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[tog]57:退屈の虫

「お前の顔を見て話をしたいのだ、お前も取れ、そのへんてこ帽」
「へんてこ帽、はは」
 カズマは軽く脱力して頭巾を取った。まるで子供の言い草である。子供にとっての歳の開きというのは実際のそれよりも大きい。ギャランはカズマよりも背は低く、肩幅も狭く、線の細い少年であり、対するカズマは既にグランツ家の正式な後継として各界および社交界に公式な挨拶を済ませてある。若いとはいえ、体つきも振舞いも、もう十分に立派な大人として通用する域にある。
 カズマは微笑んで。
 グランツの貴公子、と呼ばれて既に久しい。見るものにほう、と感嘆の吐息を吐かせるような、美しくまた一分の隙もない微笑というものを既に習得していることをカズマ当人が一番よく知っている。
「頭巾を取って私の顔を見ても、何も特別なことは伝わりませんよ?」
「ばかだな、お前、相当な美形だぞ、総裁ってぇのはいつもそのへんてこ帽をかぶってやがるのか? いっぺん後宮に行ってみろ、二度と顔を隠したいとは思わんぞ、絶対どえらくもてるぞ」
「後宮とは、王お一人のための場所でございますよ」
 それに生憎私、女性の興を買いたいなどとは全く思いませぬもので、と付け足すと、ふうん、と呟いて、だがそういえば、お前はずいぶんもてると聞いたがな? とギャランがまっすぐな少年の目で見上げてくる。
「言い寄ってくる女という女、さんざん女を抱いてると聞いたが」
「はて。いったいどちらでお耳にされたのか」
 子供の仰りではありませんな、とカズマは苦笑して、ギャランに椅子を勧めた。
「女などつまらぬものです、手間が増えるばかりで何の暇つぶしにもなりません。あれを楽しいなどと言う世の男共の気が知れませんね」
「厭きた、っつー顔してやがるな。ではおれのためにその顔をさらせ。とにかくそのいけすかねぇへんてこ帽は禁止。おれはお前の顔は好きだ、それでツラぁ出す理由にしろ」
 他の意図を読みようがないほど、まっすぐな言葉だった。
 裏の探りようのない言葉、ギャランはこうして時々カズマの思いも寄らぬ言葉を吐いて、カズマを喜ばせる。
 それは大抵、その見目麗しい姿とは似ても似つかぬ下品な言葉であることが多いが、どうしてこの可憐な王子がこんなに小汚い言葉ばかりを進んで使いたがるのか納得がいかないのだが、いずれにせよ、歯に衣着せぬまっすぐな言葉は、下品であろうと無かろうと、物の本質を突いてくる。
 それは、小気味良かった。
 牙の教徒の総裁である時もそうでない時も、常にカズマの周囲にまとわりついて離れぬ、ねっとりとした靄のような倦厭の情をすぱっと切り裂く小気味良さだった。
「先だっては見事な御幸でございました。国王陛下と連れ立ってあちこちを視察に回られまして。紛れもなく御身が次代のガーナ王であると、徹底周知なされましたね」
 落ち着き払ったサーデュラス国王陛下の、堂々としてなんともすばらしかったこと、その隣で胸を張り背筋を伸ばした王子のほほえましくも輝かしかったこと、カズマは目を細め称えた。
「国王陛下はまこと、王子を大切になさっておいででございますね」
 王子を大事にしている理由は他にある、と思うと、どうにも抑え難いまでに内なる獣が騒ぎ出す。わくわくした。
 ギャランは頭を振った。
 カズマの世辞には興味がないらしく、くるりと周囲を見回して、それから手許の頭巾の、目に当たる穴に指を突っ込んで弄んだ。どこまでも子供くさい仕種だった。
