コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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一仕事終えて、軽く伸びをしたカズマは窓を開けた。涼しく爽やかな夏の早朝の風と共に中庭から楽しそうな明るい声が聞こえてくるのを耳にして、目を細めた。
「ほほほんとに大丈夫ですか〜」
「ほら、ぐずぐず言わない! 動くな。男になるんでしょ!」
気弱な子供の声と、強気な周子の声、中庭に出て歩み寄って見れば、ケープを巻いたコンジョナシを椅子に座らせ、周子がその髪を切ってやっているところのようで。
周子がコンジョナシの頭をぐい、と正面に向け、襟足にハサミを入れようとする所へ、カズマは声を掛けた。
「なにをなさっているのです?」
「うお!」
周子がビクリと肩を揺すり、その拍子にハサミが高く鳴った。
くるりと振り返る。
「かかかかか、カズマ様の所為だ」
「とんだ言い掛かりです」
肩のあたりまである褐色のくりくりとした女の子らしい巻き毛がひと房、ばっつん、と後頭部の変な位置で思いっきり短く切り落とされてしまったのを見て、カズマは憮然とそう言い返した。
「ううう、後ろから急に声掛けないでよ、びびるじゃん。前にさ、コンジョナシが髪切りたいって言ってたでしょ。男の子っぽく、きりっとカッコよくしてあげるところなんだから」
「しかし、どう見ても、切ってもらいたがっている様子には見えませんけれど」
周子の退屈しのぎに捕まったのだろう、とカズマは思って。
暇つぶしに丸刈りにされるとは憐れだな、と呟くと、コンジョナシがええーっ! と悲鳴を上げた。
「丸刈り!? 何が、いったい何が起こったんですか?」
「何も! なにもなんでもないよっ」
腰を浮かせかけたコンジョナシの肩をぐぐっと押さえつけて、すかさず周子がそう叫んだ。
「大丈夫だって、私、父さんの髪の毛切ってあげてたし」
「ほう、どんな風に?」
「け、毛先をこう、ちょこちょこと」
「ちょこちょこ、ね……」
ふむ、とカズマは唸った。修三の無表情な顔を思い出す。まぁ、あの男なら、きっと丸刈りにされても表情一つ変えないだろう。
「修三は長い真っ直ぐな黒髪でしたね……毛先をそろえるだけなら、このようなカットの仕方とは手法が違うわけだ、あなた、コンジョナシを短髪にカットするおつもりなのでしょう? 技術的に無理があるのではないですか」
「う」
周子はたちまち口の端を下げた。やはり先程の一断は、内心やばいと思ったらしい。
そんな周子の素直な表情を見て取って。
「いや、まだリカバーできますよ」
カズマは一度微笑むと、ハサミを持った周子の手を上からきゅっと握った。
ちょっと驚いたように見上げてくる周子、カズマも一拍遅れてからそれに気づいた。
「……ハサミから手を」
「あ、ああごめん」
周子は握りしめられた形になった自分の手を、カズマの手の中から慌てて抜くと、ハサミを預けた。
カズマは櫛で丁寧にコンジョナシの褐色の巻き毛を梳く。周子はその神経質そうな長い指先を見詰めて。
「ねえ、どうしてカズマ様もギャランも、父さんのことを知ってるの? あの肖像画はなんでこの国にあったの?」
カズマはちら、と周子を見、冷たい表情をした。
「……初代ガーナ王クレリック・リザートの遺品といわれています。生前、クレリック・リザートは黒目黒髪を世界中躍起となって探していたようです。そのために世界を統べたといっても過言ではない」
「父さんの絵ってことは、クルは父さんを探してたの?」
「さあ。いや、やはり、あなただと思いますよ、あなたに……なんというか、油断というか、信頼させるため? もしくは攻撃させるため? あなたは、自分の絵がそれこそ指名手配状態で世界中にまかれていたら、逃げるでしょう、隠れるでしょう?」
うん、たぶん、と周子は頷く。
「だがそれが、修三の絵ならば、あなたは逃げるどころか、その情報源にアタックするでしょう。それを待っていたのだと思いますよ。やはり失せたあなたを探していたのだと思います」
修三を使えば周子は確実に姿を現わす、それが囮であろうとなんであろうと、周子は黙ってはいられないのだ、そのあたり、周子をおびき出す手法はクレリック・リザートも牙の教徒もさほど変わらない、いずれにせよ周子の性質を良く知っているのだろう、とカズマは思う。
「クルが?」
あの男が私を探していたのか? と周子は首を捻った。日頃バカなことばかり言っていたエロ親父だが、確かにあの男は強い。百戦錬磨の傭兵クレリック・リザートが本気になればそれこそ地が揺らぐほどの怒涛の勢いだろう、その勢いで世界中をくまなく自分を探したというのだろうか? その理由はなんだ?
「本気で私を愛人にするつもりだったのかしら」
「は?」
違う、きっともっとずっと物騒な理由でだ、と周子は自分の頭を振った。
―――そういえば、あのヘンなトリが何か言ってやしなかったか?
「クレリック・リザートは晩年ミアムの残党に討たれた、と。おそらく今の牙の教徒の核になる者だったろう、召喚中でたまたま他国にいたなど、生き残りはやはりいたのでしょうし」
あれから私、本気で資料を調べましたよ、あなたにはずいぶんバカにされましたからね、とカズマは真顔で言う。
「私の、従兄弟に当たる男が、博識の男でね。彼は今は落籍していますが、もともとは王宮での宝物管理の責にも任ぜられていた、芸術に才のある男でしてね、かなり扱いにくい性質なのですが、まあ、それなりの情報を握っている男ではあるのです」
扱いにくい性質、と言ってカズマは憂いを含んだ、陰のある表情をした。
「ははあ。お金を沢山積んだ、とか?」
「おや、私が心配する物事の範疇は金銭だけだとでも?」
と、カズマは苦笑して。
「彼はねぇ……」
そう言いかけて、だが、カズマはそれきり口をつぐんだ。
―――もっと先も聞きたいのに
この男が語らないのは、己の胸の内に関わることばかりだ。
カズマという男は、微に入り細に入り、物事の根回しや策略を立てるのが好きだが、己自身の情動についてはまるで表に出そうとしない。
―――もっと望めば、
この男の話を聞くことが出来るのか、と周子は探りかねる。確かにこの間の夜は、味方だ、と言って腹を割って話をした感触は、ある。だが、何についてどう求めたらいいのか、その具合の程がよく分からない。
カズマはコンジョナシの髪を鳴らしていたハサミを止めてちょっと首を傾げ周子を見ると、その前髪をほんの一つまみ摘んで、指の腹で擦るようにしてハラハラと落とした。
そして、目を細める。
「大変珍しい、黒髪です。実に特徴的だ。クレリック・リザートにしろ、牙の教徒にしろ、この五百年、あなたはずっと捜索の対象であったのだ、あの肖像画があったからこそ、ギャラン様もあなたを見てピンと何処か響いたのでしょう、あの方の第六感は信頼に足るものです。そしてあなたは保護された、この国で、最も権力のある人間の下にね」
その絵の所為で私はあのバカに名前を言い当てられたんだけどね、と周子は不本意そうに眉根を寄せた。
「あのバカの下が一番だとは思えない」
「おや、この私が後見についているのですよ、安全だし、暮し向きに不都合の欠片もないはずです」
「恩着せがましい」
キッパリと首を横に振る周子にカズマは口の端を下げた。
そうだ、周子は決して今のような囲われた状態に満足していない、ギャランへの文句も自分への文句も、ひとたび周子が口を開けばそれはものすごい勢いだ、カズマとてそれはわかっている。
カズマは、また文句を並べ立てられそうなその厄介な予感に、話を打ち切るべく、再びコンジョナシの髪にハサミを入れたのだが。
「ここでの暮らしそのものは悪くはないわ」
予想外の周子の言葉にちょっと手を止めた。
「コンジョナシとはすっかり気が合っちゃってね」
少し照れたような、穏やかな表情で笑う周子を見下ろして。
コンジョナシを預けて正解だったかな、とカズマは微笑んだ。
味方だと再三告げているにもかかわらず、周子は王にしろ、自分にしろ、己に関わろうとする他人を拒む。その周子が、なぜこうもあっさりとその懐にコンジョナシを入れるのか。彼女の持つ心の壁のようなものの、一体どこにそんな穴があるのか、それを探りかねてカズマは困惑する。
