コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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一通り話し終えて、カズマはにっこりと微笑んだ。
「ねぇ周子、私はギャラン様に、この国の王になっていただきたいのです」
「…………アー、この人あったまおかしいよ、父さん」
王にならぬと言わせた挙句に王に据えようとするなんざ、どえらく矛盾した男だな、と呆れ返った周子は、まるで神の名でも唱えるかのように修三の名を呟いた。
カズマは小さく吐息を吐いて。
「私だけに、と……手折ってしまった花は私を楽しませてはくれますが、やがては衰えます、私にはそれが恐ろしい、事実ギャラン様はこの十年もの間放蕩三昧、狂悖の性ますます抑え難く荒れる一方、あまつさえ酒と女で身を削れればそれで良いとまで仰った。既に叶わぬものと、私がそう仕向けてしまった彼の王たる人生を、もう一度やり直したいのです、ギャラン様をこの国の王に据える、その理想を見たあの瞬間、私は己の生涯を賭し情熱を注ぐべきと定めたのです」
「あんた、さっきの話でその昔ギャランに言われたこと判ってないでしょ」
「え?」
そう頑なに思うのはカズマがギャランのことを好きだからだ、犯してしまった過ちを償いたいと思っているからだ、頭の良いこの男がなかなかどうして己の事となると、内なるその理由、それを飲み込めないのか、と周子は浅く笑って息を吐いた。
「一年前、サーデュラス前王陛下が失踪した折、私は諸侯と謀ってギャラン様に王位を継承させた、正規の手順だ、だがギャラン様は決して御自身を王とは認めない、全くそれでは駄目なのです、名実共に立派なこの国の王に据え、彼の意志で以ってこの国を統治させたいのだ、ギャラン様にはそれこそが相応しい、ええそうです、彼はまさしく王となるべくして生まれた存在なのです」
「ええそうね、サーデュラスが斬首台で待ってる、そんな王位に就けってね」
まったくこの男、自分で羽根をもいでおいて、そこにあるべき羽根に固執し、その上飛ばせてしまおうと言うのだ、それも本気で。
「牙の教徒は潰す」
なぜ笑う、と不快感を露わにそう問われ、周子は目を半目に伏せカズマを見た。
自分の持つ熱を、自分では分かっていないようだった。やはり、この男は自分自身の内なる声には一切興味はないようだった。
―――ギャランの言うことは正しい
周子は憮然とした様子のカズマを前に、初めてギャランの主張を認めた。
「今更、潰す、だなんて。これまでの十年ばかし、いい年こいた男どもが遊んで暮らした挙句よっく言うわよ、笑ったっていいじゃない」
「あなたが、現れたからだ」
「うっわこの人、いきなし他人の所為にするつもり!?」
呆れを通り越して周子は思わず噴くと、げらげらと笑ってテーブルを数度叩いた。
唐突に噴かれ爆笑された、その予想外の反応に、カズマはいつぞやのギャランを前にしたような錯覚すら覚えた。
「あなた、そんな態度で人の話を聞く気があるのか、可能ならばスルーするつもりでいるな?」
「ははん、イエス。だってなんだかえらく物騒だし。人生聞かずに済むことならば聞かなくても、って思うもんね」
そんな周子の返答に、今度はカズマのほうが呆れる番だった。
しばらくの間押し黙って、やがてカズマは大きく一つ息をつくと、子供を躾るような厳しい声を出した。
「あなたは本当に世間知らずだ。修三はあなたを大変に過保護に育てたようだが、それは父親のすることではない。庇護と見せかけての情報操作、狂気じみた独占であり、真っ当な成人としての社会性の摘み取りだ」
「……。やる気ならそう言いな」
カズマのその言葉を修三への非難と取るや否や、圧倒的な殺気を立ち上らせ周子の黒髪がゆらりと揺れた。
「ドランクドラゴンの盟約石やベース、タチバナの血について、重要なことは何も知らされず、だからいまこうして苦労しているのではないか、何一つまともな情報を与えられず、目の前に手を差し出している人間が敵か味方かの判断すらろくろく出来ないのは誰だ。あなたが殺るのは私ではなく……」
