コハリトりみっと
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「トライフル刑事」〜狂気のロンド ガーナ署トリニティ〜/タトパラ2
第28話:「これから赴くのは」
エンギワルーの差し出してきた一通の白封筒を裏返して、カズマは深いため息を吐いた。そこに差出人の名はなくとも封蝋の印のその意匠、凝りに凝った緻密な様をみればすぐにその主が分かる。一見してその紙質の上質さが見て取れる見事なまでの純白、織りのしっかりした高級感漂う白封筒に華麗な金箔の縁取り。
「やはりルドルフが手を打ってきたか、エンヴィ」
「では奥方様に連絡を」
奥方様? 聞きなれぬその言葉に不審気に眉を顰めたカズマにエンギワルーは落ち着いた声で返す。
「若にとっては狂言でも、対外的にはそうは参りませんよ」
周子刑事をお前は奥方と呼ぶのか、とますます深く大きなため息を吐いて、カズマは車椅子に取り付けてあるホルダーから携帯を取り上げた。
「すまないが周子刑事、来週の土曜は空いているかね?」
些かもすまないなどとは思っていなさそうな素っ気無い声でそう切り出した。
カズマは身支度を整え居間に現れた周子の姿を見るなり一瞬ぴたりと硬直し、それからすぐに何事もなかったかのように己のシャツの襟元をぴっ、と引いて正した。エンギワルーの差し出した絹のハンカチを上着の胸ポケットに差し込んで。
部屋の隅に運び込まれた姿見を覗き込んでちょっと髪を撫で付ける、カズマのその表情、そこに見て取れるいかにも憂鬱そうな陰に周子はたちまち呆れ声を上げた。
「なんか言うこと無いんですか? 補佐官がマジで困ってるって仰るから、わざわざこうして同伴して差し上げるんですよ!? 礼の言葉のひとつも出ないんですか、全く」
こないだの日曜だっていきなし携帯で呼びつけたと思ったら、犯人だからしょっぴけ、だなんてなんてマァ横暴な、そもそも人のコトなんだと思ってるんですか、と言って周子は口を尖らせる。
「……あの電子薬物のチンピラどもは元々本庁の方から協力依頼があった案件でね。ちょっと急な展開で、探りあぐねていた尻尾を掴むことが出来ただけの話さ、ギャランも君も歳末の前倒し非番でデート中だったんだからまあそりゃお邪魔だったろうとは思うが」
周子はますます口を尖らせた。
「デートなんかじゃありません! 本屋さんへ行った帰りにたまたまギャラン刑事とバッタリ……それでちょっと寒いねって、一緒にコーヒーを飲んで……」
「その後一緒に水族館へ行っていれば立派なデートだと思うが?」
「うわ、やっぱ監視してるんだ」
「違う。ギャランがさくっと白状したんだ、盛大に詫びられたよ」
あの日、携帯に出たときのギャランの動揺ぶりで、その側に周子がいるだろうことはカズマにはすぐに分かった。ギャランにとっては親友の妻とデートなぞ、さぞかし後ろめたいことなのだろうとカズマは冷笑する。
「だって、サ店で水族館のチラシを……クリスマス期間限定で世にも珍しいカサゴ展をやってるって」
「カサゴ!?」
思いも寄らぬ海洋生物の名にカズマは一瞬目を剥いて。
「なんとびっくり光るカサゴなんですよ! エラって言うのかなーなんかぴかぴかっと、電飾みたいに。こりゃまじで補佐官も一見の価値ありですよ、今度ギャラン刑事と一緒に行ったらいいですよ」
「私がギャランとが、か?」
クリスマスな時期にギャランと二人で水族館にカサゴを観に行く……そう想像しかけてカズマはうんざりと首を横に振った。
―――よりによってなぜこの季節にカサゴの特設展示なんだ……?