カズマには、どうにもそれが見つからないのだ。
カズマはしばし周子を見つめ、視線を逸らした。
それから気を取り直すように、おもむろにコンジョナシの襟足にハサミを入れる。ぱつん、とはっきりした音がしてまた大きな束で髪が落ちた。
「……ふむ。しかし、案外難しいものだな」
カズマは軽く唸ってメガネのブリッジを押し上げた。
うえええっ!? とコンジョナシがうめく。
「わ、若様? 僕、ぐぐっと心配になってきました……」
「ほら、男の子ならもっと堂々と! あんたが男の子らしくなりたいって言ってたんじゃないの! 責任取れ」
「せ、責任って! 僕が、僕がですかっ? 何でいきなり!?」
「男とは責任を背負うものです、コンジョナシも一人前の男になるのでしょう」
「若様、な、なんか、でもそれってなんか違いませんか〜」
背後から、カズマのハサミをそっと押さえる手があった。
「ぱ、パパっ」
「……父上と呼びなさい」
エンギワルーはコンジョナシを短く窘めた後、カズマの手からハサミを取り上げて。
「若、私がやりましょう」
周子が飛び上がった。
「うわっ! ダメだよエンギワルー! 丸刈りはダメ丸刈りは! 親子だからって何もお揃いにすること無いよ」
「……しませんて」
仏頂面でエンギワルーが答える。
そして実に器用にハサミを鳴らすと、エンギワルーは手馴れた手つきでサッパリと小綺麗にコンジョナシの髪の毛を刈り込んだ。
「ほう、愛らしいな」
思わずカズマがメガネの奥の瞳を細めて微笑んだが、
「にっこりしてるよ! エンギワルーが」
エンギワルーを仰ぎ見るなり短い悲鳴を上げた周子に、不意に強い力で腕を引かれしがみつかれ、カズマは大きくよろけた。
「………………周っ」
硬直したカズマに、エンギワルーはコンジョナシのケープを外して払いながら、キッパリと言った。
「若、お約束の時間どおり、アシュー殿がお見えになられたようでございます」
「……うむ」
カズマはぞんざいに周子の腕を払ってその身体を引き剥がすと、建屋の中に戻っていく。
「周子、これをちゃんと片付けておくように」
私も行かねばならぬ、と言ってエンギワルーは有無を言わさずケープを周子に押し付けると、玄関の方へ出迎えに、庭を出て行った。
エンギワルーはあまり周子を特別扱いしない。この男の、下手に客人扱いしないところが、周子には気安くて良かった。なんだかんだ文句を言ってみても結局カズマの所で厄介になっているのは、この仏頂面の侍従長、エンギワルーの極めて絶妙な世話焼き加減の所為かもしれない、と改めて思って。
「周子様、大丈夫です僕がやりますから」
見れば、いつの間にやらコンジョナシが箒とちりとりとを両手に持って、足下に散った褐色の髪を既に片付け始めている。
先ほどのほんの少しの間に一体どこから持ってきたのか。
エンギワルーは息子を甘やかしている、と自分で言っていたものだったが、だがこのあたりの手早さは実にしっかりしていて、躾と教育のよく行き届いた感じだな、と周子はつくづく感心して。
「コンジョナシをうちの子にもらっちゃおっかな!」
そう言うと、コンジョナシはなんとも嬉しそうな笑顔を見せた。
―――でもエンギワルーがすっごい反対するだろうなー。息子を殺す気かとか言い出しそうだなぁ。
「髪、似合ってるじゃん」
「ありがとうございますっ!」
こざっぱりと、可愛らしい男の子姿になったコンジョナシを誉めると、弾んだ声で、文字通り弾むように抱きついてきて。
予想以上のストレートな好感の表し方に、周子も笑った。腰の辺りにタックルされたコンジョナシのその確かな重みを実感しながら、
―――あの仏頂面がパパ、なんて呼ばれてるのを見るとなんだか痒いわね
「やだ、パパがやってくれたんじゃないの、パパ、パパに御礼言いなさいよ! ……で、なにそのリュック、なんだかずいぶん楽しそうね」
地面に置かれたリュックを指差す。
そう、もとはといえば、リュックを背負って玄関先で楽しそうにしているところを周子が捕まえたのだ。
「ええ、そりゃあもう! 今日は僕、周子様に見せようと思って持って来たんですよ」
コンジョナシは背負っていたリュックを下ろすと、その中身を周子に見せた。
どうやら昨日、子供向けのお菓子を買い込んできたらしい。
エンギワルーと買いに行ったのかな、とその光景を想像して、周子はふるふると小さく首を振って。
周子はその一つを手にとって。
「かわいいおはなのことりちゃん……? なんだこれ?」
鳥の絵のついた箱を取り上げると、コンジョナシが妙なことを言った。
「最近はセリアでは魔法のかかったものが流行っているんだそうですよ! 周子様が面白がるだろうと思って買ってきたんです、周子様、ためしに一つ開けてみていいですよ」
「魔法? まさかあ」
周子がお菓子の箱を開けると、小鳥が飛んでいった。
「……あ」
空中でぽん! と小鳥がはじけてピンクの花びらが数枚、はらはらと散った。
周子はほう、と肩で息をつく。
「……良かった、血まみれの肉塊が降ってきたらいっそどうしようかと」
「周子様は怖いこと仰る」
おっきな蜘蛛には追っかけられてたし……と心配そうに見つめてくる褐色の瞳に周子はごめんと短く謝って。
「……へぇ、魔石の小さいやつが組み込まれてるのね、ちょっとした幻覚を見せるやつ、もともとお花の花びらなのが鳥に見えるんだわ……しっかし、魔石って出回っているの? こんなお菓子の仕掛けにするほど? まあ、こんな小さな欠片、ほんの屑ではあるけれど。ったくこんなおもちゃ、いったい誰が始めたのかしら、この時代の人間は器用だな」
もう一つお菓子の包みを手にとって。これはどうかなと言いつつ開けようとし……。
「わー! 駄目です! 僕、ひとつって言いましたっ、持っていく前に全部開ける気ですかっ!」
コンジョナシに飛び掛られて、周子は尻餅をついた。すかさず手から取り上げられる。
「むむぅ、なんかこのあたりの手際のよさ容赦のなさはエンギワルーそっくりだな!」
「隣国セリアでは、セリア国王が保有していた魔石窟を民間に払い下げたそうです、もともと魔石窟はセリアもガーナも、国家で保有していたのですが、規制緩和の一環だそうですよ」
「はい?」
「先日若様がお買いになられたそうです、ぽん! と。ええ、いくつか」
買った? と周子は眉根を寄せた。
「なにそのハナシ、魔石窟? 全然聞いてないよ? そんなもんがあるの?」
そういえば、魔石はいつもベースが支給していた、だがこれらを何処から手に入れるのかだなんて全然考えたことも見なかった。石なのだ、鉱物なのだ、きっとどこかで採掘するだろう、と周子は思って。
「最近こんな仕掛けが流行ってきているので、若様は魔石窟を押さえたそうですよ、大もうけだそうです」
「! 儲けてんのッ!?」
そうだ、この子はエンギワルーと一緒にいるのだ、グランツ家の若様の悪巧みを、折々に耳にしているに違いないのだ。
「セリアは規制が緩いのだそうです」
「セリア、ねぇ……エンギワルーはセリアの出身だって聞いたけど」
「ええ、父上は時々若様のお供でセリアに出向いています。若様は国柄に関係なく、世界中でさまざまな経済活動をなさってますから」
父上がセリアの土地に詳しいのも、若様のお仕事には何かと都合が良いのでしょう、とコンジョナシは言う。
「経済活動……はは、聞こえだけはいいね、要は金儲け命か、あんのカネスキーが!」
空き箱の片隅に、申し訳程度の小さなラムネ菓子が一つ、入っている。おまけがメインの、子供向けのお菓子だ。包みを破ってそれをコンジョナシの口に突っ込んで。
「で? あんたはこんな沢山おやつを用意して、どうしたの? 持ってくって、ははぁ遠足か何かあんの?」
「若様にお供するんだ!」
コンジョナシが表情を一層明るしくしてはつらつと応える。
「へーえ。カズマ様とセリアに行くの?」
「いいえ、アラカンサスモートです」
「……? どこそれ」
知らぬ地名だ。まあ、どだい、地理そのものに疎いのだから仕方ないが、馬車で王宮から一日半、と聞けば、ちょっとした旅行ではないか!