「金持ちだったり身分が高かったりすると、みんないろいろ隠したがるんだな、こんなへんてこな集まりに参加して、喜んでやがるのか?」
「へんてこな集まりではなく、人体蘇生の儀式です。先ほど申し上げましたように……ちゃんと聞いていらっしゃいましたか? まあ、厳密な意味では蘇生実験、でしょうが。ここ牙の教徒では、死んだ人間を生き返らせる。その儀式は特殊で、生贄を用いたり淫らな行為を行ったりします、あいにくお見せしようと思っていた生贄儀式は既に済んでしまっていたようで残念ですが」
「あれでも十分気色わりぃぞ、ボケ」
 ギャランが眉根を寄せ、カズマはにこりと微笑んだ。
「さて王子? 国王陛下があなた様に望むのは、まさに王の中の王、稀代の名君主と言われる御自身をも凌ぐ立派な国王になること、でございます」
「現国王陛下同等以上のより立派な国王?」
「はい」
「はん、どえらく期待されてんだな。一粒胤ってやつだからな」
 期待というよりむしろ執着、とカズマは穏やかにその言葉を訂正した。
「この儀式の生贄には条件がございまして。蘇生を願う依頼者に相当するもの、という」
 カズマはギャランを正面からしっかりと見据え、言った。
「サーデュラス国王陛下は、お世継ぎに求めるものとはまったく別の意味で、ギャラン様、御身の輝かしい将来をまこと嘱望なさっておいででございます」
 ギャランが軽く息を呑んだ気配があった。
「ガーナの国王がここへ出入りしていると申すか」
 カズマは、ちら、と静かに目を伏せた。眩暈がするほどの恍惚を感じた。
「おれを生贄にすると?」
 驚いたらしい、どこか上ずったような声がなんとも新鮮で、カズマは指先が震え肌が粟立つほど密かに興奮した。
「一体なんのだ」
「どなたか、あなたの愛した御方が亡くなったとしたら、どうなさいますか?」
「……死んだら、しょうがねぇだろ? 死んだんならな」
 死んだらそれでおしまいだ、と言って寄越したギャランのこの返答に、カズマは内心ひどくがっかりした。
 それはまだ愛した人間を失ったことのない者の言葉、死した者を惜しいと思う経験のない者の、幼い回答だった。執着というものを未だ知らぬ言葉だった。
 自分の問いに揺らぐほどにはまだまだこの目の前の少年は幼すぎ、その人生は成熟していないのだ、と知って。
「生き返ったら、そらゾンビだ」
 まったく、一体誰がそのようなくだらぬ雑知識を王子に植え付けたのか、と思うとカズマは本当に腹が立った。
「そもそも今私は、死んだ人間を生き返らせるという話をしているのです。朽ちた屍の姿ではなく、生前のままの容姿を保った状態で、です。私の話をちゃんとお聞きなさい」
 思春期まではまだいくらか時がある。誰か好いた女でも出来れば、愛する誰かを得るまで、執着というものを身体に、魂に知るまで、いま少し待つ必要があったに違いない、とカズマはギャランの幼さを口惜しく思った。
 恋情に揺れる心の機微、あるいはままならぬ心の傷の刻印こそが欲しい、もっとずっと、青く円らな果実が滴るように甘く熟れるように。噛めば滴る芳醇な甘さ、あるいは絞れば滲む苦さを。時間と手間隙をかけ酸いも甘いも味あわせ、じっくりと熟成させなければ。ほんの十歳ばかりでは、まだまだその魂は美味くはないのだ、執着というものを魂に知るまで、もっとじっくり育てなければならぬ、まだだ、まだ、まだ早いのだ、と心の端の方でもう一人の己が叫ぶものの。
 だが、待てなかったのだ。
 己の求めるものにはまだ遠い、そうとは分かっていても、カズマは内なる衝動をもはや抑えられなかった、それほどにカズマの内に巣食う倦厭の獣は退屈し、飢えていたのである。カズマは己の中の獣が舌なめずりをする音まで聞こえそうな異様な期待感に、高揚する魂の鎖を懸命に引き下ろし抑えようとしたが無理だったのである。