あなたのその魂に巣食う修三の亡霊だろう、と言いかけてカズマはさすがに言葉を呑んだ。本当に殺されそうな嫌な予感がしたのだ。
数拍たっぷりと沈黙して、だがそれでもカズマは、己が言うべきことを毅然と言い放った。
「誰が味方か、よく考えろ」
周子ははっとして、カズマを再度見詰めた。
瞬間、以前にもギャランにも同じ事を言われたのを思い出したのである。
傷ついたような表情をして、でも確かにあの男は怒っていた。それでもしっかりと自分を抱き上げ、おれを頼れ、とそう言った。不意にこれまでのギャランの言葉の数々が真摯で誠実な、ひどく真実味を帯びたもののような気さえして。
これほどの殺気を前に、それでもカズマは己の言いたいことを真正面から毅然と言って寄越した、その強さはギャランの態度にとてもよく似ていて。
たっぷりと長い間沈黙したのち、やがて周子はおーけー、と呟いて折れた。
「……おそらく、あなたを失って変質したのだろうな、ミアムの召喚の種は」
「変質もなにも、ミアムはもうないんでしょうが。あっ……どうしよ、すんごいイヤァな気がしてきた、あんたが何で総裁なんてやってたか、ってつまりは総裁って挿げ替えが効くんでしょ、じゃ仕切ってる奴、誰よ、本との意味で仕切ってるのがいるんでしょ? そしてそんなカルトなことに精通してるのって、ミアムの人間ってこと? 生き残りとかなんだとか、まさか」
ええ、とカズマは頷いた。そして、一言、
「長老」
と言うなり、周子がげぇとカエルのような声を上げた。
「あんのクソババア、まだ生きてやがんのか!」
「…………」
なんとなく分かる気がする、とカズマは思った。
それほどに周子の存在は強烈だ。
「長老といわれる人間の周りは常に固められていて、この私も一度も直接対峙したことがない、思えばミアムの血の者こそが核をなしているに違いない。そこらの人間を総裁に据えるのとは本質的にわけが違うだろう」
ひょっとすると、長老と呼ばれる人物はこの五百年もの間、周子をこそ探していたのかもしれない、牙の教徒などという気狂いじみたカルト教団を用意すれば、周子がいれば黙ってないだろうと踏んでいるのだ。もし、周子が世に現われれば。
周子に言わせれば、五百年前ではスペルを使って魂を肉体に呼び戻す、ただそれだけの作業だったはずである。そして、治癒と蘇生ができるのは、即ち、攻撃呪文の他に治癒系や蘇生系の呪文をも合わせて使えるのは、特殊な血系であるタチバナだけ。
その血に絶対の信頼を置いている周子にとってそれは絶好の呼び餌であり、また同時に、教団の組織的な存在は周子の能力の程を測る絶好の実験装置であろう。
「愛に生きる高潔な一族、それが極端に歪んだのでしょう。愛する人が死んだ、その喪失感に耐えられない、ではそれを生き返らそう、と。根本はそれでしたでしょう。だが、牙の教徒は、そのために生贄を必要とする儀式を行っていました」
周子はムッとした表情をして腕を組んだ。
「父さんが死んでると言うのなら、牙の教徒は蘇生なんて出来ない。私のほかに子供がいるなんてそれこそ聞いていないもの」
「できません」
カズマはキッパリと首を横に振った。
「牙の教徒は、ただ、そう願う人間の憂さを晴らすだけです。無闇に手順の多い、歪んだ、血にまみれた淫らな儀式を行って、十分にそれらしい気を持たせて、そして失敗する、それが定石です。高い金を払った、手を尽くした、だが失敗した、これで大抵の人間はあきらめる、あきらめさせます。死者蘇生を願う人間の心を、残された側の者の心を、成仏させるようなものです。……もともとはそういう団体だったようです、私が総裁になるまでは」
「…………待てよ。それってもろ詐欺行為なんじゃないの?」
カズマはちょっと驚いた表情をした。
「ああ……あなたがそれを言いますか? 驚いたな。私、あなたから二度の召喚の話を聞いて、確信したのですよ、望みのすり替え? すり替えた望みの方がはるかに良かったと思わせる? このあたりのこの論法、牙の教徒はまるであなたと同じでは無いですか? なるほど牙の教徒はミアムの流れを汲むものであると、私大いに納得したのですよ、あなたの話を伺って」
偽善ですらない、とカズマは吐き捨てるように言った。