―――聞いていない。それこそカズマの計算どおりか。
「あんのメガネ、私を置いてく気だな」
「コン、若様のご予定を軽々しく漏らすでない」
気配も無くエンギワルーが茂みの向こうから姿を現して。
「あんたはいつもどっからにょっこりもっこり沸いて出てくんのよ!」
「アシュー殿がお立ちだ」
「早っ! そんなすぐ済む用なら来る必要ないじゃん」
こら、短くとも大事な御用がおありなのだ、口に気をつけろ、とエンギワルーがすぐに周子を窘めた。
「その見送りに出てきたのだが、まだこんなところで遊んでいたのか」
片付けはちゃんと済んでいるようだが、とエンギワルーは素早く周囲をチェックした後、コンジョナシを見下ろし、若様は周子を置いていくおつもりなのだから、と念を押した。
残念そうにコンジョナシが唸る。
「なぜ? いいでしょう? 周子様は若様の大切なお方なのでしょう?」
「そぉよ、私は大切なお方よ」
「都合の良いところだけ調子を合わせるな、周子」
腰に手を当てふんぞり返った周子の額を裏拳で小突いて。エンギワルーは膝を折るとコンジョナシと目線を同じ高さにした。
「コン、遊びに行くわけではないのだぞ、お前の教育のために無理を言ってご一緒させていただくのだ、社会見学、勉強のためだぞ」
声は厳しいが、目元は緩んでいる。かわいい息子を公然と旅に連れ歩ける嬉しさは隠し切れないようだ。
コンジョナシの頭をぽんぽんとなでているのを見て。
ほらやっぱし旅行なんじゃない、と周子は口を尖らせる。
「大人しくしてるから、って言っても、ダメ?」
「……であろうな。そもそも、あなたが、大人しく、など非現実的。恨むのなら日頃の己の所業とその性質を恨むのだな。まぁせめて土産は買ってきてあげますよ」
「カズマ様に頼んでよ、エンギワルーからさ?」
「人の話を聞け、周子」
くわっ、と目を見開いて厳しい声を出したエンギワルーと周子との間に、コンジョナシが仲裁に入った。
「いくら後学のためとはいえ、父上は若様とご一緒でお忙しい。僕は子供一人では正直淋しいしつまらない、ではむしろ、僕はお屋敷で周子様と御一緒にお留守番をしたいです」
「いや、それは……」
エンギワルーは、周子をじろりとひと睨みして。ずいぶんとなついたものだな、としかめっ面をしてうめいた。
コンジョナシが意を決するように、息を吸って、その小さな胸を一度大きく上下させた。
「父上、この際はっきりと申し上げますが」
意外なコンジョナシのその素振り、その言葉の切り出し方にエンギワルーは目を丸くして。
どうやら、過日周子の面前で女の子の成りをするのがイヤだとはっきりその口で言ってから、言うべきことははっきり言うべきだと学習したらしい、と、ここしばらくのコンジョナシの様子を見てエンギワルーは感心していたのだが。日を追うごとに意思表示がハッキリしてきたような気がする。
「周子様を僕の母上にしていただきたい」
エンギワルーが飛び上がった。
「周子!」
「えっ? 私? 何?」
年端も行かぬ子供にいったい何の入れ知恵をした! とエンギワルーが頭ごなしに周子を怒鳴りつけた。
「ちょ、ちょっと待った、私何にも言ってないよ? え? 何、母親?」
「父上、以前約束したじゃないか、もし僕が気に入った女性がいたら、必ずその人と再婚してくれるって。たとえ人妻でも必ず仕留めてみせるって」
「人妻でも必ず仕留めてみせるッ!?」
周子がのけぞった。
「エンギワルーあんた五歳児相手になんてこと約束してんのよ、大問題じゃん! 自分の発言の方がよっぽど十分不適切なんじゃないの」
力いっぱいその背中を周子にどつかれてエンギワルーは一歩前へよろけた。
「コン……」
「僕は周子様が好きだ、周子様とずっと一緒にいたいんだ、だから母親になってもらいたい」
「いや、ま……」
「父上が再婚する唯一の条件は、僕が気に入る女の人、ただそれだけだって言ったじゃないか、僕は絶対に周子様がいい」
「と、年も全然離れ……」
無理だ無理だ、とエンギワルーはみるみるうちに動揺しだして。
いくらお前の頼みでもそれは無理だ、だめだだめだ、と繰り返した。
「子供相手に嘘をつく気か父上!」
僕が気に入った人と再婚して、僕に兄弟を作ってくれるって言ったじゃないか、あれは嘘か、とコンジョナシは唐突に火がついたような癇癪を起こしてエンギワルーを詰った。
「父上のバカっ! 根性ナシ!」
わあっ、と号泣してコンジョナシは向こうへ駆けて行った。
「……なにか?」
ひく、と頬をひくつかせ、カズマは己の執務デスクの前に立ちはだかった周子を見上げた。
「アラカンサスモートに私も行きたい」
「………………………………」
カズマは再びデスクの上の書類に目を落とすと、何事も無かったかのようにペンを走らせる。よどみの無い、ペンの動き。頭は相当に速い回転をしているのだろう。
「って、ネェ! 無視かいな!」
「王が王宮に戻られて、私は忙しい」
目線も上げずカズマはキッパリと言葉を返した。
表情一つ変えることなく書類を書き上げると、蝋をたらし、封をする。封を終えた頃には、書盆を持ったエンギワルーがいつの間にやらデスクのすぐ隣に控えていて。
―――完璧だ。コンジョナシもいつかはああいう風になるのだろうか。
エンギワルーも先程の動揺なぞまるで無かったかのようないつもの仏頂面で。
カズマは新しい紙を取り出すと再びペンを走らせる。
周子はおもむろにそこへ手を伸ばすと、そのペン尻を掴んでピッ、と引いた。
紙が攣れる音がして、カズマのこめかみ辺りに青筋が浮いた。
「邪魔をするな、子供かあなたは。ギャラン様が王宮に戻られているのです、そのフォローで私は大忙しです、宮中はしっちゃかめっちゃかです!」
ふん、と周子は鼻を鳴らす。
「でもあのバカをほっぽっといてあんたは出かけるんでしょう? 片道一日半の優雅な旅行に!」
「旅行? 仕事です。そのためにどれほど今スケジュールをやりくりしているか! 忙しいのだ、邪魔をするな周子」
「スケジュール! はん! 金儲けのね! へーえカズマ様、セリアの魔石窟を買ったんだって?」
ぴた、とカズマは手を止めた。
「誰に聞きました?」
「私、子供が出来ちゃったみたい」
一瞬、メガネの奥の紫の瞳がきゅっと竦んだ。
「…………。バカじゃないのかあなた」
一度硬直したものの、カズマはすぐに馬鹿馬鹿しいといった表情をして。
「ホントだもん。コンジョナシに母親になってくれって言われちゃった」
カズマはエンギワルーを見上げた。エンギワルーが細かく首を横に振るのを見て、ふう、と息をついて。
「あなたそれは素ですか? さてはエンギワルーを口説いたな?」
「口説かれたのよ」
「そんな冗談に他人を巻き込むな。エンギワルーに失礼です」
「うっわーなにその、私はエンギワルーを信用していますって表情。言っときますが、私は何でもやるわよ、もしそれが必要なことならね。私のこの身を自由にしてくれるのなら、一度や二度の結婚ぐらい全然」
「まさに詐欺師の言葉だな。そこまで王を無下にしますか、その向こう気の強さ、何とかしないと、ホントに今に痛い目に遭いますよ」
王の一体何が不満です? とカズマが溜息を吐いた。
「全部」
カズマが一寸机の上の書類を腕で払った。むっとしたようだった。
「王は王宮で、珍しくやる気を出してるんですよ? こう、なにか、ぐっとくるものはないのですか? あなたがあんまりにも冷たくするから、王は泣きながら王宮へ帰ってしまったんですよ、もうかれこれ一ヶ月が経つ」
