コハリトりみっと
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「……ったく。どいつもこいつも」
ギャランは苛立ちを露わに部屋の中を幾度かぐるぐると回り、踏みつけた書類をざばりと蹴り上げた。
「ですから、王が机でお仕事なんて。似合いません。後宮においでませ」
イヴの誘いに、ギャランはぶすりと鼻をひとつ鳴らした。
「もともと後宮はお前のためのものだ、イーヴ。おれはそんなもん、はなっから興味はない」
「まあひどい。でもずいぶんと熱心にお通いになられました」
「お前のためだ、お前をかくまうためだ。何度同じことを説明したと思っている、イーヴ」
イヴは、さあ、とゆったりと口角を上げ薔薇の如きあでやかな笑みを浮かべると、首を傾げてみせた。
「王のお仕事はセッ……」
「黙れ。っつか、仕事じゃなくてもそれはするから」
ギャランは口の端を下げて腕組みをすると、ララクロノフに向け顎をしゃくった。
「トリ、机を直しやがれ」
「イヤじゃ、ワシはただの剣じゃシ」
がくっと脱力するような応えが返ってきて。
「では私が」
唐突に気が向いたのか、急にうきうきと机に手を掛けようとしたイヴを、ギャランは大きな溜息を吐いて押し止め。
「お前には重い、イーヴ」
「まあ。王はほんとうにお優しいのね」
青い耀きが、上機嫌にきれいな弓形になるのを見て。
柳に風、なイヴとのやり取りにはとうに慣れきってはいるものの、どうにも虚しさばかりが募る。自分で自分が暴れた片づけをするのも尚更気が滅入る。
「後宮とは王のためのもの。王は、お子をなさねば周囲の者が困ります、それこそ王の大好きなお仕事ではないですか」
「ラインハルトの馬鹿めが」
イヴに余計なことを吹き込みやがって、とギャランはうんざりと一声詰ったが。
起したデスクの上にどっかと座ると、イヴを斜めに見上げた。
「……なぁイーヴ、女ってのは何発撃てばヒットすんだ? おれはもうさんざん……いっそ周子に子が出来るならおれはウェルカムだ、さすがにあの周子だって大人しくおれのものにな……」
「身勝手なものじゃ、そんなことをするから嫌われるのじゃ、若造」
順番が違っておろうが、と窓枠のララクロノフが口を挟んだ。
「タチバナがお主の腕の中で正気を失うのは知っておろうに。タトゥーの効力に任せそんな無茶をしておるのか、若造。それは、無・理・矢・理、というのだ、まったく、そんな下劣な真似をして、抱けば抱くほど嫌われるのに気づかぬか、バカ者めが!」
「う」
短くうめいたギャランに、ララクロノフは嫌な笑い方をした。
「まぁ所詮貴様ごときがタチバナの血を分けられるものか」
血を分ける? と怪訝そうに眉根を寄せたギャランに、
「言うておく」
ララクロノフは一度鋭く黒瞳を光らせた。
「ロレンスには決して会わせるな。あの気狂いが選んだ男だ、それ相応の理由がある。ミアムの血はミアムの血でしか分けられぬ。会わせたら最後、タチバナは二度とお主の手には入らぬぞ、一度でも会えばタチバナは奴に惚れる」
つまりはじゃな、と喉毛を揺すり、ララクロノフは真顔で補足した。
「……孕むぞ」
「!!」
たちまちざばりと金髪を逆立てたギャランを見て、バカは面白いの、と嘴の間からにゅっと先割れした細い舌を突き出し躍らせた。
「ど……どこまでホントだ、ちっくしょ、てめ、何知ってやがる。そーだ、てめぇは事の顛末を知ってるはずだ、五百年前に一体何があった」
「あの気狂いめ、いくら世間知らずの箱入りに娘を育てたとはいえ、魔物に関する知識だけは十分に与えたはずじゃが。存外そうでもないようじゃ。溺愛が過ぎたか……己が強さを過信したか。娘を手放すことなど、本気で想像だにしなかったのじゃろ……ともあれ、一度精を吸われればその本質に気づくであろうに、タチバナめ、野放しとは抜けておるの」
のう、ゴールデンエンジェルよ、ララクロノフは話の矛先をふいにイヴへと向けた。
「わたくしは、周子様を一目見て歓喜のあまり身体が打ち震えました。まさに尽きぬ泉を見付けた気分でございましてよ! こう、魂を揺さぶられるような。その魔力の強さ、衝撃的な出会いでございましたわ。なんて素敵!」
「てめっ!」
おれの問いをスルーたぁいい度胸だ! と叫ぶなり、ギャランは咄嗟に床上に転がっているインク瓶を引っつかんでララクロノフ目掛け強投、が、半目を閉じたララクロノフはほんの少しだけ首を傾げただけでそれを回避、窓枠に当たった拍子にインク瓶の蓋が飛び、硝子を真っ黒に染め上げた。
「ふん」
良い色じゃの、と呟くその余裕ぶり、やはり相当魔力が充実しているらしい。
「そのような態度で誰が仔細を話して聞かせるか、バカ者めギャッ!」
一瞬の隙をついてギャランがララクロノフの首を捕まえ、締め上げた。
「ヌオ! すばギャいの!! ハギャセ!」
「フェイントなんだよっ、インク瓶はよっ! おれは本気だ、くびり殺すぞ吐きやがれ、ロレンスってのは何者だ! どこに居やがる」
「ワシゃあなんも知らん! ワシを殺せヴァげふげふタチバナが怒るぞ、ワシゃ貴様の身を守るようタチバナに命ぜられておる、いわばワシゃお主の守護神じゃ、ワシを大事にしないと罰があたるぞ」
「よっくしゃべるじゃねぇか、魔物のクセして守護神だとどの口が言いやがる、これかこのちんまい尖がり嘴か! 引・き・ちぎってやる!」
「ぬおおおおハンズ、助けんか!!」
嘴をぎゅむぎゅむと引っ張られながら、必死で身を捩って助けを求めたララクロノフの視線の先、ギャランはソファの下に、なにやら小さな肌色の塊が潜んでいるのを見てぎょっとした。
「ハ、ハンズまでいやがるのか! なんでだ! 一体いつの間に! ここは魔物の王宮か!」
「ぢゃから、タチバナが置いていったのぢゃげぶげぶげぶ」
「なにっ?」
ヤバイ、周子が置いていったと聞くだけであんなちんまい指十本までもが愛しく思えてきた、おれはかなりキてる、とうめいてギャランは片手で額を押さえた。
「何だかんだつれなくしたところで、タチバナはお前の身を案じておるのじゃろうて。我らにかほどにたんまりと魔力を分け与えたのが何よりの証じゃ」
「周子が?」
「おうよ。先代とて、これほど気前良く魔力を分け与えなんだ、出血大サービスぢゃ、貴様の身を案じておるんジャ、貴様を守るようにとの厳命じゃ」
「……ったって! おれっ十分に強いぞ?」
「それでも心配なのぢゃ、おとめごころを分かれ」
「乙女心…………そ、そうか? そうなのか?」
周子に乙女心、ギャランは困惑した表情になった。
「それってむしろありえな……」
「黙れ無礼者! ワシゃタチバナに遣わされたいわばタチバナの代理じゃ、タチバナじゃと思うてもそっと大事にかしずけ。敬え」