「だが、私はふと、思ってしまったのです。どうして本当に蘇生を行わないのだろう、と。いえ、絶妙なタイミングで以ってそのように吹き込まれた、情報操作でしょう。聞いたんだ、かつてそれを行うことの出来る一族がいた、と。然るに人の能力は衰退の一途をたどるのみ、と、そして……より積極的に、私は結果を求めるようになりました」
そこへ現われたのが、サーデュラスです、彼は確実な結果を求めた、確実に蘇生させろ、と、牙の教徒に、総裁である私にものすごい勢いで迫りました、と続けた。
「私は、サーデュラス前王陛下により厳密な生贄を用意するよう、指示しました。厳密な生贄を用意した場合、どのような結果になるかまだ試したことが無かったからです。……はは。私の性格を疑ってますね。無理も無い」
「いや、あんたまじで狂ってるよ」
「私はサーデュラスの要求を断れなかった。彼の求めるものを、私もまた、望んでしまったからです。お分かりですね」
カズマは軽く首を振ってほのかに笑った。
「母は私が三歳になる頃には既に他界していましたし、特別な思い出も思い入れも、私には無かった、ですが、あの男がそれほどまでに執着する相手というものがどんなものかと、そんな素朴な興味を持ってしまったのです。興味、それだけが私を動かしていた、ほとんど子供の実験と同じなんです。つくづく、見下げ果てるでしょう?」
周子は頷いた。
この男は、その端麗でクールな外見とは裏腹にその内に常軌を逸した強い嵐のような情熱を持っている、自身の興味対象の探求に向かえばどこまでも容赦なくそれを突き進むのだろう、有り余る情熱を注ぎ込むべき対象にもうどうしようもなく飢えているのだ。
愛してやる、とカズマに正面切って言ったギャランのその言葉の意味が良く分かる、当人が未だ悟ることの出来ぬその激しい情熱を、そして注ぐべき対象を渇望し苦悩する様を見れば、なんとその存在の愛しいことか。
手を、差し伸べたくなる。
周子にはギャランの気持ちがすごくよく分かった。
「呪により、ギャラン様は真の王となればその命を落とします。ですが、私は彼を、この国の王にしたい、どうしてもです、そのためには牙の教徒を叩く。あなたはいつぞやその呪を解けると言ったがそれだけでは駄目だ、牙の教徒を根絶やしにしなければもはや私は気が済まぬのです」
そのために手を貸せ、とカズマはまっすぐに周子を見た。
「いま、事態は急変している。サーデュラスは失踪の際に召喚の書を持ち出している。即ち、異形の者を使って国を揺さぶり、その事態への結束と求心力で以ってギャラン様を否応なくこの国のトップに据えようという思惑に違いない。国王が失踪しその不在の中で騒ぎが起きれば、誰もが新国王を望む、それに合致するのはまさに前王陛下の嫡子、ギャラン・クラウン、若く雄々しい新国王。国家そのものを押さえられては、ギャラン様がこの国の王として統治すべく腹を括るのもさほどあり得ないことではない、あの方は本当は心根のとてもお優しい方だ、王となるのは確かに私の望みではあるが、だが、かといって、まんまとサーデュラスの企みに乗って、ギャラン様を死なせるわけには行かない」
カズマの眼差しは真摯だ。
カズマの息は熱い。
カズマ、この優男がこれほどまでに激しい熱を秘めているとはつゆ思わなかった。
全身全霊を注ぐべき、討つべき敵を、狙いを定めた実に男らしいその姿がむしろ危ういくらいで。どうにも手を貸したくなる、クラクラするような男の魅力がそこにはある。
カズマとは、なんと無謀で破滅的な情熱を秘めているのだろう、と思う。
ギャランとは、なんと懐が広く優しい男なのだろう、と思う。
カズマとギャラン、この二人、外見と中身が、振る舞いと想いが、まるで逆である。唐突な認識の逆転に、周子は眩暈にも似た愛しさを覚えた。
カズマは熱を帯びた真面目なカオで周子の心に踏み込んでくる。
カズマがこれほどに望むことならば、きっとギャランはそうしてくれるだろう、王にはならぬ、と日頃言っているのは、それはカズマを振り回すためだ。
あっさりと王になっては、カズマがまたその情熱の行き先を失いかねないからだ。
―――お前、名を刻んだか!
