コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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面倒なことはごめんだった。
別に情を求めるわけでもない、ただ久々に女の体を抱きたくなった、そんな時にしどけなく眠る女がたまたま腕の中にいただけのことだ、とカズマは思った。
抱きかかえると、いつもの彼女のその見かけよりもはるかにずっしりとした重さがあって、くたりとしていて心もとない。くたくたとした重い柔らかさ、その感触は扱いにくいというよりもむしろ、どういうわけかなんだかずっと……不思議と心地良かった。
―――魂が負の重さであるとは、全くそのとおりだな。
ふとそう思って、その不可思議な感触に、カズマは抱きかかえたまましばらくの間まじまじと腕の中の女を見つめた。
酒気を帯びた寝息が胸を上下させている。
それを眺めていると、己の預かり知らぬ、焼けるような情欲が、背骨のあたりからじっとりと滲み出てくるようで。未だ味わったことの無いその感覚に居心地の悪さを覚え、カズマは彼女を抱いて立ち上がった。
ベッドに下ろす、彼女の重さの分だけ沈んだベッドが、普段のそれとはまるで別物に見えた。その重みの人間らしさ、生身のそれを感じて。
だが。
意識が無いのなら、何だって同じだ、とカズマは思った。
逡巡した後、ベッドサイドの引き出しから睡眠薬を取り出した。
己の口に含み、そのまま周子に口付けると喉の奥にそっと流し込む。
どうにも眠れぬ夜の、神経質な己のための薬だが。
こくり、と周子は喉を鳴らした。
まるで無防備だった。
―――どうせなら、いっそ、念入りに。
カズマは一度冷笑して。
いっそ毒薬であるべきかもしれない。周子の存在、その強さ機転の良さは牙の教徒を潰すと決めた今となっては必要であって、だがもともと周子がいなければ、周子の存在そのものがまるで不必要なものだった、周子さえ王の前に現れなければ、自分と王との関係も今までどおりだった、玉座に据えるべく追い掛け回し、王は逃げる、そんな遊びが一生続くのだと、意図した宿命、そんな閉ざされた未来の予感があった。
だが。
―――牙の教徒を討つ
今となっては、周子は求心力であり、
―――周子が絡むとどうにも今までに無い展開に転がってばかりで
ひずみの源だった。
吸い込まれるようにその小柄な身体に覆い被さり、肌をさぐる、いっそ服を剥ぐ。
小生意気なほど、よく出来た、若い女の身体だった、望んで得られる肢体ではない、生まれながらの、まさに天与の祝福がその肢体に宿っているとしか思えない類のものだ。身を横たえてなおまろい曲線を描く胸の豊かさは、組み敷いた男にしてみれば存分に魅力的だった。
―――あんなに気が強いのに、バカなものだな。
こうも安心しきって無邪気に酔いつぶれ、私に身体を預けてしまって大丈夫だと思っているのか?
王は、あれだけ文句を言っておきながら、結局は自分に預けて外に出て行った、惚れたという女を私に預けて大丈夫だと、よもや本気でそう思っているのか?
