コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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エンギワルーは、書生に書盆を渡すと、二言三言短く指示し、厨房へ向かった。周子とコンジョナシがその後に続く。厨房で水をグラス一杯飲んで一息つくと、エンギワルーは周子を正面から見据えた。
「騒ぎは起こさないように。コンジョナシの面倒を見てやっていただきたい。出先では私は若に付きっきりになることですし、その点、まあ正直な所を言えば、少々心配はしていたのでね」
「おっけ!」
喜色満面で礼を述べる周子に、コンジョナシが涙目で訴えるものですから、とエンギワルーは溜息を吐いた。
「あの後、本当に聞き分けが無くて……さすがに参った」
「コンジョナシにはほんと甘いのね」
「子供はまさに宝ですからね。年々出生数が低下しているこのご時世、子を持てる者は本当に幸せですよ。大切にしないとバチがあたる、私ももう三人は欲しいくらいだ」
「三人!?」
確かに、そういえばこの国に来て以来、子供の姿はトンと見かけない。そもそも子供の生まれる数自体が減っているのか、と周子は首を捻った。
「こ、子供好きなんだ?」
「再婚の件だが」
エンギワルーが苦いものでも咀嚼するかのような感じで口を開いた。
「確かに再婚を考えてはいたのだが。これまで候補に上げた女性という女性、どれもコンジョナシは気に入らないらしくてね……いままでどんな女性を連れてきても、見向きもしないどころか、癇癪を起こして追い返すくらいだったのだが。だから、先程のコンジョナシの言葉には、正直言って、非常に驚いた」
己の行動範囲が狭い事を差し引いても、コンジョナシには同年代の友達がいないのではないか、と周子は思った。幾分か年の近い自分によくなつくのも、そのせいもあるのかもしれない。
だがしかし、コンジョナシの気に入った相手があなたでは、たまったものではない、コンジョナシには諦めてもらうしかない、と言ってエンギワルーは渋面を作った。
「しかし、あなた、実際年はいくつだ?」
「見てのとおり。ちょうどお年頃ってやつでしょうよ」
「……若い、な」
乱暴な周子の言葉にエンギワルーは苦笑した。
そこに滲んだニュアンスを周子は正確に汲んだ。
「若いわよ。健康だし。五人は産める、って言ったらどう? あんたの食指は動くもんなの?」
考えないでもないな、とエンギワルーは肩を竦めて。
「再婚の唯一の条件、即ち、コンジョナシがそうと望むのなら、再婚相手がどのような形状をしていても私は構わぬ」
「形状! あはは。喧嘩売る気ね」
人を何だと思ってんのよ、と周子は笑ってエンギワルーの腹の辺りを叩いた。
「アラカンサスモートの御領主というのは、前王陛下のご時世に重用された大臣のご子息、若とも仲の良かった御方で、それはそれは気の利いた、聡明な方でな。今回若が直々に出向くのも、彼を王宮に引きずりだし、ギャラン王の新政権に加わらせ、少子化対策を講じるのが、目的で」
日頃無駄口を叩かぬエンギワルーがこうした話を始めるのは珍しい。
「カズマ様に仲の良い相手がいるの? ギャラン以外に?」
周子の驚いた顔に、ちょっと間をあけてエンギワルーが軽く唸った。
「……どこか若を誤解していないか?」
「へ? ええまあ、でもあの人全然友達がいなさそう」
「若は政権運営の中心とされる五貴族のうち、現在二席が空いている内の一つを、ルシウス殿にあてがおうと目論んでおられる」
「もくろむっ? それがお友達に対して使う言葉っ?」
さらに目を丸くした周子の言葉に、ははは、とエンギワルーは笑った。
「ああ、友達ではないな、確かに。そういう意味では。ルシウス殿は、血筋で言えば若の従兄弟殿に当たるお方だ」
「へぇ、従兄弟がいるの? 一人っ子だとは聞いてたけど。五貴族……じゃあなに、この国では五つの貴族が政権を牛耳ってるってわけ」
「いや、実際はそうでもない。ただのしきたりだ。政務、経済、人事、子孫繁栄、そしてそのオブサーバー、まあそんな役の割りあてといったところか。ただの形式上のことだが、ガーナ王宮創始の頃からの慣わしだと聞く。世界を統一したクレリック・リザートの偉業になぞらえてのことだというが、それが揃わないと、どうにも体裁が取れない、とそんな程度の話だ。くだらない? ああ、確かに一年前、失踪した前王陛下に代わってギャラン様が即位なさった折には、さすがにギャラン様がああいう状態だし、そんなしきたりなぞさっさとやめてもっと現実的で機敏で稼働力の有る政権にしようと、皆、言ったようなのだが、どうにも……」
