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私がブログで小説を書く理由

 ブログというだけで即バックされる、小説のコンテナがブログであることのリスクを私は容認しているわけだが、つまりは、
 おそらく書き手にとって最大の欲求であろう「一人でも多くの人から読まれる」ことを差し置いても、優先したいことがあるわけで、それは、「公開しやすく」「整理しやすい」ことだ。
 だれが?
 自分が。
 もちろん、できれば多くの人に読んでもらいたいとは思う、デザインや構成などそのための努力は其々するだろう、だがしかしそれは、願わくば他人が見やすいと思うそれが自分が見やすいと思うそれと被っていることをささやかに望む、その程度のことだ。
  ブログ小説が見づらいという否定的意見があるが、それは使う側に理解と工夫が足りないだけ、あるいはちょっとばかし妥協する点が主体的なだけ、そこに書き手も読み手も関係ない。

 いわゆる普通のウェブサイトでの公開からブログに移行、しかも小説と日記雑記の混載という形式をとっているが、「自分にとって公開しやすく整理しやすいこと」が、殺速(簡単なことを簡単に出来る)と複殺(難しいことでもそれなりに簡単に出来る)の好バランス具合つまり私にとって好きなように楽しんでてきとうにやれる場であることが、ひいては読者への私なりの気遣いだと思っているからであり、それは「万人にとってサイトが見やすいこと」よりも優先されることだからだ。私の中で。

ブログで小説を公開するメリットとは?

 なぜブログが流行ったか、「簡単だから」「htmlの知識がなくてもウェブ上に自分のページを開けるから」というのは嘘で、あるいは初期の見解で、本当の最大の理由は、「公開しやすく」「見やすい」からだ。特定のテーマに関し記事を書き、見たい記事を探して読む、ブログはこの繰り返しのための、非常に効率よい舞台だ。それ以上もそれ以下もない。その中身が、小説であろうと技術情報であろうと関係ない。

 ブログの特徴ともいうべき、
 ・記事が「日時順(昇順降順いずれにせよ)」に表示される。
 ・記事が「カテゴリ毎」に分類される。
 むしろこれこそがブログ小説が敬遠される最大の理由でもあるのだが、ここにブログの利便性を理解できないのならばたぶん小説に限らずどんなテーマであろうとその人はブログを敬遠するだろう。

 該当するカテゴリの中に、あるいは、月別日別としての括りの中に、書いた時点で記事が格納されるのはシステム的に無駄がない。整理不要の殺速度、これほど大きなメリットはない。
 このおかげで、私のマシンの中はずいぶんと整理されて、
  ・現在書きかけの小説の続き
  ・雑記など、雑多な内容のメモ
 この二種のテキストファイル(*.txt)があるだけだ。話数毎のhtmlファイルでフォルダの中を散らかすこともない。整理第一、いつ死んでもいいようにな。もちろんバックアップファイルはまた別に保管しているが、ブログを利用することで自分の手許で管理しなければならぬものをかなり減らすことに成功した。

そこに何の違いがあるだろう

 数多のホスティングサービス、数多のブログサービス、そこから何を選択するか、またたとえばJavaScriptを使うか排除するか、デザインをどう作りこむか、つまりは目的を達成するために最適な技術を選ぶだけであって、そこに何の違いがあるだろう。

 仮にそこに多少の不都合があるとして、それは管理人たる書き手の未熟故であって、あるいは、書き手の本質に比べてのそれは些少なことであると当人が考えているのかもしれない。いずれにせよ不都合というのは、ブログであろうとそうでなかろうと、たしかに存在し得るし存在する、いわゆる普通のウェブサイトとブログ、そこに何の違いがあるだろう。

 先入観や、いつのまにか身の内に培った好悪の反射的判断が、あるいは、マシンの貧弱さや接続スピードの遅さに苛々する己の忍耐力のなさが、それを改善しない努力の程度が、どれほど間抜けなものか、考えたらいいと思う。

 ブログを推奨も偏重もする気はないが、「入れ物」によってスルーする、というこたそういうことだ。

小説は、筋がわからなくても構わない。

 初めから終いまで読んで「話の筋がわからない」ってのは問題だろうが、私の場合、どんな長編でも短編でも、ちょっと読んでみて(まあいろんな意味で)読めそうだったら読み進めるのが常なので、小説を読む際のファーストコンタクトが「途中からてきとうに読み始める」ことに全く違和感が無い。

 だからブログ開けた途端に最新話を突きつけられても、その場ですぐ試し読みができると思うわけで、おまけにそれが、その作者における最新のコンディションで書かれたものであろうと思うので、好きか嫌いか読むに値するかの判断を下すのが早くて済む。

 要は、一エントリ相当分だけでも読者を惹き付けることができればよいわけだ。筋がわからなくても構わない。文章の成熟度や好悪の適度は、多少文章を読む人なら自分なりにすぐに判断がつくだろう、だから、小説を読む分にはブログでも全然構わないんだ。