つくづく、愚かなものだな、と思う。
日頃のあまりの女っ気が無さに、きっと二人とも私を男とは思っていないのだろう。
いや、私自身、こうした性欲とは無縁だと思っていたな。
―――まあ、王にしろ周子にしろ、自分の甘さは自分で代償を支払うべきだ。
過ぎた酒の所為か薬の所為か、少し血の気が引いているのだろう、ひんやりとして、白くて滑らかな肌は、不思議とカズマの肌の熱をよく吸った。
心地よかった、しっとりとよく馴染んだ、肌と肌との境が曖昧に失せ行くのを感じるほどよく馴染んだ。
そして、死んだように深く眠っているくせに、その身体は、触れれば確かに反応した。
「ふっ……んぅ……」
時折声を洩らす女の吐息のなんと甘いことか。
―――悪くない、どころか
未だ知らぬ肌だった。
組み敷いているのが何であろうとかまわなかった、女を抱くのは久しぶりで、その芯の蕩けるような熱い感覚をむしろ性急に求めた。
足の間に指を這わせ、撫で上げ、指先を埋めた。たちまち周子が不快そうに肩を強張らせ、息を詰めるようにして唇を引いたのを見て。
内股を擦り合わせるように拒んで閉じようと動いた足をそっと押さえ、やがて彼女が濡れてくるのを指先で誘った。堪えるように身を捩り、立てて閉じようとしたその膝の、その困惑を押し切り腰で押し割るともはややすやすと膝は開いた。
容易かった。
「はっ……」
己の湿気った吐息を久々に聞いた、と思った。
まったりと絡みつくようなめくるめく感覚、その裡のなんと柔らかく、なんと温かくいやらしく動くことか。息苦しいほどに、なんと心地の良いことか。
腰を揺さぶられ突き上げられ、眠りながらも微かに熱を帯びてくるその吐息、時折上げる、甘くすすり泣くようなその声の、なんと切なく情けないことか。
あるいはそれは己の吐息か、とカズマは存外に熱い息を吐いている己を知って。
女とは、これほどに良いものだったかな、と首を捻った。
女を抱いたのが、久しぶりに抱いたそれが、抱いてこれほどに具合の良い女であることが、なんとも良かった、いや、波打つ黒髪、艶やかにきらめく黒髪、こんな美しい黒髪を、他に見たことが無い、こんなものを持っているのは己の知る限り此の世に一人しかいない、今強く組み敷いて、腹の下にあるのがまさに周子だということを、改めて思って、そう思い至るなりカズマは殊更に興奮した。
―――これがあの、周子か?
ほのかに上気したその肌のなんと美しいことか、伏せた睫毛のなんと黒く豊かで長いことか、寄せられた眉のなんと秀麗なことか、シーツの上に散った黒髪のなんとしなやかなことか。困惑したようにシーツの上を擦ったその手を取れば、大人しく背に回して縋ってくる、その腕の、なんと頼りなく愛しげなことか。
狂おしいものが、こみ上げてきた。
「周子、」
思わず名を呼んだ、たまらず肩口に歯を立てた。
声を漏らした。きつく噛んだ。
微かに鉄の味がした。
己の内に、噛む性癖というものを初めて、そしてはっきりと知った。かまわない、とカズマは思った、もっとずっと強く噛んでも構わないとさえ、思った。逃がさぬようきつく押さえつけ、その肢体を口の中に噛み入れるのは当然だと思った。発情した獣のようにしっかりとその左肩に噛み付いてカズマは情欲のままに強く揺すった。
「―――っ」
眩暈がするような切なさがこみ上げ、腰骨が吸い取られ目の前が真っ白になる、背骨が甘く溶け、それが肉に染み込み、全身に広がってゆく余韻が、たまらなく心地よかった、浅く吐息を吐いて、汗で湿気った額をその肩口の噛み痕に擦り付け……
「ぃ、たっ」
涙まじりの小さな悲鳴が上がった。すまない、とつい言葉を返したカズマは、その己のひどく掠れた熱っぽい声色に驚いた。快楽の焦点がふいに絞られるようにして正気に返り、腹の下に組み敷いた女を見た。
唐突な拒絶の悲鳴、一瞬本能的に予期した周子の怒り狂う黒い瞳、だが、そこにあるのは意識の失せた女の身体だった。
噛んだ痛みに応えたのは、周子ではない。
周子の、あの、射殺すような、勝気で鋭い眼差しは何処にも無かった。
「周子?」
唐突に現実に引き戻されたカズマの腹の下で、周子が肩を庇うように身を捩ろうとして。
カズマはハッと息をのんだ。
目に入った。
カズマの整った歯列を刻んでうっすらと血の滲んだ肩、そして。
周子の、その左腕、その、傷。
荒々しく引き裂かれた肉、抉られたように真新しい皮膚が一段低く窪んで……文様にも似た、その傷、その名。
左腕の傷痕、それは、不可侵で、意味ありげだった。挑発的だった。
途端、心臓が激しくこめかみの中で音を立て、息が苦しくなった。