と、ここで言葉を切ってエンギワルーは軽く首を振る。
「実は、若が。若が頑として折れなくて。若は、こう、なんというか、揃いのものを揃えるのが、実は大の、大好きで。立派な王ならば五貴族三現神キッチリそろえるのが筋だろう、とごり押ししたのだ。この国はもともと、クレリック・リザートの本拠地であったからな、一度は世界をひとつに統べた偉大な国王の、その面影が濃く残る国だ。放蕩尽くしのギャラン王が背負うべきは押しも押されぬ国家としての伝統であるべきだ、と、若が」
三現神って何? と言いそうになるのを周子は慌てて飲んで。
どうせあのヘンなトリのような魔物を三体集めるとか言うのだろう。きっとそうに決まっている。
クルは確かに、あんなエロ親父でもなかなか賢いところがあって、己に直接的に乞われた戦闘や判断以外には、他に適役がいればそれをあてがっていた。いつも修三の下に来るときはふらりと一人身軽で訪れるが、傭兵でありながら実はかなりの部隊を率いていたとも聞く。
あれでなかなか統率力があり、度胸と頭の良い男だったのだ。
人を統率し上手く使うという点では、確かに国王向きの性質を持っていたかもしれない、と初めて周子はクレリック・リザートを客観的に高評価した。
「五貴族三現神……」
―――では、クルは父さんから三体の魔物を引き継いだのか? 一体何の理由があってのことだろう。父さんが魔物を他人に預けるだなんて、そんなことがあるだろうか。
魔物の餌として、気に入らぬ人間をこそ、ひょいと魔物に与えることがありそうだけれど、その逆はどうにも考え難い。
―――遊びは終わりだ
ふと、修三の言葉が脳裏に甦る。
あの時父さんはクルを始末しようとしていたのではなかったか、いや、待て、あの時父さんは私に何て言った? その召喚の後で父さんは私と一体何処へ行こうとしていたのか。そもそも、その、言葉の、その意図は明らかに今までの父娘のものとは違っていた筈だ。
周子は、己が内に沸いた得体の知れぬ困惑にぶるっと小さく身体を震わせた。
「でも、あのバカなんて、誰よりも一番そんな形式に拘らないと思うけど」
エンギワルーは唸る。
「だからこそ、若が躍起となっているのだ、なんとかこう、周りから固めて、押しも押されぬ立派な王とすべく。ああ、若は一体なんと不毛なことに日夜力を注いでいるのか」
「不毛!?」
思わず周子が聞き返した。
「カズマ様がギャランを王にするのが、不毛? あんた、はっきり言うわね」
ああ、いやいや、違う、とエンギワルーは慌てて首を振った。
「収集癖だ、不毛なのは収集癖。若には収集癖がある。しかも、揃いそうも無いもの、手に入らなそうなものに異様に執着を示す癖が、昔からおありなのだよ。若が成人してある程度グランツ家の金を自由にできるようになると、グランツ家の文化資産は揃いの茶碗だの、対の掛け軸だのなんだの、とにかく揃いになっているものがごっそり増えたと聞く。そしてすでにもう、若は、目ぼしいものは収集し尽くしてしまったのだ」
エンギワルーは真顔で言う。
「だから若は躍起となって、五貴族三現神の完全調達を目指し、その上にギャラン王を王として据えたいのだ」
「……あー、あれ? ギャランを王にして国を繁栄とかというより、なに? 実は五貴族三現神のフルコンプの頂点にあのバカを王として据えること自体に意義があるの? カズマ様はそんな、ケーキの上にイチゴでも乗っける気分でギャランを追い回してるの?」
エンギワルーは頷いた。
「確かにやりすぎだと思うのだが。実に芯の固い若様気質で、こうと決めると頑として折れぬところがおありでね」
困ったものだ、というエンギワルーに、やっぱりあの人とことん変態だね、と周子は笑った。
「でもギャラン当人以外は皆、あのバカを王だと思ってるんでしょう? アシューもラインハルトもギャランを王としてうやうやしーくしてるし? 王であることを否定してるのはむしろ当人だけってなもので、何もわざわざ……」
「いや、そうでもない」
