コハリトりみっと
長編恋愛FT「タトゥー・オブ・ギャラン」がメインの小説・雑記サイト。
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「ちょ、ちょっと!ちょっと待ってよ!」
まだ夜も明けきらぬ早朝、外のざわつきに気づいた周子は、慌てて窓枠に足を掛けると外へと飛び出した。
見れば、既に出立の準備を整えた馬車がずらりと並んでいる。
「ずるい! 黙っておいてくつもりね!」
周子は駆け寄ると、勢い良くカズマの胸倉を掴んで己が目線に引き寄せた。
「……なんて格好です」
小汚い、と、酷くむっとしたように呟いて、カズマは無下に周子の手首を捻り上げた。
「痛っ。魔石の実験をしてたのよ! 今朝方いまさっきちょっと、ほんのちょっとうとうとしちゃって! 五分! 五分あれば支度できるから、待ってて!」
ばばっ! と周子が回れ右をする、そのまま勢い良く屋敷の方へ走り出す周子の背中を見、カズマは体の向きを変えると、
「……すぐに出立する」
従者にそう言った。
「だからなんで無視すんのヨ!」
ひたと足を止め、振り返り叫ぶ周子。
「これから大変ハードな交渉ごとなのです、あなたなど連れて行けるわけがない、気が散る」
カズマはそう冷たく言い捨てて、さっさと自分の豪華な馬車に乗り込んだ。
その様子はいつにも増してひどく神経質で。
周子はちっ、と舌打ちすると、そのままの格好で、つまりは徹夜明けの作業着、服も肌も石粉だらけで髪もばさばさの珍妙な格好のまま、手近な従者の馬車に乗り込もうとし……髪から舞い上がった魔石の粉にくしゅん、とくしゃみをする。
刹那、ぼっ! と小さな炎が上がった。
馬車の幌に飛んだ炎を、駆け寄ったエンギワルーがとっさに上着を脱いで消し止めた。驚いた、余裕の無い褐色の目が見開いて周子を注視する。
「ごごごごごめんなさい、へっ、くしゅっ!」
「……着替えた方がいいな、こちらへ」
カズマの乗り込んだ馬車は既に遠い。エンギワルーは小さく嘆息した。
手早く指示を出すと、一台の馬車のみ残し、残りの従者達の馬車にはカズマの後を追わせた。
「こんな粉でも力があるのか」
手早くシャワーを浴びて出てくると、エンギワルーが不思議そうに周子の脱ぎ捨てたシャツに付いた魔石の粉を指先で掏り合わせている。
「ほんのわずかにね。ないわけじゃない、って言う方が正しい位、微弱なね。しっかし面白い、この時代の人は。オモチャだなんてミアムではそんなこと誰も考えなかったのに。私以外にそんな石っころを持ちたがる人間がいるとは思わなかった」
着替えを済ませ、濡れた髪を器用に括り上げながら、周子はエンギワルーを促し部屋を出ると、玄関から外へ出た。
「本当にその格好で行くつもりか?」
前を行く周子の姿を見て、エンギワルーはたちまち渋面を作った。
周子は、オフホワイトの、簡素な侍女の服装だ。
濡れた髪を上で一つにまとめ、いつもとはまるで様子が違って見えた。
「侍女にまぎれて大人しくしていろと言ったのはエンギワルーよ」
「だが侍女の格好をしろとは言ってない」
「いや、侍女の仕事もしますって。本気でまぎれるよ」
エンギワルーは実に嫌そうな表情をした。
「せっかく侍女に借りたんだもの」
「私には強引に脅し取っているように見えたが」
「あら。見てたんなら、間に入ってくれたら良かったのに。侍従長のあんたが言えばきっともっと快く貸してくれたはず」
「ああ。だからその後、侍女には駄賃を握らせたさ」
さばさばとエンギワルーは答える。
その会話の間合い、以前よりも一段と近しく、ぞんざいなものになっている。
それにしても、とエンギワルーは周子の様子を上から下までしみじみと眺めて。
しかしなぁ、とひと唸りして。