―――何をバカみたいに寝こけているのだ、周子
肚がたった。
―――誰に抱かれたと思っているのか
なぜこの女が私の求めにこうもやすやすと身体を開くのか、それとも、いい夢でも見ているつもりか、周子がその肌に納得できる誰かの夢でも……ロレンスか、はたまた、王か? そう思えばこそ、一層周子の無力さが情けなく、奇妙な怒りが肚を焼いた。
タトゥーの呪とは、あの周子が拒めぬほどに、それほどにきついものなのか。はたしてそれは本当に拒めなかったのか、この女は快楽に従順でこれほどにこなれた、良い女の身体をしているではないか、本当は違うんじゃないのか。本当は……
―――現に私をこれほどに楽しませたではないか。
これほどに無力で、これほどに無邪気で無防備で、そして、従順で。
寝込みを襲われそのまま男を通してしまうものなのか、王に赦したのは、それはタトゥーの主だからか、いや、そもそもなぜそんな無防備な寝姿を王の前に晒したのか。
本当は……彼女は、彼を通すのを望んだのではないか。
―――ばかばかしい。何の嫉妬だ、
念入りに睡眠薬を仕込んで犯した、抵抗のすべどころか、意識さえ眠りの向こうに手放した周子を勝手に犯して、挙句それが、彼女の方こそが抱かれるのが好きなんじゃないかと詰る、なんと奇妙で捩れた、無体で傲慢な、理解し難い怒りを自分は腹に据えかねているのだろうか、と思って。
わかっている、わかっていた、これは周子なのだ。
組み敷いたのが、抱いたのが、周子だということが。
周子だということが、そのことがたまらなく良かったのだと今更知って。
ぞっとした。
―――今すぐに身を剥がし、何事も無かったかのように、取り繕って。
だが、カズマは周子の身体を放せなかった。
いや、こんな無体なことをするより前から、愛しかったのだ、その感情が何であるのか、正体を見抜く前に欲動で押し切った、いや見抜くつもりもなかった、いまさら女ごときに心揺れることなぞないと、本気でそう思っていたのだ。
無用心すぎるのはバカなものだと、男を甘く見るなと、ちょっと痛い目にあわせてやる、ただそれだけのつもりだった。周子のこのザマは既に十分な過失であり、償って然るべき落ち度である、痛い目、といっても、酔った勢いのただの大人の冗談、よくある話だ。うっかりバカをみた、ただそれだけの話だ。
―――いつまでも、夜の悪戯がマジックペンで済むとは思うな、周子。
あなたは既に男を知っているのだ、既に存分に女なのだ、その危険を肌に知るべきだ。修三がいない今、誰も護ってなぞくれぬのだ。
今、目醒めれば。
今、気が付けば、正気に返れば、それこそ彼女は怒り狂うだろう。薬を仕込んで無理に身体を犯したのだ、合意なんて微塵も無く、むしろこれは犯罪だ、タトゥーの所為ですらない。気位の高い女だ、泣いたり詰ったりはしないだろう、知ったその瞬間、本気で殺しにかかるだろう、それを、ぎゅっとねじ伏せるのは、さぞ面白いだろう、賢い周子を、悪いのは馬鹿はお前だと、ぐうの音も出ぬほどに言い負かすのは、さぞ、気分が良いだろう。
だが。
だがそれも、意識があってのことだ。
そう、この腕の中で、正気に返った彼女を一目、見たかった。
「周子」
名を呼んだ。応えは無い。
「周子」
どれほどに呼んでも。応えは無い。
「周子……」
頬を抓った。ぱちん、と打ってみる。
周子の寝顔は嫌そうに眉根を寄せた。
横に背けた頬を据えなおし、いま少し大きく振りかぶって、今度は勢い良く叩いた。
際立っていい音がした。
平手の強さに赤く染まった頬を見下ろし、カズマはしばし呆然と、それから苦笑した。
身勝手に犯した挙句に頬を打つなど、一体私は何をやっているのか、と。
―――目を開けろ、私を見ろ、私を張り倒せ。
そうすれば自分は赦しを乞うだろう、そして、愛を乞うだろう、抱いてたった今知った狂おしいほどのこの感情をストレートに吐露するだろう。すべての虚飾を払って。
詫びて、乞うだろう。
いま、意識があれば。
―――なぜ、その意識を奪ってしまったのだろう。
しばらく見詰めていたが、深く沈みこんだ意識に戻る気配は無く。
寝返りを打った周子のその身体をもう一度引き寄せて、再び組み敷いて。
周子は良かった。
肌に触れれば、彼女の内に深く眠った何かをそっと揺り起こすかのような、なんともいえぬ恍惚とした感じだった。それは何か、見たことの無い触れたことの無い、なにか愛らしくて柔らかな小動物のようで、返して寄越すその微かな応えが、たまらなく良くて、触れた感覚がとにかく良くて、触れれば触れるほど、ますます離れ難くなる、そんな気がした。
だが。
女の身体はあるのに、周子の魂は微塵も無かった。