 年端も行かぬ少女を無理に犯すときのように、どれほど相手が青く未熟で固くとももはや事が済むまでは強引に押し進めるしかないのだ。
「世にはね、死んだものはしょうがない、生き返らせるなんて無茶な話だ、という風には考えられない人間が存在するのですよ? 特に想いを深くした相手が死んでしまったりとかね」
 この一言で、ギャランは理解したようだった。
「サーデュラスがお前の母親を望んだか?」
「かほどに親身にお世話し大切に育て上げていらっしゃるのは、他でもなくまさにそのためでございます」
 丁重に扱い、礼節と教養を叩き込み、自他ともに、また、自国他国ともに、みながみな、ギャランがまこと立派なガーナの王である、と認めるだけの成人に育て上げてから、その命を奪うつもりなのだと、カズマははっきりと告げた。
「国王陛下はホントにお前の母親に入れ上げてたんだな? 生き返らせたいと思うほど?」
「ええ、そのようです」
 長い沈黙があった。
「そうか、お前は辛いか?」
 カズマはふと、目の前の少年ギャランを見つめた。それは意外な言葉だった。
 母親に横恋慕する男の存在を、辛いか、と問うてきたのである。
 カズマが手を貸すのはその辛さゆえか、と問うてきたのである。
「私の情は、ここには入りませぬ」
 短く返した。
 しばらく黙って、思った。
 辛くなるのは、王子、お前だ、と。
 不意に向けられた率直な優しさを心の内にねじ伏せると、不穏な快感に肌という肌がちりちりと鳴る思いがした。
 カズマの中の獣が牙を剥く。
「十年前、既に私は牙の教徒の総裁でした。サーデュラス国王陛下は総裁たる私に、愛した女の蘇生を要求しました、そして私は彼に告げた、蘇生を望むなら代価となる生贄が必要だ、と。あなたは立派な王だ、さすれば、最も王としての条件を備える者、これが生贄であるべきであろう、と。より厳密な生贄を用意すればそれだけ蘇生率が上がる、と。この私が、申し上げた」
 カズマはギャランを見た。
 案の定、一層驚いたように目を見開いている。
「サーデュラス国王陛下は頷いた。そして思った。国内にも国外にもそれに相応しい者がいない、であれば作るしかない、と。最も手早く確実な、即ち陛下御身が生贄となることなぞ、つゆ思い至らなかったようでございます。そして、私は」
 カズマは一度冷たく眼を細めた。
「私はそれを見ていた。国王陛下が女と交わり、子を為すところを。しかるべき後にギャラン・クラウンとなるタネが女体に仕込まれるところをね」
 一拍置いて、わざとらしくカズマは首を傾げた。
「いや、女体ではないな。非常に美しい女体……女体に見えるもの、女体のようではあるが、人にはあらぬもの、だな」
 エッ? とギャランが小さく驚きの声を上げた。
 手応えはなかなかのものだった。その手応えに、カズマはさらににっこりと微笑んで。
「王の条件、というものをご存知ですか?」
「王様の子供に生まれりゃ男子なら王位を継ぐだろう」
「浅はかな」
 そう言ってカズマは、全く教育係は何を凡庸なことをお教えしているのだ、と苛立ちを露わに目の前のギャランを詰った。
「教育係のルシウスには女の抱き方を教わったぞ、ついこないだ」
「私を失望させるな、王子」
 悪気のないさっぱりしたその返答にひどく気分を害し、カズマがぴしゃりと冷たく遮ると、ギャランは今まで見たことのないそんなカズマの容赦ない鋭さに驚いたのだろう、肩をびくりと揺らした。