「まぎれるというより、まるきり異色だな、似合わない。あなたはそんな格好で控えているより、偉そうにふんぞり返って人を顎で使っている方が余程ずっと似合っているだろうに」
「何その現実認識。私にかしずきたいんなら正直にそう言いな?」
置いていくぞ周子、とエンギワルーは苦笑した。
「私にしてみれば、コンジョナシには、母親というより姉といった方が近いかと思うが、これを母親にと言い出すとは全く困ったものだな」
どうやら昨夜もコンジョナシはかなりごねたらしい。
コンジョナシは日頃大人しい分、いざとなると聞き分けのないところがある性質らしかった。ああ大人しくしているだけで、やはり実際は年相応に幼いというのが本当の所かもしれない。
「姉にならなってやってもいいけど」
「なってやっても? やっても? 図々しい。大体、私が欲しいのは己が血を引く子供だ。実の血を引かぬ娘なぞ要らぬ、しかもこんな手のかかる娘はごめんだ」
すぐさまそうきっぱりと却下したものの、だが、とエンギワルーは言って。
周子の腕をつかんだ。
思ったよりもずっと力強い、腕だ。
強引に引き寄せられる。
「それにしても、あなたの種はとても強そうだな」
五百年前の原生種、とつくづく感心したように唸って。
「私は身体的精神的に強靭な、己の種を後世に残したいとかねてより思っている。つまりは強く良質な子孫をだ。その点、あなたは非常に適していると思う」
「あのさ、口説くんならもちっとロマンチックな口説き方がいいんだけど」
「恋情に疎いあなたにそれははなっから無駄だろう」
キッパリとエンギワルーは言った。
「あなたがしたいのは、恋ではなく、取引、だろう」
あら、何と何の取引かしらね、と周子が笑ったそのとき。
「エンヴィ!!」
空を裂くように鋭く叫ぶ声が響いた。馬の鋭いいななきと荒い鼻息とがそれに続いて。
振り仰ぐと、葦毛の馬にまたがった、カズマがいた。
「馬車で先行ったんじゃなかったの? なんで一人で馬にのってんの?」
きょとんと馬上のカズマを見上げた周子の問いを、まるで無視して。
カズマはひらりと馬から下りると、腰の剣に手をかけた。
「なおれ」
エンギワルーが黙って地面にひざまづいた。
「ちょちょちょちょと、ちょっと待ってよ!」
慌てて周子が間に割ってはいる。
「なななななに物騒なもん翳してんのよ!」
周子がカズマの右腕を強く掴んで引き下ろすと、ふっ、とカズマの荒いだ気が揺れるのが分かった。
「周子、あなたには大人しくこちらで留守番をしていて欲しい。私兵も手配してある、これから切れ者のルシウスに会いに行くというのに、あなた連れでは交渉ごとに集中し切れない」
すかさずエンギワルーが口を開いた。
「ならば私もこちらへ残りますが?」
「……………………」
「周子の護衛、または監視ならば、私兵一山よりも私のほうがはるかに適任かと存じますが」
いつぞやカズマがギャランに対して使った言葉そっくりそのままに、エンギワルーはカズマに進言した。
身近に置いておいた方が、むしろ気がかりも少ないのでは? と続けるエンギワルーの声は非常に冷静で。
主人に首を落とされようとしていた者の出せる声ではない。
さもなくば、よほど胆の据わった強兵だ。
周子は至極落ち着いたその様子にへえ、と感心の声を上げてエンギワルーを見下ろして。
カズマは周子の肩を強く掴む。
「何があった、周子。このエンギワルーと」
「別に」
ふい、とそっぽを向く周子。やがてエンギワルーは短く断ってから身体を起こすと、衣ずまいを正した。
「これからアラカンサスモートへ行くのです、私を斬ってはさぞご不便でしょう」
「ほう、脅す気か」
カズマがちらりと視線を厳しくした。
周子は再び慌てて二人の間に割って入って。