それでも触れれば反応する周子の、上出来なその女の体がいとしくて、憎くて、愛しくて。情けなくて。
言葉にならぬやるせなさに身を焼いて。
ただとにかくカズマは身体を傾けた。
周子の眠りはどこまでも深い。
絶望的な深さだった。
そう仕向けた自分の内なる闇の深さが、つくづく身に沁みた。
女を望む場合ではない、サーデュラスを討ち牙の教徒を潰す、己の半生を費やした過ちを自分のこの手で精算し、本来あるべき王をあるべきところへ戻す、彼のまさに黄金のような輝かんばかりの魂、まっすぐで強い、まさに王たる器の魂、おさまるべき場所がありながらそれを拒み彷徨う王、そう仕向けているのはまさに自分であり、その責を負うべきも自分以外に無い。
その途上で、好いた女と情を交わす、そんな僥倖が訪れるべくもない。
―――まして
ましてこの女は。
今宵、王がこの女に手をつけた事を知って、一体どれほどの激情にかられたことか。
夜が白々と明け初める頃、カズマはようやく体を離すとベッドを下り、デスクからマジックペンを取り上げた。
―――ま、マジックペンでヒゲを書かれたりとかね?
周子の言葉をちらと脳裏に思い浮かべ。
―――す、スナック菓子を鼻の穴に詰めるとかね?
それでは全く子供同士の悪戯だろう、なんとまあ子供のような幼いことを言うのだろうな、とカズマはくつくつと笑った。
蓮っ葉な、だがその実、恋情や性的なものにはひどく疎い、初心な女。
マジックペンなどと、まるで子供のようなことを言い出すのがなんとも良くて。
良くて。
良くて。
それ以上の言葉を見つけるのは難しかった。
周子についてどんな言葉も、他に当てはまる気がしなかった。
彼女のその、欠陥の明らかなその魂、彼女の持つすべての美点をつぎ込んでもなお相殺に至らぬ程の致命的な欠陥を分かっていても、それでも、なお、良くて。
意識の無い周子は完璧な女の身体だった、無力で。従順で。受身で。男の情欲に任せ力なく息を乱して。上出来な、小生意気なほどによく出来た美しい肢体、肌のよさ、内のいやらしさ。組み敷いた男の情欲を吸い付けるようなその様相は、どれほどこなれた女にもないまさに天性の、女の身体の良さ、そのものだった。
それを思えば、周子の魂は致命的な欠陥パーツであり、しかし、それは決して欠かすことの出来ぬ、彼女の耀きそのものだ。
意識が無いのなら、何だって同じだ、と思った、その矛盾をじっくりと噛み締めて。
だが、今、その心が欲しいと心底渇望した。
こんな手段ではなく。
周子が欲しいのなら、そして自分が周子が諾と言う唯一の男ロレンスで無いのならば、もはやその手段はひとつしかない。
周子を屈従させるあの、傷。
それ以外に、あの周子が男に身体を赦すはずが無く。
そして、その残されたたったひとつの方法、隷属のタトゥー、絶対服従の主の名は私の名ではないのだ。
手繰ろうとした恋慕の糸のその先が、バッツリと、この上なくはっきりとした切り口で断ち切れているのを知って。
―――こうまで見事だと笑うしかないな
抱いていい具合だと思ったことはあっても、これほど直接的な強い性欲を覚えたことは無かった、長らく女を断っていたからだ、と言うだけでは到底説明のつかぬ深い情欲をこの身に知って。
いったい今更どうしたものか、とカズマは絶望した。
キュッ、とキャップを外すと、なんて書こうか首をひねり、カズマはくすりと笑った。
鼻の下から左右の頬にかけて、くるり、とヒゲを描いた。
―――今更、恋に狂う自分であるわけでなし。
今宵は、ただの深夜の悪戯。己の顔に珍妙なヒゲを見た時の、周子の怒った顔が目に浮かんで、カズマは浅く笑った。
分かりやすいフェイクを仕掛けて、その珍妙なヒゲ面に長いキスをひとつ。
[tog]64:フェイク
Created: 2006-07-10 Modified: 2007-12-08
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別に情を求めるわけでもない、ただ久々に女の体を抱きたくなった、そんな時にしどけなく眠る女がたまたま腕の中にいただけのことだ、とカズマは思った。
抱きかかえると、いつもの彼女のその見かけよりもはるかにずっしりとした重さがあって、くたりとしていて心もとない。くたくたとした重い柔らかさ、その感触は扱いにくいというよりもむしろ、どういうわけかなんだかずっと……不思議と心地良かった。
―――魂が負の重さであるとは、全くそのとおりだな。
ふとそう思って、その不可思議な感触に、カズマは抱きかかえたまましばらくの間まじまじと腕の中の女を見つめた。
