男だ、それに応えるように左二の腕から広がるタトゥーの痛みが火花のようにちりちりと身体を焼いて。身体中、肌の内も外もなにやら知れぬ不穏な炎で炙られるように痛く切なく、気持ちが良かった。
「もっとおれのことを好きになれよ。おまえはおれの女だ」
 熱く繰り返し囁いてくるそのあたりはほとんど説得に近い。
 揺れるあでやかな金髪、間近に見る青い瞳。視線が絡むとたちまちギャランの青い瞳は愛しくてしょうがないといった風に細く引き伸ばされる。自分が何かとても大切なものにでもなったような、なんともいえぬ充足感があった。
「周子」
 名を呼ばれて、その首に腕を回して縋りついて。とにかくいったいなんでこの男にやすやすと抱かれているのか、なぜそれがこんなにも愛しいのか、ただ、ただなんだかとても、嬉しかった。


 存分に愛し合った後、ギャランは周子を抱きしめたまま、うとうとと軽くまどろんだ。しかし、やがて感じた、腕の中で細かく震えるような周子の様子に、ギャランは心地良い疲労と睡魔にいざなわれ手離しかけた己の意識を無理矢理に手繰り寄せた。
 いやな予感がした。

 思わずがばりと身を起こす。

「しゅ……」
 細かく震える細い肩、ぞっとするほどに白いその背中を見て。
 それこそ頭のてっぺんからつま先まで、一気に血の気が引いた。
 背を向けている周子のその肩は、正気に返ったとでもいわんばかりに、絶望的な拒絶を示している。
「タトゥーが……。ロレンス、助けて……」
 大きく肩が震えて、泣きじゃくる周子の声が耳に入った。慌ててその顔を覗き込むと、周子がぼろぼろと涙をこぼすのを見た。思わず周子の肩に掛けた己の手が、この上なく邪険にキッパリと払われて。言葉は無いが、すこぶる激しい拒絶だった。その容赦の無い厳しさにギャランは愕然とした。
 あの周子が小さく肩を震わせ泣きじゃくっている。
 ―――タトゥー、だと?
 自分はとんでもないことをやらかしたに違いない、とギャランは思った。


[tog]50:その肌に刻むべきものはタトゥーではない[2007/12/07]
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