「世に王の条件、といわれるものには三つほどございます。そのうちの一つが、常人にない経歴。たとえば、異界からやってきたとか。神の子孫だとかは異界からやってきた王の代表みたいなものでしょう。あるいは……人以外のものから生まれたとか。サーデュラス国王陛下は今一歩王たる条件に近しい王子として、御自身にはないそういった要素を求めギャラン様をお創りあそばした」
「……サーデュラスは欲張りだな」
「ええ、ひどく。だがその欲望が具現したものがあなただ。御身は人以外の母親から生まれた、だがあいにく神の子孫よりははるかに格下だ」
「では、異形の者か」
 ギャランは動じずにはっきりとそう問うてきた。これはカズマにとっては意外だった。
 人外の存在との交接による誕生、最も激しく動揺すべき点において痛烈な肩透かしを食らわせてきたギャランの様子に、カズマは言い知れぬ焦燥、腹の底が焼けるような憎らしさを感じた。
「まさに此の世のものとも思えぬ美しい異形の者を、サーデュラス国王陛下はお選びになられた、王宮の宝物庫に保管されている、”召喚の書”から」
「ありゃ禁書だろうが。聞いたことがあるぞ、魔物が出るって」
「サーデュラス国王陛下は、かの魔物を犯し、存外お楽しみになられたようでございます」
 その言葉にギャランはムッとした表情をした。
「無理矢理に孕ませたのか。その後はどうした?」
「さあ。あなた様を得た後の用済みの後始末はサーデュラス国王陛下に一任しましたので私は存知上げません。殺したと思いますが……はて、私は今この瞬間までちらとも考えたこともありませんでした。あるいは……ひょっとしてひょっとすると、欲深く色事好きのサーデュラス国王陛下のことですから、未だ地下牢かどこかにこっそりと奴隷の如く飼い殺しにし、執拗に陵辱を繰り返しているやもしれませんな。まあ、それは……本当にこの世のものとは思えぬ美しさの異形の天使ではありましたから」
「てんし?」
 ギャランが途端に奇妙な表情をした。
「おれは天使の子だというか」
「え? ええ。私も拝見しましたが、それは魔物と呼ぶに躊躇いを感じるほどに美しい、天使の姿をしたもので」
「天使!」
 どっ! とギャランが噴いた。
「天使! おれは天使の子か! めちゃめちゃ面白いな、カズマ!」
「え?」
 目の前のギャランはこりゃたまらん! と言って腹を抱え大笑いである。
 てんしてんし、と目の端に涙を浮かべて笑うギャランは、どうやら、天使、という単語にウケているらしい。知らされた事実の衝撃のあまり気が狂ったというわけではさらさらないようである。

「きらっきら〜!って感じだな、おい」
 衝撃的な言葉だった。

 大切に育て上げ成人させて後その命を奪う、そのために実の父親が仕組んだと、自分が人外の存在、あまつさえ異形の者との間に為された子だと明かされ、その不条理な誕生と大切にかしづかれてきた過程の理由は、わずか十歳ばかりの子供にとっては相当な衝撃である筈だ。
 だが、己の半分の血の由来が異形の天使だと知るや、この王子は、キラキラ! と言っては、大ウケしてしまっているのである。
 その様子は、まったくもってカズマの予想をはるかに超えていた。
「あ、あの」
「天使か、天使! 上等だ! おれにぴったりだなァ、おい」
 ますます上機嫌になって、ギャランはテーブルをどんどんと叩いてはさらに笑い転げた。