「あんたに協力したんじゃない」
「まさか」
カズマは軽く眉を吊り上げた。
周子は全く引かない。
「泣いて王宮に戻ったギャランに、国王然としてカッコ良くしてれば周子も惚れるはずだ、って焚き付けて、再びあのバカを玉座に座らせたのは誰? 私、王宮であれを見たとき思いっきりのけぞったよ!」
カズマは、ははは、と脱力するように苦笑した。
「ずいぶん誉めていたではないですか、カッコイイーって」
「あんたが! あんたが無言で微笑んで私を見るから! 殺すぞコラ、みたいな眼差しで、あんなすっごい圧力かけて微笑んでおいてよっく言うね! それに、確かにそうおだてとけば、あのバカ、そうそうコッチに来ることはないだろうと踏んだからよ」
「ここ一ヶ月は王宮に篭りっきりですからね、ギャラン様は」
「ええ、あんたの望みどおりにね! アシューとちょくちょく会って話を詰めてるのも、あのバカを末永く玉座に座らせとくための算段なんでしょ! そんなに座らせときたいんなら接着剤でも何でも使えばいいじゃん、ほんっとバッカみたい!」
「…………。言い過ぎです、周子」
「王宮に突っ込んどきさえすれば、後はアシューが何とか飾り立ててくれる、あんたはあのバカを王様に仕立て上げたいんでしょう、上出来じゃないの」
周子は矢継ぎ早にそうまくし立てると、カズマを見下すように、ふふふん、と不敵に笑った。
「私がなんて言ってあのバカを泣かしたか、教えてあげましょうか」
「結構です、聞きたくない、酷いことに決まっています」
「私、カズマ様が好きだと言ったのよ」
「! あなた私を殺す気ですか!」
がたっ、と椅子から腰を浮かせかけ、が、すぐにあきれたような顔になって、再び馬鹿馬鹿しい、と呟いた。
「だから情知らずと言われるのですよ。王へのあてつけに私を引きずり出すな。周子、私、あなたにはもう何度も口説かれてます、そしてそれのどれもが本気でないと分かってます。王へのあてつけに口説かれるなぞ真っ平です。ちなみに、エンギワルーを口説くのもダメです、あらかじめ言っておきますがね」
カズマのにべも無く冷たいそのあしらい、むしろ慣れている。
「あー、悪かったって。ごめん。だからさ、旅行、連れてってよ!」
ひょこりと頭を下げる周子に、カズマはちょっと沈黙して。
それから首を横に振った。
「…………。そうあっけなく簡単に謝るな。それはそれで気味が悪い」
「くっそ、人が下手に出りゃいい気になりやがって」
「ドコガです、それの! それに、旅行ではありませんよ、仕事です、し・ご・と。公務ではないものの、れっきとした仕事ですから、あなたを連れて行くわけには参りません。さっさと諦め……」
「ちっ。手ごわいな。コンジョナシ、カマン!」
周子の声に応じ、コンジョナシが部屋に入ってくる。珍しくエンギワルーが慌てたようだった。なんてこった、と小声でうめくのが聞こえた位だ。
周子はコンジョナシからお菓子の箱を受けとって。
「カズマ様、このお菓子、魔石の小さな欠片が使われてるでしょう?」
「……ほう。ええ、確かに私はセリアの魔石窟を二つ買いましたよ、だから? 小さな欠片にして独自ルートで捌いてますよ? だから? ええ、かなりの収益をあげていますよ? だから? 金儲けをしてなにか文句でも?」
セリアもガーナも、我がグランツ家からの税収で潤っていると言っても過言ではないのだ、と言いながら、カズマは神経質そうに己の襟元を正した。人に食わせてもらって何か文句があるのか、とでも言いたげな、露骨な表情をして。
何よ偉そうに、と周子はそんなカズマを軽く睨んで。
「ご覧。この二つの石をスイッチみたいに接触させると……ほら、ぱっ、と一瞬、光が出るの、どう、面白いでしょう?」
ちかっ、と瞬いた小さな光に、カズマの瞳孔が興味深げに開いたのを見てとって、周子は目を細めた。
「つーかさ、私、いわゆるこの道のプロでしょうが。除け者にしようなんざ百年早い。何で私に相談しないのよ。がっつり金儲けさせてやるのに」
にこりと周子はカズマの紫の瞳を覗き込んで。
「さあどうする? 私と仲良くする?」
婉然と周子は微笑んで、デスクの上に身を乗り出すと、鼻先が触れんばかりにカズマに迫った。
「いい匂いがするでしょう?」
「匂い?」
「お金の。あんたが大好きな」
うぐぐぐぐぐ、とカズマはうめいた。
そして、たっぷりと長い間うめいた後、とうとう笑って。
笑い出して。
実に満足げな、上等の笑みを浮かべて、たん! と音高にデスクを打った。
「……素晴らしい。あなたにパテントを支払いましょう、増益間違いナシだ!」
「はいオッケ。あっさりオチたよ、このメガネ」
途端に白けた表情で黒髪をばさばさと掻きながら、周子はエンギワルーを振り返った。
「そーゆーことだから。道中よろしく、エンギワルー」
カズマは肩をブルリと震わせた。
「いや、それとこれとは話が別だ、周子」
唐突に正気に返った表情になって、カズマは仏頂面のエンギワルーを見上げ、取り繕うように、二、三回、咳払いをした。
「とにかく却下。あなたが同行するとなると、なにより、この侍従長が苦労しますからね」
はい、旅行の話は御仕舞い、と言って、カズマはデスクの上の汚れた紙を丸めると新しい紙を取り出し、そそくさとペンを取り上げ、仕事を再開する素振りを言外に示した。
「かまいませんよ?」
「え?」
書面に戻した視線を、エンギワルーの声に引き戻されて。
カズマは、デスク脇で控えて立っているエンギワルーをまじまじと見上げた。
「私は、構いません。では、彼女の同行を許可していただけたということで。よしなに」
エンギワルーは低いが張りのある声で独断する。
急な展開に一人取り残されたカズマは、エンギワルーの言葉の意図を測りかね、しばしそのままの姿勢で硬直し……エンギワルーはカズマに決定を覆すひまを与えず、深々と一礼するや、さっさと踵を返し、カズマの前から退出した。
「わあ、待って!」
周子がその後を追い、コンジョナシがその後に続いて走って出て行った。
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「ほほほんとに大丈夫ですか〜」
「ほら、ぐずぐず言わない! 動くな。男になるんでしょ!」
気弱な子供の声と、強気な周子の声、中庭に出て歩み寄って見れば、ケープを巻いたコンジョナシを椅子に座らせ、周子がその髪を切ってやっているところのようで。
周子がコンジョナシの頭をぐい、と正面に向け、襟足にハサミを入れようとする所へ、カズマは声を掛けた。
「なにをなさっているのです?」
「うお!」
周子がビクリと肩を揺すり、その拍子にハサミが高く鳴った。
くるりと振り返る。
「かかかかか、カズマ様の所為だ」
「とんだ言い掛かりです」
肩のあたりまである褐色のくりくりとした女の子らしい巻き毛がひと房、ばっつん、と後頭部の変な位置で思いっきり短く切り落とされてしまったのを見て、カズマは憮然とそう言い返した。
「ううう、後ろから急に声掛けないでよ、びびるじゃん。前にさ、コンジョナシが髪切りたいって言ってたでしょ。男の子っぽく、きりっとカッコよくしてあげるところなんだから」
「しかし、どう見ても、切ってもらいたがっている様子には見えませんけれど」
周子の退屈しのぎに捕まったのだろう、とカズマは思って。