真っ二つの剣の洞窟で、腕の名を見た敵の男は驚いていた。
いや、むしろ口惜しそうだった。
「タトゥーを刻んだのがギャランで良かったかもしれない」
優しくて、強くて、まっすぐな男で。
「牙の教徒はあなたの呼び餌に過ぎぬ。いつ現れるとも知れぬ五百年前に失せたタチバナを探しているのだ、タチバナの血と、その石を使って、何かやろうとしているのは間違いない、あなたが現れた今、我々は手を組んで一気に叩いてしまうべきなんだ、……おい、周子? 周子?」
カズマは意識の飛んだような表情をした周子の肩を掴んで、強く揺さぶった。
「あ? ああうん聞いてる、聞いてるよ、うっわ、そんな怖い顔しないでってば!」
―――タトゥーの所為か、それともカズマの熱が伝ったのか。
左二の腕の傷が、ズキリと痛んだ。だが腕の他に、同時に痛いところがもうひとつあった、下腹だった。
腕が痛いのは、ギャランのことを思えばタトゥーが反応するからかなにかだろう、それ相応の理由を挙げるのには事欠かない、だが、どういうわけか、下腹がずきりとしたこの奇妙な情動の理由が思いつかず、周子は内心ひどくうろたえた。
今すぐギャランのその顔を見たい、と思ってしまったのだ。
男に抱かれて生まれる情とはこのようなものなのだろうか、どうにもあの日から、ギャランをすぐ傍に感じるような気がして。だがやはりこれはタトゥーの所為に違いないのだとも思い直して。
―――大体、あの男にあんなにあっさりと抱かれたのも、それも、求められるがままに何度も肌を合わせて。おかしい。あの時どれほどあの男を愛しいと思ったことか。おかしい。
なぜ、その名を呼んでしまったのだろう。
その息に触れられて。
ギャランに抱かれて、肌を苛む孤独の息苦しさが、なぜあんなにいとも容易く拭われたのか。
―――触れて、伝わるその想いをなぜ、知ってしまったのだろう。
「大丈夫ですか周子」
気分でも悪いのか、と、顔色の悪さを指摘した心配そうなカズマの声に。
「だいじょうぶだいじょうぶ」
周子は慌てて頭をぶんぶんと強く振った。
タトゥーの所為だ。とにかくタトゥーの呪を解かないと、気が変になりそうだった。
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「ねぇ周子、私はギャラン様に、この国の王になっていただきたいのです」
「…………アー、この人あったまおかしいよ、父さん」
王にならぬと言わせた挙句に王に据えようとするなんざ、どえらく矛盾した男だな、と呆れ返った周子は、まるで神の名でも唱えるかのように修三の名を呟いた。
カズマは小さく吐息を吐いて。
「私だけに、と……手折ってしまった花は私を楽しませてはくれますが、やがては衰えます、私にはそれが恐ろしい、事実ギャラン様はこの十年もの間放蕩三昧、狂悖の性ますます抑え難く荒れる一方、あまつさえ酒と女で身を削れればそれで良いとまで仰った。既に叶わぬものと、私がそう仕向けてしまった彼の王たる人生を、もう一度やり直したいのです、ギャラン様をこの国の王に据える、その理想を見たあの瞬間、私は己の生涯を賭し情熱を注ぐべきと定めたのです」
「あんた、さっきの話でその昔ギャランに言われたこと判ってないでしょ」
「え?」
そう頑なに思うのはカズマがギャランのことを好きだからだ、犯してしまった過ちを償いたいと思っているからだ、頭の良いこの男がなかなかどうして己の事となると、内なるその理由、それを飲み込めないのか、と周子は浅く笑って息を吐いた。
「一年前、サーデュラス前王陛下が失踪した折、私は諸侯と謀ってギャラン様に王位を継承させた、正規の手順だ、だがギャラン様は決して御自身を王とは認めない、全くそれでは駄目なのです、名実共に立派なこの国の王に据え、彼の意志で以ってこの国を統治させたいのだ、ギャラン様にはそれこそが相応しい、ええそうです、彼はまさしく王となるべくして生まれた存在なのです」
「ええそうね、サーデュラスが斬首台で待ってる、そんな王位に就けってね」
まったくこの男、自分で羽根をもいでおいて、そこにあるべき羽根に固執し、その上飛ばせてしまおうと言うのだ、それも本気で。
「牙の教徒は潰す」
なぜ笑う、と不快感を露わにそう問われ、周子は目を半目に伏せカズマを見た。