この十年、放蕩の限りを尽くしたツケは大きい、とエンギワルーは断言した。
「王位継承となると反対派も多く、それを押し切ったのがアシュー殿とイーズリー卿。グランツ家宗主のルドルフ殿は支持の意志を表明せず。おや、意外か? 無論、若はギャラン様と親しい間柄であるから、次代グランツ家はギャラン様を完全支持だろうとみなされるが、次代は次代、宗主とそうでないものとの権力の差は歴然、政治的な場面では、まだまだ若の力は宗主殿には及ばない。若もそうそう自在に立ち回れているわけではないのだよ。何より、前王陛下は歴代ガーナ王の中でもとりわけ良君との評価が高い。実績もある、それを要求されては、年若で乱暴なギャラン王では全くの力不足と言われても当然だ」
意外と辛辣な口調である。
―――ギャランが力不足、
周子の知っているのは、王宮でアシューをはじめとする臣下にかしずかれ丁重に敬われているギャランの国王然とした姿、国王として好意を向けられているその姿しか知らない。
周子は初めてエンギワルーの口から聞く国王ギャラン像と、不穏な権力闘争を感じさせるガーナ王宮貴族の様子に目を丸くして。
「しかし、五貴族三現神のフルコンプなぞ、到底現実的ではないからな。これをクリアしさえすれば、国王としてのギャラン様に、もう誰も反対はしないだろうと、若は踏んでいるのだ。形式さえ万全であれば、あとは支持派が何とかする、とな。実際、あの伝説の聖剣を抜いただけでもかなりの効果があったらしい」
ふうん、と周子は頷いた。
「まさか、ギャラン王があの剣を抜くとは全く思わなかったが」
エンギワルーはそう言って周子を見詰めた。
―――あの剣を抜いた所為で、大勢がギャラン王支持へと傾きつつある、若の政治的思惑への周子の貢献度は非常に高い。
若がますます彼女を手放せなくなるのも当然だ、とエンギワルーは思って。
「五貴族三現神とは言いながら、そんな都合の良い三体の魔物など居るものか、と、若は冷笑していたものだったが、だがしかし、あなたに会って若は気が変わったようだ、実際にその目で魔物を見ているのだからな」
それからちょっと言葉を切って。
「自分の言動の及ぼす影響の程をよく考えるべきだ」
若いというよりあなたはまだ幼い、あなたを見ていると危なっかしくて正直ハラハラする、とエンギワルーは忠告した。
仮に何かを思ったとしても、大抵の事についてはその仏頂面で静観を決め込むことが多いこの男が、こう真っ向から周子に忠告をしてくるのは珍しい。そう言うと、エンギワルーはいつもの仏頂面に戻って、静かにこう答えた。
「いろいろ変わってきているということだ、あなたの出現によって。よりによって、あなたが、あのギャラン・クラウンの元に落ちるなんて。最大のミスだ、と言いたいところだが……さて、今となってはどうであろうか」
あの朝、屋敷から脱走したあなたをあのまま逃がしていれば、状況は違っていただろう、あるいはいっそ、逃がすべきだったのかもしれないが、とエンギワルーは呟いた。
慎重に考え込むかのように、たっぷりと長い間沈黙して。
それからエンギワルーは顔を上げると、じっと周子を見つめた。
低く抑えた声で、私も打つべき手はすべて打とうと思う、とだけ言った。
その思いつめた色に周子はちら、と黒目を伏せた。
エンギワルーと周子のやりとりを、今まで黙って大人しく側でやり過ごしていたコンジョナシを見て。
その小さな頭の上に、ぽん、と手を置く。
「実は、待ってたのよ、あなたがそう言ってくるのを。私は一目見てすぐに分かった、この子には心臓がない。心臓がないのにこうして生きて動いてる、あらまあ不思議」
「コンジョナシは死人ではない、断じてそれは本当だ」
「ま、今は細かいことは詮索しないわ。どうせ言えないんでしょう? 文字通りこの子の心臓を握られてるから。これは、貸しよ。高くつくわよ。あんた、自分からこう切り出してきたってことは、そりゃもう十分いい覚悟が出来てるってことで、いいでしょうね?」
この裏切り者、と、周子はエンギワルーを冷たい黒瞳で見上げた。
軽蔑の色濃い周子の黒瞳はぞっとするほど冷たくて。
「念のためその口から聞いとこう。この子の呪主は誰?」
「聡い。ではお分かりだろう?」
返すエンギワルーの声が掠れた。
喉を鳴らし、じっとりとスキンヘッドに滲んだ冷や汗を拭った。