暇つぶしに丸刈りにされるとは憐れだな、と呟くと、コンジョナシがええーっ! と悲鳴を上げた。
「丸刈り!? 何が、いったい何が起こったんですか?」
「何も! なにもなんでもないよっ」
腰を浮かせかけたコンジョナシの肩をぐぐっと押さえつけて、すかさず周子がそう叫んだ。
「大丈夫だって、私、父さんの髪の毛切ってあげてたし」
「ほう、どんな風に?」
「け、毛先をこう、ちょこちょこと」
「ちょこちょこ、ね……」
ふむ、とカズマは唸った。修三の無表情な顔を思い出す。まぁ、あの男なら、きっと丸刈りにされても表情一つ変えないだろう。
「修三は長い真っ直ぐな黒髪でしたね……毛先をそろえるだけなら、このようなカットの仕方とは手法が違うわけだ、あなた、コンジョナシを短髪にカットするおつもりなのでしょう? 技術的に無理があるのではないですか」
「う」
周子はたちまち口の端を下げた。やはり先程の一断は、内心やばいと思ったらしい。
そんな周子の素直な表情を見て取って。
「いや、まだリカバーできますよ」
カズマは一度微笑むと、ハサミを持った周子の手を上からきゅっと握った。
ちょっと驚いたように見上げてくる周子、カズマも一拍遅れてからそれに気づいた。
「……ハサミから手を」
「あ、ああごめん」
周子は握りしめられた形になった自分の手を、カズマの手の中から慌てて抜くと、ハサミを預けた。
カズマは櫛で丁寧にコンジョナシの褐色の巻き毛を梳く。周子はその神経質そうな長い指先を見詰めて。
「ねえ、どうしてカズマ様もギャランも、父さんのことを知ってるの? あの肖像画はなんでこの国にあったの?」
カズマはちら、と周子を見、冷たい表情をした。
「……初代ガーナ王クレリック・リザートの遺品といわれています。生前、クレリック・リザートは黒目黒髪を世界中躍起となって探していたようです。そのために世界を統べたといっても過言ではない」
「父さんの絵ってことは、クルは父さんを探してたの?」
「さあ。いや、やはり、あなただと思いますよ、あなたに……なんというか、油断というか、信頼させるため? もしくは攻撃させるため? あなたは、自分の絵がそれこそ指名手配状態で世界中にまかれていたら、逃げるでしょう、隠れるでしょう?」
うん、たぶん、と周子は頷く。
「だがそれが、修三の絵ならば、あなたは逃げるどころか、その情報源にアタックするでしょう。それを待っていたのだと思いますよ。やはり失せたあなたを探していたのだと思います」
修三を使えば周子は確実に姿を現わす、それが囮であろうとなんであろうと、周子は黙ってはいられないのだ、そのあたり、周子をおびき出す手法はクレリック・リザートも牙の教徒もさほど変わらない、いずれにせよ周子の性質を良く知っているのだろう、とカズマは思う。
「クルが?」
あの男が私を探していたのか? と周子は首を捻った。日頃バカなことばかり言っていたエロ親父だが、確かにあの男は強い。百戦錬磨の傭兵クレリック・リザートが本気になればそれこそ地が揺らぐほどの怒涛の勢いだろう、その勢いで世界中をくまなく自分を探したというのだろうか? その理由はなんだ?
「本気で私を愛人にするつもりだったのかしら」
「は?」
違う、きっともっとずっと物騒な理由でだ、と周子は自分の頭を振った。
―――そういえば、あのヘンなトリが何か言ってやしなかったか?
「クレリック・リザートは晩年ミアムの残党に討たれた、と。おそらく今の牙の教徒の核になる者だったろう、召喚中でたまたま他国にいたなど、生き残りはやはりいたのでしょうし」
あれから私、本気で資料を調べましたよ、あなたにはずいぶんバカにされましたからね、とカズマは真顔で言う。
「私の、従兄弟に当たる男が、博識の男でね。彼は今は落籍していますが、もともとは王宮での宝物管理の責にも任ぜられていた、芸術に才のある男でしてね、かなり扱いにくい性質なのですが、まあ、それなりの情報を握っている男ではあるのです」
扱いにくい性質、と言ってカズマは憂いを含んだ、陰のある表情をした。
「ははあ。お金を沢山積んだ、とか?」
「おや、私が心配する物事の範疇は金銭だけだとでも?」
と、カズマは苦笑して。
「彼はねぇ……」
そう言いかけて、だが、カズマはそれきり口をつぐんだ。
―――もっと先も聞きたいのに
この男が語らないのは、己の胸の内に関わることばかりだ。
カズマという男は、微に入り細に入り、物事の根回しや策略を立てるのが好きだが、己自身の情動についてはまるで表に出そうとしない。
―――もっと望めば、
この男の話を聞くことが出来るのか、と周子は探りかねる。確かにこの間の夜は、味方だ、と言って腹を割って話をした感触は、ある。だが、何についてどう求めたらいいのか、その具合の程がよく分からない。
カズマはコンジョナシの髪を鳴らしていたハサミを止めてちょっと首を傾げ周子を見ると、その前髪をほんの一つまみ摘んで、指の腹で擦るようにしてハラハラと落とした。
そして、目を細める。
「大変珍しい、黒髪です。実に特徴的だ。クレリック・リザートにしろ、牙の教徒にしろ、この五百年、あなたはずっと捜索の対象であったのだ、あの肖像画があったからこそ、ギャラン様もあなたを見てピンと何処か響いたのでしょう、あの方の第六感は信頼に足るものです。そしてあなたは保護された、この国で、最も権力のある人間の下にね」
その絵の所為で私はあのバカに名前を言い当てられたんだけどね、と周子は不本意そうに眉根を寄せた。
「あのバカの下が一番だとは思えない」
「おや、この私が後見についているのですよ、安全だし、暮し向きに不都合の欠片もないはずです」
「恩着せがましい」
キッパリと首を横に振る周子にカズマは口の端を下げた。
そうだ、周子は決して今のような囲われた状態に満足していない、ギャランへの文句も自分への文句も、ひとたび周子が口を開けばそれはものすごい勢いだ、カズマとてそれはわかっている。
カズマは、また文句を並べ立てられそうなその厄介な予感に、話を打ち切るべく、再びコンジョナシの髪にハサミを入れたのだが。
「ここでの暮らしそのものは悪くはないわ」
予想外の周子の言葉にちょっと手を止めた。
「コンジョナシとはすっかり気が合っちゃってね」
少し照れたような、穏やかな表情で笑う周子を見下ろして。
コンジョナシを預けて正解だったかな、とカズマは微笑んだ。
味方だと再三告げているにもかかわらず、周子は王にしろ、自分にしろ、己に関わろうとする他人を拒む。その周子が、なぜこうもあっさりとその懐にコンジョナシを入れるのか。彼女の持つ心の壁のようなものの、一体どこにそんな穴があるのか、それを探りかねてカズマは困惑する。
カズマには、どうにもそれが見つからないのだ。
カズマはしばし周子を見つめ、視線を逸らした。
それから気を取り直すように、おもむろにコンジョナシの襟足にハサミを入れる。ぱつん、とはっきりした音がしてまた大きな束で髪が落ちた。
「……ふむ。しかし、案外難しいものだな」
カズマは軽く唸ってメガネのブリッジを押し上げた。
うえええっ!? とコンジョナシがうめく。
「わ、若様? 僕、ぐぐっと心配になってきました……」
「ほら、男の子ならもっと堂々と! あんたが男の子らしくなりたいって言ってたんじゃないの! 責任取れ」
「せ、責任って! 僕が、僕がですかっ? 何でいきなり!?」