自分の持つ熱を、自分では分かっていないようだった。やはり、この男は自分自身の内なる声には一切興味はないようだった。
―――ギャランの言うことは正しい
周子は憮然とした様子のカズマを前に、初めてギャランの主張を認めた。
「今更、潰す、だなんて。これまでの十年ばかし、いい年こいた男どもが遊んで暮らした挙句よっく言うわよ、笑ったっていいじゃない」
「あなたが、現れたからだ」
「うっわこの人、いきなし他人の所為にするつもり!?」
呆れを通り越して周子は思わず噴くと、げらげらと笑ってテーブルを数度叩いた。
唐突に噴かれ爆笑された、その予想外の反応に、カズマはいつぞやのギャランを前にしたような錯覚すら覚えた。
「あなた、そんな態度で人の話を聞く気があるのか、可能ならばスルーするつもりでいるな?」
「ははん、イエス。だってなんだかえらく物騒だし。人生聞かずに済むことならば聞かなくても、って思うもんね」
そんな周子の返答に、今度はカズマのほうが呆れる番だった。
しばらくの間押し黙って、やがてカズマは大きく一つ息をつくと、子供を躾るような厳しい声を出した。
「あなたは本当に世間知らずだ。修三はあなたを大変に過保護に育てたようだが、それは父親のすることではない。庇護と見せかけての情報操作、狂気じみた独占であり、真っ当な成人としての社会性の摘み取りだ」
「……。やる気ならそう言いな」
カズマのその言葉を修三への非難と取るや否や、圧倒的な殺気を立ち上らせ周子の黒髪がゆらりと揺れた。
「ドランクドラゴンの盟約石やベース、タチバナの血について、重要なことは何も知らされず、だからいまこうして苦労しているのではないか、何一つまともな情報を与えられず、目の前に手を差し出している人間が敵か味方かの判断すらろくろく出来ないのは誰だ。あなたが殺るのは私ではなく……」
あなたのその魂に巣食う修三の亡霊だろう、と言いかけてカズマはさすがに言葉を呑んだ。本当に殺されそうな嫌な予感がしたのだ。
数拍たっぷりと沈黙して、だがそれでもカズマは、己が言うべきことを毅然と言い放った。
「誰が味方か、よく考えろ」
周子ははっとして、カズマを再度見詰めた。
瞬間、以前にもギャランにも同じ事を言われたのを思い出したのである。
傷ついたような表情をして、でも確かにあの男は怒っていた。それでもしっかりと自分を抱き上げ、おれを頼れ、とそう言った。不意にこれまでのギャランの言葉の数々が真摯で誠実な、ひどく真実味を帯びたもののような気さえして。
これほどの殺気を前に、それでもカズマは己の言いたいことを真正面から毅然と言って寄越した、その強さはギャランの態度にとてもよく似ていて。
たっぷりと長い間沈黙したのち、やがて周子はおーけー、と呟いて折れた。
「……おそらく、あなたを失って変質したのだろうな、ミアムの召喚の種は」
「変質もなにも、ミアムはもうないんでしょうが。あっ……どうしよ、すんごいイヤァな気がしてきた、あんたが何で総裁なんてやってたか、ってつまりは総裁って挿げ替えが効くんでしょ、じゃ仕切ってる奴、誰よ、本との意味で仕切ってるのがいるんでしょ? そしてそんなカルトなことに精通してるのって、ミアムの人間ってこと? 生き残りとかなんだとか、まさか」
ええ、とカズマは頷いた。そして、一言、
「長老」
と言うなり、周子がげぇとカエルのような声を上げた。
「あんのクソババア、まだ生きてやがんのか!」
「…………」
なんとなく分かる気がする、とカズマは思った。
それほどに周子の存在は強烈だ。
「長老といわれる人間の周りは常に固められていて、この私も一度も直接対峙したことがない、思えばミアムの血の者こそが核をなしているに違いない。そこらの人間を総裁に据えるのとは本質的にわけが違うだろう」
ひょっとすると、長老と呼ばれる人物はこの五百年もの間、周子をこそ探していたのかもしれない、牙の教徒などという気狂いじみたカルト教団を用意すれば、周子がいれば黙ってないだろうと踏んでいるのだ。もし、周子が世に現われれば。
周子に言わせれば、五百年前ではスペルを使って魂を肉体に呼び戻す、ただそれだけの作業だったはずである。そして、治癒と蘇生ができるのは、即ち、攻撃呪文の他に治癒系や蘇生系の呪文をも合わせて使えるのは、特殊な血系であるタチバナだけ。