そういえば周子刑事は以前から、私がギャランを好きだと、それも相当に屈折した愛情だと思い込んでいたか、とカズマはすこぶるいやな気分になった。たとえ女嫌い、と言われたとしてもその理由が男のほうが好きだから、などというものでは決してない、女というものが嫌いだから嫌い、ただそれだけなのだが、どうもこちらがギャランを見る眼差しをあげつらってはホモ、と言って寄越すからカズマとしてはイチイチ否定せざるを得ない、そしてその逐一否定する様を周子はムキになってる、と言ってのけるのだからつくづくうんざりする。どうせ黙っていたとしても、それならそれで今度は肯定しているのだと取るのだろうが。
「…………。まあいい、私としては二人セットで待機していてくれたほうが、急な出動時に一度で用が済んで何かと便利だ」
「だから、待機じゃなくて、れっきとした非番です。お休みですよ、お・や・す・み。わずかなお休みまで取り上げるなんてやっぱ鬼です、補佐官」
ううーん、と唸って周子は疑惑で一杯の眼差しをカズマに向けてくる。
「だいたい、本庁から協力依頼、って、それでほんとにリタイヤ刑事なんですか」
「そうだとも。そして君がファンだとその口で告白したミステリー作家さ」
カズマは自分でそう言って思わず失笑した。
なんだか、周子の勢いのいい文句を聞いていると自分のこの憂鬱な気分が吹き飛ぶような気がしてきて。少し笑った後、ふと顔を上げると、周子の勝気な黒い瞳に真正面からぶつかった。
「全く、補佐官は一体全体、何と戦ってるんですか」
「おっと」
予想外の角度から鋭く切り込んできた周子の言葉にカズマは一瞬怯んだ。
「君には想像し難いような、いろいろなものと、だよ」
そう言ってさらりと流そうとしたが周子は全くといっていいほど引かなかった。こちらの真意を質そうとする射るような黒い瞳、この強い瞳にギャランは惚れたのだな、とカズマは思う、確かに打てば響く、何か手応えのようなものがある。
「君は強情だな」
「飲み込みは早いつもりです、仰っていただければそれなりに私も対処可能かと思われますが」
「私と共同戦線を張ろうとでも言い出すつもりか」
苦笑するカズマ、それからカズマはすぐ側に控えているエンギワルーをちら、と見上げ、エンギワルーはほんの一瞬、鋭く眼差しを光らせ、車椅子のカズマを見下ろした。
その一瞬の二人の間合いには何か不思議な言外のやりとりがあって。こうして地味にカズマの介助をしているようでいてその実、このエンギワルーという男には何かハッキリとした、肚の底に秘めた確固たる意志があるに違いない、と周子はそこに情熱にも似た不穏な何かを察した。カズマはエンギワルーのそれを知っており、重い信頼を置いている、ひょっとするとそれは同じ目的なのだろうか、とも思ったが周子には彼等の真意はサッパリ分からなかった。
「……まあ、そうだな、君の介入を必要とすることはなきにしもあらず、と認めておくべきか。例えばその格好、今夜のパーティがそれだ」
カズマは、一歩譲るようにして話を強引に転回させた。
強引にカズマに引かれ、仕方なく周子はテーブルの上に置かれたアクセサリーに指を伸ばした。瀟洒なケースの内に並べられたそれらの中からまずひとつ、ためらいがちに指で摘み上げる。
周子はといえば、清楚な光沢のパールピンクのイブニングドレス、鎖骨のラインが美しく映える大きく開いた胸元と、腰から足首にかけて美しく流れるような程よいボリュームの裾、かなり可憐な装いである。
気を取り直すようにして、なんで私がこんなに着飾らなくちゃならないんですか、とぶつぶつ言いながらすぐ隣に割り込んできて鏡を覗き込む周子、カズマは大粒のダイヤのイヤリングを止めるその横顔、その仕種を眺めて。
「こんな高そうなの落としたら私、卒倒しちゃいそうです」
「エタニティヴァリアスを所有する男の娘とは思えん発言だな」
カズマは髪を結い上げた周子の小ぶりな耳たぶに揺れるイヤリングを間近に眺めて。些かも装い負けしていないその様、むしろ周子の健康的な美しさがよく映えるその様にちょっと目を細めると、からかうようにそう言った。