酒気を帯びた寝息が胸を上下させている。
それを眺めていると、己の預かり知らぬ、焼けるような情欲が、背骨のあたりからじっとりと滲み出てくるようで。未だ味わったことの無いその感覚に居心地の悪さを覚え、カズマは彼女を抱いて立ち上がった。
ベッドに下ろす、彼女の重さの分だけ沈んだベッドが、普段のそれとはまるで別物に見えた。その重みの人間らしさ、生身のそれを感じて。
だが。
意識が無いのなら、何だって同じだ、とカズマは思った。
逡巡した後、ベッドサイドの引き出しから睡眠薬を取り出した。
己の口に含み、そのまま周子に口付けると喉の奥にそっと流し込む。
どうにも眠れぬ夜の、神経質な己のための薬だが。
こくり、と周子は喉を鳴らした。
まるで無防備だった。
―――どうせなら、いっそ、念入りに。
カズマは一度冷笑して。
いっそ毒薬であるべきかもしれない。周子の存在、その強さ機転の良さは牙の教徒を潰すと決めた今となっては必要であって、だがもともと周子がいなければ、周子の存在そのものがまるで不必要なものだった、周子さえ王の前に現れなければ、自分と王との関係も今までどおりだった、玉座に据えるべく追い掛け回し、王は逃げる、そんな遊びが一生続くのだと、意図した宿命、そんな閉ざされた未来の予感があった。
だが。
―――牙の教徒を討つ
今となっては、周子は求心力であり、
―――周子が絡むとどうにも今までに無い展開に転がってばかりで
ひずみの源だった。
吸い込まれるようにその小柄な身体に覆い被さり、肌をさぐる、いっそ服を剥ぐ。
小生意気なほど、よく出来た、若い女の身体だった、望んで得られる肢体ではない、生まれながらの、まさに天与の祝福がその肢体に宿っているとしか思えない類のものだ。身を横たえてなおまろい曲線を描く胸の豊かさは、組み敷いた男にしてみれば存分に魅力的だった。
―――あんなに気が強いのに、バカなものだな。
こうも安心しきって無邪気に酔いつぶれ、私に身体を預けてしまって大丈夫だと思っているのか?
王は、あれだけ文句を言っておきながら、結局は自分に預けて外に出て行った、惚れたという女を私に預けて大丈夫だと、よもや本気でそう思っているのか?
つくづく、愚かなものだな、と思う。
日頃のあまりの女っ気が無さに、きっと二人とも私を男とは思っていないのだろう。
いや、私自身、こうした性欲とは無縁だと思っていたな。
―――まあ、王にしろ周子にしろ、自分の甘さは自分で代償を支払うべきだ。
過ぎた酒の所為か薬の所為か、少し血の気が引いているのだろう、ひんやりとして、白くて滑らかな肌は、不思議とカズマの肌の熱をよく吸った。
心地よかった、しっとりとよく馴染んだ、肌と肌との境が曖昧に失せ行くのを感じるほどよく馴染んだ。
そして、死んだように深く眠っているくせに、その身体は、触れれば確かに反応した。
「ふっ……んぅ……」
時折声を洩らす女の吐息のなんと甘いことか。
―――悪くない、どころか
未だ知らぬ肌だった。
組み敷いているのが何であろうとかまわなかった、女を抱くのは久しぶりで、その芯の蕩けるような熱い感覚をむしろ性急に求めた。
足の間に指を這わせ、撫で上げ、指先を埋めた。たちまち周子が不快そうに肩を強張らせ、息を詰めるようにして唇を引いたのを見て。
内股を擦り合わせるように拒んで閉じようと動いた足をそっと押さえ、やがて彼女が濡れてくるのを指先で誘った。堪えるように身を捩り、立てて閉じようとしたその膝の、その困惑を押し切り腰で押し割るともはややすやすと膝は開いた。
容易かった。
「はっ……」
己の湿気った吐息を久々に聞いた、と思った。
まったりと絡みつくようなめくるめく感覚、その裡のなんと柔らかく、なんと温かくいやらしく動くことか。息苦しいほどに、なんと心地の良いことか。
腰を揺さぶられ突き上げられ、眠りながらも微かに熱を帯びてくるその吐息、時折上げる、甘くすすり泣くようなその声の、なんと切なく情けないことか。
あるいはそれは己の吐息か、とカズマは存外に熱い息を吐いている己を知って。
女とは、これほどに良いものだったかな、と首を捻った。
女を抱いたのが、久しぶりに抱いたそれが、抱いてこれほどに具合の良い女であることが、なんとも良かった、いや、波打つ黒髪、艶やかにきらめく黒髪、こんな美しい黒髪を、他に見たことが無い、こんなものを持っているのは己の知る限り此の世に一人しかいない、今強く組み敷いて、腹の下にあるのがまさに周子だということを、改めて思って、そう思い至るなりカズマは殊更に興奮した。
―――これがあの、周子か?