「おれはなァ、カズマ、もうずっと前から不思議だったのさ、なぜにおれはこんなに見目麗しいのか、と。金の髪にブルーの瞳、髪も眼も親父にちっとも似ていねぇ。完璧な美しさだ。まだ背は低いし、肩幅もない、線は細い、男としちゃお前よりもはるかに貧弱な身体だが、大人になればさぞかしイイ男になると、掛け値なしに思ってんだ! だが、なかなかどうしておれのような見目良い男が、あのサーデュラスの息子なのかが、分からんかったのだ! そうか、めちゃめちゃ美人な母親だったって訳か! カズマ、おれはすっきりしたぞ、おれを悩ませていたナゾが解けたぞ、おれは天使の、人外の美しさを持った男なのだな!」
 美しさ、は論点ではないはずだ。
 カズマは呆気にとられ、言葉を失って目の前の王子を見詰めた。
「つまりはおれの最大の長所は見てくれだな」
「は?」
「なァに驚いた顔してやがる。こんな面白いことならもっと早くに教えろよな!」
「いえ! 国王陛下は本気です。私の母を蘇生させるためにあなたを殺すつもりでございます。王子を生贄として利用するおつもりです、笑うな王子」
「別にサーデュラスなぞかまうもんか。あいつがどうしようとおれはここにこうしているわけだし。しかも、はははっ、見目麗しくな!」
「いやあの」
「おれは今宵おれの存在理由がわかったぞ、おれは美しい。至高の存在だ」
 ギャランは上機嫌で胸を張った。
「要は殺られなきゃいいんだろ! 生贄は死んで初めて生贄だ、おれはこの先も生贄にはならん、おれを殺すのは勿体無いだろ、世にも稀な美しさだからな!」
 しばらくの間硬直し、どう応じたものかと途方に暮れた後カズマは、やがてかろうじて、なぜかほどに動じぬのかと呟き、その旨を問うた。
 問いを喉より上らせることが出来て良かった、事実を知らされ笑い転げる王子のその反応、あまりに予想外な驚きに己の魂の点し火がかき消されてしまったかのような気さえしたのだ。
「お前、ハリーって知ってるだろ? ハロック。ハロック・スレルム、ガーナの狂獅子、キチガイハリーって、公然と人を血祭りに上げるが為に将軍職についてる男だ、エロでグロでは有名人だぞ? あんな程度のエロも血も、おれは既にハリーに身体に教え込まれてる」
「身体? ……血盟砦の若大将、その所業、悪鬼の如くと噂は伺っておりますが、私、血盟砦へはあまり足を向けませんで」
「そういやそうだな、お前はせっかくおれが誘ってもあそこへはついて来ないな」
「ああいう、軍属の熱血漢が揃って詰めているようなところは、どうにも馴染めません」
「熱血漢? お前だってそーとーアツイ奴だとおれは思うがな?」
「ええ? どのあたりが?」
 思っても見なかったギャランからのその指摘にカズマは目を丸くした。
 クールだ、と冷静だ、と言われるのが常で、熱い、と言われたことなぞ未だかつてなかったからだ。痺れるような好奇心に背筋が痛み、息苦しささえ感じた。
「では、お前はどうしてそんなことをおれに話すんだ?」
 カズマは言葉を捜しあぐねて沈黙した後、一言、答えた。
「厭きました」
「厭きたのか? もう面白くないのか」
「……面白くないですね」
 カズマは首を横に振った。
「厭きました、そんな感じです。打ち明けて、ギャラン様の反応が見たかった。ええ、きっとさぞショックを受けるだろうと、その様を楽しみたかった、牙の教徒にも総裁にも、すっかり厭きてしまったのです、あなたの反応、これ以外にもう私の興味を惹くことがない。驚かぬのはハロック・スレルムの所為か?……なんと……妬ましい」
 このまっすぐな王子は、過酷な誕生の理由を聞かされ、それでもなお平然としている。このまっすぐな鮮やかな青い目で、まっすぐな言葉で。
 ―――誰にも手折らせたくないと思っていた。それを……
「それはきっと、アレだな、その何とか牙っていう奴等より、おれのことが好きだってこったな?」