「ですから、うちはそんなお金持ちじゃないですってば。んーもーなんで父さんがつけてたあの時計がそんなに値の張るものだったのか、私にはさっぱりですよ」
「死んだ修三タチバナが国外に預金口座を持っていないかどうか、いま調べているところだ、テロリストの資金源を探る端緒になるかもしれん」
「ですから、父さんはテロリストなんかじゃありませんってば。それから死人じゃありませんてば。いい加減人の話を聞いたらどうなんです補佐官」
もう、そんなにうだうだ痛くもない腹を探る気なら私今夜そのパーティとやらにご一緒するのやめますよ、とたちまち口を尖らせた周子に、うん、とカズマはひとつうなずいて。
「痛いところをついてくるな?」
「はん、痛いんですか?」
めずらしーい、ありえなーい、と睨んでくる周子の全く遠慮のない言い様にカズマは苦笑する。
「痛いね。でなければ君に頭を下げるわけがない、今宵は同伴してもらわないといろいろと不都合があるんだ、君に選択肢はない」
「頭を下げられた覚えなんてマッタクないんですけど」
ぶすっと周子は言う。
「おまけに選択肢はない、だなんて、こりゃ命令ですか。なんかの脅しですか。夫婦としてパーティに御呼ばれする者約二名の会話とは到底思えませんけど? 着ろ、って仰るから着ましたけど、何ですかこんな高そうなドレスにどでかいダイヤ。ああーっ、もう行くの止めようかな、ほんとに。何のパーティでしたっけ? ホントに私なんかが出席していいんですか、表に付けられてるバカ長いロールスロイスリムジンありゃなんですか、あんなモン乗ってどんなすごいパーティに行こうって仰るんですか、怖くて乗れない、いや、待って、第一、あんな長い車で公道の角を曲がれるんですか、あれであんなんでホントに違法改造じゃないんですか!?」
「トレーラーだって相当に長いですよ」
エンギワルーが笑って、猛烈な勢いでまくし立て始めた周子の言葉を茶化すように、だがきっぱりと遮った。
カズマは一度メガネを外して綺麗に拭いて掛けなおすと、周子を見上げて言う。
「ただのパーティだよ、君は私の隣で大人しく微笑んでいればそれでいい」
「誤魔化しは無用です、つまりは何かの潜入捜査ですよね?」
総レースの可憐な長手袋を嵌めたその手だが。それがぐっ、と拳を握って、こないだ挙げた電子薬物犯がらみのブツがセレブの間にも出回ってるってことですね? と踏み込むような眼差しでカズマの紫の瞳を真正面から見詰めてくる。
それはパールピンクの光沢の美しいイブニングドレスには到底似つかわしくない、ドのつくほどの真顔で。
「だからこれから赴くのはただのパーティだ、人の話を聞け、周子刑事」
「嘘と誤魔化ししか言わない補佐官が最も信用できません」
カズマはやれやれ、と苦笑して。ふとエンギワルーの視線に気付いて彼を見上げた。
「なんだ?」
「いえ」
エンギワルーは慌てて表情を引き締めたのだが。
「エンヴィ、なんださっきから笑ってばかりだな?」
「は、いえ、若がこう、対等に会話を成り立たせているのが面白くて」
「まったく……これで仲の良い夫婦を装えるのか、甚だ不安だな」
「だから、夫婦を装ってまで、な・ん・の・陰謀ですか?」
また囮かなにかに使おうってんですか、ちったあ事情を話してくれないと私だって動きにくい、と周子がますますムスッとする。
「そんな不細工な表情をするな、せっかく手間隙かけて装ったのに」
「手間隙! ひどい言い方です! こっちだって好きでこんなに念入りに美容師さんに仕立て上げられたわけじゃないですよ」
殴り飛ばされでもしそうな周子の怒声、その勢いにカズマはまた苦笑する。
ちょっと肩を揺すって。
しばらく言葉をためらっていたが、やがて周子を見上げ、さらりと、冷静な声で言った。
「私がこれまで見てきた女性の中で、最も美しいよ」
「コレまで見てきた女性の中で……ははん、引きこもりの女嫌いにそういわれてもちっとも誉められた気がしませんが」