ギャランの青い瞳が一層の困惑に揺れた。
「お主は親切で男気のある奴ぢゃとタチバナに言うてやっても良いぞ」
「え? ―――ッ!」
隙を突いてララクロノフの尖嘴が手を裂いた。そこへ肢をかけ傷口を広げるようにして身を捩り、ギャランの手中からすり抜ける。咄嗟に払ったギャランの手の先から鮮血が散った。
「ふむ。頭が弱いのは、やはり、その血の所為かのう」
「……。お前がイーヴの正体を知っているというのなら、その能力も知っているのだな。好むと好まざるとに関わらず、すべからく世の者に愛される、そんな妙ちきりんな能力を」
頷くララクロノフ。
「魅了という効力じゃ。高位の魔物の証じゃて」
魔物ならではの気紛れか、だが、確かに真実であろう返答の手応えを得て。
ギャランは真顔でララクロノフを見た。
「おれの本質を問わず、一目見ただけでおれを愛しいと言って寄越す、これがどれほどに間抜けで腹立たしいことか、お前に分かるか? おれがどれほどバカなことを言っても皆が称える、これほど気味の悪いことは無いだろが。さっきのアシューを見たろう? 迂闊に力をぶつければ、実直しかとりえの無いあの男でさえ骨抜きだ。おれが国王になるのを嫌がるのも分かるだろうよ」
「いいえ」
ゆったりと柔らかな口調でイヴが口を挟んだ。
「王はその輝かんばかりのあでやかな金髪、夏の晴天のような青い瞳、長身で丈夫な良い身体、どれをとっても大変に美しく雄々しいお姿でございます。あまつさえ、はっきりとした御気性とさっぱりとしたお優しい心根をお持ちです、さすれば、人に愛されて当然でございますわ」
「おれは嫌だぞ。好むと好まざるとに関わらず称えられる、おれが寄るだけで幸せそうにしやがって。これほど気味悪いことが他にあるか!」
イヴはにっこりと微笑む。
「それこそ神の所業でございます」
「ダレが神だ!」
魔物のくせに神言うな! とギャランは金髪を逆立てた。
「それにおれの半分は人間の血だ。イーヴ、お前と一緒にするな」
「ほほう、では、お主の嫌うサーデュラスとかいう男の血をウエルカムだと申すか」
「!……手厳しいな、トリ!」
そううめくとギュッと血の滴る利き手で拳を強く握った。
イヴがまあ、と感嘆の声を上げ、うっとりとギャランを見つめる。
「王が、あのサーデュラス陛下のお子だなんて、素敵」
うんざりと、ギャランが返す。
「おれはお前の子だよ、イーヴ」
「存じ上げません」
イヴはきっぱりと首を振った。
ったく、何べん言ってもこれだ、とギャランは舌打ちして。
そんなギャランをララクロノフが嘲笑する。
「あきらめろ、魔天使は忘れやすい。誰にでも愛され誰でも愛し、情欲の交感を以って魔力の糧と為す、いわば高位の淫魔じゃ、いちいち細かいことを覚えておらぬ」
「親子ってのが細かいことかよ!」
知らんと言うておるんじゃ、知らんもんは知らんぢゃろが! と横暴な肯定をしてララクロノフは頷き。
「そもそもゴールデンエンジェルは、一ツ所に長く留まる事のない愛の狩人じゃ、この王宮深くに居ついておるとは、まこと、珍しいて。なにか心残りでもあるのじゃろ」
「ええ、わたくし、サーデュラス陛下をお待ち申し上げているのですわ」
「……おまけに長らく石牢に繋がれていたことも忘れているようだしな」
あきれきった声でギャランは呟く。
「それは覚えていますわ。サーデュラス陛下は夜な夜な人目を忍んでいらして下さいました」
「……だから……それは飼い殺しというのだ、イーヴ。サーデュラスは用が済んだ後でもお前を飼い殺しにして陵辱の限りを尽くした、お前を地下の石牢につないでな。おまえ、マジでひどい仕打ちをされていたのだぞ?」
「さあ。陛下はそれは大変に足しげく通ってくださいました。私は一度たりともひどいと思ったことはございませんわ」
はー、やれやれ、とギャランは息を吐いて肩を落とした。
「何度言って聞かせてもこれだぞ、トリ、虚しさ抜群だ」
「良い気質じゃ。実にゴールデンエンジェルらしい、神々しさじゃの!」
「神々しさ、だと!?」
「無論じゃ」
キッパリとララクロノフは頷く。
良い気質、と唸ったきりギャランはしばらくの間押し黙った。
やがて首の後ろに手をあててさすりさすり、首を回して。
「そりゃあおれだって、別にこれを母親だとは思ってないぞ、特別な肉親の情があるわけでもない、精気を求められれば与えるさ、イーヴはおれよりはるかにその消費が激しくすぐ死にかける、おれはそれについては細かいことは言わん。生か死かを突きつけられれば救ってやりたいと思ってもかまわんだろ、おれは別に間違ったことはしちゃあいない」
「王の精気は密度が濃くて、摂るには効率がよろしゅうございます」
そう言うイヴの表情は、献立のメニューでも眺めるかのように冷静だ。
ララクロノフも同意した。
「うむ、若造は魔力があるからな。気を無駄に放ちまくっているからな、タチバナはそれにはすぐに気づいたようだが、まさかこの若造がすなわち魔物であるとまでは思わなかったようじゃ。バレりゃワシと同じように足蹴にされるに違いないのじゃ、死ぬまでこき使われるのに違いないのじゃ、ぬう、タチバナに言うてやろうかの」
「さっきはおれを推すと言ってなかったか、トリ」
ギャランの声に怒気が滲む。
「でも王は、このごろはまるでつれないですわ」
イヴの非難の声にギャランはきっぱりと首を振った。
「他所で済ませ他所で。十人だろうが二十人だろうが。命が惜しければ手間を惜しむな。おれはとにかく周子しか抱かん。好いた女を抱くのがあんなに好いものだとは思わなかった。いわばおれにとっちゃ初恋だぞ、あんなふうに誰かの興を買いたいなぞ思ったことが無ぇ」
そう言ってギャランは少し照れたように口の端を上げた。
周子のことを考えるとどきん、と鳴る己の胸がまるで見知らぬ別の生き物のようで、その恋情が愛しい。
「うふふ、私も周子様、大好きです。あんな金のオーラを放って……まさに金色。とっても美味でございました」
「食事か! お前は黙ってろ!」
「周子様から精気を頂くと、とても幸せな気持ちになりますわ。王にはものすごく叱られましたけれど……、あらやだ、またそんな怖いお顔をなさって」
ギャランの表情が険しくなったのを見て、イヴの顔からさあっと血の気が引いた。
「二度とするなと言ってある、分かっているな?」
「ええ。王がわたくしにあれほど激しくお怒りになられたのは初めてのことでございます。せっかく頂いた精気を取り上げられ、あの時は私、本当に死んでしまうかと」
怖かったわ、と怯えた様子で微かに肩を震わせると、彼女の美しさが一層際立った。
だがすぐにイヴは、まるでオモチャを取り上げられた幼い子供のようにその真っ赤な唇を突き出して文句を言った。
「王はずるい。あんな濃厚な金の精気を存分に堪能なさって」