その血に絶対の信頼を置いている周子にとってそれは絶好の呼び餌であり、また同時に、教団の組織的な存在は周子の能力の程を測る絶好の実験装置であろう。
「愛に生きる高潔な一族、それが極端に歪んだのでしょう。愛する人が死んだ、その喪失感に耐えられない、ではそれを生き返らそう、と。根本はそれでしたでしょう。だが、牙の教徒は、そのために生贄を必要とする儀式を行っていました」
周子はムッとした表情をして腕を組んだ。
「父さんが死んでると言うのなら、牙の教徒は蘇生なんて出来ない。私のほかに子供がいるなんてそれこそ聞いていないもの」
「できません」
カズマはキッパリと首を横に振った。
「牙の教徒は、ただ、そう願う人間の憂さを晴らすだけです。無闇に手順の多い、歪んだ、血にまみれた淫らな儀式を行って、十分にそれらしい気を持たせて、そして失敗する、それが定石です。高い金を払った、手を尽くした、だが失敗した、これで大抵の人間はあきらめる、あきらめさせます。死者蘇生を願う人間の心を、残された側の者の心を、成仏させるようなものです。……もともとはそういう団体だったようです、私が総裁になるまでは」
「…………待てよ。それってもろ詐欺行為なんじゃないの?」
カズマはちょっと驚いた表情をした。
「ああ……あなたがそれを言いますか? 驚いたな。私、あなたから二度の召喚の話を聞いて、確信したのですよ、望みのすり替え? すり替えた望みの方がはるかに良かったと思わせる? このあたりのこの論法、牙の教徒はまるであなたと同じでは無いですか? なるほど牙の教徒はミアムの流れを汲むものであると、私大いに納得したのですよ、あなたの話を伺って」
偽善ですらない、とカズマは吐き捨てるように言った。
「だが、私はふと、思ってしまったのです。どうして本当に蘇生を行わないのだろう、と。いえ、絶妙なタイミングで以ってそのように吹き込まれた、情報操作でしょう。聞いたんだ、かつてそれを行うことの出来る一族がいた、と。然るに人の能力は衰退の一途をたどるのみ、と、そして……より積極的に、私は結果を求めるようになりました」
そこへ現われたのが、サーデュラスです、彼は確実な結果を求めた、確実に蘇生させろ、と、牙の教徒に、総裁である私にものすごい勢いで迫りました、と続けた。
「私は、サーデュラス前王陛下により厳密な生贄を用意するよう、指示しました。厳密な生贄を用意した場合、どのような結果になるかまだ試したことが無かったからです。……はは。私の性格を疑ってますね。無理も無い」
「いや、あんたまじで狂ってるよ」
「私はサーデュラスの要求を断れなかった。彼の求めるものを、私もまた、望んでしまったからです。お分かりですね」
カズマは軽く首を振ってほのかに笑った。
「母は私が三歳になる頃には既に他界していましたし、特別な思い出も思い入れも、私には無かった、ですが、あの男がそれほどまでに執着する相手というものがどんなものかと、そんな素朴な興味を持ってしまったのです。興味、それだけが私を動かしていた、ほとんど子供の実験と同じなんです。つくづく、見下げ果てるでしょう?」
周子は頷いた。
この男は、その端麗でクールな外見とは裏腹にその内に常軌を逸した強い嵐のような情熱を持っている、自身の興味対象の探求に向かえばどこまでも容赦なくそれを突き進むのだろう、有り余る情熱を注ぎ込むべき対象にもうどうしようもなく飢えているのだ。
愛してやる、とカズマに正面切って言ったギャランのその言葉の意味が良く分かる、当人が未だ悟ることの出来ぬその激しい情熱を、そして注ぐべき対象を渇望し苦悩する様を見れば、なんとその存在の愛しいことか。
手を、差し伸べたくなる。
周子にはギャランの気持ちがすごくよく分かった。
「呪により、ギャラン様は真の王となればその命を落とします。ですが、私は彼を、この国の王にしたい、どうしてもです、そのためには牙の教徒を叩く。あなたはいつぞやその呪を解けると言ったがそれだけでは駄目だ、牙の教徒を根絶やしにしなければもはや私は気が済まぬのです」
そのために手を貸せ、とカズマはまっすぐに周子を見た。