ほのかに上気したその肌のなんと美しいことか、伏せた睫毛のなんと黒く豊かで長いことか、寄せられた眉のなんと秀麗なことか、シーツの上に散った黒髪のなんとしなやかなことか。困惑したようにシーツの上を擦ったその手を取れば、大人しく背に回して縋ってくる、その腕の、なんと頼りなく愛しげなことか。
狂おしいものが、こみ上げてきた。
「周子、」
思わず名を呼んだ、たまらず肩口に歯を立てた。
声を漏らした。きつく噛んだ。
微かに鉄の味がした。
己の内に、噛む性癖というものを初めて、そしてはっきりと知った。かまわない、とカズマは思った、もっとずっと強く噛んでも構わないとさえ、思った。逃がさぬようきつく押さえつけ、その肢体を口の中に噛み入れるのは当然だと思った。発情した獣のようにしっかりとその左肩に噛み付いてカズマは情欲のままに強く揺すった。
「―――っ」
眩暈がするような切なさがこみ上げ、腰骨が吸い取られ目の前が真っ白になる、背骨が甘く溶け、それが肉に染み込み、全身に広がってゆく余韻が、たまらなく心地よかった、浅く吐息を吐いて、汗で湿気った額をその肩口の噛み痕に擦り付け……
「ぃ、たっ」
涙まじりの小さな悲鳴が上がった。すまない、とつい言葉を返したカズマは、その己のひどく掠れた熱っぽい声色に驚いた。快楽の焦点がふいに絞られるようにして正気に返り、腹の下に組み敷いた女を見た。
唐突な拒絶の悲鳴、一瞬本能的に予期した周子の怒り狂う黒い瞳、だが、そこにあるのは意識の失せた女の身体だった。
噛んだ痛みに応えたのは、周子ではない。
周子の、あの、射殺すような、勝気で鋭い眼差しは何処にも無かった。
「周子?」
唐突に現実に引き戻されたカズマの腹の下で、周子が肩を庇うように身を捩ろうとして。
カズマはハッと息をのんだ。
目に入った。
カズマの整った歯列を刻んでうっすらと血の滲んだ肩、そして。
周子の、その左腕、その、傷。
荒々しく引き裂かれた肉、抉られたように真新しい皮膚が一段低く窪んで……文様にも似た、その傷、その名。
左腕の傷痕、それは、不可侵で、意味ありげだった。挑発的だった。
途端、心臓が激しくこめかみの中で音を立て、息が苦しくなった。
―――何をバカみたいに寝こけているのだ、周子
肚がたった。
―――誰に抱かれたと思っているのか
なぜこの女が私の求めにこうもやすやすと身体を開くのか、それとも、いい夢でも見ているつもりか、周子がその肌に納得できる誰かの夢でも……ロレンスか、はたまた、王か? そう思えばこそ、一層周子の無力さが情けなく、奇妙な怒りが肚を焼いた。
タトゥーの呪とは、あの周子が拒めぬほどに、それほどにきついものなのか。はたしてそれは本当に拒めなかったのか、この女は快楽に従順でこれほどにこなれた、良い女の身体をしているではないか、本当は違うんじゃないのか。本当は……
―――現に私をこれほどに楽しませたではないか。
これほどに無力で、これほどに無邪気で無防備で、そして、従順で。
寝込みを襲われそのまま男を通してしまうものなのか、王に赦したのは、それはタトゥーの主だからか、いや、そもそもなぜそんな無防備な寝姿を王の前に晒したのか。
本当は……彼女は、彼を通すのを望んだのではないか。
―――ばかばかしい。何の嫉妬だ、
念入りに睡眠薬を仕込んで犯した、抵抗のすべどころか、意識さえ眠りの向こうに手放した周子を勝手に犯して、挙句それが、彼女の方こそが抱かれるのが好きなんじゃないかと詰る、なんと奇妙で捩れた、無体で傲慢な、理解し難い怒りを自分は腹に据えかねているのだろうか、と思って。
わかっている、わかっていた、これは周子なのだ。
組み敷いたのが、抱いたのが、周子だということが。