「な、なんとか牙?」
 不意に、この少年はどこまで人の話を理解出来ているのだろうか、とカズマは周到に段取りしてきた筈である今までのやりとりのすべてが、一瞬にして台無しにされてしまった気分にすらなった。
「お前、退屈の虫、って知ってるか? おれはまだ見たことがねぇ。だがハリーに言わせりゃ、そら恐ろしいもんだそうだ、ハリーは肚の内にそいつを飼ってるんだそうだ、おまえもきっとそいつを飼っているんだな」
 ギャランは唐突に真面目な表情をした。
「カズマ・フォン・グランツ、お前、身分は高いが、その主、王でないと仕えぬか?」
 カズマは首を捻った。唐突に飛躍した論理の行き着く先が分からない。
「私に仕えろ、退屈させぬ」
 ギャランはそう一言、毅然とした声音で言った。
 それから、また笑って。
「ハリーはカッコいいぞ! お前が隠れてやってる変態行為や血みどろも、あいつにとっちゃあいつものことだ。ほう、そんな驚いた顔しやがって。こんなことなぞハリーのように表舞台でも存分に楽しめるぞ、なにもこんなところでへんてこ帽かぶってこそこそやるな、やるならもっと派手にいけよ、派手に!」
「派手って!」
 カズマは目を剥いた。
「表舞台? は! ばかばかしい!」
「なんで?」
「こんなのは暇つぶしだからです」
「ははあ、お前は好きでこんな遊びをしているのではないのだな?」
「勿論です」
 へぇ、とギャランは目を細めた。
「そしてもはやこの程度ではお前のヒマは潰れぬ、と。そーゆーこったな? お前はこんなことではまだまだ燃えぬと申すのだな?」
 こちらの話がどれほど飲み込めているのか、王子のこんな様子がはたして、馬鹿なのか聡いのかさっぱり分からない、だがこの的確な指摘は一体なんだ、とカズマは思う。
「王子はもっと取り乱して然るべきだ」
 自分はもう十年もかけてあなたの反応を、衝撃の事実に取り乱す様を楽しみにしていたのだ、今更肩透かしをするな、とカズマは異様な潔癖さで以って鋭く文句を言い募った。敬語も何もない、ピリピリとした神経質な厳しさに満ちた本音だった。
 しゃあねぇな、と呟いてギャランは座っていた椅子から立ち上がると、自分の上着を床に脱ぎ捨てた。そしておもむろにテーブルをはさんだ向こうに座っているカズマに近づくと、その胸倉をつかみ己の正面に身体を向けさせ、そのシャツのボタンを外し行く。それは少年とは思えぬほど手馴れた様だった。
 そしてばっ、とカズマの胸元をはだけさせると、すばやくその首筋に、噛み付くように唇を寄せ強く吸った。
「なななな、何を! 何をなさいます!」
 それこそ仰天し飛び上がり、カズマは短く抗議した。
「抱いてやる、遠慮するな」
 ふふん、と自信ありげに鼻で笑うと半目に伏せてカズマを見下ろす。
「立て。おれに背を向け大人しくテーブルに手をつけ、すぐに楽しくさせてやる」
「えええっ、じょ、冗談じゃない! 私はそちらの興味はない」
「別に、おれだってあるわけじゃねぇぞ」
「え?」
「バカだな、お前。お前のように頭が良くて口の立つ、言論重視の感情バカにはこうしてその身体に教えるしかないだろが」
「教えるって、ええと……何を?」
「ほんとバカだな! おれがお前を好きだってことだよ! ケツの穴ひとつありゃたぶん足りるだろ」
「たぶんて! ああですからそちら方面のことは私、とんと……」
「つべこべ言うな」
 ぴしり、と遮ると、ギャランはカズマの喉下を押さえつけ、テーブルにあお向けに組み伏せその唇にキスをした。呆気に取られたカズマの口中に遠慮なく押し入ると、深く存分にその舌をまさぐった。
 ―――ッ!