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「騒ぎは起こさないように。コンジョナシの面倒を見てやっていただきたい。出先では私は若に付きっきりになることですし、その点、まあ正直な所を言えば、少々心配はしていたのでね」
「おっけ!」
喜色満面で礼を述べる周子に、コンジョナシが涙目で訴えるものですから、とエンギワルーは溜息を吐いた。
「あの後、本当に聞き分けが無くて……さすがに参った」
「コンジョナシにはほんと甘いのね」
「子供はまさに宝ですからね。年々出生数が低下しているこのご時世、子を持てる者は本当に幸せですよ。大切にしないとバチがあたる、私ももう三人は欲しいくらいだ」
「三人!?」
確かに、そういえばこの国に来て以来、子供の姿はトンと見かけない。そもそも子供の生まれる数自体が減っているのか、と周子は首を捻った。
「こ、子供好きなんだ?」
「再婚の件だが」
エンギワルーが苦いものでも咀嚼するかのような感じで口を開いた。
「確かに再婚を考えてはいたのだが。これまで候補に上げた女性という女性、どれもコンジョナシは気に入らないらしくてね……いままでどんな女性を連れてきても、見向きもしないどころか、癇癪を起こして追い返すくらいだったのだが。だから、先程のコンジョナシの言葉には、正直言って、非常に驚いた」
己の行動範囲が狭い事を差し引いても、コンジョナシには同年代の友達がいないのではないか、と周子は思った。幾分か年の近い自分によくなつくのも、そのせいもあるのかもしれない。
だがしかし、コンジョナシの気に入った相手があなたでは、たまったものではない、コンジョナシには諦めてもらうしかない、と言ってエンギワルーは渋面を作った。
「しかし、あなた、実際年はいくつだ?」
「見てのとおり。ちょうどお年頃ってやつでしょうよ」
「……若い、な」
乱暴な周子の言葉にエンギワルーは苦笑した。
そこに滲んだニュアンスを周子は正確に汲んだ。
「若いわよ。健康だし。五人は産める、って言ったらどう? あんたの食指は動くもんなの?」
考えないでもないな、とエンギワルーは肩を竦めて。
「再婚の唯一の条件、即ち、コンジョナシがそうと望むのなら、再婚相手がどのような形状をしていても私は構わぬ」
「形状! あはは。喧嘩売る気ね」
人を何だと思ってんのよ、と周子は笑ってエンギワルーの腹の辺りを叩いた。
「アラカンサスモートの御領主というのは、前王陛下のご時世に重用された大臣のご子息、若とも仲の良かった御方で、それはそれは気の利いた、聡明な方でな。今回若が直々に出向くのも、彼を王宮に引きずりだし、ギャラン王の新政権に加わらせ、少子化対策を講じるのが、目的で」
日頃無駄口を叩かぬエンギワルーがこうした話を始めるのは珍しい。
「カズマ様に仲の良い相手がいるの? ギャラン以外に?」
周子の驚いた顔に、ちょっと間をあけてエンギワルーが軽く唸った。
「……どこか若を誤解していないか?」
「へ? ええまあ、でもあの人全然友達がいなさそう」
「若は政権運営の中心とされる五貴族のうち、現在二席が空いている内の一つを、ルシウス殿にあてがおうと目論んでおられる」
「もくろむっ? それがお友達に対して使う言葉っ?」
さらに目を丸くした周子の言葉に、ははは、とエンギワルーは笑った。
「ああ、友達ではないな、確かに。そういう意味では。ルシウス殿は、血筋で言えば若の従兄弟殿に当たるお方だ」
「へぇ、従兄弟がいるの? 一人っ子だとは聞いてたけど。五貴族……じゃあなに、この国では五つの貴族が政権を牛耳ってるってわけ」
「いや、実際はそうでもない。ただのしきたりだ。政務、経済、人事、子孫繁栄、そしてそのオブサーバー、まあそんな役の割りあてといったところか。ただの形式上のことだが、ガーナ王宮創始の頃からの慣わしだと聞く。世界を統一したクレリック・リザートの偉業になぞらえてのことだというが、それが揃わないと、どうにも体裁が取れない、とそんな程度の話だ。くだらない? ああ、確かに一年前、失踪した前王陛下に代わってギャラン様が即位なさった折には、さすがにギャラン様がああいう状態だし、そんなしきたりなぞさっさとやめてもっと現実的で機敏で稼働力の有る政権にしようと、皆、言ったようなのだが、どうにも……」
と、ここで言葉を切ってエンギワルーは軽く首を振る。