ギャランの肩がまたがっくりと落ちた。
ララクロノフが嗤う。
「タチバナは魔力が強い。魔物がさらに魔力の強い者に服従するのは本能じゃ。タチバナの興を買いたいなぞと言うお主はしっぽ振る犬じゃ。お主がタチバナにぞっこんなのもタチバナが人一倍魔力が強いからじゃて……なにが恋じゃ。タチバナがタトゥーの所為でお主を拒めぬのを良いことに、夜毎夜毎にしつこくしつこく抱きおって!」
「それは違う」
ギャランはムッとして即座に否定した。
「おれが周子を好きなのは、好きだからすきなのだ、魔力なんざ関係無ぇ」
が。
ぶるりと肩が震えた。
―――はたしてそれが本当か、
自分が周子にこれほどに入れ揚げているのは、本当はこの身がその精気を求めているからだろうか、と疑ってしまう。周子を抱いたときの満足感が、それに由来するのだとしたら、それはもはや恋情ですらない、ただの食欲だ。
なんとあさましいことであろうか。
ハンズが周子の首に喰らいついていたあの情景を思い浮かべ。
―――ひょっとしたらおれはあれと同等かも知れぬ。
そんな不安が魂を竦ませる。そんなはずはないと、ますますその身体を求めてしまう。腹の下で喘ぐ周子の甘い息に何らかの解が無いかと求めてしまう。
見透かしたようなララクロノフの眼差しが、殊更気に触った。
「トリ、真っ二つの剣の洞窟でお前を抜いたときの騒ぎを覚えているな? おれは黙って立ってるだけで周囲の者を魅了する力がある、とすればだ、その意味では、おれにその効力があるのなら、周子だっておれにオチて然るべきだ。なんで周子にだけ効かん!?」
「ふむ、お主は臣下に囲まれ大人気じゃったの。だがしかし、魅了の効力がだだ漏れとて、タチバナはお主にはオチぬ。先ほども言うたとおり、魔力がケタ外れているからじゃ、その程度の魅了の効果がタチバナに効くものか」
身の程を知れ、とこの上なく冷たい言い草で返され。
「ぐ。……そ、それならそれでおれは遠慮なくガチでラブができるってわけだ、むしろそっちの方がよほど気分が良い。カズマ同様、ダメなものはダメと周子がはっきり言うからこそ、信頼に足る、だからこそ、おれのこの妙なお色気効果抜きで、あいつが一言、おれを好きだと言ってみろ、おれは嬉しすぎて死ぬかもしれん」
「言わせると良かろうが。わざわざワシやハンズをお主の護衛につけておる、つまりはタチバナはお主を大事にしとる、タチバナが他人に気遣いを示すなぞありえんが、お主だけは別格に扱っておる、それだけ愛情を抱いておるのじゃ、ぞっこんじゃ」
存外のその言葉に。
目を丸くしてギャランはララクロノフを凝視した。
「ぞっこん……」
「ぞっこんじゃ」
ギャランの呆けたような真顔が、ぱあっと朱に染まりゆくのを見て、
「ぢゃから、さっさと命じて好きだと言わせろ」
「へ?」
「タチバナとてミアムの種、隷属のタトゥーという足枷をつけた、ひとりの女ぢゃ。あの気位の高いタチバナが、タトゥー抜きでやすやすとお主になぞ許すものか。さっさと命じて好きだと言わせろ、そしてお主はとっとと死んでしまえ。はよ死ね。死・ん・で・しまえ。自主的に死ね、ワシがタチバナから叱責を受けぬようにして死ね。貴様がいなければ、タチバナが命じなければ今頃ワシはもっとずっと自由に大空を飛べた筈なんじゃ!」
唐突に、ものすごい角度で話が捻じ曲がった。
この上なく自己中心的なララクロノフの心根に、ギャランは、重力にも似た奇妙な何か、眩暈のようなものを感じた。
「た、タトゥーだと? タトゥーなんざくそくらえだ。おれはそんなもんに頼るつもりは毛ほども無ぇ。べ、別にセックスがしたいわけじゃあ無いぞ、口で言っても周子は分からぬから、抱くまでだ、おれがほんとに欲しいのはそのハートだ」
「ぢゃから、タトゥーを解いてから、口説け」
ララクロノフが捻じ曲げた論の先、予想外のタイミングで、順番を間違えるな、と今度は正論で以って諭され、ギャランはますます困惑した。ララクロノフの表情は硬く、真摯だ。この魔物はどこまで本気なのか、実に巧みに心の隙を突いて来る、一体全体はたして魔物というものはかように油断ならぬものなのか、あるいは、
―――つーこた、それを使うお前も相当物騒だな?
―――ご名答。その目で見て実感した? だから早いうちに手を切りたいと私は言ってたのよ。私なんかとつるんでいたってろくなことにならないんだから
さっとギャランの表情が翳り、ララクロノフの黒瞳が、抜け目なく残酷に光った。
「タチバナがワシの首を締めて言うておったぞ、ギャランの望みは何だ? と。終日腰にぶら下がっているのなら何か聞いてはいないかと。ふん、ワシとてなにも好んでこんな若造の青臭い腰にぶら下がっておるわけじゃないのだがのう! ともかく、タチバナに首を締め上げられるのはご免じゃ、お主はさっさと呪を解いてタチバナを放せ。タトゥーある限りタチバナはお主を毛嫌いするぞ、ガチでラブなぞとバカ言う前に、何よりもまず先にあの忌々しいタトゥーを解け。タトゥーを解けば、タチバナとてお主を少しは評価するじゃろうて。お付き合いは、まずは、対等な関係、そこからぢゃ!」
「お、お付き合いて……そそそれおおおおお前の言葉か???」
本音と煽りの奇妙に入り混じったララクロノフの言葉を振り切るように、ギャランは混乱した頭をぶんぶんと強く揺すった。
「だだだだが、だが解いてみろ、ぜってーオチないと思う、むしろ確信に近い。解いた途端あれは絶対逃げる、おれを殺して逃げる、それにタトゥーがなければ、それこそ周子はカズマを取る気がす……」
唐突に滲んだ不安の色にララクロノフはあきれたように喉を鳴らした。
「ほほう、嫉妬か。己が死よりも取られることを怖れるか。未だやってもみぬことで先に分の悪さを図るとは、ますますのバカじゃの」
「ぐ。おまえ、ホント腹立つ、トリ」
「図星だからであろうよ」
底意地の悪い肯定の笑みで返すララクロノフ。
「じゃがその魅了の効力、そのメガネには効かんが、お主がメガネと仲良しなのはむしろその所為かの」
ギャランはたっぷり数秒の間、言葉を飲み込んで。
シャツの襟からのぞく、首に掛けた鎖を軽く摘んで揺すった。
「そらカズマにやったこの魔除けの所為だ。どこだかに出かけるから念のためだと言ってカズマがおれに掛けて寄越したが」
その妙にキラキラ光る小洒落た首飾りか、ワシゃ嫌いじゃ、とララクロノフは顔を背けた。
「はは。いくら本来、おれの身を護るためのものだとはいえ、このおれに魔除けたぁ、妙な話だな。強力な結界に似た効果があるそうだ、ゆえにおれのこの作用にも影響されん、その点おれは奴を絶対的に信頼している、おれに冷たく意見するのもカズマにしかできぬことだ、が……」
―――もし、これが無ければ、カズマも、おれとまともに話が出来ぬのだろうか