世辞ってのをとうに越えていかにも嘘臭いです、と、ほとほとあきれ返ったように腰に手をあてきっぱりとそう言って見下ろしてきた周子の顔を見て、カズマはますます苦笑した。
「せっかく誉めたのに」
「誉めた? むしろ皮肉られた気分です。補佐官はとんだ役者のクセに、肝心なところではコッチをいい気にさせてくれない、ケチなお方です、ええ、ほんと、もうよく存じ上げてますから。貸しですヨ、貸し!」
「ああ、貸しで良いよ、実際感謝してるんだ」
カズマはさばさばとそう言って、最後に蝶ネクタイを留めた。相も変わらず足の不自由なのを装って車椅子に座っているとはいえ、カズマもまたビシッとした正装である。
あっさりと返ってきたカズマのその言葉に周子はきょとんとして。
「はれ? 意外と素直に折れるんですね?」
「そんなところで強情張っても一文の得にもならんからな」
「ああ、分かった、じゃ補佐官は、一文でも得になるのなら、そちらに動くと言うことですね? まったくもう、なんて打算的な人なんだろ!」
くっ、とエンギワルーが喉を鳴らして失笑した。
周子の矢継ぎ早の減らず口に思わずカズマも詰まったらしい。やや赤面して、こほん、とひとつ咳払いをした。
「周子刑事、君はほんとに一言言葉が多いな」
本当にいつかその口で身を滅ぼすことになるぞ、と脅しめいた言葉を続けようとしたところを、エンギワルーが遮って。
「正直申し上げるとですね? 若が少々強引にお誘いしたのは、本日あなたに断られたら若ご自身が大変お困りになるからですよ?」
「はい?」
周子は眉根を寄せて割って入ったエンギワルーを見上げる。
「式はもちろん、披露宴すら行わなかった此度の若のご入籍、せめて今宵のパーティには奥方を伴うようにとのお達しで。宗主殿がてぐすね引いてお待ちです」
「てぐすねっ? やっぱ囮な気配ムンムンですね?」
「若も。今ここで周子殿に御機嫌を損なわれては困るんですから……もっとおやさしく。罵り合っている場合ではありませんよ?」
「罵り合っている? ……参ったな、こんなの序の口だろう、これでお前に罵り合っていると言われてしまっては、本当に周子刑事と二人セットで夫婦だと人前で言い切る自信がなくなってきたな」
カズマは、はあ、とたちまち元の憂鬱そうな表情に戻るとため息をひとつ吐いて。
「ま、そんなわけだから、しとやかに頼むよ、奥さん」
「…………奥さん……なんか、なーんかさっきからいちいち気に障るんです、補佐官の物言いが。人をばかにしてんですか? 宗主ってなんですか、電子薬物売買の元締めかなにかですか?」
陰謀の気配がします、とつくづく嫌そうに口の端を歪めた周子の表情に、
「周子殿、くれぐれもお言葉に気をつけるように。尤も、あなたほどの美人なら黙って微笑んでいるだけで十分ですから」
エンギワルーがそう穏やかにクギを刺して。穏やかだが容赦のない威圧感で以って余計な口を利くなと言外に言われ、さすがの周子もむう、と押し黙った。
ああそうだ、周子刑事、と思い出したように呟いて、カズマはおもむろに周子の腕を強く引くと、自分のほうに引き寄せた。その意外な力強さに思わずバランスを崩して車椅子のカズマの膝の上に腰を落とした周子、カズマはその周子のスカートの裾をたくし上げるようにして太腿をさっとなで上げて。
「ドレス姿でこんな物騒なものを仕込むな、周子刑事」
お見通しだよ、とカズマは周子の太腿から、仕込まれていたインジェクタをそのホルスタごと抜き取りエンギワルーに渡した。身体に程よく沿ったボリュームのドレス、やはり銃を仕込むには線が出てしまうと判断したのかもしれないが。だが、シッチ・プルーフ、ほんの少量で強烈な昏倒作用をもたらす薬を仕込んだ針とやらも小さいながら十分に物騒である。
「会場は万全の警備体制だ、プロのセキュリティが配置されている。各界の著名人が集まるのだからな。自衛の必要など些かもない」
