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[tog_p2_26]「エタニティヴァリアス」/タトパラ2

「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第26話:「エタニティヴァリアス」



「ずいぶん大胆な代物ですね。軽く一千万は越えますよ、この時計」
 カズマは白手袋を嵌めて袋から取り出すと、その腕時計を手の中で弄んだ。
「エタニティヴァリアス、課長からその名を聞いたときには耳を疑いましたが。私も実物を間近に見たのは初めてです。恐らく実際にはその数倍の価格で売買されているに違いない、この世に十とないとされる稀少な時計、そしてそのうち所有を公表しているオーナーは二人しかいない」
 そう言ってカズマは神妙な表情をした。
「以前からルシウスがひどく欲しがっていたのですが……ああ、聞いています?彼がポケットに入れぬようご注意を。ええ、もちろん冗談ですが、まんざらでもない気もします。確かに悪くない、いや、実に素晴らしい時計ですね。こんな大それた品を起爆装置に使うとは……他の二つはただのデジタル基板なのに」
 そう言ってカズマは少し微笑んで。
「起爆装置なのに起爆しなかった、とね?」
 ふうん、と軽く唸って。
 こめかみの辺りに指を当て、車椅子の肘につくとたちまち思考の深淵に沈んだ。
「失礼しまーッす……あっ、すいません」
 ギャランを伴い、湯のみをのせたお盆を運んできた周子をアシューはすかさず制して。示したアシューのその指先に、考え事をしている様子のカズマを認めると、周子は軽く首を竦めた。そして静かにアシュー、桜井、席に付いたギャランの順に茶を出して回り……やがてカズマのところに来るなり、周子はその手の中の時計を見て黒目をまん丸に見開いた。
「エタニティヴァリアス」
 はっきりとその銘名を口にした周子の声に、カズマはハッ、とした表情をして顔を上げた。
「また君か」
 ギャランでさえ、私の思考を妨げる命知らずな真似はしないぞ、と、だが怒るわけでもなく、むしろ意外そうに笑って。
「君がこの名を知っているとは。庶民の目に触れるほどに、それほどに有名か?」
 まあ、確かにこの世で十と存在しない稀少で美麗な時計だからな、テレビかなにかで目にすることもあったかもしれない、と、さらりと流した。
 再び思考に戻ろうとしたカズマの、そのどこか高尚な様子にも一切構うことなく周子は真顔で手を伸ばすと。
「あっ、こら!」
 慌てたカズマの制止を振り切って周子はその時計を取り上げた。
「そうやすやすと、迂闊に触れるな!しかも素手で!」
「まあ、大丈夫だよ、カズマ特別補佐官。既に鑑識が仔細に調査した後だし、第一、指紋などの手掛かりは一切残ってなかったことだし」
「しかし課長……」
 すかさず周子を庇ったアシューの言葉に反論しかけたものの、カズマは目の前の周子の見せた意外な反応に、口をつぐんだ。
「エタニティヴァリアス、うわー、久しぶりに見たっ」
 黒瞳を輝かせ手中の時計を眺める惚れ惚れとしたその表情、一応カタチだけは、と用意した大粒のダイヤの婚約指輪を、宝石には興味ないですから、と笑顔でキッパリと断って寄越したことを思えば、カズマにとっては周子のそんな表情が珍しく、なんとなく、じり、と胸の奥を焼いたのだが。
「久しぶり?」
「この、漆黒のフェイスに揺らめき輝く金の微粒子が。まるで星空のような、吸い込まれるような、底知れぬ美しさがあって……身に付ける人間の身体の微妙な磁力の変化によってその瞬間瞬間に表情を変えるんですってね。金の微粒子のクセに磁力の影響を?それともフェイスやムーブメントのパーツのほうになにかナゾが……それにしても不思議できれい」
「ほう?珍しく詳しいな、君は貴金属の類にはまるで興味がないと言っていた筈なのに」
 では指輪ではなく腕時計を贈るべきだった、とカズマは内心思った、そして、そう思うなりカズマは急にそのエタニティヴァリアスが欲しくなった。
「まるでこの時計を良く知っているかのような口ぶりだな?」
「ええ、だって……」
 周子は笑顔だ。きゅっと時計を握り締めたその笑顔に、そんなにこれが気に入ったのか、と思わずカズマは苦笑して。
「わかった、では私がこれを君にひとつ贈ろ……」
 どこか観念したような、そんなカズマの吐息混じりのその言葉が聞こえなかったのか、最後まで言うのを遮るかのように周子は自分の言葉を続けた。