 話の前後が気になる、という読み手の胸を焦がすような作品の最も本質的な力は「入れ物」の束縛を軽く抜ける。
 気に入る作品に出会える確立は低い。小説が好印象なのにサイトの作りがイマイチだったら、私は何か別の方法で読むことを考える。見つけた、と思ったときの一期一会のラッキー感はそんな手間を厭う気分をはるかに上回る。

 もちろん、万人がそうではなかろうが、書き手としての私の見解は、
  ・どこから読み始められても構わない。
  ・たとえそれがどんな入れ物に入れ替えられたって構わない。
 ブログの場合、RSSリーダーや携帯で読まれるなんてその最たるものだろう。読む人その人にとって読みやすい状態であれば構わない、自前のサイト上、つまりわざわざ指定したhtmlタグやデザインでなくても全く構わない。たとえば黒系のバックカラーを指定したとして、そのサイトの与える印象なんて、自分の書いた作品の中身からすれば些少すぎるコンテンツだ。もし万人に平等な見てくれで読んでもらいたいのなら、私は紙の本にする。

ブログで続けることの見返り

 小説だけを書くのなら、ブログ小説は即バック、なんて意見もあることだし、わざわざ火の粉をかぶりに出掛けるような真似をする必要は無い。
 だが私自身は、小説だけを書いてもいられない性分、日常に面白出来事があれば書きたいし、またその一方で、時折カチンとくるような、自分なりの異論が生まれる。大抵それが雑記を書く原動力なのだが、小説への衝動同様それを御すことが難しい。

 何も言わなくても、何も書かなくても、日々をやり過ごすことはできる、物事は感じるし、考え続けることは止まらないだろう。
 だけど。
 たとえばこうして雑記を書くことで、小説を書くことから離れようと、費やす時間含め、雑記を書くこと自体が私が私自身に与える褒美のようなものにも、思う。なにせ時間がかかるんだ、それなりに。

 小説も雑記も、その出力先がただひとつのブログであることが、私にとって大変に都合よく、都合の良い出力先であるということ自体が、ブログで続けることの見返りそのものに思える、好き勝手できる場があるということ、それはなんと有難い事なんだろう、と。



関連エントリ:
 ・せっかくのブログなんで携帯からの閲覧もウェルカム [雑記] 2008-02-09
 ・先日頂いたコメントへのレス [雑記] 2008-02-08
 ・更新予告 [ヨタ話] 2008-02-05

2件のコメント

 誰が褒めなくても茶林くんが褒めて差し上げますですよ。アレが嫌だ、コレが嫌だで嫌いなモノを排斥していって世界を狭くしていけばそりゃ心地よい環境だけが残るでしょうけどね。
>見つけた、と思ったときの一期一会のラッキー感
 これはね。うん、格段に減っていくことになると思う。否定意見のリンク先を見れば、ああそりゃ世の中から戦争はなくならんわなア、と思いますですよ。ですよ。

>「バブルダイバー」の目次がも少し目に付きやすくわかりやすい所にあるとよいかも
 読んでいただいてありがとうございます。なんかみんな「実は読んでる」みたいな報告多いよ赤い人も青い人も!
 改善できると思った範囲では少しずつ改善しているつもりなんですけどね。どうすれば見やすくなるんだろ。

>どうやって襟首ひっつかまえるの? 教えて!茶林先生!
 ああ、これはですね。一行目にでも
『ちちのひだったのでちちにちちをプレゼントしました。』
 とか
『「俺、タラバガニじゃなくなっちゃうんだ」』
 とかそんな冒頭を入れておけば大御所辺りならそれだけでジンを吹き出してくれること請け合いですよ。参考になりませんかそうですか。

 あとコハリトさんとの馴れ初めは確か馬車馬堂の方の作品を読んでくださったのではなかったかと記憶しております。
  • 2008-02-12
  • 投稿者 : 茶林小一
  • URL
  • 編集
 茶林さん、こんにちは。どうもありがとう。
 人様におかれては異論もあるかもわかりませんが、まぁそのたまにはこんなことも書いてみたりしてね。
 上手いなと思うブログ小説サイトはいくつか知ってますけれど、あまり多くのことを語らないように見えますね、その手の論の不毛さをよく知っているというか、言うより体で示すというか、その分小説に注力したりテンプレート弄ったりしてより見やすいように、そちらのほうに時間を割いているんだろうな、と勝手に思いつつ……ま、たまには私がそんなこと言ってもいいかな、と思いました。

>どうすれば見やすくなるんだろ。
 自分が見難くないぜと思う程度ならそれを通していいんじゃないか?緑とか緑とか緑とか?もうこれはほんと個人の好き嫌いのレベルになるんで……白文字は私はちょっと読みにくいでしょうかね。短文なら構わないのですけれど、長編となると毎回一話ずつ読むとも限らないから(一気読み)。でも個人の好悪に全部付き合う必要はないのはもちろん茶林さんならおわかりのはず。

>『「俺、タラバガニじゃなくなっちゃうんだ」』
 あ、私これ経由じゃなかったでした?
 一行目のインパクトね、いや、面白いですよ。

 どうもありがとう、ではまた。

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