周子だということが、そのことがたまらなく良かったのだと今更知って。
ぞっとした。
―――今すぐに身を剥がし、何事も無かったかのように、取り繕って。
だが、カズマは周子の身体を放せなかった。
いや、こんな無体なことをするより前から、愛しかったのだ、その感情が何であるのか、正体を見抜く前に欲動で押し切った、いや見抜くつもりもなかった、いまさら女ごときに心揺れることなぞないと、本気でそう思っていたのだ。
無用心すぎるのはバカなものだと、男を甘く見るなと、ちょっと痛い目にあわせてやる、ただそれだけのつもりだった。周子のこのザマは既に十分な過失であり、償って然るべき落ち度である、痛い目、といっても、酔った勢いのただの大人の冗談、よくある話だ。うっかりバカをみた、ただそれだけの話だ。
―――いつまでも、夜の悪戯がマジックペンで済むとは思うな、周子。
あなたは既に男を知っているのだ、既に存分に女なのだ、その危険を肌に知るべきだ。修三がいない今、誰も護ってなぞくれぬのだ。
今、目醒めれば。
今、気が付けば、正気に返れば、それこそ彼女は怒り狂うだろう。薬を仕込んで無理に身体を犯したのだ、合意なんて微塵も無く、むしろこれは犯罪だ、タトゥーの所為ですらない。気位の高い女だ、泣いたり詰ったりはしないだろう、知ったその瞬間、本気で殺しにかかるだろう、それを、ぎゅっとねじ伏せるのは、さぞ面白いだろう、賢い周子を、悪いのは馬鹿はお前だと、ぐうの音も出ぬほどに言い負かすのは、さぞ、気分が良いだろう。
だが。
だがそれも、意識があってのことだ。
そう、この腕の中で、正気に返った彼女を一目、見たかった。
「周子」
名を呼んだ。応えは無い。
「周子」
どれほどに呼んでも。応えは無い。
「周子……」
頬を抓った。ぱちん、と打ってみる。
周子の寝顔は嫌そうに眉根を寄せた。
横に背けた頬を据えなおし、いま少し大きく振りかぶって、今度は勢い良く叩いた。
際立っていい音がした。
平手の強さに赤く染まった頬を見下ろし、カズマはしばし呆然と、それから苦笑した。
身勝手に犯した挙句に頬を打つなど、一体私は何をやっているのか、と。
―――目を開けろ、私を見ろ、私を張り倒せ。
そうすれば自分は赦しを乞うだろう、そして、愛を乞うだろう、抱いてたった今知った狂おしいほどのこの感情をストレートに吐露するだろう。すべての虚飾を払って。
詫びて、乞うだろう。
いま、意識があれば。
―――なぜ、その意識を奪ってしまったのだろう。
しばらく見詰めていたが、深く沈みこんだ意識に戻る気配は無く。
寝返りを打った周子のその身体をもう一度引き寄せて、再び組み敷いて。
周子は良かった。
肌に触れれば、彼女の内に深く眠った何かをそっと揺り起こすかのような、なんともいえぬ恍惚とした感じだった。それは何か、見たことの無い触れたことの無い、なにか愛らしくて柔らかな小動物のようで、返して寄越すその微かな応えが、たまらなく良くて、触れた感覚がとにかく良くて、触れれば触れるほど、ますます離れ難くなる、そんな気がした。
だが。
女の身体はあるのに、周子の魂は微塵も無かった。
それでも触れれば反応する周子の、上出来なその女の体がいとしくて、憎くて、愛しくて。情けなくて。
言葉にならぬやるせなさに身を焼いて。
ただとにかくカズマは身体を傾けた。
周子の眠りはどこまでも深い。
絶望的な深さだった。
そう仕向けた自分の内なる闇の深さが、つくづく身に沁みた。
女を望む場合ではない、サーデュラスを討ち牙の教徒を潰す、己の半生を費やした過ちを自分のこの手で精算し、本来あるべき王をあるべきところへ戻す、彼のまさに黄金のような輝かんばかりの魂、まっすぐで強い、まさに王たる器の魂、おさまるべき場所がありながらそれを拒み彷徨う王、そう仕向けているのはまさに自分であり、その責を負うべきも自分以外に無い。