「不便よ! 不便! エンギワルーの料理が食べられないなんて致命的!」
「……周子、旅先では私は料理は作らないが? むしろ先方に失礼だ」
「先方の料理長の腕に期待するんですね」
カズマも軽く頷いて。気をそがれたのか大人しく剣をおさめた。
そして、周子の侍女姿を見て、なんだか見てはいけないものを見た、とでも言わんばかりの表情をして、つくづく嫌そうに顔を背けた。
「何があったと聞いておる、エンヴィ」
「特に何もございませんが」
周子がこのとおり着替えただけですよ、とエンギワルーはいつもの仏頂面でさらりと返して。
「だいたい、若が気が短いんですよ。とっとと先に行ってしまうんですから」
「う」
「女性の身支度というのはいつの世でも時間のかかるものなんですよ」
「これが、か!?」
「ええ」
ギョッとして侍女姿の周子を指差すカズマにきっぱりと頷くエンギワルー。いつのまにか、エンギワルーが説教を始めている。なかなかいい光景だった。
やがてカズマが決まり悪そうに唸った。多少は、認めたらしい。
「くれぐれも……」
「承知しております。かつてはケスリングの鷹といわれた私も、いまは爪も、嘴も、すべて若の御為に捧げております」
「たか」
周子は首を捻った。
目の前のスキンヘッドの男は、かつては名を馳せた腕節の強い武人だったとは聞いている。ケスリングの鷹、とはなんとも格好の良い呼び名だ。確かに、気が利くし、行動も一事が万事的確で、日夜カズマの身近に控えていて少しも疲れを見せぬあたり、ただの従者ではない。落ち着きがあり度胸もいい。
「……鷹って言っても、でも、ものの見事にハゲタカ! ふはは」
エンギワルーがギロリ、と周子を睨んだ。
冗談言ってないで、さ、行きますよ! と、カズマはひょいと、周子を脇に抱えると、馬に乗せ、横腹を力一杯蹴った。
「……っとに」
待たせていた残り一台の馬車に乗り込んで、やれやれ、とエンギワルーが首を振った。
周子様は? と聞いてくるコンジョナシにひどく辟易して。
「弟が欲しいよ、一緒に遊べる弟が。周子様は強いから、僕、好きなのに」
「……やれやれ。強いから好き、というのは、女性に向けて良い言葉とは違うぞ?」
「違わないよ! 周子様ならきっと立派な弟を産んでくれる。パパも周子様みたいな気の強いのはかなりのツボなんでしょう、あんな可愛いなりしてあの気の強さ、男の征服欲と庇護欲とを絶妙なバランスで煽ってくるじゃないか」
「……征服欲庇護欲……って……お前……」
果たしてどこかで致命的に教育を間違っただろうか、とエンギワルーは暗澹たる思いで口の端を下げた。
「まあ、王は彼女にずいぶんとご執心のようだがな」
「やっぱり、ギャラン王のように、キラッキラの美形でないと駄目なんだ。周子様はきっとすんごいすんごい面食いなんだ、パパは四十過ぎのおっさんだから、唾だって引っ掛けてもらえないんだ……うわああああん!」
「言い過ぎだ、コン」
―――コンジョナシには悪いが、これはあきらめてもらうしかないな。
まさか若がわざわざ馬を駆って引き返してくるとは思わなかった。
王への供物とはいうが、若があれほど執着するのはいままでに見たことが無い。
「コン、強い女がいいのか?」
「うん」
ふうん、とエンギワルーは頷いて。強い女、これくらいの頼みなら叶えてやれそうかな、探せばまあいるだろう、とも考えて。
周子のように小柄でコンパクトな体つきのほうが、という己の好みを、この瞬間エンギワルーはあっさりと放棄したのだが。
「でも僕、マッチョでムキムキの女の人なんてイヤだからね」
「…………」
エンギワルーはやれやれと深い溜息を吐いた。
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まだ夜も明けきらぬ早朝、外のざわつきに気づいた周子は、慌てて窓枠に足を掛けると外へと飛び出した。