「男とは責任を背負うものです、コンジョナシも一人前の男になるのでしょう」
「若様、な、なんか、でもそれってなんか違いませんか〜」
背後から、カズマのハサミをそっと押さえる手があった。
「ぱ、パパっ」
「……父上と呼びなさい」
エンギワルーはコンジョナシを短く窘めた後、カズマの手からハサミを取り上げて。
「若、私がやりましょう」
周子が飛び上がった。
「うわっ! ダメだよエンギワルー! 丸刈りはダメ丸刈りは! 親子だからって何もお揃いにすること無いよ」
「……しませんて」
仏頂面でエンギワルーが答える。
そして実に器用にハサミを鳴らすと、エンギワルーは手馴れた手つきでサッパリと小綺麗にコンジョナシの髪の毛を刈り込んだ。
「ほう、愛らしいな」
思わずカズマがメガネの奥の瞳を細めて微笑んだが、
「にっこりしてるよ! エンギワルーが」
エンギワルーを仰ぎ見るなり短い悲鳴を上げた周子に、不意に強い力で腕を引かれしがみつかれ、カズマは大きくよろけた。
「………………周っ」
硬直したカズマに、エンギワルーはコンジョナシのケープを外して払いながら、キッパリと言った。
「若、お約束の時間どおり、アシュー殿がお見えになられたようでございます」
「……うむ」
カズマはぞんざいに周子の腕を払ってその身体を引き剥がすと、建屋の中に戻っていく。
「周子、これをちゃんと片付けておくように」
私も行かねばならぬ、と言ってエンギワルーは有無を言わさずケープを周子に押し付けると、玄関の方へ出迎えに、庭を出て行った。
エンギワルーはあまり周子を特別扱いしない。この男の、下手に客人扱いしないところが、周子には気安くて良かった。なんだかんだ文句を言ってみても結局カズマの所で厄介になっているのは、この仏頂面の侍従長、エンギワルーの極めて絶妙な世話焼き加減の所為かもしれない、と改めて思って。
「周子様、大丈夫です僕がやりますから」
見れば、いつの間にやらコンジョナシが箒とちりとりとを両手に持って、足下に散った褐色の髪を既に片付け始めている。
先ほどのほんの少しの間に一体どこから持ってきたのか。
エンギワルーは息子を甘やかしている、と自分で言っていたものだったが、だがこのあたりの手早さは実にしっかりしていて、躾と教育のよく行き届いた感じだな、と周子はつくづく感心して。
「コンジョナシをうちの子にもらっちゃおっかな!」
そう言うと、コンジョナシはなんとも嬉しそうな笑顔を見せた。
―――でもエンギワルーがすっごい反対するだろうなー。息子を殺す気かとか言い出しそうだなぁ。
「髪、似合ってるじゃん」
「ありがとうございますっ!」
こざっぱりと、可愛らしい男の子姿になったコンジョナシを誉めると、弾んだ声で、文字通り弾むように抱きついてきて。
予想以上のストレートな好感の表し方に、周子も笑った。腰の辺りにタックルされたコンジョナシのその確かな重みを実感しながら、
―――あの仏頂面がパパ、なんて呼ばれてるのを見るとなんだか痒いわね
「やだ、パパがやってくれたんじゃないの、パパ、パパに御礼言いなさいよ! ……で、なにそのリュック、なんだかずいぶん楽しそうね」
地面に置かれたリュックを指差す。
そう、もとはといえば、リュックを背負って玄関先で楽しそうにしているところを周子が捕まえたのだ。
「ええ、そりゃあもう! 今日は僕、周子様に見せようと思って持って来たんですよ」
コンジョナシは背負っていたリュックを下ろすと、その中身を周子に見せた。
どうやら昨日、子供向けのお菓子を買い込んできたらしい。
エンギワルーと買いに行ったのかな、とその光景を想像して、周子はふるふると小さく首を振って。
周子はその一つを手にとって。
「かわいいおはなのことりちゃん……? なんだこれ?」
鳥の絵のついた箱を取り上げると、コンジョナシが妙なことを言った。
「最近はセリアでは魔法のかかったものが流行っているんだそうですよ! 周子様が面白がるだろうと思って買ってきたんです、周子様、ためしに一つ開けてみていいですよ」
「魔法? まさかあ」
周子がお菓子の箱を開けると、小鳥が飛んでいった。
「……あ」
空中でぽん! と小鳥がはじけてピンクの花びらが数枚、はらはらと散った。
周子はほう、と肩で息をつく。
「……良かった、血まみれの肉塊が降ってきたらいっそどうしようかと」
「周子様は怖いこと仰る」
おっきな蜘蛛には追っかけられてたし……と心配そうに見つめてくる褐色の瞳に周子はごめんと短く謝って。
「……へぇ、魔石の小さいやつが組み込まれてるのね、ちょっとした幻覚を見せるやつ、もともとお花の花びらなのが鳥に見えるんだわ……しっかし、魔石って出回っているの? こんなお菓子の仕掛けにするほど? まあ、こんな小さな欠片、ほんの屑ではあるけれど。ったくこんなおもちゃ、いったい誰が始めたのかしら、この時代の人間は器用だな」
もう一つお菓子の包みを手にとって。これはどうかなと言いつつ開けようとし……。
「わー! 駄目です! 僕、ひとつって言いましたっ、持っていく前に全部開ける気ですかっ!」
コンジョナシに飛び掛られて、周子は尻餅をついた。すかさず手から取り上げられる。
「むむぅ、なんかこのあたりの手際のよさ容赦のなさはエンギワルーそっくりだな!」
「隣国セリアでは、セリア国王が保有していた魔石窟を民間に払い下げたそうです、もともと魔石窟はセリアもガーナも、国家で保有していたのですが、規制緩和の一環だそうですよ」
「はい?」
「先日若様がお買いになられたそうです、ぽん! と。ええ、いくつか」
買った? と周子は眉根を寄せた。
「なにそのハナシ、魔石窟? 全然聞いてないよ? そんなもんがあるの?」
そういえば、魔石はいつもベースが支給していた、だがこれらを何処から手に入れるのかだなんて全然考えたことも見なかった。石なのだ、鉱物なのだ、きっとどこかで採掘するだろう、と周子は思って。
「最近こんな仕掛けが流行ってきているので、若様は魔石窟を押さえたそうですよ、大もうけだそうです」
「! 儲けてんのッ!?」
そうだ、この子はエンギワルーと一緒にいるのだ、グランツ家の若様の悪巧みを、折々に耳にしているに違いないのだ。
「セリアは規制が緩いのだそうです」
「セリア、ねぇ……エンギワルーはセリアの出身だって聞いたけど」
「ええ、父上は時々若様のお供でセリアに出向いています。若様は国柄に関係なく、世界中でさまざまな経済活動をなさってますから」
父上がセリアの土地に詳しいのも、若様のお仕事には何かと都合が良いのでしょう、とコンジョナシは言う。
「経済活動……はは、聞こえだけはいいね、要は金儲け命か、あんのカネスキーが!」
空き箱の片隅に、申し訳程度の小さなラムネ菓子が一つ、入っている。おまけがメインの、子供向けのお菓子だ。包みを破ってそれをコンジョナシの口に突っ込んで。
「で? あんたはこんな沢山おやつを用意して、どうしたの? 持ってくって、ははぁ遠足か何かあんの?」
「若様にお供するんだ!」
コンジョナシが表情を一層明るしくしてはつらつと応える。
「へーえ。カズマ様とセリアに行くの?」
「いいえ、アラカンサスモートです」
「……? どこそれ」
知らぬ地名だ。まあ、どだい、地理そのものに疎いのだから仕方ないが、馬車で王宮から一日半、と聞けば、ちょっとした旅行ではないか!