 カズマは、力任せに思いっきりギャランを突き飛ばし、拳で唇を拭うと、肩を震わせ叫んだ。
「こんな侮辱は初めてだ!」
 そして、はっとする。
 どれほど言葉や態度が不遜でも、その身体はほんの十歳の少年である。カズマが力一杯突き飛ばしたギャランの体はテーブルに激しくぶつかり、テーブルごと向こうの壁に激突していた。驚くほど軽い、少年の身体である。
「……だ、大丈夫ですか」
 焦って駆け寄り抱き起こすと、頭を酷く打ったのか、ギャランはカズマの腕の中でうううーん、としばらく唸り、ややしてふるふるとその金髪を振った。
 そして正気に返ると、青い目でカズマを正面から捉え、キッパリと断言した。
「いいか、これは夢ではないぞ! おれはお前を選んでやる、お前がおれを選んだようにな、これでラブラブだろ」
「選んだって、は? 私があなたを?」
「まじでお前はバッカだな! そうだ、お前はおれに夢中だろ! 最初っから、おれが生まれたときから、おれが好きだっつーんだろ。今こうして牙の教徒のことやらサーデュラスの悪巧みやらなんやらを話して聞かせるってことは、そんなもの一切合財よりおれといる方が楽しいんだろ。それはつまりはおれに夢中ってことだろ。おまえは自分で分かっちゃいないのだろうが、とにかくお前はおれが大好きだってこったろが!」
 己を知りやがれ! と言ってギャランは身を起こすと、がばっ、とカズマを床に組み敷いた。再びカズマにキスをする。
 存分に口中を玩び、脱力したカズマの首筋に何度もキスを落として。
「嬉し涙たぁ、上等だな」
「……違います」
 あまりの茫然自失にカズマはメガネを抜くと、知れず溢れた涙を拭う。
 メガネのツルを持つ手が震えた。
「なぜあなたにこんなことをされるのか」
「お前がおれを求めたからだろう」
 そう言ってギャランは軽く首をひねって。しばらく考えてからまったく悪びれる風もなく聞いて寄越した。
「入れるほうが良いか?」
 がっくり、とカズマは一層脱力した。あまりの情けなさに身体の力が抜ける。
 しゃあねぇなァ特別サービスだ、お前が選んで良いぞ、と言うギャランに首を横に振り断固拒否を示した。ふううん、とギャランは軽く唸る。
「言っとくが、おれは野郎とはヤらんぞ、お前は特別だ。お前はあまりにおれにぞっこんだし、困ったことにお前自身がそれに気づいていない、いいか、これからキッチリ教えてやるから、抵抗するな」
 それはこれまでカズマが見たことのない、壮絶な色気を湛えた王子の姿だった。
 ―――いつの間にこんな所業を覚えたものか
「あなたはいつもこんな無体なことをなさるのですか」
「だーかーら! お前だけだと言っているだろう! ほんとにマジでバッカだな、お前。真正面から直球でおれを口説いておいて何言ってやがる。言葉で上手く分からんものは身体で刻めとハリーはおれに教えてくれたぞ! ああそうだ、そのとおりだ!」
 カズマは強く身を竦めた。
 かっ、と何か、不意に鋭く身体を貫いたものがある。
「血盟砦の若大将ハロック・スレルムとはそれほどに深い関係なのですか?」
 確かにその生誕の折から、自分はギャランばかりを見てきた。だが当の王子はいつのまにかカズマの腕をすり抜け、血盟砦に入り浸り、日々良からぬことを覚えてきているらしい、そう思うと、カズマは眩暈のような、なにやら異様な気分になった。
 世に生を受けて十年、公私を問わず常に身近に世話をしてきた生贄の王子、それがいつしか己の知らぬ色に染まりゆく。
 それは、強烈な嫉妬だった。
 カズマの身体の震えを、ギャランは正確に受け取ったようだった。
「ではおれはハリーとも手を切る。もちろん他の臣下ともだ、今後一切お前としか話をしない。王にもならない。これでいいだろう、これでおれはお前だけのものだ」
 ぐっ、と力強く手を引かれて、カズマは身を起こした。
 肩が、震えていた。それがどうしてなのか、どう理由づけてよいものか、カズマは頭の中が真っ白だった。
「誰がお前をクールだと言った? お前はとんでもなく熱い奴だ。その内に持つものがあまりに熱すぎて、何にも燃えないのだ、お前の欲求に対して周囲がつまらなすぎるのだ、牙の教徒ですら満足できないと言ったな、おれなら大丈夫だ、おれはダントツで面白いぞ!ガーナ一だ!」
 瞳孔を開いたまま硬直したカズマに、もう一度ギャランは強くはっきりと言い渡した。
「私に仕えろ、退屈させぬ。お前の肚ン中の退屈の虫はおれが全部潰してやる」


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