見れば、既に出立の準備を整えた馬車がずらりと並んでいる。
「ずるい! 黙っておいてくつもりね!」
周子は駆け寄ると、勢い良くカズマの胸倉を掴んで己が目線に引き寄せた。
「……なんて格好です」
小汚い、と、酷くむっとしたように呟いて、カズマは無下に周子の手首を捻り上げた。
「痛っ。魔石の実験をしてたのよ! 今朝方いまさっきちょっと、ほんのちょっとうとうとしちゃって! 五分! 五分あれば支度できるから、待ってて!」
ばばっ! と周子が回れ右をする、そのまま勢い良く屋敷の方へ走り出す周子の背中を見、カズマは体の向きを変えると、
「……すぐに出立する」
従者にそう言った。
「だからなんで無視すんのヨ!」
ひたと足を止め、振り返り叫ぶ周子。
「これから大変ハードな交渉ごとなのです、あなたなど連れて行けるわけがない、気が散る」
カズマはそう冷たく言い捨てて、さっさと自分の豪華な馬車に乗り込んだ。
その様子はいつにも増してひどく神経質で。
周子はちっ、と舌打ちすると、そのままの格好で、つまりは徹夜明けの作業着、服も肌も石粉だらけで髪もばさばさの珍妙な格好のまま、手近な従者の馬車に乗り込もうとし……髪から舞い上がった魔石の粉にくしゅん、とくしゃみをする。
刹那、ぼっ! と小さな炎が上がった。
馬車の幌に飛んだ炎を、駆け寄ったエンギワルーがとっさに上着を脱いで消し止めた。驚いた、余裕の無い褐色の目が見開いて周子を注視する。
「ごごごごごめんなさい、へっ、くしゅっ!」
「……着替えた方がいいな、こちらへ」
カズマの乗り込んだ馬車は既に遠い。エンギワルーは小さく嘆息した。
手早く指示を出すと、一台の馬車のみ残し、残りの従者達の馬車にはカズマの後を追わせた。
「こんな粉でも力があるのか」
手早くシャワーを浴びて出てくると、エンギワルーが不思議そうに周子の脱ぎ捨てたシャツに付いた魔石の粉を指先で掏り合わせている。
「ほんのわずかにね。ないわけじゃない、って言う方が正しい位、微弱なね。しっかし面白い、この時代の人は。オモチャだなんてミアムではそんなこと誰も考えなかったのに。私以外にそんな石っころを持ちたがる人間がいるとは思わなかった」
着替えを済ませ、濡れた髪を器用に括り上げながら、周子はエンギワルーを促し部屋を出ると、玄関から外へ出た。
「本当にその格好で行くつもりか?」
前を行く周子の姿を見て、エンギワルーはたちまち渋面を作った。
周子は、オフホワイトの、簡素な侍女の服装だ。
濡れた髪を上で一つにまとめ、いつもとはまるで様子が違って見えた。
「侍女にまぎれて大人しくしていろと言ったのはエンギワルーよ」
「だが侍女の格好をしろとは言ってない」
「いや、侍女の仕事もしますって。本気でまぎれるよ」
エンギワルーは実に嫌そうな表情をした。
「せっかく侍女に借りたんだもの」
「私には強引に脅し取っているように見えたが」
「あら。見てたんなら、間に入ってくれたら良かったのに。侍従長のあんたが言えばきっともっと快く貸してくれたはず」
「ああ。だからその後、侍女には駄賃を握らせたさ」
さばさばとエンギワルーは答える。
その会話の間合い、以前よりも一段と近しく、ぞんざいなものになっている。
それにしても、とエンギワルーは周子の様子を上から下までしみじみと眺めて。
しかしなぁ、とひと唸りして。
「まぎれるというより、まるきり異色だな、似合わない。あなたはそんな格好で控えているより、偉そうにふんぞり返って人を顎で使っている方が余程ずっと似合っているだろうに」
「何その現実認識。私にかしずきたいんなら正直にそう言いな?」