「実は、若が。若が頑として折れなくて。若は、こう、なんというか、揃いのものを揃えるのが、実は大の、大好きで。立派な王ならば五貴族三現神キッチリそろえるのが筋だろう、とごり押ししたのだ。この国はもともと、クレリック・リザートの本拠地であったからな、一度は世界をひとつに統べた偉大な国王の、その面影が濃く残る国だ。放蕩尽くしのギャラン王が背負うべきは押しも押されぬ国家としての伝統であるべきだ、と、若が」
三現神って何? と言いそうになるのを周子は慌てて飲んで。
どうせあのヘンなトリのような魔物を三体集めるとか言うのだろう。きっとそうに決まっている。
クルは確かに、あんなエロ親父でもなかなか賢いところがあって、己に直接的に乞われた戦闘や判断以外には、他に適役がいればそれをあてがっていた。いつも修三の下に来るときはふらりと一人身軽で訪れるが、傭兵でありながら実はかなりの部隊を率いていたとも聞く。
あれでなかなか統率力があり、度胸と頭の良い男だったのだ。
人を統率し上手く使うという点では、確かに国王向きの性質を持っていたかもしれない、と初めて周子はクレリック・リザートを客観的に高評価した。
「五貴族三現神……」
―――では、クルは父さんから三体の魔物を引き継いだのか? 一体何の理由があってのことだろう。父さんが魔物を他人に預けるだなんて、そんなことがあるだろうか。
魔物の餌として、気に入らぬ人間をこそ、ひょいと魔物に与えることがありそうだけれど、その逆はどうにも考え難い。
―――遊びは終わりだ
ふと、修三の言葉が脳裏に甦る。
あの時父さんはクルを始末しようとしていたのではなかったか、いや、待て、あの時父さんは私に何て言った? その召喚の後で父さんは私と一体何処へ行こうとしていたのか。そもそも、その、言葉の、その意図は明らかに今までの父娘のものとは違っていた筈だ。
周子は、己が内に沸いた得体の知れぬ困惑にぶるっと小さく身体を震わせた。
「でも、あのバカなんて、誰よりも一番そんな形式に拘らないと思うけど」
エンギワルーは唸る。
「だからこそ、若が躍起となっているのだ、なんとかこう、周りから固めて、押しも押されぬ立派な王とすべく。ああ、若は一体なんと不毛なことに日夜力を注いでいるのか」
「不毛!?」
思わず周子が聞き返した。
「カズマ様がギャランを王にするのが、不毛? あんた、はっきり言うわね」
ああ、いやいや、違う、とエンギワルーは慌てて首を振った。
「収集癖だ、不毛なのは収集癖。若には収集癖がある。しかも、揃いそうも無いもの、手に入らなそうなものに異様に執着を示す癖が、昔からおありなのだよ。若が成人してある程度グランツ家の金を自由にできるようになると、グランツ家の文化資産は揃いの茶碗だの、対の掛け軸だのなんだの、とにかく揃いになっているものがごっそり増えたと聞く。そしてすでにもう、若は、目ぼしいものは収集し尽くしてしまったのだ」
エンギワルーは真顔で言う。
「だから若は躍起となって、五貴族三現神の完全調達を目指し、その上にギャラン王を王として据えたいのだ」
「……あー、あれ? ギャランを王にして国を繁栄とかというより、なに? 実は五貴族三現神のフルコンプの頂点にあのバカを王として据えること自体に意義があるの? カズマ様はそんな、ケーキの上にイチゴでも乗っける気分でギャランを追い回してるの?」
エンギワルーは頷いた。
「確かにやりすぎだと思うのだが。実に芯の固い若様気質で、こうと決めると頑として折れぬところがおありでね」
困ったものだ、というエンギワルーに、やっぱりあの人とことん変態だね、と周子は笑った。
「でもギャラン当人以外は皆、あのバカを王だと思ってるんでしょう? アシューもラインハルトもギャランを王としてうやうやしーくしてるし? 王であることを否定してるのはむしろ当人だけってなもので、何もわざわざ……」
「いや、そうでもない」
この十年、放蕩の限りを尽くしたツケは大きい、とエンギワルーは断言した。