―――聞いていない。それこそカズマの計算どおりか。
「あんのメガネ、私を置いてく気だな」
「コン、若様のご予定を軽々しく漏らすでない」
気配も無くエンギワルーが茂みの向こうから姿を現して。
「あんたはいつもどっからにょっこりもっこり沸いて出てくんのよ!」
「アシュー殿がお立ちだ」
「早っ! そんなすぐ済む用なら来る必要ないじゃん」
こら、短くとも大事な御用がおありなのだ、口に気をつけろ、とエンギワルーがすぐに周子を窘めた。
「その見送りに出てきたのだが、まだこんなところで遊んでいたのか」
片付けはちゃんと済んでいるようだが、とエンギワルーは素早く周囲をチェックした後、コンジョナシを見下ろし、若様は周子を置いていくおつもりなのだから、と念を押した。
残念そうにコンジョナシが唸る。
「なぜ? いいでしょう? 周子様は若様の大切なお方なのでしょう?」
「そぉよ、私は大切なお方よ」
「都合の良いところだけ調子を合わせるな、周子」
腰に手を当てふんぞり返った周子の額を裏拳で小突いて。エンギワルーは膝を折るとコンジョナシと目線を同じ高さにした。
「コン、遊びに行くわけではないのだぞ、お前の教育のために無理を言ってご一緒させていただくのだ、社会見学、勉強のためだぞ」
声は厳しいが、目元は緩んでいる。かわいい息子を公然と旅に連れ歩ける嬉しさは隠し切れないようだ。
コンジョナシの頭をぽんぽんとなでているのを見て。
ほらやっぱし旅行なんじゃない、と周子は口を尖らせる。
「大人しくしてるから、って言っても、ダメ?」
「……であろうな。そもそも、あなたが、大人しく、など非現実的。恨むのなら日頃の己の所業とその性質を恨むのだな。まぁせめて土産は買ってきてあげますよ」
「カズマ様に頼んでよ、エンギワルーからさ?」
「人の話を聞け、周子」
くわっ、と目を見開いて厳しい声を出したエンギワルーと周子との間に、コンジョナシが仲裁に入った。
「いくら後学のためとはいえ、父上は若様とご一緒でお忙しい。僕は子供一人では正直淋しいしつまらない、ではむしろ、僕はお屋敷で周子様と御一緒にお留守番をしたいです」
「いや、それは……」
エンギワルーは、周子をじろりとひと睨みして。ずいぶんとなついたものだな、としかめっ面をしてうめいた。
コンジョナシが意を決するように、息を吸って、その小さな胸を一度大きく上下させた。
「父上、この際はっきりと申し上げますが」
意外なコンジョナシのその素振り、その言葉の切り出し方にエンギワルーは目を丸くして。
どうやら、過日周子の面前で女の子の成りをするのがイヤだとはっきりその口で言ってから、言うべきことははっきり言うべきだと学習したらしい、と、ここしばらくのコンジョナシの様子を見てエンギワルーは感心していたのだが。日を追うごとに意思表示がハッキリしてきたような気がする。
「周子様を僕の母上にしていただきたい」
エンギワルーが飛び上がった。
「周子!」
「えっ? 私? 何?」
年端も行かぬ子供にいったい何の入れ知恵をした! とエンギワルーが頭ごなしに周子を怒鳴りつけた。
「ちょ、ちょっと待った、私何にも言ってないよ? え? 何、母親?」
「父上、以前約束したじゃないか、もし僕が気に入った女性がいたら、必ずその人と再婚してくれるって。たとえ人妻でも必ず仕留めてみせるって」
「人妻でも必ず仕留めてみせるッ!?」
周子がのけぞった。
「エンギワルーあんた五歳児相手になんてこと約束してんのよ、大問題じゃん! 自分の発言の方がよっぽど十分不適切なんじゃないの」
力いっぱいその背中を周子にどつかれてエンギワルーは一歩前へよろけた。
「コン……」
「僕は周子様が好きだ、周子様とずっと一緒にいたいんだ、だから母親になってもらいたい」
「いや、ま……」
「父上が再婚する唯一の条件は、僕が気に入る女の人、ただそれだけだって言ったじゃないか、僕は絶対に周子様がいい」
「と、年も全然離れ……」
無理だ無理だ、とエンギワルーはみるみるうちに動揺しだして。
いくらお前の頼みでもそれは無理だ、だめだだめだ、と繰り返した。
「子供相手に嘘をつく気か父上!」
僕が気に入った人と再婚して、僕に兄弟を作ってくれるって言ったじゃないか、あれは嘘か、とコンジョナシは唐突に火がついたような癇癪を起こしてエンギワルーを詰った。
「父上のバカっ! 根性ナシ!」
わあっ、と号泣してコンジョナシは向こうへ駆けて行った。
「……なにか?」
ひく、と頬をひくつかせ、カズマは己の執務デスクの前に立ちはだかった周子を見上げた。
「アラカンサスモートに私も行きたい」
「………………………………」
カズマは再びデスクの上の書類に目を落とすと、何事も無かったかのようにペンを走らせる。よどみの無い、ペンの動き。頭は相当に速い回転をしているのだろう。
「って、ネェ! 無視かいな!」
「王が王宮に戻られて、私は忙しい」
目線も上げずカズマはキッパリと言葉を返した。
表情一つ変えることなく書類を書き上げると、蝋をたらし、封をする。封を終えた頃には、書盆を持ったエンギワルーがいつの間にやらデスクのすぐ隣に控えていて。
―――完璧だ。コンジョナシもいつかはああいう風になるのだろうか。
エンギワルーも先程の動揺なぞまるで無かったかのようないつもの仏頂面で。
カズマは新しい紙を取り出すと再びペンを走らせる。
周子はおもむろにそこへ手を伸ばすと、そのペン尻を掴んでピッ、と引いた。
紙が攣れる音がして、カズマのこめかみ辺りに青筋が浮いた。
「邪魔をするな、子供かあなたは。ギャラン様が王宮に戻られているのです、そのフォローで私は大忙しです、宮中はしっちゃかめっちゃかです!」
ふん、と周子は鼻を鳴らす。
「でもあのバカをほっぽっといてあんたは出かけるんでしょう? 片道一日半の優雅な旅行に!」
「旅行? 仕事です。そのためにどれほど今スケジュールをやりくりしているか! 忙しいのだ、邪魔をするな周子」
「スケジュール! はん! 金儲けのね! へーえカズマ様、セリアの魔石窟を買ったんだって?」
ぴた、とカズマは手を止めた。
「誰に聞きました?」
「私、子供が出来ちゃったみたい」
一瞬、メガネの奥の紫の瞳がきゅっと竦んだ。
「…………。バカじゃないのかあなた」
一度硬直したものの、カズマはすぐに馬鹿馬鹿しいといった表情をして。
「ホントだもん。コンジョナシに母親になってくれって言われちゃった」
カズマはエンギワルーを見上げた。エンギワルーが細かく首を横に振るのを見て、ふう、と息をついて。
「あなたそれは素ですか? さてはエンギワルーを口説いたな?」
「口説かれたのよ」
「そんな冗談に他人を巻き込むな。エンギワルーに失礼です」
「うっわーなにその、私はエンギワルーを信用していますって表情。言っときますが、私は何でもやるわよ、もしそれが必要なことならね。私のこの身を自由にしてくれるのなら、一度や二度の結婚ぐらい全然」