「うそだ、セレブの闇犯罪の現場を押さえるんですよ、むしろ警備なんてわざと穴だらけにしてる筈です、私にだって自分の命を守る権利はあ……」
「だからただのパーティだって言っているだろう、周子刑事」
「んもう! 何処まで小賢しい嘘をつきとおそうとするんですか補佐官!」
「小賢しいのは君だ!」
エンヴィ、この女をナントカしてくれ、とカズマはうんざりしきったようにそう言って自分の膝の上から周子の尻をどかすと、掴んだその細い腰をぐい、とエンギワルーのほうへと押しやった。
(第29話へつづく)
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第28話:「これから赴くのは」
エンギワルーの差し出してきた一通の白封筒を裏返して、カズマは深いため息を吐いた。そこに差出人の名はなくとも封蝋の印のその意匠、凝りに凝った緻密な様をみればすぐにその主が分かる。一見してその紙質の上質さが見て取れる見事なまでの純白、織りのしっかりした高級感漂う白封筒に華麗な金箔の縁取り。
「やはりルドルフが手を打ってきたか、エンヴィ」
「では奥方様に連絡を」
奥方様? 聞きなれぬその言葉に不審気に眉を顰めたカズマにエンギワルーは落ち着いた声で返す。
「若にとっては狂言でも、対外的にはそうは参りませんよ」
周子刑事をお前は奥方と呼ぶのか、とますます深く大きなため息を吐いて、カズマは車椅子に取り付けてあるホルダーから携帯を取り上げた。
「すまないが周子刑事、来週の土曜は空いているかね?」
些かもすまないなどとは思っていなさそうな素っ気無い声でそう切り出した。
カズマは身支度を整え居間に現れた周子の姿を見るなり一瞬ぴたりと硬直し、それからすぐに何事もなかったかのように己のシャツの襟元をぴっ、と引いて正した。エンギワルーの差し出した絹のハンカチを上着の胸ポケットに差し込んで。
部屋の隅に運び込まれた姿見を覗き込んでちょっと髪を撫で付ける、カズマのその表情、そこに見て取れるいかにも憂鬱そうな陰に周子はたちまち呆れ声を上げた。
「なんか言うこと無いんですか? 補佐官がマジで困ってるって仰るから、わざわざこうして同伴して差し上げるんですよ!? 礼の言葉のひとつも出ないんですか、全く」
こないだの日曜だっていきなし携帯で呼びつけたと思ったら、犯人だからしょっぴけ、だなんてなんてマァ横暴な、そもそも人のコトなんだと思ってるんですか、と言って周子は口を尖らせる。
「……あの電子薬物のチンピラどもは元々本庁の方から協力依頼があった案件でね。ちょっと急な展開で、探りあぐねていた尻尾を掴むことが出来ただけの話さ、ギャランも君も歳末の前倒し非番でデート中だったんだからまあそりゃお邪魔だったろうとは思うが」
周子はますます口を尖らせた。
「デートなんかじゃありません! 本屋さんへ行った帰りにたまたまギャラン刑事とバッタリ……それでちょっと寒いねって、一緒にコーヒーを飲んで……」
「その後一緒に水族館へ行っていれば立派なデートだと思うが?」
「うわ、やっぱ監視してるんだ」
「違う。ギャランがさくっと白状したんだ、盛大に詫びられたよ」
あの日、携帯に出たときのギャランの動揺ぶりで、その側に周子がいるだろうことはカズマにはすぐに分かった。ギャランにとっては親友の妻とデートなぞ、さぞかし後ろめたいことなのだろうとカズマは冷笑する。
「だって、サ店で水族館のチラシを……クリスマス期間限定で世にも珍しいカサゴ展をやってるって」
「カサゴ!?」
思いも寄らぬ海洋生物の名にカズマは一瞬目を剥いて。
「なんとびっくり光るカサゴなんですよ! エラって言うのかなーなんかぴかぴかっと、電飾みたいに。こりゃまじで補佐官も一見の価値ありですよ、今度ギャラン刑事と一緒に行ったらいいですよ」
「私がギャランとが、か?」
クリスマスな時期にギャランと二人で水族館にカサゴを観に行く……そう想像しかけてカズマはうんざりと首を横に振った。
―――よりによってなぜこの季節にカサゴの特設展示なんだ……?