並み居る臣下がこぞってひれ伏す中、カズマだけは遠慮なく自分に意見することができる、それをこの十年、ごくあたりまえのことだと思っていたが。
だが、カズマとて、ごく普通の人間である。
カズマがああも冷静なのは、イヴ譲りの効力が及ばないから、つまりは、魔除けをその首から下げているから、それ以外の何物でもないのではないか。
―――もし、これが無ければ、
腹を割って話をすることのできる、そんなカズマとの関係が、あっという間に失せてしまう気がして、ギャランは言い知れぬ不安とやるせなさ、胸を潰すような虚しさをおぼえた。
突如、ララクロノフが、ひきつけを起こしたかのように一度大きく身体を震わせた。
次いで、体格の倍ほどに毛をざわりと逆立てたかと思うとぴたりと硬直、そのまま置物のように窓枠から落下する。
瞬時に剣の姿に戻って床を打った、硬質な音が一際高く響いた。
「どうした、トリ!」
真っ二つの剣が、床上で狂ったように回った。
「……奴がくる」
「奴?」
ドアの向こうに、何者かが走り寄ってくる足音を聞き。
ギャランはすぐさま剣を拾い上げると、ドアに向かって斜に構えた。
駆けて来た足音は執務室の前で止まるでもなく、激突せんばかりの勢いで派手な音を立て、ドアを大きく開け放った。
「王! ……のあっ!」
胸部、心臓の真上に渾身の強蹴を一発喰らい、どうと廊下向こうの壁に背を打ちつけたのはアシューだった。強烈な衝撃に咳き込む、苦しげな咳嗽音が廊下に響く。
「なんだアシューか、懲りん奴だなお前!」
そう言ってギャランは、気まずそうに咳払いを一つ。
「……まあいい。あいにく書類はちっとも進んでないぞ、やはりトリのせいだ、トリが悪い、このトリはもんのすごく性根が悪いぞ」
と言いながら、ギャランは抜いた剣を腰に戻そうとした。
「……ッ!」
刹那、真っ二つの剣が、ビッ! とはじけてギャランの掌中より床上に落ちた。
突如走った痺れにも似た衝撃、灼熱に焼いた針で突かれたようなその痛みに、カッとなったギャランは、
「トリてめっ、なにしやが……っ」
床上に取り落とした真っ二つの剣を思いっきり蹴り飛ばそうとしたが、その腕を引いたのはアシューだった。
アシューは首がちぎれんばかりに頭を強く振った。
「王、大変です!……サーデュラス前王陛下が!」
「そんなに奴に会いたいのか! わーかったって。ちゃんと今から探しに行ってや……」
そう言いかけ、ギャランはふと真剣な表情になった。目の前のアシューを見、まるで首を吊りかけたかのようなそのひどい顔色に、これはなにか大事であるなと直感する。
「失踪中のサーデュラス前王陛下が、隣国セリアの宰相、シュルツ・ゲッターフィールド殿を伴いまして、お見えです」
「何だと!?」
さすがにギャランも耳を疑った。
「生きていやがったのか!?」
「左様でございます、たいへんに……ぴんぴんなさっておいででございます!」
ギャランはぐぐぐ、とうめくと同時に喉の奥で笑った。
「よ、良かったじゃあねぇか、アシュー。お前の大好きなサーデュラス様様のご帰還だな」
「冗談や強がりを言っている場合ではございません!」
失礼致します! と悲鳴に近い断りの言葉を叫んで、アシューがギャランの胸倉を掴んだ。ボタンを引きちぎらんばかりの勢いでシャツの前を開け、ギャランの上体からばさりと一気に剥いだ。
新しいシャツを着せ、アシュー手づからそのボタンを一番上まできっちりと留め上げると、ギャランの顔をじっと見詰めた。
「よろしいですか、王。あなたは今やこの国の王でございます。我々の王は、ギャラン様です、セリアの辣腕宰相、シュルツ・ゲッターフィールドを前にヘマは出来ません」
「…………」
眉を寄せたギャランに、すかさずアシューはぱちんと一つ指を鳴らした。
侍女達によってあれよあれよと言う間に正装に仕立て上げられながら、いや、とギャランは短く否定した。
「おれはヘマをするぞ」
ギャランは真面目な声で言った。
「己の言葉の拙さは言われんでもようく分かっている。ちょうどいいじゃねぇか、お前の大好きなサーデュラスとまたつるめばよかろう、お前がサーデュラスを望んでいるのは良く分かっている、これは嫉妬ではなく、ちゃんとした現実認識だ」
「王!」
「気安く王と呼ぶな」
「否。王、我々の王はギャラン様です」
繰り返しそう縋るアシュー。予想外に執拗で頑固なその態度に、ギャランはじっとアシューを見つめたが、アシューはただ頑なに何度も頷くだけだった。
「さあ、お早く!」
強引に腕を引かれ。
ギャランは、己の首から魔除けを外すと、アシューの首に掛けた。
「頭を冷やしてよっく考えろ、王になら、サーデュラスの方が断然お買い得なはずだ。お前も長いこと仕えてきたんだろが。おれのようなバカを相手にするよりずっとやりやすいはずだ。お前が冷静におれを量れぬのであれば、この魔除けをくれてやる」
「は? いえ! 今はそのような場合では。魔除け? いや何を仰いますそんな……えっ」
不意に国王御手づから己の首にと掛けられた首飾り状のそれに、アシューはひどく動揺したようだった。
「下賜など畏れ多い!」
と叫んだアシューの胸をどん、と度衝いて、突き放す。
「貴様は宰相だ、正気に返って国を計れ。先のことはおれは今は言わぬ、シュルツ・ゲッターフィールドが来たなら、ひとまず面だけは通してやる」
カズマがあえて魔除けを返して寄越した理由、全くあの男はおれをよく分かってやがる、とギャランは冷笑した。
―――カズマさえいれば、上手く、全てをそつなく取り計らうだろうが、
今この場のカズマの不在が痛かった。
「トリ」
ギャランは取り落とした床上の剣を足先で軽く小突いた。
飛び去ろうとする剣を蹴り倒し踏みつけ、拒むが如く床上でカタカタと硬質な音を立てたそれを拾い上げると、ギャランは己の腰に差して。
「トリ、てめぇサーデュラスには抜かせなかったんだろが。真っ二つの剣の洞窟で、むしろコケにしたんだろ、今更そう身構えることも無かろうが。それに、腕っぷしならおれは奴より強い。そりゃ確かだ、断然、にだ」
「見くびるな」
ララクロノフが、ふーっ、とひと鳴きした。
腰の剣からじりじりと不快な振音が伝わってくる。つい先ほどまで、入り組んだ意地悪を言ってギャランを玩んでいた気とは全く違う、痺れるような緊迫は、痛いほどだ。
「ワシが抜けと言うまで、抜くな。うかつに抜けば命は無いぞ」
「なんだと!?」
ギャランはぎょっとして己の腰に収めた美しい黒剣を見た。
[tog]84:すべからく万人に愛される男 [2007/07/31]
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ギャランは苛立ちを露わに部屋の中を幾度かぐるぐると回り、踏みつけた書類をざばりと蹴り上げた。