「まさに詐欺師の言葉だな。そこまで王を無下にしますか、その向こう気の強さ、何とかしないと、ホントに今に痛い目に遭いますよ」
王の一体何が不満です? とカズマが溜息を吐いた。
「全部」
カズマが一寸机の上の書類を腕で払った。むっとしたようだった。
「王は王宮で、珍しくやる気を出してるんですよ? こう、なにか、ぐっとくるものはないのですか? あなたがあんまりにも冷たくするから、王は泣きながら王宮へ帰ってしまったんですよ、もうかれこれ一ヶ月が経つ」
「あんたに協力したんじゃない」
「まさか」
カズマは軽く眉を吊り上げた。
周子は全く引かない。
「泣いて王宮に戻ったギャランに、国王然としてカッコ良くしてれば周子も惚れるはずだ、って焚き付けて、再びあのバカを玉座に座らせたのは誰? 私、王宮であれを見たとき思いっきりのけぞったよ!」
カズマは、ははは、と脱力するように苦笑した。
「ずいぶん誉めていたではないですか、カッコイイーって」
「あんたが! あんたが無言で微笑んで私を見るから! 殺すぞコラ、みたいな眼差しで、あんなすっごい圧力かけて微笑んでおいてよっく言うね! それに、確かにそうおだてとけば、あのバカ、そうそうコッチに来ることはないだろうと踏んだからよ」
「ここ一ヶ月は王宮に篭りっきりですからね、ギャラン様は」
「ええ、あんたの望みどおりにね! アシューとちょくちょく会って話を詰めてるのも、あのバカを末永く玉座に座らせとくための算段なんでしょ! そんなに座らせときたいんなら接着剤でも何でも使えばいいじゃん、ほんっとバッカみたい!」
「…………。言い過ぎです、周子」
「王宮に突っ込んどきさえすれば、後はアシューが何とか飾り立ててくれる、あんたはあのバカを王様に仕立て上げたいんでしょう、上出来じゃないの」
周子は矢継ぎ早にそうまくし立てると、カズマを見下すように、ふふふん、と不敵に笑った。
「私がなんて言ってあのバカを泣かしたか、教えてあげましょうか」
「結構です、聞きたくない、酷いことに決まっています」
「私、カズマ様が好きだと言ったのよ」
「! あなた私を殺す気ですか!」
がたっ、と椅子から腰を浮かせかけ、が、すぐにあきれたような顔になって、再び馬鹿馬鹿しい、と呟いた。
「だから情知らずと言われるのですよ。王へのあてつけに私を引きずり出すな。周子、私、あなたにはもう何度も口説かれてます、そしてそれのどれもが本気でないと分かってます。王へのあてつけに口説かれるなぞ真っ平です。ちなみに、エンギワルーを口説くのもダメです、あらかじめ言っておきますがね」
カズマのにべも無く冷たいそのあしらい、むしろ慣れている。
「あー、悪かったって。ごめん。だからさ、旅行、連れてってよ!」
ひょこりと頭を下げる周子に、カズマはちょっと沈黙して。
それから首を横に振った。
「…………。そうあっけなく簡単に謝るな。それはそれで気味が悪い」
「くっそ、人が下手に出りゃいい気になりやがって」
「ドコガです、それの! それに、旅行ではありませんよ、仕事です、し・ご・と。公務ではないものの、れっきとした仕事ですから、あなたを連れて行くわけには参りません。さっさと諦め……」
「ちっ。手ごわいな。コンジョナシ、カマン!」
周子の声に応じ、コンジョナシが部屋に入ってくる。珍しくエンギワルーが慌てたようだった。なんてこった、と小声でうめくのが聞こえた位だ。
周子はコンジョナシからお菓子の箱を受けとって。
「カズマ様、このお菓子、魔石の小さな欠片が使われてるでしょう?」
「……ほう。ええ、確かに私はセリアの魔石窟を二つ買いましたよ、だから? 小さな欠片にして独自ルートで捌いてますよ? だから? ええ、かなりの収益をあげていますよ? だから? 金儲けをしてなにか文句でも?」
セリアもガーナも、我がグランツ家からの税収で潤っていると言っても過言ではないのだ、と言いながら、カズマは神経質そうに己の襟元を正した。人に食わせてもらって何か文句があるのか、とでも言いたげな、露骨な表情をして。
何よ偉そうに、と周子はそんなカズマを軽く睨んで。
「ご覧。この二つの石をスイッチみたいに接触させると……ほら、ぱっ、と一瞬、光が出るの、どう、面白いでしょう?」
ちかっ、と瞬いた小さな光に、カズマの瞳孔が興味深げに開いたのを見てとって、周子は目を細めた。
「つーかさ、私、いわゆるこの道のプロでしょうが。除け者にしようなんざ百年早い。何で私に相談しないのよ。がっつり金儲けさせてやるのに」
にこりと周子はカズマの紫の瞳を覗き込んで。
「さあどうする? 私と仲良くする?」
婉然と周子は微笑んで、デスクの上に身を乗り出すと、鼻先が触れんばかりにカズマに迫った。
「いい匂いがするでしょう?」
「匂い?」
「お金の。あんたが大好きな」
うぐぐぐぐぐ、とカズマはうめいた。
そして、たっぷりと長い間うめいた後、とうとう笑って。
笑い出して。
実に満足げな、上等の笑みを浮かべて、たん! と音高にデスクを打った。
「……素晴らしい。あなたにパテントを支払いましょう、増益間違いナシだ!」
「はいオッケ。あっさりオチたよ、このメガネ」
途端に白けた表情で黒髪をばさばさと掻きながら、周子はエンギワルーを振り返った。
「そーゆーことだから。道中よろしく、エンギワルー」
カズマは肩をブルリと震わせた。
「いや、それとこれとは話が別だ、周子」
唐突に正気に返った表情になって、カズマは仏頂面のエンギワルーを見上げ、取り繕うように、二、三回、咳払いをした。
「とにかく却下。あなたが同行するとなると、なにより、この侍従長が苦労しますからね」
はい、旅行の話は御仕舞い、と言って、カズマはデスクの上の汚れた紙を丸めると新しい紙を取り出し、そそくさとペンを取り上げ、仕事を再開する素振りを言外に示した。
「かまいませんよ?」
「え?」
書面に戻した視線を、エンギワルーの声に引き戻されて。
カズマは、デスク脇で控えて立っているエンギワルーをまじまじと見上げた。
「私は、構いません。では、彼女の同行を許可していただけたということで。よしなに」
エンギワルーは低いが張りのある声で独断する。
急な展開に一人取り残されたカズマは、エンギワルーの言葉の意図を測りかね、しばしそのままの姿勢で硬直し……エンギワルーはカズマに決定を覆すひまを与えず、深々と一礼するや、さっさと踵を返し、カズマの前から退出した。
「わあ、待って!」
周子がその後を追い、コンジョナシがその後に続いて走って出て行った。
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- 2006-08-21 13:01
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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