そういえば周子刑事は以前から、私がギャランを好きだと、それも相当に屈折した愛情だと思い込んでいたか、とカズマはすこぶるいやな気分になった。たとえ女嫌い、と言われたとしてもその理由が男のほうが好きだから、などというものでは決してない、女というものが嫌いだから嫌い、ただそれだけなのだが、どうもこちらがギャランを見る眼差しをあげつらってはホモ、と言って寄越すからカズマとしてはイチイチ否定せざるを得ない、そしてその逐一否定する様を周子はムキになってる、と言ってのけるのだからつくづくうんざりする。どうせ黙っていたとしても、それならそれで今度は肯定しているのだと取るのだろうが。
「…………。まあいい、私としては二人セットで待機していてくれたほうが、急な出動時に一度で用が済んで何かと便利だ」
「だから、待機じゃなくて、れっきとした非番です。お休みですよ、お・や・す・み。わずかなお休みまで取り上げるなんてやっぱ鬼です、補佐官」
ううーん、と唸って周子は疑惑で一杯の眼差しをカズマに向けてくる。
「だいたい、本庁から協力依頼、って、それでほんとにリタイヤ刑事なんですか」
「そうだとも。そして君がファンだとその口で告白したミステリー作家さ」
カズマは自分でそう言って思わず失笑した。
なんだか、周子の勢いのいい文句を聞いていると自分のこの憂鬱な気分が吹き飛ぶような気がしてきて。少し笑った後、ふと顔を上げると、周子の勝気な黒い瞳に真正面からぶつかった。
「全く、補佐官は一体全体、何と戦ってるんですか」
「おっと」
予想外の角度から鋭く切り込んできた周子の言葉にカズマは一瞬怯んだ。
「君には想像し難いような、いろいろなものと、だよ」
そう言ってさらりと流そうとしたが周子は全くといっていいほど引かなかった。こちらの真意を質そうとする射るような黒い瞳、この強い瞳にギャランは惚れたのだな、とカズマは思う、確かに打てば響く、何か手応えのようなものがある。
「君は強情だな」
「飲み込みは早いつもりです、仰っていただければそれなりに私も対処可能かと思われますが」
「私と共同戦線を張ろうとでも言い出すつもりか」
苦笑するカズマ、それからカズマはすぐ側に控えているエンギワルーをちら、と見上げ、エンギワルーはほんの一瞬、鋭く眼差しを光らせ、車椅子のカズマを見下ろした。
その一瞬の二人の間合いには何か不思議な言外のやりとりがあって。こうして地味にカズマの介助をしているようでいてその実、このエンギワルーという男には何かハッキリとした、肚の底に秘めた確固たる意志があるに違いない、と周子はそこに情熱にも似た不穏な何かを察した。カズマはエンギワルーのそれを知っており、重い信頼を置いている、ひょっとするとそれは同じ目的なのだろうか、とも思ったが周子には彼等の真意はサッパリ分からなかった。
「……まあ、そうだな、君の介入を必要とすることはなきにしもあらず、と認めておくべきか。例えばその格好、今夜のパーティがそれだ」
カズマは、一歩譲るようにして話を強引に転回させた。
強引にカズマに引かれ、仕方なく周子はテーブルの上に置かれたアクセサリーに指を伸ばした。瀟洒なケースの内に並べられたそれらの中からまずひとつ、ためらいがちに指で摘み上げる。
周子はといえば、清楚な光沢のパールピンクのイブニングドレス、鎖骨のラインが美しく映える大きく開いた胸元と、腰から足首にかけて美しく流れるような程よいボリュームの裾、かなり可憐な装いである。
気を取り直すようにして、なんで私がこんなに着飾らなくちゃならないんですか、とぶつぶつ言いながらすぐ隣に割り込んできて鏡を覗き込む周子、カズマは大粒のダイヤのイヤリングを止めるその横顔、その仕種を眺めて。
「こんな高そうなの落としたら私、卒倒しちゃいそうです」
「エタニティヴァリアスを所有する男の娘とは思えん発言だな」
カズマは髪を結い上げた周子の小ぶりな耳たぶに揺れるイヤリングを間近に眺めて。些かも装い負けしていないその様、むしろ周子の健康的な美しさがよく映えるその様にちょっと目を細めると、からかうようにそう言った。
「ですから、うちはそんなお金持ちじゃないですってば。んーもーなんで父さんがつけてたあの時計がそんなに値の張るものだったのか、私にはさっぱりですよ」