「ですから、王が机でお仕事なんて。似合いません。後宮においでませ」
イヴの誘いに、ギャランはぶすりと鼻をひとつ鳴らした。
「もともと後宮はお前のためのものだ、イーヴ。おれはそんなもん、はなっから興味はない」
「まあひどい。でもずいぶんと熱心にお通いになられました」
「お前のためだ、お前をかくまうためだ。何度同じことを説明したと思っている、イーヴ」
イヴは、さあ、とゆったりと口角を上げ薔薇の如きあでやかな笑みを浮かべると、首を傾げてみせた。
「王のお仕事はセッ……」
「黙れ。っつか、仕事じゃなくてもそれはするから」
ギャランは口の端を下げて腕組みをすると、ララクロノフに向け顎をしゃくった。
「トリ、机を直しやがれ」
「イヤじゃ、ワシはただの剣じゃシ」
がくっと脱力するような応えが返ってきて。
「では私が」
唐突に気が向いたのか、急にうきうきと机に手を掛けようとしたイヴを、ギャランは大きな溜息を吐いて押し止め。
「お前には重い、イーヴ」
「まあ。王はほんとうにお優しいのね」
青い耀きが、上機嫌にきれいな弓形になるのを見て。
柳に風、なイヴとのやり取りにはとうに慣れきってはいるものの、どうにも虚しさばかりが募る。自分で自分が暴れた片づけをするのも尚更気が滅入る。
「後宮とは王のためのもの。王は、お子をなさねば周囲の者が困ります、それこそ王の大好きなお仕事ではないですか」
「ラインハルトの馬鹿めが」
イヴに余計なことを吹き込みやがって、とギャランはうんざりと一声詰ったが。
起したデスクの上にどっかと座ると、イヴを斜めに見上げた。
「……なぁイーヴ、女ってのは何発撃てばヒットすんだ? おれはもうさんざん……いっそ周子に子が出来るならおれはウェルカムだ、さすがにあの周子だって大人しくおれのものにな……」
「身勝手なものじゃ、そんなことをするから嫌われるのじゃ、若造」
順番が違っておろうが、と窓枠のララクロノフが口を挟んだ。
「タチバナがお主の腕の中で正気を失うのは知っておろうに。タトゥーの効力に任せそんな無茶をしておるのか、若造。それは、無・理・矢・理、というのだ、まったく、そんな下劣な真似をして、抱けば抱くほど嫌われるのに気づかぬか、バカ者めが!」
「う」
短くうめいたギャランに、ララクロノフは嫌な笑い方をした。
「まぁ所詮貴様ごときがタチバナの血を分けられるものか」
血を分ける? と怪訝そうに眉根を寄せたギャランに、
「言うておく」
ララクロノフは一度鋭く黒瞳を光らせた。
「ロレンスには決して会わせるな。あの気狂いが選んだ男だ、それ相応の理由がある。ミアムの血はミアムの血でしか分けられぬ。会わせたら最後、タチバナは二度とお主の手には入らぬぞ、一度でも会えばタチバナは奴に惚れる」
つまりはじゃな、と喉毛を揺すり、ララクロノフは真顔で補足した。
「……孕むぞ」
「!!」
たちまちざばりと金髪を逆立てたギャランを見て、バカは面白いの、と嘴の間からにゅっと先割れした細い舌を突き出し躍らせた。
「ど……どこまでホントだ、ちっくしょ、てめ、何知ってやがる。そーだ、てめぇは事の顛末を知ってるはずだ、五百年前に一体何があった」
「あの気狂いめ、いくら世間知らずの箱入りに娘を育てたとはいえ、魔物に関する知識だけは十分に与えたはずじゃが。存外そうでもないようじゃ。溺愛が過ぎたか……己が強さを過信したか。娘を手放すことなど、本気で想像だにしなかったのじゃろ……ともあれ、一度精を吸われればその本質に気づくであろうに、タチバナめ、野放しとは抜けておるの」
のう、ゴールデンエンジェルよ、ララクロノフは話の矛先をふいにイヴへと向けた。
「わたくしは、周子様を一目見て歓喜のあまり身体が打ち震えました。まさに尽きぬ泉を見付けた気分でございましてよ! こう、魂を揺さぶられるような。その魔力の強さ、衝撃的な出会いでございましたわ。なんて素敵!」
「てめっ!」
おれの問いをスルーたぁいい度胸だ! と叫ぶなり、ギャランは咄嗟に床上に転がっているインク瓶を引っつかんでララクロノフ目掛け強投、が、半目を閉じたララクロノフはほんの少しだけ首を傾げただけでそれを回避、窓枠に当たった拍子にインク瓶の蓋が飛び、硝子を真っ黒に染め上げた。
「ふん」
良い色じゃの、と呟くその余裕ぶり、やはり相当魔力が充実しているらしい。
「そのような態度で誰が仔細を話して聞かせるか、バカ者めギャッ!」
一瞬の隙をついてギャランがララクロノフの首を捕まえ、締め上げた。
「ヌオ! すばギャいの!! ハギャセ!」
「フェイントなんだよっ、インク瓶はよっ! おれは本気だ、くびり殺すぞ吐きやがれ、ロレンスってのは何者だ! どこに居やがる」
「ワシゃあなんも知らん! ワシを殺せヴァげふげふタチバナが怒るぞ、ワシゃ貴様の身を守るようタチバナに命ぜられておる、いわばワシゃお主の守護神じゃ、ワシを大事にしないと罰があたるぞ」
「よっくしゃべるじゃねぇか、魔物のクセして守護神だとどの口が言いやがる、これかこのちんまい尖がり嘴か! 引・き・ちぎってやる!」
「ぬおおおおハンズ、助けんか!!」
嘴をぎゅむぎゅむと引っ張られながら、必死で身を捩って助けを求めたララクロノフの視線の先、ギャランはソファの下に、なにやら小さな肌色の塊が潜んでいるのを見てぎょっとした。
「ハ、ハンズまでいやがるのか! なんでだ! 一体いつの間に! ここは魔物の王宮か!」
「ぢゃから、タチバナが置いていったのぢゃげぶげぶげぶ」
「なにっ?」
ヤバイ、周子が置いていったと聞くだけであんなちんまい指十本までもが愛しく思えてきた、おれはかなりキてる、とうめいてギャランは片手で額を押さえた。
「何だかんだつれなくしたところで、タチバナはお前の身を案じておるのじゃろうて。我らにかほどにたんまりと魔力を分け与えたのが何よりの証じゃ」
「周子が?」
「おうよ。先代とて、これほど気前良く魔力を分け与えなんだ、出血大サービスぢゃ、貴様の身を案じておるんジャ、貴様を守るようにとの厳命じゃ」
「……ったって! おれっ十分に強いぞ?」
「それでも心配なのぢゃ、おとめごころを分かれ」
「乙女心…………そ、そうか? そうなのか?」
周子に乙女心、ギャランは困惑した表情になった。
「それってむしろありえな……」
「黙れ無礼者! ワシゃタチバナに遣わされたいわばタチバナの代理じゃ、タチバナじゃと思うてもそっと大事にかしずけ。敬え」
ギャランの青い瞳が一層の困惑に揺れた。
「お主は親切で男気のある奴ぢゃとタチバナに言うてやっても良いぞ」
「え? ―――ッ!」