置いていくぞ周子、とエンギワルーは苦笑した。
「私にしてみれば、コンジョナシには、母親というより姉といった方が近いかと思うが、これを母親にと言い出すとは全く困ったものだな」
どうやら昨夜もコンジョナシはかなりごねたらしい。
コンジョナシは日頃大人しい分、いざとなると聞き分けのないところがある性質らしかった。ああ大人しくしているだけで、やはり実際は年相応に幼いというのが本当の所かもしれない。
「姉にならなってやってもいいけど」
「なってやっても? やっても? 図々しい。大体、私が欲しいのは己が血を引く子供だ。実の血を引かぬ娘なぞ要らぬ、しかもこんな手のかかる娘はごめんだ」
すぐさまそうきっぱりと却下したものの、だが、とエンギワルーは言って。
周子の腕をつかんだ。
思ったよりもずっと力強い、腕だ。
強引に引き寄せられる。
「それにしても、あなたの種はとても強そうだな」
五百年前の原生種、とつくづく感心したように唸って。
「私は身体的精神的に強靭な、己の種を後世に残したいとかねてより思っている。つまりは強く良質な子孫をだ。その点、あなたは非常に適していると思う」
「あのさ、口説くんならもちっとロマンチックな口説き方がいいんだけど」
「恋情に疎いあなたにそれははなっから無駄だろう」
キッパリとエンギワルーは言った。
「あなたがしたいのは、恋ではなく、取引、だろう」
あら、何と何の取引かしらね、と周子が笑ったそのとき。
「エンヴィ!!」
空を裂くように鋭く叫ぶ声が響いた。馬の鋭いいななきと荒い鼻息とがそれに続いて。
振り仰ぐと、葦毛の馬にまたがった、カズマがいた。
「馬車で先行ったんじゃなかったの? なんで一人で馬にのってんの?」
きょとんと馬上のカズマを見上げた周子の問いを、まるで無視して。
カズマはひらりと馬から下りると、腰の剣に手をかけた。
「なおれ」
エンギワルーが黙って地面にひざまづいた。
「ちょちょちょちょと、ちょっと待ってよ!」
慌てて周子が間に割ってはいる。
「なななななに物騒なもん翳してんのよ!」
周子がカズマの右腕を強く掴んで引き下ろすと、ふっ、とカズマの荒いだ気が揺れるのが分かった。
「周子、あなたには大人しくこちらで留守番をしていて欲しい。私兵も手配してある、これから切れ者のルシウスに会いに行くというのに、あなた連れでは交渉ごとに集中し切れない」
すかさずエンギワルーが口を開いた。
「ならば私もこちらへ残りますが?」
「……………………」
「周子の護衛、または監視ならば、私兵一山よりも私のほうがはるかに適任かと存じますが」
いつぞやカズマがギャランに対して使った言葉そっくりそのままに、エンギワルーはカズマに進言した。
身近に置いておいた方が、むしろ気がかりも少ないのでは? と続けるエンギワルーの声は非常に冷静で。
主人に首を落とされようとしていた者の出せる声ではない。
さもなくば、よほど胆の据わった強兵だ。
周子は至極落ち着いたその様子にへえ、と感心の声を上げてエンギワルーを見下ろして。
カズマは周子の肩を強く掴む。
「何があった、周子。このエンギワルーと」
「別に」
ふい、とそっぽを向く周子。やがてエンギワルーは短く断ってから身体を起こすと、衣ずまいを正した。
「これからアラカンサスモートへ行くのです、私を斬ってはさぞご不便でしょう」
「ほう、脅す気か」
カズマがちらりと視線を厳しくした。
周子は再び慌てて二人の間に割って入って。
「不便よ! 不便! エンギワルーの料理が食べられないなんて致命的!」
「……周子、旅先では私は料理は作らないが? むしろ先方に失礼だ」
「先方の料理長の腕に期待するんですね」
カズマも軽く頷いて。気をそがれたのか大人しく剣をおさめた。