「死んだ修三タチバナが国外に預金口座を持っていないかどうか、いま調べているところだ、テロリストの資金源を探る端緒になるかもしれん」
「ですから、父さんはテロリストなんかじゃありませんってば。それから死人じゃありませんてば。いい加減人の話を聞いたらどうなんです補佐官」
もう、そんなにうだうだ痛くもない腹を探る気なら私今夜そのパーティとやらにご一緒するのやめますよ、とたちまち口を尖らせた周子に、うん、とカズマはひとつうなずいて。
「痛いところをついてくるな?」
「はん、痛いんですか?」
めずらしーい、ありえなーい、と睨んでくる周子の全く遠慮のない言い様にカズマは苦笑する。
「痛いね。でなければ君に頭を下げるわけがない、今宵は同伴してもらわないといろいろと不都合があるんだ、君に選択肢はない」
「頭を下げられた覚えなんてマッタクないんですけど」
ぶすっと周子は言う。
「おまけに選択肢はない、だなんて、こりゃ命令ですか。なんかの脅しですか。夫婦としてパーティに御呼ばれする者約二名の会話とは到底思えませんけど? 着ろ、って仰るから着ましたけど、何ですかこんな高そうなドレスにどでかいダイヤ。ああーっ、もう行くの止めようかな、ほんとに。何のパーティでしたっけ? ホントに私なんかが出席していいんですか、表に付けられてるバカ長いロールスロイスリムジンありゃなんですか、あんなモン乗ってどんなすごいパーティに行こうって仰るんですか、怖くて乗れない、いや、待って、第一、あんな長い車で公道の角を曲がれるんですか、あれであんなんでホントに違法改造じゃないんですか!?」
「トレーラーだって相当に長いですよ」
エンギワルーが笑って、猛烈な勢いでまくし立て始めた周子の言葉を茶化すように、だがきっぱりと遮った。
カズマは一度メガネを外して綺麗に拭いて掛けなおすと、周子を見上げて言う。
「ただのパーティだよ、君は私の隣で大人しく微笑んでいればそれでいい」
「誤魔化しは無用です、つまりは何かの潜入捜査ですよね?」
総レースの可憐な長手袋を嵌めたその手だが。それがぐっ、と拳を握って、こないだ挙げた電子薬物犯がらみのブツがセレブの間にも出回ってるってことですね? と踏み込むような眼差しでカズマの紫の瞳を真正面から見詰めてくる。
それはパールピンクの光沢の美しいイブニングドレスには到底似つかわしくない、ドのつくほどの真顔で。
「だからこれから赴くのはただのパーティだ、人の話を聞け、周子刑事」
「嘘と誤魔化ししか言わない補佐官が最も信用できません」
カズマはやれやれ、と苦笑して。ふとエンギワルーの視線に気付いて彼を見上げた。
「なんだ?」
「いえ」
エンギワルーは慌てて表情を引き締めたのだが。
「エンヴィ、なんださっきから笑ってばかりだな?」
「は、いえ、若がこう、対等に会話を成り立たせているのが面白くて」
「まったく……これで仲の良い夫婦を装えるのか、甚だ不安だな」
「だから、夫婦を装ってまで、な・ん・の・陰謀ですか?」
また囮かなにかに使おうってんですか、ちったあ事情を話してくれないと私だって動きにくい、と周子がますますムスッとする。
「そんな不細工な表情をするな、せっかく手間隙かけて装ったのに」
「手間隙! ひどい言い方です! こっちだって好きでこんなに念入りに美容師さんに仕立て上げられたわけじゃないですよ」
殴り飛ばされでもしそうな周子の怒声、その勢いにカズマはまた苦笑する。
ちょっと肩を揺すって。
しばらく言葉をためらっていたが、やがて周子を見上げ、さらりと、冷静な声で言った。
「私がこれまで見てきた女性の中で、最も美しいよ」
「コレまで見てきた女性の中で……ははん、引きこもりの女嫌いにそういわれてもちっとも誉められた気がしませんが」
世辞ってのをとうに越えていかにも嘘臭いです、と、ほとほとあきれ返ったように腰に手をあてきっぱりとそう言って見下ろしてきた周子の顔を見て、カズマはますます苦笑した。
「せっかく誉めたのに」
「誉めた? むしろ皮肉られた気分です。補佐官はとんだ役者のクセに、肝心なところではコッチをいい気にさせてくれない、ケチなお方です、ええ、ほんと、もうよく存じ上げてますから。貸しですヨ、貸し!」
「ああ、貸しで良いよ、実際感謝してるんだ」