隙を突いてララクロノフの尖嘴が手を裂いた。そこへ肢をかけ傷口を広げるようにして身を捩り、ギャランの手中からすり抜ける。咄嗟に払ったギャランの手の先から鮮血が散った。
「ふむ。頭が弱いのは、やはり、その血の所為かのう」
「……。お前がイーヴの正体を知っているというのなら、その能力も知っているのだな。好むと好まざるとに関わらず、すべからく世の者に愛される、そんな妙ちきりんな能力を」
頷くララクロノフ。
「魅了という効力じゃ。高位の魔物の証じゃて」
魔物ならではの気紛れか、だが、確かに真実であろう返答の手応えを得て。
ギャランは真顔でララクロノフを見た。
「おれの本質を問わず、一目見ただけでおれを愛しいと言って寄越す、これがどれほどに間抜けで腹立たしいことか、お前に分かるか? おれがどれほどバカなことを言っても皆が称える、これほど気味の悪いことは無いだろが。さっきのアシューを見たろう? 迂闊に力をぶつければ、実直しかとりえの無いあの男でさえ骨抜きだ。おれが国王になるのを嫌がるのも分かるだろうよ」
「いいえ」
ゆったりと柔らかな口調でイヴが口を挟んだ。
「王はその輝かんばかりのあでやかな金髪、夏の晴天のような青い瞳、長身で丈夫な良い身体、どれをとっても大変に美しく雄々しいお姿でございます。あまつさえ、はっきりとした御気性とさっぱりとしたお優しい心根をお持ちです、さすれば、人に愛されて当然でございますわ」
「おれは嫌だぞ。好むと好まざるとに関わらず称えられる、おれが寄るだけで幸せそうにしやがって。これほど気味悪いことが他にあるか!」
イヴはにっこりと微笑む。
「それこそ神の所業でございます」
「ダレが神だ!」
魔物のくせに神言うな! とギャランは金髪を逆立てた。
「それにおれの半分は人間の血だ。イーヴ、お前と一緒にするな」
「ほほう、では、お主の嫌うサーデュラスとかいう男の血をウエルカムだと申すか」
「!……手厳しいな、トリ!」
そううめくとギュッと血の滴る利き手で拳を強く握った。
イヴがまあ、と感嘆の声を上げ、うっとりとギャランを見つめる。
「王が、あのサーデュラス陛下のお子だなんて、素敵」
うんざりと、ギャランが返す。
「おれはお前の子だよ、イーヴ」
「存じ上げません」
イヴはきっぱりと首を振った。
ったく、何べん言ってもこれだ、とギャランは舌打ちして。
そんなギャランをララクロノフが嘲笑する。
「あきらめろ、魔天使は忘れやすい。誰にでも愛され誰でも愛し、情欲の交感を以って魔力の糧と為す、いわば高位の淫魔じゃ、いちいち細かいことを覚えておらぬ」
「親子ってのが細かいことかよ!」
知らんと言うておるんじゃ、知らんもんは知らんぢゃろが! と横暴な肯定をしてララクロノフは頷き。
「そもそもゴールデンエンジェルは、一ツ所に長く留まる事のない愛の狩人じゃ、この王宮深くに居ついておるとは、まこと、珍しいて。なにか心残りでもあるのじゃろ」
「ええ、わたくし、サーデュラス陛下をお待ち申し上げているのですわ」
「……おまけに長らく石牢に繋がれていたことも忘れているようだしな」
あきれきった声でギャランは呟く。
「それは覚えていますわ。サーデュラス陛下は夜な夜な人目を忍んでいらして下さいました」
「……だから……それは飼い殺しというのだ、イーヴ。サーデュラスは用が済んだ後でもお前を飼い殺しにして陵辱の限りを尽くした、お前を地下の石牢につないでな。おまえ、マジでひどい仕打ちをされていたのだぞ?」
「さあ。陛下はそれは大変に足しげく通ってくださいました。私は一度たりともひどいと思ったことはございませんわ」
はー、やれやれ、とギャランは息を吐いて肩を落とした。
「何度言って聞かせてもこれだぞ、トリ、虚しさ抜群だ」
「良い気質じゃ。実にゴールデンエンジェルらしい、神々しさじゃの!」
「神々しさ、だと!?」
「無論じゃ」
キッパリとララクロノフは頷く。
良い気質、と唸ったきりギャランはしばらくの間押し黙った。
やがて首の後ろに手をあててさすりさすり、首を回して。
「そりゃあおれだって、別にこれを母親だとは思ってないぞ、特別な肉親の情があるわけでもない、精気を求められれば与えるさ、イーヴはおれよりはるかにその消費が激しくすぐ死にかける、おれはそれについては細かいことは言わん。生か死かを突きつけられれば救ってやりたいと思ってもかまわんだろ、おれは別に間違ったことはしちゃあいない」
「王の精気は密度が濃くて、摂るには効率がよろしゅうございます」
そう言うイヴの表情は、献立のメニューでも眺めるかのように冷静だ。
ララクロノフも同意した。
「うむ、若造は魔力があるからな。気を無駄に放ちまくっているからな、タチバナはそれにはすぐに気づいたようだが、まさかこの若造がすなわち魔物であるとまでは思わなかったようじゃ。バレりゃワシと同じように足蹴にされるに違いないのじゃ、死ぬまでこき使われるのに違いないのじゃ、ぬう、タチバナに言うてやろうかの」
「さっきはおれを推すと言ってなかったか、トリ」
ギャランの声に怒気が滲む。
「でも王は、このごろはまるでつれないですわ」
イヴの非難の声にギャランはきっぱりと首を振った。
「他所で済ませ他所で。十人だろうが二十人だろうが。命が惜しければ手間を惜しむな。おれはとにかく周子しか抱かん。好いた女を抱くのがあんなに好いものだとは思わなかった。いわばおれにとっちゃ初恋だぞ、あんなふうに誰かの興を買いたいなぞ思ったことが無ぇ」
そう言ってギャランは少し照れたように口の端を上げた。
周子のことを考えるとどきん、と鳴る己の胸がまるで見知らぬ別の生き物のようで、その恋情が愛しい。
「うふふ、私も周子様、大好きです。あんな金のオーラを放って……まさに金色。とっても美味でございました」
「食事か! お前は黙ってろ!」
「周子様から精気を頂くと、とても幸せな気持ちになりますわ。王にはものすごく叱られましたけれど……、あらやだ、またそんな怖いお顔をなさって」
ギャランの表情が険しくなったのを見て、イヴの顔からさあっと血の気が引いた。
「二度とするなと言ってある、分かっているな?」
「ええ。王がわたくしにあれほど激しくお怒りになられたのは初めてのことでございます。せっかく頂いた精気を取り上げられ、あの時は私、本当に死んでしまうかと」
怖かったわ、と怯えた様子で微かに肩を震わせると、彼女の美しさが一層際立った。
だがすぐにイヴは、まるでオモチャを取り上げられた幼い子供のようにその真っ赤な唇を突き出して文句を言った。
「王はずるい。あんな濃厚な金の精気を存分に堪能なさって」
ギャランの肩がまたがっくりと落ちた。
ララクロノフが嗤う。