「これ、父さんのと同じなんです。なんだか懐かしくて」
 周子は手中のその時計を引っくり返すと、あれ?と首を捻った。
「このシリアルナンバー……」
「シリアルがどうした?」
 周子の見せたそのおかしな反応をしかと捉えてカズマが鋭く聞き返す。
 周子はハッとした表情をすると、慌ててその時計をカズマの手の中に戻した。
「お、お茶、入れなおしてきますね〜?あははもうすっかり冷め……」
「冷めちゃいないだろう、今君が淹れてくれたばかりじゃないか?」
 数歩後退さろうとした周子の手首をカズマは素早く捕まえて。間近に引き寄せると、射殺しそうな程に鋭い眼差しで周子を厳しく睨みつけた。
「シリアルがどうした?」
 この世に十とないといわれる稀少な時計のシリアルナンバーである。闇に流れていたとしてもそのオーナーを調べ上げられないことは無い。
 周子は口の端をきゅっと引くと首を振った。
「知りません」
「周子刑事、だから君はその口に気をつけろと何度も言っているだろうが」
 詰問をするカズマの声も表情もひどく厳しい。
「どういうことだ?父親がどうした」
「知りません」
 周子は首を振る。
「君の父親は修三タチバナ、稀代のテロリストだろう」
 ぎゅっと掴まれた手首にさらに力を加えられ、周子は容赦ないその折らんばかりの力加減に思わず顔を顰めた。
「テロリストなんかじゃありませんってば!」
 本当に骨が軋むような音がしたと思ったが、カズマの力は些かも緩まない。間近に見る真剣な紫の瞳がぞっとするほど恐ろしい。
「浅い。隠すつもりなら、最初から何を見ても口を塞ぐべきだ」
「以後気をつけます」
「以後の話をしているのではないことくらい分かるだろう、周子刑事」
 周子は押し黙った。言葉すら発せられなくなるほどの強い痛みをさらに加えられて。
 さすがに見かねたギャランが割って入る。
「おい待てよカズマ、そんな上段に構えてられりゃ話も出来んだろ」
「私は今、詰問しているんだ」
「キツモン!?た、煙草なら」
「ギャラン、お前は周子刑事に甘すぎる、この女は甘く見るとつけあがるぞ、下手をすると命が幾つあっても足らん、こうも可愛らしく見せてその本質はひどく物騒で危険な女だ、シッチ・プルーフ、ごく少量で強烈な昏倒作用をもたらす薬、この女が何を隠し持っていたか、お前だって以前に見て知っているはずだ」
 やめろって!とギャランがカズマの腕を強く引いた。
「カミさんだろ、もっとこう優しく聞きようがあるってもんだろが!」
「カミさんだと!?」
 その言葉にカズマは思わず目を剥いたが、ムッとしたギャランの表情に正気に返ったのか、すぐにその手を放した。
「真っ赤じゃねぇか、カズマ何しやがる」
 カズマに締め上げられた周子の手首は真っ赤になっている。それを優しく撫でさすって、ひでぇ、こりゃ当面あざになるじゃねぇかとギャランは唇を突き出した。
「……エタニティヴァリアスのベルトはプラチナブレスだ、彼女は手首が細い」
 カズマは緑髪をちょっと振って。
「採寸だ」
「お前、ごまかすにしたって、そんな真顔でそりゃ無茶だろ」
 うるさいな、と鬱陶しそうにカズマは首を振ってギャランの反論を強引に却下した。
「エタニティヴァリアスクラスの時計なら、それこそダイヤの指輪以上の価値のある一生物だろう、これならあのルドルフも文句のつけようもないはずだ」
「文句?ルドルフ、って誰のことですか?」
 ギャランに優しく労わられ、少しほっとしたのか、周子はカズマの口から漏れた聞きなれぬその名に思わずきょとんとして尋ねたのだが。
 途端にギャランがぎょっとしたカオで軽く飛び上がった。
「ルドルフって誰か、って、そらカズマの父親だろ。周子ちゃん、ダンナの父親を知らないのか?」
「は?いや、あの、ええっと」
 ぐぐっとその青い瞳に踏み込まれて周子は少々動揺した。
 なんだそれ、とギャランは苛立ちを露わに低く呟いて、ぎろっとカズマを睨んだ。
「まさかカズマお前、家柄がどうとかこうとか、この結婚がルドルフに反対されてるってワケじゃないだろうな?親戚づきあいほど厄介なものは無ぇってよく聞くハナシ、まさか周子ちゃんに、んなくだらねぇ苦労を……」
「バカ言え」
 カズマはぴしゃりと鋭く一言、ギャランを制した。
「ルドルフは大喜びだよ。こんな美人で気立ても頭も良い娘さんだ」
 ―――美人で気立ても頭も良い娘さんッ!?