「いま、事態は急変している。サーデュラスは失踪の際に召喚の書を持ち出している。即ち、異形の者を使って国を揺さぶり、その事態への結束と求心力で以ってギャラン様を否応なくこの国のトップに据えようという思惑に違いない。国王が失踪しその不在の中で騒ぎが起きれば、誰もが新国王を望む、それに合致するのはまさに前王陛下の嫡子、ギャラン・クラウン、若く雄々しい新国王。国家そのものを押さえられては、ギャラン様がこの国の王として統治すべく腹を括るのもさほどあり得ないことではない、あの方は本当は心根のとてもお優しい方だ、王となるのは確かに私の望みではあるが、だが、かといって、まんまとサーデュラスの企みに乗って、ギャラン様を死なせるわけには行かない」
カズマの眼差しは真摯だ。
カズマの息は熱い。
カズマ、この優男がこれほどまでに激しい熱を秘めているとはつゆ思わなかった。
全身全霊を注ぐべき、討つべき敵を、狙いを定めた実に男らしいその姿がむしろ危ういくらいで。どうにも手を貸したくなる、クラクラするような男の魅力がそこにはある。
カズマとは、なんと無謀で破滅的な情熱を秘めているのだろう、と思う。
ギャランとは、なんと懐が広く優しい男なのだろう、と思う。
カズマとギャラン、この二人、外見と中身が、振る舞いと想いが、まるで逆である。唐突な認識の逆転に、周子は眩暈にも似た愛しさを覚えた。
カズマは熱を帯びた真面目なカオで周子の心に踏み込んでくる。
カズマがこれほどに望むことならば、きっとギャランはそうしてくれるだろう、王にはならぬ、と日頃言っているのは、それはカズマを振り回すためだ。
あっさりと王になっては、カズマがまたその情熱の行き先を失いかねないからだ。
―――お前、名を刻んだか!
真っ二つの剣の洞窟で、腕の名を見た敵の男は驚いていた。
いや、むしろ口惜しそうだった。
「タトゥーを刻んだのがギャランで良かったかもしれない」
優しくて、強くて、まっすぐな男で。
「牙の教徒はあなたの呼び餌に過ぎぬ。いつ現れるとも知れぬ五百年前に失せたタチバナを探しているのだ、タチバナの血と、その石を使って、何かやろうとしているのは間違いない、あなたが現れた今、我々は手を組んで一気に叩いてしまうべきなんだ、……おい、周子? 周子?」
カズマは意識の飛んだような表情をした周子の肩を掴んで、強く揺さぶった。
「あ? ああうん聞いてる、聞いてるよ、うっわ、そんな怖い顔しないでってば!」
―――タトゥーの所為か、それともカズマの熱が伝ったのか。
左二の腕の傷が、ズキリと痛んだ。だが腕の他に、同時に痛いところがもうひとつあった、下腹だった。
腕が痛いのは、ギャランのことを思えばタトゥーが反応するからかなにかだろう、それ相応の理由を挙げるのには事欠かない、だが、どういうわけか、下腹がずきりとしたこの奇妙な情動の理由が思いつかず、周子は内心ひどくうろたえた。
今すぐギャランのその顔を見たい、と思ってしまったのだ。
男に抱かれて生まれる情とはこのようなものなのだろうか、どうにもあの日から、ギャランをすぐ傍に感じるような気がして。だがやはりこれはタトゥーの所為に違いないのだとも思い直して。
―――大体、あの男にあんなにあっさりと抱かれたのも、それも、求められるがままに何度も肌を合わせて。おかしい。あの時どれほどあの男を愛しいと思ったことか。おかしい。
なぜ、その名を呼んでしまったのだろう。
その息に触れられて。
ギャランに抱かれて、肌を苛む孤独の息苦しさが、なぜあんなにいとも容易く拭われたのか。
―――触れて、伝わるその想いをなぜ、知ってしまったのだろう。
「大丈夫ですか周子」
気分でも悪いのか、と、顔色の悪さを指摘した心配そうなカズマの声に。
「だいじょうぶだいじょうぶ」
周子は慌てて頭をぶんぶんと強く振った。
タトゥーの所為だ。とにかくタトゥーの呪を解かないと、気が変になりそうだった。
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- 2006-06-21 06:03
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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