「タチバナは魔力が強い。魔物がさらに魔力の強い者に服従するのは本能じゃ。タチバナの興を買いたいなぞと言うお主はしっぽ振る犬じゃ。お主がタチバナにぞっこんなのもタチバナが人一倍魔力が強いからじゃて……なにが恋じゃ。タチバナがタトゥーの所為でお主を拒めぬのを良いことに、夜毎夜毎にしつこくしつこく抱きおって!」
「それは違う」
ギャランはムッとして即座に否定した。
「おれが周子を好きなのは、好きだからすきなのだ、魔力なんざ関係無ぇ」
が。
ぶるりと肩が震えた。
―――はたしてそれが本当か、
自分が周子にこれほどに入れ揚げているのは、本当はこの身がその精気を求めているからだろうか、と疑ってしまう。周子を抱いたときの満足感が、それに由来するのだとしたら、それはもはや恋情ですらない、ただの食欲だ。
なんとあさましいことであろうか。
ハンズが周子の首に喰らいついていたあの情景を思い浮かべ。
―――ひょっとしたらおれはあれと同等かも知れぬ。
そんな不安が魂を竦ませる。そんなはずはないと、ますますその身体を求めてしまう。腹の下で喘ぐ周子の甘い息に何らかの解が無いかと求めてしまう。
見透かしたようなララクロノフの眼差しが、殊更気に触った。
「トリ、真っ二つの剣の洞窟でお前を抜いたときの騒ぎを覚えているな? おれは黙って立ってるだけで周囲の者を魅了する力がある、とすればだ、その意味では、おれにその効力があるのなら、周子だっておれにオチて然るべきだ。なんで周子にだけ効かん!?」
「ふむ、お主は臣下に囲まれ大人気じゃったの。だがしかし、魅了の効力がだだ漏れとて、タチバナはお主にはオチぬ。先ほども言うたとおり、魔力がケタ外れているからじゃ、その程度の魅了の効果がタチバナに効くものか」
身の程を知れ、とこの上なく冷たい言い草で返され。
「ぐ。……そ、それならそれでおれは遠慮なくガチでラブができるってわけだ、むしろそっちの方がよほど気分が良い。カズマ同様、ダメなものはダメと周子がはっきり言うからこそ、信頼に足る、だからこそ、おれのこの妙なお色気効果抜きで、あいつが一言、おれを好きだと言ってみろ、おれは嬉しすぎて死ぬかもしれん」
「言わせると良かろうが。わざわざワシやハンズをお主の護衛につけておる、つまりはタチバナはお主を大事にしとる、タチバナが他人に気遣いを示すなぞありえんが、お主だけは別格に扱っておる、それだけ愛情を抱いておるのじゃ、ぞっこんじゃ」
存外のその言葉に。
目を丸くしてギャランはララクロノフを凝視した。
「ぞっこん……」
「ぞっこんじゃ」
ギャランの呆けたような真顔が、ぱあっと朱に染まりゆくのを見て、
「ぢゃから、さっさと命じて好きだと言わせろ」
「へ?」
「タチバナとてミアムの種、隷属のタトゥーという足枷をつけた、ひとりの女ぢゃ。あの気位の高いタチバナが、タトゥー抜きでやすやすとお主になぞ許すものか。さっさと命じて好きだと言わせろ、そしてお主はとっとと死んでしまえ。はよ死ね。死・ん・で・しまえ。自主的に死ね、ワシがタチバナから叱責を受けぬようにして死ね。貴様がいなければ、タチバナが命じなければ今頃ワシはもっとずっと自由に大空を飛べた筈なんじゃ!」
唐突に、ものすごい角度で話が捻じ曲がった。
この上なく自己中心的なララクロノフの心根に、ギャランは、重力にも似た奇妙な何か、眩暈のようなものを感じた。
「た、タトゥーだと? タトゥーなんざくそくらえだ。おれはそんなもんに頼るつもりは毛ほども無ぇ。べ、別にセックスがしたいわけじゃあ無いぞ、口で言っても周子は分からぬから、抱くまでだ、おれがほんとに欲しいのはそのハートだ」
「ぢゃから、タトゥーを解いてから、口説け」
ララクロノフが捻じ曲げた論の先、予想外のタイミングで、順番を間違えるな、と今度は正論で以って諭され、ギャランはますます困惑した。ララクロノフの表情は硬く、真摯だ。この魔物はどこまで本気なのか、実に巧みに心の隙を突いて来る、一体全体はたして魔物というものはかように油断ならぬものなのか、あるいは、
―――つーこた、それを使うお前も相当物騒だな?
―――ご名答。その目で見て実感した? だから早いうちに手を切りたいと私は言ってたのよ。私なんかとつるんでいたってろくなことにならないんだから
さっとギャランの表情が翳り、ララクロノフの黒瞳が、抜け目なく残酷に光った。
「タチバナがワシの首を締めて言うておったぞ、ギャランの望みは何だ? と。終日腰にぶら下がっているのなら何か聞いてはいないかと。ふん、ワシとてなにも好んでこんな若造の青臭い腰にぶら下がっておるわけじゃないのだがのう! ともかく、タチバナに首を締め上げられるのはご免じゃ、お主はさっさと呪を解いてタチバナを放せ。タトゥーある限りタチバナはお主を毛嫌いするぞ、ガチでラブなぞとバカ言う前に、何よりもまず先にあの忌々しいタトゥーを解け。タトゥーを解けば、タチバナとてお主を少しは評価するじゃろうて。お付き合いは、まずは、対等な関係、そこからぢゃ!」
「お、お付き合いて……そそそれおおおおお前の言葉か???」
本音と煽りの奇妙に入り混じったララクロノフの言葉を振り切るように、ギャランは混乱した頭をぶんぶんと強く揺すった。
「だだだだが、だが解いてみろ、ぜってーオチないと思う、むしろ確信に近い。解いた途端あれは絶対逃げる、おれを殺して逃げる、それにタトゥーがなければ、それこそ周子はカズマを取る気がす……」
唐突に滲んだ不安の色にララクロノフはあきれたように喉を鳴らした。
「ほほう、嫉妬か。己が死よりも取られることを怖れるか。未だやってもみぬことで先に分の悪さを図るとは、ますますのバカじゃの」
「ぐ。おまえ、ホント腹立つ、トリ」
「図星だからであろうよ」
底意地の悪い肯定の笑みで返すララクロノフ。
「じゃがその魅了の効力、そのメガネには効かんが、お主がメガネと仲良しなのはむしろその所為かの」
ギャランはたっぷり数秒の間、言葉を飲み込んで。
シャツの襟からのぞく、首に掛けた鎖を軽く摘んで揺すった。
「そらカズマにやったこの魔除けの所為だ。どこだかに出かけるから念のためだと言ってカズマがおれに掛けて寄越したが」
その妙にキラキラ光る小洒落た首飾りか、ワシゃ嫌いじゃ、とララクロノフは顔を背けた。
「はは。いくら本来、おれの身を護るためのものだとはいえ、このおれに魔除けたぁ、妙な話だな。強力な結界に似た効果があるそうだ、ゆえにおれのこの作用にも影響されん、その点おれは奴を絶対的に信頼している、おれに冷たく意見するのもカズマにしかできぬことだ、が……」
―――もし、これが無ければ、カズマも、おれとまともに話が出来ぬのだろうか
並み居る臣下がこぞってひれ伏す中、カズマだけは遠慮なく自分に意見することができる、それをこの十年、ごくあたりまえのことだと思っていたが。