 思ってもみないことを!と周子がすかさずツッコみかけたその途端、チラ、と流し目で微笑まれ、周子はひっ、と小さく息を呑んだ。たしかに微笑んでは見えるのだが、カズマのその眼差しにものすごい圧力を感じたのである。
 余計な口を利くな、と眼力で諌められ、周子はそのまま硬直した。
「ギャラン、お前に約束しただろう、彼女を幸せにすると。下らん詮索はするな、我々は非常に上手く行っている、お前の望むとおりのラブラブ夫婦だ」
 ラブラブという言葉を口にした途端、カズマはギャランから顔を背けてまるで何か苦いものでも噛んだかのように口の端を下げた。
 顔を背けたカズマのその表情を、ちょうど周子だけが目下に見える立ち位置で……口にするのも堪えられぬとでもいいたげなその表情に、周子はああやっぱり、とさぞかし不本意であるだろう、そんなカズマの内心を量った。
「なんだよ!自分で言っておいて照れるな!恥ずかしがりやさんめ!」
 一方ギャランはカズマのその反応に満足したのか、むしろ自身もちょっと赤面して顔を背けたカズマの肩をバンバンと叩いた。そしてどこか強がったように笑って、周子を見る。
「カズマにこんな照れッコな真似させるだなんて、そんなん、周子ちゃん以外にいねぇな!全くラブラブなんだな!」
「いや、補佐官、思いっきし嫌そうな顔してますけど……」
 周子は真顔でギャランの言葉を否定しかけたのだが。
 ごほん、と咳払いがひとつ響いて。
「照れてるんだ!ああ、そうだ!」
 どこか投げやりにカズマがそう叫んだ。
「ええっ?ちょっ……補佐官?」
「ばかっ!」
 腕を引かれて小声で。
「君は一体ドコまでバカなんだ!人前ではそれなりに夫婦でいると約束していたはずだ、ギャラン刑事に疑惑を持たれたら後々厄介だぞ!」
 君とはもう一度綿密に擦り合わせをしておく必要があるな、とカズマはひどく不機嫌そうに低く唸った。
「えっ?えーっとあの……」
 周子としては、ルドルフという名の人物がカズマの父親だなんてそれこそ初めて聞いたことだし、カズマのプライベートなことについてもあの家で一人暮らしをしているという程度のことぐらいしか知らない、その上家柄がどうだとか、なんだか難しそうな話まで出てきて、それこそさっぱり事情が飲み込めなかったのだが。
「そもそも補佐官、ご家族がいたんですか?そんなの全然聞いたことないですよ?あっ、でもそういえば戸籍謄本でなんだか見たような気がしないでもないというか……でもホントにいらっしゃるのでしたら、そりゃせめて一度くらいはちゃんと私も挨拶をしないと……私、ひょっとしてなんだかとっても失礼なことを……ああどうしよう、あっ、そういえば、ルシウス警視総監が従兄弟だってなんだかそんな話を聞いたような?」
「とにかく君は黙れ、周子刑事」
 周子の呟きを、小声で素早くねじ伏せる。そんな話の内容とはつゆ知らぬギャランは、目の前でひそひそ話を始めたカズマと周子をやはりラブラブだと言い放って。
「ほーらやっぱり照れ屋さんめ!」
 ギャランに大人しくからかわれているところを見ると、どうやらカズマとしては人前でラブラブと言われるその屈辱を受け入れてでも、周子と自分とは夫婦として上手く行っている、と、ギャランにはそう思わせたいらしかった。元来他人を寄せ付けぬカズマだ、おまけに女嫌いと聞いている、本来ならこんなこと、おそらく真っ先に全力で否定するだろうに、と思うと、国家機密云々というよりもギャランそのものに対して、カズマは甘い、と周子は思った。