その途上で、好いた女と情を交わす、そんな僥倖が訪れるべくもない。
―――まして
ましてこの女は。
今宵、王がこの女に手をつけた事を知って、一体どれほどの激情にかられたことか。
夜が白々と明け初める頃、カズマはようやく体を離すとベッドを下り、デスクからマジックペンを取り上げた。
―――ま、マジックペンでヒゲを書かれたりとかね?
周子の言葉をちらと脳裏に思い浮かべ。
―――す、スナック菓子を鼻の穴に詰めるとかね?
それでは全く子供同士の悪戯だろう、なんとまあ子供のような幼いことを言うのだろうな、とカズマはくつくつと笑った。
蓮っ葉な、だがその実、恋情や性的なものにはひどく疎い、初心な女。
マジックペンなどと、まるで子供のようなことを言い出すのがなんとも良くて。
良くて。
良くて。
それ以上の言葉を見つけるのは難しかった。
周子についてどんな言葉も、他に当てはまる気がしなかった。
彼女のその、欠陥の明らかなその魂、彼女の持つすべての美点をつぎ込んでもなお相殺に至らぬ程の致命的な欠陥を分かっていても、それでも、なお、良くて。
意識の無い周子は完璧な女の身体だった、無力で。従順で。受身で。男の情欲に任せ力なく息を乱して。上出来な、小生意気なほどによく出来た美しい肢体、肌のよさ、内のいやらしさ。組み敷いた男の情欲を吸い付けるようなその様相は、どれほどこなれた女にもないまさに天性の、女の身体の良さ、そのものだった。
それを思えば、周子の魂は致命的な欠陥パーツであり、しかし、それは決して欠かすことの出来ぬ、彼女の耀きそのものだ。
意識が無いのなら、何だって同じだ、と思った、その矛盾をじっくりと噛み締めて。
だが、今、その心が欲しいと心底渇望した。
こんな手段ではなく。
周子が欲しいのなら、そして自分が周子が諾と言う唯一の男ロレンスで無いのならば、もはやその手段はひとつしかない。
周子を屈従させるあの、傷。
それ以外に、あの周子が男に身体を赦すはずが無く。
そして、その残されたたったひとつの方法、隷属のタトゥー、絶対服従の主の名は私の名ではないのだ。
手繰ろうとした恋慕の糸のその先が、バッツリと、この上なくはっきりとした切り口で断ち切れているのを知って。
―――こうまで見事だと笑うしかないな
抱いていい具合だと思ったことはあっても、これほど直接的な強い性欲を覚えたことは無かった、長らく女を断っていたからだ、と言うだけでは到底説明のつかぬ深い情欲をこの身に知って。
いったい今更どうしたものか、とカズマは絶望した。
キュッ、とキャップを外すと、なんて書こうか首をひねり、カズマはくすりと笑った。
鼻の下から左右の頬にかけて、くるり、とヒゲを描いた。
―――今更、恋に狂う自分であるわけでなし。
今宵は、ただの深夜の悪戯。己の顔に珍妙なヒゲを見た時の、周子の怒った顔が目に浮かんで、カズマは浅く笑った。
分かりやすいフェイクを仕掛けて、その珍妙なヒゲ面に長いキスをひとつ。
[tog]64:フェイク
Created: 2006-07-10 Modified: 2007-12-08
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- 2006-07-10 03:26
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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