だが、カズマとて、ごく普通の人間である。
カズマがああも冷静なのは、イヴ譲りの効力が及ばないから、つまりは、魔除けをその首から下げているから、それ以外の何物でもないのではないか。
―――もし、これが無ければ、
腹を割って話をすることのできる、そんなカズマとの関係が、あっという間に失せてしまう気がして、ギャランは言い知れぬ不安とやるせなさ、胸を潰すような虚しさをおぼえた。
突如、ララクロノフが、ひきつけを起こしたかのように一度大きく身体を震わせた。
次いで、体格の倍ほどに毛をざわりと逆立てたかと思うとぴたりと硬直、そのまま置物のように窓枠から落下する。
瞬時に剣の姿に戻って床を打った、硬質な音が一際高く響いた。
「どうした、トリ!」
真っ二つの剣が、床上で狂ったように回った。
「……奴がくる」
「奴?」
ドアの向こうに、何者かが走り寄ってくる足音を聞き。
ギャランはすぐさま剣を拾い上げると、ドアに向かって斜に構えた。
駆けて来た足音は執務室の前で止まるでもなく、激突せんばかりの勢いで派手な音を立て、ドアを大きく開け放った。
「王! ……のあっ!」
胸部、心臓の真上に渾身の強蹴を一発喰らい、どうと廊下向こうの壁に背を打ちつけたのはアシューだった。強烈な衝撃に咳き込む、苦しげな咳嗽音が廊下に響く。
「なんだアシューか、懲りん奴だなお前!」
そう言ってギャランは、気まずそうに咳払いを一つ。
「……まあいい。あいにく書類はちっとも進んでないぞ、やはりトリのせいだ、トリが悪い、このトリはもんのすごく性根が悪いぞ」
と言いながら、ギャランは抜いた剣を腰に戻そうとした。
「……ッ!」
刹那、真っ二つの剣が、ビッ! とはじけてギャランの掌中より床上に落ちた。
突如走った痺れにも似た衝撃、灼熱に焼いた針で突かれたようなその痛みに、カッとなったギャランは、
「トリてめっ、なにしやが……っ」
床上に取り落とした真っ二つの剣を思いっきり蹴り飛ばそうとしたが、その腕を引いたのはアシューだった。
アシューは首がちぎれんばかりに頭を強く振った。
「王、大変です!……サーデュラス前王陛下が!」
「そんなに奴に会いたいのか! わーかったって。ちゃんと今から探しに行ってや……」
そう言いかけ、ギャランはふと真剣な表情になった。目の前のアシューを見、まるで首を吊りかけたかのようなそのひどい顔色に、これはなにか大事であるなと直感する。
「失踪中のサーデュラス前王陛下が、隣国セリアの宰相、シュルツ・ゲッターフィールド殿を伴いまして、お見えです」
「何だと!?」
さすがにギャランも耳を疑った。
「生きていやがったのか!?」
「左様でございます、たいへんに……ぴんぴんなさっておいででございます!」
ギャランはぐぐぐ、とうめくと同時に喉の奥で笑った。
「よ、良かったじゃあねぇか、アシュー。お前の大好きなサーデュラス様様のご帰還だな」
「冗談や強がりを言っている場合ではございません!」
失礼致します! と悲鳴に近い断りの言葉を叫んで、アシューがギャランの胸倉を掴んだ。ボタンを引きちぎらんばかりの勢いでシャツの前を開け、ギャランの上体からばさりと一気に剥いだ。
新しいシャツを着せ、アシュー手づからそのボタンを一番上まできっちりと留め上げると、ギャランの顔をじっと見詰めた。
「よろしいですか、王。あなたは今やこの国の王でございます。我々の王は、ギャラン様です、セリアの辣腕宰相、シュルツ・ゲッターフィールドを前にヘマは出来ません」
「…………」
眉を寄せたギャランに、すかさずアシューはぱちんと一つ指を鳴らした。
侍女達によってあれよあれよと言う間に正装に仕立て上げられながら、いや、とギャランは短く否定した。
「おれはヘマをするぞ」
ギャランは真面目な声で言った。
「己の言葉の拙さは言われんでもようく分かっている。ちょうどいいじゃねぇか、お前の大好きなサーデュラスとまたつるめばよかろう、お前がサーデュラスを望んでいるのは良く分かっている、これは嫉妬ではなく、ちゃんとした現実認識だ」
「王!」
「気安く王と呼ぶな」
「否。王、我々の王はギャラン様です」
繰り返しそう縋るアシュー。予想外に執拗で頑固なその態度に、ギャランはじっとアシューを見つめたが、アシューはただ頑なに何度も頷くだけだった。
「さあ、お早く!」
強引に腕を引かれ。
ギャランは、己の首から魔除けを外すと、アシューの首に掛けた。
「頭を冷やしてよっく考えろ、王になら、サーデュラスの方が断然お買い得なはずだ。お前も長いこと仕えてきたんだろが。おれのようなバカを相手にするよりずっとやりやすいはずだ。お前が冷静におれを量れぬのであれば、この魔除けをくれてやる」
「は? いえ! 今はそのような場合では。魔除け? いや何を仰いますそんな……えっ」
不意に国王御手づから己の首にと掛けられた首飾り状のそれに、アシューはひどく動揺したようだった。
「下賜など畏れ多い!」
と叫んだアシューの胸をどん、と度衝いて、突き放す。
「貴様は宰相だ、正気に返って国を計れ。先のことはおれは今は言わぬ、シュルツ・ゲッターフィールドが来たなら、ひとまず面だけは通してやる」
カズマがあえて魔除けを返して寄越した理由、全くあの男はおれをよく分かってやがる、とギャランは冷笑した。
―――カズマさえいれば、上手く、全てをそつなく取り計らうだろうが、
今この場のカズマの不在が痛かった。
「トリ」
ギャランは取り落とした床上の剣を足先で軽く小突いた。
飛び去ろうとする剣を蹴り倒し踏みつけ、拒むが如く床上でカタカタと硬質な音を立てたそれを拾い上げると、ギャランは己の腰に差して。
「トリ、てめぇサーデュラスには抜かせなかったんだろが。真っ二つの剣の洞窟で、むしろコケにしたんだろ、今更そう身構えることも無かろうが。それに、腕っぷしならおれは奴より強い。そりゃ確かだ、断然、にだ」
「見くびるな」
ララクロノフが、ふーっ、とひと鳴きした。
腰の剣からじりじりと不快な振音が伝わってくる。つい先ほどまで、入り組んだ意地悪を言ってギャランを玩んでいた気とは全く違う、痺れるような緊迫は、痛いほどだ。
「ワシが抜けと言うまで、抜くな。うかつに抜けば命は無いぞ」
「なんだと!?」
ギャランはぎょっとして己の腰に収めた美しい黒剣を見た。
[tog]84:すべからく万人に愛される男 [2007/07/31]
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- 2007-07-31 01:24
- カテゴリ : 「タトゥー・オブ・ギャラン」/長編/連載中
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