 そういえば以前カズマは、ギャランが驚くほどキッパリと身を引いた、とあきれたような口調で心苦しげに周子に言って寄越した、そういえばたしかにそのとき、周子を幸せにするとギャランに約束させられたと苦い表情で言っていたが。
 カズマは周子よりも自分のプライドよりも、ギャランの心情をこそ大切にしているのかもしれない、と周子は思って。
 ―――だけど。これはなにか、えらく方向が間違っているような気がするんだけど……
 かといってこの情況をどうしたらよいのか分からない、赤面したギャランにウリウリと小突かれているカズマのなんとも微妙な表情を見ながら、とにかく今自分が口出しするのは、まずいほうへ事態を転がすことにしかならないだろう、とそう思って周子は口を噤むことにした。
 ふと、視線を感じて振り返ると、桜井の突き刺すような眼差しとぶつかった。
「?」
 思わず周子は小首を傾げて桜井を見た。
 桜井はすぐにいつもの凛とした誠実そうな笑顔を浮かべると、
「お茶、おかわりもらえるかな?」
と言った。
「はい?」
 見れば桜井の湯のみは既に空である。よほど喉が渇いていたのだろうか、それにしても今の眼差しはなんだったんだろう、と、周子はなんとなく言い知れぬ不安を感じて。日頃よく目にする、自分を巡ってのギャランとのやりとりとはまた違った、もっとずっと物騒な何かを感じたような気がして。
 周子は桜井の湯のみを受け取ると、一度給湯室まで下げに行こうとしたのだが。
「私は緑茶の味にはうるさくてね?」
「あっ、えーとすいません、それはつまり不味かったと」
 ちがうちがう、周子刑事の淹れるお茶は美味いよと桜井は快活に笑った。
「せっかくだから私好みの煎茶の淹れ方を教えておこうかと」
 桜井はそう言うと席を立つ。すぐに周子の隣に寄ると、促すように軽くその腰を押した。まるで嫌味の無いその仕草だが、なんとなく周子はヘンな感じがした。
「ギャランくーん、下の自販機で缶コーヒー買って来て?みんなの分」
 甘ったるいコーヒーが飲みたいんだ、とアシューの暢気な声が飛んだ。
「エーッ!まじでー!パシリかよ!」
 ギャランの声に紛れたが、すぐ近くまで寄っていた桜井の口から、ちっ、と舌打ちの音が漏れたのを周子は確かに聞いた。
 ―――どうして?何?
「周子刑事はウーシーシーの缶コーヒーがいまハマリなんだよ?ね?」
「え?ええ?」
 アシューに振られて慌てて周子はうなずいたものの、どうにもなんだか桜井の様子が気になって。アシューがギャランに小銭を渡すちゃりちゃりとした音、ギャランの靴音と会議室のドアを閉める音をどこか遠いところで聞いて。
「周子刑事、ギャランが戻ってくるまで一分しかない。それ以内に答えろ」
 しかし、桜井の垣間見せた不穏な様を思って何かを考えるヒマもなく、ギャランの姿が消えるなり厳しいカズマの声が自分に向けられたのを知って。
 周子は表情を強張らせてカズマを振り返った。
「シリアルナンバーがどうした」
 周子は喉を鳴らした。
 嘘もごまかしも、言い逃れも一切できそうに無いその紫の厳しい眼差しに射すくめられ。
「父の、時計です。間違いありません」
 周子は静かにそう答えた。


(第27話へつづく)
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