そして、周子の侍女姿を見て、なんだか見てはいけないものを見た、とでも言わんばかりの表情をして、つくづく嫌そうに顔を背けた。
「何があったと聞いておる、エンヴィ」
「特に何もございませんが」
周子がこのとおり着替えただけですよ、とエンギワルーはいつもの仏頂面でさらりと返して。
「だいたい、若が気が短いんですよ。とっとと先に行ってしまうんですから」
「う」
「女性の身支度というのはいつの世でも時間のかかるものなんですよ」
「これが、か!?」
「ええ」
ギョッとして侍女姿の周子を指差すカズマにきっぱりと頷くエンギワルー。いつのまにか、エンギワルーが説教を始めている。なかなかいい光景だった。
やがてカズマが決まり悪そうに唸った。多少は、認めたらしい。
「くれぐれも……」
「承知しております。かつてはケスリングの鷹といわれた私も、いまは爪も、嘴も、すべて若の御為に捧げております」
「たか」
周子は首を捻った。
目の前のスキンヘッドの男は、かつては名を馳せた腕節の強い武人だったとは聞いている。ケスリングの鷹、とはなんとも格好の良い呼び名だ。確かに、気が利くし、行動も一事が万事的確で、日夜カズマの身近に控えていて少しも疲れを見せぬあたり、ただの従者ではない。落ち着きがあり度胸もいい。
「……鷹って言っても、でも、ものの見事にハゲタカ! ふはは」
エンギワルーがギロリ、と周子を睨んだ。
冗談言ってないで、さ、行きますよ! と、カズマはひょいと、周子を脇に抱えると、馬に乗せ、横腹を力一杯蹴った。
「……っとに」
待たせていた残り一台の馬車に乗り込んで、やれやれ、とエンギワルーが首を振った。
周子様は? と聞いてくるコンジョナシにひどく辟易して。
「弟が欲しいよ、一緒に遊べる弟が。周子様は強いから、僕、好きなのに」
「……やれやれ。強いから好き、というのは、女性に向けて良い言葉とは違うぞ?」
「違わないよ! 周子様ならきっと立派な弟を産んでくれる。パパも周子様みたいな気の強いのはかなりのツボなんでしょう、あんな可愛いなりしてあの気の強さ、男の征服欲と庇護欲とを絶妙なバランスで煽ってくるじゃないか」
「……征服欲庇護欲……って……お前……」
果たしてどこかで致命的に教育を間違っただろうか、とエンギワルーは暗澹たる思いで口の端を下げた。
「まあ、王は彼女にずいぶんとご執心のようだがな」
「やっぱり、ギャラン王のように、キラッキラの美形でないと駄目なんだ。周子様はきっとすんごいすんごい面食いなんだ、パパは四十過ぎのおっさんだから、唾だって引っ掛けてもらえないんだ……うわああああん!」
「言い過ぎだ、コン」
―――コンジョナシには悪いが、これはあきらめてもらうしかないな。
まさか若がわざわざ馬を駆って引き返してくるとは思わなかった。
王への供物とはいうが、若があれほど執着するのはいままでに見たことが無い。
「コン、強い女がいいのか?」
「うん」
ふうん、とエンギワルーは頷いて。強い女、これくらいの頼みなら叶えてやれそうかな、探せばまあいるだろう、とも考えて。
周子のように小柄でコンパクトな体つきのほうが、という己の好みを、この瞬間エンギワルーはあっさりと放棄したのだが。
「でも僕、マッチョでムキムキの女の人なんてイヤだからね」
「…………」
エンギワルーはやれやれと深い溜息を吐いた。
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- 2006-08-26 04:39
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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