カズマはさばさばとそう言って、最後に蝶ネクタイを留めた。相も変わらず足の不自由なのを装って車椅子に座っているとはいえ、カズマもまたビシッとした正装である。
あっさりと返ってきたカズマのその言葉に周子はきょとんとして。
「はれ? 意外と素直に折れるんですね?」
「そんなところで強情張っても一文の得にもならんからな」
「ああ、分かった、じゃ補佐官は、一文でも得になるのなら、そちらに動くと言うことですね? まったくもう、なんて打算的な人なんだろ!」
くっ、とエンギワルーが喉を鳴らして失笑した。
周子の矢継ぎ早の減らず口に思わずカズマも詰まったらしい。やや赤面して、こほん、とひとつ咳払いをした。
「周子刑事、君はほんとに一言言葉が多いな」
本当にいつかその口で身を滅ぼすことになるぞ、と脅しめいた言葉を続けようとしたところを、エンギワルーが遮って。
「正直申し上げるとですね? 若が少々強引にお誘いしたのは、本日あなたに断られたら若ご自身が大変お困りになるからですよ?」
「はい?」
周子は眉根を寄せて割って入ったエンギワルーを見上げる。
「式はもちろん、披露宴すら行わなかった此度の若のご入籍、せめて今宵のパーティには奥方を伴うようにとのお達しで。宗主殿がてぐすね引いてお待ちです」
「てぐすねっ? やっぱ囮な気配ムンムンですね?」
「若も。今ここで周子殿に御機嫌を損なわれては困るんですから……もっとおやさしく。罵り合っている場合ではありませんよ?」
「罵り合っている? ……参ったな、こんなの序の口だろう、これでお前に罵り合っていると言われてしまっては、本当に周子刑事と二人セットで夫婦だと人前で言い切る自信がなくなってきたな」
カズマは、はあ、とたちまち元の憂鬱そうな表情に戻るとため息をひとつ吐いて。
「ま、そんなわけだから、しとやかに頼むよ、奥さん」
「…………奥さん……なんか、なーんかさっきからいちいち気に障るんです、補佐官の物言いが。人をばかにしてんですか? 宗主ってなんですか、電子薬物売買の元締めかなにかですか?」
陰謀の気配がします、とつくづく嫌そうに口の端を歪めた周子の表情に、
「周子殿、くれぐれもお言葉に気をつけるように。尤も、あなたほどの美人なら黙って微笑んでいるだけで十分ですから」
エンギワルーがそう穏やかにクギを刺して。穏やかだが容赦のない威圧感で以って余計な口を利くなと言外に言われ、さすがの周子もむう、と押し黙った。
ああそうだ、周子刑事、と思い出したように呟いて、カズマはおもむろに周子の腕を強く引くと、自分のほうに引き寄せた。その意外な力強さに思わずバランスを崩して車椅子のカズマの膝の上に腰を落とした周子、カズマはその周子のスカートの裾をたくし上げるようにして太腿をさっとなで上げて。
「ドレス姿でこんな物騒なものを仕込むな、周子刑事」
お見通しだよ、とカズマは周子の太腿から、仕込まれていたインジェクタをそのホルスタごと抜き取りエンギワルーに渡した。身体に程よく沿ったボリュームのドレス、やはり銃を仕込むには線が出てしまうと判断したのかもしれないが。だが、シッチ・プルーフ、ほんの少量で強烈な昏倒作用をもたらす薬を仕込んだ針とやらも小さいながら十分に物騒である。
「会場は万全の警備体制だ、プロのセキュリティが配置されている。各界の著名人が集まるのだからな。自衛の必要など些かもない」
「うそだ、セレブの闇犯罪の現場を押さえるんですよ、むしろ警備なんてわざと穴だらけにしてる筈です、私にだって自分の命を守る権利はあ……」
「だからただのパーティだって言っているだろう、周子刑事」
「んもう! 何処まで小賢しい嘘をつきとおそうとするんですか補佐官!」
「小賢しいのは君だ!」
エンヴィ、この女をナントカしてくれ、とカズマはうんざりしきったようにそう言って自分の膝の上から周子の尻をどかすと、掴んだその細い腰をぐい、とエンギワルーのほうへと押しやった。
(第29話へつづく)
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- 2006-01-05 13:31
- カテゴリ : タトパラ2/長編/連載中
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