「王位継承となると反対派も多く、それを押し切ったのがアシュー殿とイーズリー卿。グランツ家宗主のルドルフ殿は支持の意志を表明せず。おや、意外か? 無論、若はギャラン様と親しい間柄であるから、次代グランツ家はギャラン様を完全支持だろうとみなされるが、次代は次代、宗主とそうでないものとの権力の差は歴然、政治的な場面では、まだまだ若の力は宗主殿には及ばない。若もそうそう自在に立ち回れているわけではないのだよ。何より、前王陛下は歴代ガーナ王の中でもとりわけ良君との評価が高い。実績もある、それを要求されては、年若で乱暴なギャラン王では全くの力不足と言われても当然だ」
意外と辛辣な口調である。
―――ギャランが力不足、
周子の知っているのは、王宮でアシューをはじめとする臣下にかしずかれ丁重に敬われているギャランの国王然とした姿、国王として好意を向けられているその姿しか知らない。
周子は初めてエンギワルーの口から聞く国王ギャラン像と、不穏な権力闘争を感じさせるガーナ王宮貴族の様子に目を丸くして。
「しかし、五貴族三現神のフルコンプなぞ、到底現実的ではないからな。これをクリアしさえすれば、国王としてのギャラン様に、もう誰も反対はしないだろうと、若は踏んでいるのだ。形式さえ万全であれば、あとは支持派が何とかする、とな。実際、あの伝説の聖剣を抜いただけでもかなりの効果があったらしい」
ふうん、と周子は頷いた。
「まさか、ギャラン王があの剣を抜くとは全く思わなかったが」
エンギワルーはそう言って周子を見詰めた。
―――あの剣を抜いた所為で、大勢がギャラン王支持へと傾きつつある、若の政治的思惑への周子の貢献度は非常に高い。
若がますます彼女を手放せなくなるのも当然だ、とエンギワルーは思って。
「五貴族三現神とは言いながら、そんな都合の良い三体の魔物など居るものか、と、若は冷笑していたものだったが、だがしかし、あなたに会って若は気が変わったようだ、実際にその目で魔物を見ているのだからな」
それからちょっと言葉を切って。
「自分の言動の及ぼす影響の程をよく考えるべきだ」
若いというよりあなたはまだ幼い、あなたを見ていると危なっかしくて正直ハラハラする、とエンギワルーは忠告した。
仮に何かを思ったとしても、大抵の事についてはその仏頂面で静観を決め込むことが多いこの男が、こう真っ向から周子に忠告をしてくるのは珍しい。そう言うと、エンギワルーはいつもの仏頂面に戻って、静かにこう答えた。
「いろいろ変わってきているということだ、あなたの出現によって。よりによって、あなたが、あのギャラン・クラウンの元に落ちるなんて。最大のミスだ、と言いたいところだが……さて、今となってはどうであろうか」
あの朝、屋敷から脱走したあなたをあのまま逃がしていれば、状況は違っていただろう、あるいはいっそ、逃がすべきだったのかもしれないが、とエンギワルーは呟いた。
慎重に考え込むかのように、たっぷりと長い間沈黙して。
それからエンギワルーは顔を上げると、じっと周子を見つめた。
低く抑えた声で、私も打つべき手はすべて打とうと思う、とだけ言った。
その思いつめた色に周子はちら、と黒目を伏せた。
エンギワルーと周子のやりとりを、今まで黙って大人しく側でやり過ごしていたコンジョナシを見て。
その小さな頭の上に、ぽん、と手を置く。
「実は、待ってたのよ、あなたがそう言ってくるのを。私は一目見てすぐに分かった、この子には心臓がない。心臓がないのにこうして生きて動いてる、あらまあ不思議」
「コンジョナシは死人ではない、断じてそれは本当だ」
「ま、今は細かいことは詮索しないわ。どうせ言えないんでしょう? 文字通りこの子の心臓を握られてるから。これは、貸しよ。高くつくわよ。あんた、自分からこう切り出してきたってことは、そりゃもう十分いい覚悟が出来てるってことで、いいでしょうね?」
この裏切り者、と、周子はエンギワルーを冷たい黒瞳で見上げた。
軽蔑の色濃い周子の黒瞳はぞっとするほど冷たくて。
「念のためその口から聞いとこう。この子の呪主は誰?」
「聡い。ではお分かりだろう?」
返すエンギワルーの声が掠れた。
喉を鳴らし、じっとりとスキンヘッドに滲んだ冷や汗を拭った。
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- 2006-